銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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149話

 孤独なる十一(イレブンフラッグス)所属の輸送型飛空船(カーゴシップ)。その船倉内では優雅とは程遠いお茶会が繰り広げられていた。

 

「うん、ありがとう。でも口にする気はないよ」

 

「今回のことは重ね重ね、申し訳ありません」

 

「あぁ、お互い不幸なことだった。では、情報をくれないかね?」

 

 迎撃しようとしていた快速艇(カッターシップ)が横付けされた瞬間に輸送型飛空船(カーゴシップ)の船倉に飛び込んできたひげ面の男から供された茶を一口も飲まずにあしらい、ひたすら謝り続ける男に目線を送るディートリヒ。その目力に怖気づいた男の口から、浮遊大陸はそこら辺の石ころのように源素晶石(エーテライト)が溢れている環境であるという前情報と孤独なる十一(イレブンフラッグス)周囲の状況が語られる。

 

 近年の飛空船(レビテートシップ)需要と比例する形でその燃料である源素晶石(エーテライト)も高騰しており、そういった経緯から孤独なる十一(イレブンフラッグス)は主要な街の議員が連名で兵や現場作業員、そして目の前の男のような輸送を生業にする業者を雇って大規模な源素晶石(エーテライト)採掘事業に乗り出したようだ。

 ただ、順調かと思われた源素晶石(エーテライト)事業も他国からの妨害でかなりの損害を出しているらしい。

 

 初手でこれだ。複雑怪奇な浮遊大陸事情にディートリヒは心の中で頭を抱えるが、平静を装ってさらなる情報──他国について男に問うた。

 

「なるほどね、それは大変なことだ。それで? 君の所以外の国はどんなのが居るんだい?」

 

「そうですね」

 

 若干和らいだ空気に充てられたか、男は多少饒舌に浮遊大陸での勢力図に対して語り出す。

 

 まず、パーヴェルツィーク王国。かの国は現在、ガルラ越しにアルが見物しているドニカナックよりも高性能な幻晶騎士(シルエットナイト)や1人乗りの小型飛空船(レビテートシップ)。さらに未確認だが、孤独なる十一(イレブンフラッグス)製の重装甲船(アーマードシップ)よりも大きな純戦闘型の船を基点に孤独なる十一(イレブンフラッグス)の所有する鉱床を制圧、占領しているらしい。

 今回の迎撃もその小型飛空船(レビテートシップ)の接近だと焦ったらしいのだが、それを今言ってもなんの贖罪にもならない。

 

「大型の戦闘艦ねぇ……。それはおとぎ話の挿絵にもあった竜のようなものだったかい?」

 

「いえ、我々も噂程度しか知らされておらず。申し訳ありません」

 

 再び謝罪モードに入ろうとする男を制してディートリヒは続きを促した。

 

 男の口から次に語られたのは、国ではないが空賊の話である。文字通り空に舞台を移した海賊で、どこから手に入れたのか飛空船(レビテートシップ)に乗って防衛手段を奪っては強制的に移乗して商品を漁っていくアウトロー達だ。

 どこかの国が飼っているのか、それとも単独犯なのかは男も分かっていないのだが『稀によくある』といった頻度で孤独なる十一(イレブンフラッグス)やパーヴェルツィーク王国の船が襲われているので、男は一つの勢力として話したのだと説明する。

 

「中には防衛のシルエットナイトが居る採掘施設に突撃をかましたスゴ腕も居るらしいです。なんでも、剣をたくさんつけている異様な奴だとか」

 

「うん、その話題は控えてくれたまえ。少々嫌な記憶が蘇るんだ」

 

 『剣を沢山つけている』という妙な情報を前に、嫌な顔をしながらディートリヒは次の情報の催促する。そんなおざなりな反応に男は不思議に思ったが、彼にこれ以上気分を害されるのはまずいと続けてシュメフリーク王国の存在を語り出した。

 

 孤独なる十一(イレブンフラッグス)よりも後発で乗り込んできたシュメフリーク王国だが、碌な装備を持っていないので孤独なる十一(イレブンフラッグス)の中でも居ても居なくても大勢に関係のない木っ端と称されているらしい。

 ただ、『とある情報源』の話ではこの地の原住民と昔ながらの付き合いがあったらしく、いざとなれば──といった強行的思想が孤独なる十一(イレブンフラッグス)内では横行しているようだ。

 

「へぇ、原住民ね。興味はあるね、こんな所に人間なんて」

 

「人間ではございません。あやつらは魔獣でございます。……おい!」

 

 ディートリヒの興味を引けたと、男は揉み手をしながら髭面の男に指示を送る。その指示に髭面の男は船倉の奥に隠された部屋から1人の少女を引っ張ってくる。

 色の薄い肌に長く伸びた髪。見た目も相まってディートリヒの目からすれば少女のように思う彼女は、あろうことか手枷を付けられた上に足には金属球に繋がれた輪が嵌められていた。

 

「貴様ぁ、どこが魔獣だい! 人間じゃないか!」

 

「ま、待って! 待ってくださいませ、騎士様! おい、はやく飛んで見せろ!」

 

 怒髪天を衝くとはこのことだろう。間に置かれた机を足で蹴り倒すディートリヒを抑えながら、男は必死で声を張り上げる。その慌てように髭面の男は即座に『変な気は起こすなよ』というドスの利いた声と共に少女の足に嵌められていた輪を外していく。

 すると、やはり金属でできた錘は重かったのか。少女は数度ジャンプをすると腰のあたりまで伸ばした髪がひとりでに左右に分かれて持ち上がっていく。

 そして──。

 

「なっ……飛ん……」

 

 首から背中を支点としたそれらは、数度ほど力強く羽ばたくとそれに呼応するかのように少女の姿は宙に浮かび上がったのだ。

 しかし、エルやアルの大冒険に身を投じてきた人間の1人というだけあってか。目の前で浮遊する少女を見ながらも『巨人族(アストラガリ)と同じか』とすぐに平然な態度に戻ったディートリヒは、『ね? 魔獣でしょ?』とにこやかに話す男の横で再び拘束し出す髭面の男が目に付いた。

 

「彼女をどうするつもりだい?」

 

「私らも源素晶石(エーテライト)以外のおこぼれが欲しくてね。こんな珍しい見た目ならば見世物小屋で一儲け出来るんじゃないかと思いましてね」

 

「なるほどなるほど、つまり君達は人間を拉致して見世物にするって言うんだね」

 

「ひぇ、誤解ですよ! こいつらは魔獣ですよ?」

 

 怒気を抑えきれないのか、ディートリヒは降下甲冑(ディセンドラート)の膝装甲を指先で小突き始める。その対応に失言したと判断した男は少女を指差しながらひたすらに『魔獣』という正当性を振り回し続ける。

 ただ、ディートリヒを含めたフレメヴィーラ王国の人間からすれば『でかくて独自文化を持つ人間(アストラガリ)』と同盟関係になったばかり、ゆえに『ちょっと飛べる人間』程度の認識でしかないのだ。

 

 そんな一触即発の空気の中。ガルラ──厳密にいえばアルが口を挟みだす。

 

「では、購入させてもらったらいかがでしょう?」

 

「っ! ふー……すまないね。ちょっと誤作動かもしれないから調べてみるよ」

 

 突然の声に驚いた男や船員達の隙を突くかのようにさっさとガルラに戻ったディートリヒは、胸部装甲を閉じずに小さく口を開いた。

 

「それっぽいことを言って時間を稼ぐ。言いたいことを言ってくれ」

 

「アイサー」

 

 アルのか細い返事の後、ディートリヒは『騎士なのに魔法術式(スクリプト)の変更なんてさせるなよぉ』や『えーっと、ここを弄ったらここが反映』と、まるで構文師(パーサー)のような芝居を続ける。その間にも後ろからアルの声が彼の鼓膜を震わせ続けていた。

 

「あの方は商品です。なので、買い取れば彼らとは何の遺恨もないはずです。それに、彼らよりも正確な情報源になりますし、拉致された被害者を親元に返せば一定の信頼を得ることが出来ます」

 

 相変わらず『建前で塗り固めた善意』が得意だとディートリヒは嘲笑するが、購入するとなると資金が必要となる。生憎だが彼の持ち合わせは騎士としてはある方だが、人間1人──もしくは数人を購入するほど持っていない。

 そして、『持ち合わせがないからちょっと取りに行ってくる』と言ってしまえば、彼らは持てる全てでこの場からの撤退を選ぶだろう。その疑問をアルに投げかけるべく、ディートリヒは『あー、もう! いっそここで不具合治してもらおうかな、いやーでも金がないねぇ!』とわざとらしく叫ぶ。

 

「パーサーは居ませんが、依頼ならば喜んでー!」

 

「大丈夫です、かなりの型落ち品でもあちらの国では喉から手が出る物を売り物にします」

 

 密談をする2人に『やった、幻晶騎士(シルエットナイト)を触らせてもらえる! 技術抜き取ったろ!』という副音声が聞こえてきそうな男の声が間に挟まる。ただ、密談による話し合いも終わったために『やっぱり後でうちのに見てもらうよ』と言って席に座った際の彼の表情は醜く歪んでいたのをディートリヒは見逃さなかった。

 

「重ねて失礼だが、そこの彼女はいくらするのかね?」

 

「は?」

 

「見世物小屋で一儲けするのだろう? それならば、我々も浮遊大陸に赴くので案内人として買おうと思ってね。で、いくらだい?」

 

「失礼ですが、お手持ちは?」

 

「ない! ……が、技術で代用しよう!」

 

 強気どころか無鉄砲な発言をするディートリヒ。しかし、この交渉はいくら脅されている前提があろうがそれはそれ、これはこれと言える。

 金がない以上はお話にならないと半ば諦めさせようと口を開く男だが、その前にディートリヒが後ろのガルラに声をかけた。

 

「アル、私の権限で彼らに譲渡できるシルエットナイトの技術はあるかい?」

 

「そうですね、先ほどの戦闘から意見を頂けるのならば……魔導兵装(シルエットアームズ)の集弾性や操作性を上げるスクリプトぐらいですね」

 

「なんだと!?」

 

 提示された内容に男は椅子から思いっきり立ち上がる。

 彼の行動を擁護するわけではないが、それほどまでにドニカナックという機体は『産廃』なのだ。強くするためという建前もあるが、その技術を売り込めば魔獣以上の儲けにも成り得る。

 そう結論付けた男は、眼前に吊るされたニンジンを追いかける勢いで承諾しようとして──ふと頭に『詐欺』の二文字が過ぎった。

 

「ガルラ……と言いましたな。その改良はこの場で出来るのか?」

 

「出来ます、実際に1機お貸しいただければそれにスクリプトを実際に転写しましょう。後はそれを研究するなり、量産するなりどうぞ」

 

 さらっと他機の魔導演算機(マギウスエンジン)を組み替える発言をしているのだが、頻繁に魔法術式(スクリプト)を変える集団はこの世界には銀鳳騎士団ぐらいしか居ないために構文師(パーサー)という高尚な技能を持った者はこの場には居なかった。

 それゆえだろうか。使用感は実際に騎操士(ナイトランナー)に動かしてもらうことにした男は、ガルラ──アルの言う事を一旦信じることにして1機のドニカナックを指差し、『試しにやってくれ』と言い出した。

 

 商談成立とばかりにドニカナックに近づくガルラだが、その前にディートリヒはストップをかける。

 

「その前に一つ。彼女のような種族を他に捕まえていないかい? この際だから全部引き取りたい、もちろんその分の技術も用意しよう」

 

「あぁ、こいつだけです。……いや? たしか、こいつと共に捕まえた正真正銘の魔獣が居ります。しかし、こちらの命令をまったく聞きませんよ?」

 

 言う事を聞かない正真正銘の魔獣と念押しされた際にディートリヒは一瞬迷ったが、彼女の強い視線を察してか『そいつも欲しい』と注文。すると、鷲に似た頭部を持ったかなり巨大な生物が鎖で雁字搦めになった状態でドニカナックに引き摺られてきた。

 

 魔獣が闊歩するフレメヴィーラ王国でも見たことのない種類に世界の広さを思い知りながらも、ディートリヒはカマをかけることにする。

 

「へぇ、そちらでもこんな魔獣が居るのかい。こちらでも山の方に居るよ」

 

「騎士様はフレメヴィーラ王国の方でしたよね、そちらでもこのような魔獣が!?」

 

「私が率いている騎士団の立場的に助っ人に行くこともあるんだけど、山間部や森の中でたまに見かけるね。だからこそこういった空を飛ぶシルエットナイトが必要となってくるんだよ」

 

 次から次へと出まかせを言うディートリヒだが、もちろん彼は目の前の魔獣は初である。だが、これ以上吹っ掛けられるのも癪なので、『フレメヴィーラ王国では結構見るから珍しくない』という偽情報で男の興味を失わせようと思ったのだ。

 

 話したのはガルラではなく、飛行能力を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)であるトゥエディアーネの誕生秘話のだが、それを真に受けた男は『フレメヴィーラ王国でも見かけるのならそちらの伝手で輸入した方が良いですね』と魔獣に対する興味が一気に無くなる。

 結局のところ、最初に提案した魔法術式(スクリプト)で1人と1匹を譲り受けてもらう形となった。

 

「では、さっそく取り掛かります。そちらの1機のスクリプトを書き換えさせていただくので、サブアームを拝借」

 

 そう言ってガルラはサブアームの銀線神経(シルバーナーヴ)越しにドニカナックにアクセスする。魔導演算機(マギウスエンジン)に深く潜るに連れ、出るわ出るわ。どう処理しても動かない部分にとある挙動で強制停止を食らうバグ。そして、どの処理も魔力貯蓄量(マナ・プール)の許容値を下回った状態で実施すると自動でストップをかける『IF』が欠如していた。

 

(どっかの辺境伯が用意してた物も大概でしたが、こっちは生産された時点がダメダメですねぇ)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)とは工業製品である。ゆえに出来上がったものは一定の品質となるのが当然なのだが、『部品自体』が低品質の場合は出来上がったものの性能が著しく下がるのも当然と言える。

 しかし、そこで厄介なのがその部品が手に負えない状態であった場合だ。魔法術式(スクリプト)や特別な製法の部材といった即座に手に入らなかったり、技術力不足で再現不可能な場合は残念ながらその品質がデフォルト──かなり消極的な言い方をすれば、改修出来るまで仕様と言い張ってしまわなければならない。

 

 このドニカナックもそういった経緯で生まれ、そしてエルやアルのような技術者が居ないために他国のコピーを劣化させながらもやったことが伺える。

 しかし、それは今の自国や故郷の国とは一切関係ない。そのため、アルの脳内は既にどんな魔法術式(スクリプト)を入れるべきかの思案に入っていた。

 

(サブアームの制御に限定すればテレスターレよりも酷いですよ、これ)

 

 原初の東方仕様(イースタンスタイル)であるテレスターレを引き合いに出しながらも、アルの脳内では数多の仕様を思い返していく。

 最も新しいのはクシェペルカ王国で作ったウィザードパッケージの魔法術式(スクリプト)だろうか、ソードマンの柔軟な制御を組み込んだ文字通りの最新型だ。

 他にもエクスワイヤ・チックといった支援騎への接続内容や上書き内容も加えたニキチッチ仕様、大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)中盤で開発したレーヴァンティア仕様や法撃一辺倒に仕立てたレスヴァント・ヴィード仕様。そして最後に、一般的な騎士では手に負えないイカルガ仕様。

 

 どれも転写するのは簡単だ。イカルガの魔法術式(スクリプト)以外はどれも既にアルの頭の中にあるので、それをコピペしてあげれば良い。

 だが、敵国にもなり得そうな他国。しかも、見た目人間のそれなのに『魔獣』と称して拉致して見世物小屋に売り払うようなモラルの運送屋を抱えている国だ。

 いくら売買契約をしているとはいえ、技術の価値も分かっていないやつらに最新型をアップデートする必要があるのだろうか。──いや、ない。

 

 ならば、どうするか。決まっている、かなりダウングレードした魔法術式(スクリプト)を入れるのだ。ざっと精査してみたが、ドニカナックの魔導演算機(マギウスエンジン)はコピー品を多用しているのかありきたりな魔法術式(スクリプト)がほとんどだ。さらには技術者の練度も高くないのか、誤記や穴抜けがあるので下手をすればエルやアルが最初に組んだ魔法術式(スクリプト)でもオーバースペックと言えるほどのお粗末さだ。

 

(テレスターレの物にしよ。これでも結構な戦力アップになるでしょ)

 

 もはや迷いはなかった。サービスとして通常動作での穴抜けや誤記の修正も並行で行って数十分と魔法術式(スクリプト)を推敲して調整するには非常に短い時間、ちょうどディートリヒが『暇だから』と源素晶石(エーテライト)の需要についての語ってもらった噂話が一段落したところでガルラの拡声器越しにアルの終了報告が響いた。

 

「完了しました」

 

「も、もう終わったのか!?」

 

「はい、確認してもらいたいのでそちらの機体を上げてください」

 

 サブアームから手を放したガルラは指を上に向ける。それを合図に男は髭面の男を自身に割り当てられた快速艇(カッターシップ)に戻らせて観測するよう指示すると、船員達に『ドニカナックを甲板に上げろ』と叫ぶ。

 周囲が慌ただしくなる中、ディートリヒはアルから詳しい事情を聞くためにガルラの操縦席に飛び込んで雑談に興じていた。

 

「上が騒がしいけど、なんのスクリプトを入れたんだい?」

 

「テレスターレの物ですよ。一番ふっるいやつ」

 

「えぇ、それであの興奮ってあの機体どれだけヤバいんだい?」

 

「仮に親方や兄さんに見せたら製作者殴り殺すか、"エチェバルリア化"させた後に1から作り直すぐらいですね」

 

 昇降機の隙間から『動かしやすい!』や『次変われ!』と興奮した声が聞こえ続けること、これまた数十分。ようやく降りてきたドニカナックや騎操士(ナイトランナー)、そしてこの輸送型飛空船(カーゴシップ)の船長は皆、興奮した表情を浮かべていた。

 検証が済んだのだろうとガルラから降りたディートリヒの手をいきなり男が手に取った。

 

「えっと、ディートリヒ様と仰いましたかな?」

 

「そ、そうだが?」

 

「ほ、本当にこれを我々が使用しても!?」

 

 もはや手の平返しの範疇ではない対応。しかも男に手を握られて情熱的な視線を向けられているので、心底気色悪そうな表情でディートリヒはガルラを見やる。すると、拡声器から『ディートリヒ団長の権限ギリギリ……いや、若干飛び出ていますが団長が一言だけ陛下に謝ったら済むかと』と、アルがとんでもないことを言いだした。

 

 ただ、数か月前まで同じ銀鳳騎士団で馬鹿をやっていた者同士。アルのいたずら心を見透かしたディートリヒは。すかさず男から手を無理やり引き剥がすと、ガルラの脚部装甲をガンガンと叩きながら軽口を言い始めた。

 

「君は僕の乗騎だろう、主にそんなポンポン頭を下げさせないで欲しいなぁ」

 

「いえ、団長。彼らは謝罪の気持ちも含めて彼女や魔獣を手放してくれました。ならば、最大限の感謝として最大限の技術を提供するのもやぶさかではないでしょう。それよりやめてください、私の外部装甲が陥没します」

 

「教育的指導と覚えておきたまえ。……そういう訳だ、僕の謝罪で済む話だから遠慮なく持って行ってくれたまえ。技術の伝え方は……商人である君達にそれを無償でというのは無粋か。精々、上手くやって稼いでくれたまえ」

 

 商人の矜持を知ったような口でキザったらしく背を向けたディートリヒは、『君にはこれはもう必要ないね』と、これまたキザったらしく少女の手枷や足の輪を降下甲冑(ディセンドラート)の膂力で無理やり千切る。そして、そのまま魔獣の方の拘束も──と思ったがどうやら心から彼を信頼していないらしく唸り声をあげていた。

 

 その反応に困ってしまったディートリヒだが、傍らに居た少女がまるで日常的に接しているかのように魔獣の頬を撫でて話しかけだした。

 

「シーズ、大人しくして」

 

 するとどうだろうか、少女の指示に従うかのように魔獣は一気に大人しくなった。これ幸いとディートリヒは手早く魔獣の拘束を解くと、少女に『魔獣はどうするんだい?』と問いかける。

 

「私は買われたはず。ならば、あなたについていく」

 

「そうしてくれるとありがたいが……もう少し言い方をだね」

 

「やはり、憲兵に突き出した方が世のためでは?」

 

「やっぱり後で親方に見てもらわないと駄目だと思うよ、君は」

 

 あらぬ疑いによって船内は一気に騒がしくなる。しかし、輸送型飛空船(カーゴシップ)の船長を含めた船員達は互いに目配せをしながら距離を取っていた。魔獣が解き放たれた今、自分達が出来ることは彼らにすぐ出て行ってもらうよう頼むぐらいだ。

 そんな気配をディートリヒも感じていたので、魔獣を暴れさせないように少女に向かって念押しするとガルラに乗り込んだ。

 

 ガルラを一気に飛行形態へと変形させたことで船内が再び騒がしくなるが、ディートリヒは先に少女や魔獣を輸送型飛空船(カーゴシップ)から出ていくよう声をかける。すると、既に魔獣の胴に装着された鞍のような物に跨った少女が慣れた手捌きで魔獣を船外に飛び立たせ、それを見届けたディートリヒはアルに続くように指示する。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の推力を絞りつつも輸送型飛空船(カーゴシップ)から出たガルラは、待っていた少女達と共に輸送型飛空船(カーゴシップ)快速艇(カッターシップ)に搭載されたドニカナックの法撃圏外まで離れていく。仮にここで牙を見せるようならガルラの全戦闘能力や出撃前にダーヴィド経由でアサマに居るフロイドに頼んでいた超長距離法撃によって可哀想なことになるのだが、件の魔法術式(スクリプト)の恩義があるためか一切の攻撃はなかった。

 

「さて、君。たしかに君を買ったわけだが、その所有権を捨てるよ。だから仲間の所へ帰ってくれないかな」

 

「君じゃない、私はローカ」

 

 十分に輸送型飛空船(カーゴシップ)と距離が離れたところで停止を呼びかけたディートリヒは、少女改めローカに仲間の所に行くよう説得する。たしかにあの輸送型飛空船(カーゴシップ)の船長に言ったように保護と共に案内役をしてくれるのであればありがたいが、このまま帰ってもあらぬ疑いを間違いなく──それも現在ガルラを動かしている当事者の1人によってバラまかれてしまう。

 どうあっても災いが身に降りかかるのであれば、元々なかったことにする。それが彼の決めた結論であった。

 

 しかし、ローカにとっては破格の提案と思えたが幻像投影機(ホロモニター)に映る彼女の様子は暗い。そのまま放置ことも出来たが、それは騎士の矜持が許さなかったディートリヒが思わず『どうしたんだい?』と尋ねる。

 

「私の暮らしてた巣はもう……無い……」

 

「あっ……すまない」

 

 恐らく、孤独なる十一(イレブンフラッグス)が建造予定の採掘施設にとって巣が邪魔だったのだろう。悲痛な表情を浮かべるローカにディートリヒは謝罪しつつ、もはや自身に降りかかるであろう災いなど知ったことかとローカの今後について思考を巡らせる。

 

 もちろん、案内役や巨人族(アストラガリ)のようにこの地の独自文化を教えてもらうという対価で保護するのが一番良いだろうが、それはエルやエムリスを探してこの地を去るまでという期限付きの対応だ。つまり、いつまでも一緒には居られないということになる。

 

「君と同種族の村が見つかって、そのまま住みつけるまでは面倒を見よう」

 

「本当?」

 

「あぁ、その代わりだが「なんでもする!」……何でもはいらないかなぁ」

 

 食い気味の『何でもする発言』にディートリヒは頭を搔きながら否定。後ろで『うわぁ、少女になんでもさせるとか引くわぁ』と発言するアルの頭を小突きながら、彼は自身の船団まで戻るよう檄を飛ばした。

 

***

 

 見張り台からガルラ帰還の報告が艦橋内に届き、『やっと戻ってきたか』とダーヴィドがまるで心配していないような呟く。その声に艦橋内に詰めていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)が同調し、再び見張り台に合図を送ってもらうために伝声菅に近づくが、見張り台からさらなる報告──否、絶叫が響いてきた。

 

「ま、魔獣だ! ガルラが魔獣に追われ……いや、並走!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

「おい、見張り台! なにがあった! 魔獣!?」

 

 突然の『魔獣宣言』に騎操鍛冶師(ナイトスミス)が叫んでいたが、バトソンやダーヴィドといった銀鳳騎士団に古くから在籍している面々は『また面倒なことになりそうだ』と眉間の皴を必死に伸ばしていた。

 ただ、そんな騒動も長くは続かなかった。伝声菅から突如としてその場に居ないはずの人間の声が聞こえたのである。

 

「こちら、アルフォンス。魔獣は客人なので迎撃しないでください。あ、負傷者の受け入れ準備もしといてもらえると助かります」

 

 アルの声にダーヴィドが横を向けば幻晶騎士(シルエットナイト)形態のガルラの姿。そして、よく目を凝らせば操縦席にて非常に緊張かつ泣きそうな面持ちで小刻みに震えるディートリヒの姿があった。

 十中八九、操縦を代行しているのだろう。しかし、ガルラの操縦は近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の合いの子のようなかなり難しい操縦が求められ、その中には当然直接制御(フルコントロール)じゃないと動かせない物もある。

 

「あぁ、良いから戻ってやれ。泣いてんぞ」

 

「えー、ちゃんとその姿勢とスクリプト維持すれば即座に墜落しないって言ったのにー」

 

 ぶつくさ言いながらも圧縮空気が放たれる音を残してアルはガルラへと戻っていく。残された面々は初見の全く性質が異なる幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦を託され、『言われた通りの操縦を行えば即座に墜落しない』といった緊張感を煽る指示をされたディートリヒに軽く同情しながら、イズモに乗っている医者を船倉に送り出すといった負傷者受け入れ態勢マニュアルに沿った行動を行っていく。

 やがて、全ての指示を出し終えたダーヴィドはふんぞり返っていた船長席から降りると、艦橋に居る全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「俺は船倉に行ってくる。見張り、エドガーとヘルヴィの招集を頼んだ」

 

「合点!」

 

 そう言いながらダーヴィドは船倉目指して早歩きで通路を歩いていく。面倒事の気配をビンビンに感じながらも、イズモという移動する銀鳳騎士団と言わざるを得ない巨大船の船長という役職に就いている以上は仕事をしないわけにもいかない。

 多分、アルが何かしらで魔獣が関わるトラブルでも起こしたのだろうとため息交じりで船倉に向かう最中──。

 

「ちょっとディー! あんた、まさか……そんな人間とは思わなかった!」

 

「ディー、お前ってやつは……。このような少女を……恥を知れ!」

 

「ちょっと待ってくれたまえ! 私はこの子を助けたんだよ!?」

 

 ダーヴィドの足が止まった。扉越しに聞こえてくる会話──いや、暴言に近い言葉の数々や弁解の言葉から察するに自身の手に負えないと自覚したダーヴィドはそのまま何事もなかったかのように艦橋へ戻りたかった。

 ただ、フレメヴィーラ王国で指折りの精鋭である銀鳳騎士団。その騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊隊長というプライドがこの場から逃げるという選択肢を彼方へと消し去ってしまい、息を大きく吸い込んだダーヴィドは船倉へつながる扉を勢いよく開け放った。

 

「なにしてんだお前ら!」

 

「あ、親方」

 

「おやかた?」

 

「この船で一番偉い人ですよ」

 

「ふーん、この巣で一番偉い人? "カザキリ"とどっちが偉い?」

 

 ダーヴィドは扉の近くに居たアルの傍にくっついて銀鳳騎士団に在籍している医者に健康診断のようなものを受けている見たこともない風貌の少女をちらりと見るが、それは『ワケアリ』だと一旦置いておくことにした彼はそのまま船倉のど真ん中で突っ立ってダーヴィドを見ていたエドガー達に近づいていく。

 

 いくら元々は同じ銀鳳騎士団出身である3人だが、今は別の騎士団かつエドガーとディートリヒは騎士団長である。自身の率いている騎士団のパワーバランスについて物申したい気持ちを爆発させたダーヴィドは3人の前に立つや否や叫んだ。

 

「お前ら、もう別々の騎士団だろうが! それぐらいにしろ」

 

「親方、すまない。ディーがいきなり魔獣やあの少女を連れ帰ってきてな」

 

「後、あの子がディーに買われたって言ったから……」

 

「はぁ!?」

 

「だから言ってるだろう! 買ったのは事実だgぶぇぇ!」

 

 言い終わる前にダーヴィドの鉄拳がディートリヒに炸裂し、再びリンチが開始される。理由はどうあれ『見るからに人間──しかも、女の子を買う』という役満な現場。どうあっても覆しようがないと諦めていた彼だったが、そこに今まで会話に参加していなかったアルが『はい』と手を上げた。

 

「ちゃんと言葉のキャッチボールしましょうね。……というわけで、質問どうぞ」

 

「あ、そういえばアル君も居たんだっけ。なんであんな酷いことさせたの!」

 

「その質問の答えは向こうが売り物にしてたからです」

 

「では、なぜ買った! それだと向こうがつけあがるだけじゃないか!」

 

「それやったら僕ら、空賊になっちゃいます。なので、買いました」

 

「つまり、ディーは人助けとしてこっちの嬢ちゃんを購入と言う名の保護をしたわけだな」

 

「あっちでずっとこちらを見ている魔獣と一緒にです。どうやら、あの子の相棒のようで」

 

「なんで俺達を放置した。誤解があれば解けば良いだろう」

 

「さっきまでそんな簡単に信じる空気じゃなかったのは、ここに居る皆が分かっているかと」

 

 大きな魔獣を指差したり、周囲の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に同意を求めたりとアルは事情を淡々と説明していく。そのころには誤解もすっかり解けたようで、ディートリヒがお返しとばかりにエドガーを数発殴っていたが、殴られた本人は『すまない』と甘んじてその攻撃を受け取っていた。

 

 そんな男子中学生的やり取りの後、攻撃をしてきた船が孤独なる十一(イレブンフラッグス)所属であることや現在の浮遊大陸を取り巻く情勢やローカを引き取るうえでのやり取りが共有される。

 

「複数の国に無法者か」

 

「なんでも、そこら辺の石までもエーテライトらしいですよ」

 

「飛びつくのは無理もない話ね」

 

「ハハハハっ。し、しかし。い、今更テレスターレの技術でって……。ヒヒヒッ、有難がるたぁおかしな連中だぜ!」

 

 詐欺ではないが不平等極まりない条件でローカを手に入れたことに対して笑い転げるダーヴィドはさておき、源素晶石(エーテライト)は今や莫大な利益を生む金のなる木だ。国の代表となるほどの大商人ならば飛びつかない手はない。

 さらには少々人間とは異なる種族に西方では絶えたとされる魔獣。どうあっても浮遊大陸は金とは切っても切れない縁で結ばれているとしか言えない状況ともいえる。

 

「ねぇ、私はどうすればいい? 船の飾りでも、なんでもやるよ?」

 

「だからそんな軽々し……待て、ローカ。君は向こうで何をされた?」

 

「私じゃないよ、他の巣の子も一緒に変なところに入れられてた時があったの。そのうちの何人かがいつも騒いだり、そこら中を蹴って暴れてたから巣の先っぽとか硬い所に縛られて飾られてた。地の此は巣の飾りつけに私達を使うんじゃないの?」

 

 知らぬということは幸せなのだろうか。どこまでも純粋な眼差しで疑問を口にするローカだが、それを聞いた全員は一瞬のうちに感情を失くした能面のような表情を浮かべている。

 理由を考えるのもそれを実行した人間に寄り添った気がして非常に不愉快なのだが、おそらくはローカと同種族の者に飛空船(レビテートシップ)を攻撃されることを防ぐ肉盾代わりなのだろう。

 

 やりたいことは分かる。自軍の損害を防ぐためになりふり構わない姿勢も分かる。

 だが、巨人族(アストラガリ)すらも友として接していた銀鳳騎士団にとって彼女の言葉は孤独なる十一(イレブンフラッグス)全体を敵に回してもお釣りがくるぐらいの発言だった。

 

「んー、まさか折檻以外で吊るす人が居るとは思いませんでした」

 

「……あたし達の部隊はちょっと急用思い出したわ」

 

「ヘルヴィ、俺達も乗せていってくれ。どうせ同じ目的だろう」

 

「おかしなこと言った? あ、もしかして"はくせい"っていうのをするの? 何かは分からないけど、別に良いよ。強者は大風のようなものだから、安易に羽根を逆立てると飛ばされるってお父さんも言っていたし」

 

「君はもう喋らないでくれ。頼むから……」

 

 火に油どころではない話を追加で聞かされたが、なんとかエドガーとヘルヴィは平静を取り戻したらしい。『冗談だ』と2人は近くの椅子に座り直すが、目の笑っていないのは多分気のせいだろうとそのままローカについての処遇が話し合われる。

 

 その結果、ローカは案内役兼彼女の種族であるハルピュイアの文化を学ぶための教師役として無事にイズモに迎え入れられることとなった。

 なお、あんなに言われたのにもかかわらずローカは『買われたから』とディートリヒの後ろをちょこちょこついて回っており、それを見かけた全員が漏れなく生暖かい目で見ていたのだが、本人としてはとてつもなく居心地が悪かったのだとか。





ローカ
 本作のオリジナルキャラで、原作のとあるキュマイラライダーの娘。好奇心旺盛で大人しい性格なので盾になることも剥製(こちらはとある議員が言っていただけだが)になることもなく本国に輸送される途中でディートリヒに救われる。
 最初こそアルが本当にガルラの中の人だと信じ込んでいたが、隅で隠れていた事実にちょっと残念そうだったとか。
 なお、アルも助けた内に入るのだろうが、実際に枷を外してくれたり交渉してくれたのはディートリヒ。そんな図式が組み上がっており、事あるごとに『この巣で一番大事にしている情報を対価にディートリヒから買われた』とイズモ内で吹聴している。

シーズ
 ローカのパートナーであるグリフォン。基本的にローカの言う事しかきかないが、イレブンフラッグスの船とは打って変わって食糧や寝床といった客人の対応を受けてちょっと困惑気味。
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