銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

187 / 200
150話

 ローカという頼もしくも人間(彼女が言うには『地の此』というらしい)の常識が欠如したハルピュイアの少女が仲間に加わって数日が経った。その間も浮遊大陸に足を踏み入れようとする彼らだったが、大陸の周囲を吹き抜ける大風によって思わぬ足止めを食らっていた。

 ローカ曰く『お父さんが珍しくないって言ってた』らしく、外縁部に沿って大風が吹き終わるタイミングを見計らっている船団だが、今日も今日とて雲の流れが早い。

 

「今日も風が出てやがるな」

 

「そろそろ団員も痺れを切らしている。そろそろウィンドスクリーンで無理やり突破しよう」

 

「畜生、こうなるんだったら最大出力の稼働時間も出しとくべきだった」

 

 窓から見える雲の流れを不機嫌そうに見つめていたダーヴィドが呟くと、隣で窓の外を見ていたエドガーが提案する。

 彼の言う『風防(ウィンドスクリーン)』とは、元々は嵐の衣(ストームコート)を簡略化して船と乗員を守ろうという試みで最近開発されたばかりの魔導兵装(シルエットアームズ)である。元が嵐の衣(ストームコート)であるため、『化け物には化け物をぶつけるんだよ理論』で出力を上げれば大風ぐらいは突き破れるはずだ。……はずなのだ。

 というのも、イズモクラスの船を覆えるほどの高出力な風防(ウィンドスクリーン)。それを維持することが出来るのかが全くの未知数であることが問題だからだ。

 

 昨今のフレメヴィーラ産飛空船(レビテートシップ)はアルの提案した『飛空船(レビテートシップ)にて幻晶騎士(シルエットナイト)を支援する考え』が浸透しているために内部には魔力転換炉(エーテルリアクタ)が組み込まれており、それは飛翼母船(ウィングキャリアー)であろうとも変わりはない。それどころかジャロウデク王国からぶん捕ってきた魔力転換炉(エーテルリアクタ)の遣いどころとばかりに、結構な量を余剰空間に詰め込んだために潤沢な魔力が約束されていた。

 

 だが、それでもイズモやアサマはトゥエディアーネが中隊規模の整備が可能なほどの巨体だ。低出力ならまだしも大風に抗えるほどの高出力での運用。しかも、突破すべき大風の『厚さ』が分からないためにどのぐらい大出力を維持すれば突破が可能なのかが分からない。

 実験の重要性はエルとアルから散々学んできたが、詰めが甘かったことを反省するダーヴィド。すると、彼の横からローカの羽根ともいうべき頭髪を優しく梳いていたヘルヴィが諦め気味に口を開いた。

 

「もう、アル君に頼んで対策講じてもらうしかないんじゃない?」

 

「流石にそれはなぁ……うーむ」

 

 ヘルヴィの提案にダーヴィドは難色を示す。たしかに、こういったことはエルのような突拍子のないことを仕出かす輩がポンと良案を思いつくものだ。ただ、同時に『エルと同類である人物』であることも考慮に入れなければならない。

 それを失念していたヘルヴィが難色を示し続けるダーヴィドに向かって『なに?』と自身の提案に何か問題があるのか聞くと、彼は小さくこう呟いた。

 

「実は、アルからこの船の改良……それも航行中に出来る計画を提案されててな」

 

 そう言って会議室から出て行ったダーヴィドは少ししてから戻ってくる。その腕の中には銀鳳騎士団にとっては毎度おなじみである紙束の姿が納められていた。

 これだけでも嫌な予感がひしひしと感じるヘルヴィを一瞥もせず、まるで機械化のようにダーヴィドがその紙束を机の上に並べ始める。それらをじっくりとは見たくはないが、怖いもの見たさに一瞥。それだけで視界に入れたことをエドガーとヘルヴィは後悔した。

 

 そこには先日、ダーヴィドとディートリヒ含めた紅隼騎士団に話した上部甲板に綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の伸縮を用いたトゥエディアーネやエクスワイヤを装備した近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)を射出する機構を搭載する計画や、組み立て式の魔導兵装(シルエットアームズ)による飛翼母船(ウィングキャリアー)の火力上昇といった計画。そして、小さく『ロマン』と記載された上部甲板へ上がるための昇降機を回転式にする計画が書かれていた。

 

 数々の無茶な改造計画が紙の上にある中で昇降機を回転させる仕様については『なんで回転?』とツッコミをなんとか入れられたが、それ以外は『どういった利点があるの?』といった理解の余地外過ぎて何を言えなくなったエドガーとヘルヴィ。そんな2人にヘルヴィに髪を梳かれていたローカが元気よく手を上げた。

 

「アルフォンスってこの巣の風切なんだよね? 言う事を聞くべきじゃないの?」

 

「うーん、この巣に居る人はアル君を知ってるんだけどね。あー、駄目。まだ、どう答えて良いのか分からないわ」

 

「えーっと。元々この巣の長の風切の一員だったんだが、別の巣に移り住んでしまってな……分からん」

 

「やっぱ、アストラガリもハルピュイアも文化が独特だな」

 

 風切とは戦闘部隊を指揮する隊長格のようなものなので、ローカの発言は何も間違ったことではない。間違ってはいないのだが、ハルピュイアを相手に『別の国に移った元団員だから指示系統が違う』と、どう説明して良いのか未だ完全に文化や言語を把握していない彼らは分からなかった。

 

 3人がなんて言い表すのが適切か迷っていると、会議室のドアが開かれてアルが入室してくる。彼はローカがヘルヴィに髪を梳かれている様子に目を細め、『手入れしてもらえて良かったですね』と言うと彼女は元気そうに『うん!』と答えた。

 そんな睦まじい様子だが、背後のヘルヴィが小刻みに震え出す。

 

「エドガー……この子、うちの騎士団に欲しいんだけど」

 

「落ち着け、まだ子供だからな。な?」

 

「そういえば、ディーさんって会議の時間を勘違いしてます? 外の様子を見る時に出会ったんですが」

 

 母性がくすぐられて暴走しかけの副団長とそれを止める騎士団長のやり取りはともかくとし、アルがディートリヒの所在をダーヴィドに伝える。すると、それを聞いた彼は激怒して近場に居た白鷺騎士団所属の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に怒号を浴びせて連れてくるように部屋から追い出した。

 

「ちょっと、うちの団員に当たらないでくれる?」

 

「なーに言ってんだ。この船は銀鳳騎士団の持ち物、つまり船長であり銀鳳騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊の隊長である俺が一番偉い!」

 

「ダーヴィドおじちゃんがこの巣の長老なんだね!」

 

「おじっ!?」

 

 ローカの鋭い言葉のナイフがダーヴィドの胸に深く突き刺さる。たしかに長い飛空船(レビテートシップ)生活によってドワーフという種族もあってか、ダーヴィドは髭が伸びるなどといった外見的な貫禄がつきすぎていた。

 ただ、ダーヴィドも未だエドガーらと同じような年齢なのでおじちゃん。ましてや長老と言われるべき年齢ではない……決してないのだ! 

 

 ただ、いかに自身がそう思っていても子供からそう言われたダメージはあまり楽観視できるものではなかった。隣で『おじちゃん』や『長老』と声を震わせながら笑う白鷺騎士団の団長、副団長コンビに鉄拳制裁するまでは良かったが、肩を叩きながら『子供は20歳以上をおじちゃんと呼ぶんですよ』と謎の説得力が篭った諭しをしてくる元上司の言葉に耐えきれず、涙を浮かべた彼はその場にうずくまる。

 鬼の目にも涙とはこのことであろう。

 

 そうしていると、伝声管から見張りの声が響いてくる。

 

「こちら見張り台、雲の流れが穏やかになっています!」

 

「なにぃ!?」

 

 その朗報で即座に復活したダーヴィドが窓に顔をはりつけると、たしかに雲の流れが比べようがないほど穏やかになっている。

 突っ込むならば今しかない。そう思ったが進行中に再び大風が吹いてくる可能性がチラリと過ぎった彼は『今ならいけそうね』とヘルヴィに抱き抱えられつつ窓の外を見ていたローカに声をかけた。

 

「ローカ、この大風は何時まで止んでいるか分かるか?」

 

「んー、私もあまり村から出てなかったから分からない。あ、でも風切してたお父さんが"風が止んだから、大地の警護をしてくる"って1日ぐらい巣の外に行くことがあったよ」

 

 ローカの言う父親の行動を信じれば1日の猶予がある。ただ、まるっきり信じるのは危ないと感じたダーヴィドは、即座に伝声管からイズモ全体に浮遊大陸への移動指示と僚艦への移動指示を伝達するように命令する。

 こうしてダーヴィドの指示通りに船団が浮遊大陸に向けて移動準備に入って行くわけだが、ちょうどその時に白鷺騎士団所属の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に呼ばれたディートリヒが会議室へと入ってきた。彼の姿を見るや否やドワーフ特有のゴツい手から繰り出される拳が彼の頭部にお見舞いされるわけだが、それを見た面々はローカ以外は『残念ながら当然』と言った様子で移動予定について話し合いを続けていた。

 

「いっ……つつつ……。吉報を持ってきた功労者になんて真似をするんだい」

 

「何が功労者だ。どうせ、大風が止んだって話だろうが。ローカが言うには1日は止んだままっつー話だから既に移動を命じてる最中だ」

 

「なんだい、知ってたのか」

 

「ディー! ディー! 私、役に立ったよ!」

 

 床に這いつくばるディートリヒの周囲をジャンプし、ローカは自身の手柄をアピールする。その微笑ましさでつい頭を撫でたい衝動に苛まれるが、彼は周囲の人間が衝動によって宙に浮かび上がった彼の手の行方をじぃっと見つめていることに気づく。

 もし、このまま衝動に任せて『よくやった』とローカを撫でたら最後。瞬く間に話に尾鰭どころか背鰭やエラまでつけて船団内に共有されるだろう。

 

「んんっ! ところで探索は若手に任せるという方針だったね」

 

「露骨に話題を逸らしやがったな……。そうだ、おめぇも突撃だけじゃなくてそろそろ指揮する立場になってほしいっつー、俺からのありがたーい心づけだ」

 

「ぐぬぬ」

 

 立ち上がったディートリヒがカラカラと笑うダーヴィドを睨み付けるが、力の差は歴然であるために悔し気に唸る。そうしていると、今まで黙っていたアルが手を上げた。

 曰く『僕もたまには機体を動かしたい』とのことだが、ダーヴィドは孤独なる十一(イレブンフラッグス)へのカチコミを行った件で出撃を拒否。ぶー垂れるアルに向かって『巨人戦争の最中みたいに、お前が勝手に居なくなるのが怖ええんだよ!』とやり場のない怒りを吐き出した。

 

「終盤辺りに乗騎乗り捨てて生身で行動してたと知らされた時は肝を冷やしたな」

 

「そうねー。もし、ここで同じこと起こったら約数名ぐらいが曇っちゃう案件ねー」

 

 約数名と軽く言っているが、『影響力がヤバい』という枕詞をヘルヴィはあえて隠した。その意図は……推して知るべしであろう。

 すると、そのことをしっかりと把握しているのか、思ったよりも素直にアルは出撃願を取り下げた。

 

「むぅ、仕方ないですね。ならイズモあたりで何かやってましょうか」

 

「大人しくしとけよ! 大人しくしといてくれたら良いからな!?」

 

「えー、暇な時間なんですから日曜大工でもさせてくださいよー」

 

 日曜大工。言葉通りの意味で日曜日に暇を持て余した男女が専門家に頼まずに大工仕事をすることである。昨今では『Do It Yourself』の略で『DIY』と呼ばれていたりする暇つぶしに最適な行動である。と、講釈を垂れたが今日は間違っても日曜日ではなく、任務中の公休日など存在していない。

 それに加え、ここからが本題なのだが幻晶騎士(シルエットナイト)飛空船(レビテートシップ)の知識が備わったアルが事を起こすと間違いなく大ごとになる。それはもう『日曜大工』ではなく、『工事』。『Do It Yourself(自分自身でやる)』ではなく、『Do It Ourself(みんなでやろう)』になるレベルで。

 

 いくら今が暇であろうとも、浮遊大陸に入ってしまえば不規則な遭遇戦もあり得るのでそんな大掛かりな暇つぶしをしないで欲しい。ダーヴィド達がそう思っていると、この中で唯一暇人かつ状況をよく分かっていないローカがアルに声をかけた。

 

「じゃあ、アルフォンス。私、地の此について聞きたいなぁ」

 

「そうですね、ではローカとお話でもしておきましょうか」

 

 その瞬間、ローカの背中から後光が差していたとはエドガーとヘルヴィの談。結局、ハルピュイアの文化や村での生活といったあたりさわりのない雑談をこの場で行うアル達であった。

 その雑談で分かったことだが、ハルピュイアは人間のように国家というものを持たないそうだ。いうなれば、巨人族(アストラガリ)のように浮遊大陸という広大な土地の中に各村を作って生活しているらしい。

 村の中には先にもローカが言っていた通り、『風切』と呼ばれる戦闘部隊のまとめ役が村長とは別に居るらしく、彼女の父もその職に就いていたのだそうだ。

 

「お父さんはどうしたの?」

 

「分からない。どこかの村でキュマイラを従わせることに成功したって話を聞いてその村に行っちゃったから」

 

「キュマイラ?」

 

 首を傾げるアルにローカは大きく身振りをしながら答える。

 

 混成獣(キュマイラ)とは鷲頭獣(グリフォン)と翼を分かった獣ということらしい。獅子のような首、山羊のようなねじくれた角を頭部にはやした首、鷲に似て歪な嘴が突き出た首という三つの首を備えており、それぞれの首からは異なった属性の魔法を用いるのだそうだ。

 

(ドー●リオ?)

 

 混成獣(キュマイラ)の特徴を聞いた直後、アルの脳裏にはそれぞれの頭に独立した脳があるためによく喧嘩をする一定環境下でポケットに納められるサイズぐらいになる怪物の姿を思い浮かべる。

 ただ、そんな怪物を知らない他の面々からするとかなりの強敵を連想したらしく、それぞれ顔を蒼くしてディートリヒの『そんな物を本当に飼いならせるのかい?』という問いに首を上下に動かした。

 

「私も信じられなかった。ただ、セブルグリフォンを失ったばかりのお父さんにとって一枚の羽根でもすがりたかったと思う」

 

「セブルグリフォン……またしても別の魔獣か。どんな魔獣か説明してもらっても良いか?」

 

 独特の言い回しで父の心情を汲み取るローカだが、別の魔物の名前に『どれだけ居るんだ』という心の声が聞こえてきそうな口調で説明を求めるエドガー。魔物大国のフレメヴィーラ王国でもそういった空を飛ぶ魔獣は見聞きした覚えがないのだ。

 

 三頭鷲獣(セブルグリフォン)。風貌こそ先の混成獣(キュマイラ)の三つ首を鷲頭獣(グリフォン)の持つ顔にした魔獣だが、混成獣(キュマイラ)と違ってこの魔獣はハルピュイアの乗用家畜として──いや、人語を解することから共生が成立しているのだ。

 

「いつも見せてもらっているが、あのグリフォンはまだ幼体と聞くし……トゥエディアーネ何機分だ?」

 

「おそらく、小隊でかかってやっとって感じね」

 

 未知の魔獣というだけあって魔獣大国から来た騎士としては戦力比較は職業病であった。しかし、目の前には鷲頭獣(グリフォン)と共生して心を通わすのがのが普通のことで、そんな異国の文化も知らない少女が一人。その目は見る見るうちに涙に溢れるが、それを横目にディートリヒは頬杖を突きながらため息をつく。

 

「君達、ここはフレメヴィーラ王国と違うよ。アストラガリの前例もあったのに、共生もあり得る魔獣を戦力比較するのは失礼じゃないのかい?」

 

「せんせー、エドガー君とヘルヴィさんがローカちゃんを泣かしてまーす」

 

「ふむ、それはあれだね……。アルフォンスもタイミング良くああなったわけだし、罰としてそろそろエドガーは腹をくくるべきだね」

 

「鬼かお前たち!」

 

 声には出さないが明らかに悲しみの感情を出しているローカを顎で指しつつ、ディートリヒとアルは割とおちゃらけた雰囲気で指摘する。

 ただ、その弄りネタが未だに踏ん切りがついていないエドガーに対する皮肉でエドガーが憤慨するのだが、『いい加減周りの視線も気にしなよ』とディートリヒは呆れ、『組織って上がやらないとしたが遠慮して何かを行えないって言いますよ』と前世の会社のようなことを引っ張り出す。

 

 なお、この後にヘルヴィが『何時でも良いから』と言っているところからエドガーが相談する前に既に返事を返していることと同義になっているのだが、肝心の本人はそれを察せずに頷くのみでそれを見た約2名は『そろそろ白鷺騎士団や紅隼騎士団の面々を誘って、こいつをイズモから海に突き落とすべきか』と検討していた。

 

閑話休題

 そんな身内ノリの様子に若干笑顔になったローカに対し、エドガーは膝立ちしてしっかりと目線を合わせながら謝罪する。

 

「すまない。悪気はなかったんだ」

 

「ごめんね、ローカちゃん。あなたのお友達を退治しようってわけじゃないからね?」

 

「ローカさんに補足すると、この人達の国は年がら年中悪い魔獣に人が襲われる場所でしてね。未知の魔獣ってだけでも警戒するべき対象なので、それを汲んでもらえると助かります」

 

「他人のように言ってるけど、君も人生の大半はその魔境で暮らしてるんだからね?」

 

 他人事のように話すアルの髪をグシャグシャにするヘルヴィ。もちろん、彼自身もそれは分かっているので大人しくなでられているが、ローカの次の言葉に全員もれなく動きを止める。

 

「ううん、良いよ。私達にも襲い掛かる"はぐれ"も居るし」

 

「……あれ、ちょっと待ってください。それ、敵味方の識別がまずくないです?」

 

 ローカの口から語られた『はぐれ』の存在。それはハルピュイアや鷲頭獣(グリフォン)を手あたり次第狩っているという孤独なる十一(イレブンフラッグス)はまだしも、あくまでも現地に住むハルピュイア達の領域にお邪魔させてもらっているスタンスを取るフレメヴィーラ王国とクシェペルカ王国側からしても到底無視できないことであった。

 

 ハルピュイアと鷲頭獣(グリフォン)はパートナーが決まっているほど親しい存在であることは、彼女が自身の相棒であるシーズを紹介しながら言われたことである。

 そんな存在を撃ち落としてしまった場合のことは──考えたくもない。

 だが、それがはぐれだった場合は無抵抗に蹂躙されて騎操士(ナイトランナー)の命を無駄に散らしてしまうこととなる。

 

 それぞれ騎士団を背負う身として、彼らはローカにはぐれと各巣で育てられている鷲頭獣(グリフォン)の見分け方を必死な形相で頼み込んだのは言うまでもない。

 

***

 

 大風が吹いていた地帯を速度優先の陣形で潜り抜けた船団は移動しながら再び陣形を整える。中央には総司令を司るイズモとアサマを布陣し、その周囲にはそれらを護衛する船団が。最も外縁には浮遊大陸への調査を担当する船団という内訳の陣が組まれた。

 

「そういえばトゥエディアーネって新しい型になったんですか?」

 

 調査や護衛と様々な目的で空に駆け出した白鷺騎士団と紅隼騎士団のトゥエディアーネを見ていたアルが、思い出したかのように口にする。その言葉に相変わらず幻晶騎士(シルエットナイト)に関するあれこれがずば抜けて高いことにエドガーは苦笑しながら『その通りだ』と返事をした。

 

 実はアルの言っていた通り、トゥエディアーネに関するアップデートは実際に行われている。白鷺騎士団と紅隼騎士団に納入されたトゥエディアーネは全て魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の調整や鰭翼(フィンスタビライザ)などの装甲の形状を空を飛ぶために最適化された後期型になっているのだ。

 

「アルフォンスは本当にシルエットナイトのことになるとすぐ分かるな」

 

「いえ、普通にフィンスタビライザの形状が僕の記憶と微妙に違いますし」

 

 念のために言っておくが、現在進行形でトゥエディアーネは空中を機敏に動いている。『ほら』とアルが指差した先に居た白鷺騎士団のトゥエディアーネも既に隊列を整えてどこかへ飛び去っているので、そんな瞬間瞬間を切り取って記憶と照らし合わせることはエドガーでも不可能だった。──恐るべきかな、ロボキチ魂。

 

 そんな時、窓の外から巨大な光の柱がアルとエドガーの目に映った。場所からして浮遊大陸の奥まった所──中心地に近いと判断した2人は一目散にダーヴィドや他の面々も居そうな艦橋へと駆けていく。

 

「親方!」

 

「おう、お前らも見たのか?」

 

 仏頂面のダーヴィドや何が起こっているのか分からないローカに迎えられ、2人は一旦艦橋にあるスペースで未だ光り続ける柱を見据える。どうやら現地民であるローカもこの現象については初めてらしく、周囲をキョロキョロと見渡していた。

 すると、ようやく足音と共にディートリヒやヘルヴィが艦橋に足を踏み入れる。そのまま、眼前の光の柱を見るや否や、全員が心に留めていた言葉をヘルヴィが代表して声に出した。

 

「あそこね」

 

「あぁ、間違いねぇ。あそこに銀色坊主が居やがるな」

 

「相変わらずド派手な目印だね。"あそこまで来てください"って言ってるようなものじゃないか」

 

「ディー、若手が戸惑っているぞ。せめてその笑顔は隠せ」

 

 エドガーに指摘されたディートリヒが視線を横にずらすと、艦橋に詰めていた若手達が漏れなくビビリ散らかしていた。

 どう見ても異常事態──それも現地民も戸惑うぐらいの予想外の事態にも拘らず、ドンと構えている4人といつの間にか居なくなっていた元銀鳳騎士団の副団長にかなりの頼もしさを感じていた若手達。だが、彼らが安堵を覚えたのはディートリヒが戦いの気配に飢えているかのような獰猛な笑みを浮かべた数舜ぐらいであった。

 

 『本能的な命の危機』というべきなのだろうか。そんな直感を覚えた若手の騎士達はディートリヒの目線に思わず後ずさりしていると、本人は平然と『君たちは本当に運が良いなぁ』と若手の経験が少ない騎士にとって嫌味のようなことを言ってきた。

 

「運が良い……ですか?」

 

「あぁ。レビテートシップによるここまでの長距離移動訓練はまだ国では紫燕騎士団でもやっていない。他にも、この地にはローカの言っていた魔獣だけではなくこの前のイレブンフラッグスのようにエーテライトを狙ってきた国や組織が潜り込んでいる。おそらく、数組か……数国への敵対は免れないだろうね」

 

「は、ハハハ……。胃が痛いんですが」

 

 若手の騎士からは乾いた笑いしか出ない。それもそうだろう、未知の魔獣討伐や長距離移動訓練はどちらも得難い経験となるのは事実。しかし、他国との戦闘など彼らが予期できるはずがなかった。

 おそらく、紅隼騎士団の銀鳳騎士団オタク(ゴンゾース)ならば望むところといって良そうな気配を感じるが、いかんせん騎操士(ナイトランナー)になりたての彼らがいきなり敵味方の識別をしながら他国と戦うのは不安が大きすぎた。

 

「安心しろ、俺達が逐一敵や味方の情報を共有する。お前達はそれを忘れずに覚えて戦いに活かせばいい」

 

「え"どがーぎ”し”だんち"ょぉ~。俺、今から白鷺騎士団に入ります~」

 

「そういえば、あの大戦でもいきなり味方が敵になったこともあったね。その場合はどうする?」

 

「そこはあの時のように殲滅でしょ。私達の中に裏切り者が出た場合でも同様ね」

 

 肩を叩きながら励ますエドガーにすっかり懐いた紅隼騎士団所属の若手騎士が彼の手を取りながら泣いて移籍願いを出すが、続けて『あの大戦』や『あの時』とボカして話したディートリヒとヘルヴィの話を聞いて青ざめる。

 

 彼らが話しているのはやはり、あの大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)。あの大戦は敵味方が入り乱れて戦うことが多かったが、同時に搦め手に襲われる経験もあった。

 それもこれもエルがはっちゃけたせいで銀鳳騎士団のネームバリューがどんどん上がっていったのが原因なのだが、それでも銀鳳騎士団の面々はどの戦域に出しても大量の戦果を引っ提げてくる強者揃い。ゆえに『村が襲われた』だの、『救援してほしい』といった騎士道を擽る頼みの裏で暗躍するような所謂、『騙して悪いが』も極たまにあった。

 

 ただ、その時は罠ごと踏み荒らした末に裏で手ぐすね引いていた奴に然るべき制裁をことあるごとに下していたので、そういった所業を含めて『クシェペルカ王国復興の英雄』ともてはやされているのだが、当の本人達は『大変だったねー』といった小学生並みの感想しか持っていなかった。

 

閑話休題

 まぁ、そんな壮絶なこと──しかも『裏切者絶対許さん』という空気を直に充てられた若手騎士は、まるで目の前のエドガーがクマにでも見えたかのようにゆっくりと握っていた手を放し、さらに数歩後ずさった後に綺麗な90度のお辞儀をし出した。

 

「あの、さっきの移籍願いはなかったことに。お願いします」

 

「まぁ、俺も臨時で入団させる気は毛頭ない。それに、ディーも進んで敵に新人を当てないだろう」

 

「いやー、分からないよー? あー、傷ついたなー! 部下に信用されていないって傷つくなぁー!」

 

「ディートリヒ団長ー! すみません、すみませーん!」

 

 はたから見れば年齢に見合わないノリの紅隼騎士団はさておき、船団が光の柱に向けて進路を取ろうとする──のだが、このタイミングで艦橋に備えられた伝声管からアルの声が聞こえた。

 

「こちら、見張り台のアルフォンス・エチェバルリア。調査部隊からのマギスグラフを確認しました」

 

「読み上げろ」

 

 『何時の間に行ったのか』、『大人しくできないのか』といったお叱りの言葉で返事をするかに思えたが、ダーヴィドは何も言わずに魔導光通信機(マギスグラフ)の解読を指示する。意外に思うかもしれないが、彼も彼でそういった言葉はアルの耳に届かないことは重々承知していた為に無駄な労力をかけたくなかったのだ。

 

 そんなあきらめの境地を察しているのか、はたまたいないのかは定かではないがアルは少々の解読時間の末に『ゼンポウ センエイ アリ』との短文を報告する。

 

「またしてもか。どうやら本当に色んな国が調査に乗り出しているらしいね」

 

「ひとまず、続報を待ってみよう。アルフォンス、こちらから所属を明らかにしてほしい」

 

 いくら孤独なる十一(イレブンフラッグス)の運び屋情報で大勢の人間がこの浮遊大陸の開発に躍起になっているという事前情報を得ていても、まさか大風を通って少しというわずかな時間で飛空船(レビテートシップ)を発見するとは思わなかった。

 ただ、既に目の前の飛空船(レビテートシップ)の船影がこちらからでも見えているので鈍重な船団であるこちらは今更姿を隠せるはずがない。ならば、自身の所属を明らかにして友好的に接触を図った方が些かお得というわけだ。──喧嘩を売られたら? その時はその時である。

 

 だが、伝声管から届いたアルの報告はそんな友好的な接触が出来る『他国』ではなく、有用な意見交換ができる『自国』の登場であった。

 

「ウィングマンからの続報。所属はフレメヴィーラ王国、掲げられた軍団旗は……藍鷹騎士団です」

 

「あぁ、そういえば少数部隊を残してエルネスティについて行ったと言ってたね。仕事が早いことだ」

 

「アルフォンス、こちらに誘導するように指示を出して欲しい。場所はそうだな……。ローカ、あっちは君達の村はあるか? ない? ならば、進行方向から見て3時の大陸で一旦落ちあうように伝えてくれ」

 

 矢継ぎ早に指示が出され、船団は再び陣形を客人を迎え入れるための分散した陣形に組み直すとエドガーが指定した浮遊大陸の隅っこに移動する。ローカ曰く、この周辺には村はないらしいがそれでも攻撃される心配があるため、係留用の錨を下ろすが着陸はしないように船団の全員に厳命する。

 

 そうして相手を待つことわずか。藍鷹騎士団を乗せた銀の鯨(ジルバヴェール)二世がゆっくりと接近してきたのであった。




ルビコン行ってると、ごすずんごすずんと銀鳳騎士団に入り浸る傭兵ポジとか書いてみたいなと思いますた(思っただけ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。