銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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151話

 エルと一旦分かれたらしい藍鷹騎士団と合流したイズモ船団。その会議室ではダーヴィド達がノーラと現状の報告を行っていた。

 

「なるほど、銀色坊主は無事に若旦那と合流したんだな」

 

「はい、アーキッド様も共に無事であることを確認しております。女性……いや、少女に懐かれているという別の問題もありますが」

 

 キッドと共に居たハルピュイアの少女の懐きようにエレオノーラ(闇)の笑顔を思い出したノーラは、今まで藍鷹騎士団で働いて培ってきたポーカーフェイスが微妙に崩れる。そこからさらにその頬に一筋の冷や汗が流れるが、『気にしないでください』と報告を続ける。

 彼女が唯一晒した反応にダーヴィド達も気づいてはいたが、一斉に『あ、これ聞いたらこっちにも飛び火する厄ネタだ』という共通認識が芽生え、特に詳しく聞くようなことはせずに大人しく報告を聞いていく。

 しかし、彼らが唯一見た異常事態の話が出なかったため、代表としてディートリヒが先ほど空に伸びていく光の柱が確認された方角を指差しながら質問した。

 

「じゃあ、あれはなんだったんだい?」

 

「手の物が動いていますが、未だはっきりしておりません」

 

 申し訳なさそうなノーラの返答に、全員が『そうだよな』と浮遊大陸特有の問題と藍鷹騎士団の情報伝達方法を聞きかじった記憶を思い返した。

 なにしろこの大陸は土地自体が浮いている。そのため、対岸に渡るのにも飛空船(レビテートシップ)やトゥエディアーネの補助が必要なぐらいの難所が多い。これでは藍鷹騎士団がよく使用する一定区間ごとに連絡員を配置してリレー方式に情報を伝達していく『結界』は、この土地では十全に活かすことが出来ない。

 

 結局のところ、ノーラからの報告でイズモ船団側が分かったのは若旦那たちの安否のみ。しかしながら、本来はローカに案内してもらいながらシラミ潰しに空の放浪を続けるしかないと思って居たイズモ船団にとって藍鷹騎士団の出現はとてつもなく有難かった。

 

「では、これより先の先導はお任せください」

 

「おう、ありがてぇ」

 

 共有事項も話し終え、いよいよ会議も終わり──かと思いきや、ノーラが『ところで』とディートリヒの傍に居たローカを見ながら話の方向を変えだした。

 

「なぜ、この船にハルピュイアの方が?」

 

「あー、それはだね。海よりもふかーくて 「ディートリヒに買われた!」」

 

 元から真顔だったノーラの表情がさらに真顔──もはや感情を失った機械と変貌する。

 彼女の目から見てローカはキッドにくっついていたハルピュイアの少女、エージロよりも少々幼い。さらに言えば、キッドは年齢がエルと同年代だったために『合ってるな』程度の認識だったがディートリヒの場合は非常に言い辛いが、『アレ』であった。

 

「クーニッツ閣下。フレメヴィーラ王国の縁談を避けていた理由とは……」

 

「違うよ!? 私はまだ妻を娶るほどの男じゃないってことだからだよ!」

 

 当然だが、銀鳳騎士団。そこから派生した白鷺騎士団と紅隼騎士団はフレメヴィーラ王国では最上位に位置するネームバリューを誇っている。それに加えて年齢的にも結婚適齢期かつ、片割れであるエドガーとは違ってフリーのディートリヒは副団長時代のアルとは比べ物にならない『お誘い』が日夜舞い込んでいた。

 しかし、当の本人はそんなお誘いには全て『未だ道半ばのため』とまるで武人のような返答を行っており、そのけんもほろろな対応と理由を聞いたリオタムスからの声明も追い風となって最近では『紅隼騎士団の騎士団長はそういった願望はまだ湧いていない』というのが貴族間の総意となっていた。

 

「いやー、ダンチョ。そろそろ身を固めてくれないと俺達も流石にあれですよ」

 

「嘘を言わないで欲しいね! 君が酒場の給仕に振られたばかりなことを知ってるんだからな?」

 

「はぁ!? それを言ったら戦争でしょうが!」

 

 図星を突かれたことで激昂する古株と殴り合うディートリヒ。その横に居たローカをヘルヴィがすかさず抱き上げると、ノーラに詳しい事情を話し出す。

 流石に孤独なる十一(イレブンフラッグス)が行っている人身──もといハルピュイア売買の情報は掴んでいなかったのか、ノーラは『後で仕事が増えそうですね』という言葉と共に明らかに不機嫌そうな表情を浮かべるが、今は任務が優先と部下に出航準備を命じる。

 

「ヘプケン隊長、エルネスティ閣下と合流を急ぎましょう」

 

「そうだな。これ以上、イレブンフラッグスの好き勝手にさせてたらハルピュイアが全員敵に回っちまう」

 

 戦に勝つコツは如何に敵を作らないかである。敵対者と戦闘中に第3勢力に横やりを入れられることを危惧したダーヴィドは、ノーラの言葉にすかさず伝声管で艦橋に詰めてもらっているアルに出航準備に入ることを指示。未だ喧嘩を続けているディートリヒ達を拳骨で黙らせると、急いで艦橋へと走って行った。

 

「各騎士団のトゥエディアーネは第1中隊は前衛。第2中隊は後衛をお願いします。ウィングマンは無理しない程度に偵察。グリフォン発見の際は胴体の鞍の有無を確認、出来なければ戻ってきてください」

 

 扉を開けるとアルが全体に響くように調整された伝声管で僚艦や部隊に指示を送っている。イズモもまた、いつでも出発できるような状況となっているので、ダーヴィドは安心して船長室へと戻っていく。

 

「親方、見張りから報告。ジルバヴェール二世との接続を解除、同時に橋の収容も完了したとのことです」

 

「ようし、出発! 目標、馬鹿旦那と銀色坊主!」

 

「アイサー、全レビテートシップに告げる。目標は馬鹿旦那と銀色坊主! 繰り返す、目標は馬鹿旦那と銀色坊主!!」

 

 アルの言葉に呼応するようにイズモ船団のそこら中から声が上がる。こうして、フレメヴィーラ王国の愚連隊は自らの長と合流するために空の旅を再開した。

 

***

 

 退屈な空の旅に戻った彼らだが、藍鷹騎士団の存在が退屈な空の旅を少しばかり緩和してくれる。藍鷹騎士団はエルと別れて各地で情報収集に回っていたが、それほど寄り道はしていない。つまり、あと何日あればエル達が寄せていた巣──人間達でいう村にたどり着けるかの目安がついていたのだ。

 

 その目安とは3日。単調な作業にちょうど飽き出すようなベストタイミングだ。

 しかしながら、その3日を友好的に使おうとするクシェペルカ王国からのお客人かつ、イズモの内部機構に詳しい人間が居るものである。

 

「親方ー、3日あるならこれ作りましょうよー!」

 

「あぁ!? まーた暇だから作るってか!」

 

 頭を握られながら宙ぶらりんになるいつもの光景を見つつ、イズモに移っていたノーラはローカに再び話を聞く。彼女の立場的にハルピュイアとの情報共有は後々必要と感じているため、巨人族(アストラガリ)の時のように独特の言い回しや文化といった相手に気に入られる情報を入手して部隊間で共有する必要があるのだ。

 

 密偵としての仕事中のノーラはさておくとして、銀鳳騎士団の重鎮と元No2はいつの間にか大きな紙に描かれている幻晶騎士(シルエットナイト)と思われる人の絵が弾き出される瞬間を捉えたような構図を前に話し合っている。

 

「前に言っていた射出機構か。確かに溝を掘って長めのストランド・クリスタルティシューを張りゃあ形にはなるわな」

 

「シルエットギア系でちょちょっと出来ませんかね?」

 

「そりゃぁ出来るが……。まぁ、暇になるしな」

 

 『今やることか?』という言葉が出かかった喉から別の単語が飛び出たダーヴィド。確かに危険な作業となるし、この改修が良いものになる確証はない。ただ、当の本人も空の旅と尻で椅子を磨く作業に飽き飽きしていたのだ。ここらでアルの考えに乗って騎操鍛冶師(ナイトスミス)らしいことをしないと腕が鈍りに鈍るかもしれない。そんな憔悴にも似た感情が彼を突き動かした。

 

「バト坊、俺ぁ銀色小僧のやつを作ってくるから後は頼まぁ」

 

「えー! ずるいよ、親方だけ!」

 

 口頭のみという非常に軽い権限移譲。当然、バトソンはダーヴィドに戻ってくるように叫ぶが彼はアルを伴って豪快な笑い声と共に艦橋を出ていく。

 後に残されたバトソンは貧乏くじを引いたことを嘆くが、それでも与えられた仕事に対して十全な取り組んでいるところから流石は銀鳳騎士団の古参メンバーと周囲から歓声が上がっていた。

 

 そんなバトソンが獅子奮迅の働きをしている艦橋とは異なり、船倉ではさっそく暇を持て余した騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が集まっていた。集団の中央にはアルとダーヴィドが居り、今回の改修の要点や机上で計算した利点。そして高所作業なので厳守すべき注意点が説明を行っていく。

 降下甲冑(ディセンドラート)の装着確認や命綱の装着場所。また、足を踏み外した場合といったヒヤリハットを起こさないための注意がアルの口から為され、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達もそれを復唱する。

 

「2人組でそれぞれの命綱の装着を確認!」

 

『2人組でそれぞれの命綱の装着を確認!』

 

「退避場所を数分おきに相方と目視、声かけで確認すること!」

 

『退避場所を数分おきに相方と目視、声かけで確認すること!』

 

「今日も一日!」

 

『ご安全に!』

 

 銀鳳騎士団で働く騎操鍛冶師(ナイトスミス)には聞き馴染みのある言葉を最後に、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達はそれぞれの持ち場について行く。

 ただ、アルは既にクシェペルカ王国の人間。本来であればこのような指示が通るわけがないのだが、ダーヴィドを含めた彼ら曰く『いや、銀色小僧(アル)が言ってるんだからやるでしょ』と割とフリーダムに活動していた。

 そんなわけでさっそく上部甲板に出た騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が命綱を腰に巻きながら寸法を取って中央に深めの溝を掘る中、船倉では機体と射出機構を繋ぐ固定具の作成が行われる。

 

 今回は上部甲板を使って発進させる構想なので、エクスワイヤが取り付けられた近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)用に両手で握るようなグリップ方式を採用する。本来ならばトゥエディアーネこそこういった発進方法が最適なのだが、工期が掛かりそうなために後々エルにバトンを繋ぐための土台を作っているというのがアルの思惑だ。

 

「風が出てきた!」

 

 上に伸ばすことで遠くまで見通せる偵察装備であるリーコンの整備を行っていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)が、上部甲板の至る所に取り付けられた吹き流しから強風を感知する。彼が発した合図に気づいたそれぞれが一旦作業を中断すると、船倉や昇降機の柵に掴まるといった強風対策を取りだした。

 ここは浮遊大陸だが、必ずしも落ちたら大陸に落下するわけではない。アルから散々注意されたことを反芻させながら、彼らは強風が和らぐのを必死に待っていた。

 

 こうして作業をしつつも風の動向に注意し続けること2日。掘った溝の内部には既に綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)がはめ込まれており、魔力のON/OFFによって急激な伸縮が可能となった。後は別で作っていた固定具を合わせ、実証試験をしようか──というところで思わぬ誤算が生じる。

 

「ウィングマンからの報告! 前方にハルピュイアの群れと魔獣の群れを確認!」

 

 偵察機(ウィングマン)からの魔導光通信機(マギスグラフ)を受け取った見張りからの報告がイズモ船団中に流れた。ハルピュイアの襲来かと慌てたアルが一旦作業を止めて騎操鍛冶師(ナイトスミス)を船内に退避させる中、ディートリヒとエドガー達を乗せた各騎士団の旗艦が会議のためにイズモに横付けする。

 やがてイズモに乗り移ってきた騎士団長達と上部甲板から戻ってきたアルが艦橋へと集まると、前方には一か所に固まる小さな黒い影が蠢いていた。ぱっと見では羽虫がたかっているように見えるが、偵察機(ウィングマン)の続報ではそれら1匹1匹が鷲頭獣(グリフォン)混成獣(キュマイラ)でその胴体にはハルピュイアが跨っているのだそうだ。

 

「ノーラさん、ノーラさん。あれが目的地ですか?」

 

「そうですね。ただ、エルネスティ閣下が居なくなったことで状況が変わったのでしょう」

 

 アルの問いかけにノーラは答える。この浮遊大陸は現在群雄割拠な状態、それにより様々な勢力からの襲撃も十分あり得る話だ。

 だが、この村にはセッテルンド大陸目線でも両手の指で数えられるだろう腕前の騎士(エル)が居たはずだ。彼がこのような状態であっても大人しくしているはずはない。

 それらの観点からエルが既に何かを求めてこの村を去り、その間に別の勢力が来たのだと考えるのが妥当だと2人は結論付ける。

 

「どう見ても"お話ししましょう"って雰囲気じゃないですよね」

 

「やれやれ、つくづく波乱万丈な人生を送る騎士団長閣下だ。……で、どうする?」

 

 茶化しながらもディートリヒは今後の展開について議題を投げかける。それぞれが少々思案して考えを纏める中、最初に自身の考えをまとめ上げたエドガーが挙手をする。

 

「少なくとも船の安全が先決だ。俺達は防衛に回ろう」

 

「そうね。それに大勢で行ったら向こうも変なことになりそうだし、接触するのは最低限の人数が適任だと思う」

 

 自身の騎士団の長所をよく分かっているエドガーが真っ先に防衛を買って出、ヘルヴィは群れと接触する際の注意点を述べる。その考えについてはノーラも同意見なようで、『それならば藍鷹騎士団が』と手を上げようとしたところでディートリヒに先を越された。

 

「では、我々が話して来よう。少数での殴り込みなら我々の十八番だ」

 

「いや、殴り込みをかけるのは時期尚早だろう」

 

 突然の脳筋発言にエドガーが軽く注意するが、既にやる気全開のディートリヒは止まらない。イズモ船団全体に声が届くよう調整された伝声管から紅隼騎士団所属の飛空船(レビテートシップ)へ彼が討ち入り準備の指示を送られると、それぞれの船からトゥエディアーネが飛び出してはイズモに並走していく。

 

「ようし、気合十分なようだね。ならば、楽しい散歩でもしてくるとするかな」

 

「あ”-、まったくあの野郎はいつもいつも……。船倉、グゥエラリンデとエクスワイヤ・ファルコンの準備をしろ! 数分後にディーの野郎が来るぞ!」

 

「こちら船倉、了解ってはやっ! ディー、ちょっと待て! ディセンドラートつけとけ、その間に準備するから!」

 

 なにやら慌ただしい様子の船倉は置いておくとし、ダーヴィドは『防衛、頼まぁ』と伝声管をエドガーに譲る。自身の騎士団に防衛の準備に入らせるように伝声管の響く先をイズモ船団全体へと調節しようとするエドガーだったが、その前にディートリヒの無軌道ぶりに今後の関係性が崩壊するかもしれないというノーラの心配事が遮った。

 

 たしかにディートリヒの動きは一見すると『どこかの誰か』のような無茶苦茶なものだが、彼も中隊長から臨時でそれ以上の規模を指揮する隊長、そして騎士団長まで成り上がった叩き上げである。長年、それこそ学園に居た時から共に研鑽した贔屓目もあるが決して悪くならないだろうという信頼を前面に押し出したエドガーが、『いつも通りだな』と言って自身の騎士団に指示を出し始める。

 

 いつも通り。それは『銀鳳騎士団にとっての』という枕詞が付くだけの一般人にとっては非常事態宣言なのだが、藍鷹騎士団に所属していながら銀鳳騎士団の生活が長くあったノーラにとってとてつもなく信頼に足る言葉であった。

 

***

 

 こうして白鷺騎士団のトゥエディアーネが船団全体を囲うような大規模な防衛陣を展開している最中、イズモの船倉内ではグゥエラリンデと新しいエクスワイヤである『エクスワイヤ・ファルコン』の準備が着々と実施されていた。

 念には念を入れて降下甲冑(ディセンドラート)に身を包んだディートリヒが操縦席に座り、紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)を認証させて機体全体に魔力を行きわたらせるなどの発進準備を行っていると、外部からベルトの緩みを確認しにきた同期の騎操鍛冶師(ナイトスミス)が声をかけてくる。

 

「そういえばディー、お前ん所からマギスグラフの通信が来てたぞ。"紅の剣号もお供するのか"だとよ」

 

「あん? あれは陸上用だろうに……あぁ、いや。おそらくゴンゾースやツェンドリンブル隊の奴等だな? すまないが、"勝手に動くな"を厳命付きで発信しておいてくれたまえ」

 

 すっかり騎士団長の顔となったディートリヒの指示に騎操鍛冶師(ナイトスミス)は『あいよ』と返事をするとベルトの緩みがないかと指差し確認をし、改めてディートリヒにサムズアップを送って外に出る。彼にサムズアップを返したディートリヒの手によって胸部装甲が閉じられ、面覆い(バイザー)に光が灯ったグゥエラリンデは少し歩いた後に昇降機の力でゆっくりと上部甲板まで登って行く。

 

「グゥエラリンデは所定の場所で待機されたし」

 

「後方ハッチ開放、ファルコンの押上げを開始」

 

 若干形が異なる降下甲冑(ディセンドラート)に身を包んだ小さな騎操鍛冶師(ナイトスミス)の誘導通りに機体を停止させ、これまた聞き馴染みのある声を耳にしながら操縦席の左右に開けられた覗き穴から容赦なく入り込んでくる風に耐えること数分。ようやく紅の塗装がされた幻晶騎士(シルエットナイト)の上半身──エクスワイヤ・ファルコンがせり上がってきた。

 

「接続手順開始」

 

「手順開始了解! 連結用サブアームを展開します」

 

 緊張感をにじませる声と共に騎操鍛冶師(ナイトスミス)がエクスワイヤ・ファルコン側のサブアームを操作してグゥエラリンデの背をサブアームで掴む。このことで銀線神経(シルバーナーヴ)越しの操作が可能となり、そのことを操縦席の計器で確認したディートリヒが魔法術式(スクリプト)による上書き作業に取り掛かった。

 

「適応範囲変更! 強度出力……変更! 誰か、ファルコン側の操作を見てくれ」

 

 接続作業を終わらせたディートリヒだが、エクスワイヤ側に備えられた魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)のノズルを稼働させる。彼からの要請を受けた騎操鍛冶師(ナイトスミス)が先ほど誘導をしていた小さい騎操鍛冶師(ナイトスミス)と共にダブルチェックでノズルの左右上下の稼働を確認し、機体の正面に回って声を張り上げる。

 

「ファルコン側の操作はOKです! 射出機構はまだ完成していませんので、そのまま発艦お願いします!」

 

「やっぱりアルフォンスか! 早く船内に戻りたまえ!」

 

「やだー! 指でGOサイン出す誘導員ごっこしたいんだー! 離せー!」

 

「駄目ですよ、元副団長。安全確認と射出機構が出来ていないことを注意するまでって約束したじゃないですか」

 

 案の定、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に紛れ込んでいたアルを船倉に戻したところでディートリヒは鐙を踏みつける。操縦席からの命令を受け取ったグゥエラリンデ・ファルコンは、そのまま力強い踏み込みと共に空中へと躍り出るとエーテリックレビテータと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の助力によって空中を飛翔し始めた。

 

 そんなグゥエラリンデ・ファルコンとトゥエディアーネの編隊を見送ることもなく、アルは船倉から艦橋へと強制連行される。未だに『誘導員ごっこ』という謎の遊びを口走るアルに怒って良いのか首を捻っていたダーヴィドだが、とりあえず機嫌を持ち直したアルの手によって艦橋の幻像投影機(ホロモニター)にリーコンの映像が投影される。

 

「っ! 銀色小僧、もうちょい左。あと、もう少し拡大してくれ」

 

 リーコンの向きを右や左と動かしていると、何かを見つけたのかダーヴィドが幻像投影機(ホロモニター)の一点を指差して細かな指示を出し始めた。それに合わせてリーコンを向けると、恐らく鷲頭獣(グリフォン)系の魔獣に乗った2人の人物であることが分かる。

 非常に見知った黒色の髪かつ、朧気だが見知った顔。これは──。

 

「キッドじゃねぇか?」

 

「もうちょっと拡大してみますが……キッドですね」

 

「アーキッド様で間違いないかと。なんであんな所に居るのか疑問ですが」

 

 三者三様。しかし、誰もがキッドだと断定する。そこからさらになぜ魔獣──それも艦橋に居たローカ曰く、件の鷲頭獣(グリフォン)よりも強力な三頭鷲獣(セブルグリフォン)に搭乗しているのか。そして、なんで誰かと──それも見るからに女性と言っても差し支えのない風貌のハルピュイアと乗っているのか。そんな疑問が間欠泉のように次々と噴出していく。

 しかし、問題はそれだけに留まらなかった。突撃していった紅隼騎士団がキッドと分かっているのだろうかという不安がアル達を襲う。

 

「一応、マギスグラフで合図しておいてください」

 

「あー、もう遅ぇ。囲んじまってるし、ありゃ胸部装甲開いてるな」

 

 幻像投影機(ホロモニター)に映るのは三頭鷲獣(セブルグリフォン)の周りを取り囲むトゥエディアーネとグゥエラリンデ・ファルコンの姿。ぱっと見ではヤンキーが一般原住民に絡んでいる姿にしか見えないのだが、それはアルの心に深く閉まっておくことにした。

 

 そのまま、なにやら込み入った話をしているのか静止していた彼らだったがいきなり二手に分かれ出した。片方は魔導光通信機(マギスグラフ)で『キンキュウ ダイヒョウ シュウゴウ』と緊急事態なことと代表者──この場合はアルを含めたイズモ船団の責任者を全て招集する符丁を灯しながら単騎でこちらに戻り、もう片方は暫定キッドと共に村に群がっている魔獣達の元へ突撃していく。

 

「エドガーさんとヘルヴィさん、そして伝令役を緊急収容! バトソンはそのままイズモを待機させてください! ノーラさんと親方は僕と一緒に船倉へ!」

 

「あぁ、分かってる」

 

「お供します」

 

 所属的に憚られるイズモ船団への指示出しだが、アルはこういう緊急性の高い事態への即決力と指示出しの上手さはダーヴィドよりも優れている。そのため、彼やノーラは何も言わずにアルの後を追いかけて船倉へと向かう。

 そうして船倉の扉を開けた3人は、金属同士のこすれ合う騒々しい音と共に着艦した3機のトゥエディアーネが横たえられ、それぞれの操縦席から出てくる騎操士(ナイトランナー)達を見て『こっちだ!』と声を張り上げながら己達の所在をアピールする。そんなダーヴィド達の反応に気づいたエドガー達が床に降り立つと小走りで彼らに駆け寄ってきたので、アルが代表して『何が起こってるんですか?』と伝令役として帰ってきた紅隼騎士団の騎操士(ナイトランナー)に問いかけた。

 

「それが……相手は"魔王軍"らしいっす」

 

「はぁ? 馬鹿も休み休み言え! ここはフレメヴィーラ王国じゃないぞ!」

 

 騎操士(ナイトランナー)の言葉から到底あり得ない報告が為され、それを聞いたダーヴィドが信じられないとばかりに騎操士(ナイトランナー)の胸ぐらを掴む。

 魔王軍という名前に含まれている『魔王』とは、ボキューズの奥でエルが死闘を繰り広げた小王(オベロン)の乗騎である。たしかにあの戦いの終盤で小王(オベロン)ごと魔王は戦線を離れていき、その後の行方は追跡できなかったはずだ。

 

「オベロンの姿は?」

 

「確認できてないっすね。キッドが言ってたんで」

 

「本人か、別人が同じ名前にしたか……ですね」

 

 アル達より先にここにやってきたキッドが言う事には間違いはないだろう。ただ『魔王』という言葉は前世では知られ過ぎているため、小王(オベロン)が確認できない以上は別人が同名で組織した可能性も存在するというのがアルの考えでもあった。

 正直、このまま無視して先を進みたい気持ちの方が強い。しかし、仮にあの集団が本当に小王(オベロン)の指揮の下で動いているなら危険すぎる。

 

「攻撃するべきか、しないべきか。それが問題ですね」

 

「では、攻撃は少々待ってもらえないでしょうか?」

 

 戯曲のセリフのような迷いをする一同を前にノーラが口を開く。策があるらしいその表情に、エドガーはどこか心配するような表情を見せる。

 

「本当にオベロンか確認とか言わないだろうな」

 

「それもありますが、本当にオベロン本人であるならば説得出来るかと」

 

 階段を一足も二足も飛んだかのような提案に一瞬だけずっこけかけるエドガー。ディートリヒもディートリヒで自分もそうだという自覚はあるが、ノーラ自体も『エチェバルリア化』の片鱗が見え隠れしているではないか。

 表情には見せないが、どこか自信ありげな雰囲気にエドガーはため息交じりの吐息を漏らす。

 

「勝算はあるのか?」

 

「あります。本当にオベロンならば、アルフォンス様には良い反応を示すでしょうし」

 

「ノーラさん?」

 

「そういえば、アル君とオベロンが結構友好的に話してたって騎士団長の報告書にあったわね」

 

「ヘルヴィさん!?」

 

 女性陣の容赦のない人身御供発言がアルを襲う。たしかに小王(オベロン)とは彼の父母を『2人の生命』として扱ったからか、彼が戦線を離脱するまでは良い関係を持っていた……とは思う。だが、それを加味して説得というのはちょっと猪過ぎるのではなかろうか。

 

「分かった、後詰は即時展開できるように準備する。ただ、交渉が決裂した場合はすぐに戦力を展開するから気を付けてくれ」

 

「承知しております。決裂したら我々のことは無視していただいて結構です」

 

「良くねぇよ」

 

 決裂した瞬間、文字通り自身に火がつくかもしれない。そんな不安を微塵も感じない視線を向けたノーラにエドガーは『いつまでも待っていられないから急いでほしい』と許可を出す。ただ、1人ほど割とガチめの反対意見を出しているのだが、その1人の手を取ってノーラはさっさと銀の鯨(ジルバヴェール)二世へと移動して推定小王(オベロン)の元へと飛び立っていく。

 

「……で、どうやって説得するんです?」

 

「無理やり連れ出してしまい、申し訳ありません。実はあの光の柱を調査していた部隊が戻って来まして。結構洒落にならないことが起こっているので、まずはアルフォンス様にご報告をと思いまして」

 

 どうやら調査してきた情報が大物だったゆえ、こうしてアルだけ呼び出したようだ。理由が話されたことで多少機嫌が戻ったアルの耳に、藍鷹騎士団の調査したてホヤホヤな情報が明らかにされる。

 それは浮遊大陸の今後を左右し、なおかつ現在この地に存在する人間やハルピュイアの存続が危うくなる重大な情報であった。

 

「マジすか?」

 

「はい。今も調査員が入れ替わりで張り付いていますが、変化がみられているようです」

 

 余りにも馬鹿馬鹿しい内容にアルは何度もノーラの正気を確かめるが、そのたびに懇切丁寧に説明されるのでようやく彼も事態を飲み込めた。

 そうしている内に銀の鯨(ジルバヴェール)二世は戦闘地域へと突入。そのことを感知した魔王が船に興味を示した。

 

「あーれーは……たしかにオベロンですね。とりあえず、上部甲板に行って来るので話しといてください」

 

「承知しました」

 

 久しぶりに見る魔王の姿は少々変わっていたが、それでもボキューズで見たやつの面影が残っていた。それだけで魔王軍は小王(オベロン)が指揮していると感づいたアルが銀の鯨(ジルバヴェール)二世の船倉から昇降機で上部甲板へと上がっていく。

 そうしている間にもノーラの所属を知った小王(オベロン)が苛立たし気に話を終わろうとするが、彼女は自身の情報がハルピュイアにも関わることを力説して食らいついている。

 

「大体、私は君達のような徒人は信用するに値しないんだよ!」

 

「おっと、それは聞き捨てなりませんね。あれだけ亡命について話し合ったじゃないですか」

 

 小王(オベロン)の言葉に反論するようにアルが大声を張り上げる。予想だにしていなかった横槍に小王(オベロン)が『誰だい?』と怒り心頭な様子で銀の鯨(ジルバヴェール)二世の上部甲板に魔王の目を向ける。

 すると、そんな魔王の視線に気づいたアルが少しでも怪しさを紛らわせるためなのか『ヘーイ!』とフランクな挨拶を行った。

 

 あまりにも場違いな挨拶によって生まれた数舜の静寂。しかし、魔王の中から盛大な笑い声によってその緊張は解かれる。笑い声に周囲を飛んでいた混成獣(キュマイラ)鷲頭獣(グリフォン)に乗っていたハルピュイア達が自身の王が乱心したのかと心配するが、一頻り笑った小王(オベロン)は『すまないね、エルネスティへのなんやかんやですっかり忘れていたよ』とアルの存在が記憶から零れ落ちていたことを素直に謝罪した。

 

 しかし、彼が再開を喜ぶのも束の間。魔王の複眼がアルをしっかりと睨み付けた。

 

「久しぶりだねぇ、アルフォンス。また、言葉で戦うかい?」

 

「そうですね。あなたやハルピュイアに耳寄りな情報を持ってきたので、それを武器に戦ってみましょうか。あ、でもその前に武装解除しましょう」

 

 そう言ったアルが紅隼騎士団に武装解除を命じる。敵の前で武装解除など認められるわけがないという騎士も居たが、ディートリヒの指示によって渋々全ての機体の武装が地に落ちた。

 

「君も甘いね。私がこのまま攻撃するとは思わなかったのかい?」

 

「あなたは根っこの方では対等を望んでいるのはバレてますよ。それに一国の王だった者がそんな小賢しい真似するわけないじゃないですか」

 

「相変わらずいけ好かない物言いだね。それに今でもこのハルピュイアを纏める王だよ、そこは間違えないように」

 

 口をヘの字にしながら不快げに小王(オベロン)も魔王の手の内にあった1人のハルピュイアを解放すると、自身の指揮下にあるハルピュイアに手出し無用を伝えて地面に降りる。

 両者が向かい合い、話し合いが始まるかに思えたのだが──。

 

「あ、遅れましたがあなたのお父様とお母様は故郷の方にお送りしましたよ」

 

「……本当に君はあれだ。身勝手だと自覚した方が良いよ。とりあえず、ありがとうって言っておこうか」

 

 この場所では一切関係のない話に一気に毒気が抜かれた小王(オベロン)であった。

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