銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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152話

 キッドが世話になっていたハルピュイアの村の中央にて、小王(オベロン)とアルによる奇妙な対談が開始される。小王(オベロン)の両親についての報告をした際は呆気に取られてつい礼を言ってしまった彼だが、今はもう平静を取り戻して敵意と興味深げな感情をごっちゃにしたようなしたり顔で頬杖をついていた。

 

「それで? 吟遊詩人殿はどんな話を持ち掛けようとしてるんだい? 少なくとも、私はアルフォンスがしてくれたことに対する感謝としてここに座ってるんだが?」

 

「あ、オベロンが居なくなった森ですがゴブリンがヒューマンになったり色々変わりましたよ」

 

「うん、それはそこのアストラガリが言ってたよ。それより今はちょっと黙ってくれないかな」

 

 会話の流れをアル側に引き寄せるのが目的なのだろうか。彼がもはや関係ないことをペラペラと話してくるが、小王(オベロン)的に正直言って面倒くさかった。『ハルピュイアにも影響する情報』と大言を吐きつつ、どうせ大したことのない情報なのだろうと今後のことを頭の隅で考え出した小王(オベロン)であったが──。

 

「ちなみにですが、この浮遊大陸。ちゃんと管理しないと落ちますよ?」

 

「あー、はいはい。分かった分か……なんて言ったんだい?」

 

「いえ、だから。エーテライトを無秩序に採掘していったら落ちますよって」

 

 大したことであった。しかも、先ほどまで全く関係のないことを言ってきたアルが平然と根幹に関わる爆弾をパスしてきた。『そういうことはもっと早く言え!』と興奮した様子でがなり立てる小王(オベロン)であったが、アルは先ほど魔王軍に所属しているらしい仮面を被った風切が供してくれたお茶を啜る。

 

「あ、美味しい。ちょっと苦みがあって……これってハルピュイア独自の物なんですか?」

 

「あ、あぁ。我らの巣でよく作られていた物だ。もう手に入らないが、他の巣でも似たようなものを作っている」

 

「貴重な物をありがとうございます。……帰りにどっかで買って帰ろ」

 

「良いからっ! 話をっ! 続けろっ! 縊り殺すぞ君ぃ!?」

 

 あくまでマイペースに話すアルに机をバンバン叩きながら小王(オベロン)が抗議していると、銀の鯨(ジルバヴェール)二世から降りてきたノーラが抱えていた薄い木簡を机の上に並べだした。それらの木簡にはそれぞれ日時や数字が書かれているだけで何を書いているのか分からなかった小王(オベロン)が『なんだい、これは』と問う。

 その問いに対して、アルが未だに煌々と光っている方角を指差す。

 

「謎の現象が起こった島の高度です。あらかじめ棒を地面に挿し、島の位置に黒線を引いて計測してます」

 

「馬鹿な! あの周辺にははぐれや我らのキュマイラなども居るのだぞ! 現に我らも……」

 

「フレメヴィーラ王国は常日頃から魔獣の存在に脅かされる土地なので、そういった対策もあるんですよ」

 

 他にも『ちゃんと計測しているのか』や『でっちあげだ』と魔王軍の方からブーイングが飛ぶが、それらに対してもアルは真摯に対応していく。小王(オベロン)も数点ほど確認してみたが、アルはその確認事項も淀みなく答えたことに加えて彼はボキューズの魔王の中で行った行為も手伝って、嘘はついていないのだろうと結論付ける。

 

「それでどうするんだい? この地に居る西方人に"ここでの採掘はやめてくださーい"って言って回るのかい? 自分で言っててなんだが、結構馬鹿馬鹿しい考えだよ」

 

「何言ってんですか。馬鹿じゃないんですか?」

 

「本気で殺してあげようかい?」

 

 今までの温和な笑みから真面目くさった表情に変えたアルがはしご外しをしてきたので、机の下でひっそりと拳を握り締める小王(オベロン)。そんなことはつゆ知らず、お茶を飲み干したアルは先ほどの風切にお茶のお代わりを頼んでいた。

 馬鹿なのか、心底お人好しなのか分からない行動に風切が、つい毒の心配をしてしまう。しかし、帰ってきた答えが『小王(オベロン)がそんなセコい真似するわけじゃないですか』だったので、風切は心の中で無用な心配だったことを悟るとお代わりを淹れに姿を消す。

 

「で、見事に私をコケにしたアルフォンス君。答え次第で即座に君を殴ろうと思うのだが?」

 

「あぁ、答えは簡単ですよ。オベロンにはこの浮遊大陸で国を興してもらおうかと」

 

「ひょ?」

 

 アルの口から語られる答えに小王(オベロン)の口から変な声が出た。元々、彼もハルピュイアの国を興そうと考えていたことから考えが読まれたことを危惧するが、アルの『小王(オベロン)も国の運営経験者ですからちょうど良いですし』とまるで会社を新しく設立するかのような言動に『あ、こいつなんも分かってないうえで自分と同じ考え持ってるわ』と彼の思惑を見破る。

 ただ、ここで了承してしまうのも癪だし、なにより相手はあの『エチェバルリア』だ。乗せられまいと小王(オベロン)は『へぇ、僕をね』と予想してなかった風を装う。

 

「それをやって私に何の得があるのかい?」

 

「素人目線ですが、まずは国が興るということで浮遊大陸に居るハルピュイアの掌握が出来ます。次に国ということで明確に"敵"を指定できますし、国だと証明した国に対して増援要請を行ってその敵を排除できます。後はエーテライトの貿易とかで外貨や物品の獲得が出来る……それぐらいですかね?」

 

「徒人相手に商売は嫌だね」

 

「そうなると戦いになりますね。最悪、西方の全ての国が連合でこちらに来ることになりますから、今浮遊大陸に入っている規模を軽く超えますよ?」

 

 貿易のことで難色を示す小王(オベロン)をアルが軽く脅す。

 源素晶石(エーテライト)は地上でも見つかるが、浮遊大陸での産出量はそれを遥かに凌ぐ。ゆえに今のようなトラブルも降りかかってくるのだが、国にしてしまえば国が管理する以外の採掘は罰することも出来るしその産出量も調整できる。

 

 ただ、この貿易を拒否すれば全てが悪い方へと流れていく。

 一度生まれたものはそう簡単には死なない。それは思想であれ、スラングであれ、無から生み出された集団幻覚であれ変わらない。

 今回は──言うなれば、『空に対する人の欲』であろうか。今までの甘い蜜の味が忘れられない人間達が結束し、再び浮遊大陸を無法地帯にしようと攻め込んでくるだろう。

 ただ、その場合は今回のような各国が個別で派遣するのではなく、数々の国を巻き込んだ連合軍だ。そして、本当に戦争となった場合は邪魔者だったハルピュイアや魔獣といった全てを今度こそ燃やし尽くすだろう。

 

「徒人風情にそれを出来るかねぇ」

 

「おや、僕がルーベル氏族にしたことをお忘れで?」

 

「君が何かしたのかい?」

 

 微笑を浮かべるアルの言葉に記憶を思い返す小王(オベロン)。だが、アルが空中で拡散して大小の破片を地上にばらまく仕様の魔導飛槍(ミッシレジャベリン)であるゲイ・ボルグを発射してルーベル士族に大打撃を与えている最中、小王(オベロン)は別の場所に居たので心当たりがなさそうに聞き返す。

 

 すると、『そうなんですね』と答えたアルによる軽いゲイ・ボルグの内容の説明。さらにハルピュイア用に『爆発範囲を広げて空中制圧も可能ですね』とえげつないことを言ってくるので、両サイドのハルピュイアが化け物を見る目でアルのことを見ていた。

 

「君はフレメヴィーラ王国っていう国の騎士だろ? それなら君とは敵対しないよ、エルネスティは別だけど」

 

「あぁ、つい先日に西方のクシェペルカ王国のやんごとなきお方と婚約しました。なので、エーテライトの貿易には僕も出張るかと」

 

「それはおめでとう」

 

「ありがとうございます。なので、もしオベロンが貿易を止めた場合……さっき言った通りになるかと」

 

「君に私を止められるかい?」

 

「僕だけではありません。クシェペルカ王国はフレメヴィーラ王国の友邦国なので、僕と兄さんと銀鳳騎士団全員で止めます」

 

 アルだけだとタカを括っていたら、エルや他の仲間も共にこちらにやってくる。負ける気はさらさらないが、戦争となった場合は再び孤独な流浪の旅に出なければならないことを考えた小王(オベロン)は軽く身震いしながら『仕方ないね』とアルの条件を吞んだ。

 

「つきましては、早急にあれを何とかした方が良いかと。ノーラさん」

 

「はい。あの光の柱、中央部に巨大なエーテライトの結晶が確認されました。現在、外気に触れてその結晶から多量のエーテルが漏れ出しているので、島の高度が緩やかに下がっているのです」

 

「あぁ、それが吟遊詩人君が持ってきた木簡に繋がるってことだね」

 

 小王(オベロン)は合点がいったとばかりに手に取った木簡を投げ捨てた。その後はアルの説明によってエーテルが物を浮き上がらせる力があるために巨大な源素晶石(エーテライト)を核にしたこの土地が浮遊しているのではないかという純エーテル作用論を基に浮遊大陸の成り立ち──その推測が共有される。

 

 度重なる戦いから西方人が源素晶石(エーテライト)を欲していることは知っていたが、そういった学術的かつ需要について知らなかった小王(オベロン)はその解説に『じゃあ本当に採り過ぎたらまずいじゃないか!』と今更なことを叫びながら狼狽えるが、それはそれとして魔王軍とイズモ船団との一時的な同盟は成った。

 

「それで、君達はこれからどうするんだい?」

 

「一旦兄さんのところに集まろうかと」

 

「じゃあ僕らは軍を纏めてから追いかけるよ。こう見えてもあの場所にあった巣に帰ろうとして阻まれた敗残兵だからね」

 

 両肩をすくませながらおどける小王(オベロン)。たしかに魔王軍のハルピュイアや魔獣は生傷が目立っているため、同盟として何かできないかとノーラに尋ねると多少の医療品のストックがあると答えたのでアルは医療品を小王(オベロン)に分け与えるよう指示する。

 

「徒人の施しとはねぇ……」

 

「施しではありませんよ。後でちゃんと戦ってもらうんですから」

 

「君が言っても説得力がないよ。博愛主義」

 

「自分は仲良くした方が敵を生み出さないと思っているだけです。それとも、"我々の流す血に違いはありません。人間でも、アルヴでも、アストラガリでも、ハルピュイアでも、全て同じ赤色なんですよ。"っとでも言えば良いですか?」

 

「やめてくれよ、寒気がする」

 

「ですよね、僕もそんな人間じゃないので」

 

 小王(オベロン)は嫌味を言っているようだが、アルには全く効いていなかった。種族が違えど、話が通って仲良くできるのならばそれに越したことはないというのがアルの流儀である。逆に刃をもって向かってきたのなら、容赦なく叩き潰すのも彼の流儀だ。

 どこかの神父が『ラブアンドピース』とにこやかに笑う情景を思い浮かべつつ、アルは真面目ちゃんが言うような言葉で答え──ふと、ローカのことを思い出した。

 

「そういえば、ローカというハルピュイアについて誰か知って「ローカ! ローカが居るのか!」」

 

 いきなりアルの胸ぐらを掴んでくるのは先ほど茶を運んできた風切。彼がしきりに『ローカはどこだ』と言いながらアルを宙吊りのまま揺さぶり、紅隼騎士団が彼を取り押さえようと剣に手を掛けながら制止を促すというカオス空間が一気に形成される中、小王(オベロン)は一言『そこの風切』と地獄の底を思わせる低い声で彼を呼ぶ。

 

「王に断りを入れずに余計な風を吹かせるのかい? それもアルフォンスは先ほど共に飛ぶことを翼に誓った相手だぞ? 私の翼に爪を突き立てる気か?」

 

「も、申し訳ございません!」

 

「まぁまぁ、良いじゃないですか。その慌てようから察するにお知り合いっぽいですし」

 

「君も君で平然と擁護側に入るのは止めて欲しいよ」

 

 被害者が加害者を庇うというなんとも怒り難い状況に、小王(オベロン)の中にあった怒気はみるみるうちに萎んでいく。そのままテンションが急降下した彼は『もう好きにしてよ』と軍の再編のためにどこかへ行ってしまったので、改めてアルはローカとの関係性を風切に尋ねる。

 すると、彼女の父親であることが判明したためにアルは急いで後ろで待機していたディートリヒにローカを迎えに行くように指示した。

 

「巣が襲われ……もうあの子の翼を見れないと……」

 

「僕らが見つけたのは彼女1人だけでした」

 

 嗚咽混じりに鳴き声を上げる風切を前に、『この場でローカがいきなり"買われた"と言ったらヤバいな』と流石にリスクを予測したアルは対応策としてローカを保護した事の経緯を話す。

 最初こそ『他の国から購入した』という言葉に周囲のハルピュイアの目の色が変わったが、『そうしないと安全に保護できなかった』と事情を説明し、船内でも自由に過ごしてもらいながらハルピュイアの文化の講師や道案内をしてもらったことを話すとようやく物々しい雰囲気は消し飛んだ。

 

「安心しろよ、ホーガラ。アルの言葉は信用できる」

 

「お前との関係性は?」

 

「同じ巣で育った仲間兼飛び方を学んだ師匠の1人」

 

 そう言いながらハルピュイアの集団から出てくるキッドとホーガラと呼ばれた女性のハルピュイア。久方ぶりの再開だが、アルは彼らの親密な様子から即座にエレオノーラが口々言っていた不安事項の1つが当たったことを察する。

 

「ちょ、ノーラさん。キッドにオマケくっついてるってなんで教えてくれないんですか」

 

「申し訳ありません、我々もエルネスティ閣下と離れて久しいので。まさか任務を共にするぐらいの中だとは露知らず……」

 

「おーい、聞こえてんぞ。俺とホーガラはそんな間柄じゃねぇって。つーか、ノーラさんもわざとやってるよな?」

 

 近くに居たノーラと大きな内緒話をするアルに、それを聞きつけて抗議するキッド。すっかり取り残されてしまった風切とホーガラが何とも言えない表情で彼らが騒ぐ様子を見物していると、甲高い音と共にグリフォンと思わしき羽音が近づいてきた。

 

「お父さん!」

 

「ローカ……ローカ!」

 

 シーズの背中から飛び出したローカが風切の男と涙交じりの抱擁を交わす。その光景にローカが涙を浮かべていると、傍にグゥエラリンデが下りてきて駐機状態を取った。すかさず胸部装甲が開いてディートリヒが下りてくると、それに気づいたローカが男から離れてディートリヒの横に立って彼を指差した。

 

「お父さん、この人が私を買ってくれた人!」

 

 ローカの一言で男は石像のように動かなくなった。その頭の中では予め小さい地の此(アルフォンス)から話を聞いていて良かったという安堵と、自身の愛娘がそんなことを言ったという混乱が同居していた。

 それは現代日本のネットスラング的に『脳を破壊される』と形容すれば良いのだろうか、それとも突然結婚報告をしに来た娘を前にした男親の心境なのかは定かではない。ないのだが彼女はまだ幼い。

 そのため、風切の男はにこやかな笑みと共に馬の骨(ディートリヒ)に近づく。

 

「娘が"非常に"世話になったようだ。親として感謝したい」

 

「こちらこそローカには色々教わってイダダダ!」

 

「すまない。地の此には少々強かったようだ」

 

 嘘である、親として馬の骨に多少の『お痛』をするのは仕方のないこと。これは世界や種族が異なろうと変わりはない、言うなれば様式美だ。

 ただ、男の思いはディートリヒも気づいている。最初に紹介したローカが全面的に悪いのだが、真に憎むべきは売り物にしていた孤独なる十一(イレブンフラッグス)だ。そう結論付けたディートリヒは孤独なる十一(イレブンフラッグス)を憎みつつ、男にローカを引き渡そうとするが当の本人と男はそれを拒否する。

 

「先ほど共に飛ぶことを誓ったとおり、我々は再び大風を起こす。そうなると、一旦そちらの巣の方で暮らした方が安全だと思うのだが?」

 

「なるほど、分かった。では、この戦いが終わるまでローカを保護させてもらおう」

 

「あぁ、頼んだ。……ところで、本当にあの子に何もしていないだろうな」

 

「アルフォンス、キッド。私はそんなに幼子に手を出す変態に見えるかい?」

 

 流石に色々言われ過ぎて不安になってきたらしく、ディートリヒがアルとキッドに聞いてくるがアル的に彼の見た目は幼子とは真逆のナンパしているかのようなパリピ系である。キッドもそう思っていたらしく、そのことを話すと『幻晶騎士(シルエットナイト)一直線な好青年だと思ってたんだがねぇ』と軽くショックを覚えていた。

 

「ではオベロン、また後程」

 

「精々、気をつけることだね」

 

 そんなこんなで無事にローカの父親との会合も終わり、魔王軍の再編中ということでお先に船団はエルを求めて光の柱が上がった方角に向けて進軍を開始──するわけがなかった。

 

「おー、アル。助かったぜ」

 

「おひさー。とりあえず、乗っていきます?」

 

「お、助かるわ」

 

 しばらく会っていないからだろう。幾分かイケメン度が上がったような気がするスマイルを投げかけてくる敵、もとい幼馴染。彼に対するクシェペルカ国王からのメッセージを届けなければならない。

 そう思ったアルは流れるようにキッドをイズモに収容。その際に着いて来たノーラとキッドを発見したということで着いて来たクシェペルカ王国の密偵に目配せをすると、彼女達は静かに頷いた。

 

「アーキッド様、しばらくこちらでお待ちを」

 

「ノーラさん、一体どうしたんですか。ホーガラまで一緒なんて」

 

 イズモに乗船したキッドは、アルから案内を引き継がれたノーラによってホーガラと共にとある部屋に押し込められていた。初めて見るタイプの船の内装に『変わった巣だな』と興味を示しているホーガラとは対照的に、キッドはいきなり部屋に閉じ込めたノーラを少々睨み付けていた。──というのも、少し前に自身がハルピュイア達に世話になっているところをエル達に見つけられ、エレオノーラにそのことを報告するというある種の決定事項が彼女の口から語られたのだ。

 今回もそれと同じような弄りが来るのだろうと身構えていたのだが、彼女は『実はこの船にやんごとなきお方がいらっしゃいまして』と語ってくる。

 

「やんごとなきって……殿下クラスですか?」

 

「そのようなものです。その方がアーキッド様にお会いしたいと」

 

 あくまで実際に会うまでシラを切る気なのだろう。『呼んでまいります』と部屋から退出したノーラを見送ったキッドは、誰が来ているのか推測し出す。

 まず最初にエレオノーラを思い浮かべたが、彼女は今クシェペルカ王国を統べる女王だ。そう考えると従姉妹となるイサドラだろうか。もしかすると、宰相役のマルティナかもしれない。

 

「キッド、そろそろこの巣を見て回りたいんだが? 飽きたぞ」

 

「あー、ホーガラ待ってくれ。これから偉い人が来るんだ」

 

 早々に飽き出したホーガラを宥めながらキッドはひたすらにノーラに早く帰ってくるように念を送る。

 すると、その念が通じたのか扉の前から『お連れしました』とノーラの声がしたかと思えば、キッドの返事も待たずに扉が開かれる。その扉の前に居たのは──。

 

「アーキッド様。これはいったい、どういう事でしょうか?」

 

「え、エェエレオノーラ様ぁ!?」

 

 目の前にはクシェペルカ王国で政務を取り仕切っているはずのエレオノーラの姿。最初こそ夢でも見ているのかもしれないと頬を引っ張ってみるが夢ではなかったことを悟り、続けてあまりの驚きにドモリながら彼女に指差す様子もエレオノーラからは『指を指すなんて、失礼ですよ』や『私はそのような名前ではありません』と冷たく言い捨てられる。

 その様子から大変ご立腹であることを察したキッドは腰を直角に曲げんばかりに謝罪するが、彼に向かってエレオノーラの恨み節は続く。

 

 曰く、『また会えたのに』

 曰く、『いつでも駆けつけると約束したのに』

 曰く、『キッド自身の事情は分かるが、せめて面と向かって言ってくれたら納得は出来た』

 曰く、『でも、咄嗟に私に連絡するためにメモを残そうとしてくれたことは嬉しかった』

 多少、注意喚起やノロケも混じってはいるが概ねは怒りの言葉にキッドは幼馴染が怒られている時のことを思い出したのか、さらにその場に正座して大人しく話を聞いている。

 

 すると、傍で聞いていたホーガラが気にくわない表情でエレオノーラに向かって指を指した。

 

「先ほどからなんだ、お前は。こいつの囀りも聞かずに!」

 

「ほ、ホーガラ! このお方はその……長みたいなものだ!」

 

「はっ! こんな小さな翼……いや、見るからに羽のようなやつが長だと?」

 

「失礼ですが、そちらの方を紹介していただけますか? アーキッド・オルター様」

 

 怒気を一向に隠さないエレオノーラにキッドは素早く立ち上がるとホーガラの紹介をする。紹介された彼女は鼻を鳴らしながら未だにエレオノーラのことを長だと認めておらず、仏頂面で窓の外を見やる。その態度にキッドは彼女を叱責しようとするが、その前にエレオノーラの口が開かれた。

 

「アーキッド様は彼女の他にも様々な方と交流なさってますよね? つきましては、お教え願いますか? ノーラ様の報告と照らし合わせたいので」

 

「あ、はい」

 

 既にノーラに報告されているという状況的に下手な誤魔化しは火に油だと考えたキッドは、浮遊大陸で特に自分と接点を持った者を挙げていく。それを聞いたノーラがメモを書き込みながら頷いていき、最終的に『合ってます』といった──ところでホーガラは口を開く。

 

「お前、あのパー……なんだったか。どこかの長を私と共に硬い箱の中に押し込めただろう。あれは良いのか?」

 

「詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

「は、はいぃぃ!」

 

 げきおこどころかそれ以上の怒気に到達しそうな気配にキッドは神妙に状況を説明する。

 なんでも、先ほど同盟が成った魔王軍がパーヴェルツィーク王国間の捕虜引き渡し交渉中の際に襲われ、エルが十全に戦えないということで致し方なくツェンドリンブルの操縦席の中にかの国の王女であるフリーデグントを移譲させたらしい。

 ただ、既にツェンドリンブルにはキッドの他にホーガラも居り、しばらくは3人という過積載に真っ向から喧嘩を売る人数で待機していたのだとか。

 

 当然、そのことは藍鷹騎士団も把握しておらず、思わずペンを取り落とすノーラ。しかし、その横で終始笑顔を貼り付けたエレオノーラの口からほんの少しのため息が漏れた。

 

「キッド様、私の身が安らかになるように駆けつけるって言ってくれたではないですか」

 

「え、えーとそれは何と言いましょうか」

 

「言いましたよね?」

 

「あの……」

 

「言ってません?」

 

「その……」

 

「そういうこと……言ってしまうのですね」

 

 若干、『ヤン』が入ってそうなエレオノーラの様子に一瞬だけキッドの脳裏に『あれ、おかしいぞ』という疑惑が過ぎる。

 彼女は決してそのような短絡的かつ、相手に押し付けるような言葉は用いない。少々強引なところはあるが、基本的にはキッドの言葉を横で聞いてうんうんと頷いてくれるぐらい大人しい性格だ。

 現に今も彼の額に人差し指を当てて『ちょっと……頭冷やしません?』と言いそうではあるが、決して言わないだろう言葉を投げかけるような人ではない。

 そんなエレオノーラ(仮)の人差し指をキッドは逃がさないように強く握る。

 

「どうしたのですか? アーキッド・オルター様。あ、ちなみにこの船は私の権限で治外法権にしているので何らかの……」

 

「お前、誰だ。いや、アルだな? アルだろ!」

 

「なぜに決めつけ。いや、そうなんですがね。ちょっと分かるの遅すぎません? 僕、結構ふざけましたよ?」

 

「うん、そこはマジで頭がごちゃごちゃで分かんなかった。ふざけてくれたからようやく頭冷えたわ」

 

 ようやく正体が看破されたことでエレオノーラ──もといアルがテキパキと着け髪やらを外しては外で待機していたクシェペルカ王国の密偵に渡され、彼女の手でトランクにそれらが収納されていく。その一連の流れを見たキッドはようやく自分がハメられたことに憤慨し出すが、それを未だエレオノーラの服を纏ったアルの手が制する。

 

「いや、僕がそんなゴフッ。……ゴホッ、伊達や酔狂でこんな手間なことすると思いますか?」

 

「するだろ、普通に」

 

「いや、しますけどね? 一応これ、エレオノーラ様からの指示で僕がやらなくちゃいけない任務なんですよ」

 

 変声を長く続けていたからか妙にせき込みながら説明を続けるアル。エレオノーラ様の心労のこと、またしてもエルとその嫁である妹がやらかしたこと、アルがイサドラと婚約したこと、そしてその伝手で任務を帯びたこと。

 

「はぁ? イサドラ様とぉ!? なんでだよ!」

 

「お前のせいだよ、こんタコぉ! 前例作るこっちの身にもなれ!」

 

 混乱するキッドに被せるようにアルは恨み言をのたまう。

 実際のところアルが言っていることが正しいのかと問われれば、キッドをクシェペルカ王国に出荷する建前作りが2ぐらいで、ほぼアルのしくじりが原因なのだが……。それは言わぬが華である。

 

「でも、エレオノーラ様じゃなかったのか。良かった、本っ当っに良かった!」

 

「え、さっきのことも踏まえて報告するに決まってるじゃないですか」

 

 万感の思いで安堵するキッドに向かって死神の鎌が振り下ろされた。その後、部屋からは身の毛もよだつような『嫌だ』という叫び声が聞こえるが、経緯を知っている人間は叫び声の主に黙祷を捧げながら改めてエルの元へと舵を取った。

 

***

 

 道中、またしても暇ということで射出機構の改修を行いながらも1日、2日と彼らは浮遊する大地の合間を縫いながら移動していく。作業の所感を既に掴んでいた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は見る見るうちにタスクをこなしていき、試験終了まで漕ぎつけていた。

 

「はーい、試験終了! これにて改良完了でーす!」

 

「まさか移動中に改修するとは思わなかったぜ」

 

 まさか空中で、しかも長距離移動の最中に自分が暮らしている船の機能を一つ追加するとは思ってもみなかった騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が、射出機構を備えた上部甲板やそのすぐ下の射出装置と緩んだ綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の巻き取りを行う手作業で行う専用の空間を見ながら感慨深げにつぶやく。

 本来ならばもうちょっと苦労話に花を咲かせたかったが、今は隣で『良い経験になったでしょ?』と言わんばかりの元副団長をストレス発散も兼ねて額を突くことに余念がなかった。

 

「もう変な改修考えないでくださいよ!」

 

「もう空での改修はまっぴらですよ!」

 

「いやいや……痛ぁ! 暇だからやっ痛い! 暇つぶしだから別に痛、痛い」

 

 碌に会話もさせてもらえずに額を重点的に突かれるアル。もはやストレス発散ではなく、ただ面白がられているのだがそれは彼には分からなかった。

 そんな時、前方を警戒していた飛空船(レビテートシップ)から順送りにして伝える魔導光通信機(マギスグラフ)通信が入ったことを告げる放送がイズモ艦内に鳴り響く。

 

「発 前方艦。ど、ドレイク ミトム!」

 

「ふぁ!?」

 

 一応、攻撃型飛空船(レビテートシップ)の先駆けなので魔導光通信機(マギスグラフ)の符号に追加しただけの伝説の存在が読み上げられる。当然ながら符号の追加作業に参加していたアルは、徒の読み間違いなのではないかと混乱しながらも艦橋へと急ぐと、ダーヴィドが目を見開きながら備え付けられた幻像投影機(ホロモニター)を指差していた。

 

「ヴィーヴィル……だよな」

 

「ヴィーヴィルですねぇ。それが何か変なのに追いかけられてますね」

 

 ダーヴィドとアルの意見が一致する。少々、姿かたちが変わってはいるが大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)で相対したヴィーヴィルだと判断した2人はどうするべきかを協議し出す。

 幸い、望遠装置であるクレヤボヤンス越しなので実際の距離はかなり離れている。ここで進路をずらして事なきを得ることも十分可能だ。

 進路をずらすのか、隠れるのか、どっちの方角に向くのか。アルとダーヴィドが途中から入ってきたエドガー達と一緒に対策を話し合っていると、迷ったのか『広すぎ』と文句を垂れながらキッドが艦橋に入って来るや否や平然と変なことを口にした。

 

「あぁ、あのヴィーヴィルは味方だよ。ほら、あの翼らへん見てみ」

 

 そう言いながらヴィーヴィルの翼辺りを指差すキッドの言葉と指に釣られた全員が目を向けると、そこにはエムリスとキッドが乗って行ったと報告されている黄金の鬣(ゴールドメイン)号がくっついていた。

 それを見た全員の反応は十人十色。本当に飛空船(レビテートシップ)同士をくっつけた改造に驚愕する者、相変わらず破天荒な幼馴染のやることに悟った表情を浮かべる者、ヴィーヴィルと戦った関係なのに平然と呉越同舟する考えに呆れる者といった具合に艦橋内が騒然となる。

 

 ちなみにアルは後ろに居たノーラに『え、聞いてないんですが』と尋ね、彼女も『まさかそうなってたなんて知りませんでした』と返しては2人共首を傾げていた。

 これは藍鷹騎士団が仕事をしていなかったわけではなく、飛空船(レビテートシップ)を用いた諜報をしているためか面と向かった報告はせずに一方的に情報を送り付ける方式を採用していたためにエルの動きを全く把握していなかったのである。

 まさか、リンドヴルムと呼ばれる飛竜戦艦を持つパーヴィルツィーク王国と共同戦線。さらに言えば黄金の鬣(ゴールドメイン)号と合体するなぞ藍鷹騎士団にとっても寝耳に水といった具合だった。

 

「そうなると、結構やばいのでは?」

 

 味方というのであれば今の状態が非常にまずいと認識が一気に切り替わる。敵が細かすぎて分からないが、空を飛んでいることから幻晶騎士(シルエットナイト)か魔獣が候補に挙がる。ただ、あの大勢の魔王軍が敗退したことを考慮に入れるとすれば近くに飛空船(レビテートシップ)という拠点がないことから野生の魔獣だろうと当たりを付ける。

 

「銀色坊主が居るのにああなってるってこたぁ、あれがデカブツ過ぎて逃げるのに難儀してるってことだろうな。とりあえず急いで合流するか」

 

「あ、じゃあ僕が先行します」

 

 最低限の話し合いをする中、アルが挙手をする。たしかにこの戦況であれば飛行形態によって迅速に戦闘空域。その後に幻晶騎士(シルエットナイト)形態で敵を駆逐するコンセプトで設計されたガルラが一番適している。

 ただ、僚機すらつけずに向こうと意思の疎通もしていない状態で飛び立たせて良いものかとエドガー含めた全員が悩むが、アルはさっさと船倉にガルラのフル装備の準備を頼んでいた。

 

「勝手にやりやがって……。マギスグラフの見える範囲になったらちゃんと所属を明らかにするんだぞ、分かったな?」

 

「分かってますって。兄さんと違って僕はワザと敵になったりしませんって」

 

「騎士団長君と一緒に紫燕騎士団の精鋭相手に色々してたよね? ディーと私を撃ち落としたよね?」

 

「キオクニ ゴザイマセン」

 

 ヘルヴィからの指摘を右から左にしたアルはそそくさと艦橋から脱出し、船倉まで小走りで移動する。既にガルラには様々な装備やクリスタルプレートが取り付けられており、近くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)に補給状況を確認しながら彼は飛行形態となったガルラの操縦席に滑り込むと胸部装甲を閉じた。

 

「射出機構の準備に入ってください」

 

「了解、クリスタルティシューの巻き取りにかかれ!」

 

「アイサー!」

 

 アルの指示に幻晶甲冑(シルエットギア)を着込んだ騎操鍛冶師(ナイトスミス)は甲板下の部屋に飛び込んだ。前までそこは倉庫のような用途だったが、今は目盛りやボタン、ハンドルといった様々な機器が置かれているのみだった。

 

「クリスタルティシュー伸ばします!」

 

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)が隣の目盛り──上部甲板の埋め込んだ綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)に流れる魔力量を確認しながら手に取ったハンドルを回し始める。結晶筋肉(クリスタルティシュー)は魔力量によって伸縮する作用を持っているが、それでも伸ばすには幻晶甲冑(シルエットギア)の力が必要となる。

 綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が縮まないように魔力の目盛りに気を付けつつ、ようやくハンドルがこれ以上回らなくなったところで騎操鍛冶師(ナイトスミス)は息をつきながら隣のボタンを押下。途端、ガチリと歯車がかみ合った音がし、限界まで引き絞った状態の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の端にくっついた機体の固定器具をアームによってしっかりと掴む。

 

「機体を上げてくれ」

 

「ガルラ、上昇」

 

「上昇良し、作業員は命綱の装着確認!」

 

 作業予定の騎操鍛冶師(ナイトスミス)と共に昇降機に載せられたガルラは上部甲板まで移動すると、機体の固定器具にガルラを接続。何度か安全に着脱できるかを確認してから改めて固定すると、それぞれの作業員が作業状況の共有を行う。

 その状況を伝声管で聞いていた甲板下部の部屋に詰めていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)は続けてボタンを押し、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の熱を後方に流さないように遮断する壁を展開。これでようやく出撃準備が整った。

 

「元副団長ー、親方から伝言来てますよ。"ちゃんと挨拶しろ"ってさ。俺からも頼みますよ? 騎士団長とやり合うのだけはごめんですからね」

 

「分かってますって」

 

 何度も聞いた注意事項に返事をしたアルは降下甲冑のマイクから距離を取り、小さい声で『そんなに不安かな』と独り言ちる。本人はエルとは違って言う事は極力聞く品行方正な奴だという自覚があるからこその文句だが、現実をアルに教える者はこの場には居なかった。

 

 とにもかくにも、アルに与えられた任務は非常に重要だ。幻像投影機(ホロモニター)の端っこに膝立ちでこちらを見ている騎操鍛冶師(ナイトスミス)が1つの伝声管を耳に、もう1つの伝声管を口に押し当てながら口頭で20秒からのカウントダウンを伝えてくる。

 そのカウントダウンを聞きつつ、アルは今一度エーテル量や魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の推力を見直すと来るだろう衝撃に備えて腹に力を入れる。

 

「5……4……3……2……1」

 

「いきます!」

 

 凄まじい加速の後、エーテルの作用によってガルラは弓から放たれた矢のような速度で空を滑っていく。だが、そこからアルは操縦桿やボタンを押し込むと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の出力を全開にし、さらに速度を上げた。

 速度を上げたことで射出された時よりも激しいGがアルを襲うが、そこは降下甲冑や準備しておいた強化魔法という2つの防壁で意識を途切れさせることなく一直線に飛竜戦艦(リンドヴルム)へと向かっていった。




 とある一幕
「アル、よく一式貸してもらったな」

「エレオノーラ様が快く貸してくれました。"私として言葉を伝えなければならないので、アルフォンス様には申し訳ありませんが"って」

「え、じゃあ下着類も?」

「何言ってるんですか、ちょっと引くんですけど。ほら、男物ですよ」

「おい、待て! そのままたくし上げんな!」
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