ここまでだらだらしてたら結構な話数になってしまった。
エルが
「三番船、帆布が持ちません!」
「帆を畳めぇ! 破れるぞ!」
「ブローエンジン停止! 制御不能!」
「操舵不能! 繰り返す、操舵不能!」
「見張り員は船内に退避! 全員、船の中央に寄れ!」
そこかしこで怒号や悲鳴が飛び交う些か巨大になりすぎたイズモ船団。いついかなる敵にも対処できるように間隔を詰めたのが逆に仇となった。
強風によって進路があらぬ方向にひん曲がったり、推進に使用する帆布自体が破損する事象が後を絶たず、かといって
そんな見るからに難儀な状況。しかし、それはまだ『マシ』と言えよう。
「ぶつかる!」
「2番船、こっちに来るな……来るなぁ!」
海に放り出された小舟のようにフラフラと漂流するパーヴェルツィーク王国の
ただ、パーヴェルツィーク王国の
当然、はるか上空を飛ぶわけだから風の影響を極力受けづらい形にしたことで嵐への耐性は強くなり、連れてきている兵達も上空で嵐に見舞われた際に最善の行動できるよう専用の訓練で鍛えられている。
仮にこれがそこらの嵐であれば彼らも平然と対応していただろう。
──しかし、相手が悪すぎた。
先ほどまで快晴だったはずが、予兆もなくいきなり超弩級の嵐に見舞われる。仮に酒場で言えば即座に与太話だと笑われる類の状況を予想して備えることなど出来るわけがなかった。
風に煽られた
ただ、そのような混乱の中でも
「トゥエディアーネ乗りは全員出撃! ヘルヴィ、指揮を頼む」
「騎士団の奴らの指揮も頼むよ。私のトゥエディアーネはあっちだから」
「了解」
イズモからの
ただ、帆布を収容することで空を機敏に動くことが不可能となる。──が、ここで彼らは秘策を弄した。
「4番船が流されてる! 第1小隊、ついてこい!」
『応!』
「7番船は第4小隊が受け持つ! 他は頼んだぞ!」
一通り帆布の回収を目視で確認した彼らは流されかけている
そんな目まぐるしく作業を行うトゥエディアーネ達だが、
「機関室ぅ! 船の強化を最大にしろ! あとは主推進器にぶちこめ! 他への魔力は最低限だ! ……くそっ、伝声管が破損した!」
「機関室に伝令ついでに直しに行くよ!」
「ひえぇ、どこに逃げれば良いんだよぉ」
「バトソン、行先はあっちだ! 嵐の範囲から逃れることを意識しろ!」
今は嵐の圏内だが、遠くの方でかすかに光が見える。そこがゴールだと
そんなイズモ船団だがパーヴェルツィーク王国の
だが、推進力はそうはいかない。
それを補強するためにトゥエディアーネが取り付いているが、早々に速度は上がらない。今は大丈夫でも、それは薄氷の上を歩いているかのような安心感だ。次の『度を越えた異常』に見舞われる前になんとか脱出出来ないかとギリギリの中にある小さな余裕も見逃さない勢いで周囲を探るダーヴィドとエドガー。
すると、どこにもないと思われていた余裕が『飛んできた』。
「親方、聞こえていますか?」
「その声は坊主の方か! どこからだ?」
くぐもった音声ゆえに
「ラーフフィストで無理やりつないでいます。これから船の制御をもらってここから脱出しますので、全員何かに掴まってください!」
「エドガー、機関室とほっついてるディーに伝令! 走れ!」
「任された!」
エドガーが艦橋から出ていったことを確認したダーヴィドは詳細をエルに通達し、再び伝声管でしっかりと身体を固定することをイズモ全体に通達。そうしているとディートリヒを連れたエドガーが戻ってきた。
「よしっ、銀色坊主!」
「任されました!」
1本の
強風ですっぽ抜けないように少々『握り』を強くし過ぎたのか装甲がひしゃげる音が小さく奏でられるが、この緊急事態に至ってはそんなことは些細なことだ。──未だに窓に張り付きながら蒼い
「コジャーソ卿、そこまでにしておけ。エチェバルリア卿、本当に大丈夫なのだな?」
「はい、そちらに我が国の殿下もいらっしゃいますので」
まるでエムリスのついでと言わんばかりの言葉にグスタフが再び沸騰するが、エルとしてはその通りなのだから仕方がない。グスタフからの『お前、覚えてろよ』という副音声が聞こえんばかりの怒声をさっさと
「アディに説明してもらったと思いますが、これからかなり無茶をします」
「あぁ、ここから脱出できるなら何しても良いが……俺達を殺さないでくれよ?」
「分かってます。殿下や皆さんにはまだお叱りが残されているので、こんなところでリタイヤは許しませんよ?」
彼らはこの嵐が序の口であることを瞬時に思い出した。エムリスの並外れたカリスマで冒険に足を踏み出した兵はまだ良い。最悪、些かの減俸と女王からの『
だが、エムリスはそうはいかない。クシェペルカ王国──特にマルティナからの地獄の説教が終われば今度は自国で親と祖父からの説教が待っている。もしかしたら謹慎も視野に入ってくるかもしれない。
「そうだ……ここから飛び降りよう」
「殿下ぁぁ! 早まらないでください!」
「エルネスティ閣下も余計なことを思い出させないでください!」
「なんで僕が責められてるんでしょうか?」
嗚咽混じりの鳴き声やどったんばったん大騒ぎな騒音を聞きながらエルは一言。どう考えても悪いのはエムリス側である。
ただ、これ以上は時間をかけるのも危険というアディの声に無理やり通話を終え、マガツイカルガニシキによる
その一方でアルはというと──アサマの上部甲板へと降り立っていた。
「フロイド君が押してくれるならこの場を任せても?」
「分かりました」
アサマの後部には調査船団で使用した強襲用
かの装備はエクスワイヤのように
見た目的にもはや騎士ではないのだが、こういった人型ではない大型兵器も大好きなアルにとっては『フロイド君ごとこれも欲しいな』とちょっとした野心が漏れ出ていた。
「船長代理、シナツヒコの用意。積んでいますよね?」
「え? ……えぇ、調査飛行のままなので積んでいますが……。あんなもので何をする気で?」
シナツヒコ。
ただ、その疑問を懇切丁寧に説明する時間はない。後部ハッチから緊急着艦を果たしたアルは、『人助けですよ』と叫びながら固定状態から解放されたばかりのシナツヒコをガルラの手に装備させる。
「アサマは後部ハッチを常に開けておいてください! 風に煽られたトゥエディアーネやパーヴェルツィーク王国のウィンジーネスタイルが飛び込んでくる可能性があります! 一応、殿下がお世話になっていますから救助ぐらいはさせてあげましょう!」
『了解!』
言いたいことだけ言ってガルラは
ただ、それはパーヴェルツィーク王国に伝えていないアルの独断専行である。つまり──。
「所属不明機が上空から接近!」
「くそ、こんな時に!」
こうなってしまう。
命知らずなのか、馬鹿なのか、そのどちらもなのかは分からないが1機のパーヴェルツィーク王国製
「まずっ!」
ただ、迎撃されたことはアルにとっても想定外だった。機体を捻るように回避を試みるが、飛行形態の感覚が邪魔をして右膝の装甲に被弾してしまう。その衝撃でガルラはバランスを崩して錐もみで高度を下げるが、アルは歯を食いしばりながら
「おっと、敵ではないことを伝えないと」
切羽詰まった状態からは一旦脱したが、アルは止まることなく
「すまない。敵だと思った」
「時間がありませんので後で。あ、ちょっとこれを預かって船内に戻ってもらえます? ちょっと船の間隔が狭いので、この船を押して前に出しますので」
すると、符丁が届いたのだろう。先ほど撃ってきたシュニアリーゼが謝罪してくるが、既に船と船の間隔がかなり狭い。高度を上下させるなり、前後に移動なりしなければ激突は必至だ。
手短に用件を伝えながらシナツヒコをシュニアリーゼに預けたアルは一目散に
「手伝いに来ました。一気に押しますよ!」
「さっきのやり取りを聞いた。助かる!」
既に
だが、変形自体を始めて見る。しかも、それが亜種変形を見たことから
「船内の皆さんへ。加速します! どこかに掴まっていてください」
そんな叫びに対して
「なっ!」
「あんなに容易くレビテートシップを移動させるだと!」
それが蓋を開けてみれば
「よし、この船はもう大丈夫です! 次、行きますよ!」
「りょ、了解!」
本来ならば『命令するな』と憤慨すべきなのだろう。しかし、未曽有の嵐という非常識な事態やあわや大惨事と言ったところで颯爽と駆けつけてそのまま解決。ついて行かないという選択肢は彼らにはなかった。
「手荒にしてすみません。後、格納していただいたシルエットアームズを返していただきたいです」
「いえいえ、船を救っていただき感謝します。こちらを!」
なぜか
「アルフォンス卿、次はあちらです! 急ぎましょう!」
その頃にはそれぞれの船から出てきた
そんな救助活動をしている間も嵐はさらに激しさを増す。
「このままだと間に合いません、小隊規模で救助活動に当たりましょう! 僕は遊撃で!」
『了解!』
もはやアルを隊長とする救助部隊のような有様の
「被害は……」
「現在調査中ですが、あの嵐です。6割生き残れば良い方ですな」
グスタフの悔しさが篭った表情にフリーグデントは俯く。フレメヴィーラ王国の対応を真似して緊急で
「報告します! 3割が墜落ないし航行不能! 7割が航行可能です!」
『3割』。その単語がフリーグデントの心を強く射貫く。だが、いつまでも悲観的になってはいけないと生き残った兵たちの割り振りをしようと彼女は航行不能な船の数について質問するが、お通夜のような状況とは裏腹に彼の報告は吉報であった。
「航行不能はどのくらいですか?」
「3割の内、2割です」
信じられないことを報告してくる兵にフリーグデントは目を丸くする。横ではグスタフが『数え間違いではないのか』や『あの嵐で墜落1割などありえん』と騒いでいるが、彼女も同じような認識であった。
「いえ、2割です。ある騎士が活躍してくれました」
「誰だ? イグナーツか、それともユストゥスか?」
だが、兵は決して間違った報告をしていないと主張する。彼の目を見たグスタフは信用し、その『ある騎士』の名前を問う。おそらくだが、
「いえ、イグナーツ様もユストゥス様も御自身の船にかかりきりだったようで出撃しておられません」
「すると誰だ? フレメヴィーラ王国の騎士か?」
「先ほど報告に来た騎士曰く、クシェペルカ王国の騎士だそうです」
想定外の報告に再び目を丸く──どころか、宇宙の真理を理解した猫のような表情を浮かべるフリーグデント。
「名は何と言うんだ?」
「アルフォンス・エチェバルリアだそうで」
「エチェバルリア……」
「アルフォンス何某の機体。姿形が変わらなかったか?」
「報告では奇怪な姿に変わったと言ってましたが」
そんな時、艦橋の扉が開くと筋骨隆々な男が多少の供周りを付けて入ってきた。
「フリーグデント。今、アルフォンスと言っていなかったか?」
「言ったが、知り合いか?」
「うちの騎士だ。なんでクシェペルカ王国を名乗って……あぁ、ようやくか」
筋骨隆々な男──エムリスは顎に手をやりながら悩んでは一人で結論付けるが、フリーグデントにとってはどうでも良いことである。
だが、パーヴェルツィーク王国単体ではこれから先の戦力や再編成のための足掛かりが到底足りないため、彼女はこの状況を利用しようと画策する。
「エムリス、フレメヴィーラの船にうちの船の乗員やドラッヒェンカバレリを一時的にのせてくれ」
「良いぞ。だが……」
「分かっている。しかし、兵の命には代えられん」
他国の船に兵や機密情報がたっぷりな機体を受け入れさせる。それは他国に技術力や練度を見られるのと同意である。国にとって圧倒的に不利益を被ることだが、フリーグデントは躊躇わずにエムリスの質問に『YES』を突きつける。
全体の1割という数字マジック的に言えば少数だが、彼女にとってはそのまま逃げ帰るには大きすぎる代償を被った。ならば、少しでも代償に見合う成果を持ち帰るのみだ。その為に多少の技術開示ぐらいは致し方のないだろうと、彼女は兵やグスタフに指示を送った。
「1割の将兵には申し訳ないが、今は一刻も惜しいために正式な葬儀は後にする。航行不能な船は曳航、それも難しければフレメヴィーラ王国の船に乗員を乗せてから自沈処置を行うように」
「御意」
「ヒィーハハハハ! どうかねぇ、エルネスティくぅん? これで君も立派な敗残者じゃないか、今の感想を言ってもらっても良いかい?」
「ねぇ、どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ち?」
「いや、君もあっち側だろう。なに平然とこっちに居るんだい」
「兄を煽るのは弟の役目でしょ」
「本当に君って訳が分からないな!」
マガツイカルガニシキの前でエル達の様子を見てやろうと魔王を使って先行して来たらしいオベロンが馬鹿笑いをし、その横ではアルが兄を煽りながらガルラの
そのような珍妙な返しと屈伸運動も織り交ぜた謎行動にすっかり気分が盛り下がったオベロンは、『事態が深刻そうだから失礼する』と律儀に別れの言葉を紡いでどこかへと行ってしまった。
「なんだったんでしょうね」
「知らなーい。それよりも早くイズモに帰ろ」
「そうですね。兄をおちょくり回した不届き物の仕置きもありますし」
「まぁ、お兄様。弟がじゃれついているのを本気で諌めるのは大人げないのではなくって?」
未だにおふざけモードで話してくるアルに、とうとう我慢の限界が来たのだろう。おもむろに
その衝撃でアルもエルが何かをしてきたのだろうとガルラの首を巡らせるが、可動域から
「アル。先ほどの魔獣ですが、かなり特徴的な行動をしてきましてね」
「あ、はい。ならば早くイズモに戻らないと」
「いえ、この場で共有します」
そう言った途端、ガルラは両腕を振り回し始めた。当然ながらアルは何の操作もしておらず、操縦桿や鐙を操作しても未だに腕は動き続けている。
その間もエルの魔獣講座は続いており、なんでも先ほどの青白い触手は魔獣。それも他者に寄生して乗っ取る特性を持った個体らしい。実際に乗っ取られた
そこまでの説明でようやくアルは
「書き換わらない!?」
「そうです。乗っ取られてもマギウスエンジンを順番形式、つまり最初にマギウスエンジンにアクセスした1人以外の書き込みをシャットアウトしてあげれば良いんです。後で解除用のスクリプトと一緒にを教えてあげましょう」
言うならば某エクセルで他の人間が編集している時は読み取りになる処理というべきだろうか。それならば他人が割り込んできても
しかし──。
「あの、そろそろ権限を放してくれません? 修正できないんですが」
「え、嫌ですよ。僕は大人げないので帰るまでは遊ばせてもらいますよ。さぁ、次は飛行形態の上に乗ってサブフライトごっこですよ」
「あ、その遊びだったら大歓迎です」
ひたすら解放せずにまるでブンドドする子供のようにガルラとの様々な連携行動を試していくエル。本来ならば好き勝手に機体を動かされるのは怒られても仕方のないことなのだが、アルもアルで兄と同じぐらいのロボット愛が溢れている人物ゆえに『やっぱりサブフライトは最高やでぇ』と結構エンジョイしながらリラックス体勢で眼前を見つめていた。
そんな2機がイズモの後部甲板から中へ入って行く頃、
「んなにぃ! 空を飛んだ状態でシルエットナイトを乗せるだぁ!? おのれぇ、空は俺の聖域だってのに……」
「グスタフ、雇っている奴がかなり気持ち悪いのだが。この場合はどうすれば良い?」
「最悪、拘束して営倉送りにすれば良いのでは?」
遊びながらイズモに帰っていく2機にオラシオは単眼鏡を向け、口から不気味な笑い声や叫び声を発している。そんな彼の気持ち悪さにフリーグデントとグスタフがいよいよ新技術を伝えた技術者にとるのを憚られる処置を検討し出していた。