銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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もうすぐ4周年かぁ…。時間の流れが早い…。
ここまでだらだらしてたら結構な話数になってしまった。


154話

 エルが天候操作級魔法(ハザード・スペル)という新たな魔法規模の概念を確立させた頃。飛竜戦艦(リンドヴルム)やパーヴェルツィーク王国所属の飛空船(レビテートシップ)を保護したイズモ船団側も混乱の最中にあった。

 

「三番船、帆布が持ちません!」

 

「帆を畳めぇ! 破れるぞ!」

 

「ブローエンジン停止! 制御不能!」

 

「操舵不能! 繰り返す、操舵不能!」

 

「見張り員は船内に退避! 全員、船の中央に寄れ!」

 

 そこかしこで怒号や悲鳴が飛び交う些か巨大になりすぎたイズモ船団。いついかなる敵にも対処できるように間隔を詰めたのが逆に仇となった。

 強風によって進路があらぬ方向にひん曲がったり、推進に使用する帆布自体が破損する事象が後を絶たず、かといって起風装置(ブローエンジン)でなんとかその場から移動しようにも上下左右から吹き付ける風が強すぎてまともに移動することもままならない。そんな飛空船(レビテートシップ)が船団の中に多くあった。

 そんな見るからに難儀な状況。しかし、それはまだ『マシ』と言えよう。

 

「ぶつかる!」

 

「2番船、こっちに来るな……来るなぁ!」

 

 海に放り出された小舟のようにフラフラと漂流するパーヴェルツィーク王国の飛空船(レビテートシップ)。そんな1隻が強風の流れの先にあった同僚の1隻と激突する。交通事故特有の耳がイカれるような音と共に両方の外壁や内部の破片が『小さなナニカ』を伴って剥がれ落ち、風によって上空へと錐もみ回転しながら舞い上がっていく。

 

 飛空船(レビテートシップ)は天候──特に風の流れに左右されやすい兵器である。現にフレメヴィーラ王国の各領地を結ぶ定期便も運航元や運航先が微風よりも強い風が吹いている場合は直ちに運航を取りやめ、台風クラスの災害ともなるとリオタムス直々に運転の取りやめ命令が下るほどに飛空船(レビテートシップ)は風に左右されやすい。

 

 ただ、パーヴェルツィーク王国の飛空船(レビテートシップ)は他の国の物とは幾分か異なっていた。かの兵器の生みの親であるオラシオが浮遊大陸に赴くという大目標に向け、綿密に設計した最先端の飛空船(レビテートシップ)である。

 当然、はるか上空を飛ぶわけだから風の影響を極力受けづらい形にしたことで嵐への耐性は強くなり、連れてきている兵達も上空で嵐に見舞われた際に最善の行動できるよう専用の訓練で鍛えられている。

 仮にこれがそこらの嵐であれば彼らも平然と対応していただろう。

 

 ──しかし、相手が悪すぎた。

 先ほどまで快晴だったはずが、予兆もなくいきなり超弩級の嵐に見舞われる。仮に酒場で言えば即座に与太話だと笑われる類の状況を予想して備えることなど出来るわけがなかった。

 風に煽られた飛空船(レビテートシップ)同士が激突し、人や物をばら撒いていく。そんな光景が船団の各所で見られ、それに対してオラシオはひたすら飛空船(レビテートシップ)のみを心配する叫び声を上げ、フリーグデントやグスタフは強風で揺れる艦橋内にて転げまわっていた。

 

 ただ、そのような混乱の中でも飛空船(レビテートシップ)を守ろうと奮起する者達が居た。騎士団である。

 

「トゥエディアーネ乗りは全員出撃! ヘルヴィ、指揮を頼む」

 

「騎士団の奴らの指揮も頼むよ。私のトゥエディアーネはあっちだから」

 

「了解」

 

 イズモからの魔導光通信機(マギスグラフ)の符丁に従い、それぞれの船からトゥエディアーネが出撃していく。彼らは重武装や高出力の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を使用しているのが幸いし、強風の影響を僅かに受けながらも嵐の中で泳ぎ回っては帆布の収容が少しでもぎこちない部分を法撃や近接攻撃によって排除していく。

 ただ、帆布を収容することで空を機敏に動くことが不可能となる。──が、ここで彼らは秘策を弄した。

 

「4番船が流されてる! 第1小隊、ついてこい!」

 

『応!』

 

「7番船は第4小隊が受け持つ! 他は頼んだぞ!」

 

 一通り帆布の回収を目視で確認した彼らは流されかけている飛空船(レビテートシップ)を見つけては小隊、もしくは中隊単位で取り付くと、自らを推進器代わりとなって船の安定化や移動補助を行い始める。トゥエディアーネが1機、2機と増えていくごとに左右に揺れながら風に流されていた飛空船(レビテートシップ)が安定し、イズモが向いている方向に進みだした。

 そんな目まぐるしく作業を行うトゥエディアーネ達だが、飛空船(レビテートシップ)の方も安穏としているわけではない。もはや前線指揮所と化しているイズモの艦橋では、ダーヴィドが直々に伝声管でイズモ全体に指示を飛ばしていた。

 

「機関室ぅ! 船の強化を最大にしろ! あとは主推進器にぶちこめ! 他への魔力は最低限だ! ……くそっ、伝声管が破損した!」

 

「機関室に伝令ついでに直しに行くよ!」

 

「ひえぇ、どこに逃げれば良いんだよぉ」

 

「バトソン、行先はあっちだ! 嵐の範囲から逃れることを意識しろ!」

 

 今は嵐の圏内だが、遠くの方でかすかに光が見える。そこがゴールだと魔導光通信機(マギスグラフ)の操作盤で各船に指示を送っていたエドガーが正面を指差す。明確な方向に希望を見出したバトソンはドワーフでも難儀するほど重くなった舵にかじりつき、これ以上進路がずれないように必死に格闘する。

 

 そんなイズモ船団だがパーヴェルツィーク王国の飛空船(レビテートシップ)とは違い、強力な強化魔法によって船体はそれほど損傷はしていなかった。元々エルが強化魔法の出力を段階的に上げていけるように設計と製作を行っていることに加え、そこに飛空船(レビテートシップ)内に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を積み込もうというアルの追加設計がしっかり嵌ったおかげともいえる。

 だが、推進力はそうはいかない。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は現在の出力が最大値である。ここからさらに出力を上げるには魔導演算機(マギウスエンジン)への直接制御(フルコントロール)を試みなければならない。

 

 それを補強するためにトゥエディアーネが取り付いているが、早々に速度は上がらない。今は大丈夫でも、それは薄氷の上を歩いているかのような安心感だ。次の『度を越えた異常』に見舞われる前になんとか脱出出来ないかとギリギリの中にある小さな余裕も見逃さない勢いで周囲を探るダーヴィドとエドガー。

 

 すると、どこにもないと思われていた余裕が『飛んできた』。

 

「親方、聞こえていますか?」

 

「その声は坊主の方か! どこからだ?」

 

 くぐもった音声ゆえに元副団長(アルフォンス)の方だと一瞬誤解しそうになったことはさておき、ダーヴィドはエルからの言葉に身構えた。あの騎士団長のことだ、またいつもの無茶をやらかすに違いないと艦橋に居た面々にハンドサインで『注意』と促しながら彼からの指示を待った。

 

「ラーフフィストで無理やりつないでいます。これから船の制御をもらってここから脱出しますので、全員何かに掴まってください!」

 

「エドガー、機関室とほっついてるディーに伝令! 走れ!」

 

「任された!」

 

 エドガーが艦橋から出ていったことを確認したダーヴィドは詳細をエルに通達し、再び伝声管でしっかりと身体を固定することをイズモ全体に通達。そうしているとディートリヒを連れたエドガーが戻ってきた。

 

「よしっ、銀色坊主!」

 

「任されました!」

 

 1本の執月之手(ラーフフィスト)をイズモにくっつけたまま、マガツイカルガニシキは飛翔。今度は飛竜戦艦(リンドヴルム)黄金の鬣(ゴールドメイン)号へと近づいて執月之手(ラーフフィスト)を打ち込んだ。

 強風ですっぽ抜けないように少々『握り』を強くし過ぎたのか装甲がひしゃげる音が小さく奏でられるが、この緊急事態に至ってはそんなことは些細なことだ。──未だに窓に張り付きながら蒼い幻晶騎士(シルエットナイト)を見て、狂ったように早口で何かを捲し立てている『気持ちの悪いナマモノ(オラシオ)』に比べれば特に。

 

「コジャーソ卿、そこまでにしておけ。エチェバルリア卿、本当に大丈夫なのだな?」

 

「はい、そちらに我が国の殿下もいらっしゃいますので」

 

 まるでエムリスのついでと言わんばかりの言葉にグスタフが再び沸騰するが、エルとしてはその通りなのだから仕方がない。グスタフからの『お前、覚えてろよ』という副音声が聞こえんばかりの怒声をさっさと飛竜戦艦(リンドヴルム)側の通話を切り上げると、今度はアディが説明していたところに割って入ることで黄金の鬣(ゴールドメイン)号に言葉を投げかける。

 

「アディに説明してもらったと思いますが、これからかなり無茶をします」

 

「あぁ、ここから脱出できるなら何しても良いが……俺達を殺さないでくれよ?」

 

「分かってます。殿下や皆さんにはまだお叱りが残されているので、こんなところでリタイヤは許しませんよ?」

 

 彼らはこの嵐が序の口であることを瞬時に思い出した。エムリスの並外れたカリスマで冒険に足を踏み出した兵はまだ良い。最悪、些かの減俸と女王からの『()っ!』で済むだろう。

 だが、エムリスはそうはいかない。クシェペルカ王国──特にマルティナからの地獄の説教が終われば今度は自国で親と祖父からの説教が待っている。もしかしたら謹慎も視野に入ってくるかもしれない。

 

「そうだ……ここから飛び降りよう」

 

「殿下ぁぁ! 早まらないでください!」

 

「エルネスティ閣下も余計なことを思い出させないでください!」

 

「なんで僕が責められてるんでしょうか?」

 

 嗚咽混じりの鳴き声やどったんばったん大騒ぎな騒音を聞きながらエルは一言。どう考えても悪いのはエムリス側である。

 ただ、これ以上は時間をかけるのも危険というアディの声に無理やり通話を終え、マガツイカルガニシキによる飛翼母船(ウィングキャリアー)飛竜戦艦(リンドヴルム)という2つの超巨大飛空船(レビテートシップ)への操作介入を開始する。

 

 その一方でアルはというと──アサマの上部甲板へと降り立っていた。

 

「フロイド君が押してくれるならこの場を任せても?」

 

「分かりました」

 

 アサマの後部には調査船団で使用した強襲用追加装備(オプションワークス)の姿があった。

 かの装備はエクスワイヤのように近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)を空に──それもトゥエディアーネ以上に速く飛ばせるほどの推力を誇っている。そこからさらに改良も加えられており、一般的な大きさよりも大きな幻晶騎士(シルエットナイト)の保持を想定してかなりマッシヴなサブアームが増設されていた。

 見た目的にもはや騎士ではないのだが、こういった人型ではない大型兵器も大好きなアルにとっては『フロイド君ごとこれも欲しいな』とちょっとした野心が漏れ出ていた。

 

「船長代理、シナツヒコの用意。積んでいますよね?」

 

「え? ……えぇ、調査飛行のままなので積んでいますが……。あんなもので何をする気で?」

 

 シナツヒコ。戦術級魔法(オーバード・スペル)クラスの風衝弾(エアロダムド)を投射する大型魔導兵装(シルエットアームズ)だ。本来は穢れの獣が放つ酸の雲(アシッドクラウド)を霧散させるための物のため、フロイドから船長業務を継いだ騎操鍛冶師(ナイトスミス)が疑問を覚えるのは仕方のないことと言える。

 ただ、その疑問を懇切丁寧に説明する時間はない。後部ハッチから緊急着艦を果たしたアルは、『人助けですよ』と叫びながら固定状態から解放されたばかりのシナツヒコをガルラの手に装備させる。

 

「アサマは後部ハッチを常に開けておいてください! 風に煽られたトゥエディアーネやパーヴェルツィーク王国のウィンジーネスタイルが飛び込んでくる可能性があります! 一応、殿下がお世話になっていますから救助ぐらいはさせてあげましょう!」

 

『了解!』

 

 言いたいことだけ言ってガルラは幻晶騎士(シルエットナイト)状態で再度出撃する。今度は飛行形態にならずにマガツイカルガニシキや飛竜戦艦(リンドヴルム)の傍を通り過ぎると、パーヴェルツィーク王国の飛空船(レビテートシップ)の集団の真上で停止。陣の全体を見渡して危険度が高い船の間に向かって源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を切り、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の推力頼みでガルラを急降下させた。

 

 ただ、それはパーヴェルツィーク王国に伝えていないアルの独断専行である。つまり──。

 

「所属不明機が上空から接近!」

 

「くそ、こんな時に!」

 

 こうなってしまう。

 命知らずなのか、馬鹿なのか、そのどちらもなのかは分からないが1機のパーヴェルツィーク王国製幻晶騎士(シルエットナイト)、『シュニアリーゼ』が甲板に上がってくる。魔導兵装(シルエットアームズ)がガルラに向けられ、2発の炎弾が荒れ狂う風の中を切り裂いていく。

 

「まずっ!」

 

 ただ、迎撃されたことはアルにとっても想定外だった。機体を捻るように回避を試みるが、飛行形態の感覚が邪魔をして右膝の装甲に被弾してしまう。その衝撃でガルラはバランスを崩して錐もみで高度を下げるが、アルは歯を食いしばりながら源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を再起動。バランスを立て直したままゆっくりと源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の内包エーテルに沿った高度へと復帰していく。

 

「おっと、敵ではないことを伝えないと」

 

 切羽詰まった状態からは一旦脱したが、アルは止まることなく魔導光通信機(マギスグラフ)で符丁を送る。フレメヴィーラ王国は微妙だが、クシェペルカ王国ならば西方諸国的にも共通で繋がるだろう『ミカタ キュウエン キタ』とクシェペルカ王国の符丁にある3単語を何度も灯らせる。

 

「すまない。敵だと思った」

 

「時間がありませんので後で。あ、ちょっとこれを預かって船内に戻ってもらえます? ちょっと船の間隔が狭いので、この船を押して前に出しますので」

 

 すると、符丁が届いたのだろう。先ほど撃ってきたシュニアリーゼが謝罪してくるが、既に船と船の間隔がかなり狭い。高度を上下させるなり、前後に移動なりしなければ激突は必至だ。

 手短に用件を伝えながらシナツヒコをシュニアリーゼに預けたアルは一目散に飛空船(レビテートシップ)の後部へと向かう。

 

「手伝いに来ました。一気に押しますよ!」

 

「さっきのやり取りを聞いた。助かる!」

 

 既に飛空船(レビテートシップ)を押す竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)達に混じったガルラは、本来ならば後ろに伸ばすはずの腕を自由にした状態で飛行形態へと変形する。前世でいう飛行機に腕が生えたような奇怪な姿だが、飛行形態だと何かを押すといった動作が出来ないためのいわば、『亜種変形』である。

 だが、変形自体を始めて見る。しかも、それが亜種変形を見たことから竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)騎操士(ナイトランナー)達が『化け物!』と叫ぶがアルは気にせずに飛空船(レビテートシップ)に向かって叫んだ。

 

「船内の皆さんへ。加速します! どこかに掴まっていてください」

 

 そんな叫びに対して飛空船(レビテートシップ)は船内に警告を発し始める。既にこちらに寄ってきている飛空船(レビテートシップ)があるために1分1秒も無駄には出来ない。そう考えたアルは、再び安全確認する手間が惜しいと自由に動かせる両手を飛空船(レビテートシップ)の船尾に押し当ててから一気に加速した。

 

「なっ!」

 

「あんなに容易くレビテートシップを移動させるだと!」

 

 飛空船(レビテートシップ)を押していた竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)騎操士(ナイトランナー)達は、ガルラが加わったことで飛空船(レビテートシップ)が『移動』出来ていることに目をむく。数機単位で押すことでようやく飛空船(レビテートシップ)を安定させていたので、最初は1機だけ来ても声には出さないが焼け石に水だと思っていた。

 それが蓋を開けてみれば飛空船(レビテートシップ)を移動できるほどの推力。そして、そんな推力をもってしてもなお墜落しない魔力生成能力に騎操鍛冶師(ナイトスミス)達はフレメヴィーラ王国の力に若干の恐れを抱いた。

 

「よし、この船はもう大丈夫です! 次、行きますよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 本来ならば『命令するな』と憤慨すべきなのだろう。しかし、未曽有の嵐という非常識な事態やあわや大惨事と言ったところで颯爽と駆けつけてそのまま解決。ついて行かないという選択肢は彼らにはなかった。

 

「手荒にしてすみません。後、格納していただいたシルエットアームズを返していただきたいです」

 

「いえいえ、船を救っていただき感謝します。こちらを!」

 

 なぜか飛空船(レビテートシップ)の船員からも敬語などで話され、アルは困惑しながらもシナツヒコを受け取って別の船へと近づく。そこでも衝突事故を防ぐために全員で1隻を上空に逃がし、別の所では魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の符丁で空の中で『溺れている』竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)の救援し、衝突が秒読みという2隻の飛空船(レビテートシップ)に対して緊急性が高いとシナツヒコを片方の船体にくっつけた状態の射撃をして難を逃れるという活躍を示した。

 

「アルフォンス卿、次はあちらです! 急ぎましょう!」

 

 その頃にはそれぞれの船から出てきた竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)がアルの後ろをついて回り、救助活動に参加するという奇妙な二足歩行生物を彷彿させる動きでアルをカバーし出していた。その様子にアルも『どうしてこうなった』と呟くが、雨や風の音で誰もその声は聞こえなかった。

 

 そんな救助活動をしている間も嵐はさらに激しさを増す。竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)やガルラが現場に急行できずに衝突して墜落する飛空船(レビテートシップ)の数も増えだした。

 

「このままだと間に合いません、小隊規模で救助活動に当たりましょう! 僕は遊撃で!」

 

『了解!』

 

 もはやアルを隊長とする救助部隊のような有様の竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)達は、それぞれ危なそうな飛空船(レビテートシップ)に取り付きながら魔導光通信機(マギスグラフ)での綿密な交信を行う。ほとんどは危なげなく衝突を回避するのだが、少しでも手が足りないところへはガルラがちょっと手助けをしては別の緊急性が高い場所へ赴くといった献身的な行動を行っていったところで──ようやく嵐が弱まった。

 

「被害は……」

 

「現在調査中ですが、あの嵐です。6割生き残れば良い方ですな」

 

 グスタフの悔しさが篭った表情にフリーグデントは俯く。フレメヴィーラ王国の対応を真似して緊急で竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)を発進させてなければ今頃は全滅していたかもと初動の遅れに悲嘆していた彼女だが、被害の集計が終わった兵が艦橋に上がってきた。

 

「報告します! 3割が墜落ないし航行不能! 7割が航行可能です!」

 

『3割』。その単語がフリーグデントの心を強く射貫く。だが、いつまでも悲観的になってはいけないと生き残った兵たちの割り振りをしようと彼女は航行不能な船の数について質問するが、お通夜のような状況とは裏腹に彼の報告は吉報であった。

 

「航行不能はどのくらいですか?」

 

「3割の内、2割です」

 

 信じられないことを報告してくる兵にフリーグデントは目を丸くする。横ではグスタフが『数え間違いではないのか』や『あの嵐で墜落1割などありえん』と騒いでいるが、彼女も同じような認識であった。

 飛空船(レビテートシップ)が流されるほどの強力な嵐。現に今も浮かんでいる飛空船(レビテートシップ)には多かれ少なかれ竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ)がくっついているので、フリーグデントの認識はもっともである。

 

「いえ、2割です。ある騎士が活躍してくれました」

 

「誰だ? イグナーツか、それともユストゥスか?」

 

 だが、兵は決して間違った報告をしていないと主張する。彼の目を見たグスタフは信用し、その『ある騎士』の名前を問う。おそらくだが、天空騎士団(ルフトリッターオルデン)右近衛(リヒティゲライエンフォルゲ)左近衛(リンクスライエンフォルゲ)という2枚看板の内のどちらかだろうと想像していたのだが、兵は首を左右に振って否定を示した。

 

「いえ、イグナーツ様もユストゥス様も御自身の船にかかりきりだったようで出撃しておられません」

 

「すると誰だ? フレメヴィーラ王国の騎士か?」

 

「先ほど報告に来た騎士曰く、クシェペルカ王国の騎士だそうです」

 

 想定外の報告に再び目を丸く──どころか、宇宙の真理を理解した猫のような表情を浮かべるフリーグデント。黄金の鬣(ゴールドメイン)号の実質的支配者はエムリスというフレメヴィーラ王国の王子である。友邦国であるとはいえ、王子を救出する騎士を派遣するだろうか。しかも、成り行きとはいえ他国を救助するだろうか。

 

「名は何と言うんだ?」

 

「アルフォンス・エチェバルリアだそうで」

 

「エチェバルリア……」

 

「アルフォンス何某の機体。姿形が変わらなかったか?」

 

「報告では奇怪な姿に変わったと言ってましたが」

 

 飛竜戦艦(リンドヴルム)から飛び出す前にエルが追従してきた機体を『アル』と呼んでいたことを思い出したグスタフは、その機体がクシェペルカ王国の騎士が乗っている機体だと推測する。その推測はまさしくドンピシャなのだが、形態を変化させるあまりにも馬鹿げた性能や特に難しい高度変更を難なくやってのける技量を前に彼は『クシェペルカ王国が西方を統べるかもしれん』と若干臆病風に吹かれたのは秘密である。

 

 そんな時、艦橋の扉が開くと筋骨隆々な男が多少の供周りを付けて入ってきた。

 

「フリーグデント。今、アルフォンスと言っていなかったか?」

 

「言ったが、知り合いか?」

 

「うちの騎士だ。なんでクシェペルカ王国を名乗って……あぁ、ようやくか」

 

 筋骨隆々な男──エムリスは顎に手をやりながら悩んでは一人で結論付けるが、フリーグデントにとってはどうでも良いことである。

 だが、パーヴェルツィーク王国単体ではこれから先の戦力や再編成のための足掛かりが到底足りないため、彼女はこの状況を利用しようと画策する。

 

「エムリス、フレメヴィーラの船にうちの船の乗員やドラッヒェンカバレリを一時的にのせてくれ」

 

「良いぞ。だが……」

 

「分かっている。しかし、兵の命には代えられん」

 

 他国の船に兵や機密情報がたっぷりな機体を受け入れさせる。それは他国に技術力や練度を見られるのと同意である。国にとって圧倒的に不利益を被ることだが、フリーグデントは躊躇わずにエムリスの質問に『YES』を突きつける。

 

 全体の1割という数字マジック的に言えば少数だが、彼女にとってはそのまま逃げ帰るには大きすぎる代償を被った。ならば、少しでも代償に見合う成果を持ち帰るのみだ。その為に多少の技術開示ぐらいは致し方のないだろうと、彼女は兵やグスタフに指示を送った。

 

「1割の将兵には申し訳ないが、今は一刻も惜しいために正式な葬儀は後にする。航行不能な船は曳航、それも難しければフレメヴィーラ王国の船に乗員を乗せてから自沈処置を行うように」

 

「御意」

 

 飛竜戦艦(リンドヴルム)の艦橋が活気を取り戻す。こうしてパーヴェルツィーク王国が自軍を再編しようと色々準備に入っている中、フレメヴィーラ王国のイズモ船団付近では──。

 

「ヒィーハハハハ! どうかねぇ、エルネスティくぅん? これで君も立派な敗残者じゃないか、今の感想を言ってもらっても良いかい?」

 

「ねぇ、どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ち?」

 

「いや、君もあっち側だろう。なに平然とこっちに居るんだい」

 

「兄を煽るのは弟の役目でしょ」

 

「本当に君って訳が分からないな!」

 

 マガツイカルガニシキの前でエル達の様子を見てやろうと魔王を使って先行して来たらしいオベロンが馬鹿笑いをし、その横ではアルが兄を煽りながらガルラの魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を左右に一瞬吹かすことで軽快な左右移動を行っていた。途中、魔王の目線がガルラを捉えたかと思えばオベロンからの冷静なツッコミが入るのだが、アルは訳の分からない反論を返しつつも目の前のマガツイカルガニシキを煽るのを止めない。

 そのような珍妙な返しと屈伸運動も織り交ぜた謎行動にすっかり気分が盛り下がったオベロンは、『事態が深刻そうだから失礼する』と律儀に別れの言葉を紡いでどこかへと行ってしまった。

 

「なんだったんでしょうね」

 

「知らなーい。それよりも早くイズモに帰ろ」

 

「そうですね。兄をおちょくり回した不届き物の仕置きもありますし」

 

「まぁ、お兄様。弟がじゃれついているのを本気で諌めるのは大人げないのではなくって?」

 

 未だにおふざけモードで話してくるアルに、とうとう我慢の限界が来たのだろう。おもむろに執月之手(ラーフフィスト)を1本伸ばしてガルラが背負っている追加装備(オプションワークス)を掴む。

 その衝撃でアルもエルが何かをしてきたのだろうとガルラの首を巡らせるが、可動域から執月之手(ラーフフィスト)を見つけることが出来なかった。

 

「アル。先ほどの魔獣ですが、かなり特徴的な行動をしてきましてね」

 

「あ、はい。ならば早くイズモに戻らないと」

 

「いえ、この場で共有します」

 

 そう言った途端、ガルラは両腕を振り回し始めた。当然ながらアルは何の操作もしておらず、操縦桿や鐙を操作しても未だに腕は動き続けている。

 その間もエルの魔獣講座は続いており、なんでも先ほどの青白い触手は魔獣。それも他者に寄生して乗っ取る特性を持った個体らしい。実際に乗っ取られた混成獣(キュマイラ)の他、どうやら飛竜戦艦(リンドヴルム)も乗っ取られかけたようでこの分だと幻晶騎士(シルエットナイト)も対象外と判断するのは難しいとのことだ。

 

 そこまでの説明でようやくアルは魔導演算機(マギウスエンジン)へアクセスする。すると、内部の値が全く別の物に書き換わっていた。値が変わったことで挙動不審が起こったのだと分かった彼が書き換えられた内容をすべて正常化させようとするが──。

 

「書き換わらない!?」

 

「そうです。乗っ取られてもマギウスエンジンを順番形式、つまり最初にマギウスエンジンにアクセスした1人以外の書き込みをシャットアウトしてあげれば良いんです。後で解除用のスクリプトと一緒にを教えてあげましょう」

 

 言うならば某エクセルで他の人間が編集している時は読み取りになる処理というべきだろうか。それならば他人が割り込んできても魔導演算機(マギウスエンジン)を確保出来ていれば時間稼ぎになる。確かに有用な手段だ。

 

 しかし──。

 

「あの、そろそろ権限を放してくれません? 修正できないんですが」

 

「え、嫌ですよ。僕は大人げないので帰るまでは遊ばせてもらいますよ。さぁ、次は飛行形態の上に乗ってサブフライトごっこですよ」

 

「あ、その遊びだったら大歓迎です」

 

 ひたすら解放せずにまるでブンドドする子供のようにガルラとの様々な連携行動を試していくエル。本来ならば好き勝手に機体を動かされるのは怒られても仕方のないことなのだが、アルもアルで兄と同じぐらいのロボット愛が溢れている人物ゆえに『やっぱりサブフライトは最高やでぇ』と結構エンジョイしながらリラックス体勢で眼前を見つめていた。

 

 そんな2機がイズモの後部甲板から中へ入って行く頃、飛竜戦艦(リンドヴルム)はというと──。

 

「んなにぃ! 空を飛んだ状態でシルエットナイトを乗せるだぁ!? おのれぇ、空は俺の聖域だってのに……」

 

「グスタフ、雇っている奴がかなり気持ち悪いのだが。この場合はどうすれば良い?」

 

「最悪、拘束して営倉送りにすれば良いのでは?」

 

 遊びながらイズモに帰っていく2機にオラシオは単眼鏡を向け、口から不気味な笑い声や叫び声を発している。そんな彼の気持ち悪さにフリーグデントとグスタフがいよいよ新技術を伝えた技術者にとるのを憚られる処置を検討し出していた。

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