銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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155話

 天候操作級魔法(ハザード・スペル)颱風招来(コーリング・タイフーン)によってイズモ船団はすっかりズタボロな有様となった。この状態では両陣営共にまともに戦うどころではないという状況から一旦全員で魔法の範囲外にある浮島へと退避した一行は、そのまま口約束で行っていた同盟を正式な書面として残すことで締結。浮島の資源や各輸送型飛空船(カーゴシップ)の資源から仮設の修理工房を作って戦力の回復に勤しんでいた。

 

 飛空船(レビテートシップ)や機体が修理されている中、銀鳳大騎士団はというとそれぞれの担当者から報告を聞く報告会を実施。小王(オベロン)が味方に付いたことや本国、クシェペルカ王国の意向を次々と報告しては全員に共有されるが、約一部の者達の顔面が死人のようになっていたのは言うまでもない。

 

 続けて先の魔法やそれを操る謎の魔獣に対する報告や説明がやり取りされ、最終的にはあの魔獣を『眠らせよう』という大目標が早々に設定される。

 ならば、この場に留まって戦力を遊ばせるのはもったいないとエルが握り拳を作っていつもの暴走が始まる。そんな勢いのままエルは騎士団長の権限をフルに用い、颱風招来(コーリング・タイフーン)で多少被害を受けたイズモ船団の中から比較的軽微な強襲揚陸船(ランディングシップ)とイズモを伴って戦力比較へと出かけて行った。

 

***

 

「それでは行ってくる。1番! 紅隼騎士団団長ディートリヒ・クーニッツ! 推して参る!」

 

「ダンチョー!」

 

「おぉ! あれこそが新たなるグゥエラリンデ! 知っておりますか、あの機体が作られた時期は……」

 

「ゴンゾース、もう良いよ」

 

 野太い声援や安定の銀鳳騎士団オタクを発揮する大男を余所に、イズモから勢いよく射出された紅い幻晶騎士(シルエットナイト)が真っ青な空を切り裂いていく。言わずと知れた紅隼騎士団団長であるディートリヒのグゥエラリンデだ。

 背部に背負ったエクスワイヤ・ファルコンの魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)からの轟音を引き連れつつ彼が向かうのは光の柱。先だってエルとアルが確認した魔獣の根城である。

 

「あの光の柱がまるごとねぇ。だが、魔獣だっていうのならば私の剣が届くはずだ!」

 

 敵として定めたのが『魔獣』であるが、定めた大目標が『撃滅』ではなくて『眠らせる』という消極的姿勢に若干の不満を漏らしていたディートリヒはグゥエラリンデの双剣を構えながら意気揚々と光の柱に近づいていく。だが、そんな彼を感知したのだろう光の柱は『また変なのが来た』と言わんばかりに先の方を僅かに解いていった。

 魔獣の動きに呼応して快晴だった空が瞬く間に暗雲が立ち込め始め、次第に微風から強風へと移り変わる。激しい雷雨はまだ発生していないが、あの惨状を生み出した颱風招来(コーリング・タイフーン)の前兆を前にディートリヒはアルが悪だくみをする特有の嫌な気配を感じ……。

 

「うおわぁぁ!」

 

 強風に晒されたことで急激にバランスを崩したグゥエラリンデはその場で抵抗することも出来ず、錐もみしながらイズモの方向に吹き飛んでしまった。

 後に回収された彼は『この私を退けるなんて、手強い魔獣ではないか』とキザったらしく笑うのだが、墜落する恐怖は結構あったらしい。生まれたての仔馬のごとく膝が笑っていたのだが、状況が状況だけに流石の紅隼騎士団も空気を読んだ。

 

 そんなディートリヒの様子をアルディラットカンバーの眼球水晶が捉え続け、しまいには『俺もあれをいうのか?』と近場で作業をしていたアルに問いかけた。

 

「んー、なんだか名乗ったらまずそうな……上空からなにか降ってきそうな。いや、でも出撃前には名乗らなければ無作法ですし……」

 

「どっちだ」

 

 謎の葛藤を見せるが、結局名乗りを上げることに決まる。既に上部甲板で降下甲冑(ディセンドラート)を着込んで待機していたヘルヴィに見送られつつ、エドガーは若干やる気を欠いた名乗りを上げながら出撃していった。

 いかにもやる気のない名乗りであったが機体性能は損なうことは一切なく、エクスワイヤ・イーグレットは甲高い音を立てながらアルディラットカンバーが突き進んでいった航路をなぞるように進んでいく。

 

「そろそろか」

 

 エドガーは幻像投影機(ホロモニター)で周囲の地形を確認し、グゥエラリンデが吹き飛ばされた地点が迫っていると判断。前方の巨大すぎる魔獣の動きを見ながらいつでも撤退出来るよう全身を脱力させる。

 

 すると──。

 

「来たか!」

 

 グゥエラリンデの時と同じ颱風招来(コーリング・タイフーン)の前兆。アルディラットカンバーはすかさず可動式追加装甲(フレキシブルコート)を前に出して防御態勢をとりながら徐々にイズモへと下がり始めた。

 ただ、その防御態勢が仇となる。風などで飛ばされた樹木から機体を守ることを想定して構えていた可動式追加装甲(フレキシブルコート)だったが、風をまともに受ける帆の役割を担ってしまったらしい。

 強風に煽られる形でイズモを一旦通り過ぎてしまったアルディラットカンバーだったが、なんとかイズモへと帰還を果たす。

 

 帰ってきたエドガーの口からは『盾は余計だったか』と守備に重きを置いた白鷺騎士団の団長らしくない言葉が漏れるが、吹き飛ばされる様子を見ていた団員達は個人個人で長考した後に自身の機体の可動式追加装甲(フレキシブルコート)を外すよう騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に頼んだとか、いないとか。

 

「では次は吾輩ですな! 3番手、務めさせてもらいます!」

 

「ツェンドリンブルでどう向かうっていうんだい! 大人しくしておきたまえ!」

 

「む、無念!」

 

 自分も伝説に加わりたかったのだろう。ゴンゾースが俄かに騒ぎ出し、彼の反応に呆れながら止める一方で──。

 

「自殺志願者を部隊に加えたつもりはないんですがね」

 

 極寒のように冷たい気配と声がその場に居た全員を震え上がらせた。その声の主はイズモに積んでいたとある魔獣の皮を灰色や土気色で塗装している手を一旦止め、ゴンゾースに向かって歩き出す。そのまま、冷や汗を垂らしながら直立不動している彼を見上げた声の主は同じく冷や汗を垂らすディートリヒに語り掛けた。

 

「クーニッツ騎士団長、あなたの騎士団は人馬騎士を空中で戦えるよう改造してるのですか?」

 

「いいえ、しておりません!」

 

「では、答えてください。ゴンゾース・ウスティオ。なぜ、ここで名乗りを上げたのですか? 君はトゥエディアーネではなく、ツェンドリンブルを選んだ。空中には不向きどころか落っこちる機体なのは理解しているはず。なぜですか?」

 

「そ、それは……」

 

 訥々と事実を突きつけるアルに対し、ゴンゾースはひたすらしどろもどろで答えるのみであった。ただ、怒っている当の本人もこんな一歩間違えればなんらかのハラスメントに抵触しそうな怒り方は極力したくなかったりする。

 

 それなのになぜこんなにキレ散らかしているのか。

 簡単だ、自身の乗っている機体特性や技量を全く把握せずに後先考えずに強行しようとし、自分だけではなく周囲も被害にあうようなことを仕出かそうとしていたからである。仮にゴンゾースが希望した幻晶騎士(シルエットナイト)がトゥエディアーネだったら、アルも『良い経験ですからどうぞどうぞ』と快諾していた。

 ただ、彼は一歩誤ったら海に真っ逆さまな機体に乗っている。いくらやる気があろうと、そんな自殺志願者のような考えを新人の段階から持つのは紅隼騎士団にとって悪影響でしかないゆえの怒りなのが一点。

 

 次に騎士団とは軍隊であり、1つのチームだ。どこかの例外のように隔絶した実力を持つ個が居れば、それに引っ張られるような形で成長することも大いにあり得る。──が、実力を伴わないものが引っ張ろうとすれば即座に瓦解してしまう。

 後に小隊や中隊も任されるだろう彼の『銀鳳騎士団の活躍に目が焼かれている状態』を早々に解除し、ちゃんとした名誉や銀鳳騎士団というネームバリューに囚われない真っ当な騎士の道を進んでもらうためが一点。

 

 最後に『次は僕とイズモの番だし、出撃する申請も出さずに割り込むな』という超個人的な怒りが一点と、計2つの業務上見逃せないことと、1つの『個人的に見逃せないこと』のためにアルはゴンゾースを叱りつけたのである。

 

「申し訳ありません。出過ぎた真似でした」

 

「分かっていただけてなにより。新人の方の中には彼のように浮遊大陸では力を示せない方も居ると思いますが、その分だけ次の機体の選定の指標にしてください。逆に出番のある新人の方も常に自分の機体を見てあげてください。トゥエディアーネはどんな出番があるか、対してどんな時に力不足を感じるか。カルディトーレも同様です。次に君達が手にする力をどう欲するのか、これも騎士として重要なことですよ」

 

『はい!』

 

 船倉に響き渡る返事を聞いたアルは先ほどの作業に戻る。そんな彼の横に座って余っていた筆で色を塗りつつ、ディートリヒはちょっとだけ自信なさげに呟いた。

 

「参ったね、教官殿が締めちゃったよ。やっぱり、私には向いてないのかね」

 

「ディーさんは前線指揮官向きですからね。でも、変わらなきゃいけないんです。それに、僕だって最初はうまくいきませんでしたよ」

 

 アルの言葉に銀鳳騎士団創設初期のことを思い返したディートリヒは『違いない』と笑う。あの頃は何もかも忙しかったが、振り返ってみれば学んだ事は沢山あったと実感できる良い期間だった。だからこそ銀鳳騎士団はここまで羽ばたくことが出来たのかもしれない。

 ならば、ディートリヒが擁する紅隼騎士団も今はそんな時なのだ。多少の成長痛は大目に見てもらわなければ困る。そう考えたアルはディートリヒに『頑張ってください、クーニッツ騎士団長』と激励を送りながら件の魔獣の皮を平げた。

 

「さっきから気になっていたんだけど、それって何だい?」

 

「あぁ、この中にガルラを隠してごまかせないかなと」

 

 茶色や灰色、さらには浮遊大陸から採集した本物の土や石といった物をくっつけた大きな魔獣の皮。一見するとただ汚しただけの巨大なゴミに思われるが、アルは論より証拠と騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に頼んで巨大な皮でガルラを包み込んでから軽く縫い合わせる。

 それを見た時、何時だったかアルがこのように魔獣の皮を膨らませて目くらましに使っていたことを思い出したディートリヒは『このままでは膨らまないだろう』とアルに言うが、彼は『このままで良い』と答えながら伝声管で作業の進捗を報告しだした。

 

「それは?」

 

「大気操作のスクリプトですね。遠目から見て隠ぺいになれば良いので」

 

 銀板にいくつか魔法術式(スクリプト)を刻み、ガルラの胸部装甲に軽く溶接したアルは操縦席に潜り込んでから機体の魔力転換炉(エーテルリアクタ)を動かす。魔力が機体に浸透していく過程で胸部装甲に溶接した銀板にも魔力が通り、ガルラの周囲で風が舞う。

 その風が軽く縫い合わせた魔獣の皮の内に籠ることで、遠目から見ればまるで浮島の破片のような擬態が完成した。

 

「そんな物で誤魔化せるかい?」

 

「無理なら帰るまでです。その為のイズモですから」

 

 作戦としてはこうだ。

 偽装したガルラを先行させ、そこから伝声管の声が届く距離をイズモに追随させる。誤魔化せればそれに越したことはなく、偽装が見破られても即座に魔獣の皮を取っ払ってイズモに逃げ帰ることが出来る。

 しかし、十中八九は見破られるだろうという推測で立案された『お遊び』ゆえにアルは気楽に出撃準備に入った。

 

「上部甲板より艦橋へ、ガルラが上がってきました」

 

「分かりました。手筈通り、ガルラにはそのまま飛び立ってもらってください。バトソン、ガルラのちょっと後ろを微速前進で」

 

 艦橋に居るエルからの言葉に騎操鍛冶師(ナイトスミス)は了解を伝え、イズモの上部甲板に立ったガルラに手信号で『作戦開始』を送ると、ガルラの首がわずかに動いて即座に飛行形態に変形。魔獣の皮が燃えないように姿勢変更用に搭載された小型の魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)を何度も吹かすことでゆっくり滑るようにイズモから離れていった。

 

 本来ならば射出機構の勢いで距離を詰めたいが、今回はイズモとの距離が肝だ。なので、1機と1隻はこうしてゆっくりと確実に距離を詰めていく。

 そんなゆっくりとした検証ゆえなのか、艦橋内やガルラの操縦席では欠伸が絶えないというなんとも緩い空気が流れる。──が、彼らは様々な見落としをしていた。

 

 そんな一つ目の見落としが彼らに牙をむく。

 

「おい! もう魔法現象が見え始めてるぞ!」

 

「回頭! 回頭ぉ! エル、アルに撤退指示を出して!」

 

「分かりました! アル、アル! 戻ってください!」

 

 既に暗雲が正面に立ち込め始めている。無論、ディートリヒやエドガーを飛ばした時よりも素早い対応に全員が慌てながら撤退準備に入るが、前方をぷかぷか浮かんでいるガルラからは何のアクションも帰って来なかった。

 不安になったエルが何度も伝声管から声を発し、ダーヴィドが直々に魔導光通信機(マギスグラフ)で帰ってくるように符丁を送るがそれでも帰ってくる兆しもないことに『気絶でもしたか?』という不安が艦橋内に立ち込める。

 

 その時、バトソンと見張り台で周囲を見張っていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)がとあることを見落としていたことに気づく。

 

「ガルラって魔獣の皮で覆ってるよね? 合図分かるのかな」

 

『あ……』

 

「こちら見張り台! 騎士団長、何か言いましたか? 風が強くてまともに聞き取れないです!」

 

『あ"……』

 

 ──そう。現在外は颱風招来(コーリング・タイフーン)のバリバリ範囲内である。常に吹き付ける強風の音に伝声管から発せられたエルの声が負けてしまって通信が届いていなかったのだ。さらに、現在ガルラは魔獣の皮を全身に覆っているせいで十分な視野が取れていない。ゆえに先ほどからダーヴィドが必死こいて送信していた符丁も全然見れていなかった。

 

(結構揺れるな。そろそろ風も吹いてくるだろうし、撤退するか)

 

 実際アルもこの段階で撤退しようか決めあぐねている様子であったが、今は颱風招来(コーリング・タイフーン)発動真っただ中。嵐も徐々に酷くなっている。

 

「バトソン、一気に加速! アルを無理やり回収して撤退しますよ!」

 

「分かってる! 皆、どこかに掴まってて!」

 

 重くなり始めた舵を握りながら前方を見据えるバトソンに後を託したエルがイカルガに乗るべく船倉へと向かう。しかし、どうやら何歩か遅かったらしい。

 次の瞬間。飛翼母船(ウィングキャリアー)であるイズモがかなり揺れるレベルの大きな突風が、未だ魔獣の皮を纏っていたガルラにも襲い掛かった。強力な横っ風が偽装のために半ば袋のような形で縫い合わされた皮の丁度開口部に流れ込むことで萎んでいた袋が一気に膨らむ。

 そして誰かが『あっ』と言った瞬間、艦橋に詰めていた全員の視界からガルラは消えた。

 

「もう、アルにパラシュートみたいな袋状の物をくっつけるのは止めた方が良いかもしれません」

 

「ンなこと言ってる場合か! 見張り台、ちゃんとどこに飛んでったか報告纏めとけ! バト坊は今すぐここから脱出するぞ!」

 

 非常事態に次ぐ非常事態。放心気味に何かを悟ったエルを他所にダーヴィドの脳内ではクシェペルカ王国のやんごとなき御歴々が『なんでアルを……』と自分達に詰め寄ってくる風景が浮かんでおり、それを防ぐために伝声管にかじりつきながらバトソンに指示を出した。

 

***

 

 まぁ、そんな空前絶後の大騒ぎが起こっているイズモに対して大騒ぎの原因はと言えば──。

 

 些か上向きの風だったゆえにそのまま錐もみしながら上層気流に巻き込まれて幾星霜。吐き気との戦いの真っ最中であったアルも『このままではヤバイ』と、なんとか操縦に集中することでガルラの魔導兵装(シルエットアームズ)で魔獣の皮で作られた袋を焼き切ることで難を逃れる……のだが。

 

「どこ、ここ」

 

 上下左右、どこを見てもイズモの影すら見つけることが出来い。完璧な迷子である。

 帰り方の検討もつかないまま放心していたが、急激に吐き気が襲われたアルはガルラを幻晶騎士(シルエットナイト)形態にした後に胸部装甲の上で四つん這いになる。そのまま遥か下を泳いでいるであろう魚に餌を与えた彼は肉眼で周囲を探り出すが、周囲は厚い雲に覆われていることに加えて眼球水晶よりも程度の低い生身では幻像投影機(ホロモニター)に映る物よりも程度が低い映像しか見ることが敵わなかった。

 

「まぁ、なるようにはなるか」

 

 未だ混乱する頭から悩みの種を一旦追い出すことで鎮静化させたアルはガルラの胸部装甲を撫でる。これがトゥエディアーネと一般機であったならすかさず地面に下ろしてサバイバル生活を余儀なくされていたが、このガルラならば移動しながらの捜索が可能である。

 イカルガには及ばないが、一般的な幻晶騎士(シルエットナイト)よりも高性能な魔力転換炉(エーテルリアクタ)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)。それらを墜落しないように調整して飛ぶことによって源素晶石(エーテライト)の消耗も抑えながら進むことが出来る。最悪、孤独なる十一(イレブンフラッグス)所属の輸送船から『永遠に貸してもらう』のも悪くない手である。

 

 それにローカからの知識で食べることが出来る獣も把握してるので、むしろ一人旅を味わう良い機会かもしれない。

 

「そうと決まれば……」

 

 すっかり『旅気分』となったアルはガルラを飛行形態にすると、近場の浮島へと着陸する。そのまま機外に出た彼は落ちていた石を拾い、そのまま機体を軽く一周しながらクシェペルカ王国やフレメヴィーラ王国の所属であることを示す紋章の塗装を石で削り取った。

 

 こうすることで孤独なる十一(イレブンフラッグス)やその他から『所属不明機』となるが、同時に物取りをしてもちょっとは時間稼ぎが出来るはずだ。後は機体のデザインを変えてしまえば『コンセプトは同じでも別機体デース』ととぼけることも出来る。

 

「巻き添えの方々には哀悼の意を示……さなくても良いですね。イレブンフラッグスですし」

 

 ハルピュイア売買や剥製疑惑が濃厚な国に対して辛辣な言葉を吐いたアルは、改めて空の旅を始める。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の調べを耳に、当てもなく進んでいると上空にかかっていた雲が徐々に晴れていった。

 

「あぁ、あっちか」

 

 やがて雲が全て晴れた空を偵察装備であるクレヤボヤンスで見渡せば、遠くの方に光の柱が見える。少々不安だった1人旅が急にゴールの方向が見えるイージーモードな1人旅に変化するという肩透かしを食らうが、それも幸先の良い話だとばかりにアルは鐙を強く踏み込んだ。シートに深く沈み込む感覚を覚えながら周辺の風景を楽しんでいると、幻像投影機(ホロモニター)に少々遠いところに複数の船影らしきものが映った。

 

「ふむ、交流も旅の醍醐味ですね」

 

 すっかり旅気分のアルはバレないよう高度を取りながら慎重に船影へと近づいていくと、飛空船(レビテートシップ)が総勢3隻。補給中なのか帆も畳み、船同士を連結している様子であった。

 未だバレていないことを良いことにクレヤボヤンスで船の紋章を確認すると、2隻は毎度おなじみ孤独なる十一(イレブンフラッグス)。そして残る1隻は──あろうことかジャロウデク王国という異様な組み合わせにアルは『同盟か?』と首を傾げる。

 

 しかし、どちらも因縁浅からぬ国である。友好的な話し合いは出来ないだろうと踵を返すという判断も視野に入れたアルだったが、クレヤボヤンスが孤独なる十一(イレブンフラッグス)の船に括り付けられたハルピュイアを捉えた。

 

「またか」

 

 未だフレメヴィーラ王国が介入をしてきたという噂が立っていないので仕方のないことだが、倫理的に考えても見ていてあまり気持ちの良い光景ではない。今のガルラは船よりもはるか上空から船を見下ろしているため、未だ気付かれていない。ならば、やることは一つである。

 

「まずはシルエットナイト」

 

 襲撃の前段階としてクレヤボヤンスによる情報収集を徹底する。孤独なる十一(イレブンフラッグス)輸送型飛空船(カーゴシップ)にはドニカナックが合計2機。ジャロウデク王国の方にはティラントーよりも頼りない機体が1機と剣を色々くっつけているどこか既視感のある機体の合計2機を補足したアルは、魔導兵装(シルエットアームズ)の挙動を確認してから一直線に降下を始めた。

 狙いは孤独なる十一(イレブンフラッグス)幻晶騎士(シルエットナイト)であるドニカナック。幻晶騎士(シルエットナイト)戦力が居なくなれば有利だと考えたためである。

 

「所属不明機、直上!」

 

 一方その頃。孤独なる十一(イレブンフラッグス)輸送型飛空船(カーゴシップ)は新たな機影に慌てふためいていた。ジャロウデク王国所属の狂剣に見つかった挙句に輸送中の源素晶石(エーテライト)を奪われてしまったことに加え、謎の勢力の横槍である。泣きっ面に蜂とはこのことだろう。

 

「ドニカナックに対s「ドニカナック行動不能!」」

 

 言葉を言い切る前にいかにも高出力の法弾がドニカナックの頭部に突き刺さり、機体は膝をついて動かない。あっという間に丸腰になった輸送型飛空船(カーゴシップ)の隙間を縫うように落ちていく不明機に頭の理解が追い付かない輸送型飛空船(カーゴシップ)の船長は目を回しながら口をもごつかせていると、ジャロウデク王国の幻晶騎士(シルエットナイト)が上部甲板へ飛び移ってきた。

 

「お仲間は生きてっから安心しな。とりあえず、あの変なのはおめぇらの仲間じゃねぇんだな?」

 

「あぁ、我々にはあんな機体は無い!」

 

「じゃぁ……味見といくかぁ!」

 

 胸部にくっついた短剣を握りしめた幻晶騎士(シルエットナイト)。周囲に首を巡らせながら相手の出方を伺うと、再び甲高い音と共に浮き上がってきた『変なの』に向けて挨拶代わりの短剣を投げ渡す。切っ先は件の変なのを捉えるが、一瞬のうちに幻晶騎士(シルエットナイト)に変貌しながら短剣を器用にキャッチする姿に狂剣──グスターボは叫んだ。

 

「なんだァ、あいつ。シルエットナイトになったぞ! ……待てよ?」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)が炎を吹き出しつつ、ふわふわと浮いた状態でこちらを見据える異様な場。だが、グスターボは直近で似たような機体やそれを駆る騎操士(ナイトランナー)に覚えがあった。

 

 エルネスティ・エチェバルリア。妙な装備でグスターボとブロークンソードを前に停戦による引き分けに持ち込んだ相手である。乗っている機体は異なるが、仮にも茶を共に呑んだ間柄を昨日の今日で切り刻むのは風情に欠けるとグスターボは装備していた剣を全て鞘に納めるとブロークンソードの手で降りてくるように手招きをする。

 

「その妙ちくりんな機体はエルネスティかぁ?」

 

「エルネスティは兄ですが、お知り合いでしょうか?」

 

「ゲェッ、あいつの弟かよ。兄弟そろって妙な機体に乗りやがってよぉ……。ん? ちょっと、待ちなぁ」

 

 短剣を受け取りながらも弟というアルの発言に、グスターボは兄弟そろっての奇妙な機体センスに血の繋がりを直感で理解する。だが、同時に伝声管から発せられたアルの声に自身の記憶が揺れ動くのを感じた。

 

「なぁ、どこかで出会ったことねェか?」

 

「ナンパですか?」

 

「ちっげぇよ! 良いからツラァ貸せ! おい、あの船らをいつものように見張っとけ!」

 

 そもそも声のみで顔すら確認できていないのにナンパなぞ特殊過ぎる。一頻り叫んだグスターボは近くの機体や孤独なる十一(イレブンフラッグス)輸送型飛空船(カーゴシップ)に取り付いていた兵に指示を送ると、アルの方に手招きをしながら昇降機で船倉へと戻っていく。

 

 そんなお誘いを前に、アルの脳内センサーは警報が鳴りっぱなしであった。いくら戦争状態ではないにしても相手は戦争していた相手。そして、周囲に味方も居ない1人旅の真っ最中である。このままどこかへ行くのも十分許されるとは思うが、ハルピュイアを残してこの場を去るのも後味が悪い。

 せめてハルピュイアの解放ぐらいは見届けたい。そんな思いからアルはジャロウデク王国所属の飛空船(レビテートシップ)に入り込んだ。

 

「お、てっきり来てくれないと思ってたぜ」

 

「兄さんのお知り合いってことで参上しました。もし、残念な結果に終わるならばこの船を破壊しますが」

 

「まぁ、落ち着きな。俺っちもブロークンソードから降りてっからよぉ、……おぃパヴァン、茶ぁ!」

 

「はっ、ただいま!」

 

 両手をひらひらさせながら無防備をアピールしながら茶の催促をするグスターボ。銀鳳騎士団とよく似たアットホームな空気に当てられたのか、アルもガルラから降りて降下甲冑(ディセンドラート)の兜を脱いだ。兜を脱いだ拍子に紫銀の長髪が垂れる姿にグスターボは首を傾げながらアルを品定めするようにジロジロ見やる。

 そのあまりにも不躾な視線にアルはつい、『何ですか?』と強い口調で言ってしまうがグスターボも不躾だと思ったのか『すまねぇ』と謝罪しながら自身の内にあった疑問を投げかけた。

 

「おめぇ、ミシリエの魔女だろ」

 

「随分懐かしい名前ですね。あの戦場にいましたか?」

 

「こいつがな」

 

 そう言って茶が入ったポットやカップ、そしてなぜか靴墨を盆に載せて持ってきた男を親指で指差す。

 彼の名はパヴァン。かの大戦にてミシリエを踏みつぶそうと派遣された元黒顎騎士団の隊長格で、同時にアルの策略に見事嵌って大敗した当人である。

 なお、エルをここに招待した折に容姿の酷似からか脂汗を流しながら錯乱し、グスターボの一撃によって無理やり大人しくされたという苦い経験を持っていたりする。

 

 そんなこともあってか、本物を見たために盆を僅かに揺らしているパヴァンの姿にグスターボが『大丈夫かよ』とため息をつきつつも盆の上の靴墨をヒョイと手に取った。

 

「俺っちが気になったのはその"声"だ。おめぇ、フォンタニエにクリストバル殿下やこいつみたいな捕虜を連れて来た"アルフォンス"だな?」

 

 決めつけるかのような言葉と共に靴墨がアルの手に放り投げられる。傍には桶一杯の水が用意されていることから『確認したい』のだろう。その意図を汲み取った彼は返事代わりに靴墨を手に取ると、桶の水を掬って伸ばしながら髪を黒色に染色し出す。

 

「やっぱおめぇか」

 

「はい、フォンタニエへクリストバル殿下をお連れしました。殿下は今、どこに?」

 

「安心しな、本国の王族が眠る墓所でお眠り遊ばれているっぜ。ただ、他のとこでもあの法撃主体の戦い方は見たような気がすンだよなぁ。どこだったか……」

 

 ようやく謎の騎操士(ナイトランナー)の正体が拝めたことで喉のつっかえが取れたと安堵するグスターボだが、まだ疑惑があるらしい。ただ、アルはこれからハルピュイアのあれこれをしなければいけないために時間が惜しいために話を遮った。

 

「それなら良かったです。ところであの船とはお仲間で?」

 

「いいや? 大層大事な商品積み込んでるっぽかったから頂いっちまおうとな」

 

 どうやら孤独なる十一(イレブンフラッグス)で話題になっている賊とは彼らのことで間違いなさそうだ。今回も源素晶石(エーテライト)を狙って略奪行為を行ったは良いが、『余計な商品』はどうするべきかという問題で決めあぐねていたところをアルが通りがかったらしい。

 ハルピュイアのことを余計な商品というぐらいなので、グスターボ達も別にそういった人身売買には興味がないのだろう。ならば、アルにはハルピュイアの身柄をグスターボには源素晶石(エーテライト)をという条件で同意してもらえないかとアルは考える。

 

「あのハルピュイア……向こうに捕まっている方々を頂けませんか?」

 

「良いぜ。おめぇンとこの兄貴には楽しませてもらったし、恩もあるからな」

 

「恩?」

 

 ジャロウデク王国に恩なんて着せた覚えがないし、グスターボ自体も生身で相対するのは初見だ。何のことかと尋ねると、彼は『親父の謹慎を解いてくれたから』と答える。曰く、エレオノーラ達を逃がしたことで謹慎を言い渡されていたところにアルが舞い込んできたことで彼の義父であるドロテオの謹慎が解かれ、そのままヴィーヴィルの艦長に就任したらしい。

 

「ヴィーヴィル……ですか。ちなみにお義父様は?」

 

「逝っちまったよ。だが、クシェペルカの"鉄華の騎士"っつー変な騎士が色々返してくれてな。……それもおめぇだろ?」

 

 アルの記憶にないアルが仕出かした情報だが、ここで色々言うのもまずいだろうと一応肯定しておくことにした。そんな彼を前にグスターボは自虐気に『親父の言った通り、垢でももらった方が良いのかね』と茶を流し込んでから一息。

 まるで話が終わったかのような錯覚さえ覚える雰囲気に釣られ、アルが席を立つと──。

 

「ちょい待ちなぁ」

 

「なんです?」

 

「俺っちは確かにハルピュイア? ってやつをおめぇにくれてやるっつったがよ。足はどうすんだ?」

 

「あっ」

 

 そこまで言われてアルは気づく。ハルピュイアを移動させる術がないのである。

 鷲頭獣(グリフォン)が居ればそれで良いのだが、あの様子からして相棒が居るとは口が裂けても言い難い状況だ。そう言ってガルラの両手に載せるのもスペース的に心もとないし、近場の浮遊島で救助を要請するのもナンセンスともいえる。

 

「ちょうどイレブンフラッグスの野郎共の船が2隻。1隻を船員付きで貸してやっても良いが……」

 

「あ、自分で操縦できるので大丈夫です」

 

「お、おう。そうかい」

 

 魔導演算機(マギウスエンジン)を掌握してしまえばこっちの物なので、船員付きでレンタルすることを拒否したアルを前にグスターボは再び脳内の算盤を弾いた後、膝を強く叩いた。

 

「んじゃあ軽い手伝いをしてもらおうか。なーに簡単だ、ちょっくら俺達と一緒に船を1隻襲えば良い」

 

「イレブンフラッグスなら喜んで」

 

「お、おう……。エルネスティとはちょっと違うが、おめぇもおめぇでちょっとアレだな。んじゃ、獲物が来るまで優雅な茶会でもやってるか。おめぇらは手筈通りにゆるーく監視しとけ、この場から逃げる以外は全部見逃せよ」

 

 グスターボの周辺に集まっていた騎操士(ナイトランナー)騎操鍛冶師(ナイトスミス)は『どの口が言ってるんだろう』という目線を一旦逸らし、それぞれが割り当てられた作業に戻っていく。こうしてジャロウデク王国随一の変態とクシェペルカ王国随一の変態(仮)が手を組んだ。

 

「ところで、このブロークンソードをもっと剣だらけにしてぇんだが……おめぇならどうする?」

 

「そうですねー、いっそ装甲も傾斜を付けて徒手空拳で斬れるようにするのはいかがでしょう? 機体自体が剣とか、良くないですか?」

 

「話が分かるなぁ!」

 

 手を組んだことで禄でもない化学変化が起こる気がするが……。多分気のせいである。──多分




アル、旅に出る
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