4話
キッドとアディと共に訓練を行って数ヶ月がたった。
2人はエルやアルの技術をスポンジのようによく吸収して自分の力にしている。
その弟子の姿に思わずエルとアルの顔も笑顔が漏れるといった毎日が緩やかに過ぎていく。
そんな毎日のとある朝のことである。
今日は訓練をエルに任せ、アルはいつも魔法の訓練を行っている草原に足を運んでいた。
「さて、今日も一日がんばるゾイっと」
周囲には人がいないことを確認してアルは杖を構える。
そこまでは毎日キッド達と行っている魔法の訓練ではあるが、今日は少しだけ様子が違った。
いつも訓練を行っている的との距離はせいぜい50mといった具合だが、今日アルフォンスが離れたのは目算で500m いつもの10倍である。
深呼吸をしたアルは始めに目を強化する。そうするとぼやけて見えていた的がくっきりと見え、狙いやすくなった。
「さて、次が本番ですね」
効果がわかりやすいように
だが、ここでも今までと異なる点がある。
「
拡大された火の弾丸が手の平のサイズになるまで凝縮され解き放たれる。
火線は放物線を描きながら飛んでいき、的ではなく的を吊るしていた木に当たる。
はじけたような音と当たった木の幹が凹んでいるのを確認するとアルは手元を軽く動かす。
「はずれ……位置修正 リロード
杖の位置を修正して何度も同じ魔法を使いつづけること14発目で魔法はようやく的に当たった。
的は威力に耐え切れずに破壊され、木の周辺に木片が飛び散ったことを確認するとアルフォンスは的の残骸へ腰から紙の束とインクのついたペンを引き抜きながらゆっくりと近づく。
「威力は十二分……飛距離も十分ですね。魔力消費量も問題なし……っとだけど狙いがなぁ」
メモを書きすぎて真っ黒な紙のわずかな余白に今回の成果を書く。
使った魔力量を自分の目安で書き込むとアルは少し不満な顔をしてペンの尻部分で自身のこめかみを掻く。
「訓練はするとして。もっと構えれるような物と遠くでも狙えるものがあればいいんですけど」
先ほどの魔法は近距離や中距離用ではなく遠距離特化に改造した
なぜアルがこんなことをしているのかと言うと彼の幼少期の頃までさかのぼる。
***
空気中のエーテルによって魔法を形成している魔力が分解されて拡散し、やがて放った魔法は消滅する。
それが魔法には射程距離が存在するという所以である。
そこで、幼少期のアルは『魔力を込めれば拡散されるまでの時間が長くなるのではないか』という思考に至り、実験を開始する。
最初はただ
エルの観測では飛距離に差異があったので、今度は
しかし、それだけでは思ったより飛距離が伸びずに魔法が的に当たるまでに空気中のエーテルで拡散してしまう。完全な失敗だった。
次は失敗の元は凝縮不足ではないかという見解から、アルはお得意のプログラム文法の中から『繰り返し処理』と言うものを持ち出した。
結果は見事遠く離れた大木に魔法が突き刺さったが、魔力の減りが尋常ではなかった。
***
そんな実験と検証をネタ魔法の開発や弟子の育成といった出来事の合間に行い、今日やっと満足いく物ができた。
達成感と喜びのあまり
きっとエルが見たら『うちの弟がネ○ストになった』とまた目を遠くするだろう行動を数分繰り返すとアルは満足した顔で賢者モードに移行する。
そのまま荷物を引っ掴むと意気揚々と自宅に帰宅する……前に寄り道をする。
「おや、アルじゃないですか」
「兄さん。今日も見に来たんですね」
小さな丘の上で兄であるエルと弟子兼親友のキッドとアディに遭遇する。
横には見回りであろうか数機の
「僕がロボを見物しない時は死んだ時だけですよ」
姿形は変わっても根っこが変わらない元先輩の言葉に口元が釣りあがるのを自覚していると横から声がかかる。
「さっきエルの目標を聞いたんだけど。アルも騎士になるよな?」
「アル君だけ離れ離れは嫌だよ!」
アディに強く抱きしめられながらエルの目標について思案する。
アルの脳内エルが『ロボ乗る! 幸せ!』と強く自己主張を繰り返したので恐らく騎士学科にでも行くのだろうとアルは当たりをつけた。
「シルエットナイトに乗るのは僕の目標ですし。僕も一緒ですよ」
その言葉にアディは拘束を強め、その圧迫感からアルは『ぐえっ』とカエルのような声を出した。
しかし、その目標も学校の入学式を迎えると共に打ち砕かれることになる。
***
入学式後に姿をくらませていたエルとアルは学園の階段付近でうなだれていた。
「ど、どうした?」
「ええ、実は……」
元気のないエルがぽつぽつと理由を話し始める。
彼らは入学式後に騎士科の先生に突撃を敢行したところ、『君達の背じゃジェットコースターに乗れないよ(意訳)』と言われ、
先輩であろう白い服を着た人には懐かしい物を見る目で『乗れるのは騎士学科の最終課程だから気長に待とう』と元気付けられるという迎撃を食らって見事に撃墜された。
「あー、それは残念だな」
「残念顔の2人もかわいい!」
キッドはどう言葉をかけていいか迷いながら言葉を搾り出したが、アディは平常運転に2人を抱きしめる。
「兄さん、もうこれはもう夜中に忍び込んで乗り回すしか」
「やらいでか! ですね」
「やるなよ? 絶対にやるなよ!?」
キッドが必死な様子で止めるので『フリですね! わかりました!』という言葉を必死に喉の奥に押し込む。
思えば
当然、今からお金を稼いで
「ないなら作ればいいのです! 僕に合う僕だけのシルエットナイトを!」
アルがどうしようかとうなっている横でエルが何かを宣言する。
その言葉を聴いたアルの心にストンと何かが落ち、視界が広がる。
作る。そう、この世界だと作れるのだ。
自分だけの機体をつくり、それを駆る。足りない部分は改造する。やられた機体を反省しながら修理する。
いつか見たあの夢の通りにできるのだ。
「ありがとうアディ! 僕も新しい目標ができました!」
アルはアディの手を握っているエルごと抱きつく。
その後、一日中W抱き枕をリクエストされたが二人は丁重にお断りをした。
「そういえばアルはバトソンに会ってないよな?」
「兄さんがあれ発注したときに会いました。あと、僕も頼み込んで違うの作ってもらってますよ」
「お前ら兄弟そろってバトソンに変な物作らせるなよ……」
エルが
アルは発注した杖の原案を思い出し、にへらと笑って答えていると予鈴が鳴る。
「最初の授業って何だっけ?」
「魔法学基礎ね。魔力の測定やるって聞いたよ」
キッドとアディが演習場へ向かう中、エルとアルはその場に立ち止まる。
「この授業の裏って……」
「ええ、シルエットナイトの作り方を教えてもらえる授業がありますね」
ぼそっとつぶやくアルの言葉に入学式に配布されたカリキュラムを捲りながらエルは答える。
「ぶっちゃけ魔法学基礎とか受ける意味ありませんよね?」
「そうですね」
とんとん拍子に2人の意見が合致していく。
その不穏な空気にキッド達がたじろぐ。
「やりますか? 初日ボイコット」
「やりますか!」
満面の笑みで2人は拳を上に振り上げた。
2人の熱意が暴走した瞬間である。