「何ぃ!? この授業を免除してほしいとは何を考えている!」
演習場に教官の怒号が響き渡った。
その怒号に教官の前で直立したまま微動だにしないエルとアルがすかさず反論する。
「ですので、シルエットナイト設計基礎を受講したいのでこの授業を免除させてください」
「僕達は真面目にお話をさせてもらってます」
真剣な2人の眼に教官は子供特有の冗談や、クラスの注目の的になるための嘘ではないということを非常に不本意だが察する。
これがカリキュラムがある程度進んだ後の相談なら話は分かる。免除にする代わりに試験や実技を行うという形で教官は免除を考えただろう。
だが授業初日、それも『今から測定を行いまーす』という中で免除は言語道断である。
「それだけ言うからにはよほどの魔法を修めている自信があるようだが、生半可な物では認めるわけにはいかないのは分かっているのか?」
「では、測定結果次第では認めていただけると?」
威圧を込めて脅したが、さらっと受け流されたので教官の堪忍袋は耐久限界を超えて引きちぎれる。
教官はエルに向かって『的に向かって魔法を撃て』と指示するが、さらに『中級は論外。上級ぐらいは見せてもらいたい』と教官自身が無茶を言っていることを自覚するような要求をする。
『理事長の孫達は飛んだ跳ねっ返りだな』と教官は内心でため息をつくが、エルが
「さすが兄さんだなぁ」
「本当に手段選ばないんだね」
周りがざわつく中でアルは杖をクルクルと回しながらアディの呟きを聞く。
(最短距離を行くと言うのなら付いて行ってやろうじゃないか)
その思いがアルの心を占領する。
アル本人は気付いていないが、真一文字だった彼の口元は邪悪な笑みへといつの間にか変わっていた。
「アルフォンス君」
そうしていると教官がアルを呼んだので教官の下に近づくと教官は顔を近づけて耳打ちしてくる。
「アルフォンス君もああいうのが使えるのかい?」
「はい」
頬を引きつらせて確認を取る教官に笑顔で答えると教官の顔はさぁっと青くなる。
「それじゃあ、あっちの的に撃って……お兄さんと同じ条件だから」
「兄さんの杖借りて良いですか?」
「ドウゾ…」
先ほどのエルの魔法で既に達観してしまった教官にアルは他人事のように頭の中で合掌する。
エルから
その距離からして魔法が届かないと察した教官は問題児は兄だけだと顔を緩ませて安堵していた。
だがアルはウィンチェスターを膝立ちで構えながら腰から入学前に親に買ってもらった片手サイズの小さな単眼鏡を取り出す。
固定がされていないので少しぶれるが何とか正面の目標を捕らえたアルはそのまま魔法を投射する。
「
突然膝立ちしたアルの姿に困惑していた生徒は、突然の轟音に的の方を見る。
的として使用されていた鎧は腹の部分が大きく陥没し、鎧を固定していた杭ごと壁に激突していた。
何かの錯覚かと思い、教官や生徒が目をごしごしと擦るが、先ほどの光景を2~3回繰り返されると次第に言葉を失っていく。
さらに人がいない区画で突如、火炎を伴った暴風が吹き荒れた。
無論生徒は火事だと騒ぎ出すが、教官はそれが
「教官、いかがでした?」
「うん、君も……免除するから……サセテクダサイ オネガイシマス」
アルが自分の成果を褒めてほしそうに教官に近づくが、教官はかすれたような声を出しながらその場でフリーズする。
歓声を上げながら中等部の教室に行くエルとアルを呆然と見ていた教官の髪が数本、風に流されて頭から離れていった。
その後、教官の意識がどこかに逝ってしまっていたので正確な測定ができず、後日魔力測定のしなおしをする生徒が多数出たのは言わずもがなである。
***
「誰かね君達は?」
「はい、エルネスティ・エチェバルリアと申します」
「同じくアルフォンス・エチェバルリアと申します」
授業免除になった2人は早速
免除になった旨を伝えると快く授業を受けさせてくれた教官に感謝し、早速とばかりに教科書を開く。
天気がいいので学園で保有している
***
やがて楽しい見学の時間も終わり、まるで日曜日のサ○エさんを見た後のような焦燥感を抱えながらキッドとアディに合流する。
「せっかく学校に入ったのに2人が向こうに行っててつまらない!」
「いやモグ……昼から剣術モグ……授業があるのでモグモグ」
「食うか喋るかどっちかにしろよ」
食べながら喋っていたアルは口に入っているパンを咀嚼し飲み込むと次のパンをぱくり。
「結局食うのかよ!」
(相変わらずキッドの突っ込みは上手いなぁ)
突っ込みのキレに感心しながらアディをあしらうアルだったが、ふと周囲の視線が気になる。
どうやら本人達が思っている以上に今回の所業が派手すぎたようだ。
(まぁ、人の噂も何とやらだし いいや)
話している集団を一瞥しながら、アルは深く考えないようにして再び口を動かしていた。
ブレない態度に横に座っているキッドは苦笑しながら次の話題にうつる。
「久しぶりね。アーキッド、アデルトルード」
雑談と食事を楽しんでいると後ろから声がかかる。
キッドの隣に座っていたアルは後ろを振り向くとそこには綺麗な金髪の女性が立っている。
距離が近いゆえにアルは相手の出方を伺う。
だが、キッドとアディを知っているような話し方にエルと顔を見合わせて首をかしげる。
「ご、ご無沙汰してます」
「ステファニア姉さま」
姉という言葉にエルに視線を送るがエルは首を横に振る。
それにキッドとアディはステファニアという女性から目を背けたり明らかに挙動不審の様子を見せている。
そんな様子にステファニアと呼ばれた女性が『ごめんなさいね』と一言謝ってきた。
「貴方達は?」
「僕は騎士学科初等部1年のエルネスティ・エチェバルリアです」
「同じくアルフォンス・エチェバルリアです」
「私は同じく騎士学科初等部3年のステファニア・セラーティよ。よろしくね」
アルはキッド達とステファニアの関係に興味を持った視線で見ていると場所を変えるとの事だったのでエルと中庭まで同行する。
結論から言うと、エルやアルの前世にあったお高い薄い本やお高い薄い小説で見た腹違いという予想はどんぴしゃだった。
どうやら本妻が嫉妬深く、それに遠慮したキッド達の母親が別の場所で住む形で今に至るらしい。
(兄さん、事実は小説より奇ですね)
(妾の子なんてセラーティ家の敷居を跨がせません! って言われるかと思ってましたよ)
頭をおとなしくなでられている2人をみてアルは緊張を解いて笑みを浮かべる。
だが、ステファニアの弟であるバルトサールの話になると急に空気が重くなる。
(兄さん、これは家族間の話ですし。静観でいいんですかね?)
(でもこのまま見過ごして2人が苛められるのは気に食わないですね)
だんだんと重くなる空気の中、エルは手を上げる。
『家族間のお話なので恐縮ですが』という前置きの後、本題へとうつる。
「大体の事情は分かりました。それではどういう方針にしましょうか?」
「方針?」
迎撃か黙殺か闇討ちといった方針にキッド達の顔が驚愕に染まる。
その時、アルがトントンとエルの肩を叩いた。
「兄さん、カンタレッラとかどう? 材料は諸説あるけど」
「あー……たしか何処かの貴族が多用した毒でしたっけ? でもさすがに毒殺はNGです」
『そもそも作れるんですか?』というエルの問いにアルは無言でサムズアップする。
どうやらその場で思いついたちょっとした茶目っ気のようだ。
「かんたなんとかは何か知らねぇけど、さらっと人の兄貴を亡き者にしようとしてるんじゃねぇ!」
冗談だと分かるや否やキッドは、アルのこめかみをぐりぐりと握り拳を使って刺激する。
そのグリグリ攻撃にアルは『うぇぇ』と情けない声を出しながらうめくが、先ほどまで暗かったキッドの顔はいつのまにか、憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。
そんな微笑ましい様子の横でエルが友達だから見過ごせないと良い話のように言っているが、彼も闇討ちとか言っていたのでどっちもどっちである。
「良いお友達を持ったようね。改めて弟と妹をよろしくお願いするわ」
ステファニアがエルと握手をしている中、お仕置きをしていたキッドはアルを解放し、噴水の近くのベンチに腰かけつつ握手をしている光景を眺めている。
「そういえばセラーティ侯爵領って品質がいい小麦で有名なとこでしたっけ」
「お前よくしってるなぁ」
「たまにお使いしてるんでそこらへんは強いですよ。…あ、兄さんが捕まった」
可愛くて賢い子が大好きと豪語するステファニアとそれに対抗するアディに挟まれているエルからすぐに目をそらす。
傍から見ると羨ましい光景だが、日ごろアディにやられている経験から息苦しさと挟まれているので圧迫感があることをアルは瞬時に悟る。
次第にエルのアルを見る目が、助けを求めるようなチベットスナギツネの目から、段々憎しみを持っているように見開いていくとキッドが思わず、『エル目こわっ!』と引いているがアルは気にしないし、エルの方を見ようともしない。
まだアルも死にたくないのだ。
「そ、それならあそこに居るアルフォンスが適任ですよ!」
「そうですよ! アル君も温かいしエル君より髪サラサラで抱きつきがいがあります!」
「ちょ、おま!」
だがそうは問屋が卸さなかった。痺れを切らした兄は弟を売り、お気に入りのぬいぐるみを渡したくない親友はもう一つのぬいぐるみを差し出すことにしたらしい。
「エル! 謀ったな! エルゥゥゥ!」
「君の無視がいけないのだよ!」
どこかのマスクを被った軍人のようなセリフを言ったエルだったがその目は愉悦に歪んでいた。
「はぁー、エルネスティ君もよかったけどアルフォンス君の髪のもふもふ感と温もりがたまらないわ」
(シィ! シィプラ! ジャバ! ルビ! パイトン! ブイビエ! )
女性特有の柔らかさと離すまいとがっちり抱きしめているせいで感じる少しばかりの息苦しさに耐えようとアルはひたすらにプログラミング言語を暗唱する。
前世ではプレイボーイの反対を地で行くどちらかというと年上派のアルにはこの攻撃が特に刺さった。
助けを求めようと周囲を見渡せばバトソンも荷物を担いで合流していたが、キッドと話をしていて助けようとする気配が微塵もなかった。
「ねぇ、君も私専属の騎士になってみない? 三食添い寝つきで」
「えっと……せ、せめて中等部卒業してからにしてください」
アルが緊張でしどろもどろで答えると、ステファニアはその解答すら愛おしいとばかりに髪越しに頬ずりをする。
「あのー、姉様。アルも困っているみたいだしそろそろ離してあげてください」
その様子に『さすがにこれ以上は』と思ったのかキッドが助け舟を出す。
残念そうにアルを解放したステファニアはチャイムの音を聞いて自分の教室に戻っていく。
解放されたアルは大股でアディに抱きつかれたままのエルに近寄ってぎろりと睨みつける。
「おう、兄貴。おんどりゃよくも売り飛ばしたな」
「先に無視したのはそちらでしょう? 年上の抱擁はいかがでした?」
エルは『貴方の趣味に刺さったでしょう?』と副音声が聞こえてきそうな愉悦の笑みでアルを見る。
その煽りについにアルはキレた。
「次の授業楽しみにしとくんですね!」
「兄より優れた弟なぞ居ない事を証明してあげますよ!」
キッドとバトソンは2人の視線の先で火花が散るのを幻視する。
その後、午後の剣術の授業では模擬戦という体の兄弟喧嘩を行い、空を飛ぶわ、尋常ではない速度で地面を駆け回って剣戟を繰り広げるわと同じクラスの生徒に『エチェバルリアのやべーやつら』と認識されることになる。
その日の夜、魔法基礎学と剣術の教官はマティアスを飲みに誘い、盛大に愚痴を吐いてマティアスを困惑させていたのはここだけの話である。