話の時系列的には6~7話の間の出来事になります。
**ステファニアの章**
バルトサールとキッドの決闘騒ぎから早3日がすぎた。
そんな3日目の放課後、エルとアディとキッドが帰り支度をしているとふとアディがアルが居ない事に気付いた。
「あれ、アル君は?」
「便所じゃね?」
『キッドったら!』と怒るアディをあしらいつつキッドがあたりを見渡すと『人攫いー』という悲鳴が教室の外から聞こえてきた。
白昼堂々行われる犯罪行為。3人が慌てて教室を出るとアルがステファニアに連行されている場面に出くわした。
ズルズルという擦過音と共に抵抗を諦めたかのように達観した目をしているアルの姿が曲がり角の陰に隠れたのを確認すると、エルは一緒にその光景を見ていたキッドとアディに声をかけた。
「……帰りましょう」
「ああ…」
「アル君が悪いもんね」
3日前、具体的に言うとバルトサールの決闘騒ぎの折にアルは決闘の邪魔をした後にそのままシルエットナイトの模擬戦の見学に行ってしまったので、いきなりアルが消えたと誤解したステファニアは授業が始まるぎりぎりまでアルを探し回っていた。
そして、授業終了後の休み時間でさえもステファニアはアルを探し回り、結局アルを発見したのは放課後になってからであった。
だがアルは『あ、すみません。忘れてました』と素で言ってしまい、『流石にそれはないだろ』とエル達に責められ、『1週間生徒会役員の刑』に処されることになったのが今回の騒動の始まりである。
エルはアルのことを見なかった事にして家路に着いた。
***
放課後、ライヒアラ騎操士学園の中等部生徒会が所有する部屋ではソロバンがはじかれる音が聞こえる。
「先輩、やっぱりここ計算合わないです」
先ほどの死んだ魚のような目から打って変わり、アルは生き生きとした目つきで経理担当の先輩に書類を渡す。
「あー、また鍛冶科と被服科か。会長、ちょっと出てきます」
暗算で問題の学科を割り出した先輩がぶつぶつ言いながら退出するとステファニアがアルをちょいちょいと手招きする。
それを見て素直に資料とソロバンを持ってステファニアの横に座るアルだが、ステファニアはアルの肩を叩いて自分の膝をぽんぽんと叩く。
「え、嫌ですけど」
「あー、3日前にアル君探して生徒会長なのに授業遅れそうになっちゃったわー」
「グッ……それ言うのずるい」
「ふふん、今の私はアル君にだけ意地悪になっちゃう女の子なのよ」
胸を張るステファニアにアルはため息をついてステファニアの膝に座る。するといつものように撫でてきたので、アルもいつものようにソロバンを弾く。
「初日は緊張してたアル君はどこ行っちゃたのかなー」
「淑女ともあろう者が好きでもない男にべたべた触るもんじゃないですよー」
「あら? 私はアル君好きよ?」
せめてもの仕返しに文句を言いながら資料の山を仕分けていると、ステファニアが爆弾をアルに投げつけてきた。
「はいはい、可愛くて賢い子が好きなだけでしょー」
『兄さんにも言ってましたよね』と、飛んできた爆弾を足で止めてから相手に蹴り返すようにあしらっているとアルの耳元にステファニアの口が近づく。
「異性としてとか言ったら?」
「っ!!」
アルの耳で爆弾が破裂した。その威力にアルの頬は朱に染まり、それを隠すようにアルはそっぽを向く。
その反応にクスクスと笑うステファニアの声でからかわれたことを悟ったアルは一層機嫌を悪くする。
「言って良い冗談と悪い冗談がありますよ」
「あら、冗談ではないわ。もし私がアディだったらエル君よりアル君選ぶもの」
「理由は?」
ちゃっかり妹の恋愛事情を知っていることに驚愕しつつ、アルは赤くなった自分の頬を冷ますために手元の資料で仰ぎながらステファニアに問う。
「だってアル君、私が立ち止まっても『待って』って言ったら止まってくれそうだもの」
確かにあの
だが、アルは『出来る限り皆で行こう』と歩調を合わせ、付いてこれなさそうな者でも出来る限り拾うタイプである。
それがステファニアの琴線に響いたのだろう。
「……見捨てるのが出来ないだけですよ」
「それがアル君の良い所よ」
そのまま頭を撫でるステファニアにアルはおざなりに返事すると手元のソロバンを適当にぱちぱちと弾いた。
***
その後、学科との
足早に部屋を後にしたアルは学園から出ると誰も居ないか辺りを見渡した後、嬉しさを滲みだすように飛び跳ねた。
(これはモテ期きたのでは?)
まさかのお姉さん系貴族のステファニアからの好意にアルの脳内は有頂天になっていた。
あの時はクール(笑)を気取って興味なさげな反応を装っていたアルだが、内心では性格よし、家柄よしとあの可愛がりを除けばパーフェクトなステファニアの事は好ましく思っていた。
そんな人物が自分に好意を示してきて嬉しくない男子は居るのだろうか。いや、居ない。
どんなに歳を重ねても男とは単純なものである。
「おかえりなさい。おや、アルどうしたんですか?」
「兄さん、僕モテ期来ましたよ」
家に帰って早々モテ期宣言をするアルに『またなんか言ってるよこいつ』というエルの視線が突き刺さるが、そんなことはお構い無しにアルは上機嫌で荷物を放り投げるとそのまま階下に下りる。
だがアルは、『ある事』を失念していた。
『もし私がアディなら』
この言葉の意味を知ったのはこの日から数日後のことだった。
事の顛末は省くが、そのショックで一時期アルが使い物にならなかったとエルは後に語る。
**男友達の章**
春、ライヒアラの街中は大勢の卒業生と入学生でごった返していた。
そんな中、エルとアル、キッドは親友であり同士でもあるバトソン・テルモネンの親が経営している鍛冶屋にお邪魔していた。
「バトソン、これ家族の皆さんでどうぞ」
「じゃ、メンテナンスお願いします」
「おうよ、いつもありがとな」
気前のいい返事をしながらエルから硬貨袋、アルから菓子折りの袋を受け取ったバトソンは、鍛冶場に備え付けられたテーブルにおいてある2丁の銃杖を手に取った。
「ん? アルのやつの後ろの部分、凹んでねぇか?」
するとキッドがアルの銃杖、サンパチのストックの部分が凹んでいることに気付いた。
普段使いするならこんなところなぞ凹む可能性は無いのだが、実際に凹んでいる様子にバトソンは思い切ってアルに聞いてみた。
「胡桃の殻かち割るのに使いました」
「こんな所使うなよ!」
「銃のその部分は、敵の頭とか胡桃の殻をかち割るためにあるんですよ!」
「いや、安定性のためですから」
武器である杖をまさかの調理器具扱いされて憤怒するバトソンを珍しくアルに突っ込みを入れたエルが何とかなだめる。
いつもならこんなに騒いでいたら奥からバトソンの親父さんが飛び出してくる頃合だが、今日は珍しく静かだった。
「あれ、バトソン。今日親父さんいらっしゃらないんですか?」
「ああ、会合でとかでお袋と出かけてる。まぁ、お前らが来てくれて助かったよ。一人だと暇でさ」
ちなみにアディも友達と遊ぶとのことなので、これで男子4人の遊びが確定した。
『女が3人でかしましい 男3人でたばかる』というが、エルとアルはこの状況をどこか懐かしい目で見ていた。
彼らの前世の小学校時代は友達が集まってやる事が『ゲームでの友情の破壊』や『カードゲームを用いた友情の理解・分解・再構築』と言った殺伐としたものだった。
今は彼らの名前も思い出せないが、あの頃の熱い戦いと挫折と壊したコントローラーの数は鮮明に覚えている。
「そういえば、そろそろ感謝日だよな」
「おう、俺も今度アディと一緒に花屋行くんだわ」
ふとバトソン達の会話で2人の思考は望郷の彼方へ向かう旅から戻ってくる。
感謝日。それは前世の母の日と父の日を一緒にしたようなイベントで、お世話になっている父母に子がプレゼントを渡すのだが、子供は使えるお金が少ないので半ば花を贈るイベントになっている。
「そういえば、母様って花苦手みたいですよ」
「あれ、そうなんですか?」
今まで普通に渡していただけに少しショックを受けるエルだが、その理由が気になったのでアルを問い詰めた。
「なんでも花が枯れたり、萎れるのが少し嫌だそうで」
「ああ、分かる分かる」
バトソンが首を縦に振って同意する。たしかに枯れると悲しいので、それを見越して買わない人も少なからず居る。エルとキッドも口には出さないが、その理由に同調した。
「後、昔に父様が長距離行軍訓練の前日に花を贈って、次の日に花が落ちたことがあったんですって」
『花びらじゃなくて花自体がこう……ぼろっと』と手で花が落ちたような表現をするアルを見てマティアスのあまりもの間の悪さにエル達は同情した。
「うーん、枯れない花とかあったら喜ぶと思うんですがねぇ」
「おいおい、そんな物語みたいなものがあるわけ無いじゃないか」
「え、紙の花とかいけるんじゃないです?」
枯れない花、夢物語のような代物をポンとアルは提案する。
エルとアルには馴染みが深い紙の花は確かに枯れない花だ。しかも、制作費や製作の単純さは小学生でも作れる単純さである。
その提案を聞いたエルは早速バトソンから紙をもらって机の前で実践することにした。
「これを……」
紙を折る。
「こうやって……」
紙を曲げて束ねる。
「こうじゃぁ!」
エルが気合と共に出来た物を机の上に置き、全員がその物体を確認する。
所々ぐにゃぐにゃで適当に折り曲げられた紙。
これを花と呼んでは、花に対しての冒涜に当たるような代物。
端的に言うと『ゴミ』であった。
「流石にないな」
「…花ではないな」
「お労しや、兄上」
「ちょっ、アル! お菓子買ってあげるから戻ってきなさい! 無かった事にしないでください!」
キッドはその酷い出来にげんなりし、バトソンは『これは花ではない』と強調してエルに現実を突きつける。
アルに至っては『テルモネン家に居たことを忘れよう』と捨て台詞を吐きながら玄関の扉を開けて外に出ようとしている。
「ん?」
ふとアルが足元に何か光るものを見つけた。
拾い上げてみると鎧などに良く使われる
「それ、花びらみたいですね」
アルがふと考え込んでいると、それを見たエルがぼそっと呟いた。
その瞬間、
「確かにこれを整形すれば花びらになるな。茎とかは針金ででっち上げたらいけそうじゃね?」
男友達の集団と言う物は怖いものである。バトソンの『やってみるか』という号令の下、『金属の加工と整形』という専門外のことでもエル達は『その場のノリ』で早速実行に移した。
「なぁ、これどうよ」
「針金こんな感じで良いか?」
様々な器具がギュンギュンと鳴り響き、鍛冶場の中を騒々しく彩る。
バトソンは先ほどの
その間にキッドは針金を適当な長さに切って寄り合わせ、それをアルが丁寧に磨く。最後に鍛冶場に転がっていた溶接用の魔導式トーチを手にしたエルが花びらを溶接して花の形にしていく。
「よし、これでOK!」
エルが一輪の鉄色をした花を机の上に置く。
所々粗い造りだが、その出来栄えに男4人は満足げに頷き合った。
「おう、帰ったぞ! ってなんじゃこりゃぁ!」
騒々しい物音と共に怒号が鍛冶場に響き渡る。
留守番をしていたと思った自分の息子がなぜか鍛冶場を稼働させて何か作っていたのだ。怒って当然である。
だが、彼の目は息子のバトソンではなく机に置いている一輪の花を見ていた。
やがて彼はバトソンを押し退け、のしのしと作業机に近づくと机の上に置かれた花を手にとってしげしげと観察しながら口を開いた。
「花? あー、小札の余りで造ったのか……少し粗いが散らない花なんておもしれぇもん作りやがって」
「親父?」
肩を震わせたバトソンの父親に息子が恐る恐る声をかけるが、その前に鍛冶場の奥に引っ込むと
「どうせやるならもうちょい気合入れて作りやがれ! 俺にもやらせろ!」
工作馬鹿がもう一人増えた。そもそもドワーフは鍛冶の種族である。このような物作りに興味を示さないはずが無い。
1輪、2輪とどんどん鉄の花が量産され、しまいには机からはみ出るほど出来た段階で全員の動きが止まった。
鍛冶場にはエル、アル、キッド、バトソンが屍のように倒れ伏していた。全員もう一歩も動けないといった表情をしている中、一人だけ無事なバトソンの親父が机の上の花の中から一等綺麗な物をちゃっかり見繕って倒れ伏しているエル達を見渡す。
「情けねぇなぁ。おめぇら騎士になるんだろ? もうちっと体力付けやがれ。じゃ、俺はこれをかーちゃんに渡しに行くから後はおめぇらの好きにしろい」
スキップしながら鍛冶場を出て行く人物に4人は『鍛冶師って大変』と口を揃えて言うのだった。
その後、この『鉄の花』は『強固な誓い』をするアイテムとして最初はフレメヴィーラで大ブレイクし、『とある事情で』西方に一気に進出するのだが、彼らと『とある事情を引き起こした本人達』はまだ知らない。
ステファニアの章
歯が浮くような恋愛話的な何かを書きたかった。
後悔はしていない。
皆様のブラックコーヒーに砂糖が入れば幸いです
男友達の章
決して散らない・・・鉄の華・・・
元ネタ的にはロミオをジュリエットの『月は移り変わりするから誓わないで!(意訳』