やっと中等部編ですが、たまにオリジナルのお話になるので話の進み的にはかなり遅くなると思いますが、よろしければお付き合い願います。
7話
バルトサールの一件から数年後、エルは持ち前の
中等部に上がり、年齢と共に背格好も段々大人に……あまり変わらなかったようだ。
最近背のことをすっかり諦めたアルはキッドやアディと共に『とらわれの宇宙人ごっこ』を満喫したり、彼より少し背が高いからとドヤ顔キメてるエルに腹が立ち、その場に居たバトソンに肩車してもらってドヤ顔し返したりしていた。
初等部に比べ難しくなった授業も、模擬戦と魔法学に関しては初手ボイコットが決まって自習となる。
ただし、実技以外の授業は流石にまずいと思ったのか2人は普通に出席することにしていた。
だが、真面目に聞く振りをしながら
そんなある日の早朝、ライヒアラ騎操士学園の校庭で硬い木材同士を打ち合わせたような硬質な音が響き渡っていた。
「せいっ!」
短めの金髪を生やした大柄な男、マティアスに向けてアルが木製の槍を突き出すが、それは空を切った。
避けられたことを悟ったアルは、一瞬次の行動を迷ったがひとまず槍を手元に戻そうと引き戻す。
だが、その一瞬の迷いが命取りだった。
「アル! 判断が遅いぞ!」
マティアスはするどい指摘を飛ばしながら槍の柄の部分を掴んで自分の方に強く引っ張る。
突然の強い力に体重の軽いアルはずるずるとマティアスの方に引き寄せられ、ついには槍を取り上げられてしまう。
「これで終わりだ」
武器を取り上げられたアルの首元に木剣を突きつけようとするマティアスだったが、今度はアルが木剣の持ち手に蹴りを放つ。
マティアスは木剣こそ取り落とさなかったが、その蹴りに思わず顔をしかめた。
その隙にアルはマティアスの股下から彼の背後に回る。
彼の背中……マティアス山を器用に登り、そのまま彼の太い首を自身の両足で挟みこんだ。
アルはそのまま投げ飛ばそうと足に力を込めたが、マティアスは動かない。
数分もの間、アルの気合を込めた声が響くが、やがて諦めたのかマティアスの首に両足を挟んだままぐでっと力を抜く。
(あ、この感じ懐かしい)
前世の幼少期、タンスの上部に足を突っ込んだままぶら下がって変な状態になった時のことを思い出しながらアルが左右にゆらゆらと揺れていると視界に中等部の戦闘技能教官がこちらに歩いてくるのが見えた。
「えーっと…決着で良いのかな?」
「はい、このまま投げようと思ったんですが投げれませんでした」
アルがげんなりしたままマティアスの首元から足を離すと地面に綺麗に着地し、そのまま教官に頭を下げた。
「教官も監督ありがとうございました」
「いえいえ、アルフォンス君には授業の手伝いしてもらってるからね。わけないさ」
片手を挙げてにこやかに笑った教官はそのまま校舎の方に歩いていく。マティアスとアルは逆方向の芝生の上に座ると元々そこにおいていた硝子の容器と木製の杯に手を伸ばした。
「父様もありがとうございました」
「気にしなくて良いさ。いつも言ってるが逆に頼ってくれて嬉しいんだから」
2人は会話をしながら容器の中の液体を杯に移し、杯を軽くぶつけて液体を口に含む。
わずかな酸味の後に続く適度な甘さ、そして渇いた喉を潤す快感に呑んだ後の清涼感が稽古で火照った体に染み渡る。
そう、今回2人が行っていたのは稽古である。
中等部に上がり、模擬戦を行う機会が増えたアルはふと自分の戦績が気になった時期があった。
アディには今のところ勝ち越し、キッドとは日によってまちまちだが、兄であるエルに対してはこの所負け越していた。
そのことに多少ショックを受けたアルはなんとかしようとマティアスに頼み込んだのが今回のような模擬戦形式の稽古である。
「うーむ、前よりは良くなったが…」
「やっぱり行動で迷ってしまいます」
迷いによる判断の遅さ。
それがアルフォンス・エチェバルリアの最大の弱点である。
兄であるエルに比べ、アルは魔法の構築速度は一歩劣る。
さらに今まで貯めに貯めた魔法のレパートリーが無駄に多いため、行動する上でなにを使うか迷ってしまう。
それが行動の遅延を引き起こし、無駄な隙を相手に与えてしまうのだ。
フレメヴィーラの気風として躊躇がないことが上げられる。
それは魔獣の危険に晒され続けた国土ゆえのことで、素早い明快な判断が最上とされている。
アルの弱点はその気風から逆に位置するものだった。
「俺が槍を避けた時、一瞬悩んだだろう?」
「はい、そのまま薙ぐか戻すかで迷いました」
「そのまま槍を離しても良かったな。相手の意表が突ける」
先ほどの稽古を2人で振り返る。
なにをどうするべきとは言わずに『こんな手もある』と判断をアルにゆだねることで、アルに『柔軟な考え』を持たせることがこの稽古の目的である。
現に、最初のころに比べて迷うことも少なくなり、先ほどいきなり格闘戦をしたことから柔軟な考えを持ち始めてきたことを2人は実感していた。
やがて振り返りも終わり、杯の中身が空になった頃、マティアスが口を開いた。
「そういえば先ほど手伝ってもらったとか言っていたが、あれはなんだ?」
「たまに戦闘技能の授業でクラスメイトに教えてるんです」
「ほう…」
アルの返答にマティアスから驚きの声が上がる。
***
それは中等部に上がってしばらくたった頃、礼儀作法の授業中に戦闘技能の教官に呼び出されたことが始まりだった。
呼び出しの理由が多々あったアルはおっかなびっくりで話を聞くと、どうやら次の授業に出席して移動しながらの魔法の撃ち方のモデルになってほしいと言うものだった。
アルは内心渋ったがあまり教官を困らせるのも良心が痛むので、若干間を空けて了承した。
次の授業中、何故か居るアルにキッドとアディから体調不良から数段飛躍した頭の心配をされたが、気にせずモデルに勤める。
その後、各自練習の時間に入るとキッドとアディが教官役になって全体を見て回るが、キッドはまだしもアディの説明が擬音系満載の感覚的な説明しかできなかったため……
「アルフォンス君…」
「……あい」
いつしか教官の周りに教えを請う生徒が勢ぞろいしていた。
ひとまず出来ている生徒と出来ていない生徒に別れ、出来ている生徒は教官に見てもらって補正、出来ていない生徒はアルがやり方を教えるといった具合になった。
「じゃあ、今から説明しますね」
集まった生徒に向けてアルがやり方を説明する。
「まずは止まって撃つ。次に歩きながら的に当てられるようにする。最後に走って……簡単そうに思えるけど結構難しいから僕がフォローに入ります」
その指示に全員がうなづいたのを確認してアルは手を叩く。
その音に生徒が整列して止まった状態で的に当てる訓練に入る。
「放物線じゃなくて真っ直ぐの方が当てやすいですよ。真っ直ぐに撃つ仕方はこうして……」
「最初は撃つ、歩く、撃つ、歩くを交互にやって意識してみましょう」
「別のことを考えながら走れる速度を意識してみてください。それがコツです」
実際に自分も行ったことを交えた具体的なアドバイスに教えを受けた生徒はすぐに移動中の魔法の撃ち方を習得して教官の方に向かう。
やがて最後の一人を送り出した時、ちょうど学園の鐘が鳴った。
***
そんなこともあり、アルはたまにだが授業に顔を出してクラスメイトにモデルや助言を行っている。
「じゃあアルは騎士ではなくて教官でも目指すか?」
「えー、
嫌と言われて『親子教官』という儚い夢を抱いたマティアスは若干凹む。
余談だが、教官役をしているので先ほどの『基本優等生』という認識を周囲に与えていた。
恐らくこれがなかったらボイコットなどを平然と行っているので、ただの『問題児』になるだろうことをアルは知らない。
「そういえばクロケの森の実習がそろそろだが……本当に『アレ』を持って行くのか?」
「僕の身長に合う防具がないのでもう『アレ』で良いかなと」
アルの武器は銃杖サンパチがあるが、エルのウィンチェスターと違って銃と刃が一体にはなっていない。
その為、他の生徒と同じくあらかじめ武器や防具を申請することになったのだ。
『アレ』という言葉にマティアスは顎に手を当てて考える。確かに『アレ』を使ったアルは剣や槍を使うより動きにキレがあり、なにより元々防御用の装備なのでいざという時の防御も可能である。
「そうか…なら俺から言うことは何もない。ほら、そろそろ授業が始まるから行きなさい」
学園中に鐘の音が響き渡る。そろそろ授業が始まることを察したマティアスはアルに駆け足を命じる。
アルが教室に向かう姿にマティアスは『親子教官』という夢をもう一度夢想して切なくため息を吐いた。
***
クロケの森実習の初日、ライヒアラの門の前では馬車が連なり、教官や中等部の上級生が物資を馬車に詰め込んでいる。
そこから少し離れた場所でエルとアルはセレスティナとマティアスに挨拶をしていた。
「気をつけるんだぞ」
「いってらっしゃい」
父と母に挨拶をした後、リュックを背負いなおしてキッドとアディの元へ歩き出す。
「ところで母様からもらった荷物ってなんですか?」
「僕のソウルフードの原料ですよ」
ソウルフードという懐かしい言葉を聞いてエルは一つの食べ物を思い出す。
アルのソウルフード、うどんはエチェバルリア家では最初は太いパスタと間違われたりしたが、今では月に一回の定番となっていた。
ちなみにマティアスとエルは鳥から取ったスープに塩を少々、セレスティナとラウリは香草を利かせたスープにうどんを入れることにはまっている。
「家では定番になりましたがあの2人にも好評とは限りませんよ?」
「今回は趣向を変えるんで大丈夫ですよ」
心配しているエルにアルはニコニコと返す。
その間にキッド達のそばまで近づくとキッドがエルとアルに気付いて手を振る。近くには鍛冶科なので今回の演習には不参加のバトソンの姿もあった。
「いやぁ、ワクワクしますねぇ」
「中等部になってもエル君はほんと変わらないよね~」
エルの言葉に最近マトモにエルとは顔を合わせることがなかったアディが不機嫌に答える。
アディの棘のある言葉にアルはそっと耳打ちする。
「(最近、兄さんが構ってあげてないからスネてるんですよ)」
「(え? それは前謝ったじゃないですか)」
「(兄さん、忘れたんですか? 女心を解明したらノーベル平和賞確実なぐらい変わりやすいんですよ?)」
ひそひそと内緒話をしているとふいにアルの姿が掻き消える。
後ろを見るとアディがアルの頭に自分の顎を乗せ、ぷりぷりと怒りながらエルをじっと見つめている。
「アル君に助言求めるの禁止!」
結果として馬車の移動中膝枕という条件で示談となった。
そうしている内に門から護衛である
オーバーホールを行ったのだろうか、外装も新品同然の綺麗な姿になっている。
「……良いですよね」
「……良い」
紅の
だが、彼らの熱い
さらにエルは二礼二拍一礼をし、アルはその場でズダンと五体投地の構えを取ってその抑えきれない
その奇行を見たキッドとアディは、『ああ、いつものか』といったようにキッドはアルの首根っこを猫のように持ち、アディは肉食獣一歩手前の表情でエルを抱きしめて馬車に連行する。
「全員乗ったな。では、出発!」
全員乗り込んだことを確認した教官が出発の合図を出すと共に馬車の群れと