朝…エルと愉快な仲間達一行は寝不足の一年生の中で比較的すっきり爽快な目覚めの後、手早くアルが作った小麦粉の残りを水で溶いて野菜と共に鍋で焼いたお焼きのような物で簡単な食事を済ませる。
その後、アルは皆と別れて戦闘技能教官の所に向かっていた。
「ん? エチェバルリア君。どうしたのかね?」
「申請していた物を受け取りに来ました」
「ああ、付いて来なさい。案内しよう」
教官が繋いである馬車までアルを案内し、馬車の中から大盾を持ってきた。
それは縁を鉄で補強したアルの身長より少し大きな木製の盾で、どう考えてもアルが使うとは考えにくい代物だった。
「エチェバルリア君……本当にこれを使うのかね?」
申請の時と同じように教官に再度心配されたが、その場で身体強化を使用して振り回すと諦めた様な声色で使用許可をもらう。
盾を背負ったアルは元来た道を戻ると、エル達が準備を終わらせてテントから出るところに遭遇し、そのまま集合場所へ直行する。
「あれ、アル。魔法は使わないのか?」
「魔法に頼りきりだと技術とか付きませんしね。後、この盾見たときにときめいたので」
「と、ときめいた? …まぁ良いや。ところでどうだこれ、かっこいいか?」
キッドの姿は腰にヴァーテックス、上半身を革製の小手とベストを装備した姿だった。
長身な事もあり、新米の騎士と言われてもおかしくない姿にアルは笑顔で答える。
「イケてますよ。よっ、騎士キッド様!」
4人がケラケラと笑いながら広場で一年生の列に加わる。
全員が集まったことを確認した教官は、今回の演習の内容を全員に伝達する。
どうやら経験の浅い一年生は森の浅い部分を目指して行軍を行うらしく、戦闘の頻度もそんなにない想定だそうだ。
説明も終わり、いざ森の中に全員が突入する。
最初はおっかなびっくりで周囲を見渡しながら歩く生徒だったが、しばらく歩いても魔獣のまの字もないので、いつの間にか全員雑談混じりで散策している。
教官もそれを注意していないので、これはもはや演習ではなく物見遊山といっても過言ではなかった。
「そういえばアルの持ってる盾って家にありましたっけ?」
「申請したんです。攻撃受け止めれて手軽に殴れる物といったら盾でしょ?」
(盾って受け止めるものでは?)
エルは、盾の使い方に疑問を抱きながらアルを見る。
小柄なエルより握りこぶし分小さい身体に大きな盾、そして紫銀の髪……その時、エルネスティに電流走る。
「アル、『先輩』って言ってくれません?」
「それ、兄さんのが合ってるでしょ。雰囲気的に」
エルが変な電波を拾っていた時、後方から悲鳴が上がった。
数匹の
急いで教官が襲われている生徒を救援に向かうが、森の奥から別の集団が現れる。
その中には
魔獣の大規模な出現に生徒達も完全なパニック状態になり、生徒達の中に既に抜剣している者や、がむしゃらに魔法を放つ者も増えはじめ、同士討ちしかねない極めて危険な状態になっている。
教官も戦闘に手一杯な中、一年生の集団は油をまいた床に火をつけたように混乱が広がる。
しかし、混乱を収める2つの銀の弾丸が動いた。
「スタァァップ!」
突然アルは集団の中でどこぞの衛兵のような大きな声を出した。
いきなりの大声に混乱していた集団はぴたりとそれぞれが行っていた行動を止めて一斉にアルを見る。
その隙にエルが一年生の集団を飛び越え、散弾の様に複数の魔法を撃ち放ちながら魔獣の集団を纏めて押しつぶす。
「キッド! アディ!」
「はいよ!」
「任せて~」
一斉に見られたことで気恥ずかしくなったアルが、2人に指示を出すと既に
エル達の行動で混乱がある程度収まったことを悟ったアルは、生徒の武器を見ながら前衛と後衛に分けて逃げやすいように拠点の方向に布陣させる。
逃げる音頭を取ってもらおうと教官の方を見るが、
人間からすれば大型の魔獣のため、教官も距離をあけて様子を見ているが、このままでは逃げられないので、アルは
「後衛! あの魔獣に魔法を! 先生には当てないように!」
前衛の間から突き出た杖から様々な魔法が飛んでいっては
突然のことに魔獣も怒り狂うが、切れ間が無い魔法の圧力にやがて
「攻撃止めて下さい!」
一年生が魔法を撃っている間にサンパチの銃身を握りながら盾を構えたアルは、念のために
魔獣の顔が間近で見えるぎりぎりでアルは一旦着地すると、すかさず盾を斜め上に掲げて
そのまま空中に身を投げ出したアルは、両腕で保持していた盾の縁を片手で持ち直す。
そして体を捻りながら腕を強化し、落下の速度も加えた大盾の一撃を仰け反った
メキャリという木材が粉砕される音と共に
「あ、すみません。盾壊しちゃいました」
「あー……うん、良いんだ。生徒達を纏めてくれてありがとう」
「じゃ、後はお任せします!」
盾の残骸をぽいっと投げ捨てながらエルの方にかっとんで行くアルを見ながら、教官は盾にあるまじき戦い方に盾という概念自体を疑いそうになった。
「暴れたいだけなら、ここにいる必要はありませんよ?」
「おおう、兄さん。一部の人が興奮するだろうけどその目怖い」
「アル? 今真面目な話をしてるんですよ?」
アルが着地するとエルが冷淡な目でアディを叱っている姿が見えた。
アルが茶目っ気を出すと、怒りの矛先がこちらに向いたので手を前でブンブン振りながら簡潔に向こうで完了した内容についての報告を行う。
エルは、報告が終わるとしばらく考え込んでから片手で握っているウィンチェスターで拠点の方向を指す。
「既に伝令がでてると思いますが、アルの方が速いでしょう。先輩方を呼んできてください」
『それまでは』と続けるとキッドとアディがエルの両隣に立ちながら銃杖を構える。
「僕達が皆を守ります」
「おうよ!」
「さっき叱られた分は挽回しなきゃね!」
これ以上の会話は時間の無駄だと思ったアルは早々に先ほど布陣した生徒の集団を飛び越えて拠点へ急ぐ。
途中で走っていた教官を追い越し、しばらく
「そこの変なの! 止まれ!」
『変なの』と呼ばれたのでその場で着地すると、アールカンバーが目の前で停止する。
「アルフォンスか! なぜ一人でいる!」
「伝令です! この先で一年生が大量の魔獣に襲われています!」
「先ほどからの爆発音はそれか! アルフォンス、乗れ!」
アールカンバーの手が差し出されるが、アルは手を足場にアールカンバーの頭部に張り付く。
「急ぎなのでここで構いません!」
「わかった。振り落とされるなよ!」
エドガーはアールカンバーを素早く立たせ、先ほどアルの言っていた森の奥へ急ぐ。
全員口には出さないが、焦りの色が見えるような操縦で森の奥へと
(しまったっ! せっかくロボの掌に乗れるはずだったのにスルーするとは不覚!)
約一名、アールカンバーの頭部にくっついている銀色は、魔獣や一年生の事とは別のことを考えていたのは秘密である。
しばらくすると本来伝令を行うはずだった教官が合流し、改めて聞かされる魔獣の多さに高等部の生徒の表情が強張る。
「そんなに大量の魔獣が…ガキ共がやばい!」
切羽詰ったような声にそれぞれの武装を手にした
本来の伝令より早くアルと合流したおかげか、あまり時間をかけずに彼らは一年生の集団と合流する。
「シルエットナイトが来てくれた」
「助かったよぉ…」
アルは、エドガーから降りるように指示を受けると、他の
ウィンチェスターを握りながら腕を振っているエルの近くに着地するとエルは握り拳をアルに突き出す。
「グッジョブです」
「お互いに」
その拳にアルも握り拳を作って小突き合わせ、一年生の密集陣形に戻っていく。
しばらくすると掃討が終わった
拠点に到着するとすぐに入り口を普段より多い歩哨と
守りを厚くした拠点の広場では教官と防衛役以外の
一年生は拠点の中に居るので外にでない限り無事だろう。
しかし、問題は森の奥で演習を行っている上級生達である。
「2、3年生達の進路は分かりますか?」
エドガーの問いに教官は首を左右に振る。
「難しいな。演習の目的を考えると森の中全域に広がっているはずだ」
「そのうえこの事態だ。予定通りの場所に居る保証がない」
『どこに行けば良いのか』や『闇雲に探すわけには……』と顔を突き合わせながら唸る集団に小さな影が2つ手を上げる。
「森の中で、比較的人が集まりやすい場所はどこでしょうか?」
「ん? ああ、それなら……この辺だな」
エルの質問に教官は少し考えると地図に丸を描く。
本来ならこの場所に一年生が居ても邪魔になるだけなのだが、先ほどの活躍もあって黙ってエルの言葉に耳を傾ける。
「先輩達もこの魔獣の群れに集団での抵抗を考えてると思います。ならば大人数で布陣できるこの辺りから探すのが得策かと」
「この場所も拠点の入り口から真っ直ぐ中央を抜ければ到着しますし、魔獣を迎撃する形になるので都合が良いと思います」
作戦を話すエルと地面の石を拾って拠点の入り口から丸をつけたところまで動かして補足するアルに、エドガーが教官やヘルヴィ等の
「……急を要するからな。その作戦で行こう」
意見を取りまとめたエドガーが同意し、それを聞いた各自が駐機状態の機体に乗り込むといった準備を始める。
エドガー自身もアールカンバーに乗り込もうとするが後ろから声がかかる。
「すみません先輩。僕達も連れて行ってもらえないでしょうか?」
「なぜだ?」
「森の中には親友の家族も居るので出来れば探しに行きたいのが一点」
「あとは乱戦になってることも考えると排除する歩兵が居たほうが良いかと」
エドガーは2人の言葉に連れて行くべきか思案するが、連れて行く利のほうが大きいと考えて渋々承諾する。
2人をアールカンバーの掌に乗せて立ち上がると救出部隊は重々しい足音を慣らしながら再度森に突入する。
「兄さん、今のうちに認識合わせしときましょう」
中等部の上級生の下に急行しているアールカンバーの掌でアルは口を開く。
認識合わせ、それは前世で彼らが嫌でもやっていた意思疎通の儀式である。
その重要性についてエルとアルは、『これをやっていないプロジェクトは炎上する』とよく遠い目をするほどだ。
「乱戦ではなかった場合はこのまま突っ込んでもらって僕らは避難誘導しましょう」
「それが一番楽ですね」
乱戦になっていない。つまり生徒と魔獣の距離が離れている場合、
だが、何事にも最悪を考えなければならないと思ったエルは更なる行動案を提示する。
「逆に乱戦状態、負傷者多数の場合は僕が突っ込みますからアルは生徒の様子見ながら高度な柔軟性を持ちつつ臨機応変に対応で」
「えー、それって一番難しいやつじゃないですかー」
「良いじゃないですか。遠距離攻撃の正確さは僕以上なんですから」
エルは突っ込んでかき回す。アルは生徒達を見ながら臨機応変に対応という明らかに難易度の異なるオーダーにアルは頬を膨らませる。
そうしている間にアールカンバーは速度を緩める。
前方にはエルが予想したとおり、上級生が陣形を作って大量に来襲する魔獣と戦闘を行っていた。
「適材適所ってことでお願いしますよ。では!」
そう言い残すとエルはアールカンバーの手から跳躍すると生徒が展開する最前線へ向かう。
「エドガー先輩、魔獣を引き離すのでシルエットナイトは待機をお願いします」
飛び出していったエルに若干ムカッ腹が立ったアルは、移動中にあらかじめ単眼鏡を取り付けておいたサンパチを手に取ると、後ろを向いてエドガーに動かないようにお願いする。
アールカンバーの首が縦に動く。
それを見たアルはサンパチを構え、先ほどエルが突っ込んで仕留めた
「リロード
法弾が魔獣の胴体を穿つのを確認するより早くアルは次の魔獣へ狙いをつける。
連射というには少し遅いが、矢継ぎ早に放たれる法弾は魔獣の比較的当てやすい胴体を穿ってはその勢いで魔獣を後方に飛ばす。
その間にエルは最前線からさらに前に突貫し、脅威になりそうな魔獣を片付ける。
そうしていると次第に上級生も落ち着きを取り戻し、負傷者や魔力切れの者から避難を開始していく。
エルとアルが戦闘を開始してからしばらくたつと、生徒と魔獣の間には
「先輩方、後はお願いします。アル、撤退です」
「了解」
撤退する生徒の最後尾を走っていたエルが大声でアルを呼ぶ。
それを聞いたアルはアールカンバーに一礼するとひらりと手から降りてエルと合流する。
「魔獣を迎え撃つぞ! 総員抜剣!」
一斉に武器を構えた
それでもすり抜けてくる魔獣を後ろにいたエルやステファニアが魔法で迎撃し、騎士科の上級生は怪我こそあるものの死者を出さずに拠点へと帰還した。