今年も銀鳳の副団長をよろしくおねがいします。
フレメヴィーラ王国内の物資輸送路として大活躍している街道ではクロケの森から脱出した馬車の群れが屯している。
馬車の中ではライヒアラ騎操士学園の生徒達が身を寄せ合い、先ほど遭遇した脅威に未だ身を震わせていた。
「エル君達、どうしてるかな?」
そんな馬車の群れの最後尾、エル達が飛び出した馬車ではアディがぼんやりと森のほうを見つめる。
彼女が馬車の中を確認した時、乗り込んでいたはずのエルとアルの姿は影も形もなかった。
「……なぁ、もしかしてさ」
何かを思いついたのか隣で空を見ていたキッドが呟く。
「あいつら、シルエットナイト奪って魔獣に殴りこみに行ったんじゃねぇか?」
「エル君達、背が足りなかったんじゃなかったっけ?」
アディが思い出すのは入学式のあの項垂れた2人の姿。あの頃から微々たる成長を遂げた2人だが、
「いや…ほら、アルが鐙操作して。エルが操縦桿握るとか」
キッドの言葉にアディの脳内でアルが鐙をチョコチョコ動かしながらエルが操縦桿をガンガン動かして
「ありそう」
「だろ? それにあいつらなら危なくなっても魔法で逃げてくるさ」
キッドが続いて『それに』といったところで馬車がごとりと揺れる。
馬車が動いてすぐに大勢の
***
クロケの森の中では一機の紅い
その胸部装甲は開かれ、装甲に乗る形で銀髪の少年がこれまた直立の状態で微動だにしていない。
「兄さん…」
彼が見ているのは
操縦席に座っている少年、エルは
その表情はいつもの朗らかな笑顔のそれではなく、感情を抜き出した後のような無表情だった。
「アル、もう一度言ってくれますか?」
「だから、もう止めようって」
パシュッという乾いた音が響き、アルの横すれすれをなにかが飛んでいった。
「駄目ですよアル。それは駄目です」
その言葉にアルはやっと自分が実の兄に魔法を撃たれたことを実感した。
そもそもなぜそうなったのかは、少し前に遡る。
***
「いやー、謝りますからそんなに怒らないでくださいよ」
「お前なぁ! 全力でなぁ! 疾走とかなぁ!」
涙と涎に塗れたアルは、エルの胸倉を掴んで強く揺さぶる。
ロボットを動かせたことへの感動に飛んで跳ねて走り回ってとしているうちにアルが外に居ることを忘れてしまったのがそもそもの原因である。
最初は大声で悲鳴をあげていたアルだが、効果がないことが分かると
「まぁまぁ、とりあえずベヘモスの場所知りたいのでちょっと上飛んでくれません?」
アルは
「あ……あ…」
アルが見た物は、動きを止めた
さらにベヘモスは別の方向にブレスを放つ。荒れ狂う気流をまともに受けてしまった
その地獄のような光景にアルの脳裏には、最初にベヘモスと相対した記憶が鮮明と蘇ってくる。
一瞬硬直してしまったが、なんとか着地しようと下に向けて
「うぐぅっ!」
受け止める大気の層が足りずにアルはグゥエールの手に背中を強く打ちつけてしまうが何とか立ち上がる。
ずきずきと痛む背中に鞭を打ってアルはグゥエールの操縦席に向かうと心配そうに見つめるエルに向かって口を開いた。
「兄さん、もう逃げましょう。敵うわけないですよ」
その言葉に心配そうな顔を一瞬で無表情に変えたエルは無言でウィンチェスターをアルに向けた。
***
「なんで! そんなに戦いたいんですか兄さんは!」
「はい」
エルはよどみなく答える。そのままウィンチェスターをアルに構えたままエルは言葉を続ける。
「僕はロボットを愛しています。それゆえに作りたいし動かしたい。それに戦いたいんです。そのためならこの命は惜しくありません」
『それに…』と言ってからエルは一旦口を止める。
そのまま真剣な眼差しでアルを見据えた。
「夢だけ抱いて死んでしまったら…もしもその続きがなかったら……前みたいに迷って迷って彷徨ってしまうかもしれません。だから僕はこの人生では迷いません。それが今の僕を動かしているロジックです」
それを聞いたアルは先ほどまでのうろたえた様子が何処かに吹き飛んだ。深くため息をついて頭を掻き毟る。
アルは先ほどの言葉をこう解釈した。
『足を止める命令なんてない。動いたら動きっぱなし』
そのままアルは頭を抱えて腰を左右に揺らして何かを悩むが、左右に3往復ぐらいすると『あぁー!』というため息交じりの悲鳴と共にエルを見据えた。
「分かりましたよ! ベヘモスは向こう! このまま行けば数分で着きます」
方角を指差しながら報告するとエルの顔に笑顔が戻ってくる。
「ありがとうございます。アルはこのまま避難してください」
「了解……死なないでくださいね」
アルの口から搾り出した懇願の言葉にエルは首を左右に振って答える。
「確約は出来ません。僕の持っている全て……全部試して、全部ぶつけて、それでも駄目なら抜け道がないか探る。まずは全部試してみないと分かりませんよ」
『納品物の試験と一緒ですよ』と快活に笑ういつもの様子にアルもまた普段どおりの笑みを溢して近くの木に飛び移る。
胸部装甲が閉じてそのまま走り出すグゥエールの姿が見えなくなるまでアルはその場にとどまった。
やがて完全にグゥエールの姿がなくなり、移動しようと枝を蹴ろうとするが、すんでのところで何かを忘れているような感覚に陥る。
「…………あ、ディー先輩回収するの忘れてた」
慌ててアルも進路を変更してグゥエールの後を追うことにした。
***
アルが猛然と移動するグゥエールを追って十数分、彼は開けた場所に出た。
周囲の木々は地面ごと粉砕されており、まるで大きな災害でも起こったかのような惨状になっている。
だが、アルは直感した。これは元々開けてるのではなく、ベヘモスのブレスによるものだと。
改めてかの魔獣の強大さに身を震わせながらアルは、とある物体へと歩を進める。
それは爆心地にも似た地形の中にある物体としては、あまりにも不自然な物体だった。
金属と錬金術の粋で構成されたそれは、人でいうと頭と四肢が引きちぎれた状態で寝転がっていた。
「胸部装甲が…」
アルはそのとある物体……
『まだ生きているかもしれない』そんな思いが彼の中を駆け巡る。だが、アルは決定的な思い違いをしていた。
アルが胸部装甲を開くレバーを引くと、歪んでいる装甲が引っかかって擦れる嫌な音が響く。
もどかしくなったアルは身体強化を最大にして装甲を無理やり引っぺがすと中の状態があらわになった。
「アッ……」
まず目に入ったものは赤い空間だった。
ところどころ赤黒く変色しているが、一面真っ赤になった空間と鉄くさい臭いにアルはまず肺の中の空気が全部出たかのようなかすれた声を出した。
次に全身をするどい刃物で切り刻まれ、操縦桿を持つ手が腕ごと変な方向に曲がった何も言わない存在に目を向ける。
その非日常的な光景を見てアルは胃の中の物が喉まで出掛かるのをなんとか押し留める。
しかし……とどめにアルは、とある事に気付いてしまった。
そこから、アルの行動は早かった。素早く
何年も高等部に付いて回って
信じたくなかった。だからこそ今まで気付かない振りをしていた。それが今、あらわになってアルを襲う。
ひとしきり胃の中の物を出したアルは痛む喉を押さえながら周囲を見渡すと、もう一機の
「トランドオーケスが」
初日に手を振り返してくれた
アルはその場からトランドオーケスに駆け出す。グングンと大きくなっていくトランドオーケスの存在にふと胸部装甲が破壊されていることに気付く。
「ヘルヴィ先輩!」
そのまま
乱暴に破壊された胸部装甲を見るからに恐らく僚機に救われたのだろう。
しばらくアルはトランドオーケスの胸部装甲の上でボーっとしていたが、次第に安堵とはまったく別の感情が湧き出してきた。
愛機と共に冷たい存在になってしまった先輩。彼とは話したり、分からない所を教えてもらうような決して浅いとは言えない仲だった。
その先輩を虫けらのように蹂躙されたのだ。
憎悪、一般的にそういわれる感情がアルの脳内を真っ黒く塗り潰す。
「あの亀野郎……」
現在のアルの頭をPCにすると、恐らく大量のエラー文が出るだろう程に彼は憎悪に包まれていた。
しかし、暴走しそうな彼の足をまだ無事な脳の領域で『自分では勝てない』という判断を下してなんとか押しとどめる。
アルが理性で感情を押さえ込もうとしている眼前では、グゥエールが一般的な
(兄さんに頑張ってもらう。その為には何か……何か!)
いくらか冷静になった頭でアルは考える。
すると別の方角から法弾が飛んでくるのが見えた。アルがその方向を見ると、現在フレメヴィーラで正式量産されている
「ヤントゥネン騎士団。随分早い到着ですね」
掲げられている旗が一昨日ぐらいの城壁の上で翻っていた物と同じ紋章からヤントゥネンの騎士団と判断したアルはトランドオーケスの中に潜り込む。
別に隠れているわけではない。アルは先ほどエルが行っていたように十分な長さの
そのままアルは、
「先輩、力を貸してください」
アルは赤黒い操縦席に黙祷し、同じ手順で
「私が魔法を作っても、魔力がちっとも足りないが、魔力がある君は私のように魔法を構築できないの」
小さい頃に読んだような詩を歌いながら、アルはその場で寝そべって術式を構築する。
使用するのは
アルはトランドオーケスと先輩の
それは以前エルがピンと閃いただけの知識だったが、無事に出来たことに安堵しながら目の前の化け物を見据える。
アルが術式を構築している間にも騎士団の
だが、騎士団も負けじと
「っし!!」
術式を構築しつつも戦況を見ていたアルは、その反撃に思わずガッツポーズをする。
このままとどめとばかりにベヘモスの顔面に向けて破城槌部隊が走る。
(出来ることならこれを奴の顔面にぶち込みたかったなぁ)
戦闘の終了を予感したアルが若干残念に思いながら術式を中断し、魔力の供給を終わろうとした時だった。
突然ベヘモスが自分の真下にブレスを放ったのだ。
余波と捲れる地面に次々と破城槌部隊がやられて行くが、アルは視線は被害を被った
「ベヘモスが…立ち上がってる!?」
そう、その絶大な威力のブレスによってベヘモスの巨体が『立ち上がったのだ』。
アルはそのまま放心しそうになるが、日頃マティアスと行っていた稽古のおかげでなんとか平静を取り戻すと中断していなかった術式を再起動する。
照準を立ち上がったベヘモスの頭部に定め、アルは
大気を圧縮し過ぎて景色が醜く歪むほどの巨大な法弾は寸分たがわずベヘモスの横っ面に炸裂音と共に着弾した。
ベヘモスは突然飛来した何かを食らい、面食らってしまう。
その隙を突かれて大勢の
──が、本能的にそれは自殺と変わらないと感じたのか、ベヘモスはなんとか体勢を立て直そうとその巨体を真横……騎士団が展開している陣形の外側に倒れこむ。
ベヘモス……彼は激怒した。彼の中では痛い攻撃をしてきた
彼はぐるりとなにかが来た方角を見て咆哮する。
すると何か小さなハエのようなものが吹き飛んでいったような気がしたので、彼はわりかしすっきりして本格的に虫けらを掃除しようと
だが、彼は知らない。
「人類を! なめるなぁ!!」
漫画で使い古されたようなありきたりな言葉をどう考えても圧倒的強者のベヘモスに大声で叫ぶほど
??「敵の親玉もろとも僕に撃たれるんですね。分かります」
??「兄さん、縁起でもないこと言わないで」