銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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幕間です。
メッセージでちょくちょくステファニア姉様ヒロイン系のお話を期待されている方がいらっしゃるので少し前から地味に書いたりしてました。
原作と激しく乖離していることもあるので、お許しください


幕間(あったかもしれない未来_ステファニア編)

 子供の質問に親が答えるというシチュエーションは数多くある。しかし、その全ての質問に親が答えられる訳がなく、中には言葉を濁して逃げてしまうようなことも多々ある。

 例えば、赤ちゃんはどこから来るのかや、弟や妹が欲しい。エトセトラエトセトラ……。諸兄のなかにはそんな質問をして親を困らせた方々も居るだろう。そして、回答に困っている親に不思議に思い、後に『親は素直に答えるわけにはいかない』ことを知って大人の階段をまた1段登るのはもはや人類の様式美であろう。

 

「父さんはなんで母さんと結婚したの?」

 

 とある屋敷の談話室で団欒をしていた金髪の子供が親に聞いたのも、まさにその『答えにくい質問』であった。

 それを聞いた子供の母親であるステファニアは目を丸くしながら詳しい事情を聞く。するとどうやら彼の通っている学園でクラスメイトに『お前は結婚する女に言い寄った卑しい男の子供だ』と初等部の癖に難しい言葉を使って口撃を加えてきたらしい。

 

「…………さて、兄さんにイズモとヘイローコートを借りましょうかね」

 

「待てアルフォンス。君、どこへいくつもりかね?」

 

 それを聞いて赤ん坊にのしかかられた状態で床の感触を存分に楽しんでいた男、アルフォンス・エチェバルリアは背中の赤ん坊をステファニアに預けると畳んであったとある騎士団の制服を着て扉の取っ手を握った。そのタイミングで椅子に座っていたもう1人の男であるレンナルトがやっと呼び止めると『日曜日のケジメです』と至極笑顔で答えた。

 

 アルの元々の気性は穏やかで滅多なことでは怒らないのだが、今のアルはご立腹を遥かに通り越していた。おそらく、レンナルトが止めなければアルはそのまま自身の愛馬であるツェンドリンブルを駆ってライヒアラに赴き、実兄のエルネスティと義姉のアデルトルートに事情を説明。共に銀鳳騎士団の所有する飛空船(レビテートシップ)『イズモ』に乗ってイカルガとシルフィアーネ・カササギ三世・エンゲージ、そしてフレメヴィーラ王国の制式量産機であるカルディトーレをさらに発展させた新型制式量産機、『カルディトーレMkⅡ』を引っさげて『誰が湖の騎士だおらぁ!』と口撃を仕掛けた貴族の領地に強襲揚陸を行うだろう。

 

「レニーの旦那。その子供の口ぶりから恐らく常日頃から大人が言ってるはずです。僕だけ悪く言われるのは良いですが、子供や旦那やティファのことを悪く言われるのは我慢なりません」

 

「うん、僕も同じ気持ちだよ。だから……ちょっとその子の親が治めてる領地の食糧供給を少なくしよう。トーレ、ハレス。貴族が攻撃された時はこうするんだってことを今から僕がすることで学びなさい」

 

 アルを止めるレンナルトの手に力が篭もる。実はこの男、一件さわやかなスマイルをアルに送っているがアルと同等の怒りを内包している。つまり、ガチギレ状態であった。

 貴族特有のねちっこい報復を行うついでにステファニアとの間に生まれた2人の息子に教育を施そうと声をかけた矢先、ようやく重い腰を上げたステファニアの拳によって2人は床に倒れ伏した。

 

「お馬鹿! そんなことをしてみなさい! お父様も陛下もお怒りになるわよ!」

 

「「え~、だって~」」

 

「だってじゃないです!」

 

 拳骨された頭をさすりながら反論する2人にステファニアは無理やり話を終わらせる。そもそもケルヴィネン家はセラーティ家と比べて食料の供給量は乏しい。そんな家が食糧供給を自在に操作できるわけがないのでレンナルトの報復は出来るわけがないのだが、心優しいステファニアはあえて口を出さないようにした。

 

 ただ、この話の顛末として悪口を言った子供の親がその話を聞いた途端、菓子折りを持ってアルに全力の謝罪をした。どうやらいきなり力を持ち出したケルヴィネン家を少し嫉妬した際に口走ったことを子供が真似をしたらしく、『鬼神は止めて下さい』と泣きながら懇願してくる貴族に一応謝罪は受け入れたアルは『あー、そういうことありますね。とりあえず気をつけてください』と共感しながら許して事なきを得た。──得たのだが、『質問した答えを答えてもらっていない』と再び談話室でアルとステファニアの間に生まれた長男。ノア・エチェバルリア』がアルに問い詰めた。

 

「えー、もう良いじゃないですか。それよりルテニア可愛いですよ」

 

 生まれたばかりの長女、『ルテニア・エチェバルリア』を抱きながらどうでも良さげにそっぽを向くアルにノアは『はぐらかさないでください』と詰め寄り、さらにノアの横から現れたステファニアとレンナルトの子供である『トーレ・ケルヴィネン』と『ハレス・ケルヴィネン』が興味深そうな瞳でアルを見つめる。

 

「アル君、もう良いじゃない。話してあげたら?」

 

「いやー、我ながら情けない真似したなぁと後悔……はしていませんが、反省はしてるんで」

 

 ステファニアからの援護射撃も入ってか口をもごもごさせるアルだったが、それでも喋らないので横から話を聞いていたレンナルトが『彼は僕とティファの結婚式前日にティファに結婚を迫ったんだよ』と本当のことだが伝え方が非常にまずい説明をする。

 その非常識さに子供達は一斉に軽蔑した目でアルのことを見るが、アルを庇うようにステファニアはアルを抱きしめながら『アル君を軽蔑するのはこの子がやったことを全て聞いてからにしなさい。それでも許しがたいと思うならに好きになさい』と実の子供に対してきつい言葉を投げかけた。

 

 母であるステファニアの言葉に子供達は居住まいを正しながら拝聴の構えをとり、逃げられないことを悟ったアルは神妙な顔つきでルテニアをステファニアに預けてから子供達の前に座り込むと、『これはティファとレニーの旦那……ステファニアさんとレンナルトさんが結婚する前の夜のことでした』と当時のことを語り始めた。

 

 ***

 

「やっぱりアル君! 私と結婚しましょう!」

 

「話の脈絡なさ過ぎぃ!」

 

 突如物陰から姿を現したステファニアが妙なことを言いながらアルを抱擁する。その脈絡もないプロポーズをされたアルだけではなくレンナルトも唖然とする。そうしているとステファニアと同じ物陰からエルとアディが飛び出してきたので、それを見たアルは先ほどまでレンナルトと殴り合っていたことやその時に喋っていたことを全て聞かれたと察して見る見るうちに顔を赤くする。

 

「ねぇ、ケニー。男の貴族が妻を何人も娶るのに何人も夫にするのはいけないこと?」

 

「いや……その……」

 

「それにこの子は私目線ではあるけれどレニーの領地に必要な人間よ。それこそ、そこに居るこの子のお兄さんよりもずっとね」

 

 そんなアルの顔を見たステファニアはアルの頭を撫でながら即座に答えられないような質問をしてレンナルトを黙らせる。自分がずるいことを言っている自覚倫理観的に不味いことを言っている自覚は当然ある。しかし、彼女はそこで立ち止まらずにいかにアルを自分やレンナルトの役に立つかのプレゼンを開始する。

 誰もが先ほどの言葉の前に呆然とステファニアのプレゼンを聞いていたが、ただ1人だけ……アルの実兄であるエルだけはプレゼンの中にあった『エルよりもアルの方が必要』という言葉に引っかかりを感じて反論する。

 

「む、それは聞き捨てなりませんね。兄より優れた弟は存在しないと思ってシルエットナイト関係では負けないように修練を積んできたという自負があるのですが」

 

「ええ、だって……エル君は目標を前にしたら必要なもの以外はそぎ落として飛んで行っちゃうじゃない。アル君は捨てられない子なのよ? それに……この子は人と関係を作るのが上手だもの」

 

 ステファニアの言葉を聞いたエルは、はっとした表情でエルの方に笑いかけるステファニアを見た。今までアルはロボットだけを目標とする自分がやらなかったこと──積極的に他人と関わろうとしていた。それも王族や貴族のような偉い人物ではなく、騎士科や鍛治科や生徒会といった学生、さらには幻晶甲冑(シルエットギア)や学園の教師を通じて様々な人間と関係を作り上げてきた。

 

 エルもそんなアルの人間関係を築く能力に全幅の信頼を置いていたし、領地運営ではそんな人との関係性は財産であり、時に武器であることをエルは前世の歴史から知っていた。そんなアルの性格や向いていることを的確に見抜いたステファニアの眼力にエルは舌を巻きながらため息を一つつく。

 

「なるほど。よく見ていらっしゃる。そこまで言われてしまえば僕からは何も言うことはないですね」

 

「いや、何か言ってくださいよ。後方兄貴面とか何様ですか」

 

「お兄様ですがなにか?」

 

 下手なコントを打つアルを抱きながらステファニアは次にレンナルトを見る。その目は『どう?』とまるで捕った獲物を自慢するような肉食獣のような視線だったのだが、レンナルトは後が怖いのでそのことについてはとやかく言及せずにただ、『僕も賛成だよ』と諦めかのような意見を述べた。

 ただ、そんな空気の中で『最後に頼れるのは自分のみ』と覚悟を決めたアルがステファニアに対して最後の抵抗に出る。

 

「ステファニア様。僕は結構面倒くさいですよ?」

 

「構わないわ?」

 

「後、たまにシルエットナイトについて暴走しますよ?」

 

「構わないわ? それがアル君の可愛い所だし」

 

「あと……あと……」

 

 次々と弾いた言葉の弾丸がステファニアに突き刺さる前に迎撃され、言い訳という残弾が少なくなったことでアルの表情に焦りが見え始める。そして、それを見たステファニアは焦りという格好の隙を突くためにもう一度アルを強く抱きしめ、自らの唇をアルの口元に押し当てる。

 

「嫌だと抵抗しないのにこれ以上の問答は無粋よ。こうやって捕まえたんだから」

 

「……はい」

 

 ようやく観念したアルの返答に満足したステファニアだったが、その横で大胆すぎる告白を聞いたエルは『男女逆じゃね?』とひたすら首を捻っていた。

 

 ***

 

 婚前にもう1人の夫が出来たという報告がステファニアからもたらされたヨアキムは頭を抱えた。ひとまずはレンナルトと予定通り結婚を行い、アルとは婚約といった形でひとまずは問題を先送りにした。ただ、その先送りにした問題を未解決のままにしないためにヨアキムは生贄……もとい、協力してくれそうな貴族としてテレスターレ以来連絡を取っていなかったクヌートに連絡を取った。

 

 そしてクヌートも同じように頭を悩ませながら机に頭を打ち付け、『もう王に報告したほうが良いんじゃないか?』という上司に問題を投げようとした矢先、既にアルによって婚約と内々での銀鳳騎士団脱退の報告を受けたリオタムスが2人を呼びつけた。

 

「2人共……どうなっておるんだ」

 

「こちらも知りたいぐらいです」

 

 何がなんだか分からないという空気が城の会議室を占拠する。ただ1つ言えることはこの事態を静観していたら貴族間の──特にケルヴィネン家と花嫁の実家であるセラーティ家の力が強大になってしまうのでその調整に四苦八苦する羽目になると判断した3人は『アルにステファニアとの結婚を諦めさせよう』という共通認識が生まれた。

 

「どうせ、諦めさせようと考えとるんじゃろ?」

 

「せ、先王陛下!」

 

 そんな時、会議室のドアがノックなしに開かれてアンブロシウスが木剣を肩に担ぎながらずかずかと入る込んできた。恐らく近衛の鍛錬に混ざっていたのだろうその姿に諌めようとしたクヌートを押しのけて会議室の椅子にどっかりと座り込むと『ワシは賛成じゃな』とまさかの賛成派に名乗り出た。

 

「な……父上、それでは貴族間の力関係が!」

 

「王が父と呼ぶでないわ! それにアルフォンス1人やったところで崩れる力関係なら当の昔にフレメヴィーラは内部分裂で滅んでおるわ!」

 

 リオタムスが父上といったことに激昂し、さらに自身が調整していた力関係を幻晶騎士(シルエットナイト)開発においては黄金のような価値とはいえ、ぽっと出の子供1人に簡単に崩されかねないと想像している3人に対してさらに激昂する。

 たしかにエルやアルは齢20すら至っていないのに幻晶騎士(シルエットナイト)開発で目覚しい功績を残した逸材である。しかし、そんな少年を1人抱えただけで幻晶騎士(シルエットナイト)はバンバン開発されるわけではない。

 そしてケルヴィネン家もセラーティ家がステファニアを出したことから、貴族特有の後ろ暗いものは多少あっても特段フレメヴィーラ王国に対して謀反を企むような家ではないのでこのまま静観するべきだとアンブロシウスは3人を説き伏せる。

 

「いや……待て? たしかに銀鳳騎士団としての仕事を1つこなして結婚のために脱退は虫が良すぎるか……。そうなると……いや……こうしたほうが面白いな」

 

(今、面白いと言いましたよ)

 

(先王陛下の悪い癖が……)

 

 ぶつぶつと思案にふけるアンブロシウスに嫌な予感をひしひしと感じたクヌートとヨアキムがヒソヒソと話し合う。『出来れば国が荒れないようにして欲しい』と置いてけぼりを食らったリオタムスが必死に祈っていると、長考が終わったのかアンブロシウスは膝をポンと叩きながら『アルに課題を与える』と力強く宣誓した。

 

 こうして、アンブロシウスの思いつき。曰く、『結婚目前の人妻(仮)と婚約をするのは覚悟がいるもの。ならば、その覚悟を実力を持って周囲に証明し、実力でねじ伏せてみよ』といかにもフレメヴィーラ魂溢れるお言葉を頂戴したアルは力一杯の返事で答えた。

 

 アンブロシウスがアルに課した課題は以下の通りである。

 

 一つ

 ケルヴィネン家を発展させよ。

 

 一つ

 単騎で大型魔獣を討伐せよ。

 

 一つ

 フレメヴィーラ王国をさらに発展させる一助となるものを提案せよ。

 

 ***

 

「いやぁ、今にして思えば先王陛下はお遊びだったんでしょうね。課題が抽象的だし、なにより目がガチだったから本気で結婚を止めさせようとしてると勘違いしてました」

 

「だから言ったじゃない。先王陛下はそんなイジワルしないって」

 

「それを言えるのは君だけだよ。僕も心臓が止まりかけたもの」

 

 当時の様子を思い出して身震いする男性陣に対し、ステファニアは『うちの人達はダメね~』と抱いていたルテニアをあやす。その肝の据わり方に『フレメヴィーラの女は怖い』という先代セラーティ侯爵であるヨアキムの言葉を2人は改めて実感した。

 

「ところで父さんはその課題をどうやって達成したんですか?」

 

「んー、運も絡みましたけど魔獣課題は銀鳳騎士団に居た頃にこなしましたよ。フレメヴィーラ発展に対する開発は……正直アレで良かったのか疑問ですが」

 

 ノアに聞かれたのでアルは課題の顛末を記憶から引っ張り出した。

 アルがまだ銀鳳騎士団に所属していた頃、巣分けを行っていたシェルケースの進行方向にフレメヴィーラの今後の幻晶騎士(シルエットナイト)開発を左右するような重要拠点を守る要塞が存在していたのだ。

 この非常事態に王族は設立して間もない銀鳳騎士団に出撃を要請。襲い来る殻獣(シェルケース)の群れを要塞の守備隊であるアルヴァンズと共に撃破。ここまでが教科書にも載っている殻獣(シェルケース)についての災害の顛末だ。

 

 しかし、この戦いの中でアルは古の記録でしかその姿を確認できなかった指揮と法撃に特化したシェルケース種『司令殻獣(コマンダーシェルケース)』と交戦。見事にこれを討ち取ったのである。

 魔獣研究所に運び込まれ、その生態や戦闘スタイルと記録を基に研究所はこの魔獣を大隊クラスと定義し、『個人が倒せる魔獣のレベルから逸脱している』という理屈からリオタムスが課題の完了を宣告した。

 それと同時にアルは銀鳳騎士団や教員を辞職。その後は故郷を離れてケルヴィネン領を守護するリデアの中隊の一員としてカルディトーレの教導官的な仕事をしながら残された課題をこなすことに注力した。

 

「では、フレメヴィーラの発展はどうしたのですか? これが一番ふわっとしてるのですが」

 

「あー、初等部では教えてくれないんですね」

 

 そう言ったアルは少し部屋を出るとなにやら数冊の本を持って戻ってきた。それらを子供達に配り、腰を落ち着けてから自分の分の本を開いて『中等部の教科書です』と説明するとノア達に所定のページを開かせた。

 そこには『ボキューズラインの建築』と書かれたボキューズ大森海とフレメヴィーラ王国を隔てる巨大な要塞群の挿絵と概要が書かれており、その建築にはフレメヴィーラ王国で有名な城砦建築家である『ペッレルヴォ・カイタラ』の名前があった。

 しかし、どこにもアルの名前が載っていないのでアルの言っていた課題と関係あるのかと疑問を持ったノア達。その『なに言ってるんだ。この人』表情に気づいたアルは『企画しただけなんですよ』と照れ隠しのように頭を掻く。

 

「概念や考えを説明したらその……話が大きくなりすぎまして。僕のあずかり知らない所でプロジェクトが進んでました」

 

 ボキューズライン。それはアルの前世で行われた大戦中に造られた要塞群の構想にセッテルンド大陸の魔法技術を組み合わせたボキューズ大森海からフレメヴィーラ王国を守る盾である。

 まず、一定間隔でボキューズ大森海を覆うように支城を建築。ここには偵察機器として偵察気球であるリーコン、魔獣から支城を守るための火砲として連射性や火力を増強した様々な魔導兵装(シルエットアームズ)幻晶騎士(シルエットナイト)の整備を行う工房や各支城を繋ぐトロッコを配備し、支城の中にはそれらを稼動させるために数基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)を地下に敷設する。

 次にそれらの支城を繋ぐように壁を建設すれば旅団級は厳しいだろうが、大隊級の魔獣や小型魔獣の定期的な大発生には耐えられるのではないかというのが当初のアルが考えていた計画であった。

 

 ただ、この要塞群の建設には大量の資金が必要である。そのためにアルは確かにフレメヴィーラ王国にとって有用な意見だろうけど資金面の段階でリテイクを食らうだろうことを想定し、早々のこのボキューズラインについての計画を破棄して新しい計画を実行に移していた。

 しかし、このボキューズラインの建造計画は時流の波が味方したことで思わぬ方向へ転がった。巨人族との邂逅を経たフレメヴィーラ王国ではボキューズ大森海の開発を行うという風潮が流れ始めたのだ。そして、ボキューズラインはその概要から強力な橋頭堡に成りえると貴族達が連名で出資を行い、それらの陳情を見たリオタムスが許可を出す。ついでにアルの課題の1つがこのボキューズラインの計画書を提出ということで消化された。

 

 別にフレメヴィーラ王国にとって有益な案を考えていたアルにとって『え、ほんとにやるの?』といった思いはあったのだが、棚から出てきた牡丹餅にありがたく食いついた。そして、新しい計画を実行する傍らで兄の結婚式の準備をするという多忙な毎日だったせいで計画をまとめるのに数ヶ月かかってしまったが、見事に計画を纏めたアルは顔見知りであったペッレルヴォにその計画書を託した。

 その後は幻晶騎士(シルエットナイト)と言う重機、幻晶甲冑(シルエットギア)という細かな制御が利く重機にペッレルヴォの手腕が揃った結果、作業は僅か2年辺りでガワは完成した。

 ただ、その段階で資金がかなり使用されたのでこれより先の充実化については時を見計らいながら作っていくという方針になったとかなんとか。

 

「要塞にエーテルリアクタを組み込むって聞いた時のエル君の顔、すごかったわね」

 

「僕としてはアルの剣幕のほうがすごかったね」

 

 このボキューズライン作製の裏話として話し出したステファニアとレンナルトの言葉に、アルは『面目ない』と照れる。だが、その裏話はどこぞの先代侯爵や先代公爵、現在絶賛胃痛と友人関係を結ぶ王が聞いたら『笑い事じゃねぇぞ』と憤慨するようなものだったのだ。

 

 要塞を作成するにあたって火砲などに使用する魔力を魔力転換炉(エーテルリアクタ)で賄うのは必須事項であった。ただ、それを許容しない者が居る。いわずと知れたアルの実兄のエルだ。

 ただ、仮にも王族が主体で行っているものに一騎士団長のエルが口を出す権利は無いので強行できるのだが、『放っておけば危ない』という先王のアンブロシウスがアルに説得するように命を出した。アルにとっても今回の計画には文字通りアルとステファニアの今後が含まれているため、いつものヘタれた姿勢を見せずにアルは真正面からエルと相対する。

 前哨戦として舌戦を繰り広げ、唐突に繰り広げられる亀ラップに同調し、泣き落としにも負けず、そしてイカルガを前にしても怯まずにアルは戦い続け、このエルの説得が3つの課題の中で一番難しかったとアルが豪語するほどに激しい戦いの末、ようやくエルが納得した。

 

「それで、最後の課題はどうだったんです?」

 

「ん? 今の僕の職業がヒントですよ」

 

 その時の戦いを思い出したのかアルが震える手を押さえていると、ノアが最後の課題についてたずねてきた。そのヒントとして畳んである騎士団の制服を指差すが、それだけではノアには厳しかったらしく少し頬を膨らませて納得が行かないことをアピールする。

 

「言葉が足りないよ。アル」

 

 ノアの表情にレンナルトはアルを嗜めながら答えを教えてあげようと息を吸い込む。これより話すのはケルヴィネン家だけではなく、セラーティ家やフレメヴィーラの主だった貴族領にも関係することなので、レンナルトとしては将来この家を継ぐことになる自身の息子達やノアに詳しい話を聞いて欲しかったという思惑もあった。

 

「アルはこのケルヴィネン家やセラーティ家の領地……あとはカンカネンやライヒアラとか主要な貴族の領地を結ぶツェンドリンブル用の道を作ったんだよ」

 

 レンナルトが説明したアルの行った最後の課題の対応。それはツェンドリンブルが走行するための道を整備することだった。

 ツェンドリンブルはカルディトーレと比べると大型の機体だ。それを通常の馬車道で走行すれば普通の街道行き来する馬車の邪魔にもなるし、一般人の危険度も膨れ上がる。

 そこでアルは高位の貴族や王族にツェンドリンブルが走行するためだけの道。前世で言う『車道』の概念を用いてプレゼンを行った。

 このプレゼンに王族だけではなく貴族も交えたのはこの道を作る案は当初『フレメヴィーラ王国をさらに発展させる一助となるもの』としてアルが新たに計画した物で、それの実現のためには各領地の連携が不可欠だと考えたからだ。ただ、貴族の考え方的にこの大それた計画は馬鹿にされながら却下されるものだとアルはあまり期待していなかった。

 

 だがこの話、思いのほか食いついた貴族が多数おり、さらにアンブロシウスとリオタムスが連名という割とレアなケースでGOサインがでた。すると瞬く間に人員や作業用の幻晶騎士(シルエットナイト)や物資がケルヴィネン家に集まっていったので、これにはアルもレンナルトも唖然とした表情をしながらも次々運び込まれる物資や人の管理に追われた。

 

「まー、あの時は馬車しかなかったですし……それのせいかなぁ」

 

 当時のことを思い返していたアルはあれほど多数の援助をもらった理由を今になって考察する。

 大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)中だった当時の輸送といえば馬車が基本である。ただ、馬車は運搬量が限られるし、頻繁に故障もする。馬の確保や餌代に人員の宿泊費も距離によってかかるので貴族や商人はその経費の削減を夢見て日々心を砕いていた。

 

 そんな時にアルが『市民や商人が気楽に乗れて物資も輸送できる速い移動手段』としてツェンドリンブル専用の道を発案したのだ。ツェンドリンブルはラボでも生産できるように銀鳳騎士団が事前に手を回しているので量産は可能だし、なにより直にツェンドリンブルの輸送能力を体験したアンブロシウスの計らいによって王族は即座に許可を出し、それに釣られるように貴族達はケルヴィネン家に援助を行ったのだろうとアルは考察を終了する。

 

 結果がどうあれ、そんなこんなで資材や人員、幻晶騎士(シルエットナイト)幻晶甲冑(シルエットギア)がケルヴィネン家に集まり、さらにはアルの手で制作された道の概要や具体的なルートが記載された設計書が既に存在する。それを意味することは何か──一心不乱の工事の始まりだ。

 

「父さん、魔獣とか出なかったんですか?」

 

 ここでノアがアルに疑問を投げかけた。いくらカルディトーレといった強力な新型量産機が普及し始めたことによって魔獣を駆逐しつつあるフレメヴィーラ王国であっても魔獣はまだまだ生息している。そんな国で道を新しく作るのは難しいはずだと思ったノアだが、アルは平然と『出ましたけど、こう……倒しながら作りました』と信じられないような返答をする。

 

「僕も見に行ったことがあるけど本当に魔獣倒しながら道を作ってたから驚いたよ」

 

 アルの回答に補足するようにレンナルトは当時のことを思い出しながら口を開いた。息抜きとしてアルの作業現場を見に行ったレンナルトが見た物は端的に、かつ前世の枠組みで言うとすれば『ローマ的』だった。

 

 決闘級以上の魔獣が出た瞬間、近くで作業をしていた幻晶騎士(シルエットナイト)が我先にと手に持ったツルハシやスコップ、ハンマーを振り回しながら魔獣を駆逐し、小型魔獣が出た場合は同じような装備をした幻晶甲冑(シルエットギア)がそれを駆逐。その後は何も起こらなかったかのように道を敷設し始め、魔獣がまた出て来たら先ほどと同じように対処。後はひたすらそれの繰り返しと本当に道を作りながら敵を倒すという行動をアルを含めた作業員達はひたすら行った。

 結果としてケルヴィネン領からフレメヴィーラを経由、王都カンカネンへ続くツェンドリンブル専用の道路は大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)に首を突っ込んでいたエル達が帰還するタイミングで敷設が完了した。

 

「レビテートシップが出てきた時は驚いたけど、空の魔獣のいざこざで逆に陸路の輸送が注目されたのも大きかったね」

 

「そうですね。レビテートシップも有力な貴族しか持ってなかったですし、空路と陸路で上手い具合に差別化できたのも大きいですね」

 

「あれ、ですがアル父様のお仕事と関係ないのでは?」

 

 大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)後に発生した飛空船(レビテートシップ)黎明期の思い出話に花を咲かせるアルとレンナルトにトーレが口を挟んだ。課題については分かったが、今のアルの仕事については疑問が残っている。どこかの貴族が新たに道路が敷設を予定しない限りアルの仕事はもはや無くなっている筈なので、トーレがそのことについて言及するとアルは傍らに畳んでいた騎士団長の服を広げた。

 

「王家直轄の金燕(キンエン)騎士団。……早い話、ツェンドリンブルで人や荷物を運ぶお仕事です」

 

 そう、アルの現在の仕事は前世で言うバス兼輸送トラックの運転手だった。飛空船(レビテートシップ)と比べてもかなり安い値段でフレメヴィーラ王国の僻地から様々な街を経てカンカネンまで行けるこの『バス』という概念は市民や遠方に学生を送る親にとってなによりもありがたい存在だった。

 そして、商会や行商人にとっても人1人に比べて料金は高いが、馬車を何台も使い潰してながら何日も馬車を操って他の街に行くよりも圧倒的なほどに低コストかつ、事故が起きなければ1日でたどり着けるので金燕騎士団は商人にとっても福の神のような存在でもあった。

 

 ちなみにこの金燕騎士団は有力貴族の都に支部が存在しており、人員についてもリオタムスの命で様々な騎士団から引退した老兵や騎士になれなかったりといった理由でドロップアウトした若者も積極的に雇用するなど、社会的なセーフティネットとしての意味合いも強かったりする。

 

「こうして全ての課題を消化した僕がステファニアさんと結婚してノア達が生まれたわけですね。ただ1つ不満があるとすれば、ツェンドリンブルのコスト的に考えると金燕騎士団は自転車操業なことだけですね。少しばかり貯蓄しておきたい……」

 

「仕方ないさ。そもそも国が運営するから何かあれば国が身銭を切ってくれるだろ。ほら、皆も明日は早いんだからもう寝なさい」

 

 ただ、フレメヴィーラ王国の輸送業を一手に引き受ける金燕騎士団の実情は中々厳しい物らしく、アルは少しばかり愚痴を吐く。『料金設定甘かったかなぁ』とお金の心配をするアルにレンナルトはこれ以上は子供の教育に悪いと子供達を就寝させた。

 

 ***

 

「それでは母さん。いってきます」

 

 次の日。都から出るツェンドリンブル便の駅で子供達はステファニアと別れの挨拶をする。ツェンドリンブル便を使えば日帰りで来れる距離なのだが、子供の料金としてはいささか高額のために次に帰省できるのは纏まった休みがある時期なのでステファニアも寂しそうに子供達に手を振る。

 

「すみません。操縦代わってもらっても?」

 

「あれ、団長。今日はシフトに入ってませんよね?」

 

 そんな家族の別れの最中にツェンドリンブルの操縦席ではつい最近まで銀鳳騎士団に所属していたキャリーがアルと会話していた。突然の運転を代わると言う言葉にキャリーは予定を思い返すが、アルは『子供が乗客に居るんです』と話すと意図を察したキャリーはニヤつきながら『がんばって。お父さん』と快く操縦席を明け渡した。

 

「そろそろフレメヴィーラ経由。カンカネン行き出発します」

 

「あ、父さんの声だ」

 

 拡声器から響くアルの声に気付いたノアは我先に荷馬車(キャリッジ)へ乗り込み、それを追いかけるようにトーレとハレスも荷馬車(キャリッジ)に乗り込んで設置されている座椅子に座ってベルトを締めた。そうしていると『ドアーシマリャス』と妙になまったような声が荷馬車(キャリッジ)に響いたと同時に荷馬車(キャリッジ)の扉が閉まって自動的にロックされる。そして荷馬車(キャリッジ)の上部に備え付けられた幻像投影機(ホロモニター)から荷馬車(キャリッジ)の周囲の状況が映し出されるとツェンドリンブルはゆっくりとした足取りで城門に向かって歩き出した。

 

「そっか。これが父さんの仕事か」

 

 城門から専用道に出たツェンドリンブルは一気に速度を上げて突き進む。幻像投影機(ホロモニター)に映し出される景色が流れていく様子にノアが呟くと横に座っていた2人も同時に頷く。

 こうして、今日もまたツェンドリンブルがフレメヴィーラ王国を駆け回りながら人やもの、そしてそれらによってもたらされる幸福を運んでいく。




というわけでアル君がステファニアさんの側室?になるお話でした。

銀鳳の副団長と異なるのはシェルケース討伐後に騎士団を脱退しているのでウエスタン・グランドストームには不参加ぐらいですね。
ボキューズ大森海編?多分、物資の援助とかしてたんじゃないですかね?

ちなみにアル君のツェンドリンブルは銀鳳騎士団の払い下げです。だって兄弟価格で安いし

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