銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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12話

ヤントゥネン守護騎士団のフィリップ・ハルハーゲンは油断していた。

別に気を抜いていたわけではない。

破城槌隊が頭部や先ほど痛打を与えた横っ腹と逆側に突撃していく様子を見て勝利という言葉が頭のによぎったのである。

 

故に『手負いの獣ほど恐ろしいものはない』という魔獣と戦う騎士として初歩的なことを忘れていた。

 

突如下に向けてブレスを放つベヘモスにフィリップは判断を誤ったことを悟る。

破城槌は4機の幻晶騎士(シルエットナイト)で運用する分、回避や方向転換などと言った小回りは向かない。

その為、命中目前までベヘモスに迫った破城槌隊は真っ向からブレスの余波を食らってしまったのである。

 

ある機体は、ブレスによって粉砕された岩によって頭部を粉砕され、仰向けに倒れる。

また別の機体は、ブレスの余波で握ったはずの破城槌が暴れ、片腕の結晶筋肉(クリスタルティシュー)が完全に壊れてしまう。

 

それを見たフィリップは己の失態を恥じたが、彼の乗機『ソルドウォート』の幻像投影機(ホロモニター)には信じられないものが映っていた。

 

「立ち上がった……だと」

 

全長80メートルにも及ぶ巨体が2本の足で立ち上がったのだ。

その常識から逸した光景に、フィリップを含む全ての騎士団員の判断が遅れた。

 

「しまった! 逃げてくれ!!」

 

フィリップが大声で叫ぶが、すでに破壊の権化がヤントゥネン守護騎士団目掛けて、その圧倒的な質量をぶつけようとしていた。

 

その時だった。

間近で砲弾が爆発したような轟音と共に、先ほどまで騎士団に猛威を振るおうとしていた巨体がバランスを崩したのだ。

 

「総員! ベヘモスへ法弾を撃ち込めぇ!」

 

その隙といえる瞬間にフィリップは周りに叫びながら自らも魔導兵装(シルエットアームズ)を抜杖する。

甲高い音と共に数多の法弾がベヘモスへ殺到し、紅蓮の華を咲かせる。

その衝撃に思わず仰け反ったベヘモスだったが、仰向けになることを避ける為か、騎士団が包囲していない方向に倒れこむ。

 

その衝撃に騎士団の面々は自分の機体を制御しようと四苦八苦するが、幸運なことにベヘモスが倒れこんだ際に巻き込まれた団員は皆無だった。

仰向けに出来るかと考えていたフィリップは思わず舌打ちをするが、先ほどの轟音を伴った法弾は誰が撃ったのか気になった。

ソルドウォートの首を法弾が飛んできたと思われる方向に向け、目を凝らす。

 

「ん?」

 

恐らくベヘモスにやられたであろう学園の幻晶騎士(シルエットナイト)の近くで銀色の小さい人影が立っていた。

だがちょうどその時、ベヘモスもその方向に怒りの咆哮を飛ばし、その小さい人影が咆哮に耐えられずに後ろの幻晶騎士(シルエットナイト)の所まで吹っ飛ばされてしまう。

 

「いかんっ! 斥候!! 避難していない生徒が居る!」

 

拡声器に怒鳴りつけて斥候に生徒を救出させようとした時、一陣の風と共に声が聞こえてきた。

 

「人類を! なめるなぁ!!」

 

それは、子供の叫び声だった。子供が、恐怖に打ち勝ちながら叫んだ雄叫びだった。

その風に運ばれた雄叫びは、騎士団全てのナイトランナーが持っている戦意という小さな火を炎へと変える。

そして、大きくした炎をさらに大きくする存在が我先にとベヘモスへ踊りかかる。

 

「ははっ! 貴方ならやってくれると思いましたよ! アル!」

 

グゥエールが眼球水晶を一際青く輝かせながらベヘモスへ斬りかかる。

速度を重きに置いた一撃はベヘモスの甲殻のヒビを的確に捉え、火花と共に甲殻の一部を切り裂いた。

それに気を良くしたエルは、回避をしながら攻撃という『仕留める為』の行動を開始する。

 

エルとアルが吹かせた風、それはベヘモスの猛攻によってすっかり小さくなった戦意の火を轟々と燃え盛る業火に変える。

 

「各隊、包囲を再構成せよ! 攻撃を再開するぞ!!」

 

<<応っ!>>

 

フィリップの号令に力強い返答を返した騎士団は、先ほどまでの散漫な動きなど最初からしていなかったかのような機敏な動きで陣形を立て直し、グゥエールを支援する為の法撃を始めた。

しかし、ベヘモスは目の敵にしているグゥエールを早く潰したいのか、その支援法撃を物ともせずに尾による攻撃を敢行する。

 

「兄さんをやらせませんよ」

 

そんな中、術式(スクリプト)の構築を終えたアルが呟く。

アルの放った戦術級魔法(オーバード・スペル)がベヘモスの尾に着弾し、グゥエールに直撃するはずだった尾の軌道を大きく逸らした。

その後もアルはグゥエールが攻撃に転じるわずかな隙、または着地した時のわずかな隙をベヘモスに突かれない様に、先ほどベヘモスのバランスを崩した時に使用した戦術級魔法(オーバード・スペル)を破城槌で出来た傷跡や尾に打ち込んで攻撃行動自体を潰していく。

 

グゥエールが縦横無尽に動きまわり、騎士団がグゥエールの行動を支援する法撃を行う。さらにアルが相手の攻撃を阻害する法撃を行うというコンボに、やがてベヘモスの身体に限界が訪れた。

甲殻は連鎖的に崩壊をし始め、もはや無事な甲殻なぞ無いに等しい。さらにベヘモスから流れる紅い命の雫は大地に染み込み、地面はもはや血の泥といった様子だった。

 

今度こそ誰もが勝利を確信した時、一つの異音が戦場に響いた。

アルは、突如グゥエールが大きく体勢を崩して地面に激しく転がる様子をサンパチにつけた単眼鏡から見ていた。

 

「なんで!? 攻撃食らっていないのに!」

 

突然の出来事にアルは混乱するが、グゥエールの足からキラキラと光る結晶が零れ落ちるのを確認すると、サッと顔を青くする。

エルの操縦にグゥエールの結晶筋肉(クリスタルティシュー)が耐え切れず自壊したのである。

ベヘモスとの戦いで優位に立っていた機動性が失われた今、グゥエールが勝てる見込みはゼロに等しいだろう。

 

「脱出を援護しないと!」

 

動けないグゥエールをベヘモスが気付かないことを祈りながらアルは法弾を放つが、突如法弾の射出が止まった。

術式を再確認しながら何度も試すが、一向に射出されない法弾。

 

まさかと思ったアルはトランドオーケスの操縦席に潜り込み、魔力貯蓄量(マナ・プール)を見る。

 

「魔力切れ…」

 

アルの頭が真っ白になった。そもそも、ベヘモスの動きを阻害するような魔法が魔力を食わない訳がないのだ。

ヤケになったアルがトランドオーケスの操縦桿をガンガン叩くが、当然魔力なんて溜まるわけが無い。

トランドオーケスの周囲には乱暴に操縦桿を動かす音と魔力を補給しようと息を荒げる魔力転換炉(エーテルリアクター)の甲高い音がただただ響いていた。

 

そんな時、一滴の雨も降っていない空が光った。アルがその光に気が付く次の瞬間、先ほどアルがベヘモスへ打ち込んだ魔法よりも大音量の音がアルの耳を激しく揺さぶる。

おかしくなりそうな耳に手を添えながらトランドオーケスから出たアルが見たもの、それはベヘモスが地に倒れ伏す姿とそれによって吹き飛ばされたグゥエールと思わしき残骸だった。

 

「間に……合わなかった……」

 

絞り出すように呟いた言葉は誰にも聞こえずにヤントゥネン騎士団が起こした大歓声の中に溶けてゆく。

途中参加に魔力切れによる撤退。聞こえは良いが、最も中途半端な結果にアルの胸中には、やりきった達成感よりも『中途半端に場を引っ掻き回した』というもやもやした感情が煙のように溜まっていく。

 

「あ……兄さん」

 

アルは先ほどの感情を反省するために身体を丸くするが、すぐにグゥエールに乗った兄の存在を思い出し、ゴムではじかれたようにトランドオーケスから飛び出した。

 

アルはそのまま圧縮大気推進(エアロスラスト)を使い、馬に乗ってトランドオーケスへ向かう斥候と思わしき集団を飛び越え、騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部や肩を足場に突き進んでいく。

やがて彼はベヘモスの側で粉々になっているグゥエールに辿り着くと、既に先客がまるでグゥエールを追悼するようにたたずんでいた。

 

「っアルフォンス! なんでここにいるんだ!」

 

「先輩を助けようと思って……」

 

「まさか、先ほどの法撃はお前だったのか?」

 

アルは黙って頷くとグゥエールを見つめる。

四肢は完全に砕け、実習機の特徴である厚く、頑強な胸部装甲がボロボロなのだ。中身なぞ考えたくもない。

 

「エドガー先輩、先輩は……みんなを守ったんですよね?」

 

掠れた声がエドガーの耳に届く。エドガーがアルの方を向くと、アルは涙を流しながら無理に笑顔を作ってエドガーを見つめていた。

 

「ああ、だからそんな顔をするな」

 

エドガーの手がアルの頭に触れる。

 

「彼は?」

 

「騎士科の生徒です」

 

「下級生との親交も厚かったのか……ますます惜しかった」

 

エドガーの隣でその様子を見ていたヤントゥネン騎士団の副団長、ゴトフリート・ヒュヴァリネンは口を開く。

アルの表情から紅の騎士は、下級生にも分け隔てなく接し、少なくとも下級生に信頼されるような人物なのだろうとゴトフリートは推測した。

達観した様子で大破したグゥエールを見上げる。

 

 

「ゼンバァイ!」

 

アルの悲痛な叫びが木霊する。

だがこの時エドガーが冷静なら疑問に思っただろう。

『なんでディートリヒはこんなに後輩に慕われているのか』と。

それもそのはず、アルが言っている先輩はエルネスティのことである。

エルが死んだと勘違いし、いつもの『兄さん呼び』から『先輩呼び』になってしまい、それをエドガーが勝手にディートリヒのことだと勘違いしたのである。

 

互いの認識がすれ違う中、突如グゥエールの胸部装甲が吹き飛ぶ。

呆気に取られた4人の視線が胸部装甲があった部分に注がれる。

すると操縦席から1人の小柄な人影がひょっこりと顔を出して辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「やれやれ、装甲が歪んで開かないとは予想外でした。グゥエールには悪いことしましたが、出るのに苦労しましたよ。おや、エドガー先輩にアル。それと……騎士団の方ですか? お揃いでどうしました?」

 

小柄な人影、エルは機嫌よくグゥエールを飛び降りてエドガー達の前に立つ。

事態がよく飲み込めてないエドガー達はしばらくぼうっとエルを眺めていたが、アルはエルに駆け寄った。

その表情は相変わらず涙目だったが、先ほどエドガーが見た時よりも晴れやかだった。

 

「せ……兄さん、お帰り」

 

「ただいまアル。……ちゃんと全部試してきましたよ」

 

エルが握り拳を前に突き出し、アルがその意図を察してその拳に自分の握り拳をコツンと合わせる。

 

「さ、泣いてないで皆と合流しましょうか」

 

「はい」

 

そう言いながらエルはアルと一緒に歩き出そうとするが、両足が宙を浮いて地面を蹴れない。

首の圧迫感に首根っこを掴まれたと直感したエルは後ろを向くと無駄にいい笑顔のエドガーが立っていた。隣には自分と同じく首根っこを掴まれた見慣れた姿のアルが左右にブランブランと揺れていた。

 

「フィリップ騎士団長、確保しました」

 

「ご苦労、さて君達……説明してもらおうか?」

 

エドガーと同じく無駄にいい笑顔のフィリップがエル達の眼前で圧を放っている。

エルとアルは脳内で素早く自分が行ったことを振り返ってみる。

エルはディートリヒに魔法を放って昏倒させ、何処かの歌のように盗んだ幻晶騎士(シルエットナイト)で走りだし、ベヘモスへ攻撃を行った。

アルはエルのやったことに加え、破棄されたりやられてしまった幻晶騎士(シルエットナイト)に現地改修を施してベヘモスへ魔法攻撃を行った。

 

10秒にも満たない振り返りを行った後、2人は同じ行動を取る。

 

《ごめんなさい》

 

とりあえず2人は謝ることにした。


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