銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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これにてベヘモス編と共に小説版の1巻 終了です。
それに伴い、短編から連載に変更します。

投稿速度は1週間に1話になったらいいなぁ・・・


新機体開発編_新型装備の章
13話


ヤントゥネンは現在、堅牢な城壁が鳴動していると錯覚させるような歓声と製鉄所のような熱気に包まれていた。

魔獣退治のために出撃したヤントゥネン守護騎士団が帰還したのだ。

 

ヤントゥネンの城門は魔獣を討伐した勇士を次々と城壁の中へ招き入れている。

その中には幻晶騎士(シルエットナイト)が引けるような巨大な台車の姿もあった。

 

「おい、あれ」

 

「でっけぇ」

 

「アレがこの近くに出たのかよ」

 

台車の上の物体を見てヤントゥネンの市民はそれぞれが感想を口にする。それは台車を曳いている幻晶騎士(シルエットナイト)の胴体よりも巨大な魔獣の首だった。

動かなくなった今でも魔獣──ベヘモスは市民を畏怖させるのに十分な迫力を放っている。

 

その迫力に市民がごくりとつばを飲み込む。だが一時の静寂の後、その魔獣を討伐した騎士団を賞賛するように歓声は数倍大きくなった。

 

騎士団の凱旋に夢中になっているヤントゥネンの中央通りから少し離れた場所に一軒の喫茶店が建っている。

中央通りから少し離れた立地でまさしく『隠れ家』と呼ぶにふさわしい店の中には数名の少年少女がたむろしている。

 

「まったく……でたらめにも程がある」

 

たむろしている中で一番年上のエドガーがすっかり冷めた紅茶を飲み干しながら呆れる。

今ここにいるのは、今回のベヘモス襲撃に関係しているエドガー、エルネスティ、アルフォンスと後者2人の関係者であるアーキッド、アデルトルート、関係者かつヤントゥネン守護騎士団のフィリップから今回の報告書の補強を頼まれたステファニアの6人である。

 

「『巻き込まれた』ディーに同情するほど非常識な……」

 

陸皇亀(ベヘモス)事変と関係者内で呼ばれる事件の重要人物であるエルが説明した内容は、エルとこの場に居ないアル以外の全員を呆れさせるほどの威力を誇っていた。

 

魔導演算機(マギウスエンジン)へのハッキングに、直接制御(フルコントロール)による機動戦闘。

エルが時々法悦に浸るような表情をしながら説明を進めるが、エルとは逆にエドガーは自分の中の常識が万力に潰される林檎のように壊れていくような気がして頭を抱えている。

 

しかし、実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に乗ったことがないステファニアは眼を見開いて驚きをあらわにし、キッドとアディに至っては『ほら、やっぱりシルエットナイト奪ってた』とエルと少し言い合いする程度の報告だった。

 

「まぁディー先輩が逃げなかったら僕は普通に撤退してたと思いますよ。兄さんは知りませんが」

 

「失敬な! 僕もちゃんと撤退してましたよ!」

 

エルの報告が終わると同時に、パンケーキと紅茶の入ったティーポットをカートに載せてアルが奥のキッチンから出てくる。

彼がキッチンに居た理由は、彼の口元に残っているパンケーキの屑と空きっ腹()()()彼の胃袋が雄弁に語っていた。

アルはそのまま作りすぎたパンケーキをそれぞれの前にサーブして紅茶を入れなおす。

 

「ほい」

 

エルの前にもティーカップが置かれる。しかし、皆のとは違いカップの中も透けて見えるような透明な液体が中に注がれている。

エルはそのまま液体を一口。

 

「……うん、お湯!」

 

先ほど飲んだ紅茶の匂いが少しする湯を飲まされたエルはアルを威嚇するが、アルはクロケの森でエルがよくしていた表情を抜き出したような無表情で答える。

 

「僕にやった仕打ち、忘れてませんからね」

 

「ごめんなさい」

 

グゥエール奪取後のジェットコースター(安全帯なし)にアルへの魔法攻撃、ツーアウトもしくは仏陀フェイスがキレる一歩前の仕打ちを思い出してエルは素直に謝罪する。

 

「ところで、アル君はなにしてたの?」

 

アディの疑問に今度はアルが報告を行う。

幻晶騎士(シルエットナイト)2機の銀線神経(シルバーナーブ)を杖に巻きつけて戦術級魔法(オーバード・スペル)をベヘモスに投射、その後もベヘモスが攻撃できないように魔法で邪魔をしていただけ』というどう考えても頭のおかしい発言にまたもやエドガーは頭を抱える。

 

「馬鹿な……兄さんよりまともですよ!」

 

『どっちもどっち』。そんな言葉を何とか飲み込んだエドガーはもう一度自分に課せられた使命を思い出す。

もし、あの戦闘でエルとアルが居なかったらどうなっていたか。

少なくともエルだけでは現在中央通りで凱旋している騎士団の数は半分以下になっていただろう。また、アルだけではエドガーや救出に成功したヘルヴィも生きてはおらず、ベヘモスによって騎士団だけではなく、ヤントゥネンも地図から無くなっていたかもしれない。

 

今回の殊勲賞は間違いなくエルネスティ、次点で騎士団員の大勢を救ったアルフォンスである。

だが、今回騎士団側が提案した内容にエドガーは唇を強く噛み締めるが、やがて2人に向かって本題を告げた。

 

「我々……高等部の生存者は、この後王都にておこなわれる受勲式に出ることになっている」

 

「おお、おめでとうございます。師団級魔獣の足止めの功績とかどこの騎士団でも入れてくれそうですね!」

 

「ああ、ありがとう」

 

アルの言葉にいまいちぱっとしない返答をしたエドガーにエルは不審に思った。

 

「おめでとうございます。でもエドガー先輩は納得してない表情ですが?」

 

その言葉に肩を震わせたエドガーがもう一度息を大きく吸い込む。

 

「この事件における紅い幻晶騎士の存在は恐らく伏せられてしまう。……つまり、エルネスティとアルフォンス、ディーの功績が評価されることはないだろう」

 

ガチャンという陶器と陶器がぶつかる音が聞こえた。

音のほうを向くと歯を剥いたアルがエドガーを睨む。

 

「なんと……言いましたか?」

 

「ああ、お前達の功績が「僕らじゃないです!」」

 

食い気味にエドガーの言葉をさえぎったアルがそのまま席を立ってエドガーに詰め寄る。

 

()()()()()の功績がないのは何故ですか!」

 

「アル!」

 

エルが大声を出してアルを落ち着かせる。その声を聞いていささか落ち着いたアルは『すみません』と一言謝罪して自分の席に着く。

 

「……例え逃げたとしても兄さんが操縦してたにしても……ベヘモスの最後の突進でグゥエールを動かしていたのはディー先輩です。その功績と逃げる前の功績まで無しになるのはあんまりだと思います」

 

「アルフォンス……」

 

「僕たちは構いません。そもそもまだ中等部なのでむしろ居なかったと扱われるならありがたいです」

 

その言葉に何かを言おうとしたキッドとアディが口を閉ざす。

エルとアルは中等部で、本来は幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れない年齢である。それに2人共幻晶騎士(シルエットナイト)の心臓部の一つ、魔導演算機(マギウスエンジン)の術式をちゃっかり記憶している。

アルに至っては『本当に戦術級魔法(オーバード・スペル)を撃てるのか』という検証で、騎士団長機『ソルドウォート』の魔力を使わせてもらったので、それの魔導演算機(マギウスエンジン)の術式もちゃっかり記憶している。

それらを褒賞代わりだと考えればそれ以上はむしろもらいすぎだろう。

 

だが、ディートリヒは違う。エドガーと同じ高等部の騎操士(ナイトランナー)で、逃げる前……つまり最初はベヘモスと戦っていたのだ。

そしてベヘモスが最後の突進を敢行している最中、エルは既に目覚めていたディートリヒに操縦を代わって後ろに飛ぶように指示した。

それが無ければ紅い幻晶騎士は『本当に報告書のみの存在』となっていただろう。

その功績が無かったこと扱いにされてアルは怒ったのだ。

 

「俺もそのことはわかってるんだが……分かってくれ」

 

「ごめんなさい」

 

エドガーの雰囲気に『エドガーやアルの立場では知りえない情報』ということを察したアルはエドガーに再度謝罪する。

ディートリヒの件が片付いたのでようやくキッドは口を開く。

 

「でもよ、話を聞く限り殊勲賞? ってのはエルだろ? まだ納得できないぜ」

 

「キッド、よく考えてください」

 

キッドの愚痴にエルが人差し指を立てて説明する。

 

「昔、僕とアルで2人を鍛えてましたよね?」

 

「ああ、懐かしいな」

 

「その時、いきなりバトソンが『鍛えてくれ』って言ってきたら?」

 

「もちろん歓迎してたよ。で、何の話をしてるんだ?」

 

話の内容が分からないキッドが段々不機嫌になる。

『まぁまぁ』とエルがキッドをなだめて再度口を開いた。

 

「これがまったく別の人……別の学科のキッドも知らない人が言ってきたらどうします?」

 

「それは……」

 

「ねぇ?」

 

キッドとアディは顔を見合わせる。

おそらく、『あんただれ?』と不審に思ったり、新しく来た人物と衝突するだろうとキッドとアディは当たりを付ける。

 

「簡単に言うと『いきなり10歳そこらの子供が騎士団を差し置いて表彰されたら騎士団の面目が潰れるし、騎士団に配属されてもマトモな扱い受けない』って事ですよ」

 

アルが要約した内容で締めくくる。

するとキッドとアディは不承不承という表情でとりあえずは落ち着いた。

 

「というわけで僕らへの説得はいらないです。だけどこの後いいように利用されるのだけは勘弁ですよ」

 

「ベヘモスジケンノ カゲノコウロウシャヲ ナイガシロニスル コクオウハ シュクセイダー」

 

エルの言葉にカタコトで国家転覆のお題目になりそうなことを言うアルにステファニアは微笑みながら頷いた。

 

「大丈夫。セラーティの名においてそんなことはさせないから」

 

「ハルハーゲン卿にも一言言い添えておく。安心してくれ」

 

セラーティに騎士団長という十分な回答を得られたエルとアルは満面の笑みで頷く。

その表情にエドガーとステファニアは小さく安堵のため息をついた。

説得役を買って出たのは良いが、話の内容的にこじれることを覚悟していたので、彼らの物分りの良さにエドガー達は心の中で礼を言う。

 

(危ない危ない……暴走してしまいました。向こうが落としどころを提案してくれて助かりましたよ)

 

(あぁァ! 思わずあの作品の名言言っちゃったよぉ!)

 

平然と紅茶をすするエルとアルだが、エルは内心冷や汗を掻き、アルはベヘモスに戦術級魔法(オーバード・スペル)を打ち込んだ時に黒歴史を作ってしまったので内心悶絶していた。

緊迫した話はこれで終わりとばかりに、遠くのパレードの歓声とさらに遠くの方から聞こえたような気がするディートリヒっぽい悲鳴のようなものをバックミュージックに彼らは雑談に興じていった。

 

 

***

 

その後、報告書を携えたフィリップと数人の騎士団員がライヒアラ騎操士学園高等部の生徒と共に王都へ出立した。

教官が生徒達の確認やけが人の治療に奔走していたこともあって、中等部がヤントゥネンを後にできたのはフィリップ達が出立してから3日後のことだった。

 

「エドガー先輩、今頃受勲式でがっちがちに固まってそうですね」

 

「あー、ありえますねー。ライヒアラ代表として一言話してそうです」

 

エルとアルは、馬車の屋根で他愛もない話をしながら日向ぼっこをしている。ヤントゥネンを発って早数時間、2人はすっかり馬車の上の住人になっており、景色と副団長のゴトフリート率いる『受勲はされない』が受勲式に参加するヤントゥネン守護騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)を交互に見て顔を緩ませている。

 

「グゥエール、壊れちゃいましたね」

 

アルの問いかけにエルは後ろの馬車を凝視する。

幌のため、どこにグゥエールの残骸が積まれているか分からないが、エルは日向ぼっこの体勢から胡坐を掻いて思案する体勢に移った。

 

「そうですねー。最後のは僕のほうも明らかに博打でした。同じ徹を踏まないようになんとかする必要がありますね」

 

「ああ、良かった。『博打だろうが勝てば良かろうなのだー』ってまたやるかと思いましたよ」

 

「失敬な! 分の悪い賭けは嫌いなわけではありませんが最終手段ですよ」

 

エルの言葉にアルは『破城槌を小型化って出来ないかな?』と別のことを考えながらとりあえず頷く。

 

「せめて僕とか直接制御(フルコントロール)を覚えた人が動かしても簡単に壊れない機体が必要ですね。……他人任せにするともしかしたら僕が生きてる間に出来ないかもしれませんし」

 

技術とは、『偶然こうなった』や『ある日突然こうなった』は古代的な考えで、現代では『不満』や『期待』から出来るのがほとんどである。

『こんなことができるのではないか』や『こうなるのをなんとかしたい』など、やりたいことを成す為に新たな技術や技法が産声を上げる。

エルの考えている『直接制御(フルコントロール)でも動かせる機体』は、その技術を生み出すトリガーである『直接制御(フルコントロール)』というものが、現状エルにしか再現できないので他人任せはむしろ悪手なのだ。

 

ならそれではどうするのか? 簡単な話だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だが、どうすればいいのか分からないのが、現在エルの悩みの種であった。

 

「エル君、こんな所で考え事?」

 

エルが思考の海に溺れていると、後ろから誰かが抱きつきながら問いかけてくる。

現在、屋根に居るのはエルとアルの2人だ。だが、アルがこんなことをするとは思えないし、思いたくもない。

エルはいつの間にか屋根に登ってきているアディへと振り返る。

 

「ええ、こないだの戦闘で明らかになった欠点を改善しないといけませんから、それについて考えを纏めてます」

 

「まーたそんなのばっかりー。アル君もそんな感じだし、もっとゆっくりしようよー」

 

「でもこういうことは時間があるうちに考えないと、次困るのは僕自身……アルも?」

 

エルはアディに少しずれてもらってアルの方をこっそり覗く。アルは体育座りになってなにやらぶつぶつと呟いていた。

 

(こっわ!)

 

その視線に気付いたのか、アルはエルの方をゆっくりと見る。長髪のため、数本ほど毛先が口の中に入ってる姿がエルとアディの恐怖心をさらに掻き立てる。

そんなことはお構い無しに虚ろな目でアルは口を開く。

 

「兄さんは良いよなぁ……もう次のこと考えれて……」

 

どこかのバッタの様な台詞を吐きながら今にも包丁を構えそうな表情でエルを見る。

 

(…アカン。ネガティブ入ってる)

 

生まれる前(前世)から染み付いたアルの悪癖にエルは心の内で頭を抱える。

酒をサシで呑んだ時や、仕事でデータの入れ替えをミスるなど致命的な失敗をした時、アルフォンスは度々ネガティブになる。

そして一度ネガティブが入ると、彼は『気の回る後輩』から『めんどくさい後輩』に進化する。

 

「僕なんて……『人類を舐めるな』って黒歴史産出した結果、魔力不足で最後まで援護できなかった半端者ですよ」

 

「で、でもアレのおかげで騎士団が息を吹き返したじゃありませんか」

 

「僕が言わなくても兄さんが行動で示してたでしょ……僕なんて……」

 

(めんどくせぇー)

 

エルは悪態をつくが、アルの言葉を聞いたアディはエルから離れ、アルの正面に改めて座りなおす。

 

「アル君は何も出来なかったの? 違うでしょ? 騎士団の人、今護衛してる人の何人か知らないけど助けたんでしょ?」

 

「え……っと、多分そうですけど」

 

「なら、出来た事を『出来た』って言って良いんだよ。出来なかったことなんて言ったら私なんて……何も出来なかったんだよ?」

 

アルは、アディの目元にうっすらと水滴が溜まっていることに気づいた。

 

エルは幻晶騎士(シルエットナイト)の道に一直線に進み続けるだろう。アルもそれを追いかけるのは容易いことではないが出来るだろう。だが、アディにはまだそれが出来ない。

幻晶騎士(シルエットナイト)の道はこの国で言うと魔獣との戦いに身を投じることを意味する。

『もし2人を見失ってしまったら』と嫌な想像が働くほど、今回の騒動はアディの胸に深く食い込んでいた。

 

「ねぇ、2人共。今度飛び出す時は私やキッドも連れてって」

 

アルはアディの目をじっと見る。その目はいつもエルやアルと話している時のような気楽な表情ではなく、『真剣に話を聞いてほしい』という意志のこもった目だった。

その表情にエルとアルは言いよどんでしまうが、さらにアディが畳み掛けるように口を開いた。

 

「確かに、私達じゃ役に立たないかもしれないわ。シルエットナイトにも乗れないし……でも、せめてなにをするのかぐらい教えてよ!」

 

『友達でしょ?』という言葉を最後にアディはアルの手を強く掴む。

その痛みに少し顔を顰めたアルだったが、そのおかげで今までうじうじしていたネガティブが吹き飛んだ。

 

「わかりました。本当に緊急の時は無理かもしれませんが、できるだけやります」

 

「あー、もう。アディには敵いませんね。最善を尽くしましょう」

 

「むー、なんかその言い方ずるい! そりゃ、私とキッドが居ても大して変わらないと思うけど4人そろったらなにか変わるかもしれないじゃない」

 

アディの批難に笑ってごまかすアルだが、エルの方はなにやら考え込んでいた。

 

「兄さん、どうしたの?」

 

「4人。いや……3人寄れば文殊の知恵……3本の矢……1本より3本を……」

 

「さんぼんのや?」

 

前世の戦国大名のことなど知りもしないアディが頭に疑問符を浮かべるが、次第に別のことを考えてると悟ったアディはエルのもちもちほっぺを引っ張る。

エルが抗議の声をあげ、なんとかおしおきから解放されるが、引き続いてアディが笑顔でとある提案をした。

 

「そうだ、私達にもシルエットナイトの動かし方教えてよ!」

 

「うわー、そうきましたか」

 

エルは、アディの提案にどうしたものかと唸るが、アルはいい考えだと感じた。

 

「でも兄さん、学校のシルエットナイトって交代制だからその間ナイトランナーは暇になるし。実機と同じような感覚で訓練できる物とかあったら便利じゃない?」

 

「そうなんですけどねぇ。まぁ、帰ってから本見て考えましょう」

 

『とりあえず疲れました』と日向ぼっこを再開するエルを中心に川の字になって3人は次第に静かに夢の国へ旅立った。

余談だが、ライヒアラに到着時に寝ているメンバーの中にキッドもこっそり混じっていたとかいなかったとか。

 

 

***

 

フレメヴィーラ王国の王都『カンカネン』、太古に西方から進出してきた人間が前線基地目的で建造した名残からか、他の国の王都と比べて無骨さと堅牢さを前面に出した『騎士の国』の精神を形にしたような造りになっている。

その王都の中央にそびえたつ王城『シュレベール城』、その謁見の間では先ほどの受勲式とは異なった独特の緊張感が部屋全体を支配していた。

幻晶騎士(シルエットナイト)が大勢並び立てるような広さのこの部屋だが、今は数名の近衛兵とセラーティ侯爵領を預かるヨアキム・セラーティ侯爵とヤントゥネン守護騎士団団長フィリップ・ハルハーゲン、そして玉座に座った壮年の男性といった数人しか居なかった。

 

「……以上がベヘモスとの戦闘における報告になります」

 

フィリップが報告を終えると、フィリップの正面で玉座に座る男性は報告書類を目を通しつつ口を開く。

 

「ベヘモスの死骸の回収はどうなっておる?」

 

「は、流石にベヘモスほどの大物になりますと回収者(ガーベッジ・コレクター)だけでは足りず、我が騎士団からもいくらか人手を回しております。数日のうちには大半が回収されるものかと」

 

想定していた質問に淀みなく答えるフィリップだったが、壮年の男性は書類のある部分……被害報告の項目を見てにやりと笑った。

 

「フィリップ、おぬしが書類を書き間違えるなど珍しい」

 

ヨアキムは書類の写しに目を通すが、確かに師団級の被害としては軽い。否、軽すぎるのだ。

修理が必要な機体の数や修理不可能な機体の数は相応に大きい。しかし人的資源、特に死亡者が少ないのだ。

 

「陛下、恐れながらそれは事実でございます」

 

「なに?」

 

男性の目が書類からフィリップに向けられる。男性にとってフィリップは得体の知れない嘘をつくような人物ではないことは分かっていた。だが、戦力の穴埋めの指標である被害数を出せないのは男性にとっても困るところだった。

 

「陛下、報告書の『紅の幻晶騎士』の項と『クロケの精霊』の項をご覧ください」

 

男性とヨアキムは、書類の内容に再度目を通す。そこには紅の幻晶騎士(グゥエール)とそれを操った少年『エルネスティ・エチェバルリア』と戦術級魔法(オーバード・スペル)によって騎士団半壊の脅威から救った『アルフォンス・エチェバルリア』の名前が記載されていた。

 

なお『クロケの精霊』は、報告書に記載する際、駐屯所で宴会をしていたナイトランナーが法弾の正体について『クロケの精霊が力と加護を貸してくれた』と酔いながら叫んでいたので、アルのことを記載する項目名とアルのことを伏せる隠れ蓑について悩んでいたフィリップが勝手に拝借した。

 

「エチェバルリア……もしや、ラウリめの孫か。よもやかような活躍をしようとは……しかしフィリップ。いまだに信じがたいことだが、こやつらは本当にかの魔獣を圧倒し、騎士団の大半を攻撃から守ったのか?」

 

「恐れながら、我が目でしかと紅の幻晶騎士の戦いを見届けた事実でございます。精霊についても実際に自分の『ソルドウォート』の魔力を使って同じ戦術級魔法を投射できたことを私と副団長のゴトフリートが見届けました。お疑いになるのも当然の内容ではございますが……事実でございます」

 

フィリップも報告の内容が内容なので、だんだん台詞も尻すぼみになる、ヨアキムも表には出さないまでも内心、フィリップを疑っていた。

 

「動きに関してはもういいが、特にこのくだり『魔導演算機の術式をその場にて変更した』。これに関しては事実だとすれば正気の沙汰ではないぞ」

 

魔導演算機(マギウスエンジン)のその場での改竄、それは幻晶騎士(シルエットナイト)が生み出されて今日まで誰もなしえなかった異能である。

魔導演算機(マギウスエンジン)の改良なぞ、本来は国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)を中心にした優秀な構文技師(パーサー)等が集まって実行される国家のプロジェクトである。

そんなものをその場でできるはずもないというのが男性とヨアキムの共通見解であった。

 

「半ばは伝聞ですが、実際の動きを見た限り……事実ではないかと」

 

「私の方にも同様の報告が上がってきております。事実を知るのはハルハーゲン卿と守護騎士団のみかと」

 

だが、ヨアキムは手元の資料を見つつ男性に告げる。かの資料を補強する資料を作ったのは紛れもない自分の娘であり、彼女もそんな生易しい嘘をつくような教育をしていないと確信していたからだ。

 

束の間、男性は目を閉じて思考するが、ポツリと呟いた。

 

「齢12の多感な童か……見極めなければならんな」

 

時の流れは残酷である。『10で神童、15で才子、20過ぎればただの人』ということわざもあるとおり、子供は時の流れによって悪人にも無能にもなる。

実際にはエルネスティは前世からあわせると40代、アルフォンスは30代後半の年数生きているのだが、そんなことは誰も知る由もないので、彼らは多感な時期に得た圧倒的な力によってフレメヴィーラに害を与えないかを危惧していた。

 

「それでは……いかがしますか?」

 

「良い心を失わぬなら良い騎士になる……が、ラウリの奴なら心配はいらぬだろうが導かねばならぬ。そうじゃな……まずは一度会ってみねばならぬな」

 

「……御意」

 

男性──フレメヴィーラ王国第10代国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』が発した言葉にヨアキムとフィリップは礼をもって返した。


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