「はい、自分は陛下からの『お話』を希望します」
シュレベール城の小さな会議室、突拍子のない報酬にアンブロシウス以外の全員がきょとんとするが、アンブロシウスは変な褒賞を求めるアルを見据えた。
「ほう……どのような話を求める?」
「別に難しいことではございません。陛下がシルエットナイトで駆けた戦場で危なかったこと、こんなことがあったとかそんな武勇伝をお聞きしたいのです」
「そんなことを聞いてどうする?」
側近のクヌートがアルに問いかける。
騎士団の半分と考えると、アルの方が安すぎて釣りあわない報酬だ。
その問いかけにアルはにっこりと微笑んで答える。
「兄さんがシルエットナイトを作るのでしたら、それのお手伝いをしたいのです」
「はて、話を聞くことと手伝いとな?」
「はい、僕もシルエットナイトの歴史について一番最近のクヌート・ディクスゴード公爵という方が主体で行ったシルエットナイトの改良まで学園で調べたのですが、全て筋肉の配置の見直しや部材の更新等で改良されていました」
(あたりまえだ)
クヌートは心の中でアルの評価を少し落とす。
または大昔のように
「なので、ナイトランナーの意見が聞きたいのです。どんな機能が欲しいのか。どんなことをしたいのか。そういう要件を決めねばもし出来てもフレメヴィーラには合わないと思います。西方のクシェペルカにはクシェペルカの、ジャロウデクにはジャロウデクの独自のシルエットナイトがあると聞いており、もし出来るならフレメヴィーラ独自のシルエットナイトを作るべきだと思います」
アンブロシウスは、アルの言葉に感心する。確かに改良した結果、操作性が悪くなったり装甲が薄くなっても魔獣蔓延るこのフレメヴィーラで活躍は出来ないだろう。
「ほほう、面白い。だが、それは自分の褒賞を使ってでもやることか?」
アンブロシウスが面白そうな物を見る目でアルを見るが、アルは腹に力を入れて口を開く。
「はい、陛下。どんなに綺麗な色を混ぜても比重を誤れば黒くなるように、私の褒賞を使って兄の作る物を真っ白くなるようにする。それが私の最高の褒賞です」
「つまり?」
「兄と遊びたいんです」
その言葉にアンブロシウスがまたも大声で笑い出した。
「はっはっは。兄は趣味と言い、弟は遊びか。まったく、ラウリ……おぬしの孫達は愉快じゃのぅ」
横で小さくなっているラウリが頭を掻きながら『恐縮です』と返事をする。
「よかろう、わしの話と……クヌート、おぬしも話もしてやるがよい」
「はっ」
「あ、あともう一つお願いが…」
アルの言葉に場は凍る。まさかの2個目である。だが、そんな空気を読まずにアルは口を開く。
「紅の騎士の本来のナイトランナー、ディートリヒ・クーニッツに陛下からの感謝状を下賜してほしいのです」
アンブロシウスは、記憶していた資料の内容からディートリヒの内容をピックアップする。
途中で逃げ出し、目の前のエルによって
「それは出来ん。一度逃げ出してしまったからな。例えエルネスティと共に戻ってきたとしてもな」
「存じております。確かに彼は逃げ出しましたが、兄の話を聞くと武器の在り処を助言し、ベヘモスの最後の攻撃では魔法の構築に集中している兄に代わってシルエットナイトの操縦をしました。アレがなかったら兄は生きてはいないかもしれません。何卒……ご温情を」
出来ないと言うがなおも食い下がるアルにアンブロシウスは悩む。書状ぐらいなら書ける。しかし、それを行うと受け取ったナイトランナーが増長する恐れがあるので、紅の騎士のナイトランナーにも泥を被ってもらったのだ。
だが逆にアルにそこまで言われるディートリヒに興味を持った。
「なぜだ? 学園の高等部の生徒に何故そこまで入れ込む?」
「……中等部が撤退するまでベヘモスの気を引いてくれたのが高等部の人達です。エドガー先輩も、ヘルヴィ先輩も……そして、ディー先輩も。確かにいやいやかもしれませんが、あの場ではあの人は紛れもなく騎士だった。いや、自分にとって演習に付いて来てくれた高等部の人達全てが騎士だったんです。……あの人もそうでした」
アルはあの志半ばで散った先輩のことを思い浮かべる。その熱弁にひとしきり頷いたアンブロシウスは扉の前の兵士を呼び、高価そうな紙とペンを用意させた。
さらさらと文字を書き、アルに見せる。それは紛れもない謝状だが、肝心の名前がなかった。
「アルフォンス、おぬしの気持ちは分かった。だが、おぬしは2個目の褒賞を求めた。これは分かるな?」
アルは渇いた喉を潤すかのように唾液を飲み込む。本来なら与えられない2個目の褒賞、それが目の前にある。
黙って頷くと、アンブロシウスが紙を机の端に置いた。
「ならば褒賞に見合う成果を持ってこの謝状を奪い取ってみせい。先におぬしが言った『ナイトランナーが欲しいと思うような機能』、それをこれから言うわしやクヌートの話からこの場で考えるのが条件でどうだ?」
「実際に開発は?」
「しなくてよい。謝状程度なら機能の概要くらいで十分じゃろう。なぁにお遊びと思って好きに申せ」
随分気楽にいうアンブロシウスだが、実際には『この場で新機能思いつけ』という無茶振りだった。
もちろんアンブロシウスは、無茶な内容だということは承知している。
九分九厘諦めるだろうという判断でこのような条件を出したのだ。
(本当にこの兄と共に遊べるか……見極めさせてもらおう)
だが、アンブロシウスは先ほどのエルネスティの言葉に続いたアルの『兄と遊びたい』という言葉に、残った1厘を賭けた。
「承知しました。不肖の身ではありますが、陛下のお気に召す提案をさせていただきます」
アルの目に力が入る。すると、侍女らしき人物が紅茶をカートに載せてやってきた。
紅茶の良い香りが部屋に充満し、全員に紅茶が淹れられると同時にアンブロシウスが口を開いた。
「そうじゃのぅ。ワシが一番身の危険を感じたのは数十年前、まだわしが王を継ぐ前じゃった。将として近衛に混じってクヌートとよくシルエットナイトで巡回しておったものじゃ」
クヌートの元々悪かった目つきがさらに厳しくなりアンブロシウスを見据える。それを意に介さずにアンブロシウスは元々会議室に常備してあった地図を持ってきた。
「場所はセラーティ領の東の方だった。大量の決闘級の大発生があっての。わしも近衛を率いて前線にあがったものよ」
『それはもう魔獣をちぎっては投げ、ちぎっては投げ』と身振り手振りで話すアンブロシウスにクヌートは額を揉み解していた。アルはクヌートの仕草に前世のエルが突発的に行う無茶振りの数々を思い出した。
「それでな? 一旦補給に帰ろうとした時に1匹の魔獣がわしの横から急に飛び出してきてな? ちょうどその時後ろに居たクヌートのおかげで助かったのじゃが……こやつ、なにをしたと思う?」
「距離的に魔獣に体当たりでもしたのでしょうか?」
アルの答えにニヤニヤとしたアンブロシウスが『違う』と言った。すると今までため息を連発していたクヌートが『陛下!』とアンブロシウスを止めようとするがもう遅かった。
「こやつ、たまたま持っておったシルエットアームズで魔獣を殴り倒しおったのじゃ。杖を鈍器にじゃぞ? 傑作であろう」
「アルフォンスとやら。剣を持ち替える暇もなかったのだ。仕方なかろう」
「あ、はい」
ゲラゲラと笑うアンブロシウスに焦りながら弁解するクヌート、アルは呆気に取られた返事しか出来なかった。
「そんな物かのう……。クヌートはなにかあるか?」
「そうですなぁ。アルフォンスが先ほど言ってた私が行った改良は主に膂力の強化だったのですが、私の要する朱兎騎士団の騎士団長が『もうちょっと膂力が欲しい』と上申してきましてな」
「ああ、奴か。どうじゃアルフォンス。何か提案できそうなことはないか? 無論、兄と相談してもよいぞ」
「では遠慮なく」
やたら横でうきうきしてるエルを引っ掴んで書く物と共に部屋の隅に移動する。
アルは頭の中で情報の整理をする。
今回の話で分かった課題は、膂力の強化と武器の入れ替えの手間である。
「兄さん、どうする?」
「膂力については、ここまで出掛かってるんですがまだ分かりません」
エルが自分の喉をトントンと叩く。アルも同じことを考えていたので紙に『武器の入れ替え』と大きく書く。
「武器の入れ替えというと腕を早く動かすのは操縦の複雑化に繋がりますよね?」
「そうですね。出来れば背中に杖が背負える形とか……」
前世の知識をフル稼働させて2人が紙に色々記入していく。
そして一通り意見を書くと、今度は成果がすぐに出そうな物を吟味していく。
「杖を背負うのはスクリプト書く必要ありそうなのでパスですね」
「そうなると杖自体を動かすのは全部ダメですね。時間がかかりすぎます」
そんな子供達がわいわいと話し合っている姿を大人組が集まって見ていた。
「まさかすぐに話し合うとは……本当に愉快な孫達ではないか」
「いやはや、シルエットナイトが好きなことは分かっていたのですがこれほどとは……」
「しかし、陛下。エーテルリアクタの製造法はやりすぎかと」
「クヌート、おぬしもしつこいのぉ」
クヌートの忠言にアンブロシウスが耳に手を当てて拒否の意志を示しているとエルとアルが紙を手に机に戻ってきた。
「ほう、できたか?」
「はい!」
アルは持っていた紙を広げる。そこには
「これはシルエットナイトの頭部にシルエットアームズを装備した機能になります」
アルが提唱したのは前世で言う『頭部バルカン』である。アルは先ほどの『武器の入れ替え』の課題を『入れ替えずに撃てる武器』という形で解消しようとしたのだ。
「先ほどのお話にも公爵がシルエットアームズで殴ったお話がありましたが、先のベヘモス事変の折にも破城槌部隊がブレスによって巻き上げられた岩などで被害を負っていました。ですが、これを使えば容易に岩や小型の魔獣を迎撃できると思います」
その提案に場が静まり返る。何度も言うが、
そんな異質の提案を子供がしたという事実に大人達は騒然とする。
大人達が困惑している中、アルは兄と共に『いい仕事した』と賢者モードに入る。
「クヌート、これは実現可能か? 正直言うと少し……いや、即急に欲しいのじゃが」
「……照準は頭部と連動するので新たにスクリプトは必要ないでしょう。それに操縦桿からシルバーナーブを頭部のシルエットアームズにつなげればすぐに対応できるかと」
クヌートとヨアキムが話し込む中、アンブロシウスが手早く先ほどの謝状を手元に引き寄せてペン先を動かす。
「アルフォンス、大儀であった。ほれ、約束の謝状じゃ。本日はもう帰るが良い。ラウリ、見送りは任せたぞ」
「御意」
<<陛下、本日はありがとうございました>>
ラウリの先導でエルとアルが礼の挨拶を行い、退出しようとした時アンブロシウスからさらに声がかかる。
「エルネスティ、アルフォンス。この提案の他になにか良い提案等はあるかの?」
アンブロシウスの質問に2人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
そして代表でエルが陛下の方に振り向いて口元に人差し指を当てる。──それはまるで『まだ秘密』といわんばかりの仕草であった。
「陛下、それは私とアルの新型機にご期待ください」
アンブロシウスはその仕草と言葉に鳥肌が立った。
『こやつらはまた何かしでかす』、そんな未知の物を待つ高揚感がアンブロシウスの久しく湧いてこなかった若気の活力がふつふつと湧き上がってきたのだ。
「良かろう! では期待している」
『失礼しました』という言葉に扉は閉じられる。まだ湧き上がる活力のまま、アンブロシウスはヨアキムに問いかける。
「ヨアキム、今はおぬしの騎士団がライヒアラの守護を行っていると記憶しているが相違ないな?」
「左様でございます」
ベヘモス事変によってライヒアラの所有する
それを補填するために各貴族が交代で自身の所有する騎士団から戦力を抽出し、ライヒアラ周辺の街を拠点に巡回を行っている。
もちろんヨアキムの所有する
ヨアキムは手帳を確認することなく答えると、アンブロシウスは口を開いた。
「ヨアキム、カンカネンでの試験の実施を任せる。近衛の鍛冶場も一つ貸し出すので好きにせよ。必要ならばアルフォンスにも協力させよ。クヌートはその間のライヒアラの守護を任せる」
「御意」
ヨアキムとクヌートは今後の予定を詰めるために慌しく扉から外に出て行く。
それを見ながらアンブロシウスはゆっくり立ち上がると、ゆったりとした足取りで同じように扉を開けて外に出て行った。
***
しばし後、王の私室ではアンブロシウスとラウリが歓談していた。
ワインを口に含みながらアンブロシウスは、先ほどの出来事を思い出して笑みを浮かべる。
「くく、久方ぶりに実り多き日だったわ。ラウリよ、あれはおぬしの教育か?」
「いえ、教育方針は娘に一任しておりました。まさかアレほどとは露しらず。わしも驚きました」
「12の子供がベヘモスと戦ったり騎士団を守ったと聞いて呼びつけてみれば、あれらはもはや子供……いや、アルフォンスの方は子供じゃな」
アンブロシウスのまぶたの裏に浮かぶのは『兄と遊びたい』と笑顔で宣言する子供らしい欲望を持つ子供の姿だった。
故に危ない。『もし、兄を失ったら』、彼の原動力を失ってしまったらどうなるか分からない。それがアンブロシウスの懸念だった。
「エルネスティに関しては、愉快な約束をしてしもうたわ」
「そこは私の孫ですからなぁ。陛下のお見立てに損なうことがないよう、しっかり育てていきましょうぞ」
「しかし、あやつが約束を果たす日はそう遠い話ではない気がするのぅ」
その後、ワインを酌み交わしながら上機嫌に話は続く。
最後に見せたあの笑顔と言葉、それにアルが提唱した『案』が今でもアンブロシウスの脳裏を占拠していた。
***
「やれやれ、やっと公から解放されたか」
王城の廊下を書類を手にしたヨアキムが通る。先ほどまで癇癪にも似た愚痴を吐き続けていたクヌートと一緒に居たので滅多なことは言えなかったのである。
ヨアキムもクヌートの懸念は分かる。しかし、アンブロシウスがつけた条件はとてもじゃないが学生である子供達にできるはずのない物だった。
「さて、この案をどうするか」
アルフォンスから出た案を纏めた資料の表紙をヨアキムはじっと見つめる。
ヨアキムの脳裏に浮かんだのは、彼の子供達だった。彼の娘であるステファニアから伝えられた報告内容ではヨアキムの庶子達がエルやアルと共にあると書かれていた。
彼らについてもう少し情報を集めると共に庶子達に何かしら指示を与える必要があるかもしれない。
ヨアキムは今後について素早く結論を出すと王城の外に待たせてある馬車に乗り込んだ。
馬車が進む中、ヨアキムは対面に座っている初老の執事に語りかけた。
「ライヒアラ周辺の守護をしている
「現在はリデア殿の小隊がその任に就いています」
手帳を確認しながら返答する執事にヨアキムは『バルトもそこに居たな』と呟くと手元の資料の束から便箋を2つ執事に渡して馬車に停止を命じる。
馬車が完全に止まったことを確認したヨアキムは、何かが書かれている数枚の紙面を取り出すと、携帯用のインク壺の中に入れていたペンを引き抜いて何かを付け加えるように書き、紙を上下にパタパタと動かしながら執事に渡した。
「リデアにこの命令書を届けてくれ。それと先ほどの手紙をライヒアラのステファニアに届けてくれ」
「承知しました。すぐ手配します」
ヨアキムが指示を出すと馬車は再度動き出す。それと同時に今日に至るまでの