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太陽が名残惜しげに沈み、あたりが闇に包まれだした頃。
アンブロシウスとの謁見が終わり、ライヒアラのエチェバルリア邸に帰宅したエルとアルは夕食を素早くかっ込むと間髪居れずに自分達の部屋に引きこもった。
「頭部バルカン」
「腕部速射砲」
部屋の中ではエルとアルが大きな紙を挟み、文字を書きながら
紙の真ん中には大きな文字で『交換不要な武器』と書かれている。
そう、これは交換する必要がない武装のアイデアを出しているのだ。
「ゲッ○ービーム」
「マイクロミサイル」
武器名が段々とネタに走っていっているが、重ねて言うがこれはアイデア出しである。
だがエルもアルもそのことには突っ込まない。否、『このアイデア出しに突っ込みなどの否定はご法度』なのである。
2人が現在行っているのは、『ブレインストーミング』と呼ばれるアイデア出しの方法である。
とにかく時間を決めてアイデアを出してから出した内容を結合したり、ユニークなアイデアをひねり出すのが目的で、エル達が知っている中では主に反省会などに使われる。
なので『これは無理』などといった否定的な意見は、質より量を優先するブレインストーミングにはご法度なのである。
(なぜにゲッ○ー?)
(いや…そもそもミサイルとか無理でしょ)
しかし、2人とも口には出さずとも心の中でひそかに突っ込んでいるのはご愛嬌である。
ひとしきり案が出揃うとそれぞれの案を結合しだす。『頭部のバルカン砲』と『腕部速射砲』を組み合わせて『仕込み武器』、『アタッチメント』と『仕込み腕』を組み合わせて『サブアーム』といった様々な案が結合されては新たな案を創造する。
そうして出来た紙を満足げに眺めたエルは、アルと共に本棚から大量の本を取り出していく。
「仕込み腕は重量かさみそうですし、メンテナンス性悪くなりそうですね」
「僕の知ってるサブアームって肩越しと脇の下の2つの展開方式あるんですが、これどっちにするんです?」
「一応某キャノンみたいに展開する形にしようかなと」
アルはエルの話を聞きながら紙に書かれていた案に補足を記述する。
議論に議論を重ねながら添削を行った結果、案が一杯書き綴られた紙の上には×印が乱立し、とある案だけが残っていた。
「ふぅ……白熱しましたね」
「満足です」
エルは満足げな顔をしながら先ほどの紙を丁寧に机の引き出しに移す。その間にアルがもう1枚白紙の紙を置いて唸りだした。
「兄さん、膂力の上げ方ってなんでしょ」
「クリスタルティシューを3本に纏めてみるとか?」
エルの言葉にアルは、ライヒアラへの道中でエルが言っていた戦国大名の話を思い出す。
しかし、ただ纏めただけでは耐久性が上がっても膂力の強化に繋がるとは到底思えなかった。
ひたすら悩んでいると、ふと何かをおもいついたのかエルが紙を持って立ち上がる。
「困ったときは人に頼りましょう」
エルは相変わらず人懐っこい笑みを浮かべながらアルに下に行くように促した。
***
「……で、我々に相談に来たわけか」
「あらあら、シルエットナイトのことなんか分かるかしら」
エチェバルリア邸の食堂ではマティアスとセレスティナが広げた紙を凝視している。
そこには大きく『膂力の上げ方』という文字が丸で囲われていた。
「はい、どんな意見でも良いので」
「意見といってもなぁ」
マティアスは教官であり、
100年に1度あるかないかといわれるほどの
同じくセレスティナも主婦である。何処かの錬金術が発達した世界では最強の生物は主婦と言われているが、ここは別の世界である。
「クリスタルティシューを複数で束ねる方法とか考えたのですが、膂力に効果があるかといわれたら微妙な所なんです」
「張り方を変えるのはどうだ?」
「ディクスゴード公爵の本を見るに、これ以上張り詰めたりするのは固定してる所に負荷がかかりそうです」
さすが教官ともあり、マティアスはすんなり息子達の話を理解して案を出す。その光景をセレスティナはにこやかに見守るが、ふと彼女は文字を書いているアルがしきりに自分の髪を耳にかけている様子に気付いた。
「アル、編んであげるからこっちに来なさい」
「あ、ごめんなさい。母様」
アルの後ろ髪を3つに分けて淡々と編みこんでいく。
その様子をエルはぼうっと見るが、急に真剣な表情に変わる。
そして三つ編みが完成した途端にエルが手を打ち鳴らした。
「そうか! 編みこめばいいんだ!」
最初その言葉を聞いてもわけが分からなかったアルだが、段々と事態を理解すると同じく手を打ち鳴らした。
1本より3本、そしてその3本を編みこんでしまえば伸縮率が高くなり、なおかつ耐久性も上がる。
エルはそのことを先ほどの髪の毛の三つ編みで思いついたのである。
「母様! ありがとうございます!」
「父様もありがとうございました!」
アイデアを出せたからかセレスティナはニコニコと笑い、少なくとも妻よりは
そんなことをしていると扉を叩く音と共にラウリの声が聞こえた。
朝にエル達と共に出かけていたラウリが帰ってきたのである。
「義父上、今開けます」
「すまんな、客人もいるからお茶の準備を頼む」
「夜分申し訳ありません。エチェバルリア教官」
マティアスがラウリの後ろを見ると中等部の生徒会長であるステファニアが立っていた。
そのままステファニアを家に招くと机の片付けをしているエル達がステファニアに声をかける。
「ステファニアさんこんばんは」
「ええ、こんばんは。はい、これ」
ステファニアは懐から1通の封筒をアルに手渡す。アルは後ろの蜜蝋の印を改めるが、普段の授業を余り聞いていないため何処の印か分からなかった。
マティアスにも同様の封筒が渡される。
『セラーティ家から?』とマティアスが呟き、それを耳聡く聞いたアルはやっと宛先がセラーティ家ということが分かった。
手持ちの小さなナイフで封を開けて中身を見る。
内容は『新機能についての実験の立会いと助言の為、数日カンカネンへ滞在して欲しい』といたってシンプルな物だった。
アルフォンス・エチェバルリア、齢10と少しでまさかの単身赴任依頼である。
「アル、お前の方はどうだった?」
「新型機能の実験がしたいのでカンカネンに数日滞在して欲しいとの内容でした」
「こちらもだ。安全面の配慮と滞在中の費用など詳しい事が書かれている」
マティアスの持っている手紙を見ると、カンカネンへの送迎は
「アル、お前なにかしたのか?」
突然の召集と待遇の良さに『またお前か』と副音声が聞こえてきそうな眼差しでマティアスはアルを見つめる。
アルは本日あったことを事細かに話すとマティアスは深いため息をついた。
「ははっ。エルは新型のシルエットナイトを作ると陛下に宣言してアルは新機能を即興で説明か……はははっ」
「ところでアル。このお誘いどうするの?」
明後日の方向を向いて笑いながら白くなっているマティアスを一旦放置してセレスティナはアルに問いかける。
「行こうと思います。まだ見ぬ技術とかあるかもしれませんし」
「いやー、あれ以上に突拍子なものはないとおもうがのぅ」
鼻息を荒くして参加を表明するアルにラウリはポツリと突っ込んだが、旅支度やらステファニアの見送りやらのどたばたで誰も聞いていなかった。
***
次の日、時刻はもうすぐ昼に差し掛かる頃。
カンカネンへ続く道を3機の
「──以上が本機能の概要になります」
豪華な馬車の中でアルは資料を広げていた。目の前には金髪を短めに刈り上げた青年が資料を見て顎に手を添えて考え込んでいる。
「どうかしらリデア」
ステファニアが名前を呼ぶとリデアと呼ばれたその男性がステファニアのほうを向いた。
「中々の物ですね。確かにこれならシルエットアームズを咄嗟に使えるので使いやすくなります。いきなりカンカネンへお嬢と子供を護衛しろって言われて戸惑いましたが、合点がいきましたよ」
ニヤリと笑った顔は微塵の嫌味もなく、これから試すであろう書類の概要を心から楽しみにしていることが伺える。
リデア・キオレン。緋犀騎士団で小隊長を務める男で、現在は
その理由というのも。
「おらぁ! 遅れてるぞ坊ちゃん!」
「だから坊ちゃんというのはやめてください!」
馬車の後ろから拡声器越しの声が馬車の中までよく知っている声が響く。
声の主はキッド達を眼の敵にし、結局キッドに返り討ちにあって実家へ送還されることになったバルトサールだ。
「大丈夫なんですか?」
「ええ、きっちり『教育』してるんで大丈夫ですよ」
「アル君と確か面識なかったと思うから多分大丈夫よ」
要所に増設された装甲板と小型の盾をつけた
実家に強制送還されたバルトサールは緋犀騎士団で性格矯正という名のしごきを受け続け、最近になってようやくヨアキムと緋犀騎士団の団長から
魔獣が蔓延るフレメヴィーラでの
どこかで練習しようと考えていたリデアにとってヨアキムから来た命令書はまさに渡りに船だった。
「ところでこの機能、まず僕のやつにつけてくれません?」
資料を見ていたリデアは人差し指を自分に指して必死にアピールする。
「良いですよ。リデアさんの機体にこれが付いたら……ウヘヘ」
アルは頭部バルカンが付いた近接格闘機という内容に夢の世界へトリップする。
そんなことをしつつ馬車は進み、とうとうカンカネンまで到着する。
バルトサールや他の
彼らは手早く馬車から資材を取り出すとてきぱきと実験の準備を始める。
「じゃ、僕はこれで」
「それじゃ、私達は行きましょうか」
リデアが馬車から降りて駐機場の仲間達の元へ向かうのをアルが見ていると馬車がカンカネンに入るために動き出した。
そのまま馬車は進み、貴族街にあるセラーティ家の持ち家に馬車が止まると御者が馬車の扉を開けてステファニアをエスコートする。
「お待ちしておりました」
アルも馬車を降りて中に入ると初老の執事に出迎えられる。アルは挨拶もそこそこにステファニアと共に応接室に通された。
「待たせたようだな」
「いえ、本日はお招きに預かりまして」
「呼び出したのはこちらだ。呼び出しに応じてくれて感謝する」
しばらくするとヨアキムが入室してきたのでアルは礼をするがヨアキムがそれを手で制する。
各自がソファーに座りなおすと執事が紅茶を持ってきたので、それと共にアルも手元のトランクから資料を取り出す。
「今回セラーティ侯爵に依頼された機能の概要を書き出したものです」
「ふむ……」
ヨアキムが資料を見る。それは昨日の夜中アルが夜なべをして纏めた物であり、概要をはじめ追加方法や実験内容まで細かく記載されていた。
「取り回しを向上させるためにシルエットアームズの長さを4分の1にしました。ですが、触媒結晶や紋章術式は先端にあるので長さの変更によるオーバードスペルの差異はないはずです」
「良いだろう。ではこれより使えるかの実験を開始してくれ」
「承知しました」
アルはエル直伝のプレゼン能力でヨアキムに説明を行う。エルには1歩どころか3歩ほど劣るが、その書類の出来もあってアルはヨアキムから実験開始のGOサインをもらう。
滞在中の注意事項を軽く執事から説明を受けると早速とばかりにアルは家を飛び出して駐機場へ向かう。
そこにはリデア以外の
「リデアさん、OKもらいました」
「っしゃあ! じゃあ早速試そう」
テンションが上がるリデアだが、逆に
未だ人の延長である
(実物見たら意識変わるかな?)
初対面なのでむやみに言葉を交わして説得は後々こじれそうなのでアルは口をつぐむ。
だが、さすが本職ということもあって抵抗がありながらも流れるような連携で
もちろん溶接などといったことはしない。取り外すことを念頭に置いた細かい仕事ぶりにアルの目が一層輝く。
(すごい……これが本職のナイトスミス)
ものの1時間で取り付けられた機能──頭部兵装は前々までそこにあったかのような『しっくりきた』出来になっている。
「小隊長、仮設で悪いが操縦桿のボタンを増設してある。それを押してくれ」
「了解」
そして機体を立ち上がらせると、周囲に警告してからリデアは増設されたボタンを押し込む。
頭部から投射される法弾に
リデアは周囲に影響が出ないところまで機体を進ませるとおもむろに腰の剣を引き抜く。
まるで何かと戦っているような演舞の合間を縫うように放たれる頭部の法弾の動きに、アルは言葉も出なかった。
新しい物に抵抗を示さずにすぐに順応する。リデアはその期待に見事に応えたのだ。
(緋犀騎士団ってすごいなぁ)
アルは改めてヨアキムの領地を守護する緋犀騎士団の技量の高さと思い切りの良さを感じる。
一通りの動きを終え。駐機場に戻ってきたリデアは操縦席から降りると深い息をつく。
周囲はリデアの次の言葉を息を呑みながら待っているとリデアが人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「これは良い!」
周りが一気に沸き立つ。半ば半信半疑だった機能の有用性を目の当たりにし、
だが、その歓声もリデアの次に発した『しかし!』という言葉にかき消された。
「法弾からでる光で視界が極端に狭くなってる。それをなんとかしないと実用は出来ないな」
「ちょっと乗せてもらっても良いですか?」
アルの言葉にリデアはアルの手を引いて操縦席の後ろのスペースにアルを押し込む。
ディートリヒのような長身では狭くてとても入れそうに無いが、小柄なアルはその狭い隙間に綺麗に収まった。
(この体になって初めて良かったって思えた)
この時、初めてアルは自身の小ささに感謝した。──がすぐに悶絶しながら『やっぱ大きくなりたい』と考えを改める。
「よし、んじゃ行くぞ」
アルが身長について脳内会議をしている間に機体を立ち上がらせていたリデアがアルに声をかけるとボタンを押し込んだ。
「あちゃー、これは……」
アルは思わぬ課題に頭を抱える。
こうして初日の試作は『撃てはするが、課題を解決する必要がある』という微妙な結果になった。
***
一方その頃。
ライヒアラのオルター一家の一室では、キッドとアディが荷造りをしていた。
実は先日、ステファニアはアルへ手紙を渡したその足でオルター家を訪ね、キッド達にカンカネンへ来るように指示をしていたのだ。
「そういえばアルもカンカネンに居るんだったな」
「手紙ではそう書いてたよね」
アディは机から手紙を引っ張り出してくる。ライヒアラが休みになった初日なので、2人はエルとアルを遊びに誘おうとしたが、アルはカンカネンに行っていると聞かされて出鼻を挫かれたのだ。
その時にエルから渡された手紙曰く。
『
「なんだろなこれ」
「さぁ? でも私との約束守ってくれたのは嬉しいな」
謎すぎる文面と謎のイラストにキッドは首を傾げるが、『何かあったらアディ達に知らせる』という約束をしっかり守ったアルにアディは顔を綻ばせた。
早く結果を出したいのですが、開発までのプロセスとかが好きなので長々と書いてしまいます。
線引きが難しいですね