銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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感想やお気に入り、ありがとうございます。
何度かランキングにもおじゃまさせていただきました。
これも皆様の応援あってのこと。

今後も銀凰の副団長の応援よろしくおねがいします。


20話

エルが仕出かした内容を無事にヨアキムにぶん投げ、もとい報告した次の日。アルは服飾科を訪れていた。

 

「で、この編み方の名前ってなんですか?」

 

「それはねー、長編みと言ってね」

 

エドガーは自分の横の席を凝視する。1人の少女が糸で作られたサンプルを見ながらメモ帳に内容を記載し、もらったサンプルに付箋をつけて別の袋に入れている。

 

指を入れると無抵抗に毛先に到達しそうなほど滑らかな紫銀の長い髪。

『やめ……ヤメロォ!』と騒ぎながら試着室に連れ込まれる前は所々に男っ気があったが、それを薄く塗られた紅や白粉が上手く包み隠している。

身に着けている服装も髪の色に合わせたのか薄い青色のイブニングドレス。これから夏に向かうこの時期にうってつけの配色だろう。

 

視線に気付いた少女がやや不機嫌そうな目でエドガーとほっこりしたヘルヴィを見るが、エドガーは若干引きつった笑顔で口を開いた。

 

「思いのほか似合ってるな。アルフォンス」

 

「先輩、それ以上言うとアールカンバーをグシオンでリベイクなフルシティにしますよ?」

 

笑わないように少し頬を引きつらせていたエドガーは一瞬で真顔に戻る。

少女……もといアルがエドガーを見る目がいつもの垂れ気味の目や先ほどまでの不機嫌そうな目ではなく、絶対に実行すると言う意思が込められた物に変わったのだ。

言っていることは分からないが、ろくでもないことをされるのだとエドガーはその一瞬で判断した。

 

なぜアルがこのようなことになっているのか。全ては鍛冶科に在籍している1人の学生が悪いのである。

 

 

***

 

放課後、アルは工房に赴いて高等部の鍛冶科のまとめ役である『親方』の通称を持つドワーフ、ダーヴィド・ヘプケンに話を聞いていた。

 

「ほれ、これが初日に編んだやつのデータだ。耐久性の試験は今日やる予定だからまだ書いてねぇ」

 

ダーヴィドから渡されたのはエルが言っていた綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の編み方が纏められた紙だった。

 

アルはこれも簡単にコピーが出来ないのでメモ帳に内容を記録していく。『この世界に転生して一番苦労したことはコピー機がないことじゃないかな』と内心愚痴をこぼした。

 

「しかし、銀色小僧も災難だな。兄貴にいきなり新型機の記録取りなんかされてよ」

 

「いえ、これはとある人から……あれ?」

 

銀色小僧はダーヴィドが名付けたアルの愛称である。ちなみにエルの方は『銀色坊主』なので、2人が一緒に居るときは『銀色』の次の言葉を待つために2人揃ってダーヴィドの方を凝視しているが、ダーヴィドはそのことはあまり気にせずに呼び続けている。

 

閑話休題

 

アルは手元の資料の違和感に首を傾げた。注意深く見てみると肝心の編み方が『細かな編み込み』や、『やや粗い編み込み』など抽象的すぎる内容だったので、思わず同情の視線でこちらのことを見ているダーヴィドに問いかけた。

 

「親方、これ編み方の名前ってなんですか?」

 

「あー、服飾科のやつに言われたんだがなぁ。鍛冶以外のことだったから忘れちまった」

 

あまり報告書に抽象的な表現を入れたくなかったアルはなんとかダーヴィドに具体的な編み方の名前を思い出してもらおう奮闘する。

最終的には金槌をどこからか持って来て実力行使に迫るが、ダーヴィドにアイアンクローをかまされてそのまま宙ぶらりんにされたりとろくな成果を得られなかった。

 

「ったく、そんなに気になんのなら聞きに行きゃ良い話じゃねぇか。おぉい! 試験の方任せたぞ」

 

「え? 服飾科いくの? 私も行く!」

 

最終的に餅は餅屋ということで服飾科に聞きにいこうという話になり、昨日のエドガーの話を思い出したアルは数分じっくり悩んだが、諦めたかのようにダーウィドや休憩中のヘルヴィとエドガーと一緒に虎穴に赴いた。

 

その後はアルの()()()()、服飾科の先輩となぜか悪乗りしたヘルヴィによってアルは着せ替え人形になるが、そのおかげか編み方の名前の他にサンプルまで作ってもらったりと報告書が濃密になったのでアルは『結果オーライ』とほくそ笑んでいた。

 

「そういえば、アル君のアンダーって変わってるわね。革服?」

 

アルが着ていた物を綺麗に畳んでいたヘルヴィが黒い光沢のある鱗が取り付けられた服のようなものを全員に見せる。

すると、突然椅子から立ち上がったダーヴィドがアルを睨みつける。

 

「銀色小僧、なんでおめぇがあんな物持ってんだ?」

 

「すみません。あれがなんなのか知らないんですが、そんなにすごいものなんですか?」

 

元々アンブロシウスから半ば押し付けられる形で手に入れたものなので、アルはその凄さが分からなかった。

それを聞いた服飾科の先輩がヘルヴィからその革鎧を受け取りながら説明する。

 

黒鱗獣革鎧(ブラックスケイルレザー)

 

頑丈な外皮に守られた魔獣の一番硬い部分を贅沢に使用した革鎧である。

しかし、頑丈な外皮ということは加工もしづらいのでこれを作れる職人は両手の数ほどしか存在しない。

さらに専用の工具も必要なため手間賃や技術費用といった総合的な値段はべらぼうに高い代物である。

 

だがそのお値段に釣り合う防刃性を持っているので、高位の貴族階級の子弟がたまに身に着けている。

 

「ほえー。陛下から頂戴したんですが、そんなすごいものだったんですね」

 

「は?」

 

素っ頓狂な声を上げながらさらっと爆弾を落としたアルは、数秒後に失言をしたと悟るとそろりそろりと席をたつ。

だが、ダーヴィドはアルの肩を掴むとその厳つい顔をアルに近づける。

 

「洗いざらい吐いてもらおうか? 何で急に陛下が出てきた?」

 

部外者が見たら通報待ったなしの光景だがこの場には関係者しか居ない。

アルは逃げられないことを悟ると席に戻って持ってきていたトランクから資料を取り出した。

 

「ちょ、そんな厄介事そうなの私が居ないところでやってよ!」

 

「ああ、すまねぇ。というわけで手ごろな空き教室で話すぞ」

 

アルの首根っこを掴んだダーヴィドはのっしのっしとエドガー達と共に場所を移動する。

無事に確保した空き教室で元の服装に着替えたアルは『自分がやったこと』についての説明が行われる。

話が進むにつれて3人は驚愕の表情を浮かべ、段々とアルのことを珍妙な生物を見るような表情に変わる。

最終的には3人揃って自身のこめかみを揉んだり頭をしきりに叩いて正気を取り戻そうとしていた。

 

(兄貴が兄貴なら弟も弟だな)

 

頭に魔導兵装(シルエットアームズ)を装備させるという提案に実際の開発といった常識の範囲外の行動に、ダーヴィドは『腕を生やす』と提案したとある人物を幻視する。

兄がぶっとんだ事をしていたら弟は大人しいという説があるが、ダーヴィドはそれを言っている人物にこの兄弟を差し出したくなってきた。

 

「アルフォンス、その頭部兵装……だったか? それは全カルダトアに装備されるのか?」

 

「僕も詳しいことは分かりません。しかし、現在はラボで聞き取りと再調査を行っています。そこからどこかの領地で先行試作となるでしょうし、そのどこかでこけたらこの計画はご破産になりますね」

 

その言葉にエドガーは、少なくともアルは現在行われているであろう作業を知っているほどの地位に居たと推測し、再び額のシワをもむ作業に戻った。

 

「陛下がアル君にその革服……じゃなかった鎧を贈ったのも分かるわ」

 

頭を抱えたヘルヴィが先ほど場所を変えるといったダーヴィドの判断が正しかったと心の中でサムズアップを送る。

どう考えても人が多いところで話す内容ではない。友人である服飾科の彼女に謝罪と注意をしてこようと心に決めているとエドガーがアルに問いかけていた。

 

「しかし、ディーの奴の感謝状のためにいささか過激すぎるぞ」

 

「いいえ、仕事を完遂した人と半分だけ完了した人。結果だけ見れば後者は仕事は出来てませんが、それが理由で功績が全部なくなるのはおかしいと思うので」

 

「そうはいってもなぁ……」

 

「まぁ良いじゃねぇか。話を戻すが、編み方のデータが集まるまではトランドオーケスには組みこまねぇ。だからその間は銀色坊主と中等部が作ってる方に専念してくれ」

 

「分かりました」

 

アルが外を見ると既にあたりが朱色に染まりかけている。

ヘルヴィが先ほどのことを注意するべく、アルの着ていたイブニングドレスを引っ掴んで教室を後にする。

 

「あ、すみません。報告書書くんでもうちょっとここに居ます」

 

ふと、本日の報告を書くことを忘れていたアルはダーヴィド達の前で報告書を書き始める。

早く別の学生に任せた実験の成果を聞きに行こうとしていたダーヴィドだったが、アルの書く報告書の量に次第に興味を引かれ、エドガーと共に既に記入済みの報告書を手に取った。

 

「それがさっき言ってた侯爵様に渡す報告書か? 随分と量が多いな」

 

「ええ、今回はサンプルも送るので多分喜んでくれるでしょう」

 

「変更した内容に現在の状況、今後の予定まで入っているからな。報告書としては十分だろう」

 

それを聞いて上機嫌にインクを乾かした報告書をサンプルと一緒に封筒に詰め、生徒会室へ向かう。

 

「え、もう? ……分かったわ」

 

少し間を開けた返事をしながら報告書を受け取るステファニアに疑問を浮かべながらアルは帰路についた。

 

 

***

 

深夜。

夕食の満腹感は鳴りを潜め、代わりにわずかな空腹感が浮上する──俗に言う小腹が空いて来る時間帯。エチェバルリア邸の台所では人影が慌ただしく動いていた。

 

人影は白い板状の物を細ぎりにし、湯がたっぷり入った鍋で湯がいていく。その動きは長年同じ行動を何度もしてきたかのような熟練の動きで、瞬く間に白い細ぎりのもの──うどんが皿に盛られていく。

 

怪しげな書き方をしたが、ぶっちゃけるとただアルが夜食にうどんを作っているだけである。

出来上がったうどんを深い椀に入れ、夕飯に少し取り分けておいてもらったスープを鍋ごと上の自室に持っていく。

 

「兄さん、鍋持って」

 

「了解」

 

室内に戻ったアルは片手で部屋に置いているサンパチを手に取り、もう片方の手を掲げながら火炎弾丸(ファイアトーチ)魔法術式(スクリプト)を組む。

すると魔法術式(スクリプト)に従って小さな火が掲げられた片手から少し離れた場所に出現する。

アルはその火を投射せずに維持し、エルがその火の上に鍋を移動させる。

 

これはアルが漫画に触発されて電撃矢(スパークダート)を掌に維持させようとし、あわや感電して三途の川を渡りかけた使用方法だが、魔法を投射せずに維持するのは何気に魔法関係の訓練になるのだ。

さらに火炎弾丸(ファイアトーチ)だと火種を必要としないので、火の注意さえしていれば今宵のようにこっそり夜食を作るのに最適であった。

 

「かけ、熱いところをもらおうか」

 

「へい。かけ一丁」

 

鍋の中のスープがほのかに温かくなった頃合で、エルは声を意図的に低くして注文する。

それを聞いたアルは茶番に付き合うように返事すると椀にスープを入れて中のうどんをほぐす。

その間にエルは自分とアルの机から2本の木の棒……いわゆる『箸』を取り出しながら先ほどと同じく低い声でアルに注文する。

 

「おぉっとすまないねぇ。ネギ抜きで頼むよ」

 

「(ねぇよ!)へぇ」

 

なおもクーデターを狙ってそうな悪役ムーブを続けるエルに心の中で突っ込みを入れながらエルに椀を差し出す。

椀を受け取ったエルは箸を片手におもむろに立ち上がると、ずるずると音を立ててうどんを啜り込む。

この世界ではこの上なく下品な食べ方だが、箸とうどんを持ったエルにはその常識は通じない。

思い出すのは通勤中や金欠時の昼休み、もう同僚や上司の名前は忘れてしまったのに顔や仕事風景だけ脳裏に浮かんで来るのはこうして懐かしいものを作れるアルのおかげだろう。

 

「ごっそさん。寒いときはこれに限るね」

 

「兄さん、季節間違えてるし元ネタ蕎麦だから」

 

うどんを手繰り、スープを飲む。わずか3分にも満たない食事を終えるとエルは軽いボケを一つ入れ、やりかけていた作業に戻る。

それを見たアルはボケに突っ込みながらうどんを完食すると、鍋や食器を階下に持って行って水を溜めた器の中に沈める。

そのまま放置するのは忍びないが、アルは急いで自室に戻ってエルから頼まれていた作業に集中した。

 

現在彼らがやっているのは『幻晶騎士(シルエットナイト)の制御術式が書かれた参考書』の添削作業だ。

 

なぜこんなものを作っているのか。それは幻晶甲冑(シルエットギア)の操縦方法にあった。

本日めでたく2号機と高等部の学生用にサイズを調整した3号機が新造されたので、早速キッド達や自主訓練中に拉致したディートリヒに搭乗して貰った。

キッド達は最初少し戸惑ったが、時間をかけてゆっくり慣らして行くと帰る頃には初号機と共にハイスピード鬼ごっこができるようになるほど上達していた。

しかし、ディートリヒは時おりびくんびくんと小刻みに動くだけで特に進展はなかった。

 

その有様を終始見ていたエルは、肝心の騎操士(ナイトランナー)が訓練代わりに動かすためには身体強化の習熟が急務と考え、この参考書を書き出した。……書き出したは良いのだが、ふと気づけば件の参考書はもはや参考書と言える厚みではなくなっていた。

そこではじめて『やりすぎた』と思ったエルが、夕食後にアルに頼み込んで一緒に添削の作業をして今に至る。

 

「兄さん横文字使いすぎ。この世界じゃ『オブジェクト指向』なんてないでしょー」

 

「一応マギウスエンジンにはそれっぽいのありましたから使ったんですがねぇ」

 

アルが参考書によく登場する文字の一つを指摘する。

オブジェクト指向とは、超ざっくりいうと『プログラム全体をデータや処理を一つにまとめたもので動かす技法』である。

例とするならば、『火炎弾丸(ファイアトーチ)』、『電撃矢(スパークダート)』、『空気弾丸(エア・バレット)』という3つのコモンマジックを打ち分けたい場合、普通なら『属性を決める』、『大きさを決める』、『射出』と各魔法ごとに魔法術式(スクリプト)を変えなければならない。

しかし、先ほどの技法を使うと『属性と玉の大きさを決めて発射する』というメインの処理を作ってしまえば後は属性と大きさを決めるだけで魔法を発動する事ができるので前者よりも後者の方が魔法の切り替えをする時に生じるタイムラグが少ないのである。

 

閑話休憩

 

魔導演算機(マギウスエンジン)内の根幹にあった身体強化の術式もそのような技法が使われていたのはアルも記憶しているが、流石に異世界の技法名を出すのは許容できなかった。

先ほどの『オブジェクト指向』のように横文字で色々書かれている部分を消したり、分かりやすいように書き換えたりと添削を進めていく。

そこからは時間が弓から弾かれた矢のように過ぎていった。

 

***

 

2人の顔を朝日が『さっさと学園に行け』と煽るように照らす。

一睡もしていない2人は寝不足によって痛む頭を抑えつつ、作業場所を自室から学園の教室に移す。

 

「では西方諸国(オクシデンツ)に存在する王国のジャロウデク王国とクシェペルカ王国だが、フレメヴィーラ王国に近い国はどちらだ? ……アルフォンス!」

 

「クシェペルカ王国です。ジャロウデク王国は西方で両国の間にロカール諸国連合という国が存在するのでフレメヴィーラ王国からさらに遠い国になります」

 

「正解だ。ちなみにクシェペルカ王国は友好国でもあるから皆も覚えておくように」

 

いつもの授業時間もエルとアルにとっては作業の時間だった。

教官からの質問も既に礼儀作法以外なら答えられるし、添削している参考書は未だ製本していない紙の束なので教官からは『真剣にメモを取っている学生』にしか見えないのだ。

 

(やっぱり何かしてるよね?)

 

(ああ、怪しいな)

 

ただ幼馴染2人には逆にその静かさが怪しいと影で言われていたが、2人はそのまま作業に没頭した。

 

こうして学園に行って作業、放課後も作業、アルは報告書を書いて作業、夜も朝まで作業といったどこか懐かしさを覚える作業(デスマーチ)に心身をがりがりと削っていって早3日。

 

「兄さん、俺の屍を……超えて……」

 

「アル! あなたが倒れたら誰が高等部の皆さんにシルエットギアの操縦方法の講習開くんですか!」

 

「なにそれ聞いてない!」

 

命の炎が消えそうな台詞を吐いているアルにエルが外道な発言をする。

アルがガバリと起き上がるとエルに掴みかかって反論する。意外と余裕そうな行動にエルは安堵した。

 

その後は『どっちが講師をするか』で数分間、言葉の拳で殴りあうがどちらも引かない。ここ数日幻晶甲冑(シルエットギア)に搭乗してなかったので2人とも絶賛『ロボ欠乏症』状態なのである。

やっと思う存分幻晶甲冑(シルエットギア)を整備して、動かして、愛でて、頬ずり出来るのに講師という時間がかかる上に愛するロボから離れてしまう役を進んでやるやつが居るだろうか。いや、居ない。

 

「エル君達なにやってんの?」

 

「なんか難しいことやってるし、俺達がやれることあったら言うんだぞー」

 

「「わかりましたー」」

 

のんきに声をかけてくるのは微笑ましい(いまいましい)ことに幻晶甲冑(シルエットギア)で遊びに興じていたオルター兄妹(いけにえ)

その声に反応してエルはこっそり『あの2人にやらせましょう』と画策し、アルもそれに同意した。

なお『アディは教える側に回るのはやばい』という情報はエチェバルリア兄弟共通の認識を持っていたが、『キッドがなんとかしてくれるだろう』と相手の了承を得ずに決めて残りの作業を進めた。

そして多大な犠牲を払って作業が終わったのはそこから5日目のことだった。

 

 

***

 

「で、私を呼んだのはこの報告書のことか? セラーティ侯爵」

 

セラーティ本邸の応接室、実用性に富んだ華美と質素の中間といった装飾が成された物品で構成された部屋にはこの屋敷の主であるヨアキムとそのヨアキムから『報告書』について救援要請を受けたクヌートが座っていた。両者の間に備え付けてある机には封筒の束が散乱している。

 

「まずは初日……ぐむっ!」

 

封筒に記載されている日付が一番古い封筒を空けて中身を数秒見ただけでクヌートの表情がわずかに曇る。

新型の幻晶騎士(シルエットナイト)開発の報は、過去に同じように幻晶騎士(シルエットナイト)の改良をしていたクヌートのみぞおちに深く突き刺さったのだ。

 

だが、まだ1日目の報告書だ。震える手を何とか押さえて2枚目の報告書を見る。

 

「陛下……なぜ言質を……」

 

騎操士(ナイトランナー)の訓練の為の甲冑という片手間でやることではない代物の開発に今度はアンブロシウスがにこやかにサムズアップして『面白かろう?』と囁く姿が見えた。

『なぜ機密を教えるという言質を与えてしまったのか』という後悔をしながら2日目、3日目の報告書を見るごとにもだえるクヌートを見ながらヨアキムはわずかに視線をずらして申し訳なさそうに口を開く。

 

「申し訳ありません。実は……これ以外にも報告したい事が」

 

「まだ何かあるのか!」

 

今までのは前座という副音声にクヌートは思わず叫ぶ。そこにセラーティ家の家老である老執事がノックと共に入室してくる。

その手には封筒が握られており、それを見たヨアキムはため息をつく。

 

「またか……」

 

「またです」

 

老執事はむりやりヨアキムに封筒を握らせるとそそくさと退散する。封筒を机にぽいっと投げ捨てたヨアキムだが、先ほどの会話に一つ不可解な単語を聞いたクヌートは恐る恐るヨアキムに尋ねる。

 

()()とはなんだ?」

 

「ええ、それが先ほど報告したかったことです。実はこの報告書は遅くて書かれた日から1日置き、いつもは翌日のこの時間帯に来るんです」

 

ヨアキムの言葉にクヌートは絶句した。

いくらセラーティ領が広大でもライヒアラとお隣というわけではない。そしてアルは失念していたが、当然この世界には『ネット』や『メール』といった文明の利器は存在しない。

手紙などの情報の送受信については一般市民なら行商人などに頼んで配達してもらい、貴族ならば『火急の知らせに限って』各自が保有している早馬や騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)を使って迅速に情報を送ることが出来る。

 

「止めさせろ! せめて1カ月おきに報告させるようにしろ!」

 

それでも1日おきに情報を送るためには少なくとも『毎日書く必要がある』のでクヌートはヨアキムに命令を下す。

これを続けさせたらいくらセラーティ侯爵の資産があっても早馬は潰され、幻晶騎士(シルエットナイト)の耐久限界時期が早まるのは火を見るより明らかだった。

それを聞いたヨアキムはまるで『自分と同じ考えを持った同士に出会った』ような朗らかな笑みを浮かべて命令を拝領した。

 

 

***

 

「というわけで今度から報告はラウリ学園長に渡してね。1カ月に1回出す私の近況報告と同じ時に送ってもらうことになったの」

 

「アルフォンス……おぬしは大丈夫と思っておったのに……」

 

「ごめんなさい」

 

やっと参考書が出来た矢先、学園長室に呼ばれたアルは報告書に対する注意を受けていた。

なんでも送る頻度が多過ぎたせいでライヒアラで飼育しているセラーティ家の馬が半壊したらしい。

 

しかしアルの方も弁解の余地はあった。

そもそもアルはこの世界で手紙を書いていない。それに加え、前世では毎日の進捗報告をメールで送っているのだ。進捗報告と聞くと毎日送るものだと勘違いして当然である。

とりあえずその場では潔く謝ったが、胸中では『解せぬ』という言葉が乱立していた。

 

「兄さん、かくかくしかじかってことあったんですが。報告書書くの止めたほうが良いんですかね?」

 

「アル、逆に考えるのです。1か月分の報告書に纏めて送ってあげればいいんですよ」

 

「なるほど。頻度は落として出来る限り濃密な資料をということだったんですね! 分かりました」

 

近くでエルとアルの会話を聞いていたキッドとアディは、セラーティ領の方から『違う! そうじゃない!』という父親の幻聴が聞こえた気がした。


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