銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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先週はお休みして申し訳ありませんでした。
そしてお待たせしました。ドウゾお楽しみください


22話

アルにとっては地獄の講習が一段落したある日の午後。

ライヒアラ学園のとある教室では教官の講義が行われていた。

 

講義内容は魔獣蔓延るこのフレメヴィーラ王国で生き残るための先人の知恵といった内容だったが、昼食の満腹感も手伝って生徒達の大半は船を漕いでいた。

その光景に教官は、『どうせ試験前にはいつものように泣きつく羽目になるのだから』と心の中で笑いながら自分の仕事である講義を続けている。

 

だが、その教室で真剣な眼差しで話を聞いている2人の少年が居た。

彼らは板書を写しながら、自分の場所から死角になる板書を書くために時おり隣に座っている兄弟に助力を求めている。

はたから見れば真面目に授業を聞いているような光景だが、彼らの手元にある板書を写す紙には全く違うことが書かれていた。

 

R:可変戦闘機とか作りたいですねぇ

L:空を飛ぶ方法は置いといて。強化解いて変形して強化のかけなおしとか燃費やばそうですね。

 

R:じゃあレーザー積んだ戦闘機 名前はモ○ガンで。

L:C'mooooon!! って言いそうですね。

 

紙の大半が上記のような筆談の形跡で埋もれていた。

そしてその紙には他に設計図っぽいイラストや今後の予定などといった落書きがみっしりと書かれていた。

 

そう、彼らは真面目に授業など聞いていなかったのである。

初等部より培われてきた『真面目に聞いているフリ』。この必殺のスキルをフル活用して退屈な講義を過ごすのが幼い時からの彼らのトレンドであった。

やがて鐘の音と共に授業が終了し、息を吹き返した生徒がざわつきながら帰り支度をする。

 

「エル君、アル君。練習いこー」

 

「あ、すみません。僕これから質問にいくので失礼します」

 

そそくさと教室を出るアルにアディは頬を膨らませるが、これも先ほどの筆談でエルとアルが決めたことなのでエルはなんとかアディをなだめて教室を出て行く。

 

 

***

 

「ふむ、ホロモニターに図形を表示か」

 

「そういう実験記録とかありますか?」

 

ライヒアラ学園の教官達の詰め所──日本で言う職員室では幻晶騎士(シルエットナイト)基礎学を受け持っている教官がアルの相談にアゴヒゲを撫で付けながら思案していた。

 

幻像投影機(ホロモニター)への図形の転写、それはエルが名付けた火器管制システム(ファイアコントロールシステム)を実装するために必要な技術である。

アルはその技術がすでに実験されているものか聞きに来たのだ。

 

(なかったら何処かからホロモニター借りて出来るか試さないとなぁ)

 

ある場合なら適当に魔法術式(スクリプト)をコピーしながら内容を理解し、実験しながらブラッシュアップしていく手法を取れるのだが、教官の反応からすると恐らくないのだろうと察したアルは次の行動を決める。

 

「私の思い出す限りでは知らんなぁ」

 

「僕も聞いたことないですね。ですが、眼球水晶の景色を投影するスクリプトを参考にするなら出来ないことはないかと」

 

アル達が話をしていた隣から声と共に、にゅっと本が現れる。

そこには構文学の教官がにこやかな笑みで構文学の教科書をアルに渡そうとしていた。

 

「あ、ありがとうございます。先生」

 

「いえいえ。あ、出来たら話の種になるかもしれないからこっちにも情報くれると嬉しいな」

 

『ちゃっかりしてるな~』とアルは心の中で呟きながら再度お礼をいいながら了承するとエル達に合流するためにバトソン達が使っている広場へ歩を進めた。

 

 

***

 

「へー、眼球水晶の出力ってこうなってたんだ」

 

アルは教官からもらった教科書をぱらぱらめくりながら右手の指先を小刻みに動かす。

 

「なぁアルフォンス。そんな片手間で動かされると少し傷つくんだが……」

 

「ごめんなさい。でも、ディー先輩の乗ってるシルエットギアを動かしてるだけなんで暇なんですよ」

 

ディートリヒからの文句にアルは指を動かしていた方の腕を上げる。アルの腕には手から前腕部までを保護する銀色のガントレットが装備されており、さらにそのガントレットから伸びる銀線神経(シルバーナーヴ)がディートリヒの幻晶甲冑(シルエットギア)に繋がっている。

 

「アルー、それの調子どうだ?」

 

「好調ですよー。無理させてしまってすみません。でも『それ』じゃなくて『アガートラーム』です」

 

「なんか仰々しい名前だな」

 

バトソンは呟きつつアルの腕を見る。

『アガートラーム』、ケルトのとある神族の一柱が身に付けたとされる義手の名前からとったこのガントレットは、メインフレームは魔力の通しやすい銀で構成され、さらに手の甲の部分には魔法の発動媒体である触媒結晶が備え付けられている。

さらに手首の下にはエルが試作をしているワイヤーアンカーの巻き取り装置が接続されており、アンカーの先には銀で出来たイヤホンジャックのような端子がくっついているが、今はディートリヒの乗っている幻晶甲冑(シルエットギア)に開けられた小さい穴に差し込まれている。

 

そう、これは杖であり遠隔から幻晶甲冑(シルエットギア)を操作するためのコントローラーなのである。

 

「魔法も打ててシルエットギアも遠隔操作とか反則じゃないかい?」

 

「魔法についてはまた兄さんの改造病が出て急遽追加されました」

 

実はこのアガートラーム、設計段階にエルが介入したことによってアルが考えていた仕様から大幅に変更が加えられている。

当初はただ幻晶甲冑(シルエットギア)の遠隔操作のみを主眼に置いたつくりだったが、『魔法も使えるようにしましょう』といつの間にか触媒結晶が増設された。

さらにアルの予定では遠隔操作の要であるワイヤーアンカーの機構は腕に付けようとしていたが、手首の下部分から小型のナイフが飛び出すギミックのメモをエルが発見し、数十分の言い合いによって無理やり位置を変えられたのである。

 

「まぁ、こっちは触媒結晶入れるだけだから今までの無茶振りよりは簡単だったよ」

 

「僕としては何で手首に仕込み刃をくっつけようとしたのか理解に苦しむんだけどね」

 

「ロマンや……ロマンなんや……」

 

ディートリヒの言葉にアルは言い合いを聞きつけたエドガー達にこっぴどく説得されたことを思い出し、その場で体育座りになりながらうわ言を呟く。

おそらく彼の魂は現在、シリア()イタリア()カリブの島々()を旅行して自分を慰めているのだろう。

だが、そんなことを知るはずもないバトソンとディートリヒはアルの様子を見て打つ手なしと呆れていた。

 

その時、工房の方角から騒々しい破砕音と落下音が聞こえてきた。広場に集まっていた中等部の鍛冶科や幻晶甲冑(シルエットギア)の訓練を行っていたり、サボっていた高等部の騎士科の面々はもうもうと埃を舞い上げている工房に視線を向ける。

 

「なんだい、今のは!?」

 

「あー、そういえば親方がトランドオーケスに新しいクリスタルティシューを張って実験するって言ってたなぁ」

 

「え、何で教えてくれなかったんですか! 行きますよ先輩」

 

『聞かれなかったし……』というバトソンの言葉を聞き流しつつ、アルはディートリヒが乗っている幻晶甲冑(シルエットギア)の肩に飛び乗ると、アガートラームに魔力と共に魔法術式(スクリプト)を流す。

幻晶甲冑(シルエットギア)はアルの魔法術式(スクリプト)を受け取ると、徐々に速度を上げながら工房に向けて突進していく。

 

「お、降ろしたまえ! ひぎやぁぁ!」

 

──ディートリヒを乗せながら。

 

 

***

 

「お、今度は小僧か」

 

工房に着いたアルとディートリヒが見たのは残骸の山だった。

慣れ親しんだはずの工房のレイアウトがすっかり様変わりし、所々に幻晶騎士(シルエットナイト)外装(アウタースキン)と思われる巨大な破片が突き刺さり、クレイジーで世紀末な雰囲気を醸し出している。

そう、まるで人前に出た途端にその人もろとも自爆するリフォームの匠を数人雇って顔合わせしたような──端的に言えば廃墟のような有様だった。

 

「何があったんですか?」

 

「あー、お前さん状況報告してるんだったな……。ストランドタイプを実際に張ってみたんだが固定自体が吹っ飛んでこのザマというわけだ」

 

アルがダーヴィドから詳しい話を聞く。綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の性能はエルやアルが考えていた数値をはるかに超えており、実際に組み込んでみてもその性能は衰えることはなかった。

しかし、筋肉の伸縮による金属内格(インナースケルトン)への負荷ダメージも従来と比較にならないぐらい強く、とうとう限界を超えた固定含む金属内格(インナースケルトン)が弾け飛んだらしい。

 

「よく無事でしたね」

 

「銀色坊主が居て助かったぜ。……ともかく俺達はこれから固定方法の見直しと全身をそれに変更するっつー作業をしなきゃならないわけだ」

 

「親方ぁ、せっかく無心になったのに蒸し返すのはやめてくれよぉ」

 

「やかましい! いいからさっさと片付けるぞ!」

 

腕を振り回しながら周りの鍛冶科の人達に発破をかける親方を見つつ、アルは工房の一角を凝視する。

そこには幻晶騎士(シルエットナイト)を修理する部材が乱雑に置かれていた。

 

「親方ー、あそこにあるやつってもう使ってないんですか?」

 

「あー、今回の補修で使うはずだったんだが予想以上に立て込んでてな。しばらくは使えそうにないからあそこにまとめたんだがそれがどうした?」

 

「いやいや、ちょっとお手伝いをですね」

 

アルは少し悪そうな笑みを浮かべ、親方から許可をもらった3つの部材を幻晶甲冑(シルエットギア)で運ぶ。

 

「なぁ、アルフォンス。僕必要だったのかい?」

 

自身が幻晶甲冑(シルエットギア)を動かしていないので、手には持っているが手持ち無沙汰なディートリヒがアルの方を向いて疑問を投げかける。

それに反応したアルはしばらく首を左右に振って考え込む。

 

「……いや、まぁ。荷物持ったときの挙動とかも勉強になりますよ?」

 

「もし僕が拒否したらとか考えなかったのかい?」

 

「その時は無理やりスクリプトで動かす『口ではああ言ってたが体は正直』プランとシルエットギアの操作に介入されて変な動きされないように気絶させる『機体はそのまま! パイロットには気絶してもらう!』プランがありました」

 

「そこは嘘でも信じてたって言って欲しかったねぇ」

 

ディートリヒはそう呟きながらも幻晶甲冑(シルエットギア)の筋肉の動きに注視する。

未だ脳裏にこびりつくあの忌まわしい失態を1秒でも払拭できるように、そして口では物騒なことを言っておきながら『腕をこちらに向けないように意識して』歩いている天邪鬼な少年との約束を果たすために。

 

 

***

 

無事に広場に着いたアルとディートリヒは幻晶甲冑(シルエットギア)で担いでいた物資を地面に置く。

するとエドガーがエルに何かを言っている光景に出くわす。

 

「ん? なんでしょう。先輩、行ってみましょうか」

 

「ああ、アルフォンスちょっとこれ外してくれないかい? 1人でエドガーのところまで行きたい」

 

ウィンクするディートリヒに意図を察したアルは快く銀の端子を幻晶甲冑(シルエットギア)から引き抜いてアガートラームの巻き取り装置を動かして端子と銀線神経(シルバーナーヴ)を収納する。

その間にディートリヒは自身の魔術演算領域(マギウス・サーキット)を使用して幻晶甲冑(シルエットギア)の操作を開始する。

──が、アルのようにスムーズに走ることができなかったのでゆったりと歩きながらエドガーに近づく。

 

「ふっ、情けないなエドガー! 騎操士学科筆頭ともあろう君がそんなに簡単に諦めるとはね!」

 

「……ディー、珍しくやる気を出しているんだな。それにアルフォンスも一緒か」

 

「ちょっと荷物運びを手伝ってもらいまして」

 

エドガーは自分の今の状態と荷物運びができるようになったディートリヒとの差を少し悔しく思った。

荷物持ちの作業をひとまず置いておくにしても、1歩1歩を気合と共に動いている自分に対し、ディートリヒは滑らかに歩いている。それを見ただけでも両者の習熟度の違いは一目瞭然である。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)での成績ならエドガーに軍配は上がるが、幻晶甲冑(シルエットギア)に関しては自分に軍配が上がったことを確信したディートリヒは気分を良くしながら走る姿勢を取るが、そこで悲劇が起こる。

 

「この調子なら走るのも君よりもはや……うわっ! なんだこれやばい、止まれ! 止まア──ッ!」

 

ディートリヒは操作を誤ったらしく本人の意思とは関係なく広場を駆け抜けていく。ディートリヒもエドガー以上に動けるとは言っても未だ修行中の身である。ミスをした後のリカバリが上手く行かないのである。

 

「キッド、ディー先輩を助けてあげてください」

 

「行けキッド! 君に決めた!」

 

キッドはエル達の言葉に反応してディートリヒを見るが、明らかに暴走状態に入っている幻晶甲冑(シルエットギア)を見て難色を示す。

だが、エルは幻晶甲冑(シルエットギア)の使い方は幻晶騎士(シルエットナイト)直接制御(フルコントロール)に通じるものがあるとキッドを説得するともともとの負けん気の強いキッドがディートリヒを追いかける。

 

「つか……まえ……たっ!」

 

「先輩! スクリプト停止して!」

 

ディートリヒに組み付いたキッドを追いかけつつアルはアガートラームの手首から端子を摘むと一気に引き抜く。狙いは幻晶甲冑(シルエットギア)に開けられた小さな穴である。

 

「プラグイン!」

 

数年の間に何度もインターネットが破壊されたり寸断されたりする修羅の世界の掛け声を叫びながらアルは、自身の魔術演算領域(マギウス・サーキット)で演算した魔法術式(スクリプト)幻晶甲冑(シルエットギア)に送り込む。

すると走る体勢のまま固まっていた幻晶甲冑(シルエットギア)がゆっくりと直立の姿勢を取った。

 

「ああ、すまない2人共……」

 

「気をつけてくださいね?」

 

「うっし、これで一安心だな。戻ろうぜ」

 

アルはキッドの声に頷いてキッドの幻晶甲冑(シルエットギア)の肩に乗る。キッドがずしずしとエルの方に向かうとバトソンに何かの設計図を渡しているエルがこちらを見てくる。

 

「おや、終わりましたか?」

 

「ああ、止めてきた。っつーわけで練習しようぜ」

 

「僕は教導に戻ります」

 

「えー、アル君も一緒に練習しようよー」

 

アディが幻晶甲冑(シルエットギア)で抱きついてくるのでアルはダッシュで逃げる。

アルの幻晶甲冑(シルエットギア)はまだ出来ていない。──正確にはアルが使用予定の幻晶甲冑(シルエットギア)はエル達のデータを基に再度設計と調整をおこなった物を高等部への講習の報酬としてもらう約束である。

なのでエル達や高等部がデータをためている間、アルは火器管制システム(ファイアコントロールシステム)の実験や講習と、訓練漬けのエル達とは異なった動きをしている。

 

キッドに引き摺られながら訓練に行ったアディを見送ったアルは広場に向かうと、ディートリヒに運んでもらった部材の周りに高等部の学生が集まっていた。

 

「ああ、アルフォンス。このマギウスエンジンはお前が?」

 

「はい。動かしやすいと思いましてディー先輩に持ってきてもらいました」

 

そう、アル達が持ってきた物は幻晶騎士(シルエットナイト)用の魔導演算機(マギウスエンジン)である。幻晶甲冑(シルエットギア)はその構造的に魔導演算機(マギウスエンジン)魔力転換炉(エーテルリアクタ)といった心臓部は廃して製造されている。それによってコストは大幅に下げることは出来たが、逆にそれが操作性を悪くしている原因だった。

ならばどうするか? 簡単な話である。『持って来たらいい』のである。

さっそくエドガーの幻晶甲冑(シルエットギア)魔導演算機(マギウスエンジン)銀線神経(シルバーナーヴ)で繋ぐとエドガーの動きが格段に良くなる。

銀線神経(シルバーナーヴ)で繋がっている制限はあるが、操作を学ぶだけならばそれはデメリットにはならないだろうとアルは胸をなでおろした。

 

「お? おお……この感覚、幻晶騎士(シルエットナイト)に乗った時とほぼ同じだ」

 

「お、一発成功とは珍しい。じゃあ僕はちょっと実験してるんで皆さんで使いまわしてください」

 

アルはそういい残すと魔導演算機(マギウスエンジン)の横に陣取り、ついでに運んできたものを銀線神経(シルバーナーヴ)で繋ぎだした。

 

「さぁ、楽しい楽しい検証の時間ですよ」

 

アルは心底楽しそうにそれらを弄りだした。




LとRのハンドルネームはペットボトム様の感想から使用させていただきました。
私も言われてみればと思い、いつか使用したいなと思ってました。

重ね重ね皆様の感想やお気に入りありがとうございます。

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