銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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今回もゆったりと進んでいきますがよろしくおねがいします。


26話

ライヒアラ騎操士学園内の工房では、今日も鍛冶科の生徒が慌ただしく作業を行っていた。

 

「おらぁ! 早く持ち場に戻れ! ちんたらしてっと分かってんだろうなぁ!」

 

「「うっす!」」

 

ダーヴィドの馬鹿デカい激が飛び、それでも行動が遅い生徒が物理的に飛ぶ中。幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席ではアルが書き物をしていた。

 

「えーっと、動いている時の項目はこんなもので……あ、魔力が少ない時の検証もやらないと」

 

何かを思い出したアルは新しい紙を用意すると手早く表を作成する。そして左側の『項目欄』と書かれた部分には新しく『魔力貯蓄量(マナ・プール)が少なくなった場合の動作テスト』が書き込まれていく。

 

テスト項目を考えるのは大変なことだ。

『商品やプログラムの考えうるすべての事象を検査』という物は裏を返せば『考えれなかったバグは作業者の想定外の事象』と思われ、時には信用を無くしたりチームから外される原因となる。

なので、アルは必死に頭をフル回転させながらテスト項目の作成に勤しむ。

 

ちなみにそんな切羽詰まったような考え方はアルだけの物で、仮に新機体開発に携わっている全員に話すとするならば、鍛冶科や騎士科の年長組は鼻で笑いながら『子供が何言ってるんだよ』と返され、兄からは『まだ懲りてないんですか』と冷ややかな目で再度のお説教を実行され、幼馴染からは頭の心配と共にエルを召喚されるといった具合の大騒動が起こる恐れがあるのだが、本人は至って真面目に作業に徹する。

 

「っあ"-! 疲れた」

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に引きこもっていたアルが胸部装甲を開いて外に出る。手元には鈍器を幻視するかのような紙束を抱えており、晴れやかなアルの表情からは作業が終わったことが容易に想像出来る。

 

「おう、銀色小僧! テストとかいうのは出来たのか?」

 

降りた先でちょうど出くわしたダーヴィドに声をかけられたアルは出来立てほやほやの試験項目を綴った紙束を手渡す。

ずっしりというおよそ紙が出すべきではない重量に思わずダーヴィドがよろめいた。

 

「おい、これ全部試すのか?」

 

「まだ抜けがあると思うんですが……一応?」

 

容赦のない言葉を無視したダーヴィドは1枚1枚ぺらぺらと確認していく。ほとんどが表なので1枚あたりに確認することは少ないが量が量なのでだんだんダーヴィドはイライラしてくる。

 

「あー、俺は鍛冶師だからな。お前らの頭の中は分からん! お前らに任せる」

 

「じゃあこの部分、マナ・プールが少ない状態での稼働実験とか協力お願いします」

 

「あん? まぁいいが……必要なのか?」

 

腑に落ちない様子のダーヴィドにアルは説明を行う。

このテストは『魔獣の攻撃で一部の銀線神経(シルバーナーヴ)が損傷を受けた状態』を想定している。つまり幻晶騎士(シルエットナイト)魔力貯蓄量(マナ・プール)が十全ではない状態に火器管制システム(ファイアコントロールシステム)が扱えるかのテストを表している。

 

「ほーん、そんなの必要なのかねぇ」

 

「学生が作る物ですからそんなに突っ込まれないと思いますが……一定状況下で動かないっていうのはナイトスミスの沽券にかかわるのでは?」

 

説明を聞いても要領を得ないダーヴィドにアルは少し挑発的に協力を要請する。

すると、それを聞いたダーヴィドは人を食いそうな笑顔を浮かべてアルの頭をわしわしと撫で付けた。

 

「生意気なことを考える頭はこいつかー? ……言いてぇことは分かった。やってやるよ」

 

「親方ー! アルフォンス苛めてないで手伝ってくれよー!」

 

「どこが苛めてるように見えんだ!」

 

のしのしと言葉をかけた生徒に歩み寄るダーヴィドから視線を外したアルは先ほどダーヴィドから返却された紙束を持って工房の外へ出ていく。──前に工房内で絶叫が響いたがアルは極力聞かないようにして走り出した。

 

***

 

 

アルは幻晶甲冑(シルエットギア)の練習場所になっている広場で、『大鎧が空中を移動している』という異質な光景を見た。

しばらく呆然とその光景を見ていると視線に気づいたのか塔から塔を移動していた大鎧が塔の石壁に突き刺していたワイヤーを取り外しつつ、足元から風を巻き上げながらアルの正面に着地する。

 

「あ、アル。ちょうどワイヤーアンカーの試遊もとい、テストをしてたんですがやっていきます?」

 

「やるぅ!」

 

子供のような(実際子供なのだが)声を出しながら、一旦風で飛ばないように紙束の上に大きめの石を置く。自由になった腕を腰に当ててスキップして幻晶甲冑(シルエットギア)に乗り込むアル。

一応アルが作った物は結構重要な物なのでそれをちゃっかり回収したエルは今回の新装備『ワイヤーアンカー』の操作説明をする。

 

「伸縮はアガートラームのやつですね。あとは先っぽを展開するのさえ理解できれば……っと」

 

そう言い終わるとアルは幻晶甲冑(シルエットギア)の腕を前に出してワイヤーアンカーを射出する。ワイヤーは風魔法の影響でまっすぐ目標に向けて飛翔し、先端についている矢じりは広場を囲っている高い石壁に突き刺さる。

追加の魔法術式(スクリプト)で『矢じりの返し』を起動したアルは射出したワイヤーを巻き取りながら高速で移動する。

ものの数秒で石壁の上に飛んだアルは、矢じりを石壁から解放して残ったワイヤーを収納しながら石壁の上に着地する。

 

(あれ……アルのやつ……僕より上手くね?)

 

「おー、いい感じじゃないですか」

 

自分は矢じりが上手いように刺さらずに落下したり、そのまま壁にぶつかったりと失敗続きだったので、初回で成功したアルにわずかにジェラシーを感じるエル。

 

一発で成功したのはただ運が良かったに過ぎないが、一応マティアスとの訓練やエルが工房で『アールカンバーさいこー!』とか叫んでいる間に教官の手伝いで模擬戦の相手などもこなしているので地味にエルよりも素の運動神経が高いアルだったりする。

 

最初で勘所がつかめたのか、広場の石壁から学園の石壁、学園の屋上へと移動していくアル。だが学園の屋上に登る際、距離感を見誤ったのか『ドカンッ』という破壊音とともにアルの乗っている幻晶甲冑(シルエットギア)が教室棟の壁に衝突した。

その拍子に矢じりが外れたらしく、教室棟から真っ逆さまに落ちていく幻晶甲冑(シルエットギア)にエル達は現場へ急行する。

 

「ぶつかりましたねぇ」

 

「ぶつかったなぁ」

 

「……でも無事みたい。良かったぁ」

 

エルとキッドは壁にぶつかったことを半ばあきれた口調で話し、いち早くアルの姿を見つけたアディは無事だったことを安堵したように息を吐く。

だが、アルの墜落現場にたどり着いた3人は『困惑したラウリの前で3回転半ジャンプを決めながら土下座を決めるアルの姿』を目の当たりにする。

 

(アル……オタクを名乗るならせめて地面抉って地面より頭を低くしないとだめですよ)

 

アルの土下座を辛口に評点しながらエルはラウリに近づく。彼らの知っている中では土下座という風習はフレメヴィーラになかったはずなので、まずは困惑しているラウリから詳しい話を聞くことにしたのだ。

 

「お祖父様。なんでアルはあんなことしてるんですか?」

 

「おお、エル。実は先ほど散歩しておったら瓦礫と共に大鎧が落ちてきてな。注意したら中からアルが出てきてこの通りじゃ」

 

その間も水飲み鳥のようにカクカクと頭を上下に振るアル。最終的に『明日にでも壊した部分を建築科と合同で直すように』ということになり、4人はそのまま建築科へ行って工事の段取りを指示してもらう。

 

「なぁ……ほんとにその鎧着てやるのか?」

 

「あー、これをこうすると高所の作業しやすいかなと」

 

建築科の教室棟の壁を借りてワイヤーアンカーの実演をするとそれを見た全員に『量産』や『試乗』を求められ、実際に試乗してもらった後はその操作難易度の高さから『やっぱいいわ』と手の平をモーターのように高速回転されたのはエル達にとって衝撃だった。

 

「やっぱマギウスエンジン積むべきですって」

 

「今度調べますか」

 

「でもこの子、色んな所で使い道ありそうね」

 

「シルエットナイトより手軽だしな。……操作は地獄だけど」

 

幻晶甲冑(シルエットギア)を返却するためにバトソンの居る広場へ足を進めながら幻晶甲冑(シルエットギア)の改良と運用法について話している。

現状のネックは操縦方法だが、それさえクリアすれば幻晶甲冑(シルエットギア)は建築にも荷物運びにも使える汎用性を発揮してくれるのだ。予想外の収穫にエル達のテンションも上がる。

 

「あぁぁぁ! アル! そんなにシルエットギア凹ませて何したの!」

 

「いやぁ、教室棟からまっさかさまに落ちてこの通りです」

 

「えぇ……」

 

理解が追いつかないバトソンにアルは自分の幻晶甲冑(シルエットギア)に近づく。

 

「バトっさん、そんなことより僕のシルエットギアにもワイヤーアンカー付けて下さい。ここと……ここに」

 

「いやいや、そんなことで済ますのは……って『4つ』も着けるの?」

 

アルが指し示したのは幻晶甲冑(シルエットギア)の両腕と左右の腰部分。合計4つの装着部分にバトソンはアルに聞き返すが、アルは強く頷きながら先ほどの墜落事件の後処理のことを話す。

 

「あー、じゃあ高所の作業するから腰にも追加するのか」

 

「ええ、腕は保険でメインで動かすのは腰の2つだけです」

 

高所の作業ということでアルが想像したのは、ビルの窓ガラスを清掃する人が付けているハーネスだった。

両腰の2つのワイヤーアンカーによって身体をバランスよく固定し、両手も塞がれないので作業するにはうってつけだろう。

 

「分かった。取り付けるだけだし、明日の昼休みにでも取り付けておくよ」

 

「ありがとうございます。んじゃ、帰りましょうか」

 

改造のお願いがすんなり通ったことに機嫌を良くしたアルは帰り支度が済んだバトソンと共にエルと合流して帰路に着いた。

 

「あ、あとついでに作って欲しい物があるんですが」

 

「わりぃ、アル。取り付けるだけならすぐに済むから良いけど。何かを作る系はエルから頼まれてるやつがそろそろ出来上がるからそっち優先したんだ」

 

「じゃあ仕方ないですね。すぐに欲しいものじゃありませんから間をおいてお願いしますよ」

 

バトソンの隣でニヤニヤとピースサインを送っている兄にちょっとイラッときたが、恐らく例のクロスボウのようなアレがついに完成するのだろうとアルは予想する。

 

「ムムム……鍛冶師になって私もエル君やアル君にちやほやされて……ウェヘヘ」

 

「ダメだこの妹……早く何とかしないと……」

 

アルの隣でアディはバトソンがエチェバルリア兄弟にちやほやされている姿を見て自分も鍛冶師になろうかと頭を捻らせるが、アディの隣にいるキッドに呆れられる。

そんな感じで無事に帰宅した2人は、本日出来たてほやほやのテスト項目を批評し、また言葉の暴力で殴りあいながら項目を修正するとようやく床に就いた。

 

***

 

 

「はい、じゃあこれから壁の修復作業に入ります」

 

アルが調子に乗って事故を起こした次の日の放課後、アルはダーヴィドやエドガーなどの新型機開発チームに断りを入れてから昨日ぶつかった教室棟の屋上に来ていた。

そこには石材や接着用の資材を背負った建築科の面々が勢ぞろいしており、1人だけ幻晶甲冑(シルエットギア)を着込んでいるアルはどことなく浮いた存在となっている。

 

「じゃ、はじめるか」

 

建築科3年生のまとめ役の号令と共に身体に綱を結んだ生徒が屋上から被害部分へと降りていく。

アルも負けじと屋上の手すりに腰のワイヤーアンカーから引き出したワイヤーを括り付けると魔法術式(スクリプト)を走らせながら降下していく。

 

時折鋭い弦の音が広場から聞こえてくる中で順調に建築科の作業は進み、やがて人型に陥没していた壁が綺麗に修繕される。

全員が片付けもそこそこに肉体的疲労に勝てずに屋上で寝転がっている中、複数の生徒が正座している幻晶甲冑(シルエットギア)に視線を向ける。

 

「やっぱあれすごいな」

 

「ああ、あれで操作方法がましだったらなぁ……」

 

生徒の1人の感想に『分かる~』と気だるげな合唱がアルの周囲で起こる。アルが想定していた通り、両腰のワイヤーアンカーは作業の邪魔になることなく作動していた。

 

破砕された石や修繕用の資材を持ちながら上り下りするのにも莫大な集中力と体力が必要な建築科の人間に対して、アルはわずかな魔力と魔法術式(スクリプト)で一気に屋上まで飛べるので、最終的には『アルに運搬を任せる』か『幻晶甲冑(シルエットギア)の背中にくっついた状態で飛んでもらう』という事態になっていた。

 

「マギウスエンジンさえ持って来たらマシになるんですがね」

 

「いやいや、あんなでかいもの携帯できないから!」

 

幻晶騎士(シルエットナイト)の部材の一部を四六時中携帯するという想像しただけでも肩の辺りが痛くなってくることを平然と言う銀髪の少年に建築科の生徒達の頬は引きつる。

 

「よっし、小休止終わり! 皆片づけして帰るぞー!」

 

まとめ役の生徒の声に周囲は騒がしくなり、資材や修繕で出た廃材もてきぱきとまとめられていく。

 

「じゃ、僕は工房に戻ります」

 

「おーう! ダーヴィドによろしくー」

 

ダーヴィドと交流があるらしいまとめ役の生徒に手を振りながらアルは屋上から地上を見てだれも居ない事を確認するとそのまま飛び降りた。

エアサスペンションで華麗に着地すると、そのまま足早に工房を目指すと1機の幻晶騎士(シルエットナイト)が椅子を思わせる作業台からゆっくり立ち上がる姿がアルの目に入った。

 

「親方ー!」

 

「おう、銀色小僧見やがれ! ついに出来たぞ!」

 

工房に突っ込んだアルをダーヴィドが出迎える。その視線の先には2本の足でしっかりと大地を踏みしめているトランドオーケスの姿があった。

外装の隙間から見える結晶筋肉(クリスタルティシュー)も従来のものではなく、寄り合わせる事で作成された綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が使用されており、その存在がトランドオーケスの雰囲気をアールカンバーやグゥエールよりも強大かつ頼もしい機体に昇華させている。

 

「じゃあついに?」

 

「完成だ!」

 

ダーヴィドとアルが顔を見合わせて破顔する。モノが出来た時の達成感というものは完成までの工程が過酷であるほどその喜びは大きくなるのが相場である。そこにドワーフや人間といった種族の隔たりはない。

 

「とはいっても試験して実際に使えるかの模擬戦もしなくちゃならねぇ。まだまだ道は長いな」

 

一通り喜んだ後にぽつりとダーヴィドが感慨深げに呟く。新型機は形になったが、まだ1歩目なのだ。

今後のことを考えると目的地ははるか遠くに思えてしまう感覚をダーヴィドは何とか拭うと片付けをしている鍛冶科の面々に大声で指示を出した。

 

「試験は明日にするぞー! 全員今日は早めに上がれ! ヘルヴィはトランドオーケス戻しとけよー!」

 

工房のそこら中から元気の良い了承の返事が聞こえ、それぞれが帰り支度を始めたのでアルもエル達に合流することにした。

 

***

 

 

夜。未だ酒場が開いており、のん兵衛が屯して今日の疲れを酒と共に流し込んでいる頃合。

学生寮の1室でとある生徒が何かを書いている。しかし傍らにあるのは杯に注がれた水と輪切りにされた果物だけでインクの類はどこにもない。──にも関わらず、生徒は真面目な顔で筆を滑らせる。

やがて出来た紙を乾かすと丸めて彼は扉を開けて部屋を出て行く。

 

「やれやれ……最近の学生はとんでもないな」

 

バタンッ

 

彼の呟きは閉まる扉の音に完全にかき消された。




様々なことがこの1週間で起こったので一つずつ感謝を。

まず評価が赤になりました。
これからもいただいた評価が変わらないように精進いたします。

次に総合評価が4桁を突破しました。
お気に入りや評価、ありがとうございます。今後もご愛読よろしくおねがします。

最後にこれからも銀鳳の副団長をよろしくおねがいします。

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