季節が夏から秋に移るころ、ライヒアラ騎操士学園の工房は今日も騒がしく稼働していた。
「いいかぁ! 慎重に作業しろよ! 今になって壊したって言ったらぶちのめすだけじゃすまさねぇからな!」
ダーヴィドのいつもの激が飛ぶ。しかし、今日の激はわずかに緊張感が見え隠れしているような、どこか落ち着かない物だった。
それを聞いた学生も軽口は出さずにいつも以上に慎重に指差し確認を何度もしながら作業に勤しんでいる。
そんな時、工房に2機の
「親方、台車持ってきたよ」
「時間通りだな。よぉし! 吊り上げろー!」
「アイサー!」
ダーヴィドの指示に大声を出しながら返事をした学生達は手元を操作すると、数本のクレーンが稼働してトランドオーケスを仰向けの状態で宙吊りにする。
「よし、いくぞ」
「せーのっ!」
宙吊りにされたトランドオーケスを確認した
それに従って後ろの鎖がじゃらじゃらと音をたてながら1台の台車を工房内に運び込む。
「ォライッ! ォライッ! アイストーップ」
どこかの給油施設で働く人間のような掛け声と共に台車は宙吊りにされているトランドオーケスと地面の間に入り込む。
その後も位置は問題ないかダーヴィドが入念なチェックをし、クレーンを操作している学生に向けて腕を振り上げる。
しばらくするとトランドオーケスを支えていたクレーンが一斉に動き出し、慎重にトランドオーケスを降ろしていく。やがて台車にトランドオーケスが寝かされると、台車を引っ張っていた
「鎖、つなぎ終わりました!」
「よーし! 引けぇ!」
ダーヴィドの号令の元、2機の
それと入れ替わる形で土嚢や高等部の生徒がすっぽり隠れるほどの鉄で補強された木盾を満載にした荷車が数台工房に入ってくる。
「親方! こっちも準備OKだ!」
「よし、全員さっさと移動しろぉ!」
続いて工房に響いたダーヴィドの声に反応し、高等部の鍛冶科と騎士科のメンバーは工房を出ていく。
その集団の中に女生徒を肩に乗せた大柄な鎧という異質な生徒が混ざっていたが、全員それについて特に言及することなく訓練場へと足を進めた。
***
いつもは
そこでは現在、高等部の学生達が野戦陣地を作成しているような作業を行っていた。
鍛冶科が先ほどまで物資を運んでいた荷車を横倒しにして土嚢で補強し、騎士科が土嚢と一緒に積まれていた木盾を前に突き出す。
知らない人物が見たら『野戦演習かー』と勘違いするような光景だが、これもれっきとした『試験の前準備』である。
「極端に怖がりすぎではないかね?」
「じゃあディー先輩は盾構えないでいいですよ。もし破片が飛んできて『ディー と リヒ』に分かれても知りま「よし、君達! ちゃんと隠れたまえ!」」
最悪の事態を想像したディートリヒがアルの言葉に被せながら盾を前に突き出す。そう、それだけ今回の試験は危険度が高いのだ。
その後もわちゃわちゃと土嚢を積み上げるアルにいつもの姿の上から騎士科の上着を着たヘルヴィが声をかけてくる。
「アル君よろしくー」
「承知ー」
訓練場に移動する際に言われた段取りに従ってアルはヘルヴィの脇の下に頭を突っ込んでそのままヘルヴィを米俵のように担ぎ上げる。
「ぐぇっ!」
ヘルヴィの蛙が潰れたような声が聞こえたような気がするが、アルは気にせずにトランドオーケスの前に立つと、
「ありがと、アル君。……でももうちょっと運ぶ体勢考えてほしいかなぁ」
『モテないぞー』と苦笑いを浮かべながらアルの肩から降りたヘルヴィは、トランドオーケスに乗り込むと胸部装甲を閉じる。
「何か話していたがトラブルか?」
「『運ぶ態勢もうちょっと考えて』とか『モテないぞ』とか言われました」
「おかしいな……騎士科の教本には要救助者を運ぶ体勢は大体あれで合っていたと思うんだが」
アルとエドガーの会話を小耳にはさんだディートリヒが『まじかこいつら』という顔をする。
今回、アルがヘルヴィを運んだ体勢は『ファイヤーマンズキャリー』の亜種──いわゆる、『お米様抱っこ』と呼ばれるものであった。
どう見ても『怪我をしていないうら若き女性を運ぶ体勢ではない』のに、原因がわからないと頭をひねっているエドガー達にディートリヒは指摘するのも馬鹿らしいと密集している騎士科の中に入っていく。
騎士科による盾の壁と鍛冶科による土嚢の壁が出来上がり、全作業員が盾の内側や土嚢の影に隠れていることを確認したダーヴィドは拡声器を持ちながら叫ぶ。
「よーし、ヘルヴィ! まずは起き上がれ!」
(どこかのジャイアントなロボみたい)
アルの懐かしそうな視線の先にはダーヴィドからの指示を受けて台車から立ち上がるトランドオーケスの姿だった。
現在のトランドオーケスは内部の機構を最低限保護するだけの装甲しかついておらず、特に四肢といった筋肉の動作が激しい部分は
ゆっくりとした動作で上半身を起こし、さらに腕を支えに足を曲げて地に着ける。
「……! おいっ!」
「へいっ!」
その途中でダーヴィドが近場の学生を呼び、差し出された紙をひったくると乱雑に文字と数字を書き始める。その間にもトランドオーケスは地につけた足を軸にゆっくりとした動きでその場に立ち上がろうとする。
踏みしめられた足から露出した
たっぷりと時間をかけたが、やがてトランドオーケスは2本の足で大地を踏みしめ、大地に立つ。
「立った……」
どこかから掠れながらも実感のこもった声が響く。簡単に立ち上がると言ったが、最初の悲惨な事故から設計を見直しては課題に直面し、それを何とか乗り越えたら更なる課題が立ち塞がるといった作業の末に立ち上がるという成果を得たのだ。感動や喜びももひとしおである。
「よし、ヘルヴィ! そのまま歩いてくれ! いいか? ゆっくりとだぞ……ってそこ! あぶねぇから身を乗り出すな!」
拡声器越しのダーヴィドの声を聞いたトランドオーケスの首が上下する。その後は数度、足元を確認するかのように数回ほど足を浮かせていたが、やがて意を決したように1歩目を踏みしめてゆっくりとした足取りで訓練場を歩き始めた。
その歩みは綱渡りのようにおぼつかなく、ゆっくりとした動きだったが、トランドオーケス──否、鍛冶師達からすれば『自分達が作った試作機』が歩いている。その光景に鍛冶師達は目に汗を貯めていた。
やがて訓練場を半周した程度でトランドオーケスは立ち上がった場所に戻ってきて駐機体制をとる。しばらくすると胸部装甲が開いて
「先輩お疲れ様です」
「おう、ヘルヴィ。動かした感じはどうだった」
動作試験の一部が成功したので笑いながらヘルヴィに使用感を問うが、逆にヘルヴィは渋い表情をしながら返事をする。
「文字通りのじゃじゃ馬ね。出力を持て余し過ぎて歩かせるだけでも神経使わないと跳ね回りそう」
「そんなにか?」
「僕は操縦については詳しくないので、イメージが付きにくいですね」
「んー、今までのトランドオーケスはちょっと動かすとちょっと動く感じだけど、この子はちょっと動かすとこう……大きく動いちゃうから気をつけないと転んじゃう感じかな」
自分を
「銀色小僧、考察は後にしろ。歩くのは大丈夫ってのなら残っている確認作業を進めるぞ。準備して来い」
「そうね、操縦系統は今度話しましょう。最低でも全員訓練のやり直しが必要だし」
『そんなにか』と呟くダーヴィドをよそにヘルヴィはちょいちょいとアルを手招きする。
「アル君後ろ狭くない?」
「大丈夫ですよ。小さいですし……へっ!」
背格好に若干不貞腐れながらヘルヴィから渡された
「よし、シルエットアームズを持って来い。訓練用のだぞ! 標的は訓練場の端っこに設置しろ! それと、誰か銀色坊主を探して来い! 銀色小僧じゃないぞ!」
「親方ー! 兄さんならキッド達と屋台巡りしてるはずだから屋台通り探してください」
アルはトランドオーケスの拡声器から助言を出すとそれを聞いた生徒が1人訓練場を飛び出していく。
「アル君は行かなかったの?」
「このテストがあったので……それにアディとはこの前お茶しに行ったので今回は見送りです」
「へぇ~ほぉ~」
『アディとお茶をしに行った』という『ラブの波動を感じるイベント』にヘルヴィが食いつく。彼女のアーモンドのような瞳がキラリと光って獲物であるアルを見定める。
「とはいっても友達の恋愛相談みたいなものですよ。なんかアディの友達が好きな人が居るーっていってなぜか僕に相談しにきたんですよね」
「(あーっ……)で、なんて返したの?」
「こう、話がややこしかったので一旦フローチャートに直して……「フローってなに!?」」
何かを察したヘルヴィがアルに続きを促したが、素っ頓狂なことを言ったので一旦止める。
フローチャートとは、プログラムの流れを箱と矢印で表した図解のことである。当然、恋愛相談で使うような代物ではない。──あってたまるか。
「いえ、その友人の好感度とか相手の好感度を取得して『If』で条件分岐させて好感度が上だったらお付き合いが出来たりとか、好感度の数値で反応が変わったりとかして……」
「ごめんアル君。セッテルンド大陸の言葉で話して?」
もはや理解不能の言葉を超絶早口で説明するアルにヘルヴィは会話を中断する。そうこうしている間にトランドオーケスの眼球水晶が
「ヘルヴィ先輩。シルエットアームズです」
「了解。アル君、確認よろしく」
アル達から見えないが、後ろから
ヘルヴィは返事をしながら手元のレバーとボタンを操作しながら声をかけると、アルは拡声器に口元を近づける。
「兄さん、手順A-01から始めます」
「A-01了解 確認内容は『シルエットアームズが保持できるかどうか』です」
エルが資料を見ながら拡声器で伝える。ちなみにこの資料は昨夜、アルの腕が腱鞘炎になりかけるという尊い犠牲の基で作成された物で、今回のテストの確認事項などがばっちり載ってある代物である。
「ヘルヴィ先輩。ちょっと乱暴にサブアームを動かしてください」
「オッケー」
それを確認したエルはダーヴィドと顔を見合わせて頷くと、拡声器を手に叫ぶ。
「確認しました! 次、A-02です」
エルが次の工程の指示を出すと、アルが確認事項を見てヘルヴィに指示を出す。そんな単調だが新機能のテストとして大事な工程はとんとん拍子に進んだ。
「さて、それじゃあお待ちかねの展開からの法撃に行ってみましょう!」
「待ってました!」
アルの言葉にヘルヴィは素早く動作確認で培った記憶を頼りに操縦桿横に増設されたレバーを引く。
すると
「アルー! 照準見えてるか確認お願いします」
「アイサー」
エルの言葉にアルは操縦席のほうを見ると
それを見た時、アルの目から今までの苦労と達成感を表現した水分が流れていた。
「グスッ……見えます。照準確認しました」
「では、試験続けますね」
エルは声の様子からアルは泣いているのだろうと察するが、今までの苦難の道筋を知っているので茶化したりしない。そして、展開や収納、照準の移動などの細かなテストの後、いよいよ実際に法撃を行う試験を迎える。
「それじゃあの目標にお願いします」
「りょーかい」
複数あるうちの1枚の標的を指差したアルの指示に従ってヘルヴィは照準を合わせる。緊張しながら『発射!』という掛け声と共にボタンを押し込むと命令を受けた
その炎弾は赤い軌跡を描きながら吸い込まれるように標的へと当たり、標的には黒い焦げ痕を残す。
「命中ですね。てっきり外れるかと思ってました」
「失礼ね。私がそんなに頼りない?」
「痛い! 痛いです! ヘルヴィさんの腕の方ではなくてサブアームの照準がずれていることを心配してましたー!」
不貞腐れたようにヘルヴィがアルの頭を乱暴に撫で、やめてもらおうとアルが弁解するが結局アルの髪の毛はぐしゃぐしゃになってしまう。
その後も数度の発射試験を行うが、最終的な命中率は6割程度。初めての機能としては破格の命中率を記録した。
「収納して……っと」
ヘルヴィは打ち終えた
「兄さん! モンキーテストとして収納状態で法撃します!」
「分かりました」
突然のことにヘルヴィは後ろを向くが、アルは手を前に出して『どうぞどうぞ』と促す。
モンキーテストとは、文字通り『サルにやらせたらどうなるか』という意味で名付けられた『製作者の意図をまったく考慮しない使い方のテスト』である。
この場合、『格納状態のトランドオーケスが、工房で整備を受けている最中につい法撃ボタンを押したときどうなるのか』という確認が取れるわけである。
ヘルヴィは震える手でボタンを押すと、収納状態で直立している
「あちゃー、セーフティしないとだめですね」
その結果に冷や汗を流しながら見つめるアルとは別にヘルヴィがいきなり胸部装甲を開くと外に飛び出した。試験は終わっているので問題ないのだが、いきなりの行動に思わずアルは結果を書いた紙束を持って外に出る。
「首を洗って待ってなさい、エドガー。まずはあんたからコテンパンにしてあげる!」
アルが後を追うと、エドガーに宣戦布告をするヘルヴィの姿があった。アルはヘルヴィが歩き去った後にディートリヒの隣に陣取ると会話に加わった。
「うらやましいな、エドガー。真っ先に新型と戦えるなんてね」
「そうですよ先輩。それにヘルヴィ先輩っていう美人さんのご指名ですよ」
「お前達はアレだな……こういう時だけ息ピッタリだな。何なら代わってやってもいいんだぞ?」
微妙に嫌そうだが、同時に好奇心を隠し切れていない表情でディートリヒやアルを睨むが2人は、どこ吹く風で軽口を叩く。
「ご指名を断ったらヘルヴィに恨まれるだろう? まずは君達の戦いに学ばせてもらうさ」
「僕だって馬に蹴られたくはないですよー」
『意味分かって言ってるのかい?』と仲良くダーヴィド達の下に歩いて行く2人の姿を見ながらエドガーは静かに新型機への闘志を燃やしていた。
***
セラーティ領にあるセラーティ家の本邸。
その執務室では1人の男が顔を歪ませて紙束を睨んでいた。
「ストランドタイプ……それにバックウェポン……こんな短時間でか」
王国民の台所であるセラーティ領を治めるヨアキム・セラーティ侯爵が何とか絞り出した声を出しながら続きを読む。
この紙束は愛娘であるステファニアの手紙と共に送られた『問題児』からの報告書である。
内容は新型機に使用される
腹を押さえながらヨアキムはその資料を読んでは紅茶を胃に流し込み、ついにすべての新型機についての資料に目を通した。
「はぁ……やりきった」
頭の中にはヨアキムにとって……いや、この世界の人間において未知の領域の内容がグルグルと渦巻いているが、何とか呑み下したことにヨアキムは安堵のため息を吐く。
「ん? まだあったのか」
──が、ヨアキムは封筒のそこから小さく折りたたまれた物を発見する。
貴族たるもの、報告を読み忘れるなどあってはいけないことなので新しく淹れ直させた紅茶を片手に内容を見ると最初に可愛らしい字で何かが書かれていた。
ヨアキム・セラーティ侯爵閣下
以前は報告書の頻度の件、まことに申し訳ありませんでした。
自分の思いつく限りで閣下のお役に立つような物を同封しました。
粗末な物で恐縮ですが、どうかお納めください。
アルフォンス・エチェバルリア
「ふむ、あの歳ですぐに謝って来るのは将来有望だな。さてなにが……っゴブフォ!」
ペラリと同封された紙を見た瞬間、ヨアキムは紅茶を勢い良く噴出する。
同封されていたのは、以前アルが休んでいたときに書いた『
だが書かれている仮説の運用方法を見ると、広大なセラーティ領を守護するために不足している物が埋められるかもしれないという、文字通り値千金の内容なのがさらにヨアキムの胃にダメージを与える。
この状況を端的に言うと『粗末な物と言われて開いてみたら処理に困る黄金の塊だった』と言うべきだろうか。
「こ……公爵に……いやダメだ……陛下に相談せねば……」
クヌートに連絡をしようと紙を取り出したヨアキムは動きを止める。これは明らかにクヌートでも判断に困る案件なのだ。
さらに、『報告書事件』の折にもクヌートに協力を要請したヨアキムだったが、クヌートが帰る際に『もうこっちに変な物よこすなよ! 絶対だかんな!』とかなり遠まわしに言われたので今回は王であるアンブロシウスに判断を仰ぐことにした。
「あの子はもうちょっと貴族のいろはや自分の価値について改めてくれない物かね……」
ヨアキムの脳内に巣食う『僕は貴族じゃないし、めんどくさいので知りません!』や『自分はただの子供です!』と豪語する問題児にぼそりと文句を言うが、当然誰も返さない。
もう一度ため息をついたヨアキムは深く椅子に座りなおすと、アンブロシウスに宛てる手紙を慎重に認め始めた。