1年間、銀鳳の副団長を見ていただきありがとうございました。
来年も頑張って行きたいので、よろしくお願いします。
アルフォンス・エチェバルリア。銀鳳騎士団が設立されるきっかけとなったテレスターレの開発に尽力し、続いてフレメヴィーラ王国の制式量産機であるカルディトーレの開発を補助した人物である。
また、フレメヴィーラ王国における最高戦力という呼び声の高い銀鳳騎士団の初代副団長であり、最終的には『謎の理由で失踪をした謎が多い人物』というのがフレメヴィーラ史における彼の評価だった。
そんな彼を詩人や演劇家が『軍団級魔獣と刺し違えた』や『実は他国のスパイだった』といった勝手な脚色を付け加えて玩具にしているが、失踪後の彼の内情を知っている者は数えるぐらいしか居ない。
「また来てるんですか? アルフォンスさんの来歴を探りに来てる人」
「ええ、いつもの対応でお願いします」
砦の応接室の外でエルと銀鳳騎士団員が応接室に聞こえないぐらいの声量で話す。そのお題目はもっぱら一定周期で現れる初代副団長の来歴を聞きに来る人達であった。最初は追い返したりもしていたが、中には貴族お抱えの詩人や有名な劇団の演劇家など断り辛い肩書の人物が居たので追い返すに追い返せない状況が続いた結果、話だけでもすることに決まったのだ。
ただし、回答することはただ1つ。『行先は分かりません』というネタにもならない言葉だけでお帰り願いたいのだが、それでも何かしらの設定を生み出してはアルフォンス・エチェバルリアの来歴の1つとしてドッキングさせるのだからクリエイターというものは侮りがたいとエルはそのバイタリティを感心していたりする。
「しかし、あまりにも勝手ではありませんか? この場に居ないだけであることないこと言われるのも」
「中にお客様が居るんですからお静かに。元気なのは確認してますし、そろそろこの騒動も止む……おっと危ない」
機密が漏れそうだった口をエルが自分で閉じ、こっそりと応接室のテーブルに飾られた数十本の黒い金属で作られた『鉄華』で構成された束を眺める。今ではフレメヴィーラ王国のみならず様々な国で見かけるポピュラーな工芸品だが、その『原典』と鉄華と共に送られた宛て先不明の手紙を見ていたエルは今後の活動について楽しみにしていた。
***
王都カンカネンにあるシュレベール城。それも王族の居住区内にある応接室では、現国王であるリオタムスが1人のフードを被った男と対話していた。その男は背格好こそ中等部を卒業したての青年のような小ささではあるが、身体から発せられる気配はまるで抜き身の剣のようだった。
「それでは、彼らの処遇については」
「ああ、処断してほしい。……最後の任務がこんなのですまない」
「いえ、むしろ最後までこのように国を守れる仕事をさせていただきありがとうございます」
物々しい会話が交わされる中、リオタムスが話しかけている男がソファーから立ち上がると片膝を着きながらフードを取り去った。フードが取れたことで流れるような紫銀の髪が垂れ、まるで劇団の女型のような整った顔が露わになる。
「それでは、最後の任務に向かいます」
男の声にリオタムスは頷くと男は踵を返して部屋から退出する。自分以外の人気が無くなった部屋の中でリオタムスは、男の言った『最後』という言葉にその男と王家の繋がりを静かに思い返す。
彼と王家の繋がりは、彼がまだライヒアラ騎操士学園に通っていた頃まで遡る。そして、様々な功績という繋がりで彼を助け、王家もまた彼に助けられてきた間柄だ。
そんな彼の最後の奉公に今回のような不始末の代行を任せても良かったのだろうか。リオタムスは少しばかり悩んだが、やがて1人で勝手に納得するとすっかり冷めてしまった紅茶を飲み乾した。
一方その頃、退出した男は城の牢屋までたどり着く。空っぽになっている牢屋の間を慣れた足取りで歩いていき、突き当りの牢屋に入ると石畳に床に指をかける。周囲に誰も居ないことを再確認しながら指に力を込めると石畳が容易くはぎ取られ、梯子が掛けられた空洞が姿を現した。
素早く空洞に身を潜めた男が蓋をしていた石床を元に戻し、梯子を手にスルスルと降りていくと4畳ほどの小さな部屋に降り立つ。男の靴が地面につく音にカードゲームに興じていた男女が振り返るが、見知った顔だと分かると、男女は気楽そうに挨拶をする。
「お、隊長。ご帰還ですか」
「隊長は既にあなたに渡したでしょう。……あ、そこはこのカードを出せば良いのでは?」
「あっ! それはなしですよ! 元隊長!」
元隊長と呼ばれた男はカードゲームに興じていた男の肩を組みながらゲームの助言をし、それを相手になっていた女が嗜める。『夕食がぁ』と心底悔しそうにうなだれる女に、元隊長と呼ばれた男は意地が悪そうに笑う。
しかし、その笑顔が次第に無表情になると『部隊の準備を』と2人に向かって短めに声をかけた。その声に先ほどの和気藹々とした空気をガラッと変えた男女は、小部屋の奥に通じるトンネルに入っていくと男もそれに続く様にゆっくりとトンネルに入り、歩きながら今回の任務の概要を思い返す。
事の発端はカルディトーレだった。前制式量産期であるサロドレアの数倍。かのウォートシリーズと引けを取らない膂力に持ち替えずとも法撃を放てる新装備。今までサロドレアの性能によって魔獣と一進一退の攻防を繰り広げていた領地がカルディトーレを支給されるとどうなるか。至極簡単な事だった。
各地で魔獣討伐の報告が相次ぎ、一時期は魔獣の生息域が減らせたことにフレメヴィーラ中が喜び、事件や戦いの内容について記録、保存する文官が悲鳴を上げるほど忙しくなっていたのだが、次の問題が浮上したことで一気に王家の警戒心が増した。
その問題とは土地の所有権である。元々は魔獣の生息域だったが、同タイミングで侵攻したのか制圧中に別の領地の騎士団と出会うケースが散見された。大抵はその場は手を組むというフレメヴィーラ王国の慣わしに基づいた行動をして魔獣を駆逐したのだが、これ以上深くは言えないが何事にも例外があるものである。
また、魔獣の生息域を占領したのは良かったが、領地を増やす目的だったのに1枚のパイに複数の貴族が席に着くという事象がこれまた散見される。
大抵は王家直属の調停者が出向いたりするのだが、もともと少なかった人員や賄賂などの問題もあってか領地問題が遅々として進まなかった。
そんな国の対応に数人の貴族が国の意向に背き、挙句の果てには『内戦』を巻き起こした。最初は調停者を待たずに話し合いを行っていたが、誰も彼も一番大きい切れ端を貰おうと躍起になっており、言動も粗くなっていく。そんな中、『事故』が起こったことで一気に火が回り、その情報がリオタムスの耳に入る時には既に領土の境で戦闘する小競り合いから領土内に侵攻する内乱に変わっていた。
寝耳に水を掛けられたような惨状にリオタムスは、『どうしてこうなった』というつぶやきと共に近衛騎士団を派兵。同型機同士による戦闘のためか被害を出しながらも内戦を鎮圧し、今回の騒動の中心人物が引っ立てられる。
だが、事態はまったく別の方向へ転がり込むことになった。アンブロシウスが『王位が変わった途端に処刑をすると外観が悪くなる』といった意見を出して彼らの助命に回ったのだ。
それを聞いたほかの大貴族も、ここ数十年で処刑しているという歴史がないことから少しだけ本来極刑に当たる処遇を躊躇してしまい、結局彼らは領地と爵位をはく奪されるという結果に終わった。
ただ、そこで終わらないのが今回の任務である。リオタムスの温情に糖蜜をかけたの様な沙汰を『不当』として元領主達が立ち上がったらしい。
その思い上がりも甚だしい行動に、仮に関係者がその話を聞いた場合は『お前、遺族の人に同じこと言えるの?』や『お前、頭魔獣かよ』と蔑まれそうだが、貴族だった者がいきなり平民、しかも不祥事を起こした中心人物の境遇は察してほしい。──が話を聞いた限り、元隊長と呼ばれていた男には到底理解できなかった。
トンネルを抜けた男の眼前に1機の黒い
「機体の準備はできていますか?」
「ええ、後はこの地点で待ち伏せるだけです」
機体の近くに居た
その指示を聞いた黒いインナーを着た人達は素早くシャドウラートに搭乗し、背中のアタッチメントに円柱のタンクを背負うとシャドウラートの兜の横に開けている穴とタンクの穴に魔獣由来の素材で作ったチューブを接続し、隙間が無いように詰め物をする。
「気密よし!」
「内服薬よし!」
シャドウラートから次々と声がかかると、男は黒い
***
太陽が落ち、月が天高く上った頃。フレメヴィーラ王国の王都カンカネン近くの街道を中隊規模のカルディトーレが歩いていた。
昔のフレメヴィーラ王国を知っている者からすれば正気を疑う行動だが、現在のフレメヴィーラ王国はカルディトーレや銀鳳騎士団から続々開発される最新鋭
「よし、このまま一気に王城に襲撃をかける」
「ああ、我らの領地を奪った王家に鉄槌を」
「待て」
ふと前方を歩いていたカルディトーレ。数合わせで雇われた傭兵団の1人から静止の声が上がる。その静止の言葉に同じく前方を歩いていた傭兵達は後ろで立ち止まった元貴族達の乗っているカルディトーレを守るように機体を動かし、全員異常があった前方に眼球水晶を向けると1機の黒い
「何者だ」
形式上代表として元貴族の1人が問いかけるが、この時間帯にたった1機で街道に佇む
「藍鷹騎士団」
「っ!? 突撃!」
元貴族が指示を飛ばすのと同時に不穏な空気を感じた傭兵達が自発的に動いた。『何故』や『どうして』という疑問が傭兵達の頭をよぎるが、幸いに相手は1機である。傭兵団はこのまま数で前方の1機を圧倒し、そのままカンカネンに向かうのではなく、周辺に身を潜めてほとぼりを冷まそうと考えた矢先。黒い
月に照らされた球体のような物は大きく弧を描き、1機のカルディトーレの外装に当たると小さな破裂音と共に小麦を粉にしたような粉塵がカルディトーレを包み込む。見慣れない攻撃に傭兵団が警戒のためについ立ち止まり、その間に黒い
「全機、異常はないな! とつげ……っ!?」
傭兵の1人が全体を見渡しながら再び黒い
「カッ……ヒュ……」
なにか喋ろうと口を開けようとするが、口は思った以上に上がらず舌さえも重くなった身体。それでも傭兵は重くなった身体を必死に動かして無事な僚機を探すが、
そんなカルディトーレの内の1機に黒い
「なん……」
上手く動かない舌を無理やり動かしながら傭兵は目を丸くしながら驚きの呼気を上げる。本来は防御用の装備である
装甲板という殺意が見えなかった装備が、いきなり『攻撃用の装備』に変貌したことに傭兵は叫ぼうとするが、『逃げろ』という単語を喋ることすら覚束ない。
そんな彼の目の前、正確にはカルディトーレの
『止めろ』という心の声で彼は念じるが当然そんな心の叫びは聞こえるはずもなく。
ピクリとも動かなくなったカルディトーレに、黒い
「やひぇろ」
カルディトーレに近づいてくる黒い
これには黒い
「あそこか」
やっと言葉らしい言葉を漏らした黒い
***
傭兵達が全滅する光景を見ることなく、元貴族達はその場から逃走していた。
全員口は堅く閉ざし、ただひたすら死神の手の届く範囲から逃げることに注力する。いつまで続くか分からない逃走に周囲に打開策が無いかと叫びながら案を練っていた1人の貴族がとある案を思いつくと拡声器でがなりたてた。
「そ、そうだ! 銀鳳騎士団! この近くにオルヴェシウス砦がある!」
銀鳳騎士団。フレメヴィーラ王国でその名を知らぬ者など居ないとされた国内で指折りの戦闘力を誇る騎士団である。その行軍速度は矢のように早く、旗下には守備に長けた白鷺騎士団と攻勢に長けた紅隼騎士団が存在する。
そんな銀鳳騎士団の本拠地に逃げ込めば死神といえども手出しはできないと考えた意見に、他の元貴族達は同調しながらカルディトーレの進路をオルヴェシウス砦に変更する。
正直、カルディトーレの操縦席が当人のものではない血痕で真っ赤になっているので、その動かぬ証拠によって捕まるという間抜けな結末に変わるだけだが、謎の
そんな時、森林地帯の真上に1発の法弾が上がった。法弾はぐんぐんと高度を上げていき、法弾が弾けると真昼を思わせるような強い閃光が周囲を照らした。
「おのれ!」
「出て来い! 出て来い!」
その閃光の意図を素早く読み取った元貴族達はカルディトーレのバックウェポンを展開し、近くの木々に法撃を開始。しかし、
その音に前カルディトーレが振り返る。そこには先ほどの黒い
「ヒィッ! 来るなぁ!」
「逃げるな! お前も法撃しろ!」
逃げようとする仲間に向かって貴族が咆えていると、黒い
その威圧感に元貴族達は法撃を黒い
「は?」
元貴族達は真っ二つになった法弾が今も走りながら距離をつめてくる黒い
元貴族達と黒い
だが次の瞬間、黒い
その『野生の獣じみた動き』に元貴族達は後ずさりながらもさらに法弾の圧力を強めるが、黒い
「ぐぅっ! なにガァッ!」
足蹴にされたカルディトーレの中に居た元貴族は強かに打ち付けた頭を振りながら周囲を確認しようとしたするが、現状を確認する前に着地した
「行け! 王族の犬を討ち取れ!」
「おおぉぉっ!」
まず大型の鈍器を持ったカルディトーレが黒い
「フレメヴィーラ式シルエットナイト格闘術」
冷淡な声と共に黒い
「撃て! 撃ち続けろ!」
カルディトーレが力なく大地に伏すその陰から残り2機となったカルディトーレの法撃が殺到する。ただ、先ほどからかなりの法弾を飛ばしているので魔力の節約のためか密度が薄かった。しかし、まともに受けるのはまずいと思ったのか、黒い
「あいつ……正気か!」
人としての情が欠如したような行いに貴族達は操縦桿をつい離してしまう。法撃が止むや否や、黒い
「我が剣の錆になれ!」
剣を持ったカルディトーレが上段から黒い
「あいつはなにを……やったんだ」
投げつけられたカルディトーレを跳ね除けたカルディトーレが槍を再度構えながら先ほどまでのやり取りを信じられないという表情で反芻する。
黒い
言葉にすればそれだけであるが、操縦するとなれば話は別だ。
ただ、その反応速度も限度は当然存在する。昔、この国で随一と言われた銀鳳騎士団の傘下にある白鷺騎士団と紅隼騎士団の騎士団長による模擬試合を見物したことはあるが、それ以上の反応速度──まるで話に聞く巨人が
「ま、待て! 降参する!」
武器を捨てながら眼球水晶をカルディトーレに向けていた黒い
「ま、待ってくれ。今機体から降りる!」
「その前に……、紺狐騎士団、橙狼騎士団、緑猿騎士団。この3つの騎士団に聞き覚えは?」
湾刀を腰の鞘に納めている黒い
その言葉に元貴族は敵が目の前にいるのにも関わらずに操縦桿から手を離すと、手の指先の内側にある模様を見つつ激怒する。
「ば、馬鹿な! そんな話聞いたことが無い! これは私達が彼の騎士団から購入したカルディトーレだ!」
「えぇ、嘘ですよ。ですが、新しい情報が出てきましたね? カルディトーレの売買は王家にお伺いを立てないといけない重要案件なのですが、本当に購入しましたか? それとも、襲撃でもして動きそうな部品を見繕って共食い整備でもしましたか?」
「ぐっ」
もう一度問われた質問の内容に、元貴族は言葉を詰まらせる。
黒い
そうやって何度も何度も場所を変えて最近、ようやく中隊分が出来上がったのだ。
黒い
幸運なことに先ほどの問答のおかげで幾分か魔力も回復し、何も装備していないためか前傾姿勢で走るカルディトーレはぐんぐんと黒い
「くそっ! なんだ!」
血まみれになりながらもなんとか状況を把握しようとした元貴族だったが、突如操縦席に何か粉のような物が紛れ込んだ。咳き込みながらもカルディトーレの頭部を動かそうと操縦桿に手をかけようとするが、腕に力が全く入らなかった。
「このまま鎮圧用の粉をぶちまけろ。死んでも気にするな」
「了解。素直に質問に答えてたらこんなことにならずに済んだのにな」
カルディトーレの操縦席横に開けられた装甲の隙間から人の気配と話し声が聞こえるが、元貴族は首をそちらに回すことが出来ずにいた。次第に弱くなる心音と筋肉が萎縮したことで穴と言う穴から液体などが垂れ流されては元貴族の服を汚していく。
徐々に弱っていく心音をリアルに聞きながら元貴族は生きながらにして生を放棄したように虚ろな目で虚空を眺め、ついには本当に生命活動を止めてしまった。
***
「……報告は以上となります」
今回の作戦の事後処理を終えた男はその足でリオタムスの下へと向かった。報告を終え、リオタムスから『ご苦労』という言葉を頂戴した男は片膝立ちから直立に戻るとソファーから腰を上げたリオタムスが男の側へと近づいた。
「アルフォンス。ご苦労だった」
男──アルフォンス・エチェバルリアの胸につけている記章を丁寧に取り外しながら改めて礼を言うリオタムスにアルは首を振りながら『とんでもない』と答えた。
十数年前。成人したと同時にアルはとある女性と結婚をした。
なんで婚約したかについては当人達が頑なに拒否しているので分かっていないが、その女性が王家直轄の特殊な騎士団に所属していたためにその穴を埋める名目でアルは銀鳳騎士団から密偵集団である藍鷹騎士団への移籍を決意した。
実兄のエルがイカルガでクシェペルカを舞台にどったんばったん大騒ぎしたり、ボキューズ大森海に墜落したと思ったら巨人を連れて帰ってきたり、新婚旅行に行ったと思えば浮遊する大陸に赴いたりとアルからしても『狂ってる』とコメントするほどアグレッシブなことをしていた傍らで、アルはそれらの出来事に介入せずひたすらフレメヴィーラ王国や
初めは殺人に関してかなりの抵抗を見せていたアルだが、いつしか専用の
「それと……今まで国のことを優先してくれたことに礼を言う」
「いえ、もう30ですからね。そろそろ兄と合流します」
エルがボキューズに墜落した時はあわやディートリヒにくっついて飛び出していきそうなアルだったが、それすらも我慢してひたすら国のために身を捧げて来たアルも既に30歳という年齢になった。一般企業ならば最前線で活躍する年齢だが、元々
幸運なことにアルの指揮する部隊は
「それでは、失礼します」
「ああ、銀鳳騎士団としてまた会えることを楽しみにしてる」
リオタムスの言葉にアルは会釈をしながら部屋を退室し、長い廊下を歩きながらカンカネンの町へ降り立った。ちょうどその時、肌寒い秋口には珍しい心地よい風が墓地の方から流れてアルの肌を優しく撫でる。
「先王陛下……」
その風の中に懐かしい印象を抱いたアルは墓地の方に深くお辞儀をすると足早に城下を歩き出した。
***
カンカネンのとある集合住宅の一室にたどり着いたアルは扉を開けた途端、1人の子供がアル目掛けて突っ込んで来た。子供特有の無尽蔵なパワーを真正面に受けてアルは思わずたたらを踏む。
「こら、ノア。……お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
『ノア』と言われた子供を抱き上げながらアルは目の前の藍色の髪をした女性に笑顔を向ける。その笑顔を見た女性は表情が乏しいと自身で自覚していながらもできる精一杯の笑顔でアルを出迎えた。
彼女の名は『ノーラ・フリュクバリ』。元騎士団に所属する密偵の1人だったが、アルが銀鳳騎士団時代に結構接点があったこともあってかなんやかんやあった後にアルとゴールインした女性である。もちろん、結婚する上で不義理になると経緯と結婚相手の商会だけはエチェバルリア一家に知らせていたが、それを知ったエルは『あのヘタレが』と言ってしまって大喧嘩したことは今や記憶の彼方である。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、陛下への挨拶も引継ぎも滞りなく」
夕食後の団欒の時間。ノーラが不安そうな表情でアルを見ると、『ほら』という言葉と共にアルが自身の服の一部を見せた。そこには以前藍鷹騎士団の記章があった場所なのだが、今は固定していたとされる小さな穴が残っているのみだった。
その穴から『役目は終わった』と察したノーラは隣に座っているアルの身体に身を寄せた。
「その……結果とはいえあなたが藍鷹騎士団に入らなくても良かったんですよ」
「今更言いますか?」
ノーラはあの時──カルディトーレを制式な量産機にする作業を行っている際にアルのところに頻繁に来ては会話をしたり、遊びに行ったりとした接触を取っていた時のことを思い返しながら言葉を紡ぐ。
確かに上から『出来るならば銀鳳騎士団とのパイプを作ってほしい』という命令は出ていたが、アンブロシウスから銀鳳騎士団設立の理由を聞いていたのでノーラは口では『移籍してほしい』と言ったが、本気で懐柔せずに適度な距離感で付き合っていた。
ただ、それもカルディトーレ開発工程が進むごとにノーラの奥底にしまい込んでいた『人間としての欲望』が徐々に高くなっていき、アンブロシウスが退位する際に催された式典の際に弾けた。
似合わないと思っている露出が高い服を纏い、あまりしたことが無い化粧を先輩にしてもらったノーラがアルに声をかけ、アルが顔を赤くしながらも金貨でノーラを買うと宣言した時。余り目立ちたくなかったのだが、同時に『そこまで高い値段で自分を買ってくれた』という高揚感が血流を早くしたことをノーラは今でも覚えている。
その後は毎度おなじみ『なんやかんや』あって結婚までこぎつけたのだが、ノーラは未だにアルを密偵の道に飛び込ませたことを後悔していた。
「一緒に居たいっていう僕の我儘ですよ。それに、僕は好きなものに対しての苦労は、苦労とは思いません。知ってるでしょ?」
アルは懐の財布から金貨を1枚取り出し、それをひとしきり弄ぶと『また君を買っても良いほど価値があることですよ?』とノーラの手に金貨を握りこませる。背格好は未だノーラと並び立てないが、成人したてのヘタレだった頃とは違って大人の余裕がにじみ出ている雰囲気にノーラは頬を赤くさせながらそっぽを向く。
その後、そんな夫婦の会話に息子のノアが『空気をあまり読まない』というエチェバルリアの血を前面に出しながら突撃し、ストロベリーな空気を霧散させる。
こうしてアルの藍鷹騎士団として長い長い闘いは終わった。
***
銀鳳騎士団の騎士団長が住まうライヒアラのとある邸宅。その一室ではアルと似たような背格好の男が1枚の紙面をじっと見ていた。
その紙には『学歴』と書かれた項目にはライヒアラ騎操士学園の入学から卒業までの年月が記載され、『職歴』と書かれた項目には今まではいった騎士団の名前が記載されていた。ちなみに退団理由として『一身上の理由』と書かれていたりする。
志望動機には、『現在フレメヴィーラ王国における
(エントリーシートなっつ!)
セッテルンド大陸に生れ落ちて数十年経っているのに就職する上での必須アイテムであるエントリーシートの書式を持ってくることに、騎士団長であるエルは目の前の実の弟の無駄ともいえる記憶力に呆れた。
さらに、特技の欄には『イオ○ズン』というネタも盛り込んであり、それを見たエルはとうとう笑い転げた。
その数日後、銀鳳騎士団に新たな平団員が迎え入れられることになった。だが、その平団員を見るために今では別の騎士団になった『白鷺騎士団』と『紅隼騎士団』が砦に集合し、
「特技にイオ○ズンとありますが?」
「え、あれ爆炎魔法のような物でしょ?」
ハシーシュ
藍鷹騎士団でアルが作成したシルエットナイト。
モデルは鉄血系MSのような超細身かつ、軽量に軽量を重ねたような状態でマギウスジェットスラスタの力がなくても跳躍力のみでかなりの機動力を有する。
本体の武装は、とある魔獣が生み出す麻痺毒を粉末状にした玉を風魔法によって射出する特殊なシルエットアームズと、エーテルリアクタの材料であるミスリルを使った湾刀、隠し武装として前腕の装甲に肉厚の隠しブレードが存在する。
オプションワークスとして、サー・コートもどきを使用している。
これは風魔法によって内部に存在する杭を射出する。所謂パイルバンカーを内蔵した兵装だが、ちゃんと防御兵装としても使うことが可能。
使用するのが毒であることから『大麻(Hashish)』を機体名にしている。
汚れ仕事であることからHashishを語源とした『暗殺者(Assassin)』でもあったりする。
アルフォンス・エチェバルリア(藍鷹のすがた)
なんやかんやあってノーラと結婚したアルフォンス。エチェバルリア邸へ結婚の報告を行ってからはフレメヴィーラに一切帰っておらず、名前も『アーノルド・フリュクバリ』と変えて藍鷹の隠れ蓑の一つである商会の会計係となっている。
しかし、裏の顔は藍鷹騎士団の1実働部隊を預かる隊長で、彼の保有する部隊の得意戦術は『毒や敷設式シルエットアームズといった罠を多様したマンハント』である。
そのことから特に『敵国のスパイ』や『国内の危険人物』の排除を主目的としており、彼がまだシルエットナイトにご執心だった時期を知っているリオタムスとノーラは、密偵としての道を歩ませてしまったと若干後悔している。
しかし、本編でも書かれているとおり、アルの方は『このぐらいの障害でノーラと一緒に慣れるなら安いもの』と別の意味で覚悟が決まっているので、特に気にしていなかったりする。