銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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長いです。すみません


31話

テレスターレが完成に至ってから1週間と少しがたったある日のこと。

バケツをひっくり返したような雨が荒れ狂う風を伴って学園のありとあらゆる窓に叩き付けられ、水が出してよい音ではない音色を奏で、時折だが雷もその演奏に参加する。

 

そんな集中力の欠ける要素が満載の授業が終わり、生徒が昼食を摂ろうと席を立つ中、アディは机に顎を乗せてうな垂れていた。

 

「こんな雨じゃ外に遊びにも行けないし……さいあく~」

 

「最後に皆で遊んだ日ってこの前の食べ歩きぐらいでしたっけ」

 

テレスターレが完成した翌日のことを思い出しながらエルとアルがアディに近づいてくる。

 

「ああ、その後は俺達が父さ……セラーティ侯爵の所へ行ってたからお流れになったしな」

 

そう言いながらキッドが手首をさすりながらアディの横に座る。アディが少し引きつった表情でキッドの手首に付いている『縄の痕』を見ていた。

 

「アル君、資料は助かったけど……流石にやりすぎじゃない?」

 

「いえ、途中まで乗合馬車に乗るって言ってたので。それに物が物だったので仕方ないです」

 

アルは心苦しそうに言う。今回キッド達がセラーティ侯爵の所へ赴いた理由は『テレスターレ開発完了の報告』だった。高等部が出来る限りの事を全て行ったテレスターレは、現在学園の工房に置いているが、今後はどうするのかヨアキムに報告を行おうとしたのだ。

 

しかし、貴族であるヨアキムに口だけで報告するのはキッド達には荷が重かろうと、エルとアルがテレスターレの簡単な資料をキッドに託したのである。……しかし、その託し方が『トランクの取っ手とキッドの手首に縄を結ぶ』というどこか変な印象を受けるものだった。

 

「侯爵は何か言ってました?」

 

「同情されたよ……それ以外は『分かった。よく知らせてくれた』だけかな」

 

変な声真似をしながらキッドは頬杖を付いていると、教室の扉が開かれて誰かが入ってくる。それはエル達にとって馴染みが深い人物だったが、同時に学園では接点があまりない人物だった。

 

「あれ、マティアス小父様だ」

 

「兄さん、多分僕達に用があるのでは?」

 

アルはエルの袖を掴みながら言う。マティアスは学園の戦闘技能教官だが、担当は高等部の騎士科である。

そんな人物が中等部に来ると言う事はよほどの事態、それに加えてエルかアルが絡む内容なのだとアルは推測する。

 

「キッド君、アディちゃん。すまないがエル達を連れて行ってもいいかい?」

 

そうしている間に片付けを行っていた教官との話が付いたのだろうか、マティアスはエル達に近づくと早口に用件を伝えるが、それにアルが口を挟んだ。

 

「教官、それはシルエットナイトの事でしょうか?」

 

「え……。あぁ、そうだ」

 

最初、意味が分からなかったマティアスだが、ようやく意味合いが分かると首を縦に振る。すると、アルは手の平を上に向けてキッド達を指し示した。

 

「ならキッドとアディも開発には携わってはいませんが、セラーティ侯爵へのメッセンジャーをしてくれました。無関係ではないと思うので同行させても良いですか?」

 

「侯爵? ……ともかく急ごう」

 

マティアスは少し疑問を感じたが、時計をちらりと見て足早に教室を出る。なにやら急いでいる様子のマティアスの後を追う為にエル達も教室を出る。

そのままマティアスを追っていると、彼は工房の前でぴたりと足を止めた。

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

 

マティアスが謝罪しながら中に入ったのでエル達もそれに続いて工房に入ると、工房の中には騎士と鍛冶科や騎士科といったテレスターレの開発を行った人員が勢ぞろいしていた。

 

「教官殿も揃ったわけだし話を始めよう。我らはディクスゴード公爵配下『朱兎騎士団』の使いである」

 

(公爵……セラーティ侯爵じゃなくて?)

 

テレスターレやその他の装備に関しての報告をあげたのはヨアキムである。確かにアンブロシウスとの会談ではクヌートも居たが、彼との接点はアルの記憶の中にはなかったはずである。

 

「君……君! 大丈夫かね?」

 

「あ、はい。すみません、まさか朱兎騎士団の騎士様がいらっしゃるとは思わず呆けてしまいました」

 

『騎士様』という言葉と憧れの眼差しに当てられて思わず高圧的だった騎士の顔が綻ぶ。

しかし、エルはアルの言い訳を聞き逃さずにジト目でアルを睨んだ。

 

「う、うむ。話を戻すが、君も新型シルエットナイトに使われている技術の発案者かい?」

 

「はい、僕もそこに居るエルネスティと共に初期設計と動作試験を担当しました」

 

『エルネスティ』という名前を聞いた途端、騎士達の間にどよめきが起こる。そのまま騎士達は円陣を組み、『あんな子が……』や『公爵閣下は何を考えて……』と話し合うが、やがて円陣を解くとエルに向けて真剣な面持ちで話しかけた。

 

「我らは閣下に、『エルネスティ・エチェバルリア』と『アルフォンス・エチェバルリア』の両名を必ず連れてくるように厳命されている。発案者であるか否か……そうか、本当か。とりあえず本題を話そう」

 

周りの真剣な瞳に騎士は目の前の子供が発案者であることを信じた騎士が、ここに来た理由を話し始める。

 

朱兎騎士団の騎士がライヒアラに来た理由、それは『テレスターレの輸送』だった。しかし現在、外はバケツをひっくり返したような雨である。しかも心なしか少し雨の勢いが強まっている気配までする。

その中でテレスターレを砦まで輸送、しかも全機そろっての行軍である。テレスターレの荒削り具合を一番よく分かっているダーヴィドが質問と共に移動期日の変更を訴えるが、成果はなかった。

 

「君達も雨天行軍の修練を積んでいるだろう。それに修理が必要ならば砦の設備も貸すと公爵閣下が仰っていた。君達、鍛冶師も一緒に来てもらうのはその為だ。何度も言うが、これは閣下の命だ。直ちに準備に取り掛かって欲しい」

 

エルとアル……特にアルにとっては爵位の人物が馴染みすぎていてピンとこないが、ベヘモス事変の式典に参加した騎操士(ナイトランナー)以外のメンバーにとって、公爵は文字通り雲の上の人物である。それの命令を学生が跳ね除ける事は不可能である。

 

雨天行軍の準備を行う労力を想像しながら重いため息をついたダーヴィドは一言、『準備にかかるぞ』と言うと鍛冶科メンバーと共に足回りの装備の追加や関節部への覆い、眼球水晶に曇り防止の特殊な薬品を塗るなどの作業を開始する。

 

「君がエルネスティということは分かった。……で、アルフォンスという生徒はどこだ? 教官殿に2人共連れて来るように頼んでいたが……」

 

「『アレ』です」

 

呆れながらエルが指差した先には朱兎騎士団の騎士に色々聞いているアルが居た。

 

「なるほど、だから朱色のマフラーをしてるんですね! ですが、何故兎?」

 

「それは高等部の授業の内容なんだが……砦を守護する騎士団は総じて動物の名前が付けられるんだ。ちなみに王直下などの騎士団は──」

 

「アルー、良い子だからこっちに来るんですよー」

 

話が盛り上がっている中、エルがアルの首根っこを掴んで先ほど話していた騎士の元へ連れて行く。その一連の行動に呆気に取られていた騎士が『アルフォンスで間違いないか?』と問うと首を掴まれたままのアルが水呑み鳥のようにコクコクと頷く。

 

「ディクスゴード公爵閣下から君も来るように指示を受けている。一緒に来「えっ! じゃあハイマウォートを見れるんですか!」」

 

食い気味のアルの様子に騎士はたじろぐが、テンションが上がっているアルをポカリとエルが叩く。

 

「失礼ですよ。それにハイマウォートって朱兎騎士団の……騎士団長……機……」

 

目の前の騎士を見る。

この男は確かに自らを『朱兎騎士団』と名乗った。つまり『ついていけば騎士団長機が見れる』ということである。

 

「ええ! パワーは国内随一! 赤く塗られた肩に胸元を彩る赤い布! しかも武器がハンマーとかもうやばいですよ! ウェヘヘヘヘ」

 

アルのちょっとヤバイ顔を放っておくことにして、エルは昔見た『騎士団大全』に書かれていたハイマウォートの軽い特徴や簡略された外装図を思い出す。そうしていく内にエルもアルと同じ所にトリップしだし、それを見た騎士が少し後ろに下がる。

 

「……で、同行してもr「ついていかせていただきます!」……分かった」

 

騎士の足元にエル達がスライディング土下座をかます。見事なシンクロを誇るそれを目の当たりにした騎士はマティアスの方を一心不乱に見つめる。

その『お前の生徒だろ! 何とかしろよ!』という無言の抗議にマティアスはエル達の肩を叩いた。

 

「エル、アル。その前に言わないといけない子達が居るだろう」

 

「エル君達が行くなら私達も行くからね~」

 

マティアスはキッドとアディを呼び寄せると、アディがエルの肩に手を置いて浮かれた声を出す。

それに続いてキッドが何かを言おうとしたが、その前にエドガーの指摘が響く。

 

「これは遠足じゃない。公爵からの命令なんだぞ」

 

「そうだ、やっこさんの言ってたことを思い出してみろ。余分な人員は連れて行けねぇ」

 

ダーヴィド達の指摘を受けてそれでも引き下がらないアディをよそにキッドはエドガー達の言葉を頭の中で反芻させる。今回、公爵が望んでいる物は『新型機』だ。その為に必要な人員は『新型機を動かす騎操士(ナイトランナー)』、『新型機を修理する鍛冶師』、そして『新型機の発案者達』である。

 

キッドは自分の評価をかなり上方修正して思案する。やがてそんな人員の中に入れない事を悟ると、未だに騒いでいるアディの肩を掴んで止める。

 

「アディ、ここはエルや親方に任せよう。俺達が行っても相手が父さんじゃないなら……むしろ邪魔になる」

 

「キッド……すみません」

 

片方の拳を握りながら悔しさを滲ませるキッドの様子に気付いたアルは申し訳なさそうに謝罪する。

 

「テレスターレの紹介が終わったらすぐに戻ってきますよ」

 

「……約束だからね!」

 

エルもやっと納得して大人しくなったアディに近づいて約束をしていた。そんな所にマティアスが声をかけてくる。

 

「話は纏まったようだな」

 

「はい、準備が出来次第カザドシュ砦に向かいますので母様やお祖父様に伝えて置いてください」

 

エルが元気に答えると、マティアスは昔を思い出すような瞳でエルとアルを交互に見る。エルを見て、アルを見て、もう一度エルを見ると、マティアスは上を見て並んでいるテレスターレを見る。

 

「2人は昔からシルエットナイトが好きだったな」

 

「はい、今も好きです!」

 

「そのためにここで学んでいたのですが、まさか在学中に改造ができるとは思いませんでしたけどね。感無量であります!」

 

エルとアルが騎士の礼をしながらおどけて返事をする姿に、マティアスはいつもの鋭い目つきをエル達によく向けているような優しい物に変えながらエル達の頭を撫でる。

 

「ああ、その為にエル達が勉強を頑張っていたことも知ってるし。アルに至っては私の特訓を受けていたからな……分かっているつもりだ。だが、エル達の作ったシルエットナイトは大きな波紋を生むだろう。良い意味でも……悪い意味でもな」

 

(……しまった! 家族のことを忘れてた)

 

家族であるマティアスに改めて聞かされた今後の事に、エルは自分の置かれている状況を再確認する。

 

エル自身としてはその『悪い波紋』を前にしても気にせずに前進するだろう。むしろ『ロボの為ならえんやこら』である。

そしてテレスターレを共に作り上げた騎士科や鍛冶科だが、彼らは同じ志を持った同士である。エルとしては彼らを助けるのは当然の事ではあるが、彼らはエルが居なくても己や仲間の力を借りてその困難を打破するだろう。

 

しかし、家族は違う。ラウリやマティアスは新型幻晶騎士(シルエットナイト)作りがエル主体である事はある程度分かっているが、母のセレスティナはそんな事は知らない。

さらにその『悪い波紋』がエル達だけではなく、家族にまで影響を及ぼす可能性もわずかに存在する。

 

(アルも自分達が危険と何度も言ってましたね)

 

いつの間にか居なくなっているアルが、カンカネンから帰ってきてから何度も聞いた言葉を思い返す。

前世ではアルの『こちらが想定していなかった心配』のおかげで難を逃れた事が何度もあったので、エルはアルの言う心配事に一定以上の関心を持っているのだ。

 

アルの言葉を思い返しながら、エルは今回の開発を改めて振り返ってみる。

工房へ突撃してダーヴィド達を洗n……教育など、エル自身が行った事はあまりにも無鉄砲過ぎるものだとやっと自覚し、エルは自省することにした。

すると、マティアスはエルの頭に手を置いた。

 

「エルやアルなら大抵の事は2人で力を合わせれば解決するかもしれない……が、何もかも自分達で解決しようとするんじゃない」

 

エルが顔を上げるとマティアスは自分の胸に拳を当てて力強く頷く。その顔は決意に満ち溢れ、『自分に任せろ』といった自信を全身で表していた。

 

「とことんまでやって見なさい。私だけじゃない。ティナや義父さんだってエルやアルを応援してるし、なにより信じている。しかし、仮にどうしようもない事態になってしまったら……私達を、ここに居る皆を頼りなさい」

 

マティアスの言葉を近くで聞いていたダーヴィドやエドガーを始め、騎士科と鍛冶科の面々やキッド達がエルを見つめる。

 

「はい、父様。困った事があれば皆様のお力をお借りします!」

 

「おう、銀色坊主! 任せとけ! ドワーフの民は同胞の苦境を見過ごしはしねぇ! だろぉお前ら!」

 

ダーヴィドの声に工房中から声が上がる。その力強さにマティアスは満足げに頷きながら工房から出て行く。

 

「そういえば、アルはどこいったんでしょ」

 

「え、知らないよ?」

 

工房中を見渡してもアルの姿はどこにもない。

流石に逃げたとは思っていないが、そろそろダーヴィド達の準備が完了するので早めに捕獲しておかないと行動に支障が出るとエルがもう一度工房を見回していた時、雨の音に混じって水たまりの水を跳ねる音と金属が擦れ合う音が外から響いてくる。

 

「間に合ったー! 行ったかと思いました」

 

「とんでもねぇ、待ってたんだ。……といいたいところですが、移動のための準備中です。それより、荷物チェックの時間です」

 

エルは大荷物と担いだモートルビートから降りたアルを素早く拘束するようにアディに頼むと、そのままキッドと共に大荷物の中身を検分する。

 

「リーコンにタネガシマ……うわ、前に作った大弓じゃないですか。懐かしい」

 

「こっちは槍と剣が1……2……3……4って多すぎじゃね?」

 

「だって魔獣が出るかもしれないんですから用心するに越したことはないかと……予備とかどれが良いとかとか悩んでたら決めれなくて……」

 

「だからってそんなフルアーマー化させないでください。弁慶ですかあなたは」

 

文句を言いながらぽいぽいと大弓や武器を工房の片隅に積んでいくエル。

結局、報告のためにリーコンとタネガシマ、自衛のためにモートルビート用の剣を二振り、安眠のためにアルが懇願した、『ぬいぐるみ魔獣シリーズ No3 ファーラビットBIGサイズ(銀貨20枚)』を袋に詰めなおす。

 

「おっし、作業完了だ! お前ら、馬車に乗りこめ!」

 

ちょうどその時、作業が完了したダーヴィドの声と共に馬車に鍛冶科の生徒が次々と乗り込んでいく。

乗り遅れないようにエルはモートルビートに乗り込んだアルと共に馬車に飛び込んだ。

 

「留守は任せとけー」

 

「絶対早く帰ってきてよー」

 

キッドとアディ、工房の外で待っていたマティアスに手を振りながらエル達を乗せた馬車の列はライヒアラを旅立っていった。

 

***

 

 

エル達がライヒアラを発って数日が過ぎた。

一行は西フレメヴィーラ街道を北進し、目的地であるカザドシュ砦に向かう為に街道を抜けて街道と比べると舗装が甘い道をひたすら移動していた。

昨日までバケツどころか湖をひっくり返したような雨に台風のような暴風が馬車を襲っていたが、やっと峠が超えたらしく、雨粒がまばらに幌を叩いている。

 

「さて、雨の勢いも収まりましたし……」

 

雨の対応に追われた生徒がグロッキー状態で馬車の床に突っ伏している中、エルだけ大きな金属の箱の上に紙を置いて何かを書き始めた。

揺れる馬車の上といったものを書く環境としては最悪に近い場所なので、必然的にエルの書いている文字がぐにゃぐにゃのミミズが這ったような文字になる。

 

「銀色坊主、また新しい悪だくみか?」

 

「悪だくみとは心外ですね。多分ですが公爵にもテレスターレの説明をしなければいけないと思うので、思考を整理しています」

 

「へぇー……俺達に悪魔みたいな提案をしてきた銀色坊主様も公爵様相手には分がわりぃってか?」

 

『こんな資料もいつの間にか用意しやがって』と文句を言いながら、ダーヴィドはそのままエルが紙を置いている金属の箱の反対側についている取っ手を持つと、そのままスライドさせる。中には皆の着替えなどの濡らしたくない物が雑多に詰められており、その中に手を突っ込んだダーヴィドはしばらくもそもそと手を動かすと、箱の底から毎度おなじみの『人を殴り倒せそうなぐらいの紙束』を取り出す。

 

「あの提案も一応練習してからやったんですがね……。ですが、今回の報告は陛下にも行わなくてはならないので気合入れてますよ」

 

『ふんす』と鼻息を荒くするエルを尻目にダーヴィドはエルの隣で片膝を立てながら座っているモートルビートを見ていた。モートルビートからは先ほどから腹の中に何かを飼っているかのような特徴的なイビキが聞こえてくる。

 

「おめぇは気にならないのか……」

 

「……慣れますよ」

 

『苦労してるんだな』とエルのことを憐れみながらダーヴィドが手元の資料に目を落とした時、ゴリゴリと何かが削れる音が聞こえてきた。

 

「何かが近づいてくる! 馬車を守れ!」

 

前方を歩いていたカルダトアからの指示によって周囲を警戒していたカルダトアとテレスターレが馬車を守る陣形を整える。……やがて前方のカルダトアも陣形に合流し、馬車を中心とした陣形が整ったが、その間にも怪しげな物音は、馬車内の生徒達の不安を煽るように徐々に音量を増していく。

 

「敵襲ですか?」

 

「アル、遅いですよ」

 

モートルビートの前面装甲が開かれると、そこから抱き枕代わりのぬいぐるみを持ったアルがのっそりと姿を現し、そのまま金属の箱の中にぬいぐるみを乱雑に入れる。

エルの文句にぽけっとした表情で謝ると、アルは再びモートルビートに乗り込んでスクリプトを組み直す。

 

「だが、この防御陣形をすり抜けてくる奴なんていねぇだろ」

 

「親方、それフラg「まさか!」」

 

エルが何かに気づくと同時に地面が盛り上がり、運悪くその上に居た馬車を粉砕する。その音を皮切りに次々と地中からヒモのような魔獣が地面から垂直に襲い掛かり、馬車や馬をバラバラにしていく。

 

地砕蚯蚓(シェイカーワーム)

口と思われる部分がなく、先端部の小さな甲殻を回転させる事で土中を進みながら削られた獲物を取り込む生体掘削機のようなミミズ型の魔獣である。収穫前の根菜や農地に植えたばかりの種などを台無しにしてしまうことから農家の天敵と名高いが、あまり人前に現れない類の魔獣である。

 

「っ!! 点呼ぉ! 食らったやつはいねぇか! あと俺のハンマー持って来い!」

 

予想外の先制攻撃に面を食らったダーヴィドだが、すぐに頭を振ると人的被害を確認するべく大声を張り上げる。その声を聴いた各馬車の班長は、荷台に立ちながら手で○を作る。

 

「親方っ! どうぞ!」

 

「うっしゃぁ!」

 

ハンマーを受け取ったダーヴィドは気合を入れながら馬車を降りるとそれに気づいた地砕蚯蚓(シェイカーワーム)はダーヴィドに襲い掛かる。だが、ダーヴィドは先ほどの荒々しい様子から一転、静かにハンマーを振りかぶると呼吸を整える。その呼吸に呼応して全身の筋肉が隆起し、ハンマーを握る力をさらに強める。

 

地砕蚯蚓(シェイカーワーム)との距離がどんどん縮まり、甲殻がびっしり覆われている先端部がダーヴィドの身体を削り取ろうとした時、ダーヴィドが雄たけびと共に振りかぶっていたハンマーを振る。

 

「ウオルルァァァ!」

 

ハンマーがちょうど地砕蚯蚓(シェイカーワーム)の先端部に直撃する。

金属と甲殻がかち合った衝撃音が一瞬聞こえるが、すぐに肉がはじけ飛ぶ音と共に頭部の失った魔獣の胴体が吹き飛んでいく。

 

ハンマーを振りぬいたダーヴィドは、そのまま胸の前にハンマーを構えなおすと『来やがれミミズ共!』と大声を出しながら地砕蚯蚓(シェイカーワーム)達を威嚇する。

その迫力と先ほどダーヴィドを襲った仲間の無惨な有様を見て怯えたのだろうか、地砕蚯蚓(シェイカーワーム)達の動きが散漫になっていた。

 

「親方! ここでは巻き込んでしまう! はやく退避してくれ!」

 

エドガーの焦った声にダーヴィドは周囲を見るが、そこら中の地中から地砕蚯蚓(シェイカーワーム)が出てきているので馬車を移動させようと試みても出来なかった。

このままでは今度は馬だけでなく人も襲われることを危惧していた時、『アル、さっき言った手はず通りに』という声と共にこの状況を打破する『銀の弾丸』が2発放たれた。

 

「親方、そこは危険です」

 

いつの間にか幌の上に登っていたエルがウィンチェスターを構えながら警告し、ダーヴィドが馬車付近に戻った事を確認してから単発拡散(キャニスタショット)による絨毯法撃を開始した。地面から顔を出した地砕蚯蚓(シェイカーワーム)はその面制圧に巻き込まれて次々とヒモみたいな胴体をばらばらにしながら吹き飛ばされていく。

 

「アル!」

 

「アルフォンス・エチェバルリア いきます!」

 

エルの声と同時に馬車から降りたモートルビートが足を動かさずに地面を滑るように移動する。

大気衝撃吸収(エア・サスペンション)で足を浮かせてから推進力に圧縮大気推進(エアロスラスト)を使った『擬似ホバー』だったが、雨によってぬかるんだ地面に足を取られる事なく横転した馬車に近づく。

 

「護衛します! はやく撤退を」

 

「分かった」

 

「アルフォンス! 全員こっちに乗せろ!」

 

「了解! 皆さん、あの馬車まで走って!」

 

横転した馬車から負傷者を含めた全員を救出し、いざダーヴィドの馬車に向かおうとした時、別の馬車から声がかかったのでそのまま救出した生徒を馬車に乗せる。

馬は若干重そうな足取りでしばらく馬車を曳いていたが、突如馬車が進まなくなった。

 

「轍にはまった! お前ら押すぞ!」

 

「くっそ、こんな時に……」

 

馬車から人が次々と降りて轍から抜け出そうと馬車を必死に押すがうんともすんともいわない。アルもモートルビートの強力な膂力を用いて馬車を脱出させようと近づくが、目の前から地砕蚯蚓(シェイカーワーム)が襲い掛かってきた。

 

「せいっ!」

 

アルの気合を込めた声と共に外装硬化(ハードスキン)をかけたモートルビートの拳で地砕蚯蚓(シェイカーワーム)を殴りつける。ちょうど目の部分に直撃したらしく、地砕蚯蚓(シェイカーワーム)は地面にキスしてそのまま動かなくなる。それを確認することなく馬車に取り付いたアルはモートルビートの膂力を全開にして馬車を持ち上げる。

 

「抜けました! 馬車に……ぐっ!?」

 

何かの衝撃を受けたアルが衝撃の発生源であるモートルビートの脚部を見ると、先ほどの地砕蚯蚓(シェイカーワーム)が足に食らいついていた。

ガリガリと装甲が削られる音に軽く悲鳴を上げたアルだったが、そのまま足を持っていかれるわけには行かないと食らいつかれている足を上げる。

 

「ん”ん"ん"ッ!」

 

何処かの宇宙のエンジニアのような声を出しながら地砕蚯蚓(シェイカーワーム)の胴体を踏み潰したアルはそのまま馬車に追従してダーヴィド達の馬車と合流する。

 

「よし! 離れろー!」

 

ダーヴィドの声と共に馬車が動き出し、幻晶騎士(シルエットナイト)の周囲から撤退を開始する。そして、ようやく騎士団達による反撃が始まった。

 

カルダトアとテレスターレによって地砕蚯蚓(シェイカーワーム)が次々に処理されていく中、先ほどと比べ物にならない地響きが起こる。

それを感知した全員が地中の動きを見ながら警戒するが、警戒し損ねたカルダトアの脚部に食らいつきながら現れたのは先ほどの地砕蚯蚓(シェイカーワーム)の数倍の大きさの魔獣だった。

 

「あれは……『ヌシ』みたいなものですかね?」

 

馬車から無事な生徒が武装しながら次々に飛び出し、負傷者を守りながら小型の地砕蚯蚓(シェイカーワーム)を迎撃している中、エルは幌の上で生徒達の援護をしながらヌシと幻晶騎士(シルエットナイト)の戦闘を観察していた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)よりも大きいヌシに全員が苦戦を強いられているが、その現状を打破すべくエドガーの提案した『4連装形態』という声にテレスターレ達が剣と盾を投棄して一箇所に集まっていく。

 

密集という危険な陣形に朱兎騎士団の団員が声を上げるが、4つのシルエットアームズを持ったテレスターレ達による高密度の弾幕がヌシに殺到する。

その巨体もあってか弾幕をもろに受けたヌシの様子はボロ雑巾のようになっており、エルの目から見てかなり弱っている印象を受けた。

 

(これで大勢は決しましたね)

 

とどめを刺すためにヌシに突っ込んでいくカルダトアとテレスターレからエルは視線を外すと残った小型の地砕蚯蚓(シェイカーワーム)を屠るべく法撃を放った。

 

***

 

 

「邪魔! っどけ!」

 

そんな戦闘の最中、アルは地面を滑りながら脚部が破壊されたカルダトアの下へ急いでいた。その道中で小さい地砕蚯蚓(シェイカーワーム)が襲い掛かってくるが、魔道ランプを最大出力で照らした目くらましやパンチで無力化していく。

現に今も地砕蚯蚓(シェイカーワーム)のヒモのような胴体に組み付いてそのまま綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の膂力をフルに活かした締め付けを行っている。

 

「ジィィィ○! ブリィカァァ!」

 

地砕蚯蚓(シェイカーワーム)の胴体がその締め付けに耐えられずに四散すると、その残骸を投げ捨てたアルがそのまま動けなくなったカルダトアに取り付く。

 

「助けに来ました!」

 

「すまn……ひぃっ!」

 

胸部装甲を外部から開放し、操縦席に向かってモートルビートの手を伸ばす。礼を言いながら騎操士(ナイトランナー)がその手に捕まると同時に悲鳴を上げる。その予想外の反応にアルは一瞬思考停止するが、そんな場合ではないので、騎操士(ナイトランナー)を背負うとダーヴィドの馬車に合流するために移動を開始した。

 

***

 

 

ヌシが倒されて数分後、ダーヴィドはしかめっ面で眼前の光景を見ていた。

 

「馬車が足りねぇ……」

 

「どうだ? 修理とか出来そうか?」

 

カルダトアから降りた騎士がダーヴィドに問うが、完全粉砕された物が多い上に曳く馬も足りない現状を伝え、修理でまともに動けるようになるのが半分あれば御の字だと答えると、騎士は腕を組む。

 

結局のところ、修理できる馬車は全て修理を行い、負傷者を砦に搬送する隊と近隣の村から移動手段を調達してから砦に向かう隊の2つに分けることになった。

 

「何か僕にも手伝える事ありますか?」

 

すると、騎操士(ナイトランナー)を馬車に運び終わったアルが騎士とダーヴィドの間に割って入るが、現在アルが乗り込んでいるモートルビートの姿を見たダーヴィドがアルの頭を叩く。

 

「とりあえず洗って来い。ミミズ野郎の血やらなんやらでどろどろじゃねぇか」

 

そう言われてアルが自身のモートルビートを見る。

『全身に血が滴っており、所々に地砕蚯蚓(シェイカーワーム)の残骸がくっついている様』を見たアルは1人で軽く納得するとそのまま丸洗いすべく馬車の方に歩き出した。

 

「……彼に負傷者の馬車を曳いてもらうようにしよう」

 

「同感だ。こっちの護衛が減っちまうからな」

 

その後馬車の修理が無事に終わり、負傷者の収容が完了すると全員が円陣を組んで今後の予定を共有する。

その結果、アルは負傷者の馬車を牽引しながらそのままカザドシュ砦へ向かう隊に、エルが近隣の村から移動手段を調達してから砦に向かう隊に分けられることになった。

そのまま『移動開始!』と騎士が全員に指示を出し、それを聞いた各々が行動を開始している最中、エルはアルを呼び止める。

 

「アル! 気をつけて!」

 

「ええ、兄さんも!」

 

エルの言葉にアルは手を振ると、馬車の列に混ざって移動を開始した。

たまに轍にはまって時間を消費したが、魔獣の襲撃もなく彼らは半日後にはカザドシュ砦の入り口に到着した。

 

「到着早々すまないが、閣下がお呼びだ。一緒に来て欲しい」

 

時間は既に深夜を超えた頃、与えられた一室で荷物の整理をしていたアルだが、いきなり朱兎騎士団の団員に呼ばれて砦の一室に通される。

 

「ディクスゴード公爵、お久しぶりでございます」

 

「……うむ」

 

アルは目の前の人物に対して最大限の礼をする。

そこにはこの砦と朱兎騎士団を保有している大貴族、『クヌート・ディクスゴード公爵』がこちらを値踏みするような表情で立っていた。


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