朱兎騎士団の騎士団長、モルテン・フレドホルムは目の前の光景に唖然としていた。
「ですから! これらの技術はセラーティ侯爵への謝罪の意志を込めた贈り物です!」
「そんなわけなかろう! なにが目的だ! 言え!」
「お2人共、もう少し冷静に……」
執務室の机を間に挟んでディクスゴード公爵と件の少年の1人『アルフォンス・エチェバルリア』が壮絶な言い合いを行っている。言い合いといっても明らかに水掛け論といった様子にモルテンは思わず顔を覆う。
なぜこのような事になったのか。それはアルが到着した昨日が今日に変わる境目の時刻まで遡る。
***
「ディクスゴード公爵、お久しぶりでございます」
「……うむ」
アルの挨拶にクヌートはアルを値踏みするような表情で見つめる。だがその前に、アルをここに連れてきた騎士がクヌートにテレスターレの輸送状況を報告する。
「ご苦労。では明朝に2個小隊と数台の馬車を迎えに出してくれ。道案内はお前に任せる」
「はっ!」
指示を聞いた騎士が足早に退室するとクヌートは咳払いを一つして、場の空気を少し変える。
「セラーティ侯爵から新型機に関する内容は聞いた。……が、これは兄のエルネスティから聞こうと思っている。今回、お前を呼んだのは同じくセラーティ侯爵が言っていた『とある技術』についてだ」
クヌートに言われてアルは、ヨアキムに渡したリーコンの設計図を思い出す。謝罪の意志を込めて渡したのだが何か不都合な事があったのだろうかと不安になりながら話を聞いていると、クヌートは『明日、それについての説明をするように』と短く伝えるとそのまま退出を命じる。
***
「えーっと、まずはリーコンの概要とそれに関する諸々の報告を……」
部屋に戻ったアルが行った事はリーコンについての報告書を書く事だった。設計図というか実物があるのでそれのスケッチと使用した資材に性能、使用方法を詳しく書くこと数時間。
「で、次はタネガシマについて……」
リーコンの報告書を丸めて部屋に備え付けられている机の端に転がしたアルは、新しい紙にタネガシマ──
といっても実験は進んでおらず、『
「現状できるのはクリスタルプレートの間に鋼で仕切り作って、1発ごとに使ったプレートを投棄する事なんだよなぁ……でも、僕が持ってるの親方からもらった1枚だけだしなぁ」
アルの考えは薬莢として
「これは話さないでおこうかな」
変な期待を込められても困るのはこちらなので、アルは対応案を書かずに報告書を丸める。すると、鎖が動く音が聞こえたので、アルは窓から砦の様子を眺めると数台の馬車と共に2個小隊規模のカルダトアが正門をくぐって砦の外へ出発していく。
「兄さん達の方に向かう部隊かな」
いつの間にか朝になったらしく、久方ぶりの徹夜に目をしょぼしょぼさせながらその様子を見ていると扉をノックする音が聞こえる。
「アルフォンス・エチェバルリアで良かったかな? 私は朱兎騎士団のモルテン・フレドホルムと言う。閣下がお待ちだ。ご同行願おう」
まさかの騎士団長にアルは一瞬フリーズするが、素早く徹夜で書いた報告書を纏めて荷物袋に入れるとモートルビートに乗り込んで扉を破壊しないようにゆっくりと部屋から出る。
「それはなんだい?」
「新型機の副産物です。これにも新型機の技術とか使われてるんで閣下にお見せしようかと」
その奇怪な姿にモルテンは首を傾げるが、しばらく悩んで『ついてきなさい』という言葉と共にアルを昨日と同じ部屋に案内する。
「来たか……また変な物を持ち出したな」
「はい。これは新型機の技術も使った騎士の訓練用の甲冑です。これも説明しましょうか?」
「いや……今は良い。それよりセラーティ侯爵に贈った物の説明を頼む」
『これ以上はもう詰め込むな』と懇願するような視線をアルに送るが、アルはそんな事は気にせずに報告書をクヌートに手渡す。
「セラーティ侯爵に贈った物はこの『リーコン』と呼ばれるもので──」
そして、クヌートの常識が破壊される時間が始まった。信じていた物が次々と硝子のような音と共に砕かれ、得体の知れない別の物に再構成される。
それが理解できないような物なら鼻で笑う所だが、カルダトアの改良を行った経験から『あー、出来るわ』と完成予想図を想像出来るほどに整った報告書とアルの説明に、彼の常識が破壊される手が緩むことはなかった。
やがて、新技術の理解 今までの常識の分解 新しい常識への再構築という時間が終わりを告げると痛む頭を抑えながらクヌートはアルを見やる。
「分かった……で、これを以てお前は何を欲する?」
「……? いえ、べつに。報告書の件でセラーティ侯爵にご迷惑をおかけしたのでそれのお詫びです」
『量産化できるまでの研究は向こうでやってもらわないといけないですが』と付け加えながら、アルはとぼけた表情で首をかしげる。
「馬鹿な! 何の見返りもなくそのような技術を渡すものか!」
「いえ……ですから見返りとか考えていませんでした。謝罪の贈り物ですから」
「だから嘘を申すな! 今のお前は十分怪しいことを理解しろ!」
アルが何度も『他意がない』と言っても、『嘘を言うな』や『そんなわけない』と言われる水掛け論に段々アルもイライラしてきた。
(他意無いっちゅーてんのに……えぇかげんにせぇよ)
余りに進展のない言い合いに、無意識にキツい職場でエルから習った方言でクヌートを心の中で罵るが、その前にモルテンにいったん落ち着くように言われて今に至る。
***
「とりあえず話をまとめましょう。閣下はこれらの技術を何の見返りもなく贈るのが怪しいと感じている。あっているでしょうか?」
「うむ」
「ですが……「アルフォンス君!」」
モルテンの声に冷静になったアルが椅子に深く座りなおすと、モルテンはアルの方を見て口を開く。
「確かにアルフォンス君に言っていた謝罪の気持ちは大事なことだ。しかし、貴族の方々にこの内容は言い方が悪いが、なにか裏があると疑われても仕方ないと思うぞ?」
「……はい、すみません」
(少し大人げなかったかもしれん……)
唇を噛み締めながら『裏なんてないのに……』とふて腐れるアルにクヌートは、アルの行動が本当にただの謝罪の意思によるものだと悟る。それと同時に、考え方が大人のそれとはいえ子供相手に少々言い過ぎことを心の中で反省した。
クヌートはそのまま何かを考えるような仕草をし、やがて『ではこうしよう』という前置きを言ってからとある案を提示する。
「贈られた技術に関してはすでに陛下も知っている。陛下もお前が何を欲しているか気になっているご様子だ……後は分かるな?」
「……この技術を今から王に報告することにして、それによって贈られる褒章がちょうど僕が欲しかったもの……というわけですね」
すっかり機嫌が戻ったアルが『閣下も悪ですな』とクヌートに言うと、『なぁに、陛下の供をすれば嫌にもな』とクヌートが悪い顔をしながら楽しそうに笑う。そんな寸劇を見せられたモルテンは、先ほどの空気とのギャップに風邪をひきそうになっていた。
一応、『技術はありがたくいただくが、褒章なしは王家や貴族として許されないのできちんともらう』ということで話は纏まったが、今度はその褒章が問題になる。
「金銭はどうだ? 個人的に一番楽な褒章なのだが」
「あまり……シルエットナイト1機はいかがでしょう?」
「馬鹿者。このような功績で国防の要を与えられるか」
「置き場や整備費はどうするんだ……馬鹿にならないぞ?」
褒章のことを話し出して数十分。彼らはいまだに何を褒章にしたら良いのか決めきれずにいた。
金銭は試しにクヌートが試算してみると、アルが管理できる許容を遥かに超えており、その金額に卒倒しかけたアルの小市民的反応からクヌートは取りやめた。
そんな問答に元々褒章をもらう気がなかったアルは、『もうこれで良いのでは?』と肌着代わりに着ていた
「仕方がない。陛下と私とセラーティ侯爵の連名でラボへの推薦状を書こう。兄もどうせラボでの勤務を望むだろうし、そこで開発でも何でも……?」
クヌートはアルに向かって話すが、アルはまるで
「兄さんは知りませんが、僕は中等部を卒業するまで学校にいますが?」
モルテンはこの時、先ほどの言い合いの第2幕を告げるゴングが鳴り響くのが聞こえた。
「き、貴様ぁ! この期に及んで学校などと何を考えている! 貴様は何をしたのかわかっているのか!」
「えーっと……技術考えて贈って……あっ! あとは新型シルエットナイトの初期設計と動作試験を行いました!」
『お前呼び』から『貴様呼び』に変わるほど激高したクヌートだが、アルは冷静に自分が行ったことを指折り数える。そのたびにクヌートの表情がころころと変わるが、数え終わったアルはそのままクヌートを見据えた。
「ですが! ここまでのことをしましたが、僕は学園に通いたいんです!」
「……なぜそこまで学園にこだわる」
「うーん 進学させてくれた両親に申し訳ないとか、ラボがクビになったら小卒で再就職とかどんな地獄だとか色々ありますが、騎士になってシルエットナイトに乗りたいからです。出来れば兄さんと」
『開発だけじゃ嫌です』と文句を言うアルに、クヌートは一瞬だが『2人を朱兎騎士団に入団させれば首輪を付けられるのでは?』という後から考えたら血迷っていた提案をしそうになるが、寸でのところで考え直す。
クヌートの脳内では、エルとアルが
(……一体何を考えていたんだ私は)
クヌートは しょうきに もどった!
ただでさえ道楽の気が強すぎるアンブロシウスの側仕えをしているのに、それと同等の劇物と1ランク下がっただけの毒物を騎士団に入れようと考えていたクヌートの全身に鳥肌が浮かび上がる。
「とりあえず褒章の件は後にしよう。執務があるからすまないが部屋に戻ってくれ」
「はい。……あ、これさっきのやつの設計図です。暇なときにでもお読みください」
数枚のスケッチが書かれた設計図をクヌートの机に置いたアルはモートルビートに再度搭乗すると袋を担いで扉に引っかからないように慎重に退室する。
「よろしかったのですか? どこの騎士団もつばを付けていない今こそ彼らを騎士団に入団させるチャンスだったのでは?」
「……馬鹿を申せ。あのような者達を入れてみろ。騎士団のカルダトアが全て原型がどこにもないゲテモノに変わってしまうわ」
「はははっ、私はハイマウォートの膂力さえ上がればいくら仕立て直してもらっても構わないんですがね!」
モルテンの笑い声にヨアキム経由でおおよその概要を知っているクヌートは鼻で笑いながらアルが置いていった設計図を手に取った。
流石に製図の知識はないらしく、まっすぐな線で描かれてはいるがどこか子供の落書きのような印象を思わせる設計図をクヌートは流し読みする。
ペラペラと
「シルエットナイトの設計図?」
「む? 例の新型の設計図ですか?」
クヌートの言葉に興味を持ったモルテンにも見えやすいように机に設計図を置くクヌートだが、これはヨアキムから聞いていたテレスターレの姿とは全く異なるものだった。
「これは……私の学生時代に操縦していたシルエットナイトですな」
「ああ、私も陛下と共に騎乗した覚えがある」
設計図に書かれているスパイクのようにぴんぴんに尖らせた装飾が肩に施されているどこか怪しげな印象を受ける
胴体や脚部にもあるはずの刺々しい飾りはどこにもなく、代わりにレンガのようなブロックが機体の動きを制限しないようにくっついていた。操縦席のある胸部装甲も、その上から数枚の装甲でがちがちに固められている。
「このような重装甲で歩けるのでしょうか」
「戦闘中に装甲がボロボロ剥げそうだな」
カルダトアの改造に携わっていたクヌートは、上半身の設計を一目見ただけで『欠陥品』という印象を持ったが、続きが気になったので機体の脚部のあたりに注目する。
「なんというか……太いな」
重装甲の上半身を支えるためだろうか脚部が異様に太い。さらに人間でいうふくらはぎの部分が妙に膨らんでいるので太いという印象に拍車がかかる。
「端的にいうと木偶の棒だな」
「そうですね。これでは法撃1つ撃てませんよ」
クヌートの言葉にモルテンも同調する。その場に静止したり歩くなどの通常運用は問題ないが、戦闘を行ったら早々にマナ切れを起こしてしまうだろうその欠陥品にクヌートは、『陛下への良い話のネタになった』と微笑みながら本来の作業へ戻った。
***
カザドシュ砦から半日進んだ森の中。周囲には木しかないどこか不気味さを匂わせる場所に複数の人影が屯していた。
「ディクスゴード公爵に先手を打たれたようだねぇ……。未完成部分が多かったし、飼い猫が存外うっとおしかったからしばらく静観していたけど、そのツケが回ってきたってことかい」
片目に傷のある女性が苛立たしげに近場の樹木を小突いていると、1人のローブ姿の人影が森の奥から姿を現した。
「おや、使者殿。ご機嫌麗しゅう」
スカートを履いてもいないのにカーテシーをしながら恭しく礼をする女性に使者と呼ばれた呼ばれた者は鼻を鳴らしながら要件だけ伝える。
「情報にあった『玩具』は是が非でも手に入れてもらいます。それが銅牙騎士団に陛下より下された命です」
「使者殿、玩具は複数あると報告したんだがね。命令は正確に頼むよ」
口を挟まれた使者は少し不機嫌そうな表情をするが、少し時間を空けて『
「他の玩具は私の目から見ても欠陥品なので上に話していない。……わざわざ欠陥品も狙って肝心のシルエットナイトを奪えないのではリスクに見合わないのでな」
上級魔法である身体強化が無いと動かせない鎧にその他の装備。設計図や実物と思われる物は子供が持っているとはいえ、
女性も使者と同意見なのか、首を縦に振って命令を受諾する。
「わかった。だけど玩具をお迎えする部隊がそろそろ合流しているんじゃないかね。あの護衛の中で盗んでくるのは簡単な事じゃないよ? ……それに、砦の中に入っちまったらそれこそお使い感覚で取って来るのはほぼ不可能だ。そこんところは……分かってるかい?」
『使者殿?』と挑発するような言葉遣いで聞く女性に使者は『是が非でもと申したはずです』と語気を強めながら念押しする。
「虎の子であるヴェンドバダーラ。さらにカースドベイトを使用しても構いません。必ず例の物を手に入れてください。……それとも、これだけのことをしても難しいでしょうか? 銅牙騎士団騎士団長『ケルヒルト・ヒエタカンナス』殿?」
挑発し返す使者の言葉を適当に流しながら、提示された手札の多さにケルヒルトと呼ばれた女性は『大盤振る舞いじゃないか』と口笛を吹くと、後ろに配している騎士団員達を見据える。
「それじゃあそのご期待に添える働きをするとするかねぇ。お前達、前準備を始めるよ! 言わなくてもわかるだろうけど……ヴェンドバダーラはまだ出すんじゃないよ」
「ちょっと待て……シルエットナイトなしでどうやって盗み出す気だ!」
『へい!』と準備にかかる騎士団員を押しのけながらケルヒルトに意見する使者。だが、ケルヒルトは『がっつくでないよ。みっともない』と諭すような口調で使者を落ち着かせ、騎士団員から渡された袋を見せる。
「相手はお貴族様なんだ。お作法に則って『ノック』してから入らないと田舎者って笑われちまうよ?」
その言葉に騎士団全員が大笑いしながら森の奥に進んでいく。だが『ノック』の意味が分からない使者は、ケルヒルトの後をただついていくことしかできなかった。
***
次の日、クヌートの指示でエル達を迎えに行った部隊は無事にテレスターレやエル達を連れて戻ってくる。ただ砦に来る途中にも数回魔獣の襲撃があったらしく、中破もしくは小破判定を受けた数機のカルダトアは修理のためにテレスターレと共に十分な広さを持った工房に移動していく。
そんな中エルは、大好物である工房見学の時間を早々に切り上げると、その辺に居た騎士に頼んで砦内のアルの居る場所に案内してもらう。
「おいっす」
「おいっす」
扉を開けたアルと短い挨拶を交わしながら何やら大荷物を持ってきたエルが部屋に入ると、そのまま手に持った荷物の包みを開けて床に置いて胡坐を組んだ。
「多分騎士の皆さんからの聞き取りがあると思うのですが、テレスターレの売り込みまで時間がありません。資料の作成とレビューは並行して進めます」
「了解。書くものと纏めるもの貰って来ます」
アルはそういうと付箋のようなものと筆記用具一式と紙束を纏める留め具をその辺を歩いていた騎士に用意してもらう。用意してもらった物を受け取ったアルは、エルが昨日中に見つけた抜けを補足する資料を作っている傍らで資料のレビューを始めた。
「ここ誤字で……ここが内容薄いな」
誤字を見つけたアルはまだ何も書かれていない紙を折り曲げて直線にしてから誤字部分に当てて2本の修正線を引くとその上に正しい文字を書く。本当は1から書き直したかったが、この間にも公爵からのお迎えが来る可能性があるので、速度を重視している。
さらにアルは、内容が薄い部分の概要を折り曲げた紙にメモ書きをしてエルに渡すと、エルはその内容に従って補足資料を作成しだす。
「1冊目終わり。兄さん、レビューお願いします」
「分かりました」
1冊目の資料の束を留めてエルに手渡したアルは2冊目の誤字を探しながら付箋を貼って行く。
その作業の単調さにアルは死んだ魚のような目をしながら『マイ○ロソ○トやグー○ルは偉大だったなぁ』と心の中で涙を流しながら作業を続ける。
「アルフォンス君。モルテンだが良いかな?」
モルテンの声にアルは扉を開けると複数の兵士を伴ったモルテンが立っていた。その物々しい雰囲気にアルは不思議に思っているとモルテンが申し訳なさそうに口を開いた。
「カイザル村……遠くの村で魔獣襲来の狼煙が上がってね……公爵閣下との会談は中止になったんだ。君達も他の学生と同じ所に避難しておいて欲しい」
「分かりました。ご武運を」
アルの言葉に笑って手を振りながら去っていくモルテンを見送ると、アルは案内のために残った騎士に『準備します』と一言だけ伝えて部屋に戻ると、荷物を纏めながらエルに事情を話す。
「やっぱりこの辺は魔獣が多いんですかね?」
「魔獣に聞いてくださいよー」
文句を言いながらも準備を済ませた2人は騎士の誘導に従って避難する。
だが、これは今後行われる事件にほんの序章に過ぎない事はカザドシュ砦に居るすべての人物は知る由もなかった。
もうすぐUAが50000なのでなにか記念に書きたいですが、ネタがひねり出せない・・・
ドビーは悪い子!ドビーは悪い子!