タネガシマを持ったモートルビートの攻撃が外れ、お返しとばかりにテレスターレの放った1発の法弾が攻撃の反動で森の方向に吹き飛ぶモートルビートを追いかける。
「アルフォンス!」
エドガーが叫ぶのと森の一部に法弾が着弾するのは同じタイミングだった。樹木が吹き飛び、残り火が明々と照らす光景にエドガーは、薄緑色に塗装されたモートルビートに搭乗していたであろう人物の名前の次に続けるつもりだった『なぜ』や『どうして』という言葉が喉の奥から出てこなかった。
しかし、アルの思いを無駄にするわけには行かないとエドガーは素早く思考を切り替えてアールカンバーの操縦桿に力を込める。──が、どんなに力を込めても操縦桿は重い反応しか返さず、今や両腕がないアールカンバーもどうにか立ち上がろうとするが、ところどころ深い傷から魔力が流出しているためかぎこちない動作を繰り返すばかりで中々立ち上がれないでいた。
「なんだい、学生君。知り合いだったのかい? だとしたらすまないねぇ。ご覧の有様だよ」
法弾の着弾後を見せるように移動しながら
「さて、思わぬ邪魔が入ったけど……学生君もおねんねの時間だよ!」
「動け! 動いてくれ! アールカンバー!」
──その時だった
鋭い飛翔音と共に両者の間に一筋の線が横切った。度重なる妨害にテレスターレを動かしている
その瞬間、彼女の傷が入った片方の瞼に違和感が走った。
「っ……危ないねぇ」
その違和感に従い、テレスターレを半歩ほど後ろに下がらせるのと同じタイミングで森の奥からすさまじい勢いでなにかが突っ込んでくる。それは先ほどまでテレスターレの頭部があった部分を通り過ぎると物理法則を無視した軌道を描きながらアールカンバーの前に立ち塞がった。
「ちっ、死にぞこないが」
テレスターレの
「アルフォンスなのか?」
「先輩、すみません。呆然としてました」
エドガーはアルの声を聞いて安心するが、
「アルフォンス、動けるのか?」
「流石モートルビートですね。なんとも……ありますが、動けますよ。整備士に感謝です」
爆炎の熱によって少し溶解したモートルビートの左手を見ながら鍛冶師の幼馴染に礼を言う。おそらく帰ったら大目玉だろうかと考えながら、アルは目の前の『テレスターレ1号機』を見据える。
なぜアルが法弾を受けても無事だったのか。話は目の前の機体が『テレスターレ1号機』だと分かって、アルが手を伸ばしたところまで遡る。
***
結論から言えば、2つの出来事が彼を救った。
1つ目はタネガシマで法撃を放った時の反動である。
アルは自前の
当然、いつも以上の威力が出た法撃は足裏のスパイクのみでは踏ん張りきれず、アルは森の方向にまるで
2つ目はアルが使用したとある魔法である。
アルは掲げていた左手から
しかし、いくら使用する魔力の多さや
ではどうするのか。簡単な話である。『自分と法弾の間に大気の壁を置いておく』のである。
使用するのは兄弟喧嘩の折に使用した『プライ○アーマー』の一部で使用した『範囲をべた打ちにすることでその場に大気の壁を固定する』という
大気の壁が
***
そんなこんなで九死に一生を得たアルは、ワイヤーアンカーを使って戦線復帰したのである。──とはいっても無事とはお世辞にも言えないほどのモートルビートや自分の被害にアルは『破壊によるテレスターレの行動不能』という大目標を切り捨て、作戦を変える。
「ディー先輩! 今です!」
「「!?」」
突然の合図にエドガーとケルヒルトが同時に周囲を見回す。しかし、周囲には自分達以外の
「どこに消え……なんだい!?」
テレスターレの操縦席が軽く揺れる。ケルヒルトがテレスターレの首を周囲に向けて状況確認に勤しむが、動く物は未だに起き上がろうと四苦八苦しているアールカンバーしか居なかった。しかし、再度揺れる操縦席にケルヒルトは適当に剣をふるうと
「やっぱりあの鎧の仕業かい!」
操縦桿を強く押し込み、再び攻撃を仕掛けてくる鎧に対してテレスターレの一撃が叩き込まれる。だが、ワイヤーアンカーによって既に剣の間合いから逃れたアルは、森の中に逃げるように入っていった。
「ちっ……とっととこの学生君を片付けてとんずら……」
剣を振り上げながらアールカンバーに狙いを定めたが、森から件の鎧がまた飛び出して攻撃してくる。何度も何度も揺れる操縦席と
「そんなに死に急ぎたいならお望みどおりにしてあげるよ!」
剣を振り回しながら拡声器越しに怒声を撒き散らすテレスターレにそれを間一髪で避けるアルは身を強張らせていた。
「やばいこわい やばいこわい! やばいこわい!!」
同じ言葉を連呼するアルだが、彼は攻撃の手を緩めない。止まれば命が無いというのもあるが、彼の狙いは『テレスターレの燃料切れ』だからだ。
そこで『破壊による機体の行動不能』から『燃料切れによる機体の行動不能』に目的を変えたアルは粘着質な攻撃でテレスターレを挑発し、それによって剣を振ったり暴れさせる事で
少しでも当たればモートルビートなど中の人ごと塵に変えるような破壊の暴風の中、アルは少しでも手傷を負わせるために右腕でブロードソードの柄を抱え込んで固定し、外部の様子を見る眼球水晶が付いている頭部を執拗に狙っていく。
今、この戦いを客観的に見れる人物が居たとするならば、『
アルが戦闘に参加して数分、再び隠れていた月が顔を出して周囲を照らした。
今までアルの攻撃を受けていたテレスターレがアルとは異なる方向に剣を振った。
「そこかい!」
「うぇっ!?」
テレスターレが狙ったのは月光によってキラリと光ったワイヤーだった。テレスターレの剣がワイヤーを『押し切る』ことでワイヤーに『支点』が生まれ、モートルビートはアルが予想していた動きとはかけ離れた動きをしながら宙を舞い、そのまま地面に衝突しようとしていた。
「なん……とぉ!」
しかし、アルはなんとか
「ゲッホ! ゲホゲホ……死ぬかと思った」
「へぇ、ずいぶん元気じゃないか」
間一髪の危機を脱した事で咳き込みながら酸素を求めるアルに更なる危機が後ろから迫る。声の方向を向くと、テレスターレが剣を横に向けて振りかぶっていたのだ。
どう見てもアルをそのまま叩き潰そうとしている構えに、アルは息を一瞬呑むと即座に大声で喚いた。
「ひぇっ え、エドガーせんぱぁぁい! 今ですぅ!」
「はっ! そんな手は2回も「呼んだか」」
突然の金属音が場を支配する。
その正体にアルは笑顔でそれを見つめ、対するケルヒルトは忌々しげにそれを見つめた。
「アルフォンスが時間を稼いでくれたからな。立て直す時間に十分にあった」
「ちっ 学生だからと言ってまだ甘く見てたってわけかい。立て直せると分かってたなら先に始末しておけばよかったよ」
それは両腕が喪失してもなお2本の足でしっかりと地面を踏みしめ、自身の金属で出来た身体を武器としてテレスターレにぶつけているアールカンバーの姿だった。
両腕が無いのでどう頑張っても立て直せないだろうという甘い考えで放置していた自分にイラつきながらケルヒルトが操縦桿を押し込んだ。剣を捨てたテレスターレが握り拳を作って振りかぶる。
「こんな時間まで寝ないなんて悪い子だねぇ。引っぱたかないと分かんないかい!」
「ぐぅっ」
テレスターレの拳がアールカンバーの操縦席周辺を殴りつける。それによりカルダトアより強固な造りの胸部装甲は浅く陥没し、操縦席内では殴打された衝撃で
「行け! アールカンバー!」
「しつこいねぇ!」
アールカンバーの押さえ込みから逃れようとテレスターレは身をよじるが、アールカンバーは足を前後に動かして器用に方向転換すると逃がすまいとテレスターレを押し込む。
「俺達が動かし、俺達が相手をしたシルエットナイトだ! なにが得意でなにが弱いかなんて俺達がよく知っている!」
テレスターレはその膂力の高さゆえにどうしても既存の機体より扱いにくい。多少は改善されたが、いまだに操作性はアールカンバーなどのサロドレアを改造した実習機以下であった。
それとは逆にアールカンバーはエドガーの操縦を素直に受け止めるほどの改造を施している。
アールカンバーを振り切ろうと足を動かして重心を変えるが、それを目聡く見ていたエドガーが操縦桿と鐙を素早く動かす。アールカンバーはその命令を忠実に守り、テレスターレの軸足とは逆側の足を出して牽制する。
まるで押し相撲のような一進一退の攻防でその場にテレスターレを縫い付けるエドガーをよそに、アルもテレスターレを奪い返す為に行動を開始する。
アンカーは甲高い金属音と共にテレスターレの装甲に浅く刺さるが、少しでも動けば軽く取れてしまいそうな刺さり具合にアルは、再度
「そぉい!」
「ん”ん”ん”ん!」
「次から次へとなんなんだい!」
「返せ!」
モートルビート全体がギリギリメキメキと異音を発生させている中、アルは手首から先のない右腕部で目の前の装甲を殴りつける。装甲からハッキングは出来ないので、装甲を破砕して中の
(兄さんならぱぱぱーって出来たんだろうなぁ)
『エルなら首からすぐにハッキングを行って奪い取れるんじゃないか』と自身の力不足を感じながらひたすら装甲を殴り続けるが、
***
ケルヒルトは現在の状況に恐怖を感じていた。
「……せ! ……えせ! 返せ! 返せぇ!」
「テレスターレを返せ!」
正面のアールカンバーにしつこく付きまとわれ、操縦席の後ろからなにやら呪詛のような叫びと破壊音が聞こえてくるのだ。えも知れない恐怖がケルヒルトの脳裏にちらついていた。
「離しなぁ!」
アールカンバーとの距離を一旦離し、テレスターレをその場で振り回すが後ろの破壊音がまだ消えない。
ふと、このまま背中の鎧ごと逃げ、合流予定の仲間に外してもらおうという考えが頭をよぎるが、ケルヒルトの後ろから聞こえてくる音が段々大きくなっていってるような気がした。
メキッ
カエセ
バキィッ
カエセェ
その間にもアールカンバーが再び突撃してくるのをステップを踏みながらかわし、テレスターレを振り回すが、アールカンバーは未だに諦めずに食らいつき、後ろから聞こえてくる破壊音は未だに続いている。そうしている間にも
「学生君、鎧君。あんた達に見せてあげるよ。銅蛇の牙ってやつをね」
***
なにやら雰囲気が変わった気配にエドガーが警戒していると、テレスターレがバックステップでアールカンバーから距離を取った。エドガーが急いで距離を詰めようとするが、テレスターレの移動先にぎょっとする。
「アルフォンス! 逃げろ!」
「ふぇ?」
急に声をかけられて素っ頓狂な声を上げるアルが後ろを向くと、1本の大木が眼前まで迫っていた。
緊急で腰のワイヤーアンカーの巻き取り装置を外したアルがテレスターレから飛び降りると、その後ろで樹木が破壊される音と共に大小の木っ端がモートルビートの装甲を叩く。もし、1秒でも飛び降りるのが遅かったら木とテレスターレのサンドイッチになっていたであろう事態に兜の裏で真っ青になっていたアルの目の前からテレスターレの装甲が迫ってきた。
「まずは1人」
ゴム鞠のように吹き飛んだモートルビートがアールカンバーの横を通り、樹木にぶつかるとそのまま動かなくなる。それに気を取られたエドガーがアールカンバーを止めて振り返る。
「やっぱりまだまだ学生君だねぇ!」
その絶好の隙を見逃すはずもなく、アールカンバーに脚払いをかけたテレスターレがそのままアルが倒れている方向へアールカンバーを蹴り飛ばす。凄まじい衝撃音と共に斜面に叩きつけられたアールカンバーも中の
近場の剣を取り、トドメを刺すべくテレスターレはアールカンバーに近づく。だが、1発のファイヤーボールがテレスターレの装甲を叩いた。
「ほんっっとしつこいねぇ」
ケルヒルトはアールカンバーが倒れている後ろから倒れながら右腕を掲げて魔法を撃つ鎧を見て操縦桿の取っ手を手が青くなるほど握る。しかし、鎧は5~6発ほどファイアーボールを撃つと今度こそ地に伏して動かなくなった。
「やっとかい」
長い戦いが終わったとばかりに剣を振るおうとしたケルヒルトだが、
「2割切ってるじゃないかい!」
その後のケルヒルトの行動は迅速だった。アールカンバーなどにトドメを刺さずに剣を放り投げると一目散に森の奥へ走り去っていった。その様子を割れた
「アルフォンス……大丈夫か……」
ファイアーボールを放っていた事から少なくとも生きていると判断したエドガーは具合を問うが、アールカンバーの歪んだ装甲の隙間から声が聞こえてきた。
「……返してください」
それは懇願だった。
まるで玩具を取り上げられた幼い子供のような丁寧な懇願。しかし、そんな懇願は無常にも空気に溶けていく。
「……返して」
少し乱暴になった懇願。
それでも懇願先であるテレスターレはずんずんと森の奥の方へと走っていく。
「返せ……返せぇぇぇ!」
アルの渾身の叫びが響く。
悔しさ、悲しみ、痛み、恨み、その他諸々のネガティブな感情を混ぜ合わせたような悲痛な声が森を震わせる。
やがてテレスターレの姿が森の奥に消えると共にアルの意識は闇に沈んだ。
***
「アル! アル! しっかりしてください!」
突如現れた魔獣の群れを片付けたエルがアールカンバーと共に地面に転がっていたアルに近づいて声をかけるがアルは返事を返さない。キッドやアディ、グゥエールから出たディートリヒもアルの周りに集まって声をかけるが、アルは微動だにしない。
「エルネスティ、ひとまずアルフォンスはエドガーと一緒に砦に収容する」
「……はい」
浮かない顔をしたままエルは頷くと怪我人を乗せた馬車を追う為にゆっくりと歩き出す。
こうしてカザドシュ砦襲撃事件、通称『カザドシュ事変』は幕を閉じた。