銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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銀鳳騎士団編 新米教官の章
37話


 辺り一面が真っ暗な謎の空間でアルは目覚めた。

 

「ははぁー、これは夢ですね」

 

 デスマーチで心身ともに疲労した後に眠るとよく見ることになる光景にふわふわした意識の中でアルは確信する。現に今も、少し頭に思い浮かべただけでアルの周囲にプラモデルの箱やニッパー、塗装用品といったアルフォンス・エチェバルリアになってからご無沙汰だった品々が次々と浮かび上がってくる。

 

「あっ……」

 

 大量に浮かぶプラモデルの箱からとある機体の箱を見つけたアルは、ニッパーと共にそれを手に取る。箱を開けて説明書も見ず黙々と組み立て始めるが、そんな事をすればポリキャップなどを入れ忘れたり、間違った方向でくっつけて泣きを見ることになるのだが、アルは間違えるはずないとばかりになれた手つきで組み立て続け、やがて1機のロボットを作り上げた。

 

 テレスターレ。ライヒアラ騎操士学園で産声を上げた新型機である。骨格の新造を始め、様々な部位がくまなく弄られており、エルと『良い改修でしたね!』と話し合っている所をダーヴィドに聞かれ、『改造の間違いだろ?』とおかしい物を見たような顔でつっこまれたのは記憶に新しい。

 

「さて、ここからこの子をどうやって強くしていきましょうか」

 

 『肩に偵察用の装備や小型のナイフをマウントする為のパーツを増設するのはどうだろう』

 『いやいや、マガジン式の魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせたらどうだろう』

 アルの頭の中ではさまざまなアイデアが浮かび上がり、その度にアルの表情が次第にだらしなくなっていく矢先の事だった。

 虚空から伸びてきた謎の手がテレスターレのプラモデルをむんずと掴み、そのまま持ち去ろうとしていた。

 

「ちょっ、返してください!」

 

 突然の事態に驚いたアルは手を伸ばしながら追いかけるが、謎の手との距離はグングンと離されていく。しかし、手に持っていたニッパーがいつの間にか自身が所有している銃杖(ガンライクロッド)『サンパチ』に変化している事に気づいたアルは圧縮大気推進(エアロスラスト)を使ってさらに謎の手を追いかける。

 

「止まれぇ!」

 

 右腕にも肘から手の平を保護する銀製のガントレット『アガートラーム』が装着されていたので、アルはサンパチを左腕に持ち直し、アガートラームを掲げてファイヤーボールをいくつか謎の手に向かって放ちながらさらに追う。

 そんな永遠ともいえる追走劇が、突如謎の手の喪失という形で幕を閉じた。

 

「消えた?」

 

 アルが謎の手が消えた地点に着地すると、またしても虚空から何かが現れる。

 それは全身に墨をかぶったような人影だった。人影は数人出現し、アルを取り囲むと徐々に色彩を帯び始め、アルの見知った人物に変化していった。

 

「兄さん……皆……」

 

 それはエルや幼馴染達、それとエドガーやダーヴィドなどのテレスターレの作成に関わった高等部の主要メンバーだった。

 エルは残念そうな顔を浮かべ、それを見た幼馴染達がその場の空気に充てられたのか静かに目を伏せている。エドガーやディートリヒ、ダーヴィドは何かに叩きつけるように腕を振り回して胸中の怒りを発散しようとしており、その近くで座り込んでいるヘルヴィは目を閉じながら静かに泣いていた。

 

 悪夢とは、見ている者の不安や苦しみなどのネガティブな部分が漏れ出してできるものである。テレスターレが奪われた事で全員が悲しんでしまうという『見たくない最悪のケース』が悪夢として現れたアルはついにその場にうずくまってしまう。

 

(僕のせいかな)

 

 テレスターレから離れた時に警戒していれば、まだ魔力が残っていれば、そもそも最初にちゃんと法撃を頭部に当てていれば……いや、人に法撃を当てるという覚悟を持って狙いを胴体に変えていれば。

 次から次へと出てくる『たられば』がアルの頭の中を黒く染めていく。

 

「どうしたんですか?」

 

 そんな時、後ろから声をかけられたアルが振り返ると1人の男が立っていた。その男のつま先から頭部までじっくり見たアルは堪えきれない笑いについ噴き出してしまう。

 

「ははっ、昔の自分が励ましに来るとかご都合的な流れですね」

 

「夢ですからね。……あ、まさに『夢にまで見た』展開では?」

 

 中肉中背の男の思いつきにアルは大笑いしながら『たしかに!』と答える。すると周囲の風景は広い川が間に流れる河川敷へと変わって行く。近くの時計の短針は5を刺しており、どこからともなく流れてくる赤とんぼのテーマが夕日にとても合っている印象を受ける。

 

「ねぇ、僕」

 

 とあるアニメの両機のプラモデルを手の中で弄りながら『昔の自分』と言われた中肉中背の男、『鞍馬 翼』はアルに話しかける。

 

「ロボット、乗れたな」

 

「ええ、感無量です! 作る方にも参加できましたし! ……でも、奪われちゃいました。やっぱり転生しても僕は駄目ですね」

 

 テンションが上がったかと思ったらすぐに急降下したアルに鞍馬はとある物を手渡した。それは、自分の好きな機体の特に好きな部位のみで構成されたアルや鞍馬にとって思い入れのある1機だった。

 スパイクのついた肩に仕込みナイフが折り畳まれた腕。バイザー付きの頭部に装甲を張り巡らせた胴体とずんぐりとした脚部。塗装がされている為、見た目的には問題はない。しかし、どこか『ツギハギ感』がある機体を手に取ったアルは、かつてこの機体を作って自分に贈ってくれた先輩の言葉を思い出した。

 

「1回や2回の失敗でお前を手放す会社じゃないよ……か」

 

「懐かしいですね。その後に先輩とコンビを組んで……色んな経験をしましたねぇ」

 

 成功や失敗、時には期限切れや立ち消えになったプロジェクトもあったが、車に轢かれるまで確かに自分はあの場所に入れたことを思い出したアルは強く頷いた。

 

「アディにも言われましたね。出来た事を出来たって言っても良いって。……1回失敗しただけで立ち止まるのは早計過ぎますね。汚名挽回しないと」

 

「アルフォンス……男の名前なのに……なんだ女か」

 

「船の爆発に巻き込まれそうですねっと」

 

 『汚名挽回』という言葉を聞き、某ロボアニメキャラのセリフを言った鞍馬を見て『やっぱり僕は僕ですねぇ』と苦笑したアルはその場に立ち上がる。すると、河川敷の風景や鞍馬の姿が薄っすらと透けていく。身に覚えのある感覚に夢から覚めるのだとアルは予感した。

 

「それじゃあ」

 

「もう臨死体験は真っ平ごめんですからね! 気をつけて!」

 

 鞍馬の言葉が聞き取れなかったアルは再度鞍馬に呼びかけるが、いきなり視界が暗転した。

 

 ***

 

 ゆったりと深呼吸が行えるほどの時間が流れ、穏やかな陽だまりの気配と鼻に広がる消毒液の匂いにアルは目を覚ました。現在地を確認しようとアルが横を見ると、エドガーと思われる人物の拳をヘルヴィが優しく握っている光景が見えたので、アルの表情がどこかのスナギツネのような虚無の表情になる。

 

(目覚めたらストロベリー展開だったんだけど……質問ある?)

 

「ちょっ、待って!」

 

「うぉ!? なんだヘルヴィ!?」

 

 頭の中でクソスレを立てながらもそもそとシーツに潜り込んだアルに、ヘルヴィが寝ているエドガーの寝台に膝を置きながら手を伸ばす。いきなりの事態に驚くエドガーをそっちのけで、ヘルヴィの視線の先に居たアルはサムズアップを送りながら冷めた口調でヘルヴィに語りかけた。

 

「大丈夫です。ええ、大丈夫です。全部理解しましたので大丈夫です。とりあえず立ち上がれないので僕は2度寝しますので。……グンナイッ!」

 

「グンナイじゃないから! そんなんじゃないから! 絶対そんなんじゃないから!」

 

 割と脈あり側のガチっぽい返答と形相に、『えー、ほんとにござるかぁ~?』と追撃しようとしたアルは黙ってしまう。そのままベッドから這い出すと、両手や両足を動かし、首をグリングリンと動かしながら右目、左目、耳と確認できる器官を順番に確認していき、やがて全て問題ないことが分かると一安心する。

 

「そ……けほっ。そういえば、僕らがここに運ばれてからなにがあったんですか?」

 

 いがらっぽい喉をなんとかしようとアルは近くに合った水瓶を手に取ると、注ぎ口に直接口をつけて水分補給を行う。アルの中の野生を垣間見たヘルヴィは意外そうな顔をしながら先ほどエドガーに話した内容をもう一度話し出した。

 

 要約すると『1機の新型機は奪われたが、今度は発案者であるエチェバルリア兄弟が狙われかねない。なので、今後は2人の指示に耳を傾けることができる騎士や鍛冶師がいる環境で働いてもらう形になる。おや、そんな人材が都合良く卒業しつつあるぞぉ? これは母校のライヒアラ騎操士学園を仮の拠点とした騎士団を作るしかないな! 体裁整えとくからラボの鼻をへし折る一品をしくよろ! (訳:アルフォンス・エチェバルリア)』とのことらしい。アルはエルの『調整面倒くさい! 新型作りたい!』という我が侭を国王に言ったことに少しめまいを覚えたが、代わりに盛大なため息を吐く事で事なきを得る。

 

「騎士団は辞退もできるんだけど……あ、アル君も護衛対象だから強制参加だった。ごめん」

 

「うい」

 

 そんな会話をしている最中、医務室の扉が数回ノックされる。ヘルヴィが入室を促すと、扉の外から皮鎧を纏ったディートリヒがダーヴィドを伴って入室してくる。

 

「ヘルヴィ、一応要人護衛の訓練中なのに勝手に持ち場を離れる……のは……」

 

 どうやら医務室に要人がいると仮定した訓練を行っていたらしく、文句を言いながら視線を正面に戻したディートリヒの声が段々と小さくなっていく。その後ろに居たダーヴィドは中々前に進まないディートリヒに悪態をつきながら医務室の中に入ると、一瞬身体を硬直させるがすぐに大口を開けて声を発した。

 

「エドガー! 銀色小僧! やっと目ぇ覚ましやがったな!」

 

 口調は荒いが嬉しそうな顔をするダーヴィドに2人は揃って手を軽く上げる。すると、何かを思い出したダーヴィドはディートリヒに目配せをした。

 その視線に気づいたディートリヒは『分かった』という声とともに踵を返して医務室から出て行く。

 

「ん? 親方、ディーのやつはどうしたんだ?」

 

「ああ、銀色坊主と特別なお客様へ報告だ。ヘルヴィから騎士団については……聞いてるな。今は銀色坊主が俺達のトップだからな」

 

 ヘルヴィに確認を取りながら話すダーヴィドだが、その背後からノックの音が聞こえた。それを聞いたダーヴィドは『おいでなすったな』と呟くと扉をゆっくりと開ける。

 そこにはエルと学園長であるラウリ、そしてフレメヴィーラ王国の国王であるアンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラが立っていた。医務室に居たケガ人以外は示し合わせたかのように膝を床につけて礼をするが、エドガーやアルといったケガ人は思った以上に体が動かず、怪我による痛みによって愉快なダンスをベッドの上で踊っていた。

 

「よい、楽にせよ。……おぬし達も無理をするな」

 

「はっ、申し訳ありません」

 

 アンブロシウスは医務室に入りながら楽にするように言うと、医務室に備え付けてある椅子に腰掛けながらアルとエドガーの顔を交互に見る。『なんでいるの?』と言いたげな呆気にとられた顔をじっくりと検分したアンブロシウスは軽く笑う。

 

「おぬし達、顔に出ておるぞ。なぁに、銀鳳騎士団が学園を使うにあたっての大まかな調整をしておった所に副団長が起きたという報告を聞いてな」

 

「副団長?」

 

「あれ、アル聞いてなかったんですか?」

 

 どう考えても自分に不釣合いな役職の名前だったので隣のエドガーを指差しながら聞いたアルだが、エルは不思議そうな顔をしながら言葉で出来た鎌を振り下ろす。

 

「アルが銀鳳騎士団の副団長ですよ?」

 

「……」

 

「こやつめ、また固まりおったわい。やれやれ、ここらへんは今後に期待じゃな」

 

 硬直したアルにアンブロシウスは呆れていたが、アルの頭の中では『やだー!』と連呼しながらブレイクダンスを踊っていた。その後、何とか落ち着いたアルははっきりと『お断りします』と答えた。

 

「僕はまだ学生です。そんな資格はありません」

 

「銀鳳騎士団長もお主の幼馴染達も学生じゃぞ? それに資格というのなら新型機よりも先に新装備を開発したおぬしも大概だと思うがの?」

 

「ならば卒業予定の先輩方にお任せした方が……」

 

「おぬし達。この数奇者の隣に立てると思う人物に心当たりは?」

 

 アンブロシウスはエルを指差しながら質問する。その質問にエルとアル以外の全員がアルを指差した。全員の指がこちらに向いている事に気づいたアルは周囲をぐるりと見渡すと、確認の意思を込めて恐る恐る自分を指差すが、アンブロシウスとエルはただ頷くのみである。つまり、そういうことである。

 

「ですが! 貴族の方々がそんな銀鳳騎士団「モチロン最初はやっかみなどもあるだろうが、それにへこたれるおぬしらでもなかろう? それに作る前にそんな心配をしても仕方なかろう?」」

 

 この流れにデジャヴを感じたアルの顔にアンブロシウスは小さく鼻を鳴らす。

 

「おぬしが考えそうな事をワシが考えとらんと思ったか? ……それに、こうして解決策を次々といっていけばおぬしはやがて観念すると、とある情報筋から報告を受けているぞ?」

 

 快活に笑うアンブロシウスとは対照的に、窓の外──具体的にはフレメヴィーラ王国の台所と称される領土の方角に向かってアルは念を送る。

 

「そんな顔しないでください。護衛のしやすさとか僕達の姿を見て侮られない為に僕が言い出したことなので……」

 

 残念そうな顔をしながらなだめるエルにしぶしぶ『拝命します』とアルは頭を下げた。王族相手に失礼極まりない態度なのだが、起きたと思ったら銀鳳騎士団に強制的に参加させられ、さらに副団長に任命されたという異例中の異例の事態なのだ。混乱しているのだろうとアンブロシウスは先ほどの会話を聞かなかったことにし、話を切り替える為に手を叩いた。

 

「では改めて副団長、アルフォンス・エチェバルリアよ。1つ報告してもらおうか。カザドシュ事変でおぬしは新型機を追いかけて負傷したと騎士団長から報告を受けているが……なにがあった?」

 

 アンブロシウスの問いにアルはダーヴィドと分かれた時からテレスターレに逃亡された時までの様子を詳しく報告した。報告が続くにつれてエルやアンブロシウスの表情が厳しい顔になっていくが、アルは気にせずに『以上です』と報告を終わらせた。

 

「アル、それだけですか?」

 

「? ええ、戦闘したのですが最終的に逃げられてしまいました」

 

「ふぅむ、それだけだとあまり褒められる報告とはいえぬな」

 

 アンブロシウス達が不満な理由がいまいち不明瞭なので、アルは再び自分の行った報告を頭の中で反芻させる。反芻した結果、『エドガーと共闘した後、様々な失敗の末に逃げられた』ことがよく分かる報告だと自負したアルは『どうして?』という疑問を噴出させていた。

 

「陛下! 副団長はモートルビートというシルエットナイトより小さい機体で奮戦しました! 責を負うならばナイトランナーである私に「控えよ」」

 

 アルに責任を負わせようとしているような雰囲気にエドガーが口を挟むが、アンブロシウスは制止の声を口にする。それによって口を挟めずに歯噛みするエドガーにエルはアルにばれないように口元に1本の指を寄せる。

 

「……あっ」

 

 アルが唐突に声を上げるとアンブロシウスとエルの方を向きなおす。『もう一度報告させてください』と頼み込むと、アンブロシウスは笑顔で『申してみよ』と許可を出す。

 

「では──」

 

 アルが再度報告を行う。それは先ほどと代わり映えのしない報告だったが、『逃走を許してしまいました』という先ほどの報告の締めくくりである言葉の次に『しかし』という言葉が付け加えられた。

 

「しかし、エドガー・C・ブランシュとその乗機のアールカンバーを危機から救いました」

 

 その報告を聞いたアンブロシウスは静かに頷く。そう、アルの報告は『失敗したことしか』話していなかったのである。いくら上司が聖人君子でも、失敗したことを羅列する報告をすれば怒るのは当たり前である。しかし部下気質が未だに抜けないためか、『上司にどのような失敗をしたのか詳しく説明する義務がある』と思い込んでいるアルは報告の全てを失敗談で埋め尽くしまったのだ。

 

「後は賊を1人捕縛したとか色々端折っている報告もありますが……出来た事を出来たって言えたのはプラスですね」

 

「面目ない……失敗した事を詳しく説明しないとって思ってました」

 

「別に失敗を報告するなとは言ってませんよ。ただ、僕達は騎士団のトップです。そんな簡単に失敗を認めたらいらぬ誤解を生みますし、周りからの信用も失ってしまいます。なので、出来た事は胸を張ってください」

 

「左様。しかし、これは経験が物をいうからな。励めよ?」

 

 アンブロシウスやエルから軽い苦言を言われたが、アルは元気に返事をする。その返事にアンブロシウスは側に控えさせているラウリから2枚の紙を受け取るとエルとアルに手渡した。

 

「銀鳳騎士団で使用するシルエットナイトの納品予定書ですね」

 

「大半はクヌートの朱兎騎士団のカルダトアだが、先の事件で搬入元のカルダトアがかなりやられてな……カルダトアは先送りになる」

 

 『本命はこっちだ』とアンブロシウスの指がアルの持っている紙を指し示す。聞いた覚えのない機体名なのでアルは聞きなおすとアンブロシウスは少し驚いた顔を見せた。

 

「おぬし、ディクスゴード公爵に見せた設計図はあれを基にしてるのではないのか? 公爵からアルフォンスがあれに興味があると聞いておったのだが?」

 

「僕もあれをモデルにしてると思ってました」

 

 アンブロシウスやエルのいう『あれ』とは、『ラーパラドス』と呼ばれる幻晶騎士(シルエットナイト)のことである。

 その幻晶騎士(シルエットナイト)は、兜の円周上に配置された角はまるで冠を被っていると思わせるような独特の頭部をしており、あちこちから無駄にトゲが生えているという盛過ぎなデザインと緑系の機体色と相まってどこかサボテンを思い起こさせる。控えめに言っても悪趣味な外見の為に実習機の予備機というかわいそうな烙印を押されて工房ではなく、別の場所で埃を被っていた幻晶騎士(シルエットナイト)である。

 

 学園中の幻晶騎士(シルエットナイト)に関する事についてはそれこそ舐めまわすように網羅しているエルはともかく、出ている授業の比率が多いので実習で使用する機体しか知らないアルにとってはそんな機体が保管されている事自体知らなかった。

 

「え、そんな機体知らない……」

 

 アルはそう言いながら先ほどアンブロシウスの言っていた設計図を書き出す。図面は既に何度も書いているし、頭の中に記憶しているアルはものの数分で書き出した図面をエルに『公国系のスパイク』と耳打ちして手渡した。

 

(あー、確かにこのスパイクは公国系ですね。頭部と胴体は地球側のものですし……)

 

「すると弱ったのぅ。先ほどラーパラドスを銀鳳騎士団に引き渡す為に婿殿……エチェバルリア教官に運び出すように指示したところなのじゃが」

 

「いえ、頂戴いたします。するとこの機体は僕の機体となるわけですか?」

 

「左様。偵察……リーコンと言ったか? それの開発や運用実験。試作シルエットアームズの開発。功績はちと足りぬが。先払いじゃ、持って行け」

 

 棚からぼた餅ならぬ『棚から幻晶騎士(シルエットナイト)』の展開にアルの頭の中でカーニバルが開催される。さっそくエルから書いた設計図をひったくるとダーヴィドを側に呼び寄せ、目の前に設計図を突きつける。

 

「親方、副団長命令です。これ作ってください!」

 

 その真剣すぎて焦点が合っていない目に若干怖くなったダーヴィドはどもりながら了承すると礼も忘れて医務室から飛び出していった。

 

「はふぅ……自分の……シルエットナイト……専用機……ウェヘヘ……」

 

「エルネスティ、あやつは気でも違うたか?」

 

「いえ、シルエットナイトが手に入ったので少し夢の世界に旅立っただけです」

 

 『僕もたまになりますよ』という爆弾発言にアンブロシウスは『銀鳳騎士団の設立は早まったかもしれん』と小指の先ほど後悔したが、すぐに自身の手を強く叩いてアルを夢の世界から現実へ引き戻す。

 

「アルフォンス。先ほどワシは先払いと言ったな?」

 

「はい」

 

「ではさっそく働いてもらおう。ラウリ」

 

 アンブロシウスの言葉にラウリがアルの前に立つと1枚の紙をアルに手渡した。上部には『教員採用試験志望用紙』と書かれ、プロフィールや自己診断を記載するための空欄が所々に存在していた。

 

「(うわぁーい、エントリーシートだぁ☆)お祖父様、これは?」

 

「うむ、今後は新型機の学習も取り入れないといけないと先ほど陛下やエルに言われての。それを教える教官を決める時に……」

 

「僕と陛下が推薦しました!」

 

「なにやってんだよ団長!」

 

 ノータイムつっこみである。アドレナリンが多量にでているような極度の興奮状態で包帯が巻かれた腕をベッドに強く叩きつけながらアルは抗議する。その音にエドガー達は顔を背けたが、エルはアルの顔を覗きこみながら優しく語り掛ける。

 

「アルフォンス・エチェバルリア。騎士団長命令です。やりなさい! ……いえ、命令はだめですね。今後、間違いなくテレスターレの技術を応用した機体が生まれます。ですが、それをちゃんと教えられるような人物は銀鳳騎士団の中にしか居ません。それに貴族から陛下肝いりの騎士団が働いていないと追及されるのを避ける為、『テレスターレの技術と共に戦闘法を検証する騎士団』という形で、新たな機体を作る時間稼ぎをお願いしたいのです」

 

 テレスターレの技術は間違いなくフレメヴィーラ中、もしかしたらセッテルンド大陸中を震撼させるかもしれない技術だということはアルも同意する。そして、それの構造について教鞭を取れるのは実際に作り、動かした銀鳳騎士団の面々であることも理解できる。貴族への対応もアンブロシウスから知恵を貸してもらったのか納得が出来る言い分だ。

 

 だが、アルはその教官というポジションに齢10歳そこらの少年を据える理由について問うと、エルは気恥ずかしそうに頬を掻きながら『これは僕の我が侭なのですが』と口にする。

 

「銀鳳騎士団の中で誰が適任かという話になった時に僕はアルしか思いつかなかったんです。僕と同レベルの知識、僕と似たような考え、それらを持つアルにやってほしいと思っちゃったんです」

 

 まさに我が侭と言った理由にアルの腕がじんわりと熱を帯びていく。『馬鹿げている』と頭の中で思っていてもそれが声に出てこなかった。周囲がシンと静まる中、アルは深い息を吐きながら先ほど頭で思っていたこととはまったく別のことを口にした。

 

「分かりましたよ。やればいいんでしょ! やれば」

 

 半ばやけくそのような口調だったが、了承したアルにエルは思わず抱きつく。野朗に抱きつかれたことで不快指数が少し上がるが、エルの体温に自分が生きてライヒアラに帰れた事を今更ホッとする。

 

(ま、僕があの悪夢で潰れなかったのはこの人のおかげですし……その時のお礼ということにしておきましょうか)

 

 夢の中で握り締めたプラモデルの感触を思い出すように包帯がぐるぐると巻かれた手をじっと見るアルだが、喜ぶエルを少し押しのける形でラウリは残る紙束をアルのベッドに置いた。

 

「アル、すまんが無条件でアルを教官にすると余計な軋轢を生むからの……これらの試験に加えて面接を受けてもらう」

 

 『文学』や『数学』といった基本学問をはじめ、『幻晶騎士(シルエットナイト)学』や『構文学』といった専門学問に『礼儀作法』や『踊り』といった宮廷作法といった試験の数々にアルはげんなりする。その顔を見たエルは元気付けようとアルの肩を叩きながらサムズアップを送る。

 その肩ポンに尋常じゃない寒気を感じたアルは、先ほど叩き付けた腕の痛みも相まって凄まじい叫び声をあげた。




イカルガついに予約開始! もちろん予約しましたとも!
グリグリ動くラーフフィストの稼働率を見て「よく操縦できるなエル君」と思ったのは内緒

先生!ツェンちゃんのプラモ化はまだですか!

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