銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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39話

 アルフォンス・エチェバルリア。銀鳳騎士団の副団長にしてライヒアラ騎操士学園の教官である。

 そんなカンカネンで流行ってそうな劇の主人公のような彼だが、恩恵ばかり受けているわけではない。むしろその逆……端的に言えばそれぞれの業務が複雑に絡み合ってクソ忙しい状態なのである。

 

 本日は彼の1日、とりわけ緩やかに流れた西方歴1277年の仕事納めの日に焦点を当ててみる。

 

***

 

 外はまだ暗く、朝か夜かも分からない時間帯。アルは底冷えする寒さに身を震わせながら起床する。本日の準備を終えて扉を開ける前にアルは横を見ると、未だに夢の中に居るエルと『散々心配させた罰』という名目でエルを抱き枕にしているアディを見やる。

 

(ケータイがあれば弄りネタになるのに……)

 

 『にちゃり』という擬音が聞こえてきそうなほど楽しそうな笑みの後に残念そうな顔をしながらアルは階下に降りる。そして、手帳を取り出しながら昨夜に仕込んで台所に置いていたサンドイッチを手に取って胃に詰め込み始めた。

 

(えーっと、今日はシルエットナイト応用学の教官との認識合わせに、エドガー先輩達との歩行訓練……そんでシルエットギアの講習が数時間ほど……あ、親方から試作シルエットアームズ出来たって連絡あったんでしたっけ)

 

 もう一度言うと、これでもあまり仕事が無い方である。

 本来ならここからさらに各教官との勉強会を兼ねた新型機で使用された技術の説明や、幻晶甲冑(シルエットギア)に装着する付属パーツの要望の取り纏めやディスカッションといった学園の事に加え、エルの思い付きによる製図や盗難防止用の小道具を試作といった手伝いも入るので、再三になるがこれでも仕事が無い方である。

 

 なお、昨日にエルが『盗難防止用にパスワードに数回失敗したら起動する自爆コード作りましょう』といったとんでも提案をしてきたので、アルは結構遅くまでエルの相手をしていた。

 

 そうしている間にサンドイッチを食べ終えたアルはあくびをしながら扉に手をかけて寒空の中、ライヒアラ騎操士学園に出勤する。その後、息子と同伴出勤しようとウキウキ気分だったが、アルが居ない事に気付いたマティアスが廊下で『俺の事嫌いになった?』と震える声でアルに聞いてきたが、当の本人は何のことか分からなかったので愛想笑いをするしかなかったとここに記しておく。

 

***

 

 ライヒアラ騎操士学園の校庭で3機の幻晶騎士(シルエットナイト)がなにやら奇怪な動きをしていた。

 

「エドガー先輩! ちゃんと支えてくれてますよね? 絶対離さないでくださいよ! 絶対ですよ!」

 

「分かった分かった」

 

 紅の幻晶騎士(シルエットナイト)『グゥエール』の手にすがりつきながら背中を白の幻晶騎士(シルエットナイト)『アールカンバー』に支えてもらい、おっかなびっくりといった様子で歩行しているのは控えめに言って独創的なデザインのをしている緑色の幻晶騎士(シルエットナイト)『ラーパラドス』である。

 

 その様子を校庭の隅でヘルヴィと見学していたエルは『自転車にはじめて乗る子供か!』と冷ややかな目で見ていたが、ヘルヴィはどこか懐かしそうな眼差しでラーパラドスを見ていた。

 

「懐かしいわね。私も先輩にああやって支えてもらってたわー」

 

「ああ、アルがダメなわけじゃなかったんですね」

 

 エルの反応にヘルヴィは『そりゃそうよ』と昔に先輩から教えてもらった理由を話す。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は人が操縦する巨人である。ゆえに幻晶騎士(シルエットナイト)が転倒した場合は中の人──騎操士(ナイトランナー)にその衝撃が届いてしまい、ケガの原因になってしまう。なので最初は先輩に支えてもらいながら歩行訓練を行い、徐々に倒れたときの心構えや姿勢を学んで行くのが伝統なのである。

 

「あっ……」

 

 そして、『いたずら』や『もう大丈夫だろうという根拠のない確信』によってどちらかが支える手を放してしまうことで幻晶騎士(シルエットナイト)が転倒してしまうのもまた……伝統である。

 勢いよく倒れたことによってラーパラドスの肩などに備え付けられた突起が折れ、頭部に施した冠のような意匠も綺麗に取れてしまう。

 

「あー……アルフォンス。すまない。もう大丈夫だと思ったんだ……すまない」

 

「あ”あ”ぁ”! ぜんぱいはなざないでっていっだのにぃぃ!」

 

 若干汚い高音を出しながらアルは頭を抱えて胸部装甲から這い出して来る。幻晶騎士(シルエットナイト)が子供に平謝りしている異様な空間に微妙な顔をしたエドガーは操縦席に備え付けてある救急道具を持ちながら外へ出る。

 

「アルフォンス、どこか打ったのか?」

 

「操縦桿におでこぶつけました。ディー先輩、今からお昼なので皆の分のミートパイ買ってきてください」

 

「えぇ、それは横暴じゃないかい!?」

 

 有無を言わさずに食堂のほうを指差すアルにディートリヒは『まったく……偉そうに』と文句を言いながら駆けて行くが、ふと『そういえば偉かったな』と考えを改めつつ校舎に入っていく。

 

「うーむ、やはりフルコントロールじゃないと操縦が難しいですね。いっそ常時フルコントロールをすれば」

 

「親方とかが悲鳴を上げるからやめてやってくれ」

 

 学園側の幻晶甲冑(シルエットギア)のおねだりのせいでラーパラドスのお色直しは未だ保留中である。その状態で直接制御(フルコントロール)をしたが最後、機体が極めて残念な状態になってしまう。そして、そのラーパラドスの惨状を見た銀鳳騎士団の命綱である鍛冶神ダーヴィドは間違いなく怒り、アルに鉄槌を下すだろう。アルは降りかかるだろう『鉄槌(ゲンコツ)』に身震いして小さく『止めときます』と答えた。

 

「それでいい。……しかし、まだその手が治っていないな」

 

 エドガーがアルの手を見た後にぽつりと呟く。アルの手には火傷の痕、テレスターレから放たれた法弾の余波を受けた時の傷が残っていた。

 

「お医者様には痕が残ると聞かされてたんで、気にしていませんよ。それに、『この屈辱(キズ)は忘れん!』って感じでかっこよくないですか?」

 

「すまん。それはよく分からないが、気にしてないならいい」

 

 アルの謎理論に付き合わされること数分、ようやく食料を持ったディートリヒが帰ってきたので昼食を軽く取り、また訓練が開始される。ちなみにアルの謎理論を聞いたエルは心の底から『分かる!』と同意を示していた。

 

 訓練を再開してから数十分、とうとうラーパラドスが掴まり立ちを卒業する。何度か転びながらもアルはラーパラドスを立ち上がらせながら歩かせ続け、1時間もするとその辺をひょいひょいと歩くようになっていた。その呑み込みの早さにヘルヴィは驚いていたが、エルは『僕と同じ人種ですからね』とさも当然のような反応を示していた。

 

「む? アルフォンス、そろそろ時間じゃないか?」

 

 ラーパラドスの肩をアールカンバーで掴みながらエドガーは言葉を発する。

 幻晶甲冑(シルエットギア)の講習は3日に数時間とかなり適当に進行していくのだが、ライヒアラの学生だけではなく教官も参加している為、開始時間には一層注意しないといけない。

 

 ただ1つ言っておくならば、そもそもこの講習はアルが申請を出した物ではない。

 アルが本来担当する予定の幻晶騎士(シルエットナイト)応用の授業は次の年度まで行われないので、幻晶甲冑(シルエットギア)という新たな作業機の登場に狂喜乱舞した教官や学生がこぞって『割かし暇だろう?』とアルを説得。それに根負けして許可を取ろうとした矢先に『取って来ました!』と数人の教官が許可証片手に突撃してきたので、その行動力に若干引きながら教官役を引き受けただけなのである。

 

 ちなみに前回までの反省を活かし、クヌート経由で外部協力者に『虫』や『宿主』の存在を確認してもらっているので、アルは安心して講習を行っている。

 

「そうですね。ではこのまま行って来ます」

 

 アルは鐙を踏み込むとラーパラドスを集合場所まで歩かせる。その慣れたような足取りにエドガーとディートリヒは一安心とばかりに息を吐いて工房へ戻っていった。

 

***

 

 校庭から少し離れた広場には幻晶甲冑(シルエットギア)の操作方法について指導を受ける為、学生や教官が20名ほど集まっていた。彼らの前には銀鳳騎士団が量産した幻晶甲冑(シルエットギア)が並べられており、バトソン率いる中等部から騎士団入りした幻晶甲冑(シルエットギア)作りのスペシャリスト達が彼らから少し離れた所で列を作ってアルの到着を待っていた。

 

「そろそろシルエットギアに搭乗お願いします」

 

 バトソンが慣れた調子で号令をかけると、同じく慣れた調子で学生や教官達が幻晶甲冑(シルエットギア)に搭乗していった。多くの幻晶甲冑(シルエットギア)から奏でられる圧縮空気の音と同時に緑色の幻晶騎士(シルエットナイト)が広場に到着する。

 

「すみません。遅れました」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の胸部装甲が開かれ、中から銀色のガントレットを装備した子供が姿を現した。子供は軽く腕を振るうと、幻晶騎士(シルエットナイト)は意志があるかのように自らの手を胸部装甲の側に待機させ、子供の足場を作る。手の上に子供が乗ると、幻晶騎士(シルエットナイト)はそのまま駐機体勢をとりながら手を地面に向かって下ろしていった。

 

「なぁ、あのシルエットナイト。無人で動かなかったか?」

 

「2人乗りとかじゃないですか?」

 

 なにやらぼそぼそと話し込んでいる教官達に一礼し、アルは未だに幻晶甲冑(シルエットギア)が装着出来ていない学生の前まで歩く。その学生は搭乗こそしているが、前面装甲が閉じずに四苦八苦していた。

 

「今日のはずれは君ですね」

 

「エチェバルリア教官、すみません。すぐに動かします」

 

 慌てているからかちょっと涙声になりながらも急いで準備する学生をなだめる為にアルは『待った』をかけて動きを止めさせる。

 

「慌てるのも無理はないですが、毎回別の人が何らかのトラブルを起こしているでしょう? 皆さんにももう一度言っておきます! このようなトラブルがあった場合は無理に動かすのはダメです! 手順を1からやり直してどの部分から想定通りの反応をしないか確かめてください! この『抜き打ちトラブル』はその為の訓練です!」

 

 そう、このトラブルはあらかじめアルがバトソンにお願いしてわざと不具合を起こすようにしているのだ。幻晶甲冑(シルエットギア)は銀鳳騎士団が作成した物である。しかし、いつまでも銀鳳騎士団がそれの制作や修理をするのは本来の趣旨から外れ過ぎる。

 それを解決する為、アルは『トラブルへの対処や修繕も含めた運用が個人や集団で出来るように』このような突発的な不調を想定した訓練とそれに対する指導を徹底していた。

 

「落ち着いて……まずはどこから出来ないか確認してみましょう。皆さんも集まってください。皆で問題点を見つけてみましょう」

 

 トラブルが起こった学生の周りに全員が集まってくる。出来ていない人を例題にするような教育法はあまり褒められた物ではないのだが、学生達に実際にどこがおかしいのか説明する能力を身につけてもらい、かつ皆で問題を解決する事で連帯感を培って欲しいとアルは考え、トラブルが起きた場合の指導はこのような方法を取った。

 

「どこからおかしいんだ?」

 

「動かそうと所定の操作をしても反応しないんだよ」

 

「うーん……魔力が流れているか一旦調べよう。測定器持ってくる」

 

「じゃあ私は工具借りてくるね」

 

 学生達はトラブルに慣れた様子で原因を突き止めようと奮戦する。最初のころはトラブルが起こった学生を見捨てて訓練を開始しようとした困った学生達も居たが、アルがアガートラームで幻晶甲冑(シルエットギア)をハッキングし、『動けるようになったら訓練して良いですよ?』と圧を込めた笑顔でそのまま放置したので、それを恐れて先に訓練を始めようとする学生は居なくなった。

 ちなみにきついお灸を据えられた学生達は学生のまとめ役として活躍しており、アルは『2期の講習があったら絶対アシスタントとして彼らを使おう』とひそかにロックオンしていた。

 

「アルフォンス教官、我々も参加していいかな?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 魔力を測定したり、起動手順をもう一度行ったりと原因を探るが一向に分からない学生達に援軍として教官達が合流した。教官の1人がおもむろに幻晶甲冑(シルエットギア)から降りると、未だに動かない幻晶甲冑(シルエットギア)に乗っている学生に声をかけた。

 

「君、このシルエットギアに乗ってみなさい」

 

 言われたように幻晶甲冑(シルエットギア)を乗り換えた学生は起動用の魔法術式(スクリプト)を流し込むと、前面装甲が閉じて一連の動きが出来るようになった。それを見て少し考えた教官が周囲を見渡しながら手を上げる。

 

「誰か、マギウスエンジンの補助無しで動かせる人は居ないか?」

 

 教官の問いに『少しだけなら』という声を出しながら数人の学生が挙手する。その後、動かない幻晶甲冑(シルエットギア)に先ほど挙手した学生達を順番に乗せて『魔導演算機(マギウスエンジン)無し』で軽い動作をしてもらう。すると、先ほどまでうんともすんともいわなかった幻晶甲冑(シルエットギア)が学生の魔法術式(スクリプト)に反応してぎこちない動きを行った。

 

「アルフォンス教官、マギウスエンジンの故障ですね?」

 

 その解答にアルはにやりと笑いながらバトソンに合図を送る。その合図を見たバトソンは数人の団員と共に幻晶甲冑(シルエットギア)に近づくと、工具を使って幻晶甲冑(シルエットギア)の腰部分の装甲を丁寧に取り外した。

 

「マギウスエンジンはここにあります。今回の不具合は……これですね。マギウスエンジンがシルバーナーヴに接続されていません」

 

 アルが説明すると同時にバトソンが魔導演算機(マギウスエンジン)幻晶甲冑(シルエットギア)から引き出した銀線神経(シルバーナーヴ)を掲げる。確かに魔導演算機(マギウスエンジン)のどこにも銀線神経(シルバーナーヴ)が接続されていないので、原因が分かった学生は『なるほど』と納得した。

 

「では……君、後は何をすれば良いか分かりますね?」

 

「は、はい!」

 

 先ほどの抜き打ちトラブルに引っかかった学生は、バトソンから魔導演算機(マギウスエンジン)銀線神経(シルバーナーヴ)を受け取るとその2つを接続し、幻晶甲冑(シルエットギア)に乗り込んだ。起動用の魔法術式(スクリプト)を流し込むと接続された魔導演算機(マギウスエンジン)からは想定通りの応答を返し、圧縮空気の音と共に前面装甲が閉じられる。

 

「お見事です。それではマギウスエンジンを元に戻してっと」

 

「教官! 皆も手間取らせて申し訳……あれ?」

 

 アルが魔導演算機(マギウスエンジン)を元の場所に収めていると、上から困惑している声が聞こえた。魔導演算機(マギウスエンジン)を戻して立ち上がると、唸りながら体を動かそうと四苦八苦する学生の姿が見える。数分もがいたり唸ったりするが、やがて『動きません』と脱力しながらアルに告げた。

 

「え? ちょっ……バトっさん、皆! 集合っ!」

 

「お、おう」

 

 アルは割りとガチめの救難要請をバトソンに送る。慌てた騎士団の面々は先ほどの幻晶甲冑(シルエットギア)に集まり、先ほどの巻き戻しのように腰の装甲板を外すと中の魔導演算機(マギウスエンジン)を引っ張り出した。

 

「動きます?」

 

「あ、動きました」

 

 ここで動かないでくれたらただの魔導演算機(マギウスエンジン)の不具合という事で片がつくのだが、動いてしまったのでアル達は一旦自主訓練をしてもらうように指示し、幻晶甲冑(シルエットギア)の本格的な調査に乗り出した。

 バトソンが幻晶甲冑(シルエットギア)の本体を細かく見てまわっている間にアルは魔導演算機(マギウスエンジン)に繋がっている銀線神経(シルバーナーヴ)に自身のアガートラームを絡ませる。

 

 魔導演算機(マギウスエンジン)の中に入っている触媒結晶は、魔力ではなく魔法術式(スクリプト)を保持する性質を有している。具体的な製法やどのような触媒結晶を使用しているかは、エルがテンションを上げながら解析しているので分からないが、アルは『魔導演算機(マギウスエンジン)に保持している魔法術式(スクリプト)に何かしらバグがあるのでは』と推測した。

 

「アルー、こっちは異常ないよ?」

 

「こっちもです」

 

 点検して5分。幻晶甲冑(シルエットギア)にも魔法術式(スクリプト)にも異常が見られない為か騎士団メンバーに動揺が走る。自分達の気付かないバグに心拍数を上げるバトソン達だが、その中で副団長のアルは冷静に手帳にメモを書きながら深呼吸する。

 

「起こったものは仕方ないです。とりあえず僕は訓練に戻るんで、誰かこのシルエットギアを工房に運んでください」

 

 アルが魔導演算機(マギウスエンジン)を元の場所に戻そうと力を込める。すると、ふいに『カクンッ』と妙な手ごたえが手の平に伝わった。先ほど戻したときとは異なる出来事にアルは物は試しと、先ほどの学生を呼んで動かすように頼み込む。

 

 自主訓練していた学生や教官もその様子を見守る中、動かなかったはずの幻晶甲冑(シルエットギア)が圧縮空気の音と共に前面装甲が閉じ、さらに腕を上げたり足を上げたりと動き出した。

 

「……バトっさん、まさか僕」

 

「うん。マギウスエンジン、完全にはめ込んでなかったんだね」

 

 あまりにも間抜けな原因に気力が削り取られたアルとバトソンはその場にへたり込んだ。

 その後、遅れを取り戻すように指導に勤しむアルだったが、頭の中では常に『パチリというまではめないからぁ!』という謎の声が反響していた。

 

***

 

「で、お疲れってか? 銀色小僧」

 

「そーなんですよー。あ、ちゃんとマニュアルにも追記しておきましたよ。『手応えがあるまで押し込んでください』って」

 

 工房の入り口から夕日が差し込んでくる時間帯。幻晶甲冑(シルエットギア)の訓練を終えたアルはラーパラドスを工房の入り口に置いて中に居るダーヴィドと話していた。話のネタはもちろん、先ほどの笑いとしてはインパクトに欠ける出来事である。

 

「で、試作シルエットアームズがこれですか」

 

 アルは台車に乗せられた試作魔導兵装(シルエットアームズ)を改めて検分する。それは全体こそ『タネガシマ』を大きくしたような形状だが、銃身の左右に鉄で出来た蛇腹状の部品が貼り付けてあった。

 

「そうだが……作ってて思ったんだがあれってなんだ?」

 

「あれで冷却できる……はずです」

 

「はずってお前な」

 

 蛇腹状の部品を指差しながら意図を聞くダーヴィドだったが、あまりにも根拠のない答えに脱力する。

 アルがやろうとしている事は『ヒートシンク』と呼ばれる放熱を目的とした機構である。PCの冷却にも使う部品なのだが、『PC組み立てるよりロボのプラモ組み立てたほうが楽しい』という人種のため、アルはその構造や原理を十分に理解していない。

 『たしかこんな形で、放熱中に風送っておけばいけるだろ』という安直な構想で取り付けたので、自分で設計した癖にその意図をよく分かっていないアルであった。

 

「まぁいい……クリスタルプレートはそこのやつを使ってくれ」

 

「分かりました」

 

 ラーパラドスに乗り込んだアルは試作魔導兵装(シルエットアームズ)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を装填する。そのまま工房を出ると演習場まで足を進めた。

 

「今回の目的は威力と冷却機構の試験に不具合の確認ですね」

 

 揺れる操縦席の中、アルは今回の試験目的を再確認しながら手に持っている試作魔導兵装(シルエットアームズ)を見てにやりと笑う。アルの頭の中ではこれを構えるラーパラドスの姿が鮮明にイメージされていた。

 

「お、アルフォンス。来たか」

 

「まだ準備中だから少し待っていてくれたまえ」

 

 演習場の真ん中には幻晶騎士(シルエットナイト)と同じ大きさの木人形が1本生えていた。その横でグゥエールとアールカンバーが金属の鎧をいそいそと木人形に装着しながら演習場に来たアルに声をかけと、『分かりました』と言いながらアルはラーパラドスを膝立ちにして試作魔導兵装(シルエットアームズ)に魔力を送る。

 

 試作魔導兵装(シルエットアームズ)幻晶騎士(シルエットナイト)以外の魔力源で法弾を撃つのだが、今回幻晶騎士(シルエットナイト)から魔力を送ったのは先ほどダーヴィドと話した『冷却機構』を確認する為だった。幻晶騎士(シルエットナイト)から魔力を受け取った試作魔導兵装(シルエットアームズ)は風切り音を立て始める。その音を操縦席から聞いたアルは、試験の第1項目が期待していた結果になったことを喜ぶ。

 

「すごい音が聞こえるが大丈夫か?」

 

「あ、はい。問題ないです。設置ありがとうございました」

 

「親方達も来たみたいだし始めよう。ディー、離れるぞ」

 

 そうこうしている内に鎧を着込んだ幻晶騎士(シルエットナイト)級の木人形の準備を終えたエドガーは盾を構えながらダーヴィドの前に壁を作る。ダーヴィドもアールカンバーの影から出ないように指示を出しつつ、幻晶甲冑(シルエットギア)を着込んでいる団員に盾を持たせて自分達を守る防壁を構築した。

 

「銀色小僧! 準備できたぞー!」

 

 拡声器越しのダーヴィドの声にアルは木人形に向けて試作魔導兵装(シルエットアームズ)を構えて引き金を引く。タネガシマと同じように銀線神経(シルバーナーヴ)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)に触れ、銃口付近の紋章術式(エンブレム・グラフ)へ魔力が流れ込む。そして、銃口付近から真っ赤な炎弾が一直線に飛んで行き、木人形の上半身を一瞬で消し炭に変えた。

 

 炎弾はそのまま真っ直ぐ飛び続け、演習時に幻晶騎士(シルエットナイト)が入場する際にくぐる出入り口に設置されている金属製の落とし格子にぶち当たって盛大な爆発を起こした。

 

「なん……っつー威力だ」

 

「あれ、親方。なにか変な音聞こえません?」

 

 金属の鎧を装着した木人形は上半身が完全に消えうせ、着弾した落とし格子もなにやら酷い状態になっている。思えばタネガシマで戦術級魔法(オーバード・スペル)ぐらいの物を撃てたのだから、それを大きくした物だとそれ以上の威力が出るのは当たり前の事である。

 エルは『実用化する為にどうすれば良いか』と顎に指を置いて考えていると、メキメキという懐かしい……具体的に言えば綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が出来た時のような『異音』が聞こえてきた。

 

「退避! 退避ぃ!」

 

 エルが声を張り上げると同時に試作魔導兵装(シルエットアームズ)を持っていたラーパラドスの腕が根元からもげた。その衝撃に全員が騒然とする中、アルが一言『もげました』と報告する。

 

「アル! 冷却機構確かめてください」

 

「は、はい! ディー先輩、ちょっとここについてる金具を取り外してください」

 

 ラーパラドスが残った方の手で試作魔導兵装(シルエットアームズ)を持ち直して魔力を流し始めると、風切り音と共に生暖かい空気がエル達の顔面に直撃する。起動を確認したアルは近場のディートリヒを呼ぶと、銃身にくっついている金具を外すように指示する。動揺しながらも指示通りにグゥエールで一つずつ慎重に金具を外していくと、銃身を形成するパーツが分解される。

 

「よし、シルバーナーヴは溶解はしてねぇな。ストランドタイプにして正解だったぜ」

 

「ですが、所々切れてるところがありますね。空冷自体僕らも門外漢なので別の方法も試したほうが良いかと」

 

「その前にあの腕だ。どうすんだよ。1発撃つごとに腕をお釈迦にするなんて使えるってもんじゃねぇぞ」

 

 ダーヴィドは銃身部分とラーパラドスを見比べながら文句を言う。すると、その間にラーパラドスのエーテルリアクタを切ったアルがゆっくりと降りて来た。

 

「まさか自壊するとは……」

 

「テレスターレなら持つかもしれねぇが負担がでかいと思うぞ」

 

「むしろ腕は壊れる物! って考えて腕をとっかえひっかえするのはどうでしょう?」

 

 相変わらず奇抜なアイディアを爆発させるエルだが、アルはそれを無視して威力を低下させるというマイナスの考えを提案する。理由としては『強力過ぎる』のだ。

 確かにこれならば魔獣の甲殻を貫けるかもしれないが、炎弾の余波が大き過ぎて周囲に被害が出てしまう可能性がある。もし、この火力の持ち味を活かすのなら炎弾ではなくフレイムスピアのような槍状が良いのではないかとアルは提案する。

 

「なるほど、そこらも含めてアルは試作してみてください。とりあえず演習場は明日片付けましょう」

 

「銀色坊主、おめぇ仕事納め1日ずらしやがったな?」

 

 怒りの形相で睨むダーヴィドと団員に、エルは手を前に出しながら『まぁまぁ』といった後に咳払いをする。

 

「明日はひとまずこの演習場を片付けましょう。学園の施設なので壊したままはまずいです」

 

「それもそうだな。シルエットギアさえありゃ昼位には終わるな。ってぇことは明日は昼でしまいか?」

 

 ダーヴィドの問いにエルは人差し指を左右に振って『チッチッチッ』と舌打ちすると『年末といえば?』という問いを出す。その問いに何かを察したダーヴィドとディートリヒはにやりと笑い、『金は?』と聞く。

 

「ええ、銀鳳騎士団の運用資金からちょっと出しますよ。でも羽目を外さない程度なのでこのぐらいですよ」

 

 エルは両手を開いて前に出す。それは団員全員が腹いっぱいかつ、べろんべろんになるまで呑んでも御釣りが来るほどの金額だった。

 そう、エルが明日に仕事納めを持って来た理由は『忘年会』だった。普段、酷使というには生易しいほど働く団員(主に騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊)に少しでもお返ししようとエルとアルがひそかに予算と計画を練っていたのだ。

 本当はこの後にでもするつもりだったが、この惨状の中やるのはどう見ても後味が悪いのでエルは独断で予定を急遽変更する事にした。

 

「よっしゃあ! そうと決まったらとっとと帰って酒屋行くぞ」

 

「私はラーパラドスの腕を運ぼう! 親方は細かい部品とかの片付けを頼む」

 

 ここまで来てやっと忘年会を行う事が分かった団員達がテンションを上げながら風のように後始末を開始する。その輪の中から取り残された未成年の団員達はポツリと『現金だなぁ』と呟く事しかできなかった。

 

***

 

 その後、帰宅したアルは夕食をとって床に就こうとするが、エルが『金属を使って模型って作れませんかね?』という思い付きを言い出した。

 

「モックですか?」

 

「です」

 

 モックとは木材などで作られた製品の模型の事である。製品がどのようなデザインでどのような物なのかを相手企業に見せる事が出来るので、製品を販売する上では結構重要なアイテムだったりする。

 

 しかし、アルは睡眠スイッチがもう入っているので『親方とかバトソンにでも頼めば良いんじゃないですかー』と適当な事を言って床に入る。こうして、アルの比較的ゆるい1日が終了した。

 

 ちなみに忘年会時、麦で出来たジュースを誤って飲んだアルが『酔いながら数十台の幻晶甲冑(シルエットギア)と共に踊る』という仕事始めからハードワークが約束された事件をやらかしたので、銀鳳騎士団では『副団長麦シュワ禁止令』が出された。




おビール様が美味しい季節になりました

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