銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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今回は長いです すみません


銀鳳騎士団編 騎士団始動の章
40話


 新年が明けてから早いもので、半月ほど経過した。

 年明けでお祭り状態だったライヒアラの街もすっかり元の状態に戻り、道行く人々は日々の暮らしを謳歌していた。

 

(めんどくさい……)

 

 そんな町中とは裏腹に、アルはライヒアラ騎操士学園の廊下を心の中で溜息を吐きながら歩いていた。現在アルは様々な資料を抱え、さらに背中に木製の剣や盾、杖といった装備を括り付けている。

 アガートラームを装着し、身体強化を使いながら移動しているので重さはあまり感じないのだが、これから実施することに精神的な重圧がかかり、動かす足が重くなっていく。

 『兄さんが見たら脛弱そうと笑われそうだな』とアルが考えていると、アルの隣を歩く男がおずおずといった様子で声をかけてきた。

 

「アルフォンス教官、少し持とうか?」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 アルはその申し出を断り、その男は『そうか』と言って再び歩くことに全神経を集中させる。

 アルとその男──高等部の生徒指導や教官達のまとめ役を担っている教官は、お互いに気まずい空気だということを感じ取っている。

 だが、片や昨年に厳しい言葉をかけられた教官、片や厳しい言葉と共に不快感を全開にした雰囲気を出した教官である。そんな簡単に『俺達マジ友~』とはいかないのだ。

 

 まとめ役の教官も、ここ最近のアルの頑張りはよく耳にしている。各教官の下へ赴いて勉強会や新型機で実践した事の認識合わせをしたり、銀鳳騎士団で新しく作られた作業機械の講習を2つ返事で了承したりと様々な事を精力的に実践している姿はまさしく学び舎の教官の姿だった。

 ただ、講習を真面目に受けない人物へ向ける目や妨害した生徒に対する対応の荒さには目に余るものがあるが、それは今後次第と彼はアルに好意的な評価を下していた。

 

 そんな中、両者はとある教室で足を止める。

 

「ここですか?」

 

「はい。では私はこれで失礼します」

 

 触らぬ神になんとやら、といった様子でそそくさと退散する教官。その姿にアルは『最期まで着いていくぜ!』と誓い合った味方に置いていかれたような焦燥感を覚えるが、意を決して扉に向かい合う。

 

 なぜアルがここまで覚悟を決めているかというと、アルが行う幻晶騎士(シルエットナイト)応用学の授業のリハーサルを今から行うのである。

 しかし、当初は暇な教官達が『興味あるから聞きたい』と群れを成して来たのだが、数日前から申し出がぱったりと消え、逆にキャンセルが続出した。

 しかも、キャンセルをした教官のほとんどが『可哀想な物を見ている』かのような眼差しを向けてきたので聞き出してみると、どうやら『噂を聞きつけたお偉いさんが4人』と『用事のついでに見学するという騎士団』が参加するので萎縮したのだとか。

 

 扉の前でアルは思い当たる面々を思い浮かべては誰が来ているのか予測するが、学園の予鈴が鳴り響いたので慌てて扉を開けた。

 

「お、来たな」

 

「……」

 

 口周りに濃い髭を生やした偉丈夫が少し窮屈にしながら椅子に座っている姿にアルは開けた扉を再び閉めた。

 朱兎騎士団の騎士団長、『モルテン・フレドホルム』。アルとの出会いは数ヶ月前のカザドシュ砦だが、現在は『カザドシュ事変』で少なくない被害を受けているので騎士団の再編で忙しいはずである。

 

(いけませんね。疲れてるんでしょうか……今度兄さんに有給申請しないと)

 

 目を擦りながら再び扉を開けると、先ほどと変わりなく……いや、朱兎騎士団の見知った中隊長が自身の席を半分ほどモルテンに譲っている姿がアルの目に映った。

 

「お久しぶりです。フレドホルム騎士団長」

 

「エルネスティもそうだがお前も堅苦しいな。モルテンで良い。今回はなにやら授業のリハーサルをするらしいと閣下からお聞きしてな。カルダトアを届けるついでに見て来いと言われた」

 

 どうやら朝頃に響いていた幻晶騎士(シルエットナイト)の駆動音はカルダトアの物だったらしく、アルは色々納得した様子で頷くが、すぐに教室の奥の方に座るターバンを巻いた青年やいかにも工房で働く人間といった風貌の男女を見据えた。

 

「あー、やはりですか。……で、なんでオルヴァーさんまで居るんですか?」

 

「お久しぶりです。僕も近々君かお兄さんの所に行く予定だったんですが、陛下が面白そうな事を話していたので……あ、横に居る3人はラボの方々です」

 

 国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の所長、『オルヴァー・ブロムダール』の横で座っている3人がアルに会釈をしてきたのでアルも会釈を仕返す。確かにこの強過ぎる面子なら教官達が遠慮するのも無理はない。

 アルは1人で勝手に納得して授業を開始を宣言した。

 

「それでは、騎士団で開発した新型機。『テレスターレ』についての授業を始めさせていただきます」

 

 アルは黒板にデフォルメされたテレスターレの絵を書き、その横に大きく『綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)』という文字を書く。

 

「まずはテレスターレの代名詞の1つ。ストランドタイプについて説明いたします」

 

 アルは綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の開発理由から始まり、開発経緯や編み方を変えた時の膂力の差異など自分達が体験した失敗談を交えて説明を行う。

 アルは成功談より失敗談こそ価値が高いと思っている。失敗談を語れば原因も共有できるし、なによりどうすれば失敗するのか学習が出来るので、アルは授業を行う際には失敗談も交えて話している。

 

「クリスタルティシューの膂力に骨格が耐え切れないと仰っていましたが、現在はどのような固定法式を使用しているのでしょうか?」

 

「現在はクヌート・ディクスゴード公爵を主体としたカルダトア改造計画書に記載されている固定法式のここの部分を変更しています。この方式とストランドタイプによって膂力は飛躍的に増しましたが、逆に操縦性が悪くなってしまっているのが現状です」

 

 朱兎騎士団員の質問に、アルは本の図解を黒板に模写しながらダーヴィドから聞いた変更箇所にチョークで印を付ける。操縦性が悪化したという言葉にモルテンは『操縦性が悪くてあれか』と呟いた。カザドシュ事変で交戦したテレスターレは少なくとも実践に耐えうる挙動をしていたので、あれ以上が出来る可能性があると考えるだけで、自然とモルテンの期待値が膨れ上がった。

 

「次にバックウェポンについてですが……スクリプト関係の話が多くなるんですがよろしいでしょうか?」

 

 背面武装(バックウェポン)は一言で言うと『背中に魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせて狙いを付けれる機能』である。なので当然、『どのようにして動いているのか』という中身の話に重心が向いてしまうので、アルは一応参加者に問いかけた。

 

「ああ、スクリプト関係は少し待ってくれないかな? 僕達が来た理由はそれだからね」

 

「うぅむ、パーサーを連れてくれば良かったな。構造関係ならわかるのだが……すまないが別の話とかしてもらえないか?」

 

「分かりました。ではスクリプト関係は後でラボの方だけにお話します。……となるとテレスターレの運用法はいかがでしょうか?」

 

 アルは近くに座っている朱兎騎士団員を2人程呼び、モデルとして黒板の前に立ってもらう。するとアルは片方の団員に木製の剣と盾、もう片方の団員に木製の盾を2つ持たせる。そして、木製の杖を持ったアルが盾を2つ持った団員に肩車をしてもらい、剣と盾を持った団員に杖の切っ先を向ける。

 

「これは銀鳳騎士団のディートリヒ・クーニッツが発案した戦法なのですが、盾で防御を固めてこのようにバックウェポンで攻撃する運用法です」

 

「なるほど、防御をしながら攻撃が出来ると。あと、運用法で言えば4連装形態もあるのではないか?」

 

「はい、杖を4つ持った4連装形態は遠距離火力に特化した運用法ですね。さらにバックウェポンはこのように後ろにも法撃を撃てるので、撤退する際にも弾幕を張る事ができます」

 

 肩車された状態のアルは後ろに向けて杖の切っ先を向ける。それを見たモルテンや一部の団員が何かに気付いてわずかに顔を顰めるが、その反応に気付いてもなおアルは説明を続けるべく、肩車をしている団員に軽く耳打ちをした。

 

「後は1対1の状態ですが……このように相手の防御手段である盾をどかして、間髪いれずに法撃を叩き込む事も出来ます」

 

 肩車をしている団員が剣と盾を持っている騎士に近づき、相手の剣と盾を自身の手で押さえつける。そこにアルが杖の切っ先を相手の団員に向けながら説明する。これが実践なら法撃は間違いなく相手──幻晶騎士(シルエットナイト)に命中している事だろう。

 背面武装(バックウェポン)とした運用法にラボの面々は満足している様子だった。しかし、朱兎騎士団の面々はあまり受けが良くなかった。

 

「ありがとうございました。それでは、申し訳ないのですがラボの方々はちょっと教室を出てもらってもよろしいでしょうか? 朱兎騎士団の方々にちょっとお話があるので」

 

 団員の肩から降りたアルは頭を下げながら奥で聞いていたラボのメンバーに向かって退出するように頼み込んだ。アルの態度や教室の空気から『込み入った話』があると踏んだオルヴァーは、『皆さん、一旦出ましょう』と指示を出しながら退出していく。

 

「さて、モルテン騎士団長。先ほど説明した運用法ですが……」

 

「ああ、賊が行った物も混ざっていたな」

 

 モルテンや朱兎騎士団員の強い視線がアルに突き刺さる。その視線から懐疑的な印象を受けたアルは一言、『とある人が言ってました』と口にした。

 

「人間の方が間違いを起こさなければシルエットナイトも決して悪さはしないものなんです。だからテレスターレが砦を襲ったという事実はあっても、テレスターレを悪者にはしたくありませんし、その運用方法まで否定するような事はしたくありません。だから、僕はあえて賊が使った運用方法を話しました」

 

 それは、アルの心からの願いだった。テレスターレは確かに砦の騎士や幻晶騎士(シルエットナイト)に牙を向けたが、それだけで運用方法に対する視野を極端に狭めたくはなかったのだ。事情を聞いたモルテンはやがて睨むような目つきを元に戻すと、他の騎士団員と共に笑い出した。

 

「いやー、すまんすまん。いきなり賊の使った運用法を話す物だから我らに対する当て付けかと一瞬思ってしまった。理由があるなら構わんよ。むしろ賊はテレスターレを奪ったんだ。運用法ぐらいこちらが奪っても罰は当たらないだろう」

 

「あー……そこまで気にしていませんでした。すみません」

 

 配慮の足りなさにアルは頭を下げて謝罪するが、モルテンは笑いながらそれを受け入れる。その後、膂力についての説明に『どのぐらい膂力があるのかという例が無い』と朱兎騎士団員に指摘されるが、その直後に『模擬戦をやったことにして、ハイマウォートと同程度の膂力がある事が確認されたことにすればどうか』という提案をモルテン自身にされ、アルは授業用のカンニングペーパーにメモを残した。

 

 他にも様々な意見交換を10分程行うと、時計を見たモルテンは『いかん』と声を上げた。

 

「おや、もうお帰りですか?」

 

「ああ、カザドシュ砦は他から騎士やシルエットナイトをかき集めている状態でな。新しい編成の辞令を作らねばならん」

 

 朱兎騎士団員達は帰り支度をしてばたばたと教室を出る。モルテンもそれに続こうとするが、アルの方に向き直ると『今度、そちらの団長と一緒に私のハイマウォートも仕立て直してくれよ?』と茶目っ気たっぷりに問いかけてきたので、アルも『機会があれば是非』と返事をする。

 

「さて、僕らはそろそろ入っても構わないかな?」

 

「あ、お待たせしてすみません。どうぞ」

 

 オルヴァーが横から声をかけてきたので、アルは驚きながらもオルヴァーと共にラボから来た人物達を教室の中に招く。再度全員着席した所でアルは口を開くが、その前にオルヴァーは待ったをかけた。

 

「お話を中断してすみません。先に私達が来た理由から話しても?」

 

「ええ、構いませんよ。バックウェポンのスクリプトのことだと先ほどお聞きしましたが、なにかありましたか?」

 

 アルに言葉にオルヴァー以外の全員が表情を暗くする。その様子にラボのほうの開発が上手くいっていないことをアルが察したが、オルヴァーは空気を変えるように隣に座っている男の肩を突いた。

 

「実はその……バックウェポンのスクリプトなんですが……分からないんです」

 

「彼はラボの第三工房でパーサー長を勤めているクロード君。若手の中でとびきり構文学に詳しいんだ」

 

 オルヴァーの紹介をよそに、クロードの話を聞いたアルは頭の中で思案する。テレスターレで使用した背面武装(バックウェポン)魔法術式(スクリプト)は、確かに説明書として報告書に同封したはずである。説明書もエルが書き、アルも教員試験の勉強を一旦中止してまでレビューを行い、認識の相違から『お前どこ学じゃおらぁ!』、『ライ学(ライヒアラきそうしがくえん)じゃわれぇ!』とお互いの理論で武装をしながら殴りあったのも記憶にある。

 

(まさか途中で紛失した?)

 

 今までの経験から最悪のケースが容易に導き出されたアルの表情は青白くなり、恐る恐る『説明書はご覧になりましたか?』と不躾な発言をしてしまう。

 

「説明書というとあの紙の束ですよね? もちろん読みました。……なぁ?」

 

「ああ。おっと、第四工房でパーサー長をしているドミニクだ。全体的に分からなかったが、所々分かる所を見つけて解析するだけでも楽しくてな……つい、2日ほど何も食べずに徹夜してしまったよ」

 

 ドミニクという男の発言を聞いたアルは、『この人ら大丈夫か?』と2重の意味で心配する。構文師(パーサー)長というからには工房で働いている構文師(パーサー)のまとめ役のような役職なのだろうが、分からないという事がありえるのだろうかという心配が1つ。そして、『あー、兄さんと似てる』という自分のことを棚に上げた心配が2つである。

 

「わからないと言うと、どの辺ですかね?」

 

「それは私から……第二工房でパーサー長をしているミラーよ。まず説明書に書かれてる矢印とか図形の意味とかが分からないの。色んな図形が書かれていて意味があるのだろうけど……あと別の箱から引っ張ってきてるっていうのもよく分からないわね。同じ所に設定してあげれば一緒じゃない?」

 

「それは処理をクラスとして定義……あっ!!」

 

 アルはミラーの質問に答えようとした半ばで大声を上げるとその場で頭を抱えた。確かにエルやアルは説明書を作成した。作成したのだが、魔法術式(スクリプト)の動きを箱や矢印で記載する『フローチャート』という方式で書いてしまっていた。フローチャートには、例えば『ひし形の箱の中には条件で分岐する物を記載』というように、箱や矢印の向きや形で意味合いが大きく異なるので、意味が分からなければなにが書かれているのか分からないのは当然の事である。

 

 それにエル達が作成した背面武装(バックウェポン)魔法術式(スクリプト)には動かす角度を算出したり、法撃のフラグを動かして撃てないようにするといった様々な部品が存在する。そのような部品を入出力すると結果的にフローチャートも汚くなってしまう。もちろんアルもそこを指摘してエルと共に綺麗にはしていたのだが、何も分からない人にそんな物を渡しても通じるわけが無い。むしろ、『よく部分的に解読できたな』と賞賛するぐらいである。

 

「すみません。それは僕達のミスですね。ちょっと資料取ってきます」

 

「いえいえ、僕達も良い勉強をってえぇっ!」

 

 クロードが温和な表情をしながら話している間に、アルは窓に足をかけてそのまま飛び降りる。まさかの奇行にクロード含む構文師(パーサー)長達は窓に駆け寄るが、工房と思われる方に向かって飛んでいくなにかに思わず『なんだあの子供』とまるで珍獣を見るような視線を送っていた。

 

***

 

 工房にたどり着いたアルは近くの団員にエルの所在を問うと、一直線にエルの居る会議室へ足を運んだ。

 

「アル、今リハーサル中では?」

 

「いえ、非常事態です」

 

 アルは今までのことを端的に話す。すると、その場に居たダーヴィドが『乗り込んできやがったか』と腕を鳴らすが、アルは言葉でダーヴィドを制しながら会議室の戸棚から前にエルと作成したシルエットギアの教本を数冊程取り出す。

 

「あー、それはやっちゃいましたね」

 

「ええ、僕も馴染みがあるからつい取りこぼしてしまいました」

 

 『相手に分からないでしょ』と、現在取り出しているシルエットギアの教本を作成する時に指摘したことをすっかり忘れていた2人はそろって大きなため息をつく。しかし、時間は有限なのでエルは会議室を出ると、すぐに保存用に人力コピーしておいた背面武装(バックウェポン)魔法術式(スクリプト)が書かれた大きな紙を持ってくる。

 

「保存用 布教用 愛でる用と作っておいて正解でしたね」

 

「備えあれば嬉しいな。ですね」

 

 一部分だけ他の団員では理解できない単語が聞こえるが、アルもそれに賛同して紙を丸める。忘れ物がないか確認していると、ダーヴィドは何かを思い出したかのように手を叩く。

 

「銀色小僧。ラーパラドスのことだが、一応足は完成したぞ」

 

 ダーヴィドの指を指している場所を覗き込むと、トゲだらけの脚部がアルの視界に映った。アルの設計書通り、足首から膝にかけて大きな空洞がある異様な脚部は工房のクレーンに吊るされ、本体との接合を今か今かと待っているようだった。

 

「おー……でもトゲいらないですね。森の中入ったら絡まりそうですし」

 

「ああ、ラーパラドスに合わせるならトゲあった方が良いとかやたらと尖らせたがる団員が居てな」

 

「肩のトゲだけ残して全部トゲ失くしちゃって大丈夫ですよ。追加装甲を積む時に邪魔になりますし、修理したり調整する時にトゲに引っかかってケガする人居そうですし……操縦席に飛び込もうとして僕が串刺しになりそうですし」

 

 どこぞの全身ブレード装甲の機体じゃあるまいし、副団長機にそんなに手間はかけられないとアルはラーパラドスの全身から肩以外のトゲを取り去るように命じる。その命令に『肩はいるのかい?』とディートリヒは突っ込むが、アルは強く頷く。肩にトゲはアルの中では必須事項である。本当は肩も赤く塗りたいところだが、今は時間がないのでトゲを取り外す命令だけに留めた。

 

「ふふふ、アルの機体もまずは第1歩ですね。脚部のあの空洞はやはりアレですか?」

 

「ええ、アレの作成は兄さんにお任せします」

 

 『アレ』という言葉だけで構成された謎会話に会議室に居る全員が頭に疑問符を浮かべていると、唐突にアルが『ラボの人ここに見学に来てもらうのはどうでしょう』という提案をしだした。

 

「ほら、シルエットギアとか頭部兵装付のグゥエールとか試作シルエットアームズとか自慢……ゲフンッ紹介したい物が沢山ありますし」

 

「自慢……オホンッ紹介したいのは山々なんですが、先ほど皆に人馬型シルエットナイトの概要を説明してキックオフ宣言しちゃったので、工房に立ち入らせるのはちょっと止めてほしいです」

 

 心の奥底に秘めているはずの欲望を駄々漏れにしながらも、『一応ド肝を抜かせる相手』ということを認識しているエルは工房の見学にストップをかける。だが、それでも試作魔導兵装(シルエットアームズ)だけは自慢したいと、アルはついには会議室の机にしがみつき、イヤイヤと駄々をこね始める。これが銀鳳騎士団の副団長兼ライヒアラ騎操士学園に勤める教官の姿である。

 

「ラーパラドスが半壊してることを忘れてるわね」

 

「それほどストレスが溜まっていたんだろう。教官に副団長と激務だからな」

 

 ヘルヴィとエドガーはアルの激務を想像して生暖かい目を向け、アディは血走った目でアルを見つめるが、キッドにそれを制されるという極めて混沌に近い環境でディートリヒは手を上げる。

 

「それならば私のグゥエールを貸そう。親方、操縦桿周りのシルバーナーヴを継ぎ足してくれないかい?」

 

 突然の提案に周囲はディートリヒに目を向ける。それらの視線に少しビクつきながらディートリヒは1から説明を始めた。

 

「前提としてラーパラドスは……私のせいでもあるのだが、半壊状態だから動かせない。だから代わりにグゥエールをフルコントロールできる状態にすれば操縦席を調整しなくても試作シルエットアームズを操作できるだろう? それにグゥエールはストランドタイプを使用しているからラーパラドスのようには腕は取れないだろうし、事前に演習場で待機しておけば工房も見られない。……どうだい?」

 

 完璧だった。アルの要望に見事に答え、エルの指摘事項を見事に潰した完璧な作戦だった。『それなら良し』とエルのお許しが出たアルは、ディートリヒに抱きつきながら口を開いた。

 

「あなたが神か」

 

「そうだろう? ならこの前のミートパイ代を経費で落として「経費は駄目です」」

 

 急に表情が抜け落ちた顔をしたアルはサッとディートリヒから離れるとダーヴィドに『後はよろしくお願いします』と言い残し、机に十数枚のコイン……先日のミートパイ全員分の代金を置くと工房から素早く出て行った。

 

***

 

「……というわけでここではサブアームの角度を算出してメインに返してるわけです」

 

「なるほど」

 

「教官、それならばこのスクリプトをこっちでも流用出来るわよ」

 

「はー、なるほど。盲点でした」

 

 教室に戻ったアルが授業を再開して数時間が経過した。当然のように昼休憩なしで行われているこの授業だが、全員何も言うことなく授業を受けている。ちなみにオルヴァーは奇怪な目を向けながら昼食に出かけていた。

 

 最初は流れを説明するだけで今日が終わってしまうと危惧していたアルだったが、流石ラボの精鋭というのもあってか全員スルスルと知識を吸収し、現在はより深い部分の流れについて説明を行っている。

 

「あー、ここのスクリプトは」

 

「あ、すみません。僕達で答えを出しますので少々お待ちを」

 

 たまにクロードが『自分達で答えを出す』と主張してくれるおかげで理解度も把握でき、ミラーが自身の発想を交えた改善案を述べ、それをドミニクが一字一句逃さずにメモを取り、彼の隣に積まれている紙山がその高度を上げる。

 

(すごいチームワークだ)

 

 その流れるようなチームワークにアルは尊敬の目で彼らを見ていると、クロードがアルの説明しようとしていた魔法術式(スクリプト)の流れを導き出したので、アルは手を叩きながら『正解です』と賞賛した。

 それからさらに数時間後、昼休みもとっくに終わって他の教室では本日最後の授業が行われている時間帯。

 

「以上です。皆さんお疲れ様でした」

 

 アルの言葉に全員から拍手が贈られる。アルもまさか1日で説明書が読め、魔法術式(スクリプト)の改善案まで出るとは思わなかった。熱意を肌で感じたアルはクロード達に近づくと手を差し出した。

 

「皆さんの熱意、痛いほど感じ取りました。テレスターレをどうかよろしくお願いします」

 

「はい! ……と言いたいところですが、僕達も理解するのがやっとなので他の人に説明できるか微妙な所なんですよね」

 

「それに新型機開発は第1工房の担当だから……新型機には私達の改善案は積み込まれないかな」

 

 ミラーの言葉に『そうですか』と肩を落とすアルにドミニクはサムズアップしながら『心配するな』と声をかける。

 

「新型機の次は量産だ。そこにねじ込んでテストすれば良い。所長! それで良いですか?」

 

「僕もそのつもりだったよ。新型機はガイスカ君に口を出したらへそ曲げられそうでね。申し訳ないがアルフォンス君の授業の成果は正式量産機に乞うご期待かな?」

 

 国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)所長のお墨付きにアルはクロード達の手を握って『お願いします』と声をかけていく。やがてラボに帰る支度が終わった全員がアルの先導で教室を出て学園を出て行こうとするが、アルが校門とは違う方に向かっていることにオルヴァーは気づいた。

 

「アルフォンス君、道が違うんじゃないかい?」

 

「いえ、せっかく来て頂いたんですから僕が今開発している試作シルエットアームズを見ていってください」

 

「え? それは君のお兄さんには言ってるのかい?」

 

 帰ろうとしていたところにまさかの開発中の物品をお披露目である。オルヴァーは今回来た目的とライヒアラを赴く際にアンブロシウスから課せられた、『銀鳳騎士団の団長の了解を取っていないものを見学することは禁ずる』という制約に反しないかアルに確認する。

 

「大丈夫です。工房はちょっとお見せできませんが、これだけは兄さんから許可を取っています」

 

「ならば安心です。ところでアルフォンス君、話は変わりますが頭部兵装について報告が」

 

 オルヴァーの言葉にアルは反応し、歩きながらオルヴァーの表情を見る。残念そうな顔に嫌な予感を覚えたアルにオルヴァーは口を開いた。

 

「テレスターレのバックウェポンの影響で、ラボでは頭部兵装よりバックウェポンの方が使い勝手が良いという話になってね。頭部兵装の制式化は見送りになった」

 

「あー、確かにバックウェポンの方が使い勝手良いですからね」

 

 予想外の反応に『悔しくないのかい?』と思わず聞いてしまったオルヴァーだが、アルは『別に悔しくないですよ。作れて楽しかったですし』とルンルン気分で廊下を歩いていった。

 もちろん悔しいことには悔しいが、『プロジェクトがこける事は珍しいことではない』ため、お流れになったショックは少なかったりする。

 

***

 

 演習場では手には試作魔導兵装(シルエットアームズ)、左右のサブアームには銀製の筒を持ったグゥエールが待機していた。アルが合図を送るとグゥエールが駐機状態を取り、そこに大量の木人形を持ったアールカンバーが姿を現して木人形を一列に並べはじめた。

 

「アルフォンス、待ってたよ」

 

「すみませんディーさん。少し遅れました。こちらがシルエットナイトラボラトリの所長のオルヴァーさん、そしてラボの工房でパーサー長をしているお三方です」

 

 お偉方だと知ったディートリヒがペコペコと自己紹介をする中、アルはグゥエールの操縦席に飛び乗る。アガートラームに銀線神経(シルバーナーヴ)を巻きつけ、フルコントロールを実施するとグゥエールの面覆い(バイザー)が一際青く輝いた。

 

「アルフォンス! 準備できたぞ」

 

 準備を終えたことをアルに伝えたエドガーは、鐙を操作して法撃が当たらないように隅に移動する。それを見届けたアルは、グゥエールを膝立ちにしたまま、近くの台車に積み込まれた板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を1つ手に取ると、試作魔導兵装(シルエットアームズ)に装着して構える。

 

「オルヴァーさん、ちょっと操縦席でマナ・プールを見てもらっても良いですか?」

 

「おっと、僕かい?」

 

 突然の指名にオルヴァーは若干わくわくしながらグゥエールの操縦席の奥になんとか潜り込んだ。胸部装甲が閉じられ、幻像投影機(ホロモニター)には大量に並べられた木人形が映りこんだ。

 

「操縦桿は動かさなくても良いのかい?」

 

「僕も兄さんと一緒でマギウスエンジンを書き換えて動かす術を持っているので大丈夫です」

 

 いつ聞いても冗談としか聞こえない単語にオルヴァーは苦笑するが、現に操縦桿なしで試作魔導兵装(シルエットアームズ)を保持した腕が動いているので再度『とんでもない子供達だな』と半ば呆れた感想を呟いた。

 

「照準……よし。左右と後方の安全確認」

 

 グゥエールの首を回しながら周囲の安全を確認したアルが法撃命令を送る。すると、試作魔導兵装(シルエットアームズ)の銃口から槍状の炎弾が勢いよく飛び出した。

 これは先日の反省から威力を弱める代わりに槍状にして貫通力を上げた法弾で、運用実験時に厚さ1センチの鉄板を貫通させ、ダーヴィドを青ざめさせた一品である。

 

 そんな炎弾は1秒ごとに発射され、木人形を次々を破壊していく。だが、5体ほど破壊した所で法弾が出なくなったのでオルヴァーはアルにどうしたのか問いかけた。

 

「クリスタルプレートの魔力が底を尽きましたね。リロードするのでお待ちを」

 

 グゥエールが試作魔導兵装(シルエットアームズ)に装着した板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を外して地面に投げ捨てると、台車から新しい板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を手に取って先ほどのように試作魔導兵装(シルエットアームズ)に装着し、再び次の木人形に狙いをつけて法撃をはじめた。

 

 その一連の流れを見ていたオルヴァーは、アルが最初に言っていた『魔力貯蓄量(マナ・プール)見てほしい』という言葉を思い出し、グゥエールの操縦席に備え付けられている魔力貯蓄量(マナ・プール)を見てみる。

 先ほどの法撃の威力にさぞ魔力が減っているだろうと思っていたが、グゥエールの魔力貯蓄量(マナ・プール)は満タンという状態だった。

 ありえない光景にオルヴァーは『うわっ!』と叫んでしまう。

 

「ほんとに減ってない!」

 

「ちなみに細工はしてませんよ。正真正銘板状結晶筋肉(クリスタルプレート)の魔力のみで法撃してます……そろそろ銃身交換の試験かな」

 

 楽しそうに語るアルだが、突然法撃を止めるとグゥエールの片手を操作しだした。

 試作魔導兵装(シルエットアームズ)の銃身付近に備え付けられている取っ手をグゥエールの人差し指が器用に外すと、銃身を覆っていた外装が一部取り外され、銃身内部の銀製の筒が地面に向かって滑り落ちていく。

 ガランという筒が地面に落ちる音と共にサブアームが稼動し、グゥエールの手がサブアームに固定されている筒を握るとサブアームは筒の固定を外し、そのまま元の場所に収納される。

 

「これを……銃身に入れてあげてっと」

 

 アルは手順を確認するように操作を続けると、グゥエールは手に持った筒を先ほど銃身に収まっていた筒と同じ場所に配置して外装のカバーを元に戻す。最後に取っ手を元に戻して外装が固定されたことを確認すると、アルは大きく息を吐いて再び幻像投影機(ホロモニター)を睨みながら試作魔導兵装(シルエットアームズ)を構えたグゥエールに法撃を命令する。

 

「やった!」

 

 法弾は先ほどと同じように放たれ、それを見たアルは歓喜の声を上げる。

 その様子に何が起こったのかわからないオルヴァーは何をしていたのか質問するが、『外に出ましょう』とアルが言って来たのでグゥエールから降りる。

 

「アレはいったい何なんですか!?」

 

「クリスタルプレートを交換して銀製の筒を交換してたけど意味はあるの?」

 

 グゥエールから降りたアルは案の定、構文師(パーサー)長達に質問攻めを食らうのだが、アルはその質問に答えるべく息を大きく吸い込んだ。

 

「はい、まずこれはシルエットナイトが保有する魔力、マナ・プールを使用せずに外部魔力で法撃を撃てるように設計したシルエットアームズです。そして、クリスタルプレートを変えた理由は内蔵している魔力が法撃で空になったので新しい物と交換しました。最後に筒を交換した行為ですが、続けて大量の魔力を流すとシルバーナーヴが熱で断線するので、今回は銀製の筒にエンブレム・グラフを刻んで取り替えていたんです」

 

 質問を一気に答えたアルは息を荒げながら満足げな表情を浮かべる。今回の試作魔導兵装(シルエットアームズ)はアル目線では成功だった。前回の空冷も悪くなかったが、今回のように紋章術式(エンブレム・グラフ)の刻まれた銀の筒自体を変える手法は、連射効率も悪くなかったし、なにより格好良かった。

 問題は、筒に紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻むのはなかなか骨が折れる作業だったのだが、それは後で何とかしようとアルは自慢できたことにただならぬ充実感を覚えていた。

 

***

 

「それではお世話になりました」

 

「こちらこそ良い勉強をさせてもらいました」

 

 夕方。1台の馬車の前でオルヴァーとアルが握手をする。なにかと良い刺激をもらったアルはオルヴァーの後にクロード達と握手をするが、その際にドミニクから『先ほどの銀の筒は鋳造で作ったほうが良い』というアドバイスをもらった。

 

(鋳造ってなんだろ?)

 

 アルはその場で『ありがとうございます』という礼をしたが、オルヴァー達を見送った後も鋳造について考えてみたが、ピンと来なかったのでとりあえず心のノートにメモをして片付けのために工房へ足を進めた。

 

 なお、夜中の兄弟会議にて鋳造を議題に出したらエルが過剰反応し、謎の設計図を書き出すのだが、それはまた別のお話である。

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