銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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2020/08/24
時系列的にいきなり3年になってました2年生が生です


41話

 卒業式から早いもので数週間が経った。エルやアルは中等部の中間学年である2年生に無事進級し、3年だった先輩達はステファニアのように卒業したり、高等部に進学したりと自身の目指す道に向かってひた走っていた。

 

 そんなどこか落ち着かない空気が漂う学園内だが、それら学生を導く教官達は詰め所の中を各学科で集まって授業などの調整や話し合いを行っていた。

 

「ではしばらくは騎士団の方を優先して夏ぐらいから開始でよろしいでしょうか?」

 

「ええ、授業内容としてはその頃にサロドレアやカルダトアの説明が終わる予定です。その頃がちょうど良いかと……あ、カルダトアなんですが実地授業で使用したいのでお願いしても?」

 

「騎士団の装備なので確約は出来ませんが、善処します」

 

 詰め所の片隅で行われていた幻晶騎士(シルエットナイト)応用学の打ち合わせがとんとん拍子で話が決まっていく。

 

 しかし、カルダトアについては本当に騎士団の装備扱いなので、アルはいったん持ち帰って検討するような素振りを見せたが、あの兄のことだ。きっと、『騎士もセットにして特別授業とか面白そうですね』と言い出しそうなので、アルは説明が得意そうな団員を頭の中でピックアップしていくことにした。

 

「あ、すみません。これから見習い騎士の方達への挨拶があるので失礼します」

 

「あっ、そうですね。頑張って下さい」

 

 説明が得意そうな団員の対象から真っ先にアディを消したアルは、時計を見ながら幻晶騎士(シルエットナイト)応用学の教官に挨拶して、静かに詰め所を後にする。挨拶の場にはエドガー達が居るので簡単な説明は彼が行うだろうが、一応その場にエルとアルのどちらかが挨拶しないと締まらないので、アルは急いで校庭に向かう。

 

「お? 先生じゃん」

 

「あ、先生だ。飛び級の噂本当だったの?」

 

「ちょっと男子ー! 先生見えないっぽいから肩車してあげて!」

 

 校庭に向かったアルを待ち構えていたのは高等部の騎操士学科、通称『騎士科』の新入生達だった。さらにその新入生達の中には、先日無事に課程が修了した幻晶甲冑(シルエットギア)講習を受けていた学生も混ざっており、アルはその学生達に取り囲まれた。

 

「先生、ここに居るってことは本当に飛び級したの? まぁクロケの森でアレだけしたから逆に納得するんだけど」

 

「いやー……まぁ……飛び級……ですかね?」

 

「いや、何で俺に聞くんスか」

 

 女学生の質問にアルは考えながら肩車をしてもらっている男学生に問いかける。高等部に飛び級ではなく、()()()()飛び級なので一応間違ってはいないので、どうしようかとアルが悩んでいると、ちょうど工房からカルダトアが出てきた。

 

「うぉ、カルダトアだ!」

 

「正式量産機を保有してるなんて流石だなぁ」

 

 学外から進学してきた学生達が正式量産機であるカルダトアを興奮した目で見ていたが、中等部から進学した学生達はすっかり見慣れた様子でその光景を見ていた。だが、次に工房から姿を現したテレスターレの姿を見た全員が沸いた。中等部でも噂しか聞いたことがない新型機の試作機。それを目の当たりにし、これから自分達がそれを動かしたり弄ったり出来るという高揚感が込められた叫びがアルの耳に叩きつけられる。

 

「あれ、先生が動かしてたあの機体が最新型じゃないんだ」

 

「あれは昔から学園にあるやつですね。今は騎士団の副団長である僕専用の物ですが」

 

「ぷっ、先生まだそんなこと言ってるの? 嘘はよくないよ?」

 

 女学生から突っ込まれたアルは『嘘じゃないのに』と落ち込むが、機嫌取りに女学生から渡された蜜飴を口に含むと機嫌を良くする。ちょろいものである。

 

 幻晶甲冑(シルエットギア)の講習を受けていた学生達はアルの事を教官として認識しているが、騎士団の団員であるということは場を和ます冗談だと思っていた。

 彼が率いていたのが中等部の鍛冶科の生徒だったり、騎士団名を聞いてもはぐらかされたりと、騎士団の副団長だと裏付ける要素が皆無だった。それに加え、『幻晶騎士(シルエットナイト)に乗って来たことがある』という唯一の証拠は、『騎士団入り』よりも『高等部に飛び級したのではないか』という噂の方が学生らにとってしっくり来る物であった。

 

 ただ先日の卒業式に参加し、卒業式後の編成式を見た一部の学生達は、『なんで副団長がここにいるんだろう』という期待を込めた眼差しをアルに送っていたのだが、口の中の甘いものに夢中なアルは気づいていなかった。

 

 そんなこんなで騎士科と鍛冶科の新入生達が工房の前に集まると、後ろのほうから大きい声と共に資材を持ったモートリフト達が姿を現す。そのモートリフト達に幻晶甲冑(シルエットギア)の作成に参加していなかったり、幻晶甲冑(シルエットギア)の講習を受けていない中等部の学生達は幻晶甲冑(シルエットギア)を使いこなせていたり、実用化されて量産されていることに小さくない衝撃を受ける。

 

「あれ、新型出来たんですか?」

 

「はい、作業用と割り切ったモデルですね。主に鍛冶仕事で使用されてます」

 

 そんな中、幻晶甲冑(シルエットギア)講習を受けた学生達は冷静に最新モデルについてアルから聞き、乗ってみたいという欲を必死に抑えていた。そんな騒がしい集団を工房の奥から響いてくる声が一瞬で沈めた。

 

 工房から出て来たのは学生から『騎士団騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊長』という仰々しい肩書きになったドワーフ族の青年。親方こと、ダーヴィド・ヘプケンその人であった。隣には『騎士団第1中隊長』という肩書きを持つ威風堂々とした体躯をした偉丈夫のエドガー・C・ブランシュが真剣な眼差しで新入生を見つめる。数ヶ月前まで学生だった彼らの圧倒的な貫禄に、学生全員が思わずごくりとつばを飲み込んだ。

 

「ひえー、おっかねぇ」

 

「大丈夫ですよ。エドガーさんも親方も間違った指導はしませんから」

 

「でもあの人たち卒業したはずよね? 何で居るの?」

 

 いきなり『しごいていっちょまえに働かせる』と、脅しと捉えられても弁護しきれないようなダーヴィドの台詞に全員が騒然としている中、既に卒業した人物がここに居ることに疑問を持ったものがちらほらと出てきた。

 すると、エドガーがダーヴィドに呆れながらその問いに解答するかのように説明を行った。

 

「……というわけで君達は騎操士学科や鍛冶科の学生でありながら騎士団の見習い騎士という身分になることを……ああ、そんな顔しないでほしい。いきなり言われて困惑していることは痛いほど伝わってくるからそんな顔をしないでほしい。ごほんっ、とはいえ当面はカリキュラムに従った授業と共に実地訓練としてシルエットナイトを動かしたり作ったりしてもらうつもりだ」

 

 説明をしていくにつれて『なにいってんだこの人』という懐疑的な視線に耐え切れなかったのか、エドガーはエルの突拍子のないアイディアを聞いたときの自分を見ているような錯覚に陥った。

 やがて説明が終わると、『騎士団長から挨拶がある』と横に居た少年に場を譲った。

 

「はい、僕が騎士団団長のエルネスティ・エチェバルリアです」

 

 エルが自己紹介した瞬間、場が荒れた。

 

「え? あのちっちゃい子が!?」

 

「あの子、中等部の有名人じゃん!」

 

「ついでに言うと、あっちでなぜか肩車してもらってるのが副団長です」

 

 エルの発言に集団の視線が一斉にアルに向く。肩車をしている男学生や隣に居た女学生も信じられないという表情でこちらを見ている中、アルはなんとか『どうも』という挨拶をする。

 すると、一部の学生。先日の編成式を見ていた学生達がアルに近づいて『先日の編成式見てました。よろしくお願いします』と握手を求めてくる。

 

「こちらこそ」

 

 握手を返していると、ダーヴィドの大声によって場が沈静化する。静かになったことを確認したエルは拳を振り上げながら『これから共に学んで頑張って行きましょう』とゆるっとした挨拶をし、『副団長から一言あります』とアルを指名する。

 

(あとで〆る)

 

 本来はエルかアルだけの挨拶で指名してくるという予定にないことにアルは憤慨しながら、肩車をしている男学生からオープンゲットする。そのまま圧縮大気推進(エアロスラスト)で学生達を飛び越えると、優雅にエルの隣に降り立った。

 

「では、一つだけ。皆さんはこれから訓練したり、シルエットナイトを製造したりと様々な課程に取り組みますが、死なないでください!」

 

 突然の発言に『死ぬようなことがあるの!?』と騒然となるが、いったん落ち着かせたアルは『怪我や事故で人は簡単に死にます』と続けた。

 

「また、学園から去った後も騎士になったりと様々な出来事があるでしょう。おそらく死にそうになることもあるかもしれません。ですが、生きるということを諦めないでください。騎士になる方は、圧倒的に不利な状況でも何か道がないか探してください。ナイトスミスになる方は事故を起こさないようにが最善ですが、事故が起きても身を守れるように備えてください。考えることは生きることです。……以上をもって挨拶とさせていただきます」

 

 騎士団長と比べて全うな挨拶にエドガー達は面食らうが、やがて拍手がアルを包み込む。

 その後、学生達は退出していくのだが、1人の女学生がエルに近づいて来た。それに気づいたエルはアルと話し合うとダーヴィド達に先に戻るように伝える。

 

「ん? 銀色坊主はなんの話してんだ?」

 

「あー、騎士団設立の経緯とか聞きたがってたみたいですよ」

 

 アルの言葉に『ほーん?』とダーヴィドは興味なさげに答えてさっさと人馬型の方に戻っていく。設計が終わった人馬型は内部の組み立てを行っており、モートリフトのおかげで組み立ても8割ぐらいが完了している。

 その出来栄えに惚れ惚れしたアルは先ほどの女学生、『藍鷹騎士団』と呼ばれる間者集団の連絡員の報告をエルから聞こうと会議室に足を運んだ。

 

「あれ、アディ。こんなところでどうしたんですか?」

 

「ヴェ……」

 

「ヴぇ? ヴェ○パー?」

 

 会議室に続く道でアルはアディと遭遇した。いつものようにエルを構おうとしていたのかと推測したアルは理由を問うが、アディは何かを言いかけてそれを聞いたアルは可変速ビームライフルの略称を繰り返すが、アディは首を振って大声を上げた。

 

「ヴェアアアアア! エルぐんどら"れる"ぅ!」

 

「あ、副団長が幼馴染泣かせてる」

 

「おいおい、見世物じゃぁないんだよ。散りたまえ。後、誰かに言ったらクレーンに吊るしますよ」

 

 あらぬ誤解を受けそうだったアルは何とかアディを落ち着かせることに成功する。一通り叫び終えたアディはぽつりと『エル君が楽しそうだった』と呟いた。どうやら普段からおもちゃ扱いされているかつ、ハマる話題が幻晶騎士(シルエットナイト)とかロボット関係しかないエルと『楽しそう』に話をしている女の人が居たのだとか。

 

「あー……あの人は「そういえばあの人……綺麗だったし、背も高かった! アル君! エル君の好みって背の高い人なの?」」

 

 とある真理に目覚めたアディはアルの肩を持ってグワングワンと揺らしながら問い詰める。揺れる景色の中で『あ、この子聞いてない』と半ば諦めたアルは、『僕達にとって君も背が高いよ』という突っ込みを放棄した。

 

「あー、でもエル君の好みがエル君より小さくて可愛い子だったらどうしよ……」

 

「それもうドワーフ族とか幼女じゃないですか……あの人の好きな人はシルエットナイトでファイナルアンサーなので大丈夫ですよ」

 

 『誕生日に幻晶騎士(シルエットナイト)金属内格(インナースケルトン)バージョンと装甲をつけたバージョンのリバーシブル抱き枕贈ったら喜んだ変態ですよ?』と呆れながらアルは突っ込むが、妄想しだしたアディは聞いていなかった。たまに『騎士』や『幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れば』という言葉が聞こえるので、アルは付き合いきれないとばかりに工房スペースに戻っていった。

 

「あ、アル。アディ見ませんでした?」

 

「アディは置いてきた。対話はしたが、ハッキリいって彼女の言っていることは僕には理解できなかった」

 

「え、俺の妹そんな狂人みたいな状態なの!?」

 

 銀板に紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻む作業をしていたキッドがハンマー片手に聞き返す。しかし、アルは会話した内容を事細かに話すと、『すまん』と一言だけ謝ってきた。結局、実害はないのでその場は適当に流したアルは、せっかくなので隣の作業台でラーパラドスで使用する試作魔導兵装(シルエットアームズ)紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻もうと準備を始める。

 

「あ、アル君居た。もういきなり消えるからびっくりしたよ」

 

「いえ、アディが話聞いてないようだったのでそっとしておこうと」

 

「あ、アディ。アルのエンブレム・グラフは別物だと思うので僕の方手伝ってください」

 

 恥ずかしそうに照れるアディにエルが声をかけると、アディはエルの作成している紋章術式(エンブレム・グラフ)作成を手伝うためにアルから離れていった。

 

「銀色坊主達。なにしてんだ?」

 

「エルの手伝いで銀板にエンブレム・グラフ刻んでるんだよ」

 

「何度もいうが、くれぐれもロクでもねぇことしでかすなよ?」

 

 銀板に紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻んでいると、ダーヴィドが作業の合間にエルの作業台に近づいて来た。エルが作る物なのでダーヴィドはもう一度釘を刺すが、エルは微笑みながら笑っているので、ダーヴィドの言葉を聞いているか分かったものではなかった。

 

「で、銀色小僧は同じ作業台じゃねぇのか」

 

「僕の作ってるのは兄さんのとは違うやつです。試作シルエットアームズを単発ではなくて連射にしたら断線も防げるんじゃないかなっと思いまして」

 

 アルの今構想している案は、『法弾の連射化』である。

 前世のマシンガンのような銃は、火薬や弾丸と銃身との摩擦熱によって連射中は徐々に銃身が熱くなっていく。そこからアルは、一度に大きすぎる魔力を銀線神経(シルバーナーヴ)に流さなければそれによって生じる熱は少なくて済むのでは?と考えた。つまり、『1発ごとに通す魔力を制限し、連射化してあげれば手数も増えてるし、熱による断線の可能性も少なくなるのでは?』という謎理論を基にアルは設計に着手した。

 

 外装部分を先日のライフルのような形ではなく、片手で撃てるサブマシンガンのようなコンパクトな形にしたり、熱による断線を避けるために外装の各所に穴を開けて外気に銀線神経(シルバーナーヴ)を晒すようにするといった様々な工夫を施したこの設計書だがアルは懐疑的な表情をしていた。

 

 これに書かれている全ての理論は、有り体に言ってしまえば机上の空論なのだ。『1発分の魔力で生じる熱が冷えるのか』や『1つの板状結晶筋肉(クリスタルプレート)から何発の連射数を確保するのが正当か』、『どうやって魔力制限をするのか』すらも分かっていない。

 だが、試さなければ分からないのでアルは少しづつ試していくために設計書をダーヴィドに手渡した。

 

「銀色小僧、今は馬公の組み上げを優先しちゃもらえねぇか? とりあえず動かせるところまで行ってから隊を分けてぇ」

 

「構いませんよ。色んなパターンを試さなきゃいけないので……あ、隊を分けるならラーパラドスの追加装甲の固定方法を溶接のみにしてもらえません?」

 

 アルの言葉にダーヴィドは思わず『はぁっ?』と聞き返した。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は、主に強化魔法によって強度や各部財の接合を行っている。なので組み上げる際にはまず、騎操鍛冶師(ナイトスミス)が魔導トーチで各部材を溶接して仮止めを行う。その後に構文師(パーサー)魔導演算機(マギウスエンジン)魔法術式(スクリプト)を書き換えて強化魔法の範囲を調査、変更するといった作業を何日もかけて実施する連携作業を行うのが常である。

 

 そうでなければ魔獣に殴られただけで部材が剥がれてナイトランナーが負傷するといったことになるので、ダーヴィドはアルに掴みかかって考えを改めるように説得する。

 

「おめぇ、死ぬなって挨拶の時に言った癖に舌の根乾かない内にそれか!」

 

「いえ、親方。追加装甲を外しやすくしてほしいんです」

 

 意味が分からないといったダーヴィドに、話を聞いていたエルは真っ白な紙と書く物を用意してアルの作業机に歩み寄る。追加装甲の絵を描き、そこに向かって矢印を付け加えると、大きく『外れる』という文字を書きながら納得したような様子でエルは口を開いた。

 

「衝撃を受けたら追加装甲が剥がれるようにする感じですね。追加装甲を箱状にしたのはわざと壊しやすくして衝撃を逃がす感じですか?」

 

「はい、追加装甲まで硬くしたら衝撃が操縦席に伝わって怪我しそうなので」

 

 ラーパラドスにくっついている追加装甲は当初、魔法を使った擬似的な爆発反応装甲にしたいと考えていた。

 しかし、『魔法を攻撃を受けたタイミングで攻撃を受けた箇所に限定して起動』という器用な真似は、たとえ魔導演算機(マギウスエンジン)1つを丸々使っても実現不可能だろう。そこで、アルは車でよく使われている技術とか漫画で書かれていた『クラッシャブルストラクチャー構造』を用いた。

 

 本来は車のボディなどのパーツをわざと壊れやすくして衝撃を分散、搭乗者を守る為の技術なのだが、アルはその構造を転用することで法撃を追加装甲で受けた場合、追加装甲だけを壊して機体から離すことによって法撃の衝撃を機体に伝わらないようにしようと考えたのだ。

 

「アル、それだと追加装甲をパージするスクリプトを見直さないと駄目じゃないですか?」

 

「小さい爆発を起こすことで接合部を破壊すればモーマンタイです」

 

 『全部を一斉に起動する形なら楽です』と熱弁するアルに、話をやっと理解したダーヴィドは『分かった』とアルの提案を了承した。

 

「隊は3つに分けるぞ。メインは馬公、サブでオプションワークス、サブのサブでラーパラドスだ」

 

「あ、機体の名前のことなのですが。悩んだんですが『パッチワーク』でお願いします」

 

 サラッというアルにまたもやダーヴィドは『少しは手加減しねぇか!』とアルの頭を掴んでぶらぶらと揺らす。揺れる景色の中でアルは『あー。リッターとか羽間(はざま)とかかっこいい言葉系とか地名系も良かったなぁ』と心まで揺れ動いていた。

 

「アルの好きな物の詰め合わせですもんね。まさに継ぎ接ぎ(パッチワーク)ですね」

 

「ははっ、アルの好きな物が増えるたびにまた新しい物が付けられそうだな」

 

 自分の作業に戻ったアルはキッドの言葉に『ありえますね』と笑うが、隣で黙々と紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻んでいるアディを見て首をかしげた。

 

「どうしたんですか? アディ」

 

「エル君! 私もシルエットナイトに乗りたい!」

 

 突然のことにキッドはアディの頭を心配し、一旦アルを地面に降ろしたダーヴィドは珍しい物を見るような目でエルの居る作業机まで歩いていく。そしてアルは会議室前の経験から『>そっとしておこう』と自分の作業に戻っていった。

 

「だって、私達騎士団だし! シルエットナイトの操縦訓練受けたのアル君だけだし! 訓練受けても問題ないっていうか」

 

「それはいいですね。大歓迎です。あとついでにキッドもお願いします」

 

「え、俺も?」

 

 エルは抱きつきに来たアディを体にくっつけたまま人馬型の図面を机に広げ、人馬型をアルに見せた時に話し合った問題点を話した。

 

「この人馬型は極めて特殊なシルエットナイトです。人型のテレスターレは従来のシルエットナイトのスクリプトで動かせますが、これには従来の操縦方法には当てはまりません。なので人馬型を1人乗りではなくて2人乗りに仕様変更するので、2人には人馬型に乗ってもらって上半身と下半身のそれぞれを動かすためのスクリプトを組んでほしいのです」

 

 まさかの新型に乗ることになったキッドは驚くが、その前にダーヴィドが急な仕様変更に怒る。幸い人馬型は巨大なので2人分のスペースは確保できるが、その前に一言相談して欲しかったというのがダーヴィドの素直な感想であった。

 

「当然1つの機体を2人で動かすのですから相当息の合った人物……つまり双子であるキッド達が適任なのです。最終的には1人で操縦できるようにしたいので最初は人力で修正を加えながらアルとやろうとしてたのですが、これ以上アルを働かせると……悪い面が出ちゃいそうな気がして」

 

 エルの言葉にダーヴィド達が『あー』と一斉に呟いた。『仕事したがり』のアルからすれば、このような状況だと最悪学園に泊り込みながらやりそうなので、エルが躊躇するのも十分に分かる。

 しかし、騎士団の最新鋭機の仕上げという大仕事にキッドは緊張していた。

 

「初期型のモートルビートが動かせるなら大丈夫です。僕も手伝いますから……っとアルー!」

 

 本に書かれている魔法術式(スクリプト)を銀板に刻もうとしていたエルはアルを呼ぶと、アルがハンマーとノミを持ってくる。

 

「あ、あの本も頼むの忘れてました」

 

「これも使うだろうと思ったので持ってきておきました」

 

 ただ呼んだだけで色々道具や本を持って来たアルに、ダーヴィドは思わず『おめぇらの方が適任じゃねぇか』と突っ込んだ。しかし、先ほどのエルの言葉を思い出すと何事かとダーヴィドのほうに目を向けるアルに『なんでもねぇ』と作業を再開するために人馬型の方に歩いていった。

 

***

 

 そこから半月後、とうとう人馬型──正式名称『ツェンドルグ』が完成した。

 エルとアルが工房内を歩くと、固定を外すなどの準備を終えたツェンドルグが工房の一角に鎮座していた。周囲には騎士団員が勢ぞろいし、ツェンドルグの起動を今か今かと待っている。

 

「あ、エル君達だ! ふふふ、ここでいいとこ見せるわよ!」

 

 ツェンドルグの操縦席でエル達が来たことを確認したアディはテンションを上げるが、シートの背もたれに深く身を沈めて集中していたキッドにそれをたしなめられる。

 

 気を取り直して2人は、ツェンドルグを動かすための準備に取り掛かった。キッドは上半身、アディは下半身の魔法術式(スクリプト)を組み立てながら魔導演算機(マギウスエンジン)内部に潜り込んでいく。やがて何かを掴んだような手ごたえを感じたキッドは、アディに呼びかける。

 

「よし、上半身はOKだ。そっちはどうだ?」

 

「筋肉配置……足に力を込めて……立ち上がらせることは出来るよ」

 

 それを聞いたキッドは伝声管を通じて周囲に離れるように指示を出す。全員がツェンドルグから離れると同時にアディは『ツェンちゃん、立って!』という祈りのような掛け声と共に魔法術式(スクリプト)をツェンドルグに流す。

 

 その命令に素直に従ったツェンドルグはゆっくりと、そして力強く四足で大地を掴んで立ち上がった。

 

「おー、いけましたね」

 

「やっぱり大きいですね」

 

 立ち上がったことにより全高が高くなるツェンドルグの存在感に2人は笑顔を浮かべる。そのまま動くようなので、団員達は邪魔にならないように道を空ける。ゆっくりとした足取りで歩くツェンドルグに、この巨体が駆け回ることに想像した騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が感慨深そうなため息を吐くが、突如バランスを崩したツェンドルグがそのまま地面に激突した。

 

「キッド! アディ!」

 

 エルとアルが矢のような速さでツェンドルグから2人を救出する。幸い怪我はなかったが、今回の失敗でアディは深く落ち込んでしまう。

 

「ごめんなさい。エル君も皆もがんばってたのに失敗しちゃった」

 

「いえ、アディのせいではありませんよ。無事でよかったです。むしろ問題を見つけてくれてありがとうございます」

 

 エルが抱きしめながらアディを慰めている姿に遠巻きそれを見ていたアルは口笛を吹くと、同じように口笛を吹いていたキッドを見て『無事で良かったです』と言いながら拳を出す。

 

「当たり前だろ。……それより上半身はトチった感じはしなかったがどうなってんだ?」

 

 アルの拳に自分の拳を付き合わせながらキッドは原因をアルに聞くが、アルも何が問題なのか分からなかった。そんな中、ダーヴィドが『機体が大きいことによる出力不足』という結論を出した時、エルとアルは示し合わせたように手を叩いた。

 

「「双発にしましょう!」」

 

 双発。つまり魔力転換炉(エーテルリアクタ)を2つ組み込むことをさらっと言った2人にダーヴィドと騎操鍛冶師(ナイトスミス)達はいつものことながら頭を抱えた。だが、それを提案した本人達が渋々と言った感じで提案したので、ダーヴィドはその理由を問うと、エルは『魔力転換炉(エーテルリアクタ)が一番高価なので……1機あたりのお値段が』という結構ありきたりな理由にダーヴィドは突っ込む。

 

「いえ、親方。量産するなら値段が一番説得しやすい材料なんですよ? 親方だって同じ味の食べ物を銀貨2枚で買うのと銀貨4枚で買うのどっちがいいですか?」

 

「まぁ……そうなんだがよ。量産まで考えてやがったのか」

 

「この子は一点物にするには汎用性がありすぎるかと、速度に目を行きがちですが4つ足なのでパワーもあるかと。荷運びとかに使えますかね?」

 

「そこらへんは小僧達に任せらぁ。とりあえずナイトスミス隊は3つに分ける。おめぇら! 編成変えるから集まれ!」

 

 事故の片づけを行っていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊がダーヴィドの号令で一箇所に集まった。数十分にも及ぶ会議の結果、『そのままツェンドルグを再設計、完成を目指す隊』と『追加装備(オプションワークス)を作成する隊』、そして『ラーパラドスやエル達の思いつきを実現する隊』という3つに分けられた。

 しかし、一番大変であろう隊……『ラーパラドスやエル達の思いつきを実現する隊』に誰が入るかと口論になり、数人の騎操鍛冶師(ナイトスミス)がダーヴィドの手によって宙を舞ったことをここに記しておく。


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