銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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もう8月・・・だとぉ


42話

 ツェンドルグの再設計が開始されて半月。設計書をものの2日で作成したエルとアルは元の生活──片や軛から解き放たれた馬のように趣味に走り、片や日々の職務を忠実にこなし、そのストレスを癒すために趣味に走るといった生活を行っていた。

 

「オレサマ ツカレ イヤス」

 

 片言になりながらも大量の紙束を抱えたアルがエルと約束した時間通りに工房に戻るが、工房にエルの姿はなかった。本日はエルの作っていた反動推進器、『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』の実験とアルの作っていた連射型魔導兵装(シルエットアームズ)、エルに『ナンブ』と名づけられたそれの再実験を行う予定だったのだが、エルが乗る予定だった魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を積んだ状態のテレスターレも姿を消していたので、ちょうどその辺にいたディートリヒを捕まえる。

 

「ディーさん。兄さん知りません?」

 

「ん? 私も見てないよ」

 

「俺も見てないな」

 

 アルが『おかしいなぁ』と工房中を見渡していると、フレキシブルコートの動作実験が終わったエドガーがテレスターレから降りてディートリヒやアルと合流する。『何か変なことをしでかしてないといいんだけどね』とエルを心配する口ぶりでアルと共に周囲を見渡すディートリヒ。

 しかし、どんなに探してもエルや他の幼馴染の姿はなく、居るのは『楽しみにしていた実験に置いて行かれた』と悟り、口から乾いた笑いを吐き出すアルのみだった。

 

「ふふ、兄さんいけずやわぁ……うちがこない苦労してんのに殺生やわぁ……」

 

 アルは静かにキレて京言葉調の呪詛を放つ。しばらくぶつぶつと呟いた後、アルは落ち着くためにか大きく息を吐くいて『副団長』と書かれたネームプレートが置かれた机に着席した。そして、もう一度大きく息を吐きながら持って来ていた紙束を少し荒っぽく放り投げ、アルはエドガーとディートリヒを笑顔付きで手招きした。

 この一連の動きを見ていた2人は、警戒しながらアルの側に近づくとアルは紙束から数枚の紙を2人に見せてくる。

 

「実は今日、盤上戦術の試験のような物をしたので採点お願いしたいのですが」

 

「ほう?」

 

 ディートリヒは手元の紙を見ると『村』や『決闘級』、そして『防壁』といった名前が書かれた記号と紙の端に『戦力』と書かれた項目を見つけた。どうやら決闘級魔獣3、小隊級が1の集団が防壁が存在する村を襲う想定のようだ。

 戦場は草が生い茂った草原で周囲に遮蔽物はなしという戦術を立てやすい立地なのでエドガーは戦力の項目を見ながら口を開いた。

 

「カルダトア2にテレスターレが2、カルディアリアが1に随伴の騎士が数名か。俺なら翼状陣形にして左右にテレスターレを4連装形態で法撃。数を減らしてから近接戦闘を行うかな」

 

「私は前面にカルダトアを並べた楔陣形で一気に食い破る。残った敵は防壁に当たるがすぐに反転すれば問題ないだろう」

 

「僕は随伴騎士に火矢用意させて草原燃やして魔獣をひるませてから法弾の雨を降らせます」

 

 ディートリヒの防壁頼みの戦術に苦言を言おうとしたエドガーはアルの方を凝視する。法弾で結果的に火がつくのではなく、意図的に火をつける火計である。その様子にアルは『おかしなこと言いました?』と首を傾げる。

 

「いや、根本的な戦術を持って来たなと思ってな」

 

「戦術ですからね。そりゃ火でも水でも使いますよ。毒は……魔獣についての知識がないので無理ですが、こちらの損害を抑えて魔獣を殲滅出来るなら搦め手はどんどん使いますよ。あ、でも味方を使って囮とかはやりたくないです」

 

 アルはさらに、『こんなのも考えてるんですよ』と真っ白な紙に魔獣っぽいイラストを描きだした。その魔獣の下には小さい四角を描き、その魔獣のイラストから少し離れた所に人のようなイラストを描くと四角と人を線で繋ぐ。線の上には『魔力』という文字を書かれ、仕上げに四角の上に炎のイラストを描き加えた。

 

「エンブレム・グラフを刻んだ銀板を地面に設置して魔力を流すだけで上を通った魔獣を焼く感じの罠ですね」

 

「えげつないね!」

 

「あと、ベヘモスとの戦いで使用された破城槌を小型化した物を風魔法で真上に吹き飛ばして魔獣を貫くとか……これはちょっと装置が大きくなるので地面に埋め込む必要がありますけど」

 

 アルの嬉々とした声とちょっと乗り気なディートリヒの返事を近場で聞いていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が『この騎士団のトップ達やべぇ』と心の中で呟いてると、ダーヴィドや何人かの騎操鍛冶師(ナイトスミス)が『何か聞こえた?』と言いながら耳をそばだてていた。

 

「僕達もなにも聞こえてませんけど」

 

「うむ、大半はアルフォンスのせいなんだがな」

 

 まさか幻晶騎士(シルエットナイト)の戦術の話から罠の話になるとは予想していなかったので、エドガーは半ば放心して話を聞いていた。なぜか自身のせいにされて不思議そうな顔ををしたアルは、『ともかく採点手伝ってください。良さげな物は僕達で確かめてから授業で結果を言います』と猛然とした勢いで紙束を処理し始めた。

 

「ふむ、提案した戦術を確かめて結果を教えてくれるのは考えた生徒もモチベーションが上がるし次の意見を出しやすい。良い事だ」

 

「ディー、この戦術良いかもしれん」

 

 紙束を崩していくアルの姿を見ながら近場から机と椅子を引っ張り出して来たエドガーとディートリヒがアルに続いて採点を始める。玉石混交の内容だったが、数個の案をアルが忘れないようにメモをしているとダーヴィドの叫び声が聞こえた。

 

「また団員の誰かがなにかしたんですかね?」

 

「賭けるかい? 私はツェンドルグの配線をミスしたに露天のパンケーキを賭ける」

 

「俺は──ってあれはエルネスティが改造してたやつじゃないか?」

 

 アル達の視界にエルが改造していたカルダトアの姿が映った。サブアームもひしゃげ、装甲が割れているというボロボロな様子に『ベヘモスの攻撃で空高く放り投げられた幻晶騎士(シルエットナイト)』を想起した3人は搭乗者の無事を確認するべく、座っていた椅子を蹴り飛ばしながらカルダトアに向かう。

 しかし、たどり着く前に操縦席から元気そうなエルが出て来た。

 

「……」

 

 その元気そうに加えて反省していなさそうなエルの様子に、先ほどのアルのような大きなため息を吐いたエドガーとディートリヒはいそいそと机と椅子を工房をよく見渡せる場所に設置し、どこからか調達して来たまっさらなネームプレートに乱雑な文字で『騎士団長閣下殿』という文字を書いて設置する。

 

 その間にアルは、能面のような顔をしながら工房の会議室に置いていたアガートラームを装着し、ついでに銀鳳騎士団の決済や陛下や公爵へ送る報告書といった紙類を先ほどエドガー達が設置した机の上まで運ぶ。

 もう一度机を見渡して不足がないか確認したアルは、ファイヤーボールを右手の各指先に待機させながら笑顔を浮かべて『ちょっと動作試験をしてました』とダーヴィドに報告しているエルの方に歩いていった。

 

「だからってシルエットナイトを1機──ひぃっ!」

 

 『笑うという行為は本来攻撃的なものである』とどこかの名言で書かれていた。ダーヴィドはアルから発せられる怒の感情に悲鳴をあげる。

 

「兄さん、正座」

 

「え、いや工房の床って石ですし」

 

「正座」

 

 有無を言わさぬ言葉にエルは黙って正座する。

 エルに頼まれた教官という仕事をこなし、楽しみにしていた実験見学も置いていかれ、いざ帰ってきたらぼろぼろの幻晶騎士(シルエットナイト)に、肝心の本人はけろっとしていて機体を壊したことによる反省もしていない。

 正直、アルの仏陀フェイスは限界近かった。だが、このまま何も言わせずに罰するのはアルの良心的にあれだったので、一応エルの言い分を聞くことにした。

 

「悪いと思いましたがロボット魂を抑え切れませんでした」

 

 アルの頭で謎の審判がスリーアウトを告げた。

 アルは無言でエルを引きずり、先ほどエドガー達が整えた椅子に無理やり座らせる。

 

「とりあえず決済と進捗報告書を書いてください。後、実験できたんですからパッチワークの脚部に組み込んでください」

 

「え、いや……マギウスジェットスラスタは「なにか?」 ナンデモナイデス」

 

 鼻を鳴らしたアルは、机で決済やらなんやらをこなしながら頭の中で設計図を書いているであろうエルを放置し、カルダトア1機の大破で作業や訓練の遅れが生じるのか確認を行うために隊長達を召集する。

 最悪、この後に行うナンブの実験を止めてカルダトアの修理をしなければいけないので、アルは内心ドキドキしながら口を開いた。

 

「親方。作業的にどうですか?」

 

「銀色坊主が帰ってくる前に進捗報告会してたんだが、防御用のフレキシブルコートと攻撃用のライトニングフレイルは完成した。後はナイトランナー用の調整のみだから鍛冶師の出番はもう終わりだな」

 

 フレキシブルコートやライトニングフレイルといった追加装備(オプションワークス)は量産が目的ではなく、あくまで『ツェンドルグのおまけ』だ。出来てしまえば騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊の出番はないので、ダーヴィドはそのことを話すと、アルは次に中隊長逹に『訓練の方はどうですか?』と団員の訓練時に使う機体数の質問をした。

 

「訓練についても問題ない。全員が搭乗するような演習はめったにやらないし、新入生を含めた筋トレや走り込みといった訓練がメインだからむしろ余るぐらいだ」

 

「そうね。中隊合わせて1個中隊余りぐらい使うかな。……ていうかディーの中隊が一番使ってるんじゃないの?」

 

「いや、ほら。私の中隊は前衛だからね。常に乗って訓練しないといけないから……ね。新入生にも早く慣れて欲しいから仕方なく……そう! 仕方なく乗ってるんだ!」

 

 言い訳するディートリヒの尻目にアルはダーヴィドと大破したカルダトアの処遇について相談する。現在、追加装備(オプションワークス)の開発は終了しているらしいので、空いた人員をカルダトア修繕にあてるのか、それとも別のプロジェクトのに注力するのか。

 ダーヴィドは数分悩んだ末、『カルダトアの修繕は後だ。銀色坊主達の方を注力する』と決断した。

 

「この際だ。新入生の試験用にカルダトアはこのままにしておく。馬公も出力不足以外はたいした問題は出ていねぇし、増員は必要ねぇな。銀色小僧の方はどうだ? おめぇら、たまに変なの思いつくから大変だって聞いてるぞ?」

 

「あー、これのことですかね? 兄さんと授業中に相談してこんなの考えたんですが」

 

 無理に在籍しているのに授業をボイコットする兄弟に頭を抱えながらエドガー達は広げられた設計図を見る。それは端的に言えば『荷車』だった。しかし、横に書かれたデフォルメのテレスターレやツェンドルグのイラストから、駐機状態の幻晶騎士(シルエットナイト)が3機ほど格納して運搬できるほどの大型の荷車であるとダーヴィドは推測した。

 

「なるほど、物資じゃなくてシルエットナイトを分解せずに運ばせようって魂胆か」

 

「乗り合い馬車からヒントを得ました。後はこれも」

 

「なんだこりゃ」

 

 さらにアルはもう1枚の紙を広げる。そこにはツェンドルグに引かれた荷車にテレスターレが1機乗っており、荷車の上で法撃を行っているイラストが書かれていた。

 先ほどと同じような荷車なのだが、どういった用途で使うのかダーヴィドは見当もつかなかった。しかし、横で見ていたエドガーは『移動しながら戦闘が行える装備か?』と問うと、アルはパチンと指を鳴らして『正解です』と告げた。

 

「これは戦闘用の荷車ですね。運搬用よりも堅牢な作りにして、内部に手すりを増設して移動しながらバックウェポンを叩き込む装備です。あと、エーテルリアクタとかクリスタルプレートを荷車の内部に置いて固定式の強力なシルエットアームズを備え付けてあげれば打撃力も上がるかと」

 

 アルは、嬉しそうにエルと考えていた設計を喋る。この装備のコンセプトは『戦車』だ。

 堅牢な装甲に強力な火気という現代の戦車と人以上の速度で動き回る騎馬を用いた古代の戦車。この両方の戦車を見事に融合させたのがこの装備である。

 

「つっても何個も作るのは無理だな。運搬用の荷車を練習用に新入生を充てるか。団員達には銀色小僧達のシルエットナイトに注力させらぁ。あの騎士団長をずっとシルエットナイトに乗せないのも外観がわりぃし、いつ爆発するか分かったもんじゃねぇ」

 

「そうですね。とりあえず春の終わりぐらいまで反省させることで」

 

「……それにしても、おめぇはそんな怒ってなかったんだな。俺が銀色小僧の所に行こうとしてたんだが」

 

 意外そうな顔をするダーヴィドに、『もちろん怒ってますよ』とアルは笑顔を浮かべた。だが、すぐに目を伏せると『止まらない人ですから』と呟く。

 

 エルはそういう人物なのだ。自分の欲望に従い、その欲望が満たされると次の欲望へ向かって走り出すという、揺れ続ける振り子のように止まることはない性分なのだ。

 だが、一人で突っ走るより皆で共に走ったほうが楽しいと言った理由で、たまにこちらを振り向きながら『一歩でも良いのでついてきてください』と囃し立てる。

 

「だからその点はどうでも良いんです。僕が楽しみにしていることを知っているのに、自身の都合というか、欲望で勝手に実験したことに腹を立ててるんです!」

 

 『幻晶騎士(シルエットナイト)が飛ぶ所、楽しみにしてたのに』とアルが膝から崩れ落ちてさめざめと泣く。エル自体の心配をしていない様子に周囲は引くが、気を取り直したダーヴィドは『魔導兵装(シルエットアームズ)の実験……するか?』と子供の機嫌を取る様な優しい声で語りかけた。

 

***

 

 いつもの演習場ではパッチワークが魔導兵装(シルエットアームズ)を片手で構え、狙いを何もない地面に向けていた。ちなみに何もしないように身体を縄でぐるぐる巻きにしたエルも連れて来ており、その縄の管理をアディに一任している。

 

(名前はナンブですけど。見た目はアレですね)

 

 全体的に小型で、弾倉の板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が銃身の上に固定されている独特なデザインに、エルはベルギーあたりのサブマシンガンを連想した。

 

 冷却機構として所々に穴を開けた空冷式を採用し、発射形態もトリガーを押し込むことで歯車が回転し、魔力の伝達と切断を一定のリズムで行えるというローカルな連射機構も取り入れている。

 

 この連射機構も、最初の実験では小型の魔導演算機(マギウスエンジン)を使って魔法術式(スクリプト)で魔力を制御仕様としていたのだが、魔法術式(スクリプト)が予想以上に複雑化するという問題点が露呈した。さらに、『高価な魔導演算機(マギウスエンジン)を破損率や使い捨て上等の武器類に使うんじゃない』という意見が中隊長達から出たためにお蔵入りになった。

 だが、それでも諦め切れなかったアルはローテク上等と歯車で物理的に銀線神経(シルバーナーヴ)のパスをON/OFFする機構をバトソンに作ってもらったのである。持つべき物は友達である。

 

「発射」

 

 アルが操縦桿を動かすと、パッチワークの指が魔導兵装(シルエットアームズ)のトリガーを引く。すると、頭部兵装を撃った時のような風切り音と共におびただしい量の炎弾が演習場の地面を耕した。

 

「リロード!」

 

 炎弾が数秒ほど吐き出されると、急にその炎弾の雨が途切れる。しかし、アルは操縦桿を動かして魔導兵装(シルエットアームズ)に固定されている板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を外し、パッチワークの横に山済みされている実験用に魔力を十分に充填している板状結晶筋肉(クリスタルプレート)と取替えた。

 板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が再び固定されたのを確認したアルは、再び地面に狙いをつけてパッチワークはトリガーを引く。すると、炎弾が先ほどと同様に魔導兵装(シルエットアームズ)から連続して吐き出された。

 

 その行為を10回ほど繰り返すと、横に積んでいた魔力が十分に充填されていた板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が底を尽いた。パッチワークの周囲には使用済みの板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が散乱し、モートリフトを着込んだ騎操鍛冶師(ナイトスミス)達がそれらの片付けを行っている。

 パッチワークは固定している板状結晶筋肉(クリスタルプレート)をゆっくりと外す。暴発しないか数十秒待機し、何も起こらないことを確認すると、アルは拡声器越しに謝罪と退避を呼びかけてから魔導兵装(シルエットアームズ)を地面に放り投げた。

 

「実験終了です。あとナイトスミスの皆さん! 何度も言いますがすみません!」

 

「どうせ耐久試験もやるつもりだったんだ! 構わないよ!」

 

 アルは実験終了の宣言と同時に魔導兵装(シルエットアームズ)の外装を作った騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に謝罪する。しかし、銀線神経(シルバーナーヴ)の断線を確認するついでに内部機構の耐久試験をして欲しいと頼み込んだのは騎操鍛冶師(ナイトスミス)側だったので、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は全員手を振りながら答える。

 やがて、用意した板状結晶筋肉(クリスタルプレート)魔導兵装(シルエットアームズ)を回収したモートリフトと共にパッチワークが工房に戻る。作業スペースにパッチワークが座り込むと、操縦席から降りて来たアルが騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と共に今回の実験の結果を確認する。

 

 その結果だが、連射機構はうまく動作。そして、あれだけ撃ったにも拘らず銀線神経(シルバーナーヴ)の断線も見られなかった。外気に晒したのが良かったのか、はたまた連射するのが正解だったのか定かではないが、1歩前進したのは確かだ。

 

 また、魔導兵装(シルエットアームズ)を放り投げても連射機構に大した故障はなかったので、今回の実験は大成功だとアルは太鼓判を押した。

 

「次の案件ですが、新入生の方達はこちらの設計図を見ておいてくださいね。作ることになるので。後、兄さんも色々考えてるっぽいのでそれの対応も随時メンバーを分けて対応します。僕のパッチワークも兄さんの装備を付け加えたり、対策を施していくのでお忘れなく」

 

 アルの口から矢継ぎ早に放たれる口撃に、実験の成功で舞い上がっていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は動きをぴたりと止める。新入生達も何を言われたのか分からずにアルから手渡された紙を呆然と見ながら動きを止めた。

 その数分後、とんでもない指示をされたと認識した騎操鍛冶師(ナイトスミス)達のこの世の物とは思えない叫び声が工房中に響き渡った。

 

***

 

 春が終わり、夏がやってきた。

 新入生達が最新技術やエルやアルの言ってくる無理難題にひぃひぃと声を上げていたのは昔のこと。今では『うっす。やってみまーす』と妙に手馴れた挨拶を返して仕事を行っているので、ダーヴィド達は『スレた反応しやがる』とつまんなそうに愚痴をこぼしていた。

 

 そんな銀鳳騎士団だが、本日はツェンドルグとパッチワークの稼動実験が予定に入っていた。騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は工房中を走り回り、ツェンドルグとパッチワークにはナイトランナーであるオルター兄妹とアルが乗り込む。

 

「アルフェンス・エチェバルリア。パッチワーク行きます」

 

 固定が外された音を聞いたアルはロボアニメのような宣誓をしながら操縦桿と鐙に力を込めると、操縦に反応したパッチワークはゆっくりと工房の外へ向かって歩を進める。

 春頃とは違ってパッチワークの背部は膨らんでおり、その中には2基目の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が納まっている。足首から膝にかけて大きな空洞がある異様な脚部にもギミックが仕込まれており、空洞内部に紋章術式(エンブレム・グラフ)がびっしり書かれた銀板が貼られていた。

 

 そんな様々な装備をくっつけたパッチワークをゆっくりと工房へ向かって進ませる。それに続いて四本の足で大地を踏みしめたツェンドルグが工房の入り口を見据えた。

 

 春頃の大失敗を魔力転換炉(エーテルリアクタ)を増設するという荒業で解決したツェンドルグは、春の終わり頃に改修が完了した。

 現在はオルター兄妹による動作試験をしているが、これまで常歩(なみあし)速歩(はやあし)といった比較的速度が出ない歩法でツェンドルグの動きを確認していたため、本気を見せれないとアディはいささかご機嫌斜めの様子だった。

 キッドが魔力転換炉(エーテルリアクタ)の出力を確認し、アディは魔導演算機(マギウスエンジン)結晶筋肉(クリスタルティシュー)の機嫌を確認するといういつもどおりの点検後、アディは今回の試験を行う前にエルに頼まれたことをにやけながら復唱する。

 

「今日から速度を出してOKだから、いよいよツェンちゃんの本気を見せれるわね」

 

「ああ、速度を出しても大丈夫だったら後は細かい調整だって話だったな。アディ、頼んだぜ」

 

 『少し速く走ってみましょうか』というエルの言葉を思い出しながら徐々にテンションを上げたアディの耳にツェンドルグを繋ぐ鎖が外れる音が聞こえた。その音に従ってゆっくりと工房の入り口に近づき、アディは自身のテンションを抑えきれずに笑い声を上げた。

 

「ちょ、アディ! 出てからだぞ! まだ工房内だからな!」

 

 キッドが制止する声も聞かずにアディはツェンドルグの後ろ足を地面に擦って全速力の構えを取らせる。その姿を見たダーヴィドが避難の指示を出しながらツェンドルグに止まるように大声を出すが、ツェンドルグは馬が最高速度を出す襲歩(しゅうほ)の足運びで泡を食いながら避難する騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の間を駆け抜けていく。

 その様子を工房の入り口近くで見ていたパッチワークは慌てて学園の校門を目指していたツェンドルグを大声で引き止める。

 

「2人共! 街中で走らないようにー!」

 

「あ、そうだった。危ない危ない」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)という巨大な物体を街中で走らせたが最後。被害は考えたくもないし、それによって銀鳳騎士団の信頼は確実に地に堕ちるだろう。

 アディもそのことだけは覚えていたのか、落ち着きを取り戻すとパッチワークの後ろをゆっくりとついていく。

 

「アディ、今乗っている物は人を簡単に潰せる物だと自覚しないと駄目ですよ。帰ったら親方に謝りましょうね」

 

「ごめんなさい」

 

「キッドも搭乗者の1人なんですから言っても分からなければ実力行使で止めてください」

 

「分かった」

 

 反省したような声がツェンドルグから聞こえたのでアルはこれ以上問い詰める真似はしなかった。おそらく帰ったら親方のありがたいお説教があるんだろうなと予想しながら2機はライヒアラの街を出る。快晴に恵まれ、幻晶騎士(シルエットナイト)の高い視野によって周囲に何もないことをアルが確認すると拡声器越しにツェンドルグに指示を出す。

 

「周囲には商隊も部隊も居ないので好きに走り回ってください。キッド、アディは走り回ったら操縦に集中すると思うので目になってあげてください。もし声で聞かなかったらそこから蹴りやすいお尻とか蹴り上げてでも止めてください」

 

「分かった」

 

「分からないで!」

 

 アディが叫び声を上げるが、アディの尻より商隊の馬車や部隊を轢く方が大事になるのでアルは無視する。するとうなり声をあげていたアディがツェンドルグの足を常歩(なみあし)から速歩(はやあし)と速度を上げていく。

 

「すごいすごい! ツェンちゃん速い!」

 

「確かに……これはすごいな! ははっ! アディ、森の方行ってみようぜ」

 

 周囲の景色が飛び去るのを幻像投影機(ホロモニター)で見ながらその疾走感にしょげていたアディのテンションが一気に上がる。そのまま森の方に走り去っていくツェンドルグを見ていたアルはおもむろに手元のボタンを押した。

 

 するとパッチワークの足から激しい吸気音が響く。魔力転換炉(エーテルリアクタ)の吸気音がかわいらしく聞こえるほどの甲高い音にライヒアラの門を守る守衛が飛び出してくるが、拡声器からアルが避難するように警告する。その声を聞いた守衛が『銀鳳騎士団のいつものあれ』と気づき、同僚を押し込むように守衛室に避難した。

 

 やがてパッチワークの脚部に存在する空洞が吸い込み、内部で圧縮した大気が地面に激しく叩きつけられる。その大気によって砂が周囲に激しく舞うが、窓からパッチワークの様子を伺っていた守衛は、そんなことよりも驚愕の事実を目の当たりにしてかすかに口を動かした。

 

「シルエットナイトが……浮いてる」

 

 金属と結晶質の触媒で構成された何tもの重量を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)が空中に──といっても地面から数センチぐらいだが浮いたのだ。守衛はそれを見てふらりと倒れそうになるが、なんとか気を強く持つと幻晶騎士(シルエットナイト)の動向を注意深く見つめる。

 

「うお……おおぅ。やっぱり不思議な浮遊感ですね。よし、移動開始します」

 

 何回も練習したが未だに慣れない浮遊感に、アルが操縦桿を操作しながら鐙を蹴る。すると、空中を浮遊するパッチワークは膝を軽く曲げながら機体の後ろから大気を放出しながら前に進む。ぐんぐんと速度を上げていくパッチワークにアルは浮かれた声を出した。

 

「成功です! やっぱりホバーは良い物ですね! 炉を2つにしたからマナ・プールも大分余裕がありますし、2人を追いかけてみましょうか!」

 

 足の空洞から大気を前後左右に噴出しながら縦横無尽に大地を駆けるパッチワークは、とうとうツェンドルグに追いつく。急に横に現れたパッチワークにキッド達は軽く驚くが、すぐに楽しそうに速度を上げる。

 

「アル君ここまでおいでー」

 

「ふふ、双発はツェンドルグだけの物ではなっ!」

 

 アルの声が途切れた次の瞬間、激しい音がツェンドルグに届いた。キッドはアディに呼びかけ、アディが慌てながらでも冷静に手順を守ってスピードが乗った状態のツェンドルグを停止させる。

 

「アル君!」

 

 ツェンドルグがパッチワークの方を向くと、そこには変わり果てた姿のパッチワークが倒れていた。脚部から喘息を起こしたような独特な吸気音が響き、胴体の各所に溶接されていた追加装甲が潰れた状態で機体から剥がれ落ちていた。その様子に『エルが始めて空を飛んだ日』の結果を実際に見ていたキッド達はツェンドルグから降りるとパッチワークの胸部装甲に近づく。

 

「キッド……アディ……すみませんが助けを呼んできてください。後、パッチワークの脚部が動かないのでツェンドルグ用の荷車も持ってきてください」

 

「アル! 無事なんだな?」

 

「ベルトで身体を固定してたので大丈夫です」

 

 ひとまず無事なことを確認できたキッドは、いまだに胸部装甲から離れないアディを掴んでツェンドルグに押し込める。キッドでも足の操縦は出来るのだが、アディの方が慣れているため何とか説得してツェンドルグをこの場から離れさせる。

 

「いっつつ……マナ・プールは問題ないですし……そういえば脚部のあれがいきなり動かなくなったような」

 

 なんとか操縦席から這い出したアルは、パッチワークの脚部に仕込んである装置である魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)の心臓部を確認する為に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を停止させた。

 

 『魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)』。

 取り込んだ空気を圧縮して熱し、指向性を持たせて噴出させることで機体を前に押し出す推進装置である『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』から熱するプロセスを抜いた物だ。

 

 この装置はエルが魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の理論を考えている最中に、『それを使ってホバー移動したい』とアルが口を挟んだ時期からエルが構想していた物で、先日の『流れ星事件(命名:藍鷹騎士団員)』の折にエルが、『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)でホバーをしたら熱された空気が周囲に流れて作業員丸焦げになりかもしれません』とアルを諭し、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の代わりに取り付けられた物である。

 

「え、なんでこんな傷だらけに……」

 

 そんな魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)紋章術式(エンブレム・グラフ)が刻まれている銀板をアルが1枚1枚検分していくと、複数の銀板におびただしい量の傷が出来ていた。原因を探ろうと傷が入っている紋章術式(エンブレム・グラフ)を軽く触ってみるとじゃりじゃりとした感触が返って来たので、アルは思わず手を引っ込める。

 

「小石?」

 

 手にくっついた小石や砂が入り混じった物を見ながらアルは先ほど通って来た道を確認して1つの推測を立てる。

 

「巻き上がった小石とかを吸い込んでエンブレム・グラフに傷を……? それでスクリプトが強制的に終了した?」

 

 さらに検証を続けようとしたが、アルの耳に馬蹄のような音と車輪のような音が聞こえて来た。アルはひとまず調査を中断させてパッチワークの脚部に腰をかけ、残念そうな顔をしながらパッチワークを労わるように装甲をなでる。

 

(やれやれ……真剣に遊ぶとなると苦労も多いですね。ま、覚悟はしてましたけどね)

 

 次第に聞こえてくるキッドやアディ、そして荷車に搭乗しているテレスターレから聞こえてくるエドガーの声にアルは振り向きながら手を上げた。

 

***

 

「で、ノーラよ。この『摩り下ろし事件』というのはなんだ?」

 

「アルフォンス様がシルエットナイトで地面を滑ろうとし、ご自身の機体であるパッチワークを中破させた事件です」

 

「…………なんで! あの兄弟はっ! 厄介ごとばかり起こすんだ!」

 

 その後、藍鷹騎士団員の報告を飲み込みきれなかったどこかの公爵の声がカザドシュの空に反響した。




小説情報をちょっと修正
どこで使われる台詞かはまだ秘密

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