銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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43話

 パッチワークが盛大にすっ転び、エルとアルが提案したツェンドルグの運搬装備である『正式名称:荷馬車(キャリッジ)』の性能を自分自身で体験したアルは、幻晶騎士(シルエットナイト)応用学で教鞭を取っていた。

 

「……なのでここの固定をおろそかにした場合、クリスタルティシューの膨張や伸縮に固定が耐え切れません。最悪腕自体が吹き飛ぶので注意してください」

 

「銀鳳騎士団の方々はこの場合はどのように対処してるんですか?」

 

「実験したい場合、まずは班長に報告。次に班長がおやか……じゃない、ダーヴィド隊長に報告しますね。あとはダーヴィド隊長が声出して警告したら団員が盾を持ちながら物陰に隠れてナイトランナーの人に乗ってもらって確認です。手順は増えますが、この方が安全なので」

 

 夏が始まってから何度目かの授業。アルは開発素体のサロドレアからテレスターレに改造した経緯や、現行機であるカルダトアとテレスターレとの差異について説明していた。当然、今までに存在しなかった技術ばかり説明されるので、授業初日は困惑していた生徒が多数存在していた。しかし、授業を重ねるごとに順応したのか、今では普通に疑問点を質問したり、改修案と言った自発的な行動も増えて来た。

 対するアルの方も生徒達に高圧的に接するような真似は避けている。

 街で美味しいお菓子を売っている屋台を主に女子学生に、がっつり系の物は男子学生に聞いては実際に行ったり、授業途中の雑談として開発の裏話や失敗談を面白おかしく話したりと結構自由に授業をしているので学生達の食い付きや評判も良かったりする。

 

 しかし、今回の授業ではそんな雑談は一切していなかった。というのも、アルの脳内には昨日の失敗が焼きついて離れなかったからだ。

 あの後、アールカンバーに手伝ってもらいながらだが、なんとか工房に到着したアルは親方に脚部を見せると、案の定『小石が混じった砂』が原因だと知らされた。

 砂にはたまに鋭利な石の欠片も混ざっていることがある。それを大気と一緒に取り込み、圧縮することで魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)内で砂粒などが暴れ回り、納められている紋章術式(エンブレム・グラフ)が激しく損傷を受けた。その結果、刻み込んである魔法術式(スクリプト)が正常に作動しなかったのである。

 

 これには開発者のエルも真面目な顔で『スラスタ系』の術式を考え直すことにしたらしく、今日の『とある実験』が終わった後はそれにかかりきりになると昨夜の兄弟会議で話していた。

 

「では、最後にこの間の盤上戦術で面白そうだった物を銀鳳騎士団で試してみたのでそれを発表します」

 

 アルの授業も終わりに差し掛かった頃、アルが授業を行う際の定番になっている『戦術を実際に行ってみたのコーナー』を開始する。

 先日のお題は趣向を変え、魔獣相手ではなく城門の上や城壁などに幻晶騎士(シルエットナイト)や投石器が待ち構えている要塞相手にどうやって中に入るのかというお題である。なお、今回は機体の制限はしていない。

 

 ちなみにエドガーは投石器や法撃を利用した堅実的な戦法を提案し、ディートリヒは『アルフォンスの遠距離用の装備を使って偉そうな指揮官を潰す』というアルに毒された戦法を提案。ヘルヴィは『輸送隊狙って干上がらせましょう』とえげつない方法を話し、アルは『病気になりそうなのを要塞内に投げ込む』と言ってエドガー達に『こちらが占領したらどうするんだ!』と総スカンを食らった。

 

「面白そうだった案はこれですね。実際に試してみましたが、サブアームの出力が足りなかったので機体に岩が当たりましたが、法撃は全て防いで城門にたどり着くことが出来ました」

 

 アルが選んだ戦法は『数機のテレスターレのサブアームに盾を持たせ、それを掲げながら破城槌で城門を突破する』というものだった。アルは当然追加装備(オプションワークス)のことを話していないので、この提案は純粋に生徒達の発想によるものだ。

 実際にやってみたエドガーや第1中隊の団員も『フレキシブルコートなら出来た』と口々に言っていたので、魔獣の対応が主なフレメヴィーラではやる機会はなさそうだが1つの戦術が形になった気がした。

 

 結果を発表後、授業の終了の鐘が聞こえたのでアルは授業を終わりにする。

 生徒達が全員退室したのを確認すると、次に行われる中等部の授業の視察の準備をするために幻晶騎士(シルエットナイト)応用学の主担任がアルに挨拶をしながら教室を後にした。

 

「さーて、工房行きますか」

 

 軽くため息をついたアルは片付けをすると静かに教室から出て行き、工房へ歩いていった。

 

(とりあえず、空洞に格子付けて貰うかなぁ)

 

 アルは対策を考えながら工房に足を踏み入れると、ちょうどエドガーが短剣をエルから渡されている所に出くわした。

 

「あ、アル。お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。ああ、やっと防犯対策が出来るんですね」

 

 アルの実感のこもった言葉にエルは頷く。テレスターレの強奪から数ヶ月、『奪われるかもしれない』と言ったアルの言葉への解答がようやく実物になったのだ。

 

 紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)

 機体の操縦席に設えられた差し込み穴とエドガーが受け取ったような銀の短剣には紋章術式(エンブレム・グラフ)が鋳込まれており、その機体と対を成す銀の短剣を差し込まれない限り機体を動かす事が出来ない。いわゆる鍵のような代物である。口で言えば簡単だが、これを作成するのにも度重なる失敗と検証、そして動作確認といった作業が山のようにあったのだが、話すと長くなるのでこのあたりにしておく。

 

「適当にカットした銀板ふざけて差し込んだら動いたりしてましたね」

 

「あれはモンキーテストとしてはちょっと乱暴すぎましたね。まぁ、そのおかげで魔力を通さない金属の破片を短剣の一部に埋め込んで擬似的なIDに出来たのは大きいですよ」

 

「でも、ID別に振り分けるには結構コストかかりますよ」

 

 アルがコストの話をしだした途端、エルは『そうなんですよね』と肩を落とす。

 紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)は現在、1つの短剣に1機の幻晶騎士(シルエットナイト)という仕様に基づいている。しかし、今後この技術が出回ったと仮定すると、幻晶騎士(シルエットナイト)の数だけ鋳込む紋章術式(エンブレム・グラフ)や魔力を通さない部分を作るための金属片の位置──つまりIDを変えなければならない。

 それはどう考えてもそれは現実的ではないだろう。仮に現実に移した場合、フレメヴィーラ王国に家紋などの監督する役職である紋章官と同じような紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)を監督する役職を新たに作り出すほど組織的な動きが必要となってくるだろう。

 

 どう見繕ってもコストや人員がかかりそうな案件に、エルが『鍵盗まれた時用にパスワードを3回ミスったら自爆するようにしましょう』とさりげなく自分の趣味を押し出して来たが、アルは『自爆は自分の機体だけにしてください』と提案を却下した。

 

「ん? 銀色小僧、来ていたのか。ちょうど良い、あいつのことについて話てぇから坊主と一緒に面ぁ貸せ」

 

 今後の防犯に対する機能を話し合っていると、ダーヴィドが親指を後ろに向けながらエル達を誘う。その親指の先には昨日盛大に転んでそのままのパッチワークが鎮座していた。

 

「親方。対策を考えたんですが、格子みたいな物を脚部の空洞に取り付けるやり方とかどうですか?」

 

「あー、そりゃ俺も思ったんだがなぁ。砂粒クラスになるとどうしたって入り込むんじゃねぇか?」

 

「ハイプレッシャーウォールのような大気の壁を空洞付近に配置しておくのはどうでしょう?」

 

「双発にしたので魔力的にも一応いけますけど……致し方ないですね。両方導入しましょう。あ、ダメ押しでエンブレム・グラフに手を入れて範囲を書き換えましょう」

 

 範囲の書き換えにピンと来なかったエルとダーヴィドに、アルは手のひらを反対に向けながら『銀板を紋章術式(エンブレム・グラフ)が刻まれていない方に向けて溶接するんです』と説明する。紋章術式(エンブレム・グラフ)は銀板に魔法術式(スクリプト)を刻み、魔力を流すことで特定の魔法現象を起こす技術である。つまり『魔法現象を起こす場所を少し弄って裏側を傷つきやすい所に設置してあげれば、小さな傷程度なら途中で強制終了することはない』とアルは考えた。さらに銀板を保護する金属製のカバーをつけてしまえばちょっとしたことで銀板が傷つく事はないに等しいだろう。

 欠点として、いちいち範囲を計算して刻まないといけないので極めて面倒な作業なのだが、アルは笑いながらエルを見る。おそらく巻き込まれるだろうと察したエルは、心に秘めていた計画を実行に移す。

 

「せっかくなので、もうちょっと手を加えてみません? ツェンドルグも実験中ですからそんなに人手が必要ではないのでいよいよ僕達のシルエットナイトを完成させましょう」

 

「おいおい、本当に槌の休まる時間がねぇじゃねぇか。……まぁ新入生の奴等も使えるようになって来たのはあの荷車を見ても十分分かった。銀色坊主も反省してるみてぇだし、いっちょ銀鳳騎士団のナイトスミス隊の本気ってやつを見せてやるよ」

 

 ダーヴィドのお許しに『やったー』とぴょんぴょんと飛び上がりながらエルが喜ぶが、アルはダーヴィドの耳元で『許したんですか?』と聞くと、ダーヴィドが頷いたのでアルも納得する。

 

「でも、その前にちゃんと休みとってください。あと、新入生の先輩達褒めてあげて下さい。モチベが大事なんで」

 

 心なしかアルの方を見ながら言ったエルの言葉に、『褒めるのは得意じゃねぇんだよ』と頭を掻きながらもダーヴィドはのしのしと荷車の点検や改善点を洗い出している新入生達の下へ向かう。その様子を穏やかな顔つきで見ていたアルは、横で猛然と設計図を書き出しているエルの姿を捉え、先ほどの表情を崩した。

 

「で、なにしてるんですか」

 

「いえ、僕の機体とアルの機体の設計図を書いてます。あ、安心してください。大まかなデザインは変えていませんから」

 

 アルがひったくるように設計図を見ると、左右の腰に何かを入れるためのポーチが書かれており、さらに後ろ側の腰にはサブアームが新たに追加されており、その先には『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』という文字がでかでかと書かれていた。

 

「クリスタルプレートを入れるポーチと増速用のマギウスジェットスラスタです。アルの話を聞くにエアスラスタのみだと急停止しにくいと思ったのでくっつけました」

 

エルの言葉にアルは納得しながら図面を見るが、その後に言われた『ナンブをサブアーム含めて4丁持たせましょう』という言葉にアルは元ネタを察した。

 

「良いんですか? もし、それをやるんだったらパッチワークを蹴ったり殴るだけで魔獣達を切り刻めるような仕様に改造しますよ? ……あ、アーケードゲームのコンボとか取り入れたOSを兄さんに作らせるのとかも良いですね」

 

「それ、最低でも入力した命令を監視や行動の判断しなきゃいけないですからCPU……っていうかマギウスエンジンいくつ必要なんですか?」

 

 年間30機程度しか生産できないとある機体やとあるOSを引き合いに出したアルに、エルは『起き上がる時とか腰のスラスタ使ったり色々出来ますから』と有用性を猛プッシュする。だが、エルと比べて空への願望があまりないアルは渋い顔で反論した。

 

「取り付けても空を飛びませんからね? やるにしても短距離の跳躍に使うぐらいですよ?」

 

「分かってますよ。兄弟なんですから、同じ装備があっても……良いじゃないですか」

 

 エルが自身の機体の設計図を見せながらそっぽを向く。確かに『エルが先ほどから書いていた機体』と『昔からの夢を詰め込んだ機体』には、アルの機体となんの共通点もない。『せめて兄弟なのだから、同じ装備を1個ぐらい付けたい』という可愛らしい我が侭に、アルは大きく息を吐き出した。

 

「分かりました。ではこのように改造しましょう。……ま、親方達が順番で休み取り終えてからですね。皆の希望日取ってきます」

 

「あー、すみません。忘れてました」

 

「銀鳳騎士団はホワイトな職場なんですから気をつけてくださいよー」

 

 真っ白な紙をヒラヒラさせながらアルはダーヴィド達の方へ歩いていく。その数分後、アルは休暇申請に喜んだ騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の波に飲み込まれていった。

 

 ***

 

 長い夏が終わり、フレメヴィーラに実りの秋がやってくる。各村では収穫に追われ、その収穫物や村の人々が都会の風を感じるような品々を運ぶ商人がフレメヴィーラ王国の生命線である西フレメヴィーラ街道を行きかう姿がちらほら見られる季節である。

 

 だが、日の出から少ししか経っていない時間帯。まだ朝霧が晴れていない街道を数台の馬車が駆けていた。

 曳いている馬が潰れる勢いで爆走している馬車の後ろを魔導兵装(シルエットアームズ)を装備した数機のカルダトアが朝霧の奥に向かって法弾を放つと、法弾になにかが当たったのか紅蓮の華を何個か咲かせた。

 

「お前達、無駄に法撃するな! 魔力が持たないぞ!」

 

「だがどうするんだ! あの数だぞ!」

 

「畜生! だから俺はもう少し寝ていたいと言ったんだ!」

 

 商人という物は時間という限りある資源を有効的に使うために早起きである。だが、今回は逆にその早起きが仇になった。

 外套型追加装甲(サー・コート)を装備したカルダトアが魔力の消耗を抑えようと僚機に指示を出し、荒っぽい返事が返ってくる中、爆炎と朝霧が入り混じった物の中から十数匹の巨大な羽虫が飛び出してくる。

 

 巨甲蟲(ジャイアントバグ)

 羽を用いて空を飛び、口内から分泌された可燃性の粘液を噴射しながら炎系統の魔法を使うことで炎のブレスを吐くことができる肉食系の魔獣である。この魔獣の最たる特徴はその大きさにあり、小さい物で馬車ぐらいの大きさなのだが、大きい物で幻晶騎士(シルエットナイト)と同等の大きさになる。

 当然、大きくなればその脅威度も増すので、人が対抗できる小型魔獣から決闘級魔獣まで脅威度が異なる特殊な魔獣として教科書に載っていたりする。

 

 そのような魔獣、それも決闘級クラスに大きくなったものがカルダトアに向けて突っ込んでくる。迎撃しようと騎操士(ナイトランナー)達が操縦桿に力を込めようとした時、魔力転換炉(エーテルリアクタ)の吸気音と共に馬蹄のような音が聞こえて来た。

 

「くそっ! 新手……か?」

 

 外套型追加装甲(サー・コート)を装備したカルダトアが後ろを振り返ると、『空を法弾のようなスピードで突き進む幻晶騎士(シルエットナイト)』と『上半身は幻晶騎士(シルエットナイト)だが、下半身が馬という幻晶騎士(シルエットナイト)なのかすら怪しい物』がこっちに向かって突っ込んでくる。その異様な光景に商隊を警護する騎操士(ナイトランナー)集団『商騎士団』の面々が呆気に取られている間に、空を飛ぶ幻晶騎士(シルエットナイト)が彼らの上を通り過ぎる。

 

「ひとぉつ!」

 

 少女のような軽やかな声と共に謎の幻晶騎士(シルエットナイト)が槍の穂先を巨甲蟲(ジャイアントバグ)に向けると、巨甲蟲(ジャイアントバグ)の脳天にそのまま槍が突き刺さる。突き刺さった瞬間に槍から手を離した幻晶騎士(シルエットナイト)は、槍が突き刺さっているがまだ動いている巨甲蟲(ジャイアントバグ)の背中を蹴り、背中から生えている腕に固定されている厚手の剣を手に取りながら次の獲物へ跳躍する。

 

「ふたぁつ!」

 

 2匹目の背中目掛けて重力を味方にしながら剣を突き刺す幻晶騎士(シルエットナイト)からさらに楽しそうな声が聞こえてくる。だが足場にしていた巨甲蟲(ジャイアントバグ)が事切れたため、その幻晶騎士(シルエットナイト)巨甲蟲(ジャイアントバグ)と共に地面に落ちてしまう。

 

「いかん! このままでは袋叩きにあう!」

 

 戦いを呆然と見ていた商騎士団は、なぜかその場を動かない謎の幻晶騎士(シルエットナイト)の周りを取り囲む巨甲蟲(ジャイアントバグ)に向けて魔導兵装(シルエットアームズ)を向けるが、その前に包囲していた巨甲蟲(ジャイアントバグ)の半分が土煙を上げながら突っ込んでくる人馬の形をした奇妙な物に轢かれた。

 

「うぇー、きたなーい」

 

「帰ったら綺麗にしてやらないとな」

 

 人馬から少年と少女の声が聞こえ、上半身の手に装備している槍を振り回しながら魔獣の体液を散らすと、人馬は再度突撃を行って魔獣の数を減らす。そうしている間に謎の幻晶騎士(シルエットナイト)も息を吹き返したかのように動き出し、朝霧が太陽の日差しで消える頃合には生きている巨甲蟲(ジャイアントバグ)も残り数匹となった。

 

 獣……いや、この場合は虫だろうか。その本能に従った巨甲蟲(ジャイアントバグ)は羽を動かして撤退を始める。それを許すつもりはないと人馬は槍を手に突っ込み、巨甲蟲(ジャイアントバグ)を屠っていく。

 しかし、その内の1匹が森へ向かってふらふらと飛んでいった。

 

 だが、橙色をした槍状の法撃が巨甲蟲(ジャイアントバグ)の胴体に突き刺さり、そこから盛大に火が上がる。その場に居る商騎士団はお互いを見るが、誰も法撃を行っておらず、謎の幻晶騎士(シルエットナイト)達も棒立ちでその様子を観察している。

 そして、胴体を焼かれながらも森へ帰ろうとする巨甲蟲(ジャイアントバグ)の顔目掛けて先ほどの法弾が商騎士団の後方、馬車を逃がした方向から飛来する。ヒュボグッという風切り音と共に巨甲蟲(ジャイアントバグ)の頭部ははじけ飛び、最後の1匹はそのまま大地へと墜落した。

 

***

 

「で、この有様ってわけか」

 

「はい。とりあえずツェンドルグの足回りの整備はやっておいてください。どこに負荷がかかってるかのメモもお願いします」

 

 ライヒアラ郊外にある森の中。木々の合間に隠れるように先ほどの謎の幻晶騎士(シルエットナイト)『トイボックス』と人馬の化け物『ツェンドルグ』が並んで駐機体勢を取っていた。この2つは銀鳳騎士団の中で特に機密性が高い物なので、十分なテストを行ってからは学園の工房ではなく森の中に仮設した工房で整備を行っている。なお、この工房もモートリフトなどを用いた新入生達が短期間で仕上げた物である。

 

「ツェンドルグも有名になってきましたね。街道を走る謎の魔獣って色んなところで持ちきりですよ」

 

 商人達はライヒアラにも訪れるので、酒場や道端で街道を走る馬のような魔獣の噂は当然エル達や町の人達の耳にも入っていた。しかし、ツェンドルグが森の中に居を構える以前は学園と街の外を行き来していたので、ライヒアラで暮らしている人達は魔獣の正体を知っている。

 もちろん正体について話している人も居るだろうが、ここまで正体が露呈しないことに『言っても信じてくれてないんじゃね?』と想像したキッドは苦笑を漏らした。

 

「そういえば銀色小僧はどこだ? 一緒に居たんじゃねぇのか?」

 

「アルが助けた商隊の人達からこれ買ったんで、傷む前に調理しちゃおうって調味料買いに行ってます」

 

 植物から綺麗な葉だけを毟り取っていたエルはダーヴィドに葉を見せる。それはフレメヴィーラでよく使われる物で、地球で言うミントのような香りの香草だった。だが、エルの周りには調理に使うような鍋があっても食材が無いことにダーヴィドは頭に疑問符を浮かべる。そうしていると吸気音と共にライフルのような試作魔導兵装(シルエットアームズ)を持ったパッチワークが地面を滑りながら森の前にたどり着く。魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)を切ったパッチワークは足を動かして森の中にある作業場に足を踏み入れると駐機体勢を取った。

 

「お待たせしました」

 

「ではここは邪魔になるので、あっちで調理しましょうか」

 

「了解です。あ、親方ー! 後でエドガーさん達がオプションワークスの試験の続きするためにこの周辺に来るので、出迎えお願いします」

 

「分かった。おめぇら! 足回り終わったら班分けんぞ!」

 

 パッチワークから降りながらアルがダーヴィド達に指示を送ると、ダーヴィドや騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が返事をする。その返事を聞きながらエルは、鍋と選り分けた葉を持ったアルと共に森の奥の水場へ向かい、水場に到着したと同時に選り分けた葉を水に浸して軽く洗う。

 そんなエルの横でアルは鍋に水を汲んで沸騰させていると、森の奥から数人の人影──藍鷹騎士団の間者達がエル達の前に現れた。

 

「エルネスティ様、アルフォンス様。先ほどの商隊の裏が取れました」

 

 間者達の中からノーラが姿を現しながら、先ほど遭遇した商隊が他の国の息がかかっている物かどうかの結果を知らされる。

 結果は灰色。商隊が所属している商会は分からないが、少なくともあの場に居合わせた商隊は非合法な物も取り扱っておらず、他の国の密偵ではないことが確認された。

 この調査に何人の密偵が使われたのかエル達には分からないが、想像以上の成果にエル達は『すごいですね』と舌を巻いていた。

 

「では、どこかの騎士団のシルエットナイトだって事だけ注視してください」

 

「分かりました。『クロケの精霊』の場合は大丈夫ですか?」

 

「はい、どこかの騎士団が開発した物ってなるべく漏らさなければ大丈夫です」

 

 沸騰した鍋の水に途中の市場でアルが買ってきた黒砂糖とエルが洗った葉を投入したアルが火を止めて鍋に蓋をしながら指示をする。

 ツェンドルグは間違いなく銀鳳騎士団の最新鋭機である。なので、試験や動かすタイミングは早朝にしたし、今回のように商隊に発見された場合は商隊で扱っている商品を『少し高い値段で』購入し、商隊メンバーの数週間の動向を見張らせることを藍鷹騎士団と決めていた。

 

 それでも人の口に戸口は立てられないので、アルは『せめて口を滑らせるならクロケの精霊ってことにしといてください』と商隊のメンバーに念を押している。なお、それでもどこかの騎士団が作った新型だと口を滑らせた場合、1回目は厳重注意。2回目は数日間の拘留。3回目は反逆の意思ありとして『処置』を行うと藍鷹騎士団の団長と名乗る平凡な顔つきの男と約束している。

 

 鍋の香草を漉しながら煮沸消毒した瓶の中に少し濃い緑がかった砂糖水を入れると、アルは水場にその瓶を漬けて冷やしながらノーラに『公爵から何か連絡はありましたか?』と問うと、ノーラは少しだけ苦笑いを浮かべながら『先日のアルフォンス様の行ったことにお怒りでした』と告げた。

 

「あるぇ……兄さんの時はなにも無かったのに何で僕だけ?」

 

「おそらくエルネスティ様に続いてアルフォンス様だったので、許容量が超えたのかと」

 

 ノーラの横に立つやせ気味の藍鷹騎士団員の言葉にアルは膝をついて落ち込む。確かに危ない事はしたのだが、まさか小石が原因でこけるなんて予想がつかなかったので、アルは少し理不尽に思っていた。

 

「次は気をつけることにしましょう。あ、これ香草のシロップです。皆で分けてください」

 

「あ、すみません。いただきます。それでは今回はこれで」

 

 ノーラの報告が終わると同時に水から瓶を引き上げたエルはノーラにその瓶を渡すと、ノーラ達は森の奥へ消えていった。それを見届けていると、金属と金属がぶつかり合う重い音が森の外から聞こえてくるので、エルはそちらの方を見ながら水場から残った瓶を引き上げた。

 

「エドガーさん達も来てるみたいですね。帰りましょうか」

 

「そうですね。まったく、人に言えない企みは手間がかかりますねぇ」

 

 アルの言葉に『僕達、どっちかというと正義の味方なんですけどね』と突っ込みながら森の中の作業場に戻ると、ダーヴィドが『戻ったか』とエルに1つのスクロールを手渡した。エルがそれを紐解き、アルと共に中身を見ると『報告書にあった新型機の性能を確認したい』という召喚状だった。

 

「ついに来ましたね」

 

「ええ、アルに逐一報告書を送ってもらった甲斐がありました。そろそろ隠すのも限界でしたしね」

 

 『流れ星事件』でのお仕置き以後の報告書はアルが作成していた。もちろん、昔の『メール爆撃』の反省を活かして1日に1通ではなく7日に1通で報告しており、送る際もノーラを使って藍鷹騎士団に委託する形を取っている。

 藍鷹騎士団としても人力の諜報網である『結界』の情報をカザドシュ砦に逐一報告しなければいけないので、荷物が1つ増えることに何の不都合も無かった。

 

 しかし、報告内容の粒度が荒く──例えば『足関節の魔法術式(スクリプト)のこの部分を書き換えて滑らかに動くように修正』といった現場的な書き方をしていた。その報告書にディクスゴードは読むのに四苦八苦していたのだが、半月に1度送られる事務所的な書き方を廃した『定期報告書』は読みやすく纏められていたので、ディクスゴードは内心『はやく報告したくてたまらないんだろうな』と報告については早々に諦めることにした。

 

「じゃあ、陛下の命を果たすために……度肝を打ち抜きに行きましょう!」

 

 エルが腕を空に突き上げながら宣言するが、チラチラと森の入り口の方を見る。そこにはテレスターレ達が可動式の盾に刃引きされた剣をガンガンと叩きつけたり、手ごろな樹木にワイヤーアンカーのような物を射出していた。

 

「……の、前にちょっと模擬戦したいですね。アル!」

 

「ダメです。これからお披露目会の段取り決めないといけないんですから」

 

 近場の団員から陛下に挨拶する時の言葉遣いの確認をしてもらっていたアルが振り返ると、首を左右に振る。ちょうどその時、試験が終わったのかエドガー達が戻って来たので、不機嫌そうなエルを無理やり着席させたアルは作業場の保存庫から紅茶の葉と木で出来たカップを持ってきて茶の準備を始めた

 

 ***

 

「なので、ここでツェンドルグが登場して会場を沸かせます! キッドはここで槍を振り回したりしてアピールしてください! その後に頃合を見てキャリッジを切り離してから停止! ここでアルが入場して会場をパッチワークに注目させます! そして、万を辞してエドガーさん達のテレスターレが立ち上がり、僕のトイボックスがキャリッジの幌をマントのように翻して登場します!」

 

「……なんで幌をマントのようにするんだ? 普通にマントを装備したら良いじゃないか」

 

 緊急で書いた台本を片手に熱弁するエルにエドガーの容赦ない質問が突き刺さる。荷馬車(キャリッジ)幻晶騎士(シルエットナイト)を乗せるのは良いが、マントや外套型追加装甲(サー・コート)があるのに幌をマントに見立てて幻晶騎士(シルエットナイト)に装備させる意味が見当たらないのだ。

 横で話を聞いていたアルは『ロマンとか格好良いからだろうなぁ』とエルの心を覗いたかのような想像をしながら、アル用の台本の隅に『近衛の隊長と挨拶する』や『待機場所を立ち入り禁止にしてもらう』など事務的なことを書き込み、先ほど作った香草シロップを紅茶に入れて口に含む。

 

「美味しいわね。これ」

 

「うん、頭がすっきりするよ。私好みだ」

 

 好評な香草シロップにアルが笑顔を向けていた横でエルがエドガーの問いにそれっぽい解答をするが、キッドに『格好良いからだろ?』とすっぱり言われ、少し黙った後に『まぁ、そうですね!』と開き直っていた。

 

(キッド……成長したなぁ)

 

 エルの考えを瞬時に読み取る辺り、キッドのエルに対する知識が蓄積されたことをアルは横で聞きながら心の涙を流す。そんなこんなで銀鳳騎士団はいつもと変わらずにぐだぐだと日々を過ごし、いよいよ召喚状に記載された日付になった。




ミントは繁殖力が強いので気をつけましょう(2敗)

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