銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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44話

 フレメヴィーラ王国の王都、カンカネン郊外にある近衛部隊の演習場ではどよめきが起こっていた。

 カルダトアの開発から100年。サロドレアから比較すると異例の早さでラボが試作した最新鋭機、『カルダトア・ダーシュ』の堂々たる姿に貴賓席に集まった貴族達が物珍しそうな眼差しで雑談に興じている。

 彼らの注目の的はやはり背中から生えている『腕』である。今までに無かった装備にラボの技量の高さを賞賛する声が上がる。

 

 そんな興奮が収まらない演習場の外で、銀鳳騎士団の面々が顔を突き合わしていた。

 

「では皆さん。台本どおりにお願いします……ってアルはどこいったんでしょ?」

 

「ああ、近衛騎士団に挨拶してるらしい」

 

「……アルの人脈ってどうなってるんでしょ」

 

 アルが聞いたら『俺は悪くねぇ!』とキレ散らかすような事を言いながら段取りを確認していく銀鳳騎士団一行。そんな一行から少し離れた場所で、アルは近衛騎士団の騎士団長と話をしていた。

 

「……というわけでこちらの段取りは以上です。よろしくお願いします」

 

「分かった。それにしてもこの前は頭部兵装を開発したって言う子供が新しい騎士団の副団長なんてね」

 

 近衛騎士団の団長が懐かしそうな顔をアルを見る。アルはそこら辺に居るような子供を覚えていたことに礼を言うのだが、頭部兵装の威力を団長自らが体験したのだ。忘れろというのも無理がある。

 すると、団長の横から近衛騎士団の副団長が少し悲しそうな顔でアルの肩を叩く。

 

「しかし、頭部兵装の事は残念だったね。私達は陛下に直訴して導入してもらったんだが」

 

「え? あれ、導入したんですか?」

 

「ああ、アレは組み付いた時に便利だからな。……ここだけの話。機体の魔力を馬鹿食いする事が決め手になったみたいだ」

 

 演習場の周囲を警備しているカルダトアを指差しながら『装備してるだろ?』と得意げに言った副団長の後に、団長がアルを自身の近くに寄せて小声で頭部兵装が実装されなかった理由を話す。

 本当はそのようなデメリット込みで現存するカルダトアに導入する予定だったのだが、そこにテレスターレのサブアーム技術が入って来たのだ。

 現物を解体しながらその技術を研究した結果、頭部兵装の上位互換だとラボが判断し、頭部兵装の導入は見送りされたらしい。

 

 それはアルもオルヴァーから聞かされていたので『気にしてませんよ』と返事をすると、エルの声が耳に届いたので『それでは打ち合わせどおりにお願いします』と待機している銀鳳騎士団の方に走っていった。

 

「本当に子供ですかアレは……もし、俺だったら怒り狂って却下した相手に掴みかかりますよ?」

 

「それはお前だけだ。良いから警護の続きをしろ。私は陛下に先ほどの話をお伝えしてくる」

 

 団長は隣で腕を組みながら唸っていた副団長をぽかりと叩くと指示を出しながら演習場へ駆け込んでいった。

 

***

 

「待ちました?」

 

「ううん、今来た所です」

 

「君達、変な芝居はやめたまえ。それより段取りの確認しなくていいのかい?」

 

 スキップしながらエルと合流したアルにディートリヒが文句を言う。だが、入場の段取りも入場する時の注意や挨拶の仕方も全てエルやアルが主導で行ったのだ。心配するような事はあらかじめ潰しているので、アルは『このお披露目会がおわった後の段取り』を確認するため、自身の機体であるパッチワークの後ろに繋いでいる荷馬車(キャリッジ)の幌を捲って中身を確認する。

 

「えーっと、モートリフトのサンプルに僕のシルエットギア……OK。オプションワークス……OK。ナンブとか諸々……OK」

 

「昨日散々確認したので大丈夫ですって」

 

 アルの気も知らずにエルがのほほんとしていると、近衛の騎士が入場の時間だということを知らせに来た。それを聞いたエルの『それでは皆さん、よろしくお願いします』という言葉を共にキッド、アディ、エドガー、ディートリヒがそれぞれの機体に乗り込み、一斉に操縦席を閉める。

 

 段取り通り、一直線に演習場に駆け込めるようにツェンドルグがゆっくりと位置を調整する。さらに門が開かれたらすぐに全速力で駆け込めるように、キッド達が魔力の配分や魔力転換炉(エーテルリアクタ)魔導演算機(マギウスエンジン)などの状態を確認する。

 

「ふふふ、いよいよですね」

 

「……にしても暗いね。中は」

 

「そして揺れるな……」

 

 自身の考えるかっこいい登場ができる事にテンションが上がっているエルをよそに、ディートリヒとエドガーは荷馬車(キャリッジ)の不満点を口にする。そんな中、伝声管からキッドの『開かれた!』という声が3人の耳に届き、3人はそれぞれ返事をする。

 

「全速 前進!」

 

 アディの声と共に荷馬車(キャリッジ)が急激に揺れるが、3人は今後の行動を頭の中に反芻させながらその時をひたすら待っていた。

 

***

 

 賓客席に居る貴族達は、気を抜けば激しく動揺しながら『なんだあれはっ!』とうろたえた声を出しそうになる己を必死に抑えていた。上半身は幻晶騎士(シルエットナイト)のそれだが、下半身が馬というもはや幻晶騎士(シルエットナイト)なのか分からない異様な外見に、貴族達は少し前まではアンブロシウスの『カルダトア・ダーシュの基を作りし者』という紹介から『上手く手中に収めればうちの領土の安寧に繋がるのでは?』と脳内の算盤をはじいていた。

 しかし、蓋を開けてみればこの有様である。貴族達は走り回る異様な幻晶騎士(シルエットナイト)に『あかん』と脳内で持っていた算盤を彼方に投げ捨てた。

 

 新しいおもちゃを見つけたようなワクワクした目で人馬型を見るアンブロシウスの横で自身の懐に納めることを諦めた貴族達を冷めた目で見ていたディクスゴードは、近衛兵の『銀鳳騎士団 副団長、入場!』という宣言と共に門から姿を現した緑色の巨人を見る。人馬型の曳いていた物と同じ荷馬車のような物の取っ手をサブアームでしっかりと掴み、重そうな足取りでゆっくりと荷馬車のような物を切り離して停止した人馬型の横に向かって歩く。

 

「ゴテゴテしてますな。あれで戦えるのか?」

 

「それに足が遅いですな」

 

「先ほどの馬モドキに比べて普通のシルエットナイトですな」

 

 いささか興ざめな空気と共に貴族達が感想を言い合うが、緑色の幻晶騎士(シルエットナイト)がツェンドルグの横に並ぶと共に大きく足を踏み鳴らす。その音を合図に、固定が外れる軽い音と共に人馬型が切り離した荷車の幌が翻り、3機の幻晶騎士(シルエットナイト)が姿を現した。

 

「おお! シルエットナイトが出て来たぞ!」

 

「分解せずに運べるのか!」

 

(この演出は……あやつか)

 

 冷めた空気が一気に熱されたように騒ぐ周囲に、ディクスゴードは銀髪の兄弟の兄の方を思い出す。プレゼンテーションのような、『何かを説得すること』で一番大切にしなければいけないことは『相手の記憶に残るインパクト』である。

 この場合、人馬型のインパクトの次に荷馬車のような物から幻晶騎士(シルエットナイト)を降ろしても、人馬型のインパクトが強過ぎて『幻晶騎士(シルエットナイト)を分解せずに運べる』というメッセージを伝えきれない恐れがある。

 しかし緑色の巨人で一旦場の期待値を抑え、一拍置いてから紹介することで『人馬騎士』、『さらに幻晶騎士(シルエットナイト)を分解せずに運べる』という2つの出来事を貴族の脳内に叩きつける事ができる。

 

 ディクスゴードは幻晶騎士(シルエットナイト)から出て来た騎操士(ナイトランナー)の内、銀髪の兄弟を少し睨みながら『もう少し何を作ってるのか説明しておいて欲しかった』と何を作成しているのかという記載が一切無い報告書を思い出しながら頭に手を置いた。

 

「銀鳳騎士団長エルネスティ・エチェバルリア。陛下の仰せの通りにオプションワークスを搭載した改良型テレスターレおよび、最新鋭試作機ツェンドルグ。ここにお持ち致しました」

 

 深く頭を下げながら礼をしたエルが宣誓すると、胸部装甲の上に立つアル達も同様に礼をする。数秒の礼の後にエルが合図を送ると、もう一度操縦席に戻ったアル達は機体を駐機状態にして操縦席から地面に降り立った。

 

 その間に賓客席から兵士とオルヴァーを伴ってアンブロシウスが『ご苦労であった』とエル達に声をかけたのだが、アンブロシウスの言葉を枯れ木のような風貌のドワーフの声が遮った。理性を手放したような目をしながら必死に言葉を考えながら『作れるはずが無い』と結論付けたドワーフにアルがムッと表情を変えるが、そのドワーフの後ろでアンブロシウスが手を前に出し、その横でオルヴァーが何かを必死に謝罪する様な動作をしているので、アルはクールダウンのためにエドガー達を手招きしてこの場を離れる。

 

「たーぶーんですがーっと。兄さんが説明モードに入るのでエドガーさんはこれ。ディーさんはこれをお願いします」

 

「アルフォンス。黒板も忘れずにな」

 

 パッチワークが引いていた荷馬車(キャリッジ)の中から資料や技術書、黒板を引っ張り出したアル達が先ほどの所に戻ると、にまにましたエルがこちらを向いて手招きする。

 

「よくぞ聞いてくれました! それでは解説いたしましょう!」

 

 その台詞にエドガーとディートリヒは資料を持ってエルの横に並び、アルは黒板を組み立てながら白いチョークをエルに放り投げる。それをキャッチしたエルは、まだ組み立て終わっていない黒板に勢いよくカツカツと図面を書き出すが、アンブロシウスによって『待った』がかかる。

 

「後でゆっくり聞いてやるゆえ落ち着け」

 

 アンブロシウスの言葉に、アルは『え、せっかく用意したのに……』としゅんとしながらエドガー達から資料を受け取って荷馬車(キャリッジ)に戻しにいく。そんなアルの姿にアンブロシウスは若干申し訳ない気持ちが宿るが咳払いを一つして場の空気を整える。

 

 その後、銀鳳騎士団の設立の経緯やラボの役割を説明したアンブロシウスが人馬騎士、ツェンドルグを見上げながら期待感を表に出しながら命を下した。

 

「さて、諸君。お互いが分かった所で次の興味はあの人馬型の実力になろう。これより銀鳳騎士団とラボによる模擬戦を行う事にする。双方、準備せよ」

 

 銀鳳騎士団とラボの機体が準備のために演習場に降りていく最中、お互いの作った機体の意見交換をしているガイスカとエルに混ざろうとしたアルだったが、その前に賓客席に戻るアンブロシウスのもとまで駆けて行く。

 

「すみません。僕は諸々の事情で模擬戦に出ない予定でいるのですが……どこで待機すれば宜しいでしょうか?」

 

「まずは事情を話せ。そこから判断する」

 

 アルの言葉を聞いて、先ほどのエルの挨拶にはアルの機体が含まれて居ない事を思い出したアンブロシウスはその事情を話すように言うと、アルは『開発した試作魔導兵装(シルエットアームズ)の威力が高すぎるんです』と告げた。

 『試作魔導兵装(シルエットアームズ)』と言う言葉が聞こえたオルヴァーは、先日見せられたあの木人形を粉々にした恐るべき威力の法弾を思い出して会話に混ざる。

 

「アルフォンス君。まさかあれを持ってきたのかい?」

 

「はい、今後の動きに備えて全て持ってきました。手紙で書いた通り、お世話になります」

 

「あー、うん。それは良いんだけどね? それはちょっと横に置いておこうか」

 

 オルヴァーの姿を見たアルは『お披露目会の後の行動』についてオルヴァーにお辞儀をするが、オルヴァーはアルの気が早すぎる言動に突っ込みを入れる。しかし、アンブロシウスはオルヴァーが慌てている理由が分からないので口を開いた。

 

「アルフォンスの言っている事なのだが……そんなにまずいのか?」

 

「陛下、彼の言うことは正しいです。下手したら死人が出ます」

 

「決闘級のジャイアントバグの胴体を貫いて炎上させるぐらいの威力があることを先日確認しました。下手したら相手の方々が……」

 

 アルが最新情報をさらっと報告し、それを聞いた2人は絶句する。そんな危険物を持った機体を模擬戦に参加させるわけには行かないと、アンブロシウスが慌てて演習場を見渡すと斜面の上に敷設された人間用の道に人影が2つ居ることに気づく。

 

「……おお、あそこに人影が見えるだろう? あそこで待機しておくと良い。だが、模擬戦の後におぬしの作った物を発表してもらうぞ?」

 

「分かりました」

 

 礼をしながら廊下を駆けようとするアルにアンブロシウスは声をかける。アルが後ろを振り返るとオルヴァーとアンブロシウスが、まるでアルを値踏みするかのような視線を送っていた。

 

「アルフォンス。こたびの新型や改良型についてだが、おぬしは何をした?」

 

 アンブロシウスは何時ぞやの医務室と同じような質問をしてくるが、それに気づいたアルは笑顔を浮かべながら『兄さんとたくさん遊びました!』と報告する。その報告に『変わらんな』とひとしきり笑ったアンブロシウスは、『結果は十分過ぎよう』と呟いきながら横のオルヴァーを少し見てからアルの方を見直して口を開いた。

 

「のぅ、アルフォンス。おぬしもエーテルリアクタの製法に興味はないか?」

 

「……僕があの時にお願いしたのは、陛下のお話を聞く事とディートリヒ・クーニッツ中隊長への感謝状をいただく事ですが? すごく興味がある物なのですが、兄さんと一緒にシルエットナイトを開発できる環境や身を守る騎士団も用意してくださったので、これ以上は罰が当たります」

 

 魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法を求めたのはエルだ。アルは先ほど自身で言った様にエルの手伝いや他人のために褒章を使用したので、普通に考えるなら魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法を知る権利はないのである。

 遠まわしに『興味はあるが、受け取れない』ということをアルが言うと、アンブロシウスは諦めたような表情をする。

 

「……そうか。手間を取らせたな。下がれ」

 

「失礼します」

 

 礼をしてエルの後を追うアルを見ながらアンブロシウスは横に居るオルヴァーに向けて『いずれ遠くない先に兄の方を連れて郷へ行く』と伝えた。

 

「アルフォンス君の方はよろしいのですか?」

 

「あやつは兄と同じように好奇心の塊だが、頭が固いからな。無理に連れ出しても良い結果は得られんだろう」

 

 『まったく、数奇者と頑固者め。扱いにくい者達よ』と愉快そうに笑いながらアンブロシウスは自身の席へ戻っていった。

 

***

 

 エルが銀鳳騎士団の皆と準備を行っている最中、アルはアンブロシウスが言っていた待機場所に向かっていた。道中、演習場内の警護をしているカルディアリアやカルダトアから『君、何でここにいるの?』と尋ねられる事が数度あったが、アルは無事に人影の立っている場所付近にたどり着いた。

 

「えーっと、ここらへんだったかなぁ」

 

 パッチワークのサブアームを荷馬車(キャリッジ)から離し、自由に動けるようになったパッチワークで周囲を見渡す。すると、斜面の上に敷設されている道に先ほどから立っている人影がパッチワークを見ている事に気づいた。

 

「すみません。もう少しで模擬戦が始まるので見学なさるならあちらの賓客席の方が安全ですよ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)同士の戦闘は法弾も使うので、賓客席のように観客は一箇所に纏められるのが鉄則である。しかし、アルに声をかけられた大男はパッチワークが指差した方向にある賓客席や演習場の様子を見渡すと、少し考えてパッチワークに向かって大声を張り上げた。

 

「すまないがそのシルエットナイトに乗せてくれ! もう模擬戦も始まるだろう!」

 

 大男の言葉にアルがパッチワークの首を巡らせる。すると既に両陣営の整列が完了しており、さらに試合開始前の喇叭や銅鑼の音と共にアンブロシウスによる模擬戦の宣言がされていた。今から人の足で歩いても賓客席に間に合わないだろう。

 大男の声に少し悩んだアルだったが、パッチワークの手を前に出しながら素早く駐機状態にさせて胸部装甲を開く。

 

「承知しました。ところで貴族の方でしょうか?」

 

「む? ああ、名乗ってなかったな。エムリス・イェイエル・フレメヴィーラだ」

 

 傍にいる小姓を小脇に抱えながらパッチワークに飛び込む大男の名前にアルの脳内に住んでいる小市民が汚い高音で叫ぶが、アンブロシウス達で幾分か慣れたのでアルはなんとか自己紹介することに成功する。

 

 エムリス・イェイエル・フレメヴィーラ。

 アンブロシウスの孫に当たる存在で仮にアンブロシウスが王位を引退した場合、王位継承権第2位の人物である。しかし、エドガーとヘルヴィが行った地獄のフレメヴィーラ史講習を思い返したアルは、『友好国のクシェペルカに留学しているはず』という疑問を口にした。

 

「留学は終わったぞ? なんでもじいちゃんから手紙が来たらしくてな」

 

 『お前はすぐに情報を外部に漏らすから教えないと伯母上に言われてな』と文句を言いながらアルの肩を叩くエムリスのフットワークの軽さと距離感に、アルは心の内で『あ、やっぱ陛下の系譜だわ』と納得した。

 

 操縦席のスペースにかなり余裕があるパッチワークでも流石に3人はきつく、アルは多少の圧迫感を感じながらも操縦桿を動かして演習場の方を向き直る。すると、同時にカルディアリアの持つ魔導兵装(シルエットアームズ)から模擬戦の開始を告げる法弾が放たれた。

 

 その瞬間、ツェンドルグは銀鳳騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)の集団から勢いよく飛び出した。

 

「うおぉっ! おいっ、アルフォンスとかいったか? アレに乗りたい! 貸してくれ!」

 

「アレは新型ですので、今回の結果で上手くいけば量産される見込みですよ」

 

 自慢の馬脚を存分に活かした快速に、観客の視線を釘付けにした。もちろんアルの横でその光景を見ているエムリスも大声を出しながらアルに貸与を頼むが、視線は常にツェンドルグを向いていた。

 アルが言ったこともエムリスは『そうか!』という返答をしただけで、まったく耳に入っていない様子だった。

 

(陣形の組み方が淀み無い。それに無理に動かしている気配すらない)

 

 銀鳳騎士団に対してラボの開発したカルダトア・ダーシュを駆る中隊は冷静に陣形を整えて迎え撃つ構えを取っていた。

 しかし、そこにテレスターレ特有の力強さを感じるが、同時にテレスターレの悪癖というべき『動きの荒さ』を見つける事ができなかった。騎操士(ナイトランナー)の腕が良いのか、それとも本当にあの欠点を改良したのか。

 アルはカルダトア・ダーシュを見ながら分析を続けていたが、不意に聞こえてくる聞き慣れた音にアルはパッチワークの首をトイボックスのほうに向ける。

 

「おい、アルフォンス。馬モドキが見えんぞ」

 

「いえ、それより面白い物をご覧に入れます。あの蒼いシルエットナイトにご注目ください。絶対目を離してはいけませんよ」

 

 いきなりツェンドルグの姿が見えなくなったので、エムリスは不機嫌そうにアルを見ながら抗議をする。

 しかし、アルは幻像投影機(ホロモニター)に映った蒼い幻晶騎士(シルエットナイト)、『トイボックス』を指差しながらにやりと笑っていつでもパッチワークの首を動かせるように操縦桿に手をかける。

 

 すると、トイボックスの背後に備え付けられている魔導兵装(シルエットアームズ)から炎が噴き出し、全力で踏み切ったトイボックスが空に飛翔した。ぐんぐんと加速し、もはや法弾が飛ぶような速度となったトイボックスがツェンドルグを軽く追い抜き、ツェンドルグを制しようと陣形を組んだ小隊に向かった。

 

「シルエットナイトが法弾並の速度で飛びやがった……。おい、アルフォンス! ありゃなんだ!」

 

「すみません。ちょっと首の動きに集中したいです」

 

 トイボックスを映そうと必死にパッチワークの首を動かしているアルを他所にエムリスは歓声を上げながら幻像投影機(ホロモニター)を見つめる。

 その奇怪な動きに対応しようとカルダトア・ダーシュ側から法弾が飛んでくるが、トイボックスは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を細かく動かしながらそれを回避し、攻撃が避けられた事で棒立ちになっているカルダトア・ダーシュに向けて斬撃が叩き込まれる。

 

 速度が加わった攻撃を何とか盾で受けたカルダトア・ダーシュだったが、その衝撃を殺しきれずにパッチワークのすぐ隣に吹き飛んでくる。土煙と衝撃音に慌てたアルが慌てて騎操士(ナイトランナー)を救助しようとするが、近衛に止められたのでアルは気を取り直してツェンドルグを幻像投影機(ホロモニター)に映した。

 

 トイボックスの後に突っ込んでくるツェンドルグの攻撃を何とか盾で受け止めている様子に相手が一筋縄では行かない精鋭だと言う事と共にカルダトア・ダーシュの地力の強さを再認識したアルは、『歩兵役』のエドガー達を心配する。

 

「すみません。向こうの白いシルエットナイトを観戦して良いですか?」

 

「馬モドキやあの蒼いシルエットナイトが見たいが……」

 

 アルの提案に少し考えこむエムリス。だが、同じような行動をするツェンドルグに歩いて戦線復帰を図るトイボックスを見たエムリスが『構わんぞ』と横を向くと、アルが操縦席に備え付けられているベルトを外して外に出て行こうとしていた。

 

「すみません。ちょっと物取ってきます」

 

 そう言いながらアルはパッチワークから降りると、横に置いていた荷馬車(キャリッジ)から懐かしの装備である『リーコン』を取り出すと胸部装甲付近に開けられた隙間からリーコンの銀線神経(シルバーナーヴ)を操縦席の中に通した。

 

「アルフォンス。何をしているんだ?」

 

「ホロモニターを分割して……っと。両方見れるようにします」

 

 操縦桿横の穴にリーコンの銀線神経(シルバーナーヴ)をねじ込み、パッチワークの魔力でリーコンを浮かび上がらせる。パッチワークの外では謎の飛行物体に気づいた貴族達が騒然としているが、そんなことは露知らずにアルはリーコンの位置を調整し、苦労に苦労を重ねた懐かしの魔法術式(スクリプト)を演算してパッチワークの幻像投影機(ホロモニター)の片隅に小さく白と紅の幻晶騎士(シルエットナイト)がカルダトア・ダーシュと戦っている姿を映し出した。

 

「ほう、面白いな。浮かんでいるあれが見ている物をここに写しているのか?」

 

「あ、勝手に動かさないでください。……まぁそうですね」

 

 エムリスは操縦桿を動かしてパッチワークの首を上に向けて上機嫌になりながら話すが、アルは勝手にテレビの映像を変えられた子供のように注意しながらエムリスの話に肯定する。

 リーコンの最大の弱点は気象関係なのだが、今日は快晴かつ、無風である。視点があまりぶれないことにアルは安心しながら幻像投影機(ホロモニター)に映し出されている戦いに集中した。

 

「あの白い騎士の盾はなんだ?」

 

「背中の腕で保持する可動式の盾ですね。自在に防御位置を変更できるので便利みたいですよ」

 

 エムリスの問いに答えつつ、アルは白いテレスターレが1機のカルダトア・ダーシュと激しい打ち合いを行っている姿を感心しながら見ていた。先ほどから剣戟と盾による防御の応酬が止まらない。いや、むしろ時が経つごとにその激しさが増していく。

 1合目よりも鋭く。2合目よりも力強く。3合目よりも柔軟に。そんなある種の美しさを醸し出す攻防に横のエムリスも途中から言葉を出さずにじっとその剣戟を見ていたが、ふいに横目で紅の幻晶騎士(シルエットナイト)を見るとアルに問いかけた。

 

「こっちはずいぶんと暴れているな。時折飛ばしてる紐みたいなのはなんだ?」

 

「ワイヤーの先にある金属の塊を相手にくっつけて雷系統の魔法で攻撃する仕込篭手です。……もちろんああいう風に振り回して攻撃も出来ますよ」

 

 そんな剣戟から少し離れた場所では、紅の幻晶騎士(シルエットナイト)、『グゥエール』が2機のカルダトア・ダーシュを相手に暴れまわっていた。

 白のテレスターレとは違い、剣や法撃を織り交ぜた攻撃に、篭手から金属塊を射出しながらそれを振り回すといった、一見すると見境なく暴れまわっているかのような戦い方だが、回避動作と見せかけた攻撃や法撃後の近接攻撃など、『テレスターレ型に慣れた』動きをして2機のカルダトア・ダーシュを見事に押さえ込んでいた。

 

「なるほど、良い乗り手だな。……しかし、長くは続かないだろうな」

 

 ツェンドルグが荷馬車(キャリッジ)を掴むために増設された装備でカルダトア・ダーシュを引きずり回すというエグいことをしている様子を苦笑いで見ていたアルにエムリスの言葉が飛んでくる。

 

 アルが再度エドガー達の様子を見ると、攻撃方法を刺突に変えたカルダトア・ダーシュがフレキシブルコートの隙間を正確に捉え、徐々にだが確実にテレスターレにダメージを与えていた。さらにグゥエールも大振りの攻撃が目立ち、法撃も先ほどからまったく撃っていなかった。

 

「テレスターレ型の弱点ですね」

 

「弱点?」

 

 アルの言葉にエムリスは聞き返す。

 テレスターレ型の弱点は『大喰らいなこと』と『操縦が難しいこと』である。しかし、カルダトア・ダーシュはそれらを見事に克服した機体だとこれまでの戦いでアルは認識している。『力は強いが、ガス欠しやすくて操縦しにくい物』と『力はほどほどだが、ガス欠しにくくて操縦しやすい物』。騎操士(ナイトランナー)にとってどちらが長時間戦えるか、酒場の酔っ払いでも分かる事である。

 さらにフレキシブルコートは強化魔法を使用して保持する力を増しているので、ジリ貧の度合いはエドガーの方が絶望的だったりする。

 

「それを俺に教えても良いのか?」

 

「どちらが勝っても僕や騎士団長にとっては嬉しいことなので別に構いませんよ」

 

 器が大きいのか小さいのか分からない会話をエムリスとしていたアルの耳に、再び試合開始直後に聞こえた『あの音』が聞こえた。

 

「あ、蒼いシルエットナイトの準備が出来たようですね」

 

「お? またあの速さが見れるのか」

 

 ワクワクしながら幻像投影機(ホロモニター)に映し出されるトイボックスを食い入るように見るエムリス。音が最高潮に達した時、トイボックスがエドガー達と競っていたカルダトア・ダーシュに向けて突撃を敢行する。

 だが、カルダトア・ダーシュの方も負けじと法弾でトイボックスを落とそうとするが、上下左右に細かく動くトイボックスに法弾は掠りもしなかった。

 

 そして、グシャリという破砕音と共にカルダトア・ダーシュの頭部はトイボックスの膝蹴りによって宙高くに放り投げられた。

 

「あっ、やっべ。こっち来る」

 

 パッチワークの首を上げながらカルダトア・ダーシュの頭部の行き先を追うアルはポツリと呟く。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部という重量物を幻晶騎士(シルエットナイト)で受けた場合、軽くて凹み、最悪深く陥没して内部の機構にもダメージが入る。ここに盾があれば良かったのだが、運が悪い事に横にある荷馬車(キャリッジ)の中である。

 なんとか落ちてくる範囲から逃れようと、アルは無意識にボタンを押しながら鐙を動かす。それによってパッチワークの脚部からトイボックスが先ほどから行っていたような激しい吸気音が発生し、カルダトア・ダーシュの頭部が目前に迫ってくるタイミングでパッチワークは『足を動かさずに』横に動いてその脅威から逃れた。

 

 脅威から逃れたことに一息ついたアルだったが、ふと幻像投影機(ホロモニター)を見る。テレスターレやグゥエールが膝を折ったり地面に倒れこんだりとしているが、両機共こちらに首を向けていた。その近くに居たトイボックスにいたっては、こちらを威嚇するように持っている剣を何度も何度も振っている。

 

「……あっ」

 

 その時、アルは『台本外のことをやらかしてしまった』ことを自覚して大声を上げた。

 

***

 

「……まぁ、僕も悪いですけどね? 剣ではなくて膝蹴りしてしまいましたし。ですが、ホバー使わなくても避けれるでしょ」

 

「ごもっとも」

 

 中破以上の判定を受けたカルダトア・ダーシュが近衛が使用している工房に運ばれていく中、演習場の中央ではアルが正座させられていた。その前でエルが仁王立ちをしながら『せっかく台本にまで組み込んだのに』とぷりぷり怒っている。

 

「まぁ、団長よ。そんなに怒るk「エムリス、帰ってきた事を報告せずになにをしておる」 げぇっ! じ、じいちゃん……」

 

 パッチワークから小姓と共に降りて来たエムリスも騒ぎを聞きつけてやってきたアンブロシウスに見つかり、アンブロシウスの持っていた装飾が施された杖で頭を小突かれながら説教を受けている、

 そんなどこか滑稽な演習場の空気とは真逆に、賓客席はちょっとした騒ぎになっていた。やれ『あの機体は地面を滑るように移動した』やら、『先ほどの模擬戦はどうだ』やら、『エムリス殿下が留学から帰ってきた』と複数の話題がそこかしこから聞こえている。

 

「やれやれ、空腹で動けないグゥエールをどうしたものかね」

 

「ディーさん、俺達が引きずって行こうか?」

 

「止めてくれ、これ以上壊さないでくれ」

 

 明らかに演習場と賓客席の空気が違うことを敏感に感じ取ったディートリヒが倒れたグゥエールの上で胡坐を掻いていた。傍にはツェンドルグが立っており、そこからキッドが容赦ない提案をしている。この空気の中を何とか脱したいディートリヒだったが、せっかく五体満足で生き残ったグゥエールをボロボロにするのは嫌なので、結構強めな反対の意思を示す。

 

「ふふふ、ディーさん。僕のパッチワークをお忘れですか?」

 

「ああ、アルフォンス。お説教は終わったのかい?」

 

「あれはちょっと小言言われただけですよ。そんな大層な物じゃないです」

 

 『ごもっともごもっとも言って、最後に強く謝っておけば良いんですよー』とあまり反省していなさそうなアルはパッチワークの操縦席に戻り、アルの開発した魔導兵装(シルエットアームズ)の弾倉として腰のポーチに格納された板状結晶筋肉(クリスタルプレート)の塊を引き抜いて地面に置く。

 

「ディーさん、兄さん。お願いします」

 

「りょー」

 

「分かった」

 

 アルの言葉に反応したディートリヒが銀線神経(シルバーナーヴ)をグゥエールの操縦席から引っ張り出し、先日教えてもらった通りに板状結晶筋肉(クリスタルプレート)の塊に巻きつけた。その間にグゥエールの操縦席に潜り込んだエルは魔法術式(スクリプト)を演算し、グゥエールの魔導演算機(マギウスエンジン)に反映させる。

すると、魔力切れで満足に動かせないはずだったはずのグゥエールの魔力貯蓄量(マナ・プール)がわずかに回復し、面覆い(バイザー)に光が灯った。

 

「なんじゃと……」

 

 板状結晶筋肉(クリスタルプレート)から魔力を供給する使い方に驚愕の声を上げるガイスカを他所に撤収準備に入ったディートリヒは、グゥエールを歩かせながらを横目でトイボックスを見る。

 今回テレスターレの弱点が白日の下に晒された。対するカルダトア・ダーシュはテレスターレの弱点を見事に克服している事が証明された。……とすれば、アンブロシウスや他の貴族達はカルダトア・ダーシュの方を取るだろう。

 

 それなりの覚悟をしながら事実をやんわりと言ったディートリヒだったが、エルからの返答は『良い物は良い物なんで僕達も弄れるように何機かもらえるようにアルに言っておきましょう』とあっさりとしたものだった。その返答に『騎士団長は相変わらずだねぇ』とグゥエールを荷馬車(キャリッジ)に乗せて駐機場体を取った。

 

「それではこれより銀鳳騎士団 副団長、アルフォンス・エチェバルリアによる試作シルエットアームズを披露してもらう。アルフォンス、前へ」

 

「はっ!」

 

 そしていよいよアルにとっての前座が終わり、本番がやって来る。


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