銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

67 / 200
今週はちょっと短いです。申し訳ない


46話

 銀鳳騎士団とラボが通学路の曲がり角でぶつかった時のように運命感じちゃうような出会いを果たしてから1週間が経った。都市の大半が幻晶騎士(シルエットナイト)製造に関する施設と化している城塞都市デュフォールにある大部屋では数十人の構文師(パーサー)が黒板の前で教鞭を取っている銀髪の少年に視線を向けていた。

 

「……というわけで、Aという設計図を基にBとCのスクリプトを組むというわけなのですが。分かりますか?」

 

 銀髪の少年、アルの説明に構文師(パーサー)が揃って首をかしげる。その様子にアルは『またか』と自身の指導力の無さを痛感する。

 

 アルはデュフォールに到着すると同時にオルヴァーから構文師(パーサー)達にサブアームで使用した魔法術式(スクリプト)の読み方や考え方を教えるように指示される。しかし、いくらライヒアラで教鞭をとっていた経験があるからといって、それぞれ魔法術式(スクリプト)を書くレベルが異なる数百の構文師(パーサー)達にそれらを教えるのは到底無理な話だった。

 

 なので、アルは援軍として先日に講義を受けた構文師(パーサー)長を呼んでもらった。

 

「またお会いできて光栄です。副団長」

 

「それはこちらのセリフですよ。クロードさん、皆さんもありがとうございます」

 

 青いツナギを着たクロードが人懐こそうな笑みをしながらアルに手を差し出す。握手に応じたアルが『では、どうしましょう?』と相談を持ち掛けるが、各構文師(パーサー)長も渋い顔をしながら首を捻る。話を聞くとどうやら構文師(パーサー)長達も先日の講義内容を同僚に共有したのだが、皆揃って『具体的な書き方と原理のイメージが浮かばない』と言われたらしい。

 

「ふーむ、ではまず僕が原理を教えて簡単なテストをしましょう。それをクリアしたパーサーの方達とパーサー長の皆さんで共にスクリプトを書き込んでもらうという形はいかがでしょうか?」

 

「良さそうね。ちょうどダーシュも触らせてくれるって局長から連絡入ってるから使いましょう」

 

 アルの提案に構文師(パーサー)長達が大きく頷きながら自信ありげに答えたのが、今から4日前の話である。

 

 アルは通算4回目となるテストの答案を採点し、合格者の名前を告げてから講義の終了を伝えると構文師(パーサー)達は少しやる気がなさそうに部屋を出ていく。

 

 夕焼けが窓から差し込み、アルの頬を撫でる。しかし、アルはそれを気にせずに椅子に着席すると頭を抱える。構文師(パーサー)達も技術を覚えようと必死だが、アルの方も技術を伝えようと必死なのだ。しかし、講習を続けるごとに構文師(パーサー)達のやる気も日に日に落ちて行っている気がするのをアルは敏感に感じ取っていた。それがアルのモチベーションを日増しに低下させていく。

 

「兄さんなら……先輩なら何を説明しただろう」

 

 一種の弱音のような物を吐きながら黒板を見るが当然答えが書いているはずもなく、アルはポツリと『帰ろ』と呟くと荷物を持って部屋を出る。廊下を歩きながらぶつぶつと今までの講義で良くなかった点を上げながらテンションを下げていくアルの鼻腔に食べ物の良い匂いが直撃した。

 

 城塞都市の名残であるデュフォール城を出たアルの視界に様々な食べ物を扱っている屋台の群れが映った。その光景に朝から何も食べていなかった腹がうなり声を上げる。

 

「僕のお腹は今、何腹なんでしょうか……」

 

 独り言を呟きながらアルは屋台を一軒一軒物色していく。串物に煮物、焼き物と言ったガッツリ系から果物やサンドイッチ系と言った軽くつまめる物と色とりどりの屋台を見ていく中で、アルはぴたりと足を止める。

 

「おじさん、砂糖少しとバター入りを1つ」

 

「お嬢ちゃん、渋い注文するね。あいよ」

 

「おっちゃん、この子、男だよ。あ、あたしはプミラで」

 

 ライヒアラにもよく見かけるパンケーキの屋台で注文を済ませたアルの横から注文の声が聞こえた。横を見るとガイスカの孫の『デシレア・ヨーハンソン』が立っていた。店主に性別のことを謝られながらパンケーキを受け取ったアルはもしゃもしゃと頬張りながらデシレアと道を歩く。

 

「進捗どうですか?」

 

「錬金術師達が貯蓄容量の大きいクリスタルプレートを開発したらしくてね。ちょうど取り付けて実験してるよ」

 

 貯蓄容量の大きい板状結晶筋肉(クリスタルプレート)をもう開発したということにアルは驚くが、デシレアは『ダーシュと同時期に製作開始したんだよ』と補足する。それでも錬金術にさっぱりなアルからしたら凄まじいことだと鼻息を荒くする。

 

「まぁ、今は装甲の裏地に詰め込むことで防御力とマナプールの増量が出来るか試してる最中なんだけどね。……そっちはあまり良くなさそうだね」

 

「そうですね。人という設計図に男女という名前の物を作るという例とか、動物を設計図に家畜と魔獣という名前の物を作る例を出しましたが、反応は良くなかったですね」

 

 講義で出した例を話したが、騎操鍛冶師(ナイトスミス)であるデシレアが首をかしげる様子にアルは苦笑いしながら『やっぱりかぁ』と落ち込む。アルは別に『構文師(パーサー)達がレベルが低い』と下に見ているわけではない。アル自身も研修を受けていた時代は『なんで?』と思ったのをよく覚えている。

 少しでも教えやすい題材の手がかりを探るべく、アルは当時の記憶を歩きながら掘り下げていく。

 やがて手に持ったパンケーキの甘い食感に、研修の成績が芳しくなかった時に上司に説明されたとあるイメージを思い出した。

 

「……デシレアさん。ちょっと作って欲しい物があるんですが」

 

「あたしナイトスミスなんだけど?」

 

「ええ、大丈夫です。ちょちょっと済む話なので」

 

「明日も仕事あるんだけど?」

 

「ええ、大丈夫です。ほんと、すぐ済むので」

 

 何かとしつこいアルにデシレアは『だめだこいつ』という顔をしながら渋々承諾すると、2人はタイミング良く第1工房の入り口へと到着する。入り口を開けると金属を精錬する熱や人の熱が2人の全身を通り過ぎ、2人の額から汗が吹き出た。

 

「お、ガイスカ工房長! 坊主が来ました!」

 

「おお、こっちじゃこっち!」

 

 紙に製図をしていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)の声に反応したガイスカが手招きする。その『いつものガイスカ』とは違う生き生きとした様子にデシレアは違和感を感じるが、『こちらの方がドワーフらしい』ということでアルを引っ張っていく。アル達が円状に並べられた椅子に着席し、ガイスカが『定例会を始めるか』と小さく宣言する。

 

「まず第1工房は班を2つに分けてダーシュの再設計と錬金術師が作った貯蓄容量特化のクリスタルプレートを使用してマナ・プールの増量と防御力の両立が図れるか試作しておる。再設計の方は脚部は出来たが、胴体のバランスと使用材質を計算中じゃ」

 

「では、第2工房から。銀鳳騎士団から送られたオプションワークスのスクリプト以外の作りを確認完了しました。その結果、篭手の部分は仕込み武器を仕込む際には大きくしなければいけないことが分かったので、腕を作る際はそこを留意してください。アルフォンス殿、あの模型ありがとうございました」

 

「いえいえ、モックを持ってきてよかったです」

 

 第2工房の工房長が頭を下げて来たので、アルは慌てながら両手を振る。アルが事前に持ってきた物の中にエルとアルの秘蔵コレクション『金属製のテレスターレの模型』があった。それは可動はしないが、追加装備(オプションワークス)が作動している様子をよく表現しており、テレスターレの分析に参加していない人物が見てもどのような装備の仕方をしているのか分かりやすい物であった。

 

 なお、その分お値段もテルモネン価格とはいかず、アルは1個しか注文できない超高級品だった。ちなみにエルは毎月懲りもせずに2つ注文し、月末に財布をじっと見ることが多いとか何とか……。

 

「あ、でもそれ失くしたり壊さないでくださいよ。もし失くしたらデュフォールにあの蒼いシルエットナイトが飛来して火の海にしますよ。文字通り」

 

「工房長! 扱いは慎重にするように頼みます!」

 

 蒼い幻晶騎士(シルエットナイト)、トイボックスを直に見たガイスカが唾を飛ばしながら第2工房の工房長に怒鳴りつける。その剣幕に驚いた工房長が了承すると、一息ついたガイスカが『では、次』と第3工房の工房長に視線を向ける。

 

 その後、第3工房は『幻晶甲冑(シルエットギア)の解析と運用法についての報告』、第4工房は『ダーシュを素体にした教習用幻晶騎士(シルエットナイト)が完成し、運用テストを行うことの報告』が為された。だが、アルが開発した試作魔導兵装(シルエットアームズ)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)、リーコンといった装備についての報告は、どの工房もしなかった。

 

 理由は簡単である。『それらの装備の解析はどの工房もしていないのだ』。

 試作魔導兵装(シルエットアームズ)はガイウスが言ったように、『外部の魔力量を把握する術がない』のでその技術が確立するまで量産は行わない方針に決まった。

 次に魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)やリーコンといった装備は、単純に『人手を割く余裕がない』からである。ラボの重鎮達の見解として、『まず追加装備(オプションワークス)に対応できる制式量産機を作ってからにしよう』と調査する追加装備(オプションワークス)を限定したのである。

 上記の2つはその選考から外れたが、第2工房の工房長が『こんな面白い物、他の工房に渡せるか!』と設計図を腕の中に隠しながら周囲を威嚇していたとガイスカから聞かされた時、アルは嬉しいのか恥ずかしいのか分からず微妙な顔をした。

 

「では、最後にアルフォンス殿。パーサー達の教育はどうか?」

 

「カンカネンの時のように若造で良いですよ。パーサー教育の方は全体の半分以上は実地訓練に移ってますね。パーサー長達の指揮で最新のスクリプトも書けているみたいですし、そろそろ成績の良い数人を主体にサブアームのスクリプトを見直すことも出来そうです」

 

「それは良い報告だな。だが、若造。実地訓練に移っていないパーサー達はどうする?」

 

 ガイスカの言葉に、それを後ほど言おうとしていたアルの体が強張る。アルは、先ほどデシレアに製作を頼んだ物を使えば、ある程度はその問題を打開することは出来るだろうと考えている節があった。

 だが、何事にも最悪という事態は存在する。これで全員理解できなかったら場合のことを考えたアルは、素直にガイスカ達に頭を下げた。

 

「すみません。次の講義でも分からない人が出た場合、もう打つ手がありません」

 

「いや、別に責めはせんよ。4日もかけて習得出来なかったことを考えると理解力よりも実践の経験値が足りないのだろう。明日でも駄目だった者達はパーサー長補佐にして経験を積んでもらうことにしよう」

 

「懐かしいですな。私もそうやって技を盗んだものですよ」

 

 ガイスカの提案に賛同しながら懐かしそうな顔をする工房長達。アルはその様子に『ガチガチの技術職すごいなぁ』と、何かあったらネットの海で調べ物をしていた自分がちょっと恥ずかしくなった。

 

***

 

「それでは、失礼します」

 

「気をつけて帰れよー」

 

 そろそろ夜になる頃合、第1工房の火が落とされると同時にアルは騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と別れて宿泊所に向かう。腕にはデシレアが文句を言いながらも作ってくれた秘密兵器が抱えられており、道中のまだ閉まっていない商店や屋台で買い物をし、アルが宿泊する『藍色の鷹亭』という宿屋にたどり着いた。

 

「おう、おかえり。飯は?」

 

「いりません。あ、お湯をお願いします」

 

「分かった。おっと、1枚多いぞ」

 

 アルは財布から小銭数枚を店主の手に置くと、店主はアルの手に()()()()()()()()()()を置く。その動作に、『ありがとうございます』と軽く礼を言ったアルは階段を上がって角部屋にある自室に入った。

 小さく欠伸をしながら今回の講義や報告会で纏めた資料を1箇所に纏めて紐で縛っているとドアがノックされる。アルが入室の許可をだすと、『失礼します』という声と共に三角巾を頭に巻いたノーラが湯を持ったタライを持って入室してきた。

 

「あ、ノーラさんお久しぶりです」

 

「アルフォンス副団長、お久しぶりです」

 

 タライが床に置かれると同時に再びドアがノックされ、先ほどの店主が入室してくる。そのまま勝手知ったる我が家のような様子でベッドをずらし、床のハッチを開ける。ノーラに首で先導するように指示し、ノーラが床下に続くはしごを伝って下に降りていく様子をじっと見守る最中、店主がアルの方を向いて口を開いた。

 

「とあるブツの設計の手直しを頼みたい」

 

「作らなくて良いんですか?」

 

「ああ、デュフォールには存在しない工房もあるからな。おっと、部屋のドアの鍵を頼む」

 

 店主が不敵な笑みと共にはしごを使って床下に潜り、アルも部屋のドアを施錠して床下に潜り込んだ。

 長いはしごを降りると辺り一面石で囲われた大きな一室にたどり着く。その一室の中央には机があり、そこにローブ姿の怪しい風貌だったり、商人のような姿の男女が数人待機していた。

 

 ここはフレメヴィーラ王国の密偵集団である藍鷹騎士団のデュフォール支部である。ここに居るノーラ以外のメンバーは全員、現在デュフォール近辺で勤務しており、本日『とある用事』で呼び出されていた。

 

「全員揃ったな。ノーラ、説明を頼む」

 

「承知しました」

 

 ノーラが数枚の紙を机に並べていく。アルが手に取って中身を見ると、それは幻晶甲冑(シルエットギア)の設計図だった。だが関節にはなにやら覆いがされ、所々の部材が金属ではなく魔獣の皮などに置き換わっている。

 

「これは……僕達の開発したシルエットギアではないですね。異なる仕様のシルエットギアですか?」

 

「はい。エーテルリアクタの騒音がなく、人間よりも膂力があって小回りが利くこのシルエットギアの運用を見て私が提案しました」

 

 アルはこの場に自分が呼ばれた理由について合点がいく。この隠密用の幻晶甲冑(シルエットギア)の設計を行うのだろうと色々書き込もうとするが、その前に設計図は店主の手元に行ってしまった。

 

「おっと、まずは皆の了承が取れてからだ。この新型シルエットギア? つったか? これの開発に賛成のものは手を挙げてくれ」

 

 店主の声に全員の手が上がる。満場一致だ。

 その中でもローブ姿の男が店主の前に立ち、『試験に志願します』とまで言ってきた。店主はその男の肩を叩きながら紙をアルに手渡して『頼むぞ』と言うと、店番のためにはしごを上がっていった。

 

「それでは、仕様を詰めましょう……の前に、存在しない工房ってなんのことですか?」

 

 アルが先ほど店主と話した時に出て来た話題についてその場にいる全員に聞くと、先ほどのローブの男が笑いながらローブを外す。

 

「アルフォンス副団長、先ほどぶりですね」

 

「あ、パーサーの……」

 

 男の方はアルが行っている講義に居る構文師(パーサー)の1人だった。どうやら構文師(パーサー)の評判を聞いて回っていたらしく、テストの際にも手を抜いていたらしい。そのことにちょっとむかっ腹が立ったが、心の中で『ばりばり働かせてやる』と意地の悪い考えをしながらアルは笑顔で握手をする。

 

「実はデュフォールには密偵用の装備や秘匿性が高い物資を作成する工房があるんです。このことは局長のオルヴァー殿しか知らないのですが、アルフォンス殿はこのシルエットギアが出来るまで数日に1回は工房に来てもらう必要があるので場所をお教えしますが、決して口外してはいけませんよ?」

 

 アルは無言で頷くと頬に冷たいナイフが押し付けられる。ぎょっとして後ろを振り返ると、アルの頬が切れないように慌ててナイフを収めたノーラが『危ないですよ』と無表情で文句を言って来た。

 

「ノーラさん、無言でナイフ押し付けるのは止めてください」

 

「いえ、言質を取って証文を取らないといけない事項なので申し訳ありませんが我慢してください」

 

 業務的な物言いに呆れながら『ナイフを押し付けられながら言質と証文を取られる』というダーティな経験をしたアルは秘密の工房の場所に唖然とした。

 

「え、第3工房の隣? ばれないんですか?」

 

「あそこの周辺、うちの人員がほとんどよ? 細々したものは周辺の鍛冶屋で作れるから秘匿性も高いし、なにより私が工房長してるから余剰分を作ることも出来るし、何かあっても揉み消せる。今回のことも団長から話は聞いていたからシルエットギアの開発でバレることはないと思うわ」

 

 『お姉さんに任せなさい』と言いながらいつの間にかローブ姿の女もローブを脱いで話に混ざる。ガイスカと共に報告会をしていた第3工房の工房長の姿にアルは疑心暗鬼になりかけるが、工房長は『気にしたらハゲるわよ』と気楽そうにアルを慰める。

 

「私がシルエットギアの担当になったのも団長からの指示だったからね。あ、ちなみにここの店主じゃないからね」

 

「おい、あまり喋りすぎるな」

 

 商人のような風貌の人物が工房長に文句を言いながら幻晶甲冑(シルエットギア)の設計図を見てペンを取った。手の部分に丸く印をつけた後、手で何かを刺す動作や何かを掴む動作をした後にアルに問いかけてくる。

 

「アルフォンス副団長、こう……壁をよじ登ったり、相手を攻撃したいのだが良い案はあるだろうか?」

 

「そうですね、壁をよじ登るのはワイヤーアンカーはいかがでしょう?」

 

 壁をよじ登ると聞いてアルは自身の装備にもあったワイヤーアンカーを提案する。しかし、ノーラが『ワイヤーを巻き取る音が気になる』という指摘を出し、別の手段を考える必要が出てきた。

 壁を登る手段と相手を攻撃する手段をその場に居る全員で考えるが、どれも大きな音が出てしまう。『ワイヤーをゆっくり巻くという制約を設ける』という案も出て来たが、使用者に制約を設けるのは最終手段ということで保留となった。

 

 そんな話し合いをしている最中、不意にアルのお腹が鳴る。

 

「ああ、もうこんな時間ですね。今日はこの辺にしましょうか?」

 

「あ、すみません。もう少し待ってもらえませんか? 明日の講義に使おうと思ってる物がありまして」

 

 そう言い残したアルがはしごを上っていく。魔法術式(スクリプト)に関係のある構文師(パーサー)以外の人物は、その行動に『自分は居るのだろうか?』という疑問を抱いたが、無言で帰るのも礼儀にかけるのでアルが帰ってくるのをひたすら待った。

 

「ほんとすみません。明日の最後の講義で使う予定のお菓子を作ります」

 

「え、最後? お菓子?」

 

「そうよ、4日かけて習得できないのであれば経験積みながら覚えるって話になったの。ってことであんたも明日は絶対合格しなさい。しなかったら団長に言うからね」

 

 工房長の脅しも入った報告に『ひえっ』と言いながら後ずさる構文師(パーサー)を尻目にアルは、円状のくぼみがついたフライパンと小さな火を出現させるエンブレムが刻まれた銀板を取り出した。油を敷き、先ほど厨房で作ってもらった小麦粉と卵と水を加えた生地を流し込むと、銀板に魔力を流して小さな火をフライパンの下に出現させる。

 

「このフライパンがさっき言ったAです。で、この生地と中身のジャムがBになります」

 

「は? はぁ」

 

 横で見ていた構文師(パーサー)が突然のアルの説明に首をひねりながら考えこむ。その間に生地が乾いてきたので、アルは木の棒を持って器用にフライパンから生地を取り去る。空になったフライパンにもう一度生地を流し込み、緩い生地の中央にジャムを一口ほど乗せて先ほどの焼いた生地で蓋をする。

 その一連の流れを繰り返し、数十分後には部屋中に甘い匂いが漂い、分厚い円盤状の焼き菓子が数個ほど机の上に並べられた。

 

「なるほど、そのフライパン……Aを基に材料を入れることで焼き菓子BとCを生み出すわけですね」

 

「正解です。僕もこのイメージで……いえ、なんでもないです」

 

 『先輩達と名称でよく戦争したなぁ』と前世では複数の名称を持つ焼き菓子を頬張りながらちょっとホームシックにかかったアルだったが、どう願っても帰れないのでその思いをそっと胸の箪笥に仕舞い込み、食べながら幻晶甲冑(シルエットギア)の会話を続けた。

 

***

 

 この会合の次の日。焼き菓子を使った講義を行った結果、不合格者は3名ほど出たが大半の生徒がアルの魔法術式(スクリプト)技術の根幹を理解することが出来た。アル本人はその結果に満足はしなかったが、オルヴァーやガイスカ達工房長はその結果に大いに喜び、新型機の開発や幻晶甲冑(シルエットギア)の開発が急速に進んでいく。

 

 そして、板状結晶筋肉(クリスタルプレート)と通常の装甲材を一体化させた最新型の装甲『蓄魔力式装甲(キャパシティフレーム)』が度重なる実験の末に実装され、それと同時期にアルの焼き菓子が『魔法術式(スクリプト)焼き』という名称でデュフォールのパンケーキ屋に並んだ。

 それを見たアルが顔を引くつかせ、理由を知ったデシレアが爆笑するのだがそれはもう少し後の話である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。