実りの秋が終わり、空から雪の結晶が降り注ぐ季節になった。ライヒアラ騎操士学園を間借りしている銀鳳騎士団はカンカネンから戻ってから毎日、人馬型を1人乗りにするために悪戦苦闘を続けている。
「銀色坊主。小僧の方が居なくなってもう数ヶ月だが、まだ帰ってこないのか?」
「向こうのプロジェクトの進捗が明確に見えないので分かりませんよ」
息を吸うように授業をボイコットしたエルは製図しながらダーヴィドの質問に答える。ちなみにアルが副担当になっている
そのことから銀鳳騎士団の団員がテレスターレ1機のことを『1アルフォンス』という謎の単位で呼び始めたのだが、これはまた別のお話である。
「しかし、副団長をラボに送るなんておめぇも結構鬼だな」
「僕かアルか親方の中でわりかし動きに余裕があるのはあの子ですからね。それに、あの子は『不安を生み出すスペシャリスト』ですから今回の任務に最適なんですよ」
『きっと良い結果を持って帰ってきますよ』と上機嫌に製図に戻るエルに、ダーヴィドはそれ以上追及するのも時間の無駄だと悟り、自身の作業に戻っていった。
ちょうどその時、カンカネンやライヒアラからはるか南方にある城塞都市デュフォールの一角……具体的には第1工房の入り口に大勢の
(コミケ雲できてらぁ)
あまりの人口密度にアルは現実逃避しながら手に持った紙をガイスカに手渡す。そこにはいつぞやのテレスターレ開発で使用した試験仕様書と似たような項目がびっしりと記載されていた。さすがのガイスカも試験項目の多さに立ちくらみを起こしかけるが、アルは無慈悲に『これもです』と追加の試験項目をガイスカの手に乗せた。
「2日……いや3日仕事だと思うので、早めに行いましょう」
「ああ……準備に取り掛かるぞ」
もはや何も言う気力も無くなったガイスカの小さな声に工房の
アルが今回作成した試験仕様書はテレスターレを作成した時よりも綿密な物だった。機体の動作から始まり、サブアームの動作を試験し、最後に『
作業風景を横目で見ていたデシレアに『この項目いる?』とちょっかいをかけられたが、アルにとってこれらの項目は必須……いや、『不足しているかもしれない』という懸念が生じる量だった。
正式量産機である『カルディトーレ』は、ダーシュの内部骨格などを1から見直して作製されたラボの自信作である。そしてその見直しはハード部分だけに収まらず、ソフト部分にまで影響を及ぼしていた。
ここまで言えば分かるだろう。『この試験はほぼソフト寄りの試験』なのである。
(単体は上手くいきましたが、バグ怖いんですよねぇ)
テストランナーが順調にカルディトーレを動かしながら項目を消化していく様子を見ながらいつバグが出て来るか冷や冷やしていた。もちろんこの試験の前に小規模な試験を数回行っているので、『歩かせようとしたら腕を振り上げたり』、『首を動かしたら首が何回転もして首がねじ切れる』ような致命的なバグは取り除いているのだが、不測の事態というものは何事にもあり得ることである。
「……サブアーム動かした瞬間に自爆したらどうしましょう」
「それもうスクリプトのミスってレベルじゃないよね? 陰謀を疑うレベルよね?」
アルの独り言を傍で聞いていたデシレアが思わず突っ込む。デシレアの声に驚いたアルが我に返ると、カルディトーレの方から『ケース15-3行くぞー』というテストランナーの声が聞こえてくる。アルが試験仕様書のどの辺りまで進んだか見ているとデシレアが横に座って指で試験仕様書をなぞる。
「チェック観点が『親指から小指まで順番に握りこめること』……次が『小指から親指まで順番に開かれること』……『上記の2つの動作を10回連続で実施できること』ってこれらの項目、本当にいるの?」
「いる」
鋼のような意思を込めた言葉に『さいですか』と呆れた声を出しながら試験の見物に戻るデシレアの隣でアルは再び仕様に穴がないか確認する。
アルの前世の職業はプログラマー……格好をつけた言い方をするならIT系の仕事だ。この職業は『機械全般に強いと勘違いされてテレビの修理をさせられたり』、『スパゲティやエクセプションという単語を聞いただけで発狂する同僚』など不思議なことがよく起こる。そのようなことを体験したアルが一番恐ろしかった事態。それは『理由はわからないけど壊れた』と報告されたことである。
当然、今の仕事を放りだしてメンバーを再集結して原因の究明や対応に追われるのだが、大抵は想定していた操作を行わなかったという肩の力が抜けるような結果になる。しかし、たまに今までどう動いていたのか分からない様な難解なケースにぶち当たることもあるので、そんな経験を積んでいく内にアルが作成する資料は『最悪に最悪を重ねたケース』や『絶対やらねぇだろこんなのと言われる操作を想定したケース』など微に入りすぎた物に変異していった。
そんな物は顧客に見せれないので矯正されたが、アルの上司であったエルからは『僕が予想してなかった最悪をかなり想像してくれるので助かりますよ』と、何かを組み込む際の影響度の調査や何かを行う際のリクス計算の現場にエルは嬉々としてアルの首根っこを掴んで飛び込んでいくのだが、当時のアルはいっぱいいっぱいでそんなことを考える余裕が無かった。
そのような奇妙な信頼関係の結果、デュフォールに単身赴任されたことも知らずにアルはじぃっと試験仕様書を見てぼそりと呟いた。
「部品何個か抜いて、動かなくなる境界も調査した方が良いかな」
「いや、絶対そこまではいらないからね? そんなことばかり気にしてると将来……なんでもない」
「ハハッ、僕の毛髪を犠牲にカルディトーレのクオリティが上がるならいくらでも差し出しますよ!」
「やだ、なにこの子怖い」
徹夜テンションの為か目が血走って訳の分からない言動をするアルに、デシレアは自身の肩を抱きながらアルの目を見つつ、じりじりと後ずさる。もはや獣と出会った時の対応に流石に頭が冷えたアルは頭を掻いていると、カルディトーレの方からガイスカに呼ばれた。
「いかがしました?」
「ケース37系統を実施中にサブアームの動きが操縦と異なることを確認した。調べてみてくれないか?」
ガイスカの説明にアルはテストランナーと協力して事態の究明にあたる。テストランナーに上下左右とサブアームを動かしてもらいながら行った操作について口に出してもらう。それを聞いたアルがサブアームの挙動を確認すると、テストランナーが行った操作と逆方向にサブアームが動いている事象が起こっていることが分かった。
「パーサーの皆さん集合してください。実地訓練です」
黒板を引っ張り出してきたアルは少しふざけながら周囲の
「とりあえず一番問題ありそうなのがここですね。だれか見てもらえません?」
「あ、自分やります」
「ありました。アルフォンスさんの書いた物と異なってます」
「黒板に書きだしてください。皆で判断しましょう」
指示を聞いた
「ここですね。ここの処理条件が逆になってます」
アルの指下に黒板の前に座っている全
「若造、おぬし少し自惚れておらんか?」
「は?」
突然のガイスカの声にアルが横を向くと、ガイスカがハンマーの形を模した杖でアルの方を指しながら『自惚れておるな』と、今度は決め付けたように言ってくる。これにはさすがのアルも少し怒って『なんですか?』と少し乱暴に答えると、ガイスカは呆れるように息を吐いて諭すような声色で語りかけた。
「人間じゃからな、間違いも見落としもある。だが、自分だけの責任と言うのはおこがましい」
「ですが、今回の原因はちゃんとスクリプトを見なかった僕のせいなのでは?」
「若造は話の結論が早くていかん。個人レベルの反省は成長に必要じゃ。だが、今回のようなプロジェクトでの責任は皆の責任じゃ。『こんなことがあったから各自気をつけるように』と言えば次に繋がるからの」
『そういえば、おぬしはこんな大人数での仕事は初だったか?』と聞かれ、アルは頷く。頭部兵装開発の時も、ライヒアラでの時も街全体が工房になっているような所で数個の工房と連携して作るようなことは無かったのだ。アルの反応を見たガイスカは言いたいことを言った後のような大きなため息をついてもう一度杖でアルを指した。
「おぬしは銀鳳騎士団の副団長じゃろ? このような些細なことでうろたえるでないわ。見苦しい」
「はいはい、爺ちゃん。突き放す言葉はいいから試験の続きしようねー」
デシレアに引き摺られながらも何かを叫んでいるガイスカを見送り、アルは自身の考えを改める。
確かに昔から大きな失敗をした時は重責に押し潰されそうになって少しでも作業をし続けなければ迷惑がかかると自分の時間を削って来た。その度にエルに何度も注意されたりしたので、結構迷惑もかけたのだろうなと小さく鼻で笑った。
(ここで責任との付き合い方と大人数での仕事の仕方を覚えないとな。兄さんもそれを学んで来いって考えてここに送り出したんだろうし)
アルは元気に立ち上がって試験に混ざりに行く。だが、ライヒアラでツェンドルグを1人乗りと共に『人型に変形させたら格好良いですよね!』と目を輝かせながらダーヴィドに熱弁しているエルの頭の中には、アルの考えていたようなことは一切無く、ただ
***
「それでは続きは明日お願いします」
アルの号令に
「アルフォンス様、すみませんが手伝っていただきたいことが」
「どなたですか?」
「ノーラです。少しアルフォンス様のお力をお借りしたいと」
ローブを着ているため顔は分からないが、身長が普通の大人より高かったことと動くたびに衣擦れの音と共に『カチャリ』という金属がすり合わさった音が聞こえたので、アルは
「なんのことっ!」
突然の単語に気を取られたノーラと名乗る人影の横をアルはすり抜けて走り出した。それに気づいた人影は踵を返してアルを捕まえようと足に力を入れる。しかし、その行動はアルがカバンをハンマー投げのように回しながら人影に向かって投擲することによって阻止された。
「店長ぉ! 店長ぉ!」
「親父さんと呼べ! ……よし、賭けは俺の勝ちだな」
カバンの行き先を見ずに宿屋に駆け込んだアルは店長を呼ぶと、言い方に文句を付けながら店長がのっそりとアルと人影を出迎える。なんのことだか分からない様子のアルに人影はローブを脱いで金属音と圧縮空気が抜ける音を鳴らすと、中からノーラが出てきた。
「すみません。普通に出迎えようとしてたのですが、店長が素直に着いて行ったら懲らしめてやれと言われまして」
「なにやってんです?」
「……ノーラは人目につく前にそれを片して来い。お前さん。最近は杖やアガートラーム? とやらは装備してないだろう?」
店長の言葉に、最近
「まぁ良い。とりあえずいつもの部屋に行くぞ」
アルをひょいっと担いだ店長は従業員に『後は任せる』と伝えてそそくさと石で敷き詰められた部屋にあるを連行する。部屋には先日と同じメンバーが揃っていた。
「さて、お前達が文字通り心血を注いで出来た例のブツだが。工房長」
「はい、ノーラ団員の提案した仕様に沿った隠密向けのシルエットギア。『シャドウラート』と呼称しますが、それのプロトタイプが完成しました」
第3工房の工房長の紹介にお付の
『シャドウラート』と呼ばれたそれは、ほぼ藍鷹騎士団が主導になって作られた物で、アルは製図の一部に口を出したが、それ以外は手を加えていない代物である。壁を登るための金属製の指は束ねて強化魔法をかけることで鋭利な刺突武器にもなり、さらに金属が擦れ合う音を消すために布や皮を接続部に噛ませたりと防御力が低いが、出来る限り隠密性に特化する仕組みになっている。
この出来にアルも『餅は餅屋だなぁ』と感激しながら見学していると身体にフィットするインナーを着たノーラが姿を現した。
「彼女が現在シャドウラートの試験を行っていますが、今夜にでも例の計画を実行しようと思います」
「あのー、僕もやるんですか?」
「いや、お前にはとあるお方と共にデュフォール城の一室に待機してもらう」
店長がそういうと再びアルを担いで部屋を出て行く。そのまま宿を出た店主は厩から馬を一頭出すと前にアルを乗せ、その後ろに自分が乗って手綱を叩く。カポカポと蹄の音を鳴らしながらゆっくりと進む馬を操作しながら店主はアルの耳に口元を近づけてボソリと話し出した。
「シャドウラートについてうちの騎士団の中から懐疑的な意見が出たからな。1回、密書を城に居るお前ととあるお方に届けてもらおうってわけだ」
「へぇ、自信あるんですね」
「まぁ、デュフォールに居る規模の歩哨なら自信あったんだがなぁ……周り、見てみろ」
突如元気がなくなった店主の声にあるが周囲を観察すると歩哨がかなり増員されていることに気づいた。いつもは1人で巡回している兵士が必ず2人1組で巡回するようになっていたり、所々の屋根の上に弓を持った兵士も居る。そんな挙動不審な少年を見た兵士が馬に近づいてくるが、アルは咄嗟に『へいたいさん、おつかれさまです!』と間違った敬礼をしながら笑顔で言うと兵士は笑顔で答えてその場を去った。
「……お前、転職しないか? 藍鷹騎士団っていうんだが子供みたいな容姿の潜入要員が欲しいんだが」
「入った瞬間に辞表出して良いなら良いですよ」
「そういうなよー。子供みたいな容姿は結構貴重なんだぜ?」
アルを右や左に動かしながら店主がやんわりと説得するが、アルは『僕を雇いたいなら
「久しぶりだな。アルフォンス」
「閣下、お久しぶりです」
大部屋に居たのはヨアキム・セラーティ侯爵だった。その後ろには緋犀騎士団の面々が立っており、その中に頭部兵装の開発に協力してくれたリデア小隊の面々も居た。
「君が藍鷹騎士団の者かね? ああ、名前は名乗らなくて良い」
「はっ、痛み入ります。自分は藍鷹騎士団に所属している者で相違ありません。本日はお越しいただきありがとうございます。では、本日行われる試験の説明に入らせていただきます」
アルが店長の隣で『丁寧な言葉、似合わないな』と割と失礼なことを思っていたが、ヨアキムとアルの間に大きなテーブルが置かれ、デュフォールを書き出した地図が広げられた所で思考を切り替えた。
外壁を出て少し離れた所にある森に店長が印をつけると話を続けた。
「この森からスタートし、城に居るお二方に密書を届けて森に戻ってくるまでが試験となります」
「ルートはどうするんですか?」
「決めていません。ですが、制約として城壁を登って進入することにしています」
淡々と質問に答えていく店長。要約すると、『城壁を登り、城に居るアルとヨアキムに密書を渡して森へ帰還する試験』らしい。もちろん見つかってもアウトだし、傷つけるのもNG。さらに、今回はヨアキムに随伴して来た緋犀騎士団やセラーティ領中で耳が良いと評判の兵を歩哨に参加させるという大人気ないことをしているらしい。
「閣下、大人気なさ過ぎません?」
「アルフォンス、密偵というのは失敗は許されんからな。試験の段階で実力を発揮出来なければ意味が無いのだ」
ヨアキムの真剣な表情にアルは心から先ほどの勧誘を蹴って良かったと安堵する。入る気はさらさら無かったが、仮に入ってしまったらアルの精神はスライムのようになってしまうだろう。
その後はとんとん拍子に追加の制約や部屋の前に来た時の符丁、最後に大まかな開始時刻を砂時計を交えて決め、店長が『準備があるので失礼します』と言いながら退室していく。周囲は一気に静かになり、緋犀騎士団の面々が十数分も続く沈黙に耐えられずにそわそわとしだした頃、ヨアキムは口を開いた。
「まだ開始まで時間がある。今の内に依頼したいことがあるのだが……良いだろうか?」
「……制式量産機が配備される順番については陛下のご指示以外で順番をずらすことは基本的に禁止されておりますよ」
ヨアキムの『お願い』にたまに来る貴族と同じ系統の依頼だとアルは判断する。
アルがデュフォールに篭っている頃、アンブロシウスはとある政策を行っていた。それは、今回のお披露目会で明るみに出た新型の制式量産機を受領する順番と運用を決める物だった。
例えばゲーム機にすると分かりやすいが、新型が発売されると需要と供給が一気に釣り合わなくなることが多々ある。そして、その隙間を狙って転売するものやその転売品を購入する人々が存在する。
それを
そのため、銀鳳騎士団の次は領土の重要度や爵位に準じて公平に順番を決め、順番を変更する場合は『アンブロシウスの許可を取り、アンブロシウスの眼前で交渉を行う』といったよく考えたら禁止と変わらない政策が取られた。
政策にしてはかなりずさんな物ではあるが、一定の貴族を抑えることに成功したこの政策だが一部の賢い貴族は製作者であるラボの局長やそこに出張している銀鳳騎士団の副団長に協力してもらおうと1~2週間に1回という期間で面談を申し込むので、アルの中ではすっかり断る際の定型句が出来てしまっていた。
「いや、量産機の方ではなく……君達銀鳳騎士団が開発した馬型のことなのだが」
「あー、そちらは制限はかけられてません。しかし、騎士団長に掛け合うのが筋では?」
「いや……まぁ……そうなんだがね……」
いつもとは違ってしどろもどろになるヨアキムの反応にアルは不審に思った。たしかにツェンドルグ型は1人乗り用に改造している最中だが、受領したいと言う声が皆無であった。というのも、エーテルリアクタが2つ必要かつ、4つ足と言う従来の操縦が見込めない特別性が尾鰭を生み、『じゃあ制式量産機で良いや!』と言った具合に貴族達の中で結論がついたのである。
またしても時間が経ち、カップの紅茶が数回淹れ直された頃合。やっとヨアキムが話の続きをしだした。
「君にこれを言うのもなんだが、ティファの結婚式の日取りが来年の春頃に決まった」
「それはおめでとうございます」
「そこで相手の……ケルヴィネン家に人馬型を贈ろうと思っていてな。卑怯とは承知しているが、以前からティファと交流があった君にこうして話をさせてもらった」
ヨアキムの話を聞いたアルは若干引いた。確かに貴族の結婚は、『魔獣の脅威が大きい地域では領地同士の繋がりが重要視されるので、仮に問題が発生した場合に互いに力を貸しあい易くする』という意味合いが強いと黒歴史の期間中に本で調べたことがある。
だが、仮にも結婚式という祝いの席に引き出物として
「私は娘に対しても長男以外の息子達に対してもほとんど何もしてやれなかった。その結果がアレだ。幸い、君達のおかげで色々な面倒事が減ったし、領内も比較的平和になった」
「確かに、最近のセラーティ領の小麦や作物が安くなりましたね」
「ああ、頭部兵装のおかげで被害をかなり抑えることが出来た。そうだな? リデア中隊長」
ヨアキムの問いかけに『中隊長』に昇進したリデアが頷く。その後も話が続き、どうやら
「ティファには心穏やかに幸せになって欲しいからな。リデア中隊の派遣や人馬型が私が出来る中で唯一のしてあげられることなんだ」
「たしかに制限はされていませんが、このことは銀鳳騎士団の方に持ち帰って検討してみます。……個人的には彼女には良くしてもらいましたし、援護はしますよ」
そう言い残したアルはそそくさと退室する。部屋の外には騎士が待っており、羽を模した銀板をアルに見せる。
「こちらです」
「あ、自分も行きます」
後ろからリデアが付いてきたので、藍鷹騎士団の団員に先導してもらって部屋を目指す。その合間は暇なので、アルはリデアに先ほどの昇進について改めて祝いの言葉を贈った。
「ありがとう……じゃないですね。ありがとうございます」
「それにしても侯爵閣下のことですが、シルエットナイト贈るってマジですか?」
「言いたいことは分かりますけどね。でも普通の結納品もありますし、婿側との話し合いでぽろっと出た案らしいので別に贈れなくても問題ないですよ」
カツカツと靴の音を響かせながら雑談に興じる2人だが、もっぱらの話題が先ほどの侯爵のことだった。
そうしている間に部屋に通されたアルは、『一応護衛として居ます』というリデアと共に椅子に座る。夕方頃にノーラ目掛けて放り投げたカバンもちゃっかり回収されていたのか部屋に置いてあり、アルが中身を確認すると何も取られていなかったので、ほっと一息つく。
そして、アルはカバンから数枚の紙束を引っ張り出すと深く椅子に座り込んでぺらぺらと確認しだした。
「なにしてるんです?」
「いえ、新型量産機のスクリプトを見直してるんです。ちょっと気になったことがあったので」
『一応機密なので見ないでくださいね』と断りを入れてから
(念には念を入れないとですねー)
制式量産機なので、少なくとも出荷する段階までは安心できないと数枚にも及ぶ紙束を精査しているアルの耳に窓をノックする音が聞こえる。顔を上げたアルにリデアは小声で『静かに』と話すと窓際の陣取る。
「銀の鳳」
「……鷹と共に飛ぶ」
あらかじめ決められていた符丁が交わされ、窓から数機のシャドウラートが姿を現した。数を数えると宿屋で見た数と合わなかったのでシャドウラートの搭乗員、藍鷹騎士団の団員に話しかけると『侯爵の下へ行っております』と密書をアルに渡しながら答えた。
「全員無事ですね?」
「はい。初めて使いましたが、これは良い物ですね。改めてアルフォンス副団長、ありがとうございます。これからはこれをベースに改良を続けていきます」
フルフェイスなので表情が見えないが、声が弾んでいる団員にアルは笑顔で見送る。やがてヨアキムが密書を片手にアルと合流し、シャドウラートの性能について快い感想をもらったアルは店長に迎えに来てもらい、宿屋にて長い1日を終えた。
ちなみにアルがもらった密書には『店長が帰りに買う酒の銘柄』が書かれていたので、アルはびりびりに破り捨てたのは余談である。