銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

72 / 200
50話

 卒業式が無事終わり、教官達も新たな学生の受け入れや新学期の準備と詰所内を走り回っていた。そんな詰所の扉をノックし、中等部の学生が1人で中に入ってくる。その学生は近くの教官に軽く礼をするが、中等部なら用件の推測はある程度想像できたが、高等部の教官の詰所と言う本来なら呼び出されないような場所に呼び出された用件が分からないので少し大きめの声を出して入室をアピールする。

 

「エルネスティ・エチェバルリア。参りました」

 

「ああ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

 その声に気づき、記章を胸に付けた男がエルを詰所の奥へと案内する。その対応に学生として来たつもりだったエルは銀鳳騎士団に用があったのだと悟った。

 何を頼まれるのか知らないが、自分の言葉がまさに銀鳳騎士団の今後の行動に直結することなので、エルは意識を切り替えながら男の後に着いて行く。

 

 男はそのまま詰所に備え付けられた簡易的な応接室へとエルを導く。そこには既に学長であるラウリや中等部の教官達の長である記章を胸に付けた男が座っており、一斉にエルの方を見た。

 

「エルネスティ殿、ご足労いただきありがとうございました。どうぞお座りください」

 

「……失礼します」

 

 ラウリは余所行きの言葉でエルに着席を促す。今、ここに居るのは学園の長と騎士団長である。そこに血縁と言う間柄が安易に入れるような余地はなかった。エルもそのことは分かっているので、黙って近くのソファに着席すると周囲を見渡す。

 

「もしかして、ウチの副団長が何か粗相を?」

 

 エルの言葉に全員が驚く。本来、銀鳳騎士団と学園側の連絡役として副団長かつ学園の教官のアルが担当している。だがこの集まりの中にアルの姿は無く、エルは副団長関係のトラブルで呼び出されたのかと不安になった。

 しかし、少し驚いた教員達はその後に笑顔で『大丈夫ですよ。彼には今、別の仕事を頼んでいます』とエルを安心させる。

 

「申し訳ない。本来ならばアルフォンス教官を通じて話を通すのですが、荷が重いらしいので騎士団長である貴方を呼ぶことにしたのです」

 

「そんなに重要な案件なのですか?」

 

 アルでも処理に困るのはよほどのことではないとありえない。エルは多少混乱しながら案件の内容を問いただすと、ラウリが数枚の紙を机の上に置いた。紙にはなにかの数字が所狭しと書かれており、最後の紙には棒グラフが描かれている。

 

「それは学園の新入生の数を記載した物です。今年度の外部から入学を希望する者が中等部、高等部共に爆発的に増えています」

 

「……理由は?」

 

「おそらく、銀鳳騎士団かと」

 

 ラウリの言葉にエルは黙る。アンブロシウスが謀った新型機お披露目会というドッキリは大成功を収めた。しかし、話はそれだけで終わらなかったのである。

 

 その場に出席していた貴族やその貴族が開催するパーティなどで銀鳳騎士団の名前と新型機の話が伝言ゲームのように伝わっていき、それに興味を持った貴族達がこぞって件の騎士団を調べだしたのだ。

 

 その結果、密偵集団である藍鷹騎士団は結界を強化しようとアンブロシウスやクヌートを巻き込んだ話し合いを行ったり、何度も調査してくる密偵に対して『そっちも大変ですね』とお互いに苦笑しながらも情報を的確にブロックしたりと銀鳳騎士団とあまり関係ない所でゴタゴタがあった。

 

 そして、銀鳳騎士団の実態が学生と卒業して数年もたっていないペーペーの集まりだということが分かった貴族達が行った次の一手が『勧誘』であった。自分達の手元において新型機や、その出所である銀鳳騎士団の戦力を自由に動かして自分達の領土の安寧を図りたいという欲を解消すべく、彼らは精力的に銀鳳騎士団の勧誘を行った。

 

 時にはデュフォールまでいって副団長を勧誘したり、時には外堀を埋めようとしたのか、街中を歩いている第3中隊の中隊長に声をかける形で勧誘したりしたが、副団長には『未成年なんですけど! 国王直下の騎士団? に入ってるんですけど!』と嘘のような本当のことを言われ、第3中隊の中隊長を勧誘中に突然やってきた第1中隊の中隊長に勧誘者が万力のようなナニカで潰されそうな謎のプレッシャーを放たれたりと散々な結果に終わったらしい。

 

 そこで諦めれば良いのだが、彼らは銀鳳騎士団の拠点であるライヒアラ騎操士学園に入学するという手段をとった。もちろん、既に成人して数十年たっているオッサン達が入学するわけではない。彼らの子供や孫、時には部下の子供なども使ってライヒアラの門を叩かせたのだ。

 

「それは……なんとも……」

 

「まぁ正式な手続きを踏んでおるので邪険に扱うのも外聞が悪い。今、アルフォンス教官に入学希望者の中でどのぐらいが貴族出身か確認をしてもらっております」

 

「あー、たしかにデータ確認とか細々したことは僕よりも上手ですよ。あの子は」

 

「兄さん、僕に押し付けてますもんね」

 

 急な声にエルが横を向くと、紙束を抱えたアルがジト目でエルを睨んでいた。団員の給与の計算や事務的なことはアルに任せる傾向にあったエルだが、前世でもデータ入力や修正のダブルチェック以外のデータ整理や類似データの確認は、ほとんどアルに任せっきりだったのだ。とんでもない兄貴である。

 

「アルフォンス教官、どうでしたか?」

 

「全部は調べられませんでしたが、貴族のご子息が多かったです」

 

 アルが紙束を下ろすとその紙束から紙を取っては中身を検分する教官達。その内容は今回の入学希望者から推測できる貴族名と爵位だった。

 入学希望者の名簿の4分の1ぐらいが貴族と言う内容に、普段は6分の1ぐらい居たら『今年は多いな』と言い合っていた教官達が卒倒しかけるが、アルはさらに口を開いた。

 

「途中で気になったのですが、貴族のご子息が従者の方のご子息も連れている場合があります。このアミレア家ですが、同じ学年で卒業後にアミレア家の騎士団に入団。現在は騎士団長になっている方がいらっしゃいます。時間がなかったので気になったところだけ調べました」

 

「貴族と従者……まずいですな。学園が政争の舞台になりますぞ」

 

 貴族は『お前どこ中だよオラァン』と言った具合に爵位でマウントを取ったり談合してよからぬことを謀る傾向が強い。さらに一般人と異なるのが、『相手を傷つける度合いが強いこと』と『なにかあった時の対応が難しすぎること』にある。これらにより、貴族に限らず一般の学生まで被害にあった場合の対応を考えるとどうにも頭の痛い話になってくる。

 

 そんな中、グシャリという紙が潰れる音が聞こえた。音の発生元を見るとアルが手に持った紙を握りつぶしたのだ。

 

「アル?」

 

「キッドのような子が増えるんですか? 悪くないのに……一方的に殴られたりするんですか?」

 

 エルの声に反応したアルはポツリと呟く。アルはアディを人質に取って一方的になぶるという決闘と称した私刑を思い出したのか、震えながらラウリに問いかける。その様子にラウリは力のない笑顔を浮かべて『大丈夫じゃ』と言い聞かせるが、説得力がなかった。

 

「砦の建築はまだ終わってませんが、銀鳳騎士団の拠点を移すべきですかね?」

 

「いいえ、シルエットギアの運用のノウハウや新型量産機のノウハウがまだ万全と言えません。せめて1年はここに居てもらうべきと学園長含め、我等の要望です」

 

 エルの提案に高等部教官の長である男が答えるが、要望どおりにした場合の『最悪』を考えると早急に拠点を移動させた方が良いのは確かだ。どうするべきかと考えていると、ふとエルが手を叩いて『カリキュラムを変更しましょう』と提案した。

 

「授業の内容を変えるといった具合ですか?」

 

「そうです。シルエットギアを使って建築科と共に銀鳳騎士団の拠点になる砦を手伝ってもらいましょう」

 

「……はぁ?」

 

 一同の呆気に取られた表情を無視してエルは話を続ける。曰く、『騎士になるために魔力の増強や操縦技術を学べるので、幻晶甲冑(シルエットギア)を使おう』や『建築科の実習でも砦を幻晶甲冑(シルエットギア)で組むのは良い実習になる』や『1年で騎士としての土台をしっかり作って2年でしっかり学べば大丈夫』と矢継ぎ早に提案されるそれにラウリ含めた教官達は勢いに呑まれつつあった。

 

「兄さん、今の騎士科の皆さんは?」

 

「アルのおかげでシルエットギアの実習は十分なのでこのまま進めます。他の科の人達は団員の訓練も兼ねて銀鳳騎士団の皆で面倒を見ます」

 

 胸を叩くエルに、アルは『それなら良いか』と黙ってしまう。かくして学園は場所だけでなく今後の授業予定まで銀鳳騎士団が掌握してしまうのだが、他に良い案がなかったのでラウリは妥協するしかなかった。

 

 その夜、娘に『孫達が学園を占拠してしまいおった』と愚痴を零す1人の老人が居たとか居なかったとか。

 

***

 

「と、いうわけで。僕達のこれからの方針を話し合っていきましょう」

 

「なにがというわけだ! 余計な仕事増やしやがって!」

 

 のほほんとした顔で話すエルにダーヴィドは噛み付く。普段の業務に加えて砦建設に使用する幻晶甲冑(シルエットギア)の増産もメインタスクにねじ込まれたのだ。誰だってキレる。

 

「まぁまぁ、学園を間借りしているので家賃みたいな物です」

 

「親方……まだ慣れてなかったんですか」

 

「またそんな生気のねぇ目で見るんじゃねぇ!」

 

 目のハイライトが消えた瞳でダーヴィドのことをじっと見るアルにダーヴィドが突っ込む。銀鳳騎士団結成時にも同じような無茶振りでエルに向けて怒鳴っていたが、アルは今と同じような目で『慣れますよ』と言ったことがあったのだ。

 

 そんな寸劇を見て呆れたディートリヒはアルの持っていた紙を奪い取ると、その内容に嫌な顔をする。

 

「シルエットギアの使い方の指導に監督、砦建築班の迎えにカルディトーレ・トレーナーの操縦指南に……クロケの森の実習の護衛ってなんだい」

 

「ベヘモス事変があったので念には念を入れて中隊を派遣しようかと。カルディトーレの訓練にもなりますし」

 

 ディートリヒの疑問にエルが解説を入れるが、これはアルの発案だった。ベヘモスという脅威は少なくともエル達の寿命が尽きるまでに再び起こる可能性は著しく低い。だが、起こった特大の脅威に備えた対応が可能なのに、可能性が低いと対応を見送るのは阿呆である。

 なので、訓練の意味合いが強いが新型制式量産機であるカルディトーレの1個中隊を護衛に向けることで、もし再び同じことが起こった場合の対処をすることにしたのだ。

 

 ちなみにアルもパッチワークに自身の専用キャリッジであるフォートレスを曳かせながら同行する予定である。フォートレスに備え付けられているナンブよりも高火力かつ、高連射の魔導兵装(シルエットアームズ)と決闘級でさえも一撃で外皮を貫ける狙撃型の魔導兵装(シルエットアームズ)を用いれば倒すことは無理でも時間稼ぎや撃退は出来ると踏んでいた。

 

「よし、私はパスだ。エドガー、ヘルヴィ。どちらか知らないけど頼んだよ」

 

「私はツェンドリンブルの試験があるからパスね」

 

「お前ら……」

 

 他の中隊長達の言葉にエドガーは肩を落とす。ディートリヒは別として、ヘルヴィはエル達が決めていた当初の予定通り『遊撃役』として最適なツェンドリンブルに乗ってもらうため、カルディトーレは受領していない。そして、未だツェンドリンブルはエル達のような直接制御(フルコントロール)習得者しか動かせないので、エルは学園内における幻晶甲冑(シルエットギア)の教導をヘルヴィと第3中隊に任せることにした。

 

「それにしてもクロケの森まで遠征ですか……僕も行っても良いですか?」

 

「兄さん、各自の進捗や流れは兄さんが一番良く分かってるんですから拠点にいなくてどうするんですか? 騎士団はチームで動いてるんですよ?」

 

「分かってます! 分かってます! 言ってみただけじゃないですか」

 

(銀色小僧、お前も大概だぞ)

 

 長時間ロボに乗れるという至福につい魔が差したような提案をしたエルだが、ガチめに説教されたのでエルはしゅんとする。そんなエルの様子が目に入っていないのか、アルは淡々と各自の役割や対応法、日程の調整などを銀鳳騎士団のメンバーに伝達していき、機体の話になると心の中でアルのこともエルの同類だと思っているダーヴィドに話を譲った。

 

「銀色小僧、おめぇちゃんと仕事の手の抜きどころを勉強しないとたおれっぞ? さっき銀色坊主に言ったことも言い過ぎだ」

 

「大事なことなので真面目に取り組んでるんです。まぁ、僕の場合その真面目は悪い意味でだと思いますが……。善処します」

 

 本当に分かっているのか良く分からない返事にダーヴィドは頭を掻きながら現状の進捗を話す。カルディトーレは現在、騎操士(ナイトランナー)騎操鍛冶師(ナイトスミス)がデュフォールで習って来たことを復習している最中。続いてツェンドリンブルはキッド達が主体になって1人用に魔法術式(スクリプト)を再構築中である。

 

「後はバト坊の方はシルエットギアの量産を頼もうと思ってるが……出来そうか?」

 

「作れるとは思うけど、授業もあるからそんなに作れないね」

 

「その点は安心してください。鍛冶科の教官に頼んで中等部の団員の授業は免除の許可をいただいています」

 

 突如出てきた爆弾に中等部の団員達はフリーズした。続けてアルは口を開くと免除を願い出た時に鍛冶科の教官に言われた言葉を再生する。

 

「なんでも3年生って座学は無くて作品を作る実技がほとんどなのだとか。なので、シルエットギアという作品を1から作れて運用や修理も出来る皆さんは無条件で免除にしますと」

 

「じゃあ僕らはシルエットギア作りに専念する形で良いの?」

 

「いいえ、銀鳳騎士団側の仕事は強制ではありません。学びたいことがあったり、授業を受けたいというのであればそちらを優先してください。僕や兄さんは怪しいですが、君達は学生なんです。その権利を軽く捨ててはいけません」

 

 その言葉にヘルヴィが『先生みたい』と茶化すが、アルが言った事は自身の経験から学んだ生の言葉だった。

 『若い頃の苦労は』という話がある通り、『無茶しない程度に自主的に』という枕詞がつくが、学ぶことは良いことである。そして、学生という時間は有限なので、それを効率良く使用するのは後々の銀鳳騎士団にとっても有益なことなのだ。

 

 そうすると、『授業に出ます』と1人の学生が手を上げる。その学生を皮切りに2人、3人と手を上げていく団員にアルは『後で話をしに行きましょう』と一先ず中等部の問題はお開きにする。

 

「まぁ……あれですね。長々と話しましたが悔いのないように過ごしましょう」

 

 慣れない言葉のトーンで話していて恥ずかしくなったのか、歯切れ悪く締めくくるアルに周囲が苦笑しながら『おー』とこれまた脱力しそうな掛け声が響く。こうしてアルやエルにとって中等部最後の年が始まるのであった。

 

***

 

 入学式が終わり、予想通り貴族やその従者の子供が大量にライヒアラ騎操士学園の門戸を叩いて数ヶ月がたった。

 

「今回は教官としてしっかりね」

 

「気をつけてな」

 

 ライヒアラの城門の前に大勢の馬車と学生達が屯していた。その集団の周囲には白く塗装され、追加装備(オプションワークス)の1つであるフレキシブルコートを装備した第1中隊のカルディトーレや高等部の学生が乗っている払い下げられたばかりのカルダトアを改造した実習機、カルディト-レ・トレーナーが周囲を警戒している。

 

 そんな学生達の集団の中にエチェバルリア家は集まっていた。マティアスとセレスティナに別れの挨拶を言い、エルには拳を付き合わせるという無言の挨拶を行ったアルは腕に装備しているアガートラームに繋いでいる銀線神経(シルバーナーヴ)魔法術式(スクリプト)を送る。

 

「では、行ってまいります」

 

 後ろから伸びた巨大な手につかまったアルは、そのまま巨大な手の持ち主であるパッチワークの操縦席に押し込められる。そのまま胸部装甲が閉まるとパッチワークは自身の手を軽く胸部装甲に添えながら礼をして馬車の群れに着いていく。

 

 その一連の動作に『なにも教えてないんだがなぁ』と呟く。父親としての矜持と教官としての矜持が少し傷ついたマティアスは少し肩を落としながら家族とともにライヒアラの自宅に帰っていった。

 

***

 

 ライヒアラを出て数時間後。アルは欠伸をかみ殺しながらひたすら操縦桿を動かしつつも幻像投影機(ホロモニター)の端に映っている景色を見ていた。その景色はパッチワークが曳いているフォートレスから空高く伸びている銀の棒の先にあるリーコンの改修型から来ており、現に今も上下左右にせわしなく動かしている。

 

「あ、定時報告しなきゃ」

 

 ふと最後尾にいる数日前にエルとアルがバトソンに手伝ってもらいながら、『赤だったり、たまに金色だったりするロボットに乗っている人のテーマソング』を歌いながら頭部に角を生やすという無駄改造を施したカルディトーレの周囲に白く塗装しただけのカルディトーレが集まっていたので、定時報告の事をすっかり忘れていたアルは操縦桿からフォートレスに直接魔法術式(スクリプト)を伝える。

 

 そうすると改修型のリーコンの下にくっつけてある魔導ランプから白い光が独特のリズムで点滅し、それを確認した角を生やしたカルディトーレが片腕を大きく上げる。それを確認したアルは操縦席のシートに深くもたれかかるというエドガーが見たら小言を言われそうな体勢で操縦を続ける。

 

「機体のロックはなんとかなりましたし、そろそろ武装のロックも考えないといけませんね」

 

 パッチワークの操縦席に刺さっている銀の短剣の柄をチラリと見ながらアルはとりあえず頭に思いついた物を口にしていく。『指紋などの生体認証』、『敵味方識別装置』、『パスワード』、『武器を動かすための別パーツを組み込む』といった案が次々とアルの口から出てくるが、どうにもピンときたものは無かった。

 

 生体認証にしても作るのもそれをテストするのも大掛かり過ぎるし、そもそもそれを実装出来ていたら紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)は開発されていない。それにロボットに指紋や判別できる物を搭載してもそれを盗まれたら変更するのも手間である。

 次に出てきた敵味方識別装置に関しても、敵と味方の判別方法からアルは早々に『実現不可能』と見切りをつける。敵味方の判別に、魔法術式(スクリプト)の開発、テストと試算していくと軽く見積もっても数年はそれにかかりきりになる工程に、アルの中に存在するロボ欲が『良いのか? 我、爆発すっぞ?』と拒否感を露にしたのだ。

 

「パスワードかぁ……僕にとっては一番馴染みがあるんですよね」

 

 再び定時報告の時間になったので片手間で光信号を送りながら、アルはパスワードをもうちょっと掘り下げてみることにした。

 パソコン本体だったり、一部しか見れない資料だったり、メールで大事な資料を送信する時だったり、パスワードは『知らなければ』という注意点を守れば一番防犯性と汎用性に優れた物である。

 

 だが、たまにデスクの付箋にパスワードを書いて貼り付けている上司や部下が怒られている様子や飲み会で大事な資料のパスワードを暴露した上司のデスクが消えた様子を見てきたエルやアルにとって、パスワードという物は日に日に防犯性が失われるものと認識している。

 

「うーん、防犯性を高めるにはばらさないとか変更するとか……そもそもどうやって実装しましょう」

 

 実装もしていないのに運用方法の心配をしていたアルは原点に立ちなおるが、再び悩み始める。そもそもパスワードを利用するためには『入力装置』と『チェック用の魔法術式(スクリプト)』と色々と準備が必要である。

 

「入力装置は兄さんがなんかやってた気がしますが、小型のマギウスエンジンを武器に……コスト鰻上り過ぎて笑えませんね」

 

 入力装置についてはエルの『僕が書いた最高のロボット』の図案にそれらしい記載があった気がするので、この実習が終わったら問い詰めようと心に決めたアルは、入力装置よりも難易度が高い『魔法術式(スクリプト)』について思案する。

 

 魔法術式(スクリプト)自体の実装は容易ではあるだろう。ただ、問題は『魔法術式(スクリプト)の保管場所』にあった。

 魔力転換炉(エーテルリアクタ)ほどじゃないにしても魔導演算機(マギウスエンジン)は結構高価かつデリケートなので、損耗率の高い武器には利用できないのはナンブの開発中に問題として出てきている。だが、『パスワードをチェックして判断する魔法術式(スクリプト)』は機体側ではなく武器側につけるべきなので、アルは頭を悩ませるが良い案がでない。

 

「うーん……」

 

「副団長、どうしたんでしょうかね」

 

「どうせシルエットナイトのことだろう」

 

 夕食時にも悩んでいるアルの姿に団員達が不安になるが、結構長い時間アルと接しているエドガーは『いつものこと』と判断し、なにかあればこっちに話してくるだろうと無視を決め込む。

 

 その後、次の日の行軍中もアルは悩み続け、アル達はあっという間にヤントゥネンでの補給が終わってクロケの森の前に到着した。周囲は荷物の運び出しやテントの設営でちょっとした人だかりが出来ていたので、銀鳳騎士団は高等部のカルディトーレ・トレーナーや実習機達と共に奥の方にあるいつも駐屯地として利用している空き地まで幻晶騎士(シルエットナイト)を移動させる。

 

「さすがにこの空き地じゃ中隊は入らないか」

 

「樹木を法撃してもうちょっとスペース開けます?」

 

「いや、魔獣を刺激するのは良くない。俺達は場所を変えよう」

 

 そういって高等部の学生と別れた銀鳳騎士団はとある広場にたどり着いた。そこは()()()によってえぐられたようにそこらじゅうの地面がでこぼこになっている不思議な広場だった。

 

「エドガーさん、ここは」

 

「ああ、俺達にとって馴染み深いところだ。ある意味では銀鳳騎士団の始まりの場所だな」

 

 そう、ここはベヘモス事変の中心地。『エドガー達とヤントゥネンの騎士団、そしてエルとアルがベヘモスと戦った場所』である。広場の傍には慰霊碑のような物が建てられ、そこには朽ちた花が数本ほど置かれていた。

 

「たしかにベヘモスが居なければテレスターレももっと遅くに出来てたと思いますし、ある意味でははじまりですね」

 

「ああ、よく言うだろう? 初心に戻れと」

 

「真面目なエドガーさんらしいですね」

 

 アルがそう言いながらも周囲の第1中隊に指示を出して駐屯地の設営を命じる。馬車やフォートレスの開いた隙間にねじ込んだ資材を用いてテキパキとテントや休憩所を設営していく団員達から頼もしさを感じていたアルは、ふと何かを感じたのでパッチワークの首を違和感を感じた方に向ける。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ……気のせいかな」

 

 周囲を見るが、森から勢力を伸ばして来た草以外なにもない風景にアルは首を傾げつつ、その違和感が何物なのか分からないまま『()()()()()()()()()()()()()景色』から視線を外す。そうしていると、パッチワークの下から駐屯所が出来たとの報告が届く。

 

「エドガー先輩、周囲警戒よろしくお願いします」

 

「分かった。2人程来てくれ。周囲を警戒する」

 

 エドガーの指示を聞いた団員が2人選出し、各自のカルディトーレに向かう間にアルは駐屯所を見回る。中隊長の性格が反映されたのか、柵の設置やスペースの開け方など細かな所まで基本に忠実な出来にアルは頷きながら『バッチリです』と団員達にサムズアップを送る。

 

「さて、では各自決められた交代時間を厳守してください。解散!」

 

 アルが手を2回叩きながら注意事項を述べると団員は解散していく。その光景を見届けたアルは銀の短剣をいつもの保管場所である服の内側に隠し、今回はハラペコヤング共が居ないので手軽に食べれる物としてヤントゥネンで買っておいたドライフルーツを口に数個ほど放り込んだ。

 

 そして駐屯所の入り口で森のほうを見張っている団員に『学園側のキャンプ見てきます』と伝えてから駐屯所を後にした。

 

***

 

「それでは、皆さん。あとはテントの見回りのみなので、明日に備えて英気を養ってください」

 

 アルが学園側のキャンプの中央に立てられている教員用のテントに入って数十分。注意事項やもしもの時の行動を伝えられたアルは他の教官とともにテントを出た。今回は銀鳳騎士団が出張ってきているので、大型の魔獣が出た場合は銀鳳騎士団に対処をお願いするということなので、アルは連絡事項を伝達するためにキャンプの中を小走りで移動する。

 

「あ、エチェバルリア教官」

 

「フリュクバリさん、どうしました?」

 

 その時、正面から藍鷹騎士団のノーラに声をかけられる。一応学園の生徒として潜入しているので、アルは生徒に対するような言葉遣いで応対すると、ノーラが『女子側の点呼が終わりました』と名簿をアルに手渡してくる。本来ならばアルのような教官に毛の生えたような人物に渡すのではなく、もっと上の地位の教官に渡すのだが、アルは名簿の真ん中に折りたたまれた紙が挟まっていることに気づいた。

 

「あー、僕では対応できないですね。皆さんまだあのテント周辺にいらっしゃるので済みませんがそちらにお願いできますか?」

 

「……失礼しました」

 

 素早く名簿から紙を抜き取ったアルは教官達のテントを指差すと、ノーラは一礼してからテントの方へ歩いていった。その光景を見送ったアルは、紙をポケットに入れてそれを指先で少しもてあそぶ。

 

(これを夜中に作っておきましょうかね。今宵の待機はなかなか熱いものになりますよ)

 

 紙の内容が『藍鷹騎士団に頼んで用意してもらった物』だと想像したアルは徐々に口角が釣りあがる。本来待機任務という物は遊びながらやるようなものではないのだが、そのようなことも気にせずにアルはスキップしながら駐屯所へ戻っていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。