銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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52話

 時間は少し前に遡る。教官からの合図と思われる炎系統の魔法が空に上がるのを見たアルはモートルビートで森の中に入ろうとしていた。しかし、ベースキャンプの手前で先ほどの魔法を見た高等部の学生がベースキャンプに残っている教官に指示を仰いでいる場面に出くわす。

 

「皆さん、何が起こっているかわかりませんが非常事態です。ただちにシルエットナイトに乗ってください。もうすぐ銀鳳騎士団がここを通るので同行してください」

 

「あの……もしかして前と同じような」

 

「言いたいことは分かりますが、僕達が経験したことを中等部が経験しています。助けてあげてください」

 

 ベヘモスのことを思い出した1人の学生がうろたえるが、この場にいる騎士科の学生はベヘモス事変の前哨戦である魔獣の大量発生でステファニアと共に戦った学生達だ。この場合での幻晶騎士(シルエットナイト)の重要性は誰よりもわかっているだろう。念を押すように出撃して欲しいとアルは頭を下げながら彼らに頼み込む。

 

「すみません、動揺しました。皆、すぐに準備しよう」

 

 アルの言葉が響いたのか学生の1人がすぐに謝罪しながら他の学生に指示を出してその場を離れる。それを見たアルはすぐに近くの教官に銀鳳騎士団と学生の合同編成で森に入るようにお願いすると、すぐに圧縮大気推進(エアロスラスト)とワイヤーアンカーを用いて一気に森へと飛び込んだ。

 

 森の中をワイヤーアンカーで手ごろな木に引っ掛けながら圧縮大気推進(エアロスラスト)を小まめに吹かして高速で移動するアルだが、ふとあることを思い出して大木の太い枝の上で停止する。

 

「あ、武器忘れた」

 

 背中や腕を見渡すがどこにも武器をマウントしていないことに気づいたアルが声を上げるが、そんなことをしても遠隔操作兵器のように武器が飛んでくるわけがない。戻って取りにいく時間も惜しい現状なので、どうしようかとアルは少し考えた挙句、『魔法もあるし、最終的には借りよう』という考えに帰結した。

 

「それにしても、魔獣が騒いでるなぁ」

 

 木の上から地面の様子をチラチラ見ていると、剣牙猫(サーベルキャット)や基本群れないはずの棘頭猿(メイスヘッドオーガ)でさえも何かに怯える様に身を寄せあっていた。そしてこの森ならば絶対に居るはずの風蜥蜴(スタッカートリザード)の姿がどこにもないので、アルは移動しながら特定の魔獣──今回ならば風蜥蜴(スタッカートリザード)に問題があるのだと察した。

 

(たしかあの魔獣は群れで狩りを行うから……群れを率いて森に帰ってきて群れ同士が合体した?)

 

 数年前に襲来したベヘモスによって魔獣は一旦クロケの森から出て行った。その時の風蜥蜴(スタッカートリザード)が各地で群れを作り、クロケの森へ帰ってきた群れ同士がなんらかの形で吸収合併しあってクロケの森のパワーバランスを乱したのではないかとアルが推測するが、突如アルの鼻にむわりと鉄臭い臭いが漂ってきた。

 モートルビートの兜越しに漂ってきたその臭いが現場が近いとアルに伝えると同時に、アルの頭の中にこびりついていた違和感をみるみるうちに『赤黒くなった小部屋』へと昇華させる。

 一旦移動を止めて木の上で頭を振りながら思い出さないようにするが、頭の中に浮かぶ小部屋には赤黒くなった操縦桿や魔力貯蓄量(マナ・プール)のメモリといった計器が生えていき、次第に『幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席』へと変貌した。

 

「うっ……」

 

 その操縦席の中にはナイトランナーらしき物体が形成されていく。それは無念そうに、そして朽ちてもなお生にしがみつく様にこちらに向かって手を伸ばしてくる。

 パズルのように独りでにくみあがっていくイメージにアルはとうとう地面に降りてえづきはじめる。印象が強すぎて無意識に蓋をしていた記憶が、ベヘモスにやられた先輩の亡骸を見た場所付近の光景を見たことによって綻びはじめ、先ほどのむせ返るほどの血の臭いで完全に解き放たれたのだ。さらにアルのマイナス側に豊か過ぎる想像力がその記憶を自分に都合が悪くなるように捻じ曲げる。

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 同じことを繰り返しながらもなんとか落ち着いたアルは、木の上に戻ることなく現場へと走り出す。やがて激しい剣劇の音や怒号が聞こえるようになり、目的地に着いたことを安堵したアルの視界ぎりぎりに風蜥蜴(スタッカートリザード)がなにかを襲おうとしている光景が映った。

 

 それを見たアルの行動は速かった。モートルビートを急停止させ、そのまま膝を折り曲げて圧縮大気推進(エアロスラスト)で前に飛ぶ準備を始める。

 

「ひゃあっ! 我慢できねぇ! ゼロだ! アルフォンスロケットォ!」

 

 先ほど浮かんだ悪いイメージを吹き飛ばすかのように、アルはふざけた声をあげながら緑色の彗星と化した。アルの身体は魔法によってまっすぐ飛翔し、何かに向かって攻撃を仕掛けようとした風蜥蜴(スタッカートリザード)のどてっぱらに着弾する。

 

 そのまま遠くに吹き飛ばされる風蜥蜴(スタッカートリザード)の様子をぽかんと口を開けながら眺める学生を視界に納めつつ、アルは片腕を前に出して雷撃投槍(ライオットスパロー)魔法術式(スクリプト)を準備する。雷系統の魔法なので多少の誘導性を持たせつつ、戦っている学生や教官に当たらないように慎重に魔法術式(スクリプト)を組んでは投射していく。

 

 投射した雷の槍は寸分違わずに風蜥蜴(スタッカートリザード)の中で一番命中しやすい部位である胴体に突き刺さり、やがてアルの周囲からは生きている魔獣が居なくなった。

 

「すみません。武器貸してください」

 

 後ろの風蜥蜴(スタッカートリザード)の集団が居なくなったことにより前衛が再び結託して壁を形成し、教官や前衛以外の上級生達が次々と怪我人を背負ってはベースキャンプに搬送していく中、何かを思い出したアルが目の前の学生達の佩いている剣を指差しながら申し訳なさそうに言う。

 

「……は?」

 

 そこでようやく再起動を果たした学生達は、緑色の大男やら大女やら分からない謎の人物の言っていることがよく分からなかったので2度目のフリーズをしかけたが、2匹の風蜥蜴(スタッカートリザード)が盾の壁を飛び越えてアル達の方へ向かってくる。それを見た学生達が一斉に怯えるが、アルは一番近くにいる学生、『フロイド』が腰に佩いている剣をスラリと引き抜いた。

 

「あっ!」

 

 突然武器を奪われたフロイドが声を上げるが、アルは手に持った剣をあろうことか風蜥蜴(スタッカートリザード)に向かってぶん投げた。雑な扱いに抗議するようなフロイドの絶叫が聞こえる中、剣はクルクルと回りながら柄の部分を片方の風蜥蜴(スタッカートリザード)の頭部にめり込ませる。

 

「どっせい!」

 

 その間にアルは深く腰を落としながらもう片方の風蜥蜴(スタッカートリザード)にタックルを敢行し、物理的にマウントを取る。そのままモートルビートの拳を握りこみ、風蜥蜴(スタッカートリザード)の顔面めがけて拳を何度も振り下ろす。これは、銀鳳騎士団の第2中隊に所属しているとある先輩から習った『ステゴロの喧嘩に顔面セーフなんて言葉はねぇ!』という教えに則った行動であるが、『謎の人物が魔獣を組み敷き、顔面に向かって殴打する』という思い描いていた騎士のイメージと真逆の行動に学生達は顔を青くさせる。

 

 あらかた殴り終えたのか、アルが動かなくなった風蜥蜴(スタッカートリザード)から退くと、投擲した剣を拾って未だに柄がめり込んだ痛みで悶えている風蜥蜴(スタッカートリザード)の首に剣を突き刺した。そのまま手首を捻り、事切れた風蜥蜴(スタッカートリザード)を足で蹴りながら剣から引き抜いたアルは軽く剣を振るって付着した血を払うと、先ほど殴り倒した風蜥蜴(スタッカートリザード)の首にも剣を突き刺して捻った。

 

 その後はもう作業だった。

 アルは風蜥蜴(スタッカートリザード)の首を突いては捻っていく。時折、ギャッという断末魔を上げる個体もいるが、先ほどの雷撃投槍(ライオットスパロー)で黒焦げになった個体や他の生徒や教官に倒された個体も平等にアルは淡々と、淡々と喉に刃を突き込んでは捻っていく。

 

「ひっ、なんだあいつ」

 

「に、逃げろ!」

 

 アルにとって『死んだ振りしていたら後ろから奇襲されそう』なので、父親から聞いたことのある確実なとどめを実践しているだけだったのだが、中等部1年生達からしてみれば刺激が強い行動だったらしく、フロイド含め貴族の子弟達はほうぼうの体で後衛に居る教官達の方まで走って行ってしまった。

 

「あー、剣貸してくれたー……行っちゃった。剣が無事なら後で返しましょうか」

 

 フロイド達が逃げていった声に気付いたアルは振り返って声をかけるが、帰ってくる様子がなかったのでアルは『まぁ良いか』と勝手に納得し、戦場に残った武器をモートルビートの両手に抱えるほど集めてから前衛に合流する。

 

「遅れました。僕が陽動をかけるので、その隙に後退してください」

 

「おせぇよ! 皆、聞こえたな? アルフォンスが何かしたら後退するぞ!」

 

 兜を上げながら盾の壁を形成している学生達に声をかけると、数人の同級生が口々に文句を言いながら全体に下がるタイミングを共有する。文句を言われたが、教官や副団長してではなく『同学年の生徒』としてアルを接してくれたことに嬉しくなったアルは兜を降ろして気合を入れなおす。

 

 持ってきた武器を一旦地面に置き、腰に装備している左右のワイヤーアンカーに剣を1振りずつ巻き付けて固定し、アタッチメントがないので左右の肩装甲の隙間に剣を差し込んだ。腕のワイヤーアンカーも分解し、ワイヤーを取り出すと1本の槍をワイヤーに括り付けて背中に固定する。

 

(流石に盾貸して下さいって言ったら怒られますよね)

 

 後は盾さえあれば完璧なのだが、先ほど拾ってきた武器達の中には盾は無く、大盾は前衛の生命線なのでアルは借用を断念する。そして膝を曲げながら前衛の学生達に声をかけたアルは、風蜥蜴(スタッカートリザード)の波に向かって大きく跳躍した。

 

「エアロダムド キャニスタショット」

 

 図らずも数年前にエルが同級生達を魔獣の群れから救った魔法が地面ごと風蜥蜴(スタッカートリザード)の群れを耕していく。数十秒後、重力に従って重い足音と共にアルが前衛の前に躍り出た時には、前衛と風蜥蜴(スタッカートリザード)の間に十分な隙間ができていた。

 

「全員下がれ! 教官達と合流するんだ!」

 

「アル、頼んだぞ!」

 

 この機を逃さずに学生達は盾を持ちながら全速力で後退していく。同級生の1人がアルのことを愛称で呼びながら声をかけるが、アルは何も言わずに風蜥蜴(スタッカートリザード)の群れを睨みつけていた。

 

 想像以上の圧に兜の中で冷や汗をかきながら左右それぞれの手に腰のワイヤーアンカーに巻き付けている剣を装備する。全身に魔力と魔法術式(スクリプト)を巡らせながら息を整えようとするが、先ほどの変なイメージがヘドロのようにアルの全身にへばりついて動きを重くする。

 

「大丈夫……大丈夫……大丈夫!」

 

 相手は小型とは言え魔獣である。慢心せず、かといって今のように力を入れすぎないようにしようとアルは先ほどと同じ言葉を何度もつぶやき、頭の中を正面の敵に集中させる。

 

「それにあいつらほどの脅威じゃない!」

 

 目の前にいるのはベヘモスでも奪われたテレスターレでもない。ただの小型魔獣の群れである。しかし、魔獣なので仮にアルが群れを素通りさせると後ろにいる学生達に被害が出る可能性、さらに死者が出る可能性も十分にあり得る。前衛の人達も学生であるため、自分よりも前に出させるわけにはいかない。

 

 ならば、アルがやることはたった1つである。

 

 しかし、アルが頭を整理している最中に着地してからその場を動かないアルに対して痺れを切らした風蜥蜴(スタッカートリザード)がとなりにいた仲間と共に、アルを目指して一直線に走り出した。それぞれが腕を振り上げたり口を大きく開く中、それに気づいたアルは左手で掴んでいる剣を手放し左手を握りこむと大きく口を開けた風蜥蜴(スタッカートリザード)に左手を殴りつけるような勢いで口にぶち込んだ。

 

「変わり身の術」

 

 腕の大きさに加えて外装硬化(ハードスキン)がかかっているモートルビートの腕をうまく噛めず、文字通り閉口できない風蜥蜴(スタッカートリザード)をアルは腕を振り下ろしてくる風蜥蜴(スタッカートリザード)の正面に突きだす。

 これもディートリヒから『盾がないなら敵とか防御力が高い味方を盾にするんだ』と隣にいるエドガーをアルに突き出しながら学んだことで、風蜥蜴(スタッカートリザード)の鋭利な爪は仲間の外皮を難なく切り裂いた。

 

 仲間に爪を立てられて声にならない絶叫を上げる風蜥蜴(スタッカートリザード)に、アルはその風蜥蜴(スタッカートリザード)ごと後ろの風蜥蜴(スタッカートリザード)を右手の剣で貫いた。そのまま刃を横にし、胴体を刺した部分から掻き切ったアルは乱暴に風蜥蜴(スタッカートリザード)の口から左手を引き抜くと地面に落とした剣を拾い上げて先ほどのように首に剣を突き立てる。

 

「うぇー……増援はまだ時間がかかりそうですね」

 

 咄嗟のこととはいえ魔獣の口の中に大事なモートルビートの腕を突っ込んでしまったので血が混じった唾液を払い落としながらアルは後ろを振り返るが、撤退時間を稼ぐために再び盾の壁を構築することになったのか前衛は隊列を組みなおしている最中で、ベースキャンプの方角から特大の炎弾が2つ上空に放たれるが、位置的に幻晶騎士(シルエットナイト)の増援はすぐに来ることはないだろう。

 

 最悪、前線が構築されるまでアルがこの場で踏ん張らねばならないのだが、『きついなー』や『早く来ないかなー』とアルが心の中で愚痴を言っていると風蜥蜴(スタッカートリザード)が次々とアルに向かって走り出した。

 

「ぎゃあああ! まだですかー!」

 

「もう少しだけ耐えてくれー!」

 

 向かってくる量に内心では一杯一杯だったアルの虚勢という名のメッキがバリバリと剥がれ落ちる。叫び声を上げながら手に持った剣で必死に防御するアルだったが、帰ってきたのは無慈悲ともいえる一言だった。魔法で少なくないスタッカートリードを吹き飛ばしてもどこから湧いてくるのか分からないほどの大群が吹き飛ばした隙間に入り、最終的にアルは一瞬でその波に飲み込まれる。

 

「キェェイッ!」

 

 360度全てが風蜥蜴(スタッカートリザード)で覆われた中でアルは奇声を上げながら目の前から振り下ろされる爪を剣で防御し、モートルビートの膂力を活かした蹴りを風蜥蜴(スタッカートリザード)の胴体に向かって放つ。ドゴンという大よそ人が立ててはいけない音を出しながら蹴られた風蜥蜴(スタッカートリザード)は周囲の仲間を巻き込みつつ森の奥へとフェードアウトしていく。

 だがその間も爪や牙が容赦なくモートルビートの装甲を傷つけ、演習に向かうまではピカピカだったアルのモートルビートも現在は泥や返り血でドロドロに汚れており、装甲も風蜥蜴(スタッカートリザード)の放った爪や牙の跡でぼこぼこになっている。

 

 だが、それよりも深刻なのが武器の問題である。最初に持っていた2振りの剣は、数合打ち合っただけでへし折れ、肩の装甲に無理やり刺し込んでいた2振りの剣も1振りは背中から攻撃を受けた際に肩の装甲が壊れて紛失、もう1振りは折れそうだったので飛び掛かってきた熱烈なファン(スタッカートリザード)に投げつけてしまった。

 

「あ"あ"ぁ! 折れたぁ!」

 

 背中で固定している槍を装備し、勢いよく振り回して風蜥蜴(スタッカートリザード)達を一網打尽にするアルだったが、モートルビートの強すぎる膂力と風蜥蜴(スタッカートリザード)の群れの重量に槍の柄が耐えきれずに折れてしまった。

 

「どうしよ」

 

 やけくそ気味に1本から2本になった短槍を投擲したアルはいくらか風通しがよくなった方位から後ろの様子を見るが、足音は聞こえるが未だに幻晶騎士(シルエットナイト)が来ない様子だった。武器が無い状態でここからねばるとなると、相手に組み付いての広範囲の自爆や全魔力を用いての大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)で学生達を囲うという最後の手段がアルの脳内に出て来るが、さすがにそれはやり過ぎだと珍しくアルは頭の片隅に追いやった。

 

「あー、これもありましたね。バトソンに殴られそうですが」

 

 どうしようかとモートルビートの手を握ったり開いたりしていると、アルの頭に電流が走った。しかし、これをやったらバトソンが怒り狂うことが確定するのでどうするべきか思案する。むしろ、この状態でもどちらかというとアウト寄りのセーフなので、なにをやっても結果は変わらなさそうなものなのだが、アルはまるで重大な決断に迫られているかのように魔法を打ちながら頭を悩ませる。

 

 そんなアルの悩みを知らず、武器を失ったことで好機とみたのか、数匹の風蜥蜴(スタッカートリザード)が飛び掛かってきたので、思考を放棄したアルはバトソンに心の中で謝罪しながらモートルビートの手に強い外装硬化(ハードスキン)を付与し、風蜥蜴(スタッカートリザード)の腹に勢いよく突き立てた。

 

 モートルビートの手は容易く風蜥蜴(スタッカートリザード)の胴体を貫通し、一瞬でその命を刈り取る。アルはもう片方の手も同じように迫ってくる風蜥蜴(スタッカートリザード)に突き立ててから両手を勢いよく引き抜くと『手で胴体を刺す』という方法で戦闘を再開する。

 

 貫手。漫画やアニメで出て来る格闘技の殴打技の1つだが、格闘技を嗜んでいないアルはロボットネタだと思っていたりする。だが、これは外装硬化(ハードスキン)をかけた状態でも指の部分に強い圧力がかかるので、かなりきつめにかける弊害として魔力の消費が激しく、少しでも外装硬化(ハードスキン)のかかりが弱いと指先から圧潰するため、エルとアルの中では禁断の技であった。

 

 なんで『圧潰する』と断定で言ったのかというと──しでかしたのである。

 

「もう○式ごっことか勘弁ですよ!」

 

 当時のことを思い返しながらアルは5体目の風蜥蜴(スタッカートリザード)の腹に風穴を開けていると、後方から重厚な足音と共にエドガーの声が聞こえてきた。

 

「アルフォンス、待たせた!」

 

 その声に反応したアルは、大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)で一時的に風蜥蜴(スタッカートリザード)の動きを止めると後ろを振り返って全速力で走り出す。既に前衛も撤退を始めており、それと入れ替わる形で純白に塗られたカルディトーレ達がバックウェポンを構えながら風蜥蜴(スタッカートリザード)に相対する。

 

「死傷者は?」

 

「死者はいません。負傷者は既に搬送済みです」

 

 死者が居ないことにひとまず安堵したアルは、カルディトーレの法撃の音と共にベースキャンプの方角を指差す。それを見た教官の号令と共に移動を開始するが、ついてきただけのカルディトーレ・トレーナーは加勢するべきか迷っている。

 

「ここは銀鳳騎士団に任せて撤退支援をお願いします」

 

「りょ、了解。皆、学生達の撤退支援に入るぞ」

 

 カルディトーレ・トレーナーの肩に乗ったアルが指示を出すとカルディトーレ・トレーナーは首を縦に振りながら拡声器でほかの実習機と連携を取りながら学生達の最後尾に布陣しながら後退していく。その光景をカルディトーレ・トレーナーの肩の上から見ていたアルは、負傷者の搬送や点呼、撤退までにかかる時間がベヘモス事変の時から格段に速くなったことに恐らく度重なるシミュレーションや教官側の頑張りがあったのだろうと舌を巻く。

 

 なんとか上手く撤退することができたと心の中でガッツポーズを決めるアルだったが、アルを含めた全員がとある魔獣の存在を忘れていた。鳴報鳥(リンギンバード)である。

 

 翼を広げれば10mは下らない規模の巨鳥、鳴報鳥(リンギンバード)は決闘級に属している。その生態は特殊で、己の脅威とならない存在はまったく気にしないが、少しでも脅威を感じると敏感に反応して強烈な鳴き声をあげる。

 どう考えても小型級魔獣の群れ、仮に200匹ほどを想定してもかの魔獣が反応するとは到底思えないのだ。さらに高い木の上に巣を作る彼らにとって風蜥蜴(スタッカートリザード)は脅威になりづらい。つまり、『鳴報鳥(リンギンバード)が脅威を覚える存在』が居るのだ。

 

 それを彼らが知るのはこれからだった。

 突如鳴り響いた轟音に一同は銀鳳騎士団が布陣している方向に目を向けると、陣形の中央に立って居たエドガーのカルディトーレが仰向けに倒れ、その奥ではカルディトーレと同じぐらいの巨大な風蜥蜴(スタッカートリザード)が口を開けて他のカルディトーレ達を威嚇していた。

 

「エドガーさん!」

 

「心配するな! 学生達を頼む!」

 

 カルディトーレ・トレーナーから飛び出そうとしたアルをエドガーが声で制する。その間にも第1中隊は小隊に分散し、片方はフレキシブルコートを展開しながら巨大な魔獣を包囲しながら距離を詰め、もう片方は巨大な魔獣の足元からなだれ込んでくる風蜥蜴(スタッカートリザード)を駆逐していく。

 

 風王竜(スタッカートレックス)。大規模な群れのボスがなるとされる風蜥蜴(スタッカートリザード)の突然変異体である。目撃数は多く、特徴は巨大化したことによる膂力の増加と風衝弾(エアロダムド)とよく似た魔法を口から放つことが挙げられ、フレメヴィーラ王国では『決闘級』と位置付けされている魔獣である。

 

「学生の皆さん! 落ち着いて撤退をs」

 

 アルが下の学生達に指示を出している最中、1発の魔法がアルが足場にしているカルディトーレ・トレーナーに着弾した。アルが魔法によってバランスを崩すカルディトーレ・トレーナーにしがみつきながら森の奥を見ると、こちらに向けて()()1()()風王竜(スタッカートレックス)がカルディトーレ・トレーナーに向かって突っ込んできた。

 交通事故が起こったかのような轟音を周囲に響かせ、完全な不意打ちを正面から食らったカルディトーレ・トレーナーは胸部装甲が陥没し、そのまま受け身も取らずに地面に倒れ込んでしまう。

 

「あっぶな!」

 

 風王竜(スタッカートレックス)がぶつかる直前にカルディトーレ・トレーナーから飛び降りたため、アルは下敷きにならずに済んだが、目の前で風王竜(スタッカートレックス)がカルディトーレ・トレーナーに追い打ちをかけようと片足を上げていた。

 

「させるか!」

 

 しかし、第1中隊のカルディトーレがフレキシブルコートを前面に出しながら風王竜(スタッカートレックス)に突っ込むことによってカルディトーレ・トレーナーとの距離が離れた。そのまま足さばきによって風王竜(スタッカートレックス)を学生側と反対方向に向けたカルディトーレは、綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の膂力を存分に活かして風王竜(スタッカートレックス)を森の奥へと押し込んでいった。

 

「副団長! こいつはうちの小隊に任せてくれ! 小隊長に続くぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 数機のカルディトーレが森の奥へと進む中、アルは倒れたカルディトーレ・トレーナーから学生を救助するために近づいて装甲を少し引っぺがして中の銀線神経(シルバーナーヴ)とモートルギアの手を接続する。

 

「こんなこともあろうかとーってね」

 

 長くこの場に居たくないので、アルはカルディトーレ・トレーナーを受け持ったパーサー長がマギウスエンジンに潜ませたという胸部と腹部の装甲を開く魔法術式(スクリプト)を起動させる方法、所謂『裏コード』を使用する。すると、カルディトーレ・トレーナーの腹部装甲が強制的に開放されるが、胸部装甲の方は圧縮空気が抜ける音こそ聞こえたのに、何かが挟まったような異音がするだけで開くことはなかった。

 

「あれ、おかしいな」

 

 不思議に思いながら圧縮大気推進(エアロスラスト)で胸部装甲の上に降り立ったアルは、風王竜(スタッカートレックス)の体当たりによって見事に陥没した胸部装甲を見てえずく。だが、すぐそばで激しい戦闘が行われている中で甘いことは言ってられないので、カルディトーレ・トレーナーのひしゃげた胸部装甲にモートルビートの手をかけて強制的に装甲を引きはがす。

 

「なんだ、人が居なかったんですね」

 

 視線の先には無人の操縦席があり、それを確認したアルは『副座式で良かった』と心底安堵する。そのまま腹部装甲付近まで歩いて中を覗くと失神した学生が居たので、アルは学生を引っ張り上げてから忘れずに銀の短剣を回収する。

 

「また迎えに来ます」

 

 カルディトーレ・トレーナーの頭部を見ながら機体に語り掛けるように言うと、アルは学生を背負ってその場をさっさと逃げ出した。

 

***

 

 アルがベースキャンプに戻ってくると木の柵が頑強に組まれ、数人の上級生が見張りという数年前と同じような備えを行っている真っ最中だった。

 

「あれ、逃げないんですか?」

 

「もう少し早ければそれもあったんですが、このままだと夜の森を突っ切る羽目になるんですよ」

 

 その備えを見て驚いたアルは背負った学生を救護室に放り込むと、一目散に教官達のテントへ入って事情を聞くと、ベヘモス事変と同じような展開に加えて風蜥蜴(スタッカートリザード)の最高速度は馬よりも劣るとはいえ馬車込みだと追いつかれる可能性があるので、教官達は迎撃や統率が取れやすいベースキャンプで風蜥蜴(スタッカートリザード)を迎撃態勢を敷くことにしたらしい。

 

「アルフォンス教官、もう一度周辺の偵察をお願いします」

 

「分かりました、あれ以外に巨大な魔獣が居ないか……。あ、それなら迎撃に最適な装備があるんですが、いかがですか?」

 

「え? ええ、この際なんでもやってください」

 

 教官の言葉を聞いた瞬間、アルの目が怪しげに光ると『よし、言質取ったぁ!』とテントの外へすっ飛んで行く。そのテンションの上がり様に残されたの教官達は数分動けなかったが、1人の教官が『なんでもはまずかったのでは?』と問いかけた時、独特の吸気音と共に車輪の音が外から響いてきた。




アニメ設定資料集・・・これは、2期フラグか!
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