銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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56話

 春とは出会いと別れの季節であると言ったのがほんの数日前と思えるぐらい1年と言う月日は長くもあり、はたまた短いものである。学園内で卒業予定者を取り囲んで思い出話に花を咲かせる教官や後輩達といった光景を見ながら封筒を持ったアルは1人、廊下を通って工房に入っていった。

 

「うわ、見事に片付いてますね」

 

「そりゃ卒業式が目前だからな。後は機密扱いの資料とシルエットナイト、各自のシルエットギアを運べば片付けは完了だ」

 

 数ヶ月前まで乱雑に詰まれた木箱や幻晶騎士(シルエットナイト)の部品が所々に散乱していた工房がすっかり綺麗になっていることにアルが満足げに頷くと、隣でダーヴィドが腕を組みながら達成感を全身で表現する。ダーヴィドはここ最近、中隊長機の開発に加えて砦に運び込む設備や物資の取り纏めも行っていたのでかなり忙しい日々を送っていた。それがようやく実を結んだので本日のダーヴィドは最近稀に見るほど上機嫌だった。

 

「製図も卒業式までに間に合ったからな。あとはあっちで組み立てだ」

 

「ああ、そのことでラボから報告書が届いてますよ」

 

 アルが手に持った結構な厚みを持つ封筒を懐から取り出したナイフで丁寧に封筒の蜜蝋をはがして中身を検分する。中にはラボの近況やカルディトーレについての報告書と言った紙が折り畳まれて封入されており、アルがその内容をざっと見るとダーヴィドに要点だけ報告した。

 

「どうやらラボでのカルディトーレの開発が終わるみたいですね。今後はラボ全てのラインをカルディトーレに回して一気に量産体制を整えるらしいです。後、僕達の運用データから部材の製作過程を少し付け加えたのでそちらのナイトスミスと相談して実装して欲しいと書いてますね」

 

「あー、ここか。そういや、ここの強度が足りないからラボに報告書送ったんだった」

 

 ダーヴィドが変更点の内容を見ながら納得した表情を浮かべる。

 アル達が受け取ったカルディトーレは所謂『初期型』と呼ばれる物である。この初期型は開発に貢献した銀鳳騎士団をはじめ、操縦能力の長けた騎操士(ナイトランナー)を多数保有しているいくつかの騎士団に重点的に配備され、開発時に抜けのある魔法術式(スクリプト)のバグ、納品時の不備や整備面での不満点を見つけ出してもらい、ラボがそれを対応することで量産時のクオリティを上げようとしていた。

 

「良かった。デュフォールに行かなくて済んだ」

 

 報告書を読み進め、幸いなことに魔法術式(スクリプト)関係のバグは発見されなかったという報告に、アルはラボがあるデュフォールに召集されなくて済んだことに胸をなでおろすと共に、改めてカルディトーレの開発が終わったことに喜んでいると、工房の扉から中隊長達が姿を見せた。

 

「親方達、機嫌良さそうだけどどうしたんだい?」

 

「カルディトーレの開発が終わったんですよ。これから一気に国内に普及する流れです」

 

 くるくるとその場で回りながら報告するアルにディートリヒは苦笑するが、ふとここに来た用事を思い出してエドガーやヘルヴィと共に何かを探すように周囲を見渡す。その挙動不審な様子からアルは中隊長達から数日前に聞かされていたことを思い出し、中隊長達に話しかけた。

 

「兄さんなら居ませんよ。卒業式まで工房に来ないように念押ししておきました」

 

「そうかい……。でも、あの団長殿のことだから癒しとか訳の分からない理由で見に来るんじゃないかい?」

 

「いえ、『工房に行ったら何か作りたくなって散らかすから行かない』って言ってましたよ。後、アディとキッドもついてますから引き離してくれてるかと」

 

 ディートリヒの不安にアルは朝に言われたことを再生する。

 銀鳳騎士団は卒業式の日に作業場を引き払うので、今作業を行うと片付けやら諸々で間に合わない可能性が大きい。なので、悩みに悩んだエルは断腸の思いで卒業式までの工房断ちを本日から決行したのである。

 

「よし、じゃあ準備に取り掛かろうか」

 

「校庭だと目立つから演習場に行くぞ。あそこなら外から見えないはずだ」

 

 『今頃はアディに連れ回されているだろうな』とアルが恋路の発展を見守るおばちゃんのような表情を浮かべていると、エルが居ないことに安心したエドガーとディートリヒが団員に指示を出しながら幻晶騎士(シルエットナイト)に乗り込む。しかし、カルディトーレに乗る団員達と違ってエドガーはアールカンバーに、ディートリヒはグゥエールに乗って工房の外に出て行くので、アルは近くに居た第3中隊所属の団員に近づいて問いかけた。

 

「いつもの戦闘訓練ではないのですか?」

 

「ああ、俺達の卒業式に副団長がやってくれたからな。今度は俺達が団長を送り出してあげるのさ」

 

「俺、今でも記憶に残ってるよ。こう、副団長と一緒に歩いてきたパッチワークがさ……」

 

 第3中隊の懐かしい物を思い浮かべる表情にアルは少し考える。銀鳳騎士団結成という少し前まで考えても無かった事態にテンションが上がってノリでやってしまった任命式だったが、ここまで思い出になってくれるのなら、学園を去る我が兄に一肌脱ぐのも悪くないかとヘルヴィにこの催しに参加する意思を示した。

 

「えっ、アル君も卒業組でしょ? 別にやらなくていいのよ?」

 

「教官だから卒業しても学園に来るんですよ。なので、卒業生としての実感があまり……」

 

 いまいちどう反応したらわからない理由にヘルヴィは『あー』と納得した声を上げ、エドガー達に丸投げしようと演習場に行くように勧める。結果的に『卒業生ではなく、教官として参加しても良いんじゃないか』というふわっとした理由でアルも卒業生達を見送る練習に参加した。

 

「副団長! 剣を抜く速度が遅いですよ!」

 

「そこ! 剣を当てない!」

 

「ディー! 歩調乱れてる!」

 

 練習は苛烈を極めた。第1と第2中隊が実際の流れに沿って幻晶騎士(シルエットナイト)を動かし、その全体の流れやテンポを第3中隊に所属する団員達が厳しく監督する。ズバズバと悪い所を指摘されながらも彼らは1日、また1日と全体を通した練習やどうしてもタイミングが狂ってしまう部分を重点的に充てた練習に明け暮れていく。そうしていると数日という短い暇はあっという間に消化され、卒業式の当日になってしまった。

 

 ***

 

「へぇ、この世界って第2ボタンじゃなくて良いんだ」

 

 卒業式が終わったアルは、エルと愉快な仲間達と離れて個人で動いていた。道行く卒業生の中には1個だけボタンが無かったり、あるいは全て引きちぎられたようなボロボロの様子で学園を後にする学生が見かけられたので、こちらの世界でも『憧れの先輩の私物を持つという風習があるんだな』と、自分にそんな類の話が来なかったことに少しだけひがみながら工房の裏口からこっそり中に入っていった。

 

「おう、銀色小僧。準備できてるぜ」

 

 アルが来たことに気付いたダーヴィドは親指で後ろを指差す。

 彼の後ろには既に整備台から立ち上がったカルディトーレ達が腕や手首といった稼動域の確認を行っている。左の肩にはマントのような飾り布が掛けられ、腰には鞘に収まった剣を佩くという式典に参加するような装備を纏ったカルディトーレ達が入念に準備を行っている様子に、アルは工房中の緊張感が否が応にも高まっていくのを感じた。

 

「うわ、パッチワークも凝ってますね。ですが、皆さんと一緒で良いのに」

 

「この中じゃ銀色小僧が一番偉いからな。それに、俺達も卒業式で良い思いさせてもらったんだ」

 

 どう見ても他と大きく異なるパッチワークの姿にアルが圧倒されていると、ダーヴィドが照れながらアルの横に立ってパッチワークを見上げる。装備の内容自体は第1、第2中隊と変わらないが、飾り布には銀鳳騎士団の紋章が大きく描かれており、剣もツバの部分が鳥が翼を広げた意匠が施されている特別製だった。

 

「では、行きますか」

 

「ああ、ばっちり決めて来い」

 

 数十分ほどパッチワークの姿を嘗め回すような視線で見ていたアルが冷静になりながら操縦席に座ると、即座に銀の短剣をスリットに差し込む。供給される魔力が全身に駆け回る少しの間に幻像投影機(ホロモニター)を見つめていると、既に準備を終えていた団員達がアールカンバーとグゥエールを先頭に列を作って工房を出て行く様子が見て取れた。

 

 やがて、魔力が全身に回って動かせる状態になったパッチワークの胸部装甲を閉じたアルは鐙を操作しながら慎重にその列についていく。工房を出て数分後、ライヒアラ騎操士学園の校門に辿り着いた団員達は困惑する学生達を幻像投影機(ホロモニター)に収めながら練習どおりにカルディトーレを等間隔に並ばせる。校門から見て右側は第1中隊の隊長であるエドガーが駆るアールカンバーと白いカルディトーレが並び、左側は第2中隊の隊長であるディートリヒが駆るグゥエールと紅いカルディトーレが並ぶ。

 

 そして、カルディトーレで出来た列の最奥、校門のすぐ近くにはアルの駆るパッチワークが銀鳳騎士団の紋章が良く見えるように飾り布をはためかせて仁王立ちした。

 

「卒業おめでとう 後輩諸君! 我々も近く学園を去る身だが、せめて今日は見送らせてもらおう!」

 

 エドガーが拡声器越しに卒業生達に激を送ると、直後に全幻晶騎士(シルエットナイト)が腰の剣を抜き放つ。右手に剣を持ち、左手は鞘に残しつつ、そのまま剣を高く掲げながら正面の幻晶騎士(シルエットナイト)の持つ剣と交差させ、正面に幻晶騎士(シルエットナイト)が居ないパッチワークは両手で剣の柄を持ちながら天空に掲げる。

 

 学生達が息を呑む中、パッチワークは両手に持った剣をくるりと逆さに向けると地面に向けて勢い良く落とした。しかし、地面から数cmの所で剣はぴたりと動きを止め、直後に『卒業生のこれからの活躍に!』という号令を出した。その号令に従い、第1、第2中隊の幻晶騎士(シルエットナイト)は交差させた剣を手前に引き、頭部の前へ置く。さながら剣に祈るようなポーズをとりながら幻晶騎士(シルエットナイト)達は静止した。

 

「ははっ、エドガーさん達も粋なことするな」

 

「ていうかあれアル君だよね。私達に内緒でああいうことしてたんだ」

 

 卒業生達が興奮で頬を上気させながら学園から出ていく中、キッドとバトソンは胸を張りながら、そしてアディと我らが団長であるエルは手を繋ぎながら剣を構えた幻晶騎士(シルエットナイト)の『道』を悠々と歩く。

 そして、パッチワークの目の前でくるりと学園の方を振り返るとぺこりとお辞儀をするとパッチワークに向かって『拡声器貸して下さい』と大声を張り上げた。すると、剣を仕舞ったパッチワークが駐機状態になりながら手を差し出したのでエルはその手の上に乗る。パッチワークの手が胸部装甲に近づくと装甲が開き、中に居たアルがエルの手を引っ張って操縦席に導くとそのままパッチワークが立ち上がらせた。

 

「どうでした兄さん。好きなんでしょぉ? こういう展開がさぁ~? ……ちなみに僕も大好きです」

 

「ええ、グッジョブです」

 

 笑顔に笑顔を返したエルがパッチワークの幻像投影機(ホロモニター)から見える学園の広大な敷地を見ながら数々の思い出を想起させる。その感謝の念を込めながらアルの身体に装備していた拡声器に口を寄せると、『これまでいっぱいお世話になりました! 銀鳳騎士団、撤収します!』と団長としての責務を果たした。

 

「さーて、これから学園とオルヴェシウス砦を往復する毎日が始まるのかぁ」

 

「ツェンドリンブルに迎え頼んでおきますから頑張ってください。ほら、早く工房行きますよ」

 

 カルディトーレが巨大な木箱を背負ったり、荷物や幻晶甲冑(シルエットギア)などを馬車とツェンドリンブルの荷馬車(キャリッジ)に積み込む姿を見ながらアルはげんなりとした声を上げる。拠点が学園からオルヴェシウス砦に変わったことで通勤時間が増えたので、その分個人の時間が取れないことを憂いているのだ。

 その元気の無い姿を見たエルは少しでも通勤時間を減らすために頭の中で考えを纏めるのだが、今は移動の方が最優先されるため、自身の機体であるトイボックスを工房から引っ張り出そうとアルに指示を出したのだった。

 

***

 

 思い出深い卒業式を終えて数週間後、アルはライヒアラ騎操士学園で教鞭を取っていた。本日はフレメヴィーラ中に普及される予定のカルディトーレについての最新情報を主に取り扱っており、新しい情報が聞こえる度に学生がノートにペンを走らせている。

 

「じゃあ、今日はここまで」

 

 授業終了を伝える鐘の音を聞いたアルが授業の終了を宣言する。

 それを聞いた学生達がそれぞれ片付けを終えて教室から出て行き、最終的に誰も居なくなるとアルはさっさと授業の後片付けをし、教官の詰所へ足を運んだ。

 

「では、退勤します」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 詰所に入ってすぐに退勤の挨拶を行ったアルは聞こえてくる槌の音に反応し、工房の外観をちらりと見てから次に出勤地であるオルヴェシウス砦に向かうために学園の敷地から出て行く。

 

 卒業してから数週間。アルの日常生活は一変していた。

 まず学園についてだが、アルの立ち居地は本格的に非常勤の教官ということで学園側と再契約することになった。基本的に学園の行事には参加せず、郊外での幻晶騎士(シルエットナイト)を使用した警邏や訓練、クロケの森の遠征といった学外イベントの際に臨時的な派遣を依頼する時など、銀鳳騎士団の支援が必要な場合はアルを通じて要請するようになっている。

 

 これによってアルは授業がある日以外はオルヴェシウス砦に直行できるので、作業に没頭できる時間が大幅に増えたのである。

 

「アルフォンス教官」

 

「おや、ノーラさん。バイトですか?」

 

 アルが比較的人通りが少ない道を歩いていると、屋台から三角巾のような物を頭にまいたノーラが顔を出しながらアルに声をかけてくる。それに気づいたアルは蜜に吸い寄せられた蝶のようにふらふらと『魔法術式(スクリプト)焼き』の屋台に近づく。これは小腹が空いているだけでは断じてない、れっきとした情報収集の一環である。──ノーラと店主と思われる藍鷹騎士団員はアルの『きゅうるる』という腹の虫をできる限り聞かないようにした。

 

 藍鷹騎士団はノーラを銀鳳騎士団との連絡員として学園に在籍させていたのだが、銀鳳騎士団がオルヴェシウス砦に拠点を移したことで少し困った事態になっていた。密偵集団である藍鷹騎士団にとって自分が居た痕跡、残り香というべきそれを極力出さずに行動するのが常識である。

 しかし、退学という手段は少なくとも数週間は噂が発生するので、藍鷹騎士団としてもそれは避けたいと考えていた。

 だが、少ない団員を遊ばせておくのはもったいない気がするので、藍鷹騎士団の首脳陣が何かないかと考えて、ふとアルの存在を思い出した。彼は非常勤だが教官なので、ノーラの『バイトをしながら学園に通う苦学生』というあらかじめ決めていた経歴を使えば学園の内外で情報の伝達をさせやすいと、さっそくノーラを介してコンタクトを取り、アルに『密偵側の情報』の受け取り口になってもらっている。

 

「では、黒砂糖とバターを2個お願いします」

 

「相変わらず渋いチョイスですね。はい、ご注文の物とおつりです。……近々アンブロシウス陛下が退位されるとのことです」

 

 アルが魔法術式(スクリプト)焼きの注文を行ってからコインを1枚渡す。コインを受け取ったノーラが商品とおつりを渡す際に少しアルの方に口を寄せて情報を囁くと、アルが静かに頷きながら魔法術式(スクリプト)焼きをぱくつきながらその場を後にした。

 

(陛下が退位なされるのかぁ。あの方には色々便宜図って貰ったからなぁ)

 

 ライヒアラを出て駐機場に待機していた団員に魔法術式(スクリプト)焼きを手渡し、オルヴェシウス砦に向かって送迎してもらいながらアルはアンブロシウスに何か出来ないかと考える。ディートリヒの件から始まり、銀鳳騎士団の設立に至るまで全てアンブロシウスが許可を出し、事態を静観してもらえなければ為しえなかったことである。

 

 その恩人とも言える人物に何か出来ないかとぼーっと考えたが何も思いつかなかったアルは、オルヴェシウス砦に到着するとエルの所在が分からなかったのでそのまま自分の部屋──間仕切りしてるだけの区画に入っていった。

 部屋の中にはベッド代わりのわら束と製図のお供である机、幻晶騎士(シルエットナイト)魔法術式(スクリプト)関連の本が詰まった本棚だけが置かれている副団長と言う身分からするとかなり質素な作りをしており、アルは机に置いている紙に視線を向けながら先ほどの考えを頭の隅に追いやった。

 

「まぁ、なにか頼まれたらそれに全力を注ぐことにしましょうか。さって、昨日の続きしないと」

 

 昨日までの作業を思い出しながらアルは紙にペンを滑らせ、いくつかの魔法術式(スクリプト)を紙の至る所に書き込んでいった。

 今、アルが作成しているのは『後から拡大術式(エンチャント)などを書いた部品を連結させることで威力を上げる魔法術式(スクリプト)』である。これは銃器でよく使用される『アタッチメント』からエルが着想を得た物で、『作成する時、作業が行いやすくなるような取っ掛かり』を作って欲しいとアルに押し付け……もとい、依頼した魔法術式(スクリプト)でもある。

 本来ならば発案者のエルが作成するような事柄だが、エルは既にトイボックスの実験や中隊長機の開発を一手に引き受けているので、訓練関係や魔法術式(スクリプト)関係といった比較的楽な作業はアルが対応することになったのだ。

 

「でも、問題もあるんですよねぇ」

 

 アルは別の紙に魔法術式(スクリプト)を書いた状態で発見した問題点を羅列していく。

 一つ目の問題点として『シルエットアームズの大きさ』が上げられる。ただでさえ大きいシルエットアームズに後付の魔法術式(スクリプト)を備えたアタッチメントをくっつけるので、結果的に尋常ではない大きさになる。それを運用するとなるとかなり取り回しが怪しい代物になるので、アルはそれを問題視していた。

 

 次の問題点として『消費魔力』が上げられる。拡大術式(エンチャント)や魔法現象の規模を縮小させるといった基本的な魔法術式(スクリプト)以外の処理を行う場合、使用するごとに消費魔力が増大していく。今回作ろうとしている魔法術式(スクリプト)は先日作った対師団級魔獣用の魔法術式(スクリプト)よりも消費魔力は少ないが、それでもカルディトーレで運用するならばもう少し消費魔力を見直さなければ数発撃っただけで行動不能に陥る欠陥品になってしまう。

 

(とりあえず取っ掛かりはこれでおしまいっと。後は自分の力で出来るだけのことをやっておきましょうか)

 

 エルの言いつけ通り作業の取っ掛かりと問題点を纏めたアルは、別の紙に先ほど書いた物と似たような魔法術式(スクリプト)を書いていく。

 少しでも実装する魔法術式(スクリプト)の量を減らせるように気が付いた不要な魔法術式(スクリプト)を消し、複数で同じ処理をしている所は新たに処理を書き足していく。そうした行動を繰り返す内に魔法術式(スクリプト)の処理が洗練されていき、先ほど書いた大型の魔法術式(スクリプト)が一回りほど小さくなったことにアルは息を漏らしながら満足げに紙を眺めていた。

 

「アル、ちょっと集合してください」

 

 魔法術式(スクリプト)の出来栄えに惚れ惚れしているとドアがノックされ、エルが顔をひょっこりと顔を覗かせる。恐らくノーラから聞いた退位の話だろうとあたりをつけたアルはエルの後についていき、工房の2階に作られた学園の工房にあった物よりもしっかりとした設備が整っている会議室に足を踏み入れた。

 

「皆さん、拠点がオルヴェシウス砦に移って間もないですが一大事です。アンブロシウス陛下が退位なされます」

 

「退位っつーことになると銀色坊主達が式典でカンカネンに行くことになるな」

 

「その前にトイボックスの操縦席と装備を式典仕様に変えないとダメですよ」

 

 今後の予定についてエルに聞いていたダーヴィドに、アルは手を上げながら絶対にやらないといけない事柄を共有する。

 現在のトイボックスは改造に改造を重ね、いささか見た目的に奇妙奇天烈な見た目になっている。式典に参加するためには姿だけでも取り繕う必要があるので、とりあえず外しても良い装備は外して外見をスリムにし、なおかつ操縦席のシートに詰め物をしている現状だけでも改善する必要がある。

 

「えー、取り外して良い装備なんて……ああ、色々ありまsッタイアタマガァー! ↑」

 

「良いからキリキリ外す装備選べ! お前ら、団長が選んだ装備はすぐに取り外すぞ! 時間が足りねぇ!」

 

 エルにアイアンクローを食らわせながらダーヴィドが階下に叫ぶと、その声を聞いた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達がトイボックスに貼りつく。アイアンクローの痛みに耐えながらも取り外して良い装備名をぽつぽつと呟いていき、その都度大きな金属音を立てながらトイボックスの装備が解体されていく。

 

 『ロケットパンチがぁ!』という叫びと共に腕を切り離して相手に攻撃を加える腕が取り外され、代わりにカルディトーレの腕が取り付けられる。さらに『バトソンにこっそり頼んだガリアンソードがぁ!』という叫びと共に魔法術式(スクリプト)によって剣が刃が連なった鞭へと変化する謎の剣が取り外される。

 

「うぅ……皆して酷いですよ。ほとんど丸裸じゃないですか」

 

「エル、やっぱり無駄な装備だってことを自覚しようよ」

 

「ざまぁ! 僕にだけ仕事振っておいて自分だけ兵装の開発とか趣味に走った罰ですよ!」

 

 当初に比べ、なんとか『まだ傾いてるけどさっきよりマシ』と言われるほどになったトイボックスの前で落ち込むエル。そんなエルの眼前でアルは反復横飛びをしながら、『ねぇ、どんな気持ち?』と今までの恨みを込めた精一杯の煽りを行う。

 しかし、何も言わずにひたすら項垂れるという意外な反応を見せたエルに、アルも飽きてきたからかそろそろ止めようとするが、項垂れているエルの目に憤怒の炎に煌々と灯っていた。

 

「ときに親方。パッチワークもあんなにゴテゴテしてたら見た目が悪いのでは?」

 

「……まぁな」

 

 突然話を振られたダーヴィドはパッチワークを一目見て同意する。卒業式に行われた式典の真似事とは違い、しっかりした式典でパッチワークのようなゴテゴテした追加装甲は多少ならば個性として受け取られるが、現在のパッチワークは明らかに盛り過ぎである。そのことを察したアルはまるで腐海に住む蟲をかばう族長の娘のようにパッチワークの前で立ちふさがった。

 

「何にも悪いことしてない!」

 

「いや、アル。流石にその量の装甲は式典だと場違いになると思うぞ。……よっと。親方、頼むよ」

 

「お願い、はがさな……やめ、やめろぉー! パッチワークのそばに近寄るなああーッ!」

 

 キッドが説得しながらアルを羽交い絞めするが、それでもなおアルはダーヴィド達の作業を止めようと腕を出す。しかし、無情にもアディまで拘束に参加したため、アルはただパッチワークの装甲が剥がされるのを見ていることしか出来なかった。

 

 数時間後、アルは己の無力さを噛み締めながら、全身にべたべたと貼り付けられていた追加装甲が胸部装甲を除いてすべて剥がされ、かなりすっきりした見た目のパッチワークをじっくり見つめる。

 そして少しの葛藤の結果、『これはこれでアリ。なんなら下地の装甲ピンクにして追加装甲黒くしたい』と割かし良い評価を下したアルに、怒り出すと思っていた団員が全員ずっこけたことをここに記しておく。

 

***

 

「それでは、行ってきます」

 

 数日後、オルヴェシウス砦から2機の幻晶騎士(シルエットナイト)と数台の馬車がカンカネンに向けて出発する。

 蒼い装甲を纏った幻晶騎士(シルエットナイト)、『トイボックス』が銀鳳騎士団の紋章があしらわれた飾り布を揺らしながら気分良さげに歩き、その後ろを緑色の装甲に灰色の煉瓦のような装甲を胸部装甲にだけ貼り付けた幻晶騎士(シルエットナイト)、『パッチワーク』がナンブと幻晶騎士(シルエットナイト)用のタワーシールドを手にしながらそれに続く。

 

「さて……。しばらくこの子を飛ばせてあげてないので、ちょっとこの辺を飛んできても良いですか?」

 

「ダメに決まってるだろ(でしょ)。バカヤロウ」

 

 相変わらず空気が読めてないのか欲望に忠実なのか分からない提案をするエルに、馬車の操縦をしているダーヴィドと共にアルはこれからの道程や行われる式典に凄まじい不安に駆られるのだが、『先輩だしいざという時にはしっかりするだろう』という若干諦めにも似た心境でついていくしかなかった。

 

 その後、アル達はカンカネンに行く道中でセラーティ領へ続く道から歩いてきた緋犀騎士団の騎士団長や副団長と合流し、カンカネンの近くで既に到着して暇だったという理由で周囲の警邏を近衛騎士団の代わりに行っているという朱兎騎士団と出会った。

 

「フハハ! アルフォンス副団長! 貴殿から送られた設計図で作ったハンマーはなかなかの使い心地ですよ」

 

 『使用された跡』がある新型のハンマーを見せつけながら笑って近づいてくるモルテンがふと、『送ってきた意図が読めないと、閣下はご立腹でしたがね』という言葉を放つと、それを聞いたアルは黙ってパッチワークの進行方向をカンカネンからライヒアラに向けて足を踏み出そうとする。

 

「まぁ、待ちなさい。私も取り持ってあげるから待ちなさ……うぉっ!? ハイマウォートが引きずられる! お前達、手を貸せ!」

 

 ハイマウォートは『ウォートシリーズ』と呼ばれる団長機の素体として使われる優秀な幻晶騎士(シルエットナイト)だが、それでもテレスターレと互角の膂力である。心臓部である魔力転換炉(エーテルリアクタ)を2つ搭載し、さらにテレスターレの時よりも高品質かつ、高性能な綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を使用したパッチワークを押し留めようとしても逆に引きずられてしまうのである。

 

「そういえば、なんで騎士団長のお二方はウォートシリーズなんです? たしかどちらの騎士団も騎士団と一緒で真っ先に受領予定だったと記憶していますが……それに他の団員の皆さんはカルディトーレですし」

 

 カルディトーレ数機の援護もあって静止させることに成功したモルテンが、未だに帰ろうとするパッチワークの肩をがっちりと掴みながらエルの問いに対応しようと目線を幻像投影機(ホロモニター)に映っているパッチワークに向けながら口を開く。

 

「本当は私もカルディトーレに乗りたかったが、騎士団長機を式典に参加させないのも……あれではないか?」

 

「ああ、うちも似たようなことを閣下に言われたよ。アンメル、ちょっと乗せて「そのまま私が騎士団長機を動かす羽目になるので駄目です」」

 

 どうやら並々ならない事情があるらしく、緋犀騎士団に至っては副団長のカルディトーレに狙いをつけて操縦を代わるように交渉していた。その間もどうにかして逃げようとしていたパッチワークだが、その様子を見たエルはため息をつきながらトイボックスの膂力をフルに活かし、他の騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)達と共にカンカネンの入り口に向かっていった。

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