銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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57話

 カンカネンの街中に入ると、アルはさすがに街中では暴れられないと他の騎士団と共に王城であるシュレベール城を目指してパッチワークを慎重に操縦する。その後は特に事件が起こることもなくカンカネンに入った全機がシュレベール城のそばにある駐機場にて足を止め、中の騎操士(ナイトランナー)を外へ出すために駐機状態に入った。

 

「フレドホルム騎士団長、お疲れ様です」

 

 近衛兵がモルテンに礼をすると後ろにいるエル達の方を見やると、一応形式なので所属騎士団とフルネームを訪ねて確認が取れてから城の中へ入ろうとするが、その前にアルや緋犀騎士団の副団長であるアンメルが呼び止められた。

 

「申し訳ありませんが、副団長殿は明日の式典で門の警備を行ってもらうので別室でその打ち合わせをしていただきます。なにぶん演習場で式典が行われるので副団長も入れるとスペースが……」

 

 近衛兵の申し訳なさそう顔を見ながらアルとアンメルが顔を見合わせる。フレメヴィーラに籍を置く騎士団は守護する街や貴族の数だけ、それこそ10や20で利かないほど存在する。それがたとえ騎士団から各2名選出しても、全騎士団が演習場に入りきらないのは明らかだ。流石にそれを許容できないほど2人は式典に参加したいという気持ちが薄いため、笑顔で了承して別室へ案内してもらえるように近衛兵に頼む。

 

「重ね重ね申し訳ありませんが、アルフォンス殿は私についてきてください」

 

「えっ? あ、はい」

 

 しかし、案内を頼んだ近衛兵はこの場の守護や別室への案内を別の人員に任せ、アルの前を先導する。突如他の副団長とは異なる行動に、アルも何が何なのか分からないまま彼についていった。

 

***

 

(全騎士団の副団長だけでも見たかったなぁ)

 

 薄暗く、空気が籠っている地下室にアルは先ほど案内してもらった近衛兵と共に居る。ちらりと横を向けば赤黒い塗装をワンポイントとして取り入れたファンキーな鉄格子や何か人型--というか人を万歳した形で拘束するようなイカすインテリアが見えるので、アルは頬を引きつらせながら戦々恐々していた。

 そんな時、地下室へ続く階段を下りる音が聞こえ、アルの見知った人達が陰鬱そうな顔で周囲を見渡した。

 

「致し方ないとはいえ、ここで話すのはいささか堪えますぞ。陛下」

 

「仕方あるまい。ここ以外で静かな場所は王城にもうなかろう?」

 

 降りてきたアンブロシウスとクヌートが机に座って縮こまっているアルを見つけると片方は上機嫌に、もう片方はため息をつきながら席に着く。どちらがどちらというのはあえて言わないのが人情というものである。

 

「すまないな、アルフォンス」

 

「いえ、それより陛下。囚人部隊に送られるなら僕の機体の認識票に三本線入れてください。それなら生き残れます」

 

「いや、何を言っとる?」

 

「え、藍鷹騎士団とか色々裏の事情知ってしまった僕をどこかへポイでは?」

 

 『意味が分からない』とばかりにクヌートが多少声を抑えて突っ込むが、ここに入れられた経緯を自分なりに推理したアルが説明する。しかし、恐怖心が1秒ごとに煽ってくるような非常識な場所と元来のマイナスイメージによって脚色された『消される』という頓珍漢な答えにアンブロシウスとクヌートはとりあえず弁解することにした。

 

「えーっと、つまり今式典で様々な貴族が王城に居るから密談のための場所はここしかなかったと?」

 

「すまん。……で、これからが本題なのだが、モルテンに向けて渡したあのハンマーの設計図のような物は他の騎士団には贈っておらんか?」

 

 数分後、『そういう目的でここに呼んだわけではない』ということがようやくわかったアルにクヌートは問いかける。ジェットハンマーの設計図とシャドウラートについては確かに外部に贈ったり開発に協力したのが、それ以外は外に出していない。アルは公爵であるクヌートが知らないはずはないが、一応アンブロシウスに藍鷹騎士団のことを話して良いか確認してから報告する。

 

「アルフォンス、おぬしの贈り物はなんというか……重いんじゃよ」

 

『ブッフォッ!』

 

「ちょっ、この人笑いましたよ! 公爵もなんで笑ってるんですか!」

 

 アンブロシウスの言葉に隣のクヌートとアルの後ろで立っていた近衛兵が同時に噴き出す。アルはそれに憤慨するが、『どこにもない技術を用いた設計図を御礼と称してポンと渡す』のははっきり言って重い。アルがちんちくりんという格好も相まって『若干ヤンが入っているが技術がある女子』に見えてしまったクヌートと近衛兵は決して悪くない。

 

「すまぬ。……おぬしもそろそろ止めぬか。で、モルテンに設計図を送るのは良いがそれをもうやらぬようにせよ」

 

「……戦力が強化されるのは良いのでは?」

 

 いまいちピンと来ていないアルに隣で聞いていたアンブロシウスは少し困った顔をしながら『今後、世話になった者以外が頼むかもしれんぞ?』と問われ、それを聞いたアルはようやく理解した。

 

 仮に世話になっていない数人がアルに兵器の開発を頼んでも、アルは平気で請け負うだろう。しかし、それを数十人、数百人となると流石に面倒が見切れないし、そうなると銀鳳騎士団や学園の業務にも差し支えてしまうし、結果的にそれは銀鳳騎士団にとっても重しになってしまう。

 

「では、思いついたら設計図は使ってくれそうな人ではなくラボに送るという形ではいかがでしょう」

 

「そうしてくれるとありがたいが、すぐに代案を思いつくなら実践するようにせよ」

 

「ハンマーといえばモルテン騎士団長が浮かんだので、つい」

 

 頭を掻きながら笑うアルにクヌートは何度目かわからないため息をつく。このことで、アルが発案した毒にはなるが薬にならない設計図を受け取ったラボが、用途が限りなく限定的な装備やどうあがいても魔力が足りなかったり、実験中にこちらに向かって走ってくるような欠陥品とも言える物が次々とラボの手で作られては闇に葬り去られるのだが、それは別のお話である。

 

「では、次の議題に移ろう。クヌート」

 

「はっ、次にこれを見てほしい」

 

 クヌートは懐から金属でできたサロドレアの像を机の上に置く。最初は何か分からなかったアルは、『失礼します』と一言断ってからその像を上下左右と見つめる。元となる金属の塊を鋭利で物で削られているが、問題はその削り方だ。ひと削りひと削り慎重にかつ大胆に削られており、なんというか魂を感じ取れる一品だった。

 そのままアルはサロドレア像の足裏を見ると、テルモネン家の剣によくついているマークが掘られていたので、『ああ、テルモネン印の幻晶騎士(シルエットナイト)像ですね』と答えた。

 

「やはり知っておったか。テルモネンということはおぬしの幼馴染であろう?」

 

「まぁ、これ作ろうと提案したの兄さんと僕ですけど」

 

「知っておるわ。……いや、知らぬが知っておったわ」

 

 アルの言葉に次第に声が小さくなっていき、最終的には『知っておったわ』と呟くおじさんに変化していくクヌートを少しだけ同情しながらアンブロシウスはサロドレア像を手の中で弄びながら事の次第を話してきた。

 どうやら、ライヒアラ以外の街でも幻晶騎士(シルエットナイト)の像を作り出し、粗悪品やサロドレア一辺倒だったことから新作の情報を求めて駐屯地や砦に忍び込む一般人も居たらしい。さらにはその一般人に紛れてご本職の方々も居たらしく、藍鷹騎士団は新たな増員としてアルの引き抜きも視野に入れているらしい。俗にいう『お前が原因だろ! 責任とれよ!』である。

 

「なんで、引き抜きになるんです?」

 

「ほれ、デュフォールの宿屋におるやつが居たじゃろ? あれが「あー! 聞きたくないです」……、まぁ藍鷹騎士団で上位の存在じゃからな。それのせいじゃろ。わしとしても国王直下の騎士団の移籍は問題にならんしな」

 

「知恵がそこらの大人並、シルエットナイト製造に精通している子供といった優良品のみの抱き合わせのような人物、工作員としても裏方としても見逃す手はないかと。……、個人的には性格が非常に難があるのでご免こうむりますが」

 

(工作員は嫌だ。工作員は嫌だ。工作員は嫌だ)

 

 褒められたと思われたらいきなりけなされたアルはちょっと不機嫌になるが、デュフォールで件の親父さんに『子供工作員は結構重宝する』と言っていたので、もう少し足を突っ込んでいたら『藍鷹の工作員』になっていたことにアルは背筋が寒くなる。

 アルが個人的に目指したい者はメカニックとしては瓜○、騎操士(ナイトランナー)としては大○である。工作員などどこかのスイカを育てていたあの人に任せていれば良いのだ。

 

閑話休憩

 背筋が凍っていたアルに、アンブロシウスは自らの考えである『思いのほか大事業の香りがしたので、作品の品質を一定化するために専用の工房を立てたい』ということを言われ、クヌートからは『講師としてバトソンの父親を招集したい』ということを言われた。しかし、はっきり言って提案したのがほぼエルなので、そのような許可や采配をできるほどアルは偉くないとアル自身は思っている。

 

「その辺りは陛下や公爵に甘えさせていただきます。あー、でも無理やり働かせたりとかやめてくださいね」

 

「ふん、こんな時だけ子供面しおって。それにフレメヴィーラにもそういう働かせ方をしておる者が居るらしいが、王がそれを是とすると思ったか? 戯け」

 

 面白そうな表情をさせながらアルの額をこつんと叩くアンブロシウスに『申し訳ありません』と素直に謝るアル。祖父と孫のような2人の様子に『ラウリのやつが見たらどうなるか見物だ』と口角が吊り上がりかけたクヌートが、再び懐から紙を取り出すとアルには明日行われる式典の警備に参加させないことを告げる。

 

「あー、目立つからですね」

 

「そう思うなら最初からカルディトーレに乗ってこい。まぁ、仮に乗ってきても別任務を与えるつもりだったがな。詳しくは紙に書いてある。藍鷹騎士団の本部らしい」

 

「え、本格的に藍鷹騎士団に取り込もうとしてませんか?」

 

「しておらぬ。まぁいつかは諦めるじゃろ。それより、概要だけでも話しておこう。……クヌート」

 

 アンブロシウスの言葉を聞いたクヌートは近衛兵に人払いを告げてから地下から出ていく。完全に周囲に人が居なくなるのを待ってか、何も言わなくなったアンブロシウスを見ながらアルはじっと続きが話されるのを待った。たっぷり数分は経った頃、アンブロシウスは小さく『西が騒がしい』と呟いた。

 

「西、ということはクシェペルカですか?」

 

「断定はできん。ただ、物資の流入が例年に比べて活発じゃ。それがなんであれ、藍鷹騎士団が使用しておる専用のシルエットギアを強化しておこうとな。頼めるか?」

 

 戦史マニアではないアルでも、物資の流入がおかしい原因の一つとして『戦争』が挙げられることは知っている。だが、他の理由として『流民』なども挙げられるのでアンブロシウスも騒がしいと判断したのだろう。

 フレメヴィーラ王国は幻晶騎士(シルエットナイト)の展開速度などの『実戦経験』は西と比べ物にならない錬度だが、その代わりと言うか間者などの搦め手は弱い。軍備の一環として藍鷹騎士団が持つシャドウラートを強化、発展させること可能なのかと言うのが今回のオーダーだ。

 

「承知しました」

 

「うむ。……これは余談だが、おぬしは兄に比べると少々深く考えすぎるからな。いざという時にすぐ動けるように今から悩んでおきなさい」

 

 この不可解な現象の裏に何が起こっているのか分からないが、仮に戦争の前準備だった場合はこちらの国土を守るために人を殺める可能性が高い。そして一時の油断が文字通り命取りになるので、アンブロシウスはアルが迷わないように猶予を与えたのだろう。その心遣いにアルは騎士の礼を持って返すと、ちょうどクヌートが近衛兵が探し回っていることを伝えに来た。

 

「いかん! 貴族達への応対をリオに丸投……エホンッ任せっきりにしておるんじゃった!」

 

「だから私は再三注意申し上げたのに陛下はいつもいつも──」

 

 クヌートに横から説教されながらアンブロシウスは一度アルに手を上げて挨拶すると渋い顔をしながらそそくさと地下から出ていく。嵐が過ぎ去ったような錯覚にアルも口をぽかんと開けたままその場で放心していたが、ひとまず兄であるエルに合流しようと地下から出て行った。

 

***

 

「かくかくということで、僕は明日とある任務に向かいます」

 

 各騎士団長に割り振られた部屋の前に居る使用人からエルの居場所を聞いたアルは一目散にエルの所に向かい、先ほどの『戦争が起こるかもしれない』という仮説や、『藍鷹騎士団のシャドウラートの面倒を見る』という情報は伏せて事情を説明した。

 

「しかじかということですね」

 

 その内容を気にしない様子でエルは答えながらタキシードのような礼服に袖を通している。なんでも今夜は騎士団長が集まっているので、親睦を深めるための晩餐会が行われるらしい。しかし、やはり会場の都合で一部の副団長以外は出席できないらしく、当然アルもお呼びがかかっていない。

 

「タッパーとかあったらお土産頼むんですがね」

 

「懐かしいですねぇ。ソフトの完成式典とかケータリング使った納会でタッパーに詰め込んで正月まで食いつないでましたね」

 

 懐かしそうに語るエルだが、話を振ったアルの視線はエルとは別の所──礼服がかかっていた所の横に掛けられているドレスが気になっていた。エルの髪色に合わせた紫銀の生地に、白い長手袋というエルの容姿が結構映えるようなコーディネートに、アルは思わず『あれ、着ないんですか?』と笑いながら指を指した。その数秒後、アルは扉から勢いよく部屋の外へ叩きだされることになった。

 

「さて、問題です。シルエットナイトを愛でることが好きで、自らの騎士団の団長にドレスを提案する僕と似たような髪のお馬鹿な子は誰でしょう? ……そう、あなたです!」

 

 笑っていない笑顔を浮かべたエルは、捨て台詞を吐いてから勢いよく扉を閉める。その光景を見た使用人が何事かとアルに問いかけるが、『音楽性の違いです』と適当なことを言って廊下を歩き、紙に書かれた場所に行くために城下へ出かけた。

 

「えーっと、左行って……インド人を右に行って、エリック上田して……着いた」

 

 酒場が乱立する道をぐねぐねと曲がっていくアルの目の前に結構賑わっている1件の酒場が建っている。紙に書いてある名前と看板に書かれている名前を確認し、目的地に到着したことを確信したアルは勇んで中に入ると、なんというか青少年には刺激が強い酒場だった。

 

 露出が多い衣装をまとった踊り子がお立ち台の上で踊り、その周囲を働き盛りの男達がギラギラした目で囃し立てる。注文をとったり、料理を運ぶ給仕もかなり美人揃いで、なおかつヘルヴィ並に露出が多い服で接客を行っていた。その様子に回れ右したくなったが、アルはポケットに入れている紙の内容を思い出しながらカウンターの前でグラスを拭いている男の前に座った。

 

「なんだ、坊主。まだ酒は早いんじゃないか?」

 

「ええ、なのでこのパスタください。それと、『小癪なお願いですが銀製のフォーク』もお願いします」

 

「ふんっ、ちょっと待ってろ」

 

 紙に書かれている合言葉を言ったアルに少しも表情を変えずに男は店の奥へ向かう。アルは料理が届くのを床に届かない足をパタパタ動かしながら心待ちにしていると、『よう。アル……スだったか?』という声が隣から聞こえてきた。それを聞いたアルが自分が呼ばれたのだろうかと恐る恐る声が聞こえた方に首を向けると、大男が頬にソースをつけながらもっしゃもっしゃとパスタを食べながら手を上げて挨拶していた。

 

「え、エm「しっ、お忍びだ!」」

 

 食べカスを噴出させながらエムリスは慌ててアルの口を抑える。その食べカスが全てアルの顔面に直撃し、アルがそれを拭こうと布か何かを頼もうとする。だが、その前に給仕と思われる者が水で湿らせたお手拭きのような物を手元へ持って来てくれたので、アルはお礼を言いながら顔を拭いた。

 

「あらあら、大丈夫ですか?」

 

「ああ、すみません。ありがと……うございます」

 

 アルの視界に入ってきた人物は、店の制服を纏っているノーラだった。しかし、その表情はニコニコと笑顔を浮かべており、例えるなら性格をクールからキュートに乗り換えたような変化具合だった。

 

 いつもの冷静な性格のノーラならイメージ的に似合わなさそうな露出が多い制服も、今の可愛らしさの中にほのかに母性を感じさせるノーラにバッチリはまっており、そのはまり具合にアルは脳内で『ガ○ダムにア○ロ、ジ○クとバ○ぐらいぐらい似合ってるな』と謎の図式と賞賛が浮かんだ。

 

 だが、他人の空似というか親子かもしれないという疑惑が生まれたので、アルは確認のために恐る恐る口を開こうとするが、その前に『あ、後ろまでくっ付いてますよ』と手に持っていたお手拭きのような物を奪って顔を近づけながらアルの髪を拭く。

 

「式典なので派遣されてきました」

 

 いつものクールな口調に安心感と共に謎の恐怖がアルの胸中を支配する。そんな緊張感をアルが持っていることも知らずにエールを口の中に流し込んでいるエムリスが豪快に笑いながらアルを指差した。

 

「ガハハ、なに赤くしてんだ! この店はな、料理の多さも売りだが従業員に美人が多いのも売りなんだ! あと、ここに来ると爺ちゃんの追手から隠れられるからな!」

 

 酒が入って上機嫌なエムリスに、『ここが藍鷹騎士団の本部だから見逃されてるんでしょ』という現実を突きつけたくなったが、その前にノーラはいたずらっ子のような笑みをアルに向けながらアルの頬に手を添えた。

 

「ちなみに夜限定で給仕も買うことができますが、いかがでしょうか?」

 

 妖艶な表情を見せるノーラの姿にかなり緊張していたアルだったが、意識が彼女口元に集中していたせいか口元がわずかに動いていることに気付いた。アルが口の形からノーラの伝えたいことを読み取る間、彼女はひたすらアルの頬や髪を撫でたりと、エムリスを含めた客に『誘っている女中』のポーズを続ける。

 

「良いでしょう。買います」

 

「なんだよ。新人ちゃんは子供趣味かよ!」

 

 懐から金貨を見せてノーラの手に手渡したアルにエムリスは口笛を吹き、聞き耳を立てていた周囲の男達はアルを称賛しながらヤジを飛ばす。そんなヤジを無視したアルは、ノーラの手を宝物でも扱うかのように優しく持ち、パスタを持って『してやったり』といった顔をした店主から皿を受け取ると階段を上がってノーラの案内されるがままに奥にある個室へ入った。

 

「もう心配ありませんよ」

 

「つっかれたぁ! もうあんな真似しませんよ!」

 

 アルの持っているパスタの皿を受け取り、近くの机に乗せたノーラ。そのままそこら中を歩き回って盗聴関係の物や不審な物がないことを確認すると、アルはやっと腰を下ろせるとばかりにベッドに倒れ込んだ。

 咄嗟のこととはいえ、女性を買ったのが仮に兄にばれたら腹を抱えて笑われることは避けられない。さらにそれがアディにまでばれたら露骨に嫌がられそうなので、アルは軽く自己嫌悪に陥っていた。

 

「それはそうと、アルフォンス様。常識的に女を買うのに金貨はないでしょう。結構注目されたので後でお返しします」

 

「いや、知りませんよ! ああいう風に誘われたことすらないのに……まだ心臓鳴りっぱなしですよ!」

 

 心臓を抑えながら反論するアルに『そういえばヘタレでしたね』とノーラはアルへの評価を改めた。

 元々が押されたらその分だけ遠ざかるような若干へたれた性格に、『そういう悪いこと』を教えてくれそうな先輩として仲が良い中隊長達が挙げられるが、そのうち2名は早々に除外される。

 そして残ったディートリヒも見た目の軽薄さの割に『こういった遊び』は一切せず、鍛錬を行っていることは他の藍鷹騎士団員から報告されているので、ノーラはアルのみならず銀鳳騎士団を『健全過ぎる騎士団』と心の中で評した。

 

「畜生……ヘタレが悪いか。あの時だってやったんですよ……必死に! その結果がこれなんですよ!」

 

 そんな案外モテるニュータイプのようなセリフを吐きながらベッドでめそめそと泣く銀鳳騎士団の副団長の姿に、ノーラは少しだけ『めんどくさいな』と思いながら本来の目的を伝えるためにベッドのそばに座る。その動作に驚いたアルはびくつきながらもベッドから跳ね起きると、視線はノーラの方に向けながらパスタの皿とフォークをむんずと掴む。その一連の動きはまさに小動物のそれであった。

 

「……そんなに驚かなくても。明日、朝の鐘が鳴る頃に東門の先にある森林にいつものように布を巻いていますので、それを辿っていってください」

 

「ふぁい」

 

 行儀は悪いがズルズルと啜りながらアルはパスタを胃に詰め込んでいく。元日本人特有の技能であるその動作に『器用ですね』とノーラは関心しながら麺が完全に消費されるまで待つと、ベッドに寝転がりアルを見つめる。

 

「それと、結果的に朝までこの部屋に居ることになりますが寝ます?」

 

「その『暇なんだけどー』って仕草良いですね。ディーさん辺りからかうのに使えそうです」

 

「からかうって、銀鳳騎士団の皆さんと普段何してるんですか」

 

 予想外の反応に、ノーラは『騎士団と言うより学生なのでは?』という印象を強めるが、その後特に諸兄達が期待することは一切起きず、共にベッドで寝ることを頑なに拒否したアルは壁に寄りかかりながら就寝する。目を瞑っている最中、ノーラの舌打ちと『失敗しましたか』という謎の言葉が聞こえたが、アルは気にしないことにした。──絶対に。

 

 そのまま朝になり、起床したアルは痛む背中を伸ばしてぽきぽきと小気味の良い音を出しながら『今度肉団子の入ったデカ盛りパスタを兄さんと取り合いたい』と訳の分からないことをノーラに零していた。

 

***

 

 式典が始まり、演習場から法弾が空に向かって大量に放たれている頃。アルは指定された森林に居た。

 周囲には昨夜お邪魔した酒場の従業員達がおり、代表者としてアルの注文を聞いた男と握手をする。自己紹介の最中で『自分は団長ではない』というお約束をいただき、もはやだれが団長なのかアルは皆目見当がつかなくなった。

 

「アルフォンス殿、昨日は失礼しました」

 

「いえ、大丈夫です。それより、エムリス殿下があの日に居たのはまずかったのでは?」

 

 自分は関係なくとも、一応身内の戴冠式というかそういう重要な式典なのにあの店に置いておくのはいかがなものかとアルは握手をしながらちくりと攻める。だが、彼は『あなたをお送りした後に連れて帰ってもらいました』とノーダメージの様子だったので、ノーラの件の報復ができなかったアルは早々に話題を変える。

 本日行うのは『シャドウラートの偽装』である。幻晶甲冑(シルエットギア)魔力転換炉(エーテルリアクタ)を使用しないので、着こみながら隠れることも可能だ。しかし、太陽が出ている状態で黒い塗装は目立つので、偽装方法の研究かもしくは新たなる装備を作れないかということで、一応専門家? のアルが呼ばれた。

 

「個人的に偽装といえば、この森なら塗装を緑や茶色を濃くしたり薄くしたものをまだらに塗るとかありますね」

 

「我らも鎧を着ながらの隠密は初めてなのでなんとも……木の葉を張り付けるのはどうです?」

 

「アルフォンスさーん、こんなのいかがですか?」

 

 サバゲなどでよく見る迷彩柄を提案したり、自然物を流用する案が出されている時、酒場で踊っていた踊り子が声をかけてくる。何ができたのか内心ワクワクしながら彼女についていくと、そこには『関節部にその辺から折ってきた葉っぱが付いた棒を突き刺しているシャドウラート』だった。

 

 あまりの馬鹿らしさに周囲が黙る。心なしかシャドウラートの中にいる人間も呆れているように見えたが、何事も試してみないと分からないので、森林部に入ってもらって見えづらさを確認することにした。

 

「案外悪くないですね」

 

「森ですから暗さも相まって背の低い木に見えますね」

 

 思ったより目立たないという悪くない成果にアルや男は頷きあう。しかし、関節部にぶっこむという手荒いことを行っているので関節が思ったように動かないかつ、下手をすると関節部の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が損傷してしまう恐れがあるので彼女の意見は反対派が多く、さらにシャドウラートを手荒に扱ったので、近場の誰かによるきつい説教が実施された。

 

「すみません。ああいうちょっと抜けてる子が良い情報抜き取ってくるんです」

 

「いえ、そもそも門外漢の方々に手伝ってもらってるので仕方ないかと」

 

 酒場やそこで生計を立てている給仕や娼婦は横の繋がりや客との繋がりが強固なためか、かなり情報通が多いということをゲーム知識だがアルの記憶には残っている。これが本当のことが分からないが、そういう情報を抜くのに特化した人材が多いんだろうとを叱られてしょげている女性を見ながら納得し、意見を交わしていく。

 だが、なかなかこれといった案が出ずに昼に近づき、そろそろ式典が終わって帰らなければならない時間帯に近づいてきた。

 

「うーむ、クリアリザードの外皮が一番良いんですが。……高いですね」

 

「それに少しでも傷がつけば一気にバレやすくなるので管理も大変ですよ」

 

 アルが『一か所だけどぎつい紫色で彩られた皮』を手に取りながらぼやく。

 

 『透明蜥蜴(クリアリザード)

 ボキュース大森海の浅い部分で確認されている魔獣である。その最大の特徴ともいえる外皮は魔力によって周囲の景色の色を大雑把に感知し、それを取り込むことでこの魔獣を周囲の風景に溶け込ませることを可能にしている。

 さらに、その外皮は持ち主である透明蜥蜴(クリアリザード)が死亡した状態でも効果を発揮し、魔力を流すだけで迷彩のような性能を持つのだが、そうは問屋が卸さなかった。この皮は高価なことに加え、少しの傷であっても色がランダムに変化するのである。

 

 高価なのは言わずもがなである。悪用を避けるために調達には専用の許可証や込み入った物が必要なので、気軽に買える値段ではない。粗悪品も売られていたりするが、大抵は奇抜な色を求めるパンクなお方達が求めるファンキー生地に成り下がっている。

 そして、極め付けなのが色が勝手に変化することである。魔力の通りが傷の部分だけ粗くなるのか知らないが、アルが試しにナイフで切った部分を中心に周囲がどぎつい紫色に変色し、放った火炎弾丸(ファイアトーチ)に当たった皮全体が黄色や黒といった危険色に変化した。これらの問題点に藍鷹騎士団員達も黙ってしまい、最終的にこの案はお蔵入りになった。

 

「一番古典的な方法だけやってみますか。おい、網を用意しろ」

 

「最初に聞かされてた方法ですね」

 

 タイムリミットが刻一刻と近づいてくる中、男は『一番古典的』という偽装方法を試すために網を用意し、その上に様々な植物の葉っぱや木の棒をまぶしていく。そうしてできた網をシャドウラートに被せ、偽装出来ているか確認するとどこにシャドウラートがあるかわからない状態になった。所謂『偽装網』と呼ばれるこれは藍鷹騎士団でも使用されている偽装法なのだが、今日で一番偽装度が高いことに2人は歯噛みする。

 

「アルフォンス殿、やはり頼れるのは一番古典的な物なんですねぇ」

 

「そうですね。あー、でも地面を掘ってその中に隠して砂で偽装という手もありますよ。深さによってはシルエットナイトですらも偽装できるかもしれません」

 

 アルにとっては『人型機動兵器でも出来たんだから出来るだろ』という意見に、男は比較的乗り気で返答する。そのまま流れで『カルディトーレの背中に接続する居住用モジュール』を提案しそうになったが、アンブロシウスやクヌートとの約束を思い出したアルはひとまずノーラにラボまで運ばせようとぐっと我慢することにした。

 

「アルフォンス殿、式典が終わりましたのでそろそろ……」

 

「分かりました。では、またいずれ」

 

「はい、いずれ」

 

 やたら固い握手を交わし、アルはそそくさとその場を後にする。すると、先ほどまで怒られて泣きべそをかいていた踊り子の女性がすっと表情を変えて男の横に並ぶ。シャドウラートが隠れている方向を2~3度見ながら『やはり、私達のやり方があってたわね』と言うと近くの団員の肩を叩く。

 

「あの坊やがなにか思いついたみたいだし、また使いっぱしりと試験を頼むわよ」

 

「分かりました。『団長』」

 

 団員の言葉に団長と呼ばれた女性は手を振ると木々の間を進んでいき、いずれ見えなくなった。

 

***

 

「それでですね? 蒼馬騎士団の騎士団長の槍捌きがですね……って聞いてます?」

 

「きーてるきーてる。だからパッチワーク揺らさないで」

 

 やる気の感じられないアルに、エルがトイボックスでパッチワークを揺らす。だが、そんな振動を無視してアルは深い疲労を込めたため息をついた。昨日も今日もなんやかんやがあって疲れたので、一刻早く安全な自室で横になりたいのである。

 だが、そんな小さな願いも許さないとばかりにエルの『騎士団長記録』が火を噴く。やれ、どの騎士団長の獲物が独特だったや、どの騎士団長機が奇抜だったかなどをぺらぺらと話すエルにアルは適当に相槌を打つばかりだった。

 

 だが、そうしていると急にトイボックスが一際甲高い吸気音がした後に止まる。不審に思ったアルがパッチワークを振り向かせ、その音を聞いたダーヴィドが馬車から身を乗り出してトイボックスを見あげる。

 

「おかしいですね。装備を外したんですから魔力が潤沢にあるはずなのに……」

 

「改修した部分的なスクリプトが不整合起こしているのでは? 最近、大掛かりなスクリプトの見直ししてないでしょ」

 

「そうなんですかねぇっと、問題なし。動きます」

 

 アルの言った指摘にエルは首を傾げながら直接制御(フルコントロール)を用いて無理やり魔力を循環させる。一部分のみの改修を行ったつもりが、いつの間にか全体のバランスを乱してバグが大量に生み出されるのはプログラマーの世界ではよくあることである。『今度しっかりメンテしましょうか』という声と共にトイボックス達は自分たちの巣へ帰るために街道を1歩1歩踏みしめていった。




設定資料集に作中に登場する幻晶騎士や飛空船開発の歴史をまとめた特製ペーパーがつくらしいですよ。奥さん!

恐らく昔に書いた物からこれから書いた物まで、機体開発内容や開発速度について原作とかなり差異が出ると思いますが、そこはまぁ独自設定と言うことでお願いします。
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