オルヴェシウス砦から少し離れた所に川がある。油や埃とマブダチレベルで汚れる職業である
彼の名前はエドガー・C・ブランシュ。銀鳳騎士団第1中隊長を任命されている責任感が人一倍あり、堅物と同騎士団の第2中隊長から呼ばれている偉丈夫である。そして、彼から少し離れた所では副団長のアルがぐったりとした状態で樹木に背中を預けている。
「ご、誤解だ ヘルヴィ! 俺達はここを通りがかっただけだ!」
「で、なんで私達が水浴び中にここを通りがかったの?」
弁解するエドガーに対してヘルヴィの視線は冷たい。それもそのはず、ヘルヴィやアディ、そして他の女性
だが、エドガーの性格的に覗きをするような人間ではないことはヘルヴィが一番よく分かっているので、ポーズ的にも指を鳴らしながらエドガーを睨んだヘルヴィが事情を話すように促すと、エドガーはぽつぽつと数時間前から遡り、自分達の行動を話していった。
***
「シルエットアームズの試射をしたい?」
朝礼が終わってそれぞれが持ち場に向かっている最中、アルはエドガーに『
「はい。限界まで僕の魔力を使うので、護衛をお願いします」
「……わかった。アルディラットはディーのと違って変わった物をつけてないから余裕がある。付き合うよ」
もちろん、
数十分後、魔獣や人の有無をかんがみたエドガーがいつも水浴びで使用している川の下流で試験をしようと提案し、アルと共に川の下流に陣取った。手際よく
「なにをしているんだ?」
「それぞれの銀板にエンブレム・グラフを書いているので、それを組み合わせてます」
『物は試しです』とアルが1枚の銀板に魔力を流すと握り拳ほどの小さな火の玉が銀板から少し離れた所から射出され、火の玉はそのまま数メートルほど飛ぶと形成していた魔力がエーテルに還っていく。その後、先ほどの銀板に
「なるほど、これがあれば自由に法弾を調整できるわけだな」
着弾点を見たエドガーが理解した内容を話すと、アルは先ほどの結果をノートに書きながら頷く。頑強な甲殻を持つ魔獣以外の小型魔獣を
しかし、着脱に時間がかかるという欠点も抱えているので、アルは実験を続けながらも頭の片隅で欠点を解消するにはどうすればよいか考えるが、消費する魔力によって引き起こされる疲労感や呼吸のしづらさといった魔力切れの症状によって考えがまとまらない。そして通算10度目の試射を行った後、ノートに内容を描くこともせずにアルはその場に崩れ落ちた。
「アルフォンス! 大丈夫か!?」
「魔力や衝撃は想定内ですが、やっぱり人間でやると魔力の減り方がとんでもないですね」
相変わらず体を張った実験を行っているアルに、エドガーは苦言を言いたかったがひとまずアルをオルヴェシウス砦に連れて帰るためにアルと荷物を背負うと川を遡って歩き始めた。
言い訳をさせてもらうと、別にアルにマゾっ気があってこういうことをしているわけではない。
「大丈夫か? アルフォンス」
「大丈夫です。ちょっと頭が揺れるだけです」
時折背中を向き、アルの容体を確認しながら川を遡っていくエドガーだったが、ふと水の跳ねる音がエドガーの耳に届いたので反射的にそちらを向くと、下着姿のヘルヴィやアディ、女性の
「す、すまん!」
その瞬間、エドガーは背負っているアルから手を離し、フリーになった手で自らの顔を押さえてこれ以上見ないようにしながら謝罪する。ついでに、エドガーの背中から解き放たれたアルは重力に従って地面で少し跳ねてから近場の樹木に頭をぶつけるというウルトラCを決める。そして、現場が少しカオスな状況が出来上がった所で今に至る。
***
なんとも予想通りの事故にヘルヴィは自身の額を手で押さえる。たしかにエドガーはこの時間までオルヴェシウス砦に居らず、ディートリヒの訓練によって生じる衝突音の他に大きな音が聞こえたが、場所が被るのは想定外だった。
「副団長ー、団長に危ないことは駄目って言われてなかったっけ?」
「そのためにエドガーさんに着いてきてもらったんですよー」
樹木に背を預けながらアルもチクリと注意されている様子を見ながら未だにヘルヴィを見ようともしないエドガーに、堅物と周囲から言われている彼の先ほどまでの慌てぶりを思い出したヘルヴィは口角を少し釣り上げる。
「そうね。許してあげなくもないけど……。エドガー、今の私に一言ちょうだい」
嘘である。
本当は既に事故として許すも許さないもないのだが、ヘルヴィはエドガーに見せつけるようにその場でくるりと一回転し、あえて『少し怒っています』という風体を装う。しかし、その姿を見たエドガーは熟れたリンゴのように顔を赤くさせながら何も言えずにどもる姿に最初こそ面白かったが、徐々にエドガーらしくないので『コレジャナイ感』が募っていく。
「ヘルヴィさん。ちょっとエドガーさんに助言して良いですか」
「……許可します」
浅ましい考えに自己嫌悪が入っていたヘルヴィに手を上げたアルが助言の許可を求める。この状態を続けても決して好転しないのは目に見えているので、ヘルヴィは助言の許可を受諾する。そのまま足取りが重いアルと共にエドガーが森の中に姿を消し、時折『いや、それは怒られないか?』や『信じて』と怪しい会話が聞こえてくるので、ヘルヴィは少しだけ嫌な予感がよぎる。
「アディちゃん。大丈夫かな、あれ」
「アル君、学園の授業でも褒め上手だったので大丈夫ですよ」
近くにいたアディに話のネタとして振るが返ってきたのは大丈夫という言葉だった。確かに、教練や学園に居た時に見た授業風景を見学しても、アルは基本的に怒らずにその人物の良い部分を探して褒めながら『こうすれば次のステップに行ける』と助言風味な発言をしていることが多い。今回もそれが発揮されるのか微妙なところだが、ヘルヴィはどんな言葉を聞かせてくれるのかいつの間にか期待していた。
そしてたっぷり数分はかけた相談会が終わり、エドガーとヘルヴィは改まって相対する。近くには疲れた様子のアルが先ほどのように樹木にもたれかかりながらアディの髪をカバンから取り出した布で優しく拭いていた。
「えーっと……その、ヘルヴィ! よく似合っている! とても綺麗だ!」
それは綺麗な軌道を描くカーブでもバッターボックスでいきなり落ちるフォークでもなく、綺麗にバックスピンがかかったストレートだった。そのエドガーらしい直球の褒め言葉、それも『綺麗』というおそらく女性が聞いて嬉しい感想にヘルヴィの体温が上がる。
「やっぱ爆発しねぇかな。あれ」
「ねぇ、アル君。エドガーさんに何言ったの?」
「んー、自分に正直になれとしか……。そもそもあの言葉、エドガーさんが元々考えてたやつですよ」
若干生気が薄れた目で邪念を送っているアルにアディが助言内容を聞いてきたが、アルは『助言らしいことはしていない』と告げる。アルが言っていることは真実で、エドガーが先ほどの言葉はさすがにヘルヴィが怒らないかとアルに聞いてきたのである。ディートリヒなら間違いなくドロップキックが飛んでくるだろうが、相手はエドガーである。アルは『正直に言ってみろよオラァ!』と思いながら若干やけ気味に『信じて!』と言ったのだ。結果は上記の通りである。
「ふーん……。じゃあ私は?」
「そうですねぇ」
自然にアディの上から下を一通り見たアルは、『そろそろ兄に手錠を付けて風呂に沈めるか』とよこしまな気持ちで心を汚しながら決心し、『首を傾げて』や『口に手を当てて』などカメラマンのような指示を出していく。
「はい、ニコォッ!」
「ニコォッ!」
アディの笑顔は完璧だった。おそらくこの場面を描いた絵がデータ化したら排出率0.3%あたりの目玉商品として取引されることを確信したアルは『人を元気にするいい笑顔だと思います』と女の子をシンデレラにしそうな感想を述べると、未だに固まっているエドガーを再起動させてその場を後にした。
***
同じく赤くなったヘルヴィの再起動がようやく終わり、女性陣がオルヴェシウス砦に帰ってくるとエルがバトソンと共に何かを話し込んでいた。アディが事情を聞くと、どうやらアンブロシウスに呼び出しを受けたらしく、今から出立することを聞くと、アディは先に帰ったはずのアルが居ないことに気付いた。
「アル君は?」
「あそこでノびてます。魔力を使いすぎたらしいので危険なので連れていきません」
魔力切れでふらふらの状態なので、
「それでは、行ってきます」
「行ってきまーす」
その後なんやかんやがあり、訓練のためにツェンドリンブルの動かし方を再確認したいやら、自分が一番うまくツェンドリンブルを動かせるんだとか言うアディもエルについていくことになった。オルヴェシウス砦から元気に出ていくツェンドリンブルを見て、先ほど水浴びの時の決意が一瞬で吹き飛んだ無情さをヘルヴィは噛みしめていた。
「……というわけで講師が必要になったからお願いね」
だが、すぐに講師役としてアルをロックオンしたヘルヴィは、承諾を待たずにアルを背負うとそのまま工房まで走っていく。痛む頭で思った通りの元気がひり出せないアルは小声で『人攫い~』と言うが、その声は誰も聞こえなかった。
***
「あ、兄さん帰ってきた。一旦中止してください」
しかし、後に元気を取り戻したアルを教官としたツェンドリンブルを走らせながら曲がらせる訓練をすること半日、オルヴェシウス砦にエル達が帰還したので一旦訓練を中止したアルはヘルヴィ達に全員の集合を指示する。伝言ゲームのように伝わっていく集合の指示は瞬く間に団員達に届き、工房に全員が揃うのにそんなに時間を必要としなかった。
「で、兄さん。先王陛下はなんと?」
「ええ、オーダーは先王陛下とエムリス殿下が使用するシルエットナイト2機を作ってほしいとのことです」
なんでも、王の責務から離れたアンブロシウスが
しかし、現在の銀鳳騎士団の規模で
「マークⅡ方式、じゃなかった。先王陛下達もよほど傾いてなければOKらしいので、設計に落とし込むのは明日にして仕様だけ詰めましょうか」
「ということはしばらく訓練は休むべきだね。グゥエラリンデの訓練で直してもらっていたら間に合わない可能性がある」
「おう、助かるぜ。ついでに言うが、シルエットギアを着込んで物資の運搬してくれた方がもっと助かる」
先王陛下や殿下という上の立場が乗る
「学園には僕が話しておきます。銀鳳騎士団の存在理由や依頼元を言えば許してくれるでしょうから。許可が取れ次第、中隊は担当日に学園へ行ってください。その後は直帰で大丈夫です」
エルに確認を取りながらスケジュール関係は一端完了したアルは、会議室に大きな紙を取りに行く。その間にエルはエムリスから伝えられた仕様を全員に共有した。
「まずは
「ふむ、近接格闘機だね」
「次に
「ずいぶん膂力にこだわるな。いや、殿下は確かクシェペルカに留学しておられたはずだからテレスターレは知らないのか。なら力不足に感じるのも」
「最後に
何かを考察していたディートリヒやエドガーも『仕様全てが
「パワータイプをご所望ということは分かりました。とりあえずこれらはどうです?」
アルは紙の上でペンを走らせ、『腕が異常に太い機体』と『魔獣をヒートでエンドする機体』を描く。
「若干ネタに走りすぎですが、腕を太くさせて殴り合いを有利に働かせるのも良さそうですね」
最近あんまり褒めてもらえなかったので、ここぞとばかりにどや顔で胸を張るアル。
しかし、このことで少し調子に乗ったのか『雷魔法を用いて飛翔体を高速で投射する装置をくっつけた飛行機』と『白を基調に所々黒で塗装された米国と日本のハイブリット機に似た物』を描きだした所でエルはその絵に大きく×印を付けた。
「それは調子に乗りすぎです。大体、これらは僕らの技術力では無理でしょ。……いずれ作りたいですが」
「おい、銀色坊主! 何を言った! なんて言いやがった!」
さらっと恐ろしいことを言い出したエルを文字通り揺すりながら先ほどの言葉の撤回を要求するダーヴィドだったが、その騒動の最中にヘルヴィとアディが何やら会話をすると手を上げた。
「エル君エル君、先王陛下と殿下って偉い人だよね?」
「アディ、ついにそこまで」
「キッド、それはひどくない? えーっと……ヘルヴィさん! よろしくお願いします!」
アディの残念具合にキッドは額を押さえるが、その様子をアディが憤慨しながら何かを説明しようと数秒黙るとヘルヴィに説明を丸投げする。バトンタッチされたヘルヴィは『この子は……』と苦笑しながら、アンブロシウスとエムリスの重要性を説き、そんな重要人物が乗る
「そうなるとキャパシティフレームを目いっぱい……いや、操縦席の周囲は普通の装甲材にした方が防御力は上がるな」
「装甲を斜めに……となるとシルエットナイトのデザインがこうで……」
「ちょっと待ってください。まだ仕様は詰めてないのでデザインはやめてください」
ヘルヴィの声に
「まず依頼主である殿下の力というふわっとした要望ですが、シルエットナイトの膂力の他に火力として、アルに頼んでいるシルエットアームズを取り入れましょう」
「少し待ってください。あれはまだ問題が残ってますよ」
エルの説明の中に『着脱式の
「大きさについてはシルエットナイトに組み込みましょう。撃つ時に連結させればスペース的には十分だと思います。ですが、これはアルと設計班の連携が重要になるのでアルは設計班に回ってください。分からないことがあったらすぐ僕か親方に聞くように」
「了解」
エルの心強い言葉にアルは頷く。残った消費魔力という問題だが、防御力も強化するなら
「では、皆さん。作業は明日にして当直以外は解散してください」
膂力と防御能力に秀でた機体性能に、でかい一発を放てる連結型
そして次の日から1か月で
その中でまずアルが行ったことは『学園とのやり取り』である。事情というか、ある程度察してもらえるような理由を話し、少なくとも数か月は授業ができないことに加えて哨戒任務で使用する
「事情が事情なので私は構わないかと」
「同じく。銀鳳騎士団にはお世話になりましたし、アルフォンス教官にも新型や新型の教導機もかなり多く調達していただきましたしな」
幸いなことにその頼み事は、今まで銀鳳騎士団やアルが提供していた機体や技術のおかげか2つ返事で承諾され、ひとまずアルは数か月
「設計はどうですか?」
「副団長君、これとこれどっちが良いかな?」
設計班の1人が2枚の設計図を持ってくるとどちらが良いか聞いてくる。どちらもベース機体がカルディトーレなのは一緒なのだが、1つ目は件の
「んー、腕全体は剣を振り回したり装備を保持するのでまずいのでは? 外付けできるならこっちの方が楽でしょうが、スクリプトと衝撃の関係上こちらの肩の方が安定しますね」
「分かりました。じゃあこちらをベースに考えていきます」
「お願いします。外装のデザインだけでも共有したいので、兄さんと親方呼んできます」
「アルー、ペース早いですね。ふむふむ、肩とは良いチョイスですね」
「ああ、肩なら足や固定器具を使えば計算上は相当の衝撃を受け止められるな」
エルとダーヴィドはベースとなる設計図を見ながら強度などを計算していき、やがて次のステップである『外装のデザイン』に着手する。
外装とは
「そういえば兄さん。手帳に花丸脳筋って書いてましたけど、外装で何か仰ってませんでした?」
「ああ、強そうなのっていうのと先王陛下のように獅子を名乗れる物と仰ってましたね」
アンブロシウス達と話していたことを再生していくエルの言葉の中に『獅子』というキーワードが出てきた。獅子とはアンブロシウスの異名にゆかりのある動物なので、
「ですが、2匹の獅子って座り悪くないですか? 獅子って孤高の存在ってイメージあるんですが」
「じゃあ反対の何かにします? 白なら黒といったように」
「獅子の反対ってーと……イメージなら虎か? 四足獣だし姿も似てるしな」
「色も思い切って派手に金とかどうです? 光線系の法弾跳ね返せそうですし」
一旦デザインが決まってしまってからは事態は──たまにエルやアルが『金で高火力兵装なら腕に付けません? 折りたたんで連結するようにしましょうよ』や、『もう外付け式の超大型の砲台で良くないです? 人によっては全く当たらない可能性がりますが』とエチェバルリア語で茶々を入れた時間を除けば、とんとん拍子に進んだ。
「銀色坊主達が最後に言ってたこと以外は製造に必要だから設計図に書いとけよ。おら、銀色坊主は機体の方で使うスクリプトの方に戻るぞ!」
「はーい、それでは完成したらまた見に来るのでよろしくお願いします」
そう言い残し、エルとダーヴィドは工房の奥へと歩いていく。そんな彼らを設計班の面々は見送らず、紙に先ほどエルが書いていたデザインの隅っこに獅子の顔から虎の顔に変えたデザインに書き直した設計図やそれぞれに使用する機体色を1日かけて設計する。その後、エル達に設計図のレビューをしてもらって指摘箇所を半日で修正し、銀鳳騎士団は機体の製造に着手できた。
「親方。これはどこに運ぶ?」
「それは肩のパーツだからあっちのクレーンだな。おい、ヘルヴィ! こっちに20って書かれた箱持ってきてくれ」
「はーい」
製造に入ってからは銀鳳騎士団の実働部隊も混ざっての大仕事であった。哨戒担当以外の中隊が全員モートリフトで
だが、他の騎士団の実情も知らないのでエル達は何の疑いも無く作業に没頭し、半月後には2機の
「案外早く出来上がりましたね」
「団員全員が力を合わせたからな。ところで、機体名は決まってるのか?」
金色の獅子と銀色の虎の
「ゴルドリーオとジルバティーガにしましょう。……ガオガ○ガーでもよかったなぁ」
「よし、シルエットアームズの試験を始めっぞ! エドガー達は準備しといてくれ」
ぼそりと恐ろしいことを呟くエルを無視したダーヴィドは連結式の
「操縦桿に付けられているボタンを押したら発射形態をとって発射します」
「……これか」
機体の向きを誰も居ないであろう森林部に向け、エドガーとディートリヒがボタンを押す。すると、腰についている装飾が一斉に地面に突き刺さり機体を完全に固定する。そのまま肩装甲が開いて中の
しばらくの溜め動作の後、ゴルドリーオとジルバティーガの前方から極限まで圧縮された大気が放出し、斜線上に存在する木々をなぎ倒していく。その威力にエルやアルが満足げに眺めるが、徐々に機体が仰け反っていく姿に機体の角度と比例するように顔を青くしていく。
「た、退避しろー!」
ダーヴィドの指示が聞こえた
「思った以上に威力あったからその分反動が大きかったんですね」
「何やってんですか団長」
どうやら、今回の