銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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61話

 思い返せば鮮烈な記憶が刻み込まれた結婚式から早数日が過ぎた。アルの勲章とも言える顔面の怪我も割かし良くなり、その間も銀鳳騎士団は通常通りの業務に日々追われていた。

 

「ヘルヴィ、もうちょっと丁寧に下ろしてくれ!」

 

「ごめん」

 

 周囲の森と一体化した演習場ではツェンドリンブルの切り離した荷馬車(キャリッジ)が大木に当たって横転し、そこからエドガーの新しい相棒『アルディラットカンバー』がほうぼうの体で抜け出しながら文句を言っている。その横ではディートリヒの新しい相棒『グゥエラリンデ』が肩に増設された魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の調整を間違えて地面に接吻している所を第2中隊の団員達に野次られていた。

 

「ディータイチョがまた転んでおられるぞ!」

 

「待て! 今月に入ってまだはじめてだから別に良いだろう!?」

 

「ディータイチョ、今月は転ばない方に賭けてたのにあんまりっすよ」

 

 人知れず賭けの対象に使われていたことにげんなりしていたディートリヒだったが、ふとグゥエラリンデの首をめぐらせながら第1から第3中隊の練習風景を見て『様にはなってきたね』と呟いた。

 少し前までは機動力の要である第3中隊は空の荷馬車(キャリッジ)を運ぶことが精一杯の様子だったが、今ではたまにミスることを除けば第1や第2中隊の面々を乗せて目標地点に幻晶騎士(シルエットナイト)を展開出来るほどの練度になっている。

 第1中隊も展開の速度に磨きがかかり、第2中隊もグゥエラリンデの突出した突進力で出来た穴を広げる陣形を中隊独自で編み出して的確に運用できるようになった。

 

「ふむ、中々良い修練をしているではないか。さすがはエルネスティが率いる者達よ」

 

「ははは、騎士団長殿に比べれば私達など……物の数……にも……」

 

 そんな中、グゥエラリンデの後方から声がかかる。その声に反応したディートリヒがグゥエラリンデを振り返らせながら謙虚な対応を見せるが、その声は次第に小さくなっていき、最終的にはグゥエラリンデと共にディートリヒの身体は硬直した。そして、その様子を見ていた第1から第3中隊も同様に声の主が再び声をかけるまでその場に固まってしまった。

 

***

 

「どうだ? エル」

 

「そうですねぇ。あ、アルありがとうございます」

 

 砦にある工房の一角ではバトソンがトイボックスの胸部装甲に向けて声をかけていた。すると、その声に反応してエルがトイボックスの胸部装甲を跳ね上げて外に出ると、トイボックスの腕にへばりついていたアルが書いていたメモを無言でエルに手渡した。エルがそのメモを見ると魔法術式(スクリプト)が書かれており、その所々にバツ印と『エラー』や『過剰魔力』という文字が魔法術式(スクリプト)の一部を塗り潰されており、その結果にエルは悩む素振りを見せた。

 

「僕と同じ……あっと、ここもダメだったんですか。追加装備で新たに追加されたスクリプトのエラーで使用魔力が多くなってますね。これだと2基のエーテルリアクタをつけても焼け石に水ですね」

 

「新型のマギウスジェットスラスタは初期型に比べて燃費は良くなったけど、まだ厳しい状態だね。さっき動かしてもらった試作型のサブアームも挙動がぎこちないからまだ改良の余地はあると思う」

 

 先ほどエル自身が直接制御(フルコントロール)で見つけた不具合の他に確認漏れが見つかったことや、バトソンが報告した試作したり新たに追加した装備の欠点にエルは頭を悩ませる。

 エルの突発的な思いつきを騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に形にしてもらい、それを取り付けて動かすためだけの機体。『エルのおもちゃ箱』と称されたトイボックスも、今では全体的なバランスと性能面で言えば『じゃじゃ馬』で有名なテレスターレにも劣っている。2基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)積んだトイボックスにとってその結果は、もはや欠陥品ではなく失敗作の宣告だった。

 

「こうなると1から図面を引いたほうが良いですね。とりあえず要件定義からはじめますか」

 

「あ、その前にこれを見てもらっても良いですか?」

 

 エルの願望が全て詰まったロボの図面を書こうとした矢先にアルがエルの行動を止める。そのままエルを机まで誘導したアルは、手に持った紙に図面を描き出した。その図面が出来上がるにつれ、エルの目は好奇心に染まり、バトソンから『正気かよ』という声が漏れる。

 

 まずこの図面の主役は『幻晶騎士(シルエットナイト)本体ではなく、幻晶騎士(シルエットナイト)を覆うほど()()()()()()()』だった。もはや追加装備を幻晶騎士(シルエットナイト)に接続しているのか、装備に幻晶騎士(シルエットナイト)が埋め込まれているのか分からない程の大きさにバトソンは卒倒しそうになった。

 

「なるほど。アームドベースですか」

 

「ええ、いざとなればこの追加装備を分離させればシルエットナイトが自由に動き回ることが可能です。さらに大型のシルエットアームズやマギウスジェットスラスタも搭載できるので、火力面や機動面が万全かと」

 

「魔力はどうするんだよ。そんなに沢山積んだらこの中にエーテルリアクタを複数積み込まないと足りないよ」

 

 バトソンから言われたことを回答するようにアルは巨大な装備の下に大型の板状結晶筋肉(クリスタルプレート)で構成された棒状の物体を書き込んだ。妙な物体に奇怪な目を向けるバトソンに、物体の正体をすぐに見破ったエルが『プロペラントタンクみたいな魔力の増槽ですね』と嬉しそうに答えた。

 

「はい、このバッテリー。タンクと呼称しますが、クリスタルプレートを内部に敷き詰めて外を金属で覆います。あー、キャパシティフレームでもいいかな? 材質はともかく、これによって行動範囲や使用できるマナ・プールを伸ばすことができます。ちなみに、これも切り離すことを念頭に入れている設計ですから切り離して軽量化もできます。……もっとも、この場合だと切り離す場所を選ばないとゴミになったり、兄さんの場合は落下物が人に当たる恐れがあるのでそこらへんの問題をクリアすることになりますがね」

 

 提案すると共にクリアすべき問題点を挙げたアルの言葉をエルは脳内で咀嚼する。確かに板状結晶筋肉(クリスタルプレート)のタンクは幻晶騎士(シルエットナイト)の行動範囲などを増加させることが出来るが、取り回しや投棄後のゴミのことを考えるとどうにも採用が難しい代物である。しかし、最初にアルが言った超大型の追加装備を抜きにしてもこのタンクがあればトイボックスを蘇生させることも現実味を帯びてくる。

 

 まだ見ぬ相棒を求めるか、それとも今の相棒に手を加えるかを天秤にかけるエルに、アルはエルの耳元で『でも、兄さんって主人公機の乗り換えイベントとか好きっしょ?』とどこかギャルっぽい悪魔のささやきを行う。──その瞬間、エルは『もちろん!』という言葉と共にその悪魔のささやきに従った。

 

 しかし、装備提案したと思ったらなぜか新型機開発の後押しをするという謎の行為に、バトソンは首を傾げる。

 

「……アル、なんでこれ提案したの?」

 

「え、普通に僕が考えた装備を自慢したかっただけですが、なにか?」

 

 どうやら提案ではなく自慢だったことに、バトソンは『さいですかー』とここ最近で行ったため息の数を順調に1つ増やした。そうしている間にも創作意欲が滝を登る鯉のように突き上がっていくエルが、アルと共にそそくさとエル専用の新型機の構想を練る。

 

「複数の動力を持つことは必須ですね。ツェンドリンブルやパッチワークのような潤沢な魔力が欲しいです」

 

「トイボックスの戦い方を見るに、兄さんは機動力でガンガン行くタイプですからマギウスジェットスラスタ……それもメインスラスタとある程度自由に噴射方向を動かすことが出来るサブスラスタの2種類が必要ですね」

 

 『V字アンテナは浪漫』や『デュアルアイ VS モノアイ』、『追加装備(オプションワークス)を使いこなせる汎用性』といった要件定義を組み立てていくエルとアル。彼らの頭にあるのはかつて永遠に失われたとされる樹脂性の置物の姿だった。彼らの原動力であるそれを今こそ再現しようとペンを高速で走らせていた2人だったが、ダーヴィドの声にぴたりと作業が止まる。

 

「どうしました?」

 

「ディー達がとびきりの来客を連れてきた。恐らくおめぇらが目的だろ」

 

 『とびきり』という言葉に首をひねるエル達に、ダーヴィドは『ジルバティーガ』だと告げる。その言葉を聞いたアルは即座に作業場のスペースを空けるように号令を出しながら机の上の片付け始めた。

 数分ほど騒々しい音が工房中を駆け巡り、なんとか幻晶騎士(シルエットナイト)が十分に駐機できるほどのスペースを開けるとアルは近くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)に紅茶の用意をするように指示する。

 

「えぇ!? 先王陛下にお出しするとかレベル高いっすよ!」

 

「僕達の上司にお茶1つ出せないとかそれこそマズいです! あー、もう僕がやります」

 

 そういうとアルは即座に工房の隅に存在するアルの作業場(すみか)に飛び込み、本棚の奥に隠していたお高い茶葉を引っ張り出してから作業場を飛び出すと、ダーヴィドに近づいて一言二言話してから工房奥に引っ込んだ。工房の奥は休憩スペースの他に簡易的なキッチンになっており、アルは手早く湯を大量に沸かすとティーカップなどの茶器と『ダーヴィド秘蔵の香りが良い酒』と上質な砂糖を用意する。

 

「アンブロシウス先王陛下、直接いらっしゃるとは何事でしょうか?」

 

 砂糖をティースプーンで掬って上から酒を微量垂らしているアルの耳にエルの声が聞こえたので、ジルバティーガの騎操士(ナイトランナー)であるアンブロシウスが到着したことを察したアルが湯や茶器をカートに載せると小部屋から飛び出した。扉が激しく開け放たれた音に気付いたアンブロシウスは、アルの鬼気迫る様子に少し引きながら手で『待った』をかける。

 

「アルフォンス。茶を出してくれるのは嬉しいが、時は急を要する。ひとまずそれは返して集まってくれ」

 

 いつもの朗らかな口調とは違った真面目な声色にアルは素早くカートを戻すと他の団員と共に会議室へ向かう。全員が集まったことを確認したアンブロシウスは咳払いをし、『これより伝えるのは王命である』と力強く宣言する。

 

「無論、これより話すのは他言無用である。……アルフォンス、フレメヴィーラ全土の地図はないか?」

 

「はっ、ここに」

 

 アンブロシウスから地図を所望されたアルは会議室にある数多の地図の中からフレメヴィーラの全域が書かれた地図を引っ張り出して皆に見えるように壁に貼り付けた。地図を見たアンブロシウスは指でとある場所を示しながら『ここに巨樹庭園(ギガントガーデン)と呼ばれる場所がある』と話し始めた。

 

「この森との境目に存在している要塞にシェルケース種が群れを為して侵攻して来た。詳しくは言えぬが、その要塞は重要な土地を守護してあるためなんとしてでも守らねばならん。群れの規模も分からんし、あそこに居るアルヴァンズの状況も連携が取れておらぬ。……ここまで言えば分かるか?」

 

 殻獣(シェルケース)。簡単に言えば群れを作る昆虫のような魔獣である。

 一般的には法撃1発で消し飛ぶような弱さの個体なのだが、群れの数は一番小さい群れでも百ではきかないほど多く、さらにはそれぞれの役割に特化した上位の個体も混ざっているらしく、群れの規模によってかなり脅威度が変わる魔獣である。

 相手や味方の情報が完全に分かっていない以上、防衛をする場合は一刻も早く現地に到着して連携するのが最善だとエルはダーヴィドの方を振り返ると指示を下した。

 

「……親方、先にキャリッジの用意をお願いします。セッティングは2式の赤1号で」

 

「分かった。お前ら、一先ずツェンドリンブルのチェックとキャリッジの用意だけするぞ」

 

 ダーヴィドの声に騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は会議室を降りると最大戦速での幻晶騎士(シルエットナイト)の輸送と重武装を両立させた『対師団級』を想定した荷馬車(キャリッジ)の設定に取り掛かり、アルも各中隊長に今回使用する追加装備(オプションワークス)を聞いて回ると手すり越しにダーヴィドに伝達した。

 慌しいが、着実に準備を進めている工房の様子にアンブロシウスは練度の高さに感嘆の声を上げるが、『重要な拠点の正体』についてエルと、ついでにアルにも話しておこうと2人を招集する。

 

「エーテルリアクタのことを聞き出そうとしたおぬしと同志であろうアルフォンスだけに伝えておこう。今回襲撃を受けた場所の後ろにはアルフヘイムと呼ばれる地帯があってな。そこは我が国におけるエーテルリアクタの生産地なのだ」

 

「他に生産地はないのですか? また、生産地というには職人の方もいらっしゃるはず。退去は?」

 

「生産地は他にない。退去についても……偏屈ゆえに望み薄だろうな」

 

 アルの問いに答えていくアンブロシウスの側で歯軋りの音が聞こえた。その音に振り返ったアルの目には怒髪天を突くと言う言葉が似合うほどに怒り狂った形相を浮かべたエルの姿が飛び込んできた。そんなエルは、そのままの状態で口速に今回の作戦の概要を伝え、珍しく怒り狂った形相によって団員全体を戸惑わせた後は速やかに工房へ降りていった。そんな台風のような出来事を目の当たりにして固まってしまった団員全員をアルが手を叩くことで再起動させる。

 

「第3中隊は速やかに搭乗してください。キャリッジの接続作業をお願いします! 各中隊は武器の用意を! 長期戦も予想されるので予備の携行やキャリッジに積み込むことも忘れずに。……あ、キャリーさん。僕のフォートレスの運搬をお願いします」

 

「分かったわ。ヘルヴィ、そういうことだから一旦隊から抜けるわね」

 

 キャリーと呼ばれた緑髪の女性はアルの頼みに了承すると、隣のヘルヴィに中隊の指揮下から一時的に抜けることを伝達する。彼女は第3中隊の中で指折りの実力の持ち主で、ごくたまーにツェンドリンブルを暴走させることはあるが、荷馬車(キャリッジ)を繋いだ状態での操縦が上手く、荷台から射撃を行えるフォートレスの性能を活かすために必要な人員だった。

 アルはヘルヴィの許可をとったキャリーと共に階下へ降りると、『火力を昇天するペガサスのように盛った装備』を使おうとしているエルを横目に見ながらパッチワークスに搭乗する。

 

「パターンアイデンティフィケータ着剣。エーテルリアクタ両基とも駆動。マナ・プールチェック、スクリプトチェック。ステータス全て正常」

 

 鍵である銀の短剣をスリットに差し込みながらアルは確認したことを復唱しながら計器を弄る。その方が格好良いからというのもあるが、今回は初の王命による実践である。少しでも平常心を取り戻したいが故の行動だった。

 

 やがてパッチワークスが目覚めると、操縦席に居るアルの耳にツェンドリンブルの運搬用装備が荷馬車(キャリッジ)の接続部を掴む音や、赤1号という設定に従ったカルディトーレ達のいつも以上に重そうな足音が聞こえてくる。その音に先ほどまでアルの中にあった緊張感も謎の高揚感にすっかり変化していた。──準備完了だ。

 

「副団長君、準備できたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そうしていると、アル専用の荷馬車(キャリッジ)であるフォートレスを繋いだツェンドリンブルがパッチワークの正面にやってきたので、アルはパッチワークが座っている付近にある『エルやアルしかまともに運用できない装備』や『運用しやすいように整形した板状結晶筋肉(クリスタルプレート)』を山のようにフォートレスに積み込むと、最後にパッチワーク自身を積み込んでキャリーに工房を出るように伝える。

 

「ほう、たしかに期待をかけてきたわけじゃが……。想像以上よ」

 

 準備に取り掛かってからわずか30分でフル装備の騎士団が出立可能な状態になるという予想の斜め上をいく結果に、アンブロシウスはエルとアルの頭の中を本気で調べたくなったが、それをひとまず横においておく。

 

「銀鳳騎士団、総勢3個中隊余り、全て出撃準備が整いました。先王陛下、お下知を」

 

「見事なり! しからば諸君、この戦いには我が国の命運がかかっていると心得よ。皆の奮戦を期待する! 出陣である!」

 

 ジルバティーガを荷馬車(キャリッジ)に飛び乗らせたアンブロシウスはジルバティーガの槍を高々と掲げながら宣言すると、馬蹄の音を轟かせながらツェンドリンブルが一斉に走り出す。目的地は事前にアンブロシウスから通達されているフレメヴィーラ王国の西南部にある『アルチュセール山峡関要塞』。普段の警邏とは異なる銀鳳騎士団が誕生して初の大規模作戦がこうして幕を上げた。

 

「なぁ、銀色小僧の職場に連絡いれとかねぇとまずいんじゃねぇのか?」

 

 実働部隊の出立を見送っていたダーヴィドが思い出したかのように呟いた一言に、一息入れようとだらけ始めた騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊は一斉に『あっ!』と言うと工房は再び大わらわになったのは内緒である。

 

***

 

 街道を大勢のツェンドリンブルが駆ける。普通の騎馬ならば道の隅っこに避ければ良いのだが、図体の大きいこの機体をすぐに回避するのは一般人や商人には厳しいだろう。だが、銀鳳騎士団の騎士団長と副団長がそんな人命に関わるような根本的な問題を見過ごすわけがなかった。

 

「緊急車両が通過しまーす! 緊急車両が通過しまーす! はーい、ゴンドラ通りまーす! 轢いても保険降りませんよー!」

 

 先頭のツェンドリンブルが曳いている荷馬車(キャリッジ)から銀製の棒が伸び、その先にあるむき出しの眼球水晶の下に無理やりくっつけられた幻晶騎士(シルエットナイト)用の伝声管から大声が響く。──言うまでもなくアルの声だ。

 

 アルの専用荷馬車(キャリッジ)であるフォートレスは、現在エルが搭乗している『戦馬車(チャリオット)荷馬車(キャリッジ) 三式装備』──正式名称が長いので、戦馬車(チャリオット)と呼称されるそれとは異なった進化を遂げていた。荷台に備え付けてある連射式の大型魔導兵装(シルエットアームズ)はそのままに、荷台を覆う金属板を取り外せるように細工を施したり、荷台内部にある魔力転換炉(エーテルリアクタ)の魔力で板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を充填する設備を搭載したりと簡易拠点化を目指した造りになっている。

 これは、指揮や後方支援といった役回りをエルかアルのどちらかがやらなければならないとダーヴィド達が提案した強化プランで、なんでも『銀色坊主と比べたら麦粒ぐらいまともだから指揮やれ』と散々な物言いの結果だったりするが、アルとしてはこの強化は結構気に入っていたりする。

 

 そんな彼がフォートレスに備え付けられた偵察機器『リーコン・アシブル』で進行方向の先に居る商人や通行人を発見次第、片っ端から注意喚起をしているので今のところは行軍で発生した死傷者は出ていない。一同はそのまま速度を緩めずに行軍を続けていたが、アルは道の先に『手を振っている金色に光る幻晶騎士(シルエットナイト)』を見つけた。

 しかもよく見ると獅子の顔を開けて騎操士(ナイトランナー)である大男がこちらに『おーい!』と大口を開けながら叫んでいる様子に、アルはこの国のトップ陣の非常識さに呆れながら後ろに速度を緩めるように伝える。

 

「先王陛下、エムリス殿下が仲間になりたそうに必死にアピールしてますけど?」

 

「捨て置け。……速度はそのまま緩めた状態でな。どうせ無理やりついて来るわい」

 

 荒ぶる車体や馬蹄の音の中で会話するために叫ぶような声量でアンブロシウスは前方の金色の幻晶騎士(シルエットナイト)を無視するように指示した。そのまま全速ではなく、常歩の状態でツェンドリンブルの群れが金色に光る幻晶騎士(シルエットナイト)──ゴルドリーオの側を通り過ぎると、あろうことかゴルドリーオは最後尾についているエルの戦馬車(チャリオット)に無理やり指をかけてへばりついた。

 

「ちょ、じいちゃん! なに無視してんだよ! 銀の長、少し乗せてもらうぞ」

 

「殿下ー、無賃乗車はやめてくださいよー」

 

 最後尾で文句を言いながらも着いてくる気満々のエムリスに、アンブロシウスは『な? あやつも誰に似たのかのぉ』と、恐らくリオタムスやクヌートが聞いたら『あなたです』と容赦のない事実の刃をアンブロシウスに突き付けるほどの文句を呟くとアルに加速を命じた。

 

 その後、1人乗りの戦馬車(チャリオット)に無理やり乗っかっている状態のエムリスの発する恐怖というよりもむしろ興奮しているような声をBGMに銀鳳騎士団は無事にアルチュセール山峡関要塞からかなり離れている宿場町まで進んだ。このまま進めば1時間もしないうちに辿り着くが、すでに辺りは暗くなっている。これ以上の行軍は第3中隊の精神的疲労や、殻獣(シェルケース)種以外の魔獣もアルチュセール山峡関要塞に招いてしまう恐れがあることから、本日はここで作戦を練りながら身体を休めることに決定した。

 

「ではこれより作戦会議を始めます。アルー、要塞周辺の地図は出来てますか?」

 

 仮設された大型テントの中で割かし冷静になったエルが手を叩きながら必死に地図を描いているアルの方を見やる。その急かすような口ぶりに、アンブロシウスから細かな地形を聞いて地図を作製するという役回りを無理やり押し付けられたアルが憤慨する。

 

「だからこういうことすぐ僕に頼るのやめてくださいよ!」

 

「アルフォンス、そこは門じゃ」

 

 そのまま腹いせにペンを投げようとしたアルにアンブロシウスが地図の内容を冷静に指摘すると、アルは一気に熱が冷めたように『はい』と返事をしながら黙々と修正作業に入る。そんな『NOと言えないほにゃらら』といった様子に騎士団員達は不憫そうな視線をアルに送る。

 

「出来ましたよ」

 

 ようやく出来た地図がアルの手で広げられる。アルチュセール山峡関要塞は巨樹庭園(ギガントガーデン)と呼ばれる幻晶騎士(シルエットナイト)よりも巨大な樹木で生い茂った森の外縁形に築かれた防御に特化した拠点である。なので、巨樹庭園(ギガントガーデン)と要塞の間には銀鳳騎士団の実働部隊全員が余裕を持って暴れられる広大な空間があり、高所にも幻晶騎士(シルエットナイト)が陣取って法撃を一方的に放つことができるような人間側にとっては有利過ぎる立地になっている。

 しかし、現在要塞に向かっているのは殻獣(シェルケース)種である。数に物を言わせた倒しても倒してもわいてくる魔獣の侵攻なぞ、苦戦するに決まっている。

 

(群れを作って多種多様な個体が居る……○ちゃん呼ばなくちゃ!)

 

 アンブロシウスが突入地点などを説明している最中、『どこかのゲームの敵』を思い出したアルの頭の中ではずっと『ブリーフィングで流されているようなBGM』が鳴り響いていた。

 

「では、第3中隊がキャリッジを曳きながら門まで進行。キャリッジを切り離したらキャリーさん以外はヘルヴィさんの指示で遊撃を開始してください」

 

「すぐそこまでシェルケースが来ていたらどうするの?」

 

「その場合は倒しながら突き進んでください。陣形はアルを最後尾にして連射式シルエットアームズで数を減らしましょう。アルはリーコンをずっと起動していてください」

 

 アンブロシウスから引き継いだエルが最終的な作戦を団員達に伝達する。

 まず、ツェンドリンブルの突破力を用いてメインの幻晶騎士(シルエットナイト)戦力である第1と第2中隊をアルチュセール山峡関要塞の門まで到達させる。その後、第1中隊は要塞の守護と第2中隊の援護に分かれて魔獣の群れを駆逐する。

 荷馬車(キャリッジ)を切り離した身軽なツェンドリンブルも突撃や手持ち式の魔導兵装(シルエットアームズ)を使用して魔獣後方への遊撃を行う。その作戦にエル達が悪ふざけで量産したナンブを両手に装備させたツェンドリンブルの騎操士(ナイトランナー)達は『任せろ』と言わんばかりに顔をニヤつかせる。

 

「アルは要塞守備組と最前線の間を陣取ってください。補給地点兼指揮所にします」

 

「了解」

 

 エルの指示にアルは素直に頷く。ゴルドリーオとジルバティーガの失敗から銀鳳騎士団のカルディトーレ達には腰回りに板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を差し込むポーチが増設された。これによりアルのフォートレスが持つ板状結晶筋肉(クリスタルプレート)への魔力充填設備の力でカルディトーレはある程度だが魔力を気にしなくとも戦うことができる。

 だが、フォートレスに積まれている設備は最低限なので、そこら辺はアルや現場の中隊長達の指揮が必要になってくる。つまりエルから仰せつかったアルの立場は、実働部隊の指揮官兼補給要員というなんともちぐはぐな役だった。

 

「動きとしては弾幕を張りながらリーコンで偵察、勢いが落ちている部分に増援を呼びかけるといった声かけをしてください。で、大型が出た場合は優先的に撃破を」

 

「肝心の兄さんは? どうせアディ達を連れてお祭りとかぬかすんでしょうけど」

 

「えー……と、その……レーザー○ークトを」

 

 アルの分かりきったかのような雰囲気を出しながらエルに質問を投げかける。すると、エルはしどろもどろと『某ゲームで使われた敵をかき分けながら最重要破壊目標を破壊する用語』を持ち出してきた。おそらく、殻獣(シェルケース)の集団を抜けながら総大将である個体を潰すつもりだろうと先ほどの用語から推測したアルは何も言わなかった。

 銀鳳騎士団の中で『一番ツェンドリンブルの操作に長ける騎操士(ナイトランナー)』、『一番高火力が出せる装備を持つ熟練の騎操士(ナイトランナー)』は恐らく、現在進行形で『やはり電磁投射砲作った方が良いのかな』と危ないことを言っている騎士団長とその騎士団長の両隣で先ほどの用語が何のことなのか話し合っている双子しか居ない。

 

「分かりました。では兄さん達はディーさん達が戦い始めたタイミングで総大将……この場合は女王個体なんですかね? それを撃滅してください」

 

「分からん。なにしろ巣分けは100年単位じゃから記録も曖昧なのが多くてな。なんでも法撃を放ちながら空を飛ぶ指揮官のような個体が群れの統率をしておったという眉唾な記録もあったぐらいじゃ」

 

 記憶を洗い出しながら微妙な顔をしたアンブロシウスは一旦思考の海から身体を引き上げると、早朝の出撃に向けて当直以外の休息を命じた。それに従い、エル達や騎士団員は一旦自分の機体に戻っていくが、しばらくの間、抑えきれぬ大規模な実践の予感に身を震わせていた。

 

***

 

 宿場町全体がいまだ寝静まっている夜明け前。テントの中でアルが出撃準備を始めていた。いつもの肩が露出した服を脱ぎ、鎖帷子を着込む。その上に頑丈な革服を纏い、下は短パンスタイルではなくズボンのように裾の長いものに履き替え、最後に頑丈そうなブーツを履き靴紐をしっかりと結ぶことでアルの着替えは終わった。

 

「次は装備」

 

 アルが小さく呟くと、着替えの横に置いていた装備達に目を向ける。アルがバトソンに作ってもらったガントレットの『アガートラーム』を装着し、大振りのナイフが仕舞われているナイフシースを左胸に固定する。ナイフ術などがからっきしのアルだが、あって困るより無くて困る方が性質が悪いので、取り付けた後は数度ほどナイフを抜いて構えるという動作を不安そうに繰り返した。

 さらに双眼鏡とアルチュセール山峡関要塞の地図を挟んだ板を首から釣り下げ、最後にアンブロシウスから賜った黒鱗獣革鎧(ブラックスケイルレザー)を羽織ったアルがテントの外に出る。すると、既に準備を終えている騎士団員がそれぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)に搭乗しており、後はアルを残すのみという状態になっていた。

 

「では、皆さん。このテントを全て片付けられるように生きて戻りましょう」

 

 今回使用したテントは片付ける時間も惜しいためにそのまま放置する予定だ。エルは全員欠けることなくテントを全て片付けられるように騎士団員に檄を飛ばすと、それぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)が獲物を片手に戦意を漲らせている。

 その間にパッチワークの操縦席に納まったアルは、騎士団員の幻晶騎士(シルエットナイト)やゴルドリーオ、ジルバティーガを見て準備完了の合図を出すと、エルのトイボックスが戦馬車(チャリオット)に搭載された大型魔導兵装(シルエットアームズ)である『轟炎の槍(ファルコネット)』を高らかに打ち上げた。

 

「銀鳳騎士団前進! 目標、アルチュセール山峡関要塞!」

 

 その声と共に銀鳳騎士団は戦場に向かってツェンドリンブルを走らせた。

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