思い返せば鮮烈な記憶が刻み込まれた結婚式から早数日が過ぎた。アルの勲章とも言える顔面の怪我も割かし良くなり、その間も銀鳳騎士団は通常通りの業務に日々追われていた。
「ヘルヴィ、もうちょっと丁寧に下ろしてくれ!」
「ごめん」
周囲の森と一体化した演習場ではツェンドリンブルの切り離した
「ディータイチョがまた転んでおられるぞ!」
「待て! 今月に入ってまだはじめてだから別に良いだろう!?」
「ディータイチョ、今月は転ばない方に賭けてたのにあんまりっすよ」
人知れず賭けの対象に使われていたことにげんなりしていたディートリヒだったが、ふとグゥエラリンデの首をめぐらせながら第1から第3中隊の練習風景を見て『様にはなってきたね』と呟いた。
少し前までは機動力の要である第3中隊は空の
第1中隊も展開の速度に磨きがかかり、第2中隊もグゥエラリンデの突出した突進力で出来た穴を広げる陣形を中隊独自で編み出して的確に運用できるようになった。
「ふむ、中々良い修練をしているではないか。さすがはエルネスティが率いる者達よ」
「ははは、騎士団長殿に比べれば私達など……物の数……にも……」
そんな中、グゥエラリンデの後方から声がかかる。その声に反応したディートリヒがグゥエラリンデを振り返らせながら謙虚な対応を見せるが、その声は次第に小さくなっていき、最終的にはグゥエラリンデと共にディートリヒの身体は硬直した。そして、その様子を見ていた第1から第3中隊も同様に声の主が再び声をかけるまでその場に固まってしまった。
***
「どうだ? エル」
「そうですねぇ。あ、アルありがとうございます」
砦にある工房の一角ではバトソンがトイボックスの胸部装甲に向けて声をかけていた。すると、その声に反応してエルがトイボックスの胸部装甲を跳ね上げて外に出ると、トイボックスの腕にへばりついていたアルが書いていたメモを無言でエルに手渡した。エルがそのメモを見ると
「僕と同じ……あっと、ここもダメだったんですか。追加装備で新たに追加されたスクリプトのエラーで使用魔力が多くなってますね。これだと2基のエーテルリアクタをつけても焼け石に水ですね」
「新型のマギウスジェットスラスタは初期型に比べて燃費は良くなったけど、まだ厳しい状態だね。さっき動かしてもらった試作型のサブアームも挙動がぎこちないからまだ改良の余地はあると思う」
先ほどエル自身が
エルの突発的な思いつきを
「こうなると1から図面を引いたほうが良いですね。とりあえず要件定義からはじめますか」
「あ、その前にこれを見てもらっても良いですか?」
エルの願望が全て詰まったロボの図面を書こうとした矢先にアルがエルの行動を止める。そのままエルを机まで誘導したアルは、手に持った紙に図面を描き出した。その図面が出来上がるにつれ、エルの目は好奇心に染まり、バトソンから『正気かよ』という声が漏れる。
まずこの図面の主役は『
「なるほど。アームドベースですか」
「ええ、いざとなればこの追加装備を分離させればシルエットナイトが自由に動き回ることが可能です。さらに大型のシルエットアームズやマギウスジェットスラスタも搭載できるので、火力面や機動面が万全かと」
「魔力はどうするんだよ。そんなに沢山積んだらこの中にエーテルリアクタを複数積み込まないと足りないよ」
バトソンから言われたことを回答するようにアルは巨大な装備の下に大型の
「はい、このバッテリー。タンクと呼称しますが、クリスタルプレートを内部に敷き詰めて外を金属で覆います。あー、キャパシティフレームでもいいかな? 材質はともかく、これによって行動範囲や使用できるマナ・プールを伸ばすことができます。ちなみに、これも切り離すことを念頭に入れている設計ですから切り離して軽量化もできます。……もっとも、この場合だと切り離す場所を選ばないとゴミになったり、兄さんの場合は落下物が人に当たる恐れがあるのでそこらへんの問題をクリアすることになりますがね」
提案すると共にクリアすべき問題点を挙げたアルの言葉をエルは脳内で咀嚼する。確かに
まだ見ぬ相棒を求めるか、それとも今の相棒に手を加えるかを天秤にかけるエルに、アルはエルの耳元で『でも、兄さんって主人公機の乗り換えイベントとか好きっしょ?』とどこかギャルっぽい悪魔のささやきを行う。──その瞬間、エルは『もちろん!』という言葉と共にその悪魔のささやきに従った。
しかし、装備提案したと思ったらなぜか新型機開発の後押しをするという謎の行為に、バトソンは首を傾げる。
「……アル、なんでこれ提案したの?」
「え、普通に僕が考えた装備を自慢したかっただけですが、なにか?」
どうやら提案ではなく自慢だったことに、バトソンは『さいですかー』とここ最近で行ったため息の数を順調に1つ増やした。そうしている間にも創作意欲が滝を登る鯉のように突き上がっていくエルが、アルと共にそそくさとエル専用の新型機の構想を練る。
「複数の動力を持つことは必須ですね。ツェンドリンブルやパッチワークのような潤沢な魔力が欲しいです」
「トイボックスの戦い方を見るに、兄さんは機動力でガンガン行くタイプですからマギウスジェットスラスタ……それもメインスラスタとある程度自由に噴射方向を動かすことが出来るサブスラスタの2種類が必要ですね」
『V字アンテナは浪漫』や『デュアルアイ VS モノアイ』、『
「どうしました?」
「ディー達がとびきりの来客を連れてきた。恐らくおめぇらが目的だろ」
『とびきり』という言葉に首をひねるエル達に、ダーヴィドは『ジルバティーガ』だと告げる。その言葉を聞いたアルは即座に作業場のスペースを空けるように号令を出しながら机の上の片付け始めた。
数分ほど騒々しい音が工房中を駆け巡り、なんとか
「えぇ!? 先王陛下にお出しするとかレベル高いっすよ!」
「僕達の上司にお茶1つ出せないとかそれこそマズいです! あー、もう僕がやります」
そういうとアルは即座に工房の隅に存在するアルの
「アンブロシウス先王陛下、直接いらっしゃるとは何事でしょうか?」
砂糖をティースプーンで掬って上から酒を微量垂らしているアルの耳にエルの声が聞こえたので、ジルバティーガの
「アルフォンス。茶を出してくれるのは嬉しいが、時は急を要する。ひとまずそれは返して集まってくれ」
いつもの朗らかな口調とは違った真面目な声色にアルは素早くカートを戻すと他の団員と共に会議室へ向かう。全員が集まったことを確認したアンブロシウスは咳払いをし、『これより伝えるのは王命である』と力強く宣言する。
「無論、これより話すのは他言無用である。……アルフォンス、フレメヴィーラ全土の地図はないか?」
「はっ、ここに」
アンブロシウスから地図を所望されたアルは会議室にある数多の地図の中からフレメヴィーラの全域が書かれた地図を引っ張り出して皆に見えるように壁に貼り付けた。地図を見たアンブロシウスは指でとある場所を示しながら『ここに
「この森との境目に存在している要塞にシェルケース種が群れを為して侵攻して来た。詳しくは言えぬが、その要塞は重要な土地を守護してあるためなんとしてでも守らねばならん。群れの規模も分からんし、あそこに居るアルヴァンズの状況も連携が取れておらぬ。……ここまで言えば分かるか?」
一般的には法撃1発で消し飛ぶような弱さの個体なのだが、群れの数は一番小さい群れでも百ではきかないほど多く、さらにはそれぞれの役割に特化した上位の個体も混ざっているらしく、群れの規模によってかなり脅威度が変わる魔獣である。
相手や味方の情報が完全に分かっていない以上、防衛をする場合は一刻も早く現地に到着して連携するのが最善だとエルはダーヴィドの方を振り返ると指示を下した。
「……親方、先にキャリッジの用意をお願いします。セッティングは2式の赤1号で」
「分かった。お前ら、一先ずツェンドリンブルのチェックとキャリッジの用意だけするぞ」
ダーヴィドの声に
慌しいが、着実に準備を進めている工房の様子にアンブロシウスは練度の高さに感嘆の声を上げるが、『重要な拠点の正体』についてエルと、ついでにアルにも話しておこうと2人を招集する。
「エーテルリアクタのことを聞き出そうとしたおぬしと同志であろうアルフォンスだけに伝えておこう。今回襲撃を受けた場所の後ろにはアルフヘイムと呼ばれる地帯があってな。そこは我が国におけるエーテルリアクタの生産地なのだ」
「他に生産地はないのですか? また、生産地というには職人の方もいらっしゃるはず。退去は?」
「生産地は他にない。退去についても……偏屈ゆえに望み薄だろうな」
アルの問いに答えていくアンブロシウスの側で歯軋りの音が聞こえた。その音に振り返ったアルの目には怒髪天を突くと言う言葉が似合うほどに怒り狂った形相を浮かべたエルの姿が飛び込んできた。そんなエルは、そのままの状態で口速に今回の作戦の概要を伝え、珍しく怒り狂った形相によって団員全体を戸惑わせた後は速やかに工房へ降りていった。そんな台風のような出来事を目の当たりにして固まってしまった団員全員をアルが手を叩くことで再起動させる。
「第3中隊は速やかに搭乗してください。キャリッジの接続作業をお願いします! 各中隊は武器の用意を! 長期戦も予想されるので予備の携行やキャリッジに積み込むことも忘れずに。……あ、キャリーさん。僕のフォートレスの運搬をお願いします」
「分かったわ。ヘルヴィ、そういうことだから一旦隊から抜けるわね」
キャリーと呼ばれた緑髪の女性はアルの頼みに了承すると、隣のヘルヴィに中隊の指揮下から一時的に抜けることを伝達する。彼女は第3中隊の中で指折りの実力の持ち主で、ごくたまーにツェンドリンブルを暴走させることはあるが、
アルはヘルヴィの許可をとったキャリーと共に階下へ降りると、『火力を昇天するペガサスのように盛った装備』を使おうとしているエルを横目に見ながらパッチワークスに搭乗する。
「パターンアイデンティフィケータ着剣。エーテルリアクタ両基とも駆動。マナ・プールチェック、スクリプトチェック。ステータス全て正常」
鍵である銀の短剣をスリットに差し込みながらアルは確認したことを復唱しながら計器を弄る。その方が格好良いからというのもあるが、今回は初の王命による実践である。少しでも平常心を取り戻したいが故の行動だった。
やがてパッチワークスが目覚めると、操縦席に居るアルの耳にツェンドリンブルの運搬用装備が
「副団長君、準備できたよ」
「ありがとうございます」
そうしていると、アル専用の
「ほう、たしかに期待をかけてきたわけじゃが……。想像以上よ」
準備に取り掛かってからわずか30分でフル装備の騎士団が出立可能な状態になるという予想の斜め上をいく結果に、アンブロシウスはエルとアルの頭の中を本気で調べたくなったが、それをひとまず横においておく。
「銀鳳騎士団、総勢3個中隊余り、全て出撃準備が整いました。先王陛下、お下知を」
「見事なり! しからば諸君、この戦いには我が国の命運がかかっていると心得よ。皆の奮戦を期待する! 出陣である!」
ジルバティーガを
「なぁ、銀色小僧の職場に連絡いれとかねぇとまずいんじゃねぇのか?」
実働部隊の出立を見送っていたダーヴィドが思い出したかのように呟いた一言に、一息入れようとだらけ始めた
***
街道を大勢のツェンドリンブルが駆ける。普通の騎馬ならば道の隅っこに避ければ良いのだが、図体の大きいこの機体をすぐに回避するのは一般人や商人には厳しいだろう。だが、銀鳳騎士団の騎士団長と副団長がそんな人命に関わるような根本的な問題を見過ごすわけがなかった。
「緊急車両が通過しまーす! 緊急車両が通過しまーす! はーい、ゴンドラ通りまーす! 轢いても保険降りませんよー!」
先頭のツェンドリンブルが曳いている
アルの専用
これは、指揮や後方支援といった役回りをエルかアルのどちらかがやらなければならないとダーヴィド達が提案した強化プランで、なんでも『銀色坊主と比べたら麦粒ぐらいまともだから指揮やれ』と散々な物言いの結果だったりするが、アルとしてはこの強化は結構気に入っていたりする。
そんな彼がフォートレスに備え付けられた偵察機器『リーコン・アシブル』で進行方向の先に居る商人や通行人を発見次第、片っ端から注意喚起をしているので今のところは行軍で発生した死傷者は出ていない。一同はそのまま速度を緩めずに行軍を続けていたが、アルは道の先に『手を振っている金色に光る
しかもよく見ると獅子の顔を開けて
「先王陛下、エムリス殿下が仲間になりたそうに必死にアピールしてますけど?」
「捨て置け。……速度はそのまま緩めた状態でな。どうせ無理やりついて来るわい」
荒ぶる車体や馬蹄の音の中で会話するために叫ぶような声量でアンブロシウスは前方の金色の
「ちょ、じいちゃん! なに無視してんだよ! 銀の長、少し乗せてもらうぞ」
「殿下ー、無賃乗車はやめてくださいよー」
最後尾で文句を言いながらも着いてくる気満々のエムリスに、アンブロシウスは『な? あやつも誰に似たのかのぉ』と、恐らくリオタムスやクヌートが聞いたら『あなたです』と容赦のない事実の刃をアンブロシウスに突き付けるほどの文句を呟くとアルに加速を命じた。
その後、1人乗りの
「ではこれより作戦会議を始めます。アルー、要塞周辺の地図は出来てますか?」
仮設された大型テントの中で割かし冷静になったエルが手を叩きながら必死に地図を描いているアルの方を見やる。その急かすような口ぶりに、アンブロシウスから細かな地形を聞いて地図を作製するという役回りを無理やり押し付けられたアルが憤慨する。
「だからこういうことすぐ僕に頼るのやめてくださいよ!」
「アルフォンス、そこは門じゃ」
そのまま腹いせにペンを投げようとしたアルにアンブロシウスが地図の内容を冷静に指摘すると、アルは一気に熱が冷めたように『はい』と返事をしながら黙々と修正作業に入る。そんな『NOと言えないほにゃらら』といった様子に騎士団員達は不憫そうな視線をアルに送る。
「出来ましたよ」
ようやく出来た地図がアルの手で広げられる。アルチュセール山峡関要塞は
しかし、現在要塞に向かっているのは
(群れを作って多種多様な個体が居る……○ちゃん呼ばなくちゃ!)
アンブロシウスが突入地点などを説明している最中、『どこかのゲームの敵』を思い出したアルの頭の中ではずっと『ブリーフィングで流されているようなBGM』が鳴り響いていた。
「では、第3中隊がキャリッジを曳きながら門まで進行。キャリッジを切り離したらキャリーさん以外はヘルヴィさんの指示で遊撃を開始してください」
「すぐそこまでシェルケースが来ていたらどうするの?」
「その場合は倒しながら突き進んでください。陣形はアルを最後尾にして連射式シルエットアームズで数を減らしましょう。アルはリーコンをずっと起動していてください」
アンブロシウスから引き継いだエルが最終的な作戦を団員達に伝達する。
まず、ツェンドリンブルの突破力を用いてメインの
「アルは要塞守備組と最前線の間を陣取ってください。補給地点兼指揮所にします」
「了解」
エルの指示にアルは素直に頷く。ゴルドリーオとジルバティーガの失敗から銀鳳騎士団のカルディトーレ達には腰回りに
だが、フォートレスに積まれている設備は最低限なので、そこら辺はアルや現場の中隊長達の指揮が必要になってくる。つまりエルから仰せつかったアルの立場は、実働部隊の指揮官兼補給要員というなんともちぐはぐな役だった。
「動きとしては弾幕を張りながらリーコンで偵察、勢いが落ちている部分に増援を呼びかけるといった声かけをしてください。で、大型が出た場合は優先的に撃破を」
「肝心の兄さんは? どうせアディ達を連れてお祭りとかぬかすんでしょうけど」
「えー……と、その……レーザー○ークトを」
アルの分かりきったかのような雰囲気を出しながらエルに質問を投げかける。すると、エルはしどろもどろと『某ゲームで使われた敵をかき分けながら最重要破壊目標を破壊する用語』を持ち出してきた。おそらく、
銀鳳騎士団の中で『一番ツェンドリンブルの操作に長ける
「分かりました。では兄さん達はディーさん達が戦い始めたタイミングで総大将……この場合は女王個体なんですかね? それを撃滅してください」
「分からん。なにしろ巣分けは100年単位じゃから記録も曖昧なのが多くてな。なんでも法撃を放ちながら空を飛ぶ指揮官のような個体が群れの統率をしておったという眉唾な記録もあったぐらいじゃ」
記憶を洗い出しながら微妙な顔をしたアンブロシウスは一旦思考の海から身体を引き上げると、早朝の出撃に向けて当直以外の休息を命じた。それに従い、エル達や騎士団員は一旦自分の機体に戻っていくが、しばらくの間、抑えきれぬ大規模な実践の予感に身を震わせていた。
***
宿場町全体がいまだ寝静まっている夜明け前。テントの中でアルが出撃準備を始めていた。いつもの肩が露出した服を脱ぎ、鎖帷子を着込む。その上に頑丈な革服を纏い、下は短パンスタイルではなくズボンのように裾の長いものに履き替え、最後に頑丈そうなブーツを履き靴紐をしっかりと結ぶことでアルの着替えは終わった。
「次は装備」
アルが小さく呟くと、着替えの横に置いていた装備達に目を向ける。アルがバトソンに作ってもらったガントレットの『アガートラーム』を装着し、大振りのナイフが仕舞われているナイフシースを左胸に固定する。ナイフ術などがからっきしのアルだが、あって困るより無くて困る方が性質が悪いので、取り付けた後は数度ほどナイフを抜いて構えるという動作を不安そうに繰り返した。
さらに双眼鏡とアルチュセール山峡関要塞の地図を挟んだ板を首から釣り下げ、最後にアンブロシウスから賜った
「では、皆さん。このテントを全て片付けられるように生きて戻りましょう」
今回使用したテントは片付ける時間も惜しいためにそのまま放置する予定だ。エルは全員欠けることなくテントを全て片付けられるように騎士団員に檄を飛ばすと、それぞれの
その間にパッチワークの操縦席に納まったアルは、騎士団員の
「銀鳳騎士団前進! 目標、アルチュセール山峡関要塞!」
その声と共に銀鳳騎士団は戦場に向かってツェンドリンブルを走らせた。