アルチュセール山峡関要塞の前では激戦が繰り広げられていた。
要塞前の広場ではカルディアリアで構成された小隊が殿として中破した機体や大破した機体から脱出した騎士を逃がすために奮闘し、その殿部隊を支援しようと要塞側からの法弾や投石が雨のごとく飛んできては兵士殻獣と言われる個体に着弾し、地面と魔獣の肉片を散らせている。
しかし、巨樹庭園から押し寄せてくる殻獣の軍勢は圧倒的で、防衛していたアルヴァンズは先ほどから要塞から飛んでくる支援や殿部隊の奮闘は一切効果がないのではないかという錯覚に陥っていた。
「撤退状況はどうなっている!」
巨樹庭園から撤退したアルヴァンズのカルディアリアや騎士が次々と城門に飛び込んでいく中、殿部隊を率いるゼルクスが僚機であるユンフ機やツーヴァ機を逃がすと迫りくる殻獣との距離に軽く舌打ちをする。本来ならばもう少し距離を開けた状態で撤退し、城門で殻獣を食い止める作戦だった。しかし、このまま行けばゼルクスが城門に到達すると同時に殻獣も要塞の中に雪崩れ込んできてしまう。最悪の状況を想定したゼルクスは意を決して叫んだ。
「門を閉じろ! ……デカブツの足を潰せば時間稼ぎは出来るか」
わずかな闘志を燃え上がらせながら覚悟を決めたゼルクスは手に持った魔導兵装を捨て、背中に背負っている巨大なハンマーを装備する。ラボの手がけたカルダトア・ダーシュやそれの発展形である最新鋭機をもらっておけばこのような事態にならなかったのではないかという『たられば』をゼルクスが夢想するが、もはや過ぎたことである。門が下りる音をかき消す殻獣の足音や振動を感じながらゼルクスは先頭に居る幻晶騎士の全高よりも巨大な上位個体、『砕甲殻獣』に意識を向ける。
「ぬおぉぉ!」
ゼルクスと砕甲殻獣の距離がぐんぐんと縮まり、ハンマーの間合いに入ったところでゼルクスが相手を叩き潰さんと雄叫びを上げながらハンマーを振り被ったその時。
遠方から飛来した炎の槍が砕甲殻獣の横っ腹に突き刺さった。突き刺さった炎の槍が爆発音とともに激しく炎上し、砕甲殻獣を瞬く間に灰に還す。その様子を間近で見ていたゼルクスが呆気にとられていたが、続く雷鳴のような馬蹄の音に振り向くと幻晶騎士の胴体と馬が合体した姿をした奇怪な機体が列を成しながら要塞に向けて走ってくるのが見えた。
「そうか! お前達が来てくれたか!」
その異質な機体とそれらが掲げている旗に書かれている『フレメヴィーラの紋章と剣を抱きながら翼を広げる銀の鳳』にゼルクスは喜びの声を上げながら城門に向かう。既に要塞の城壁から『彼等』が増援に来たことを確認した騎士達がゼルクスを中へ迎え入れるために固く閉じたはずの城門を開けようとしていた。
しかし、背を見せて走っている無防備な敵を殻獣が見逃すわけがなかった。弱った獲物を逃がさんとばかりに兵士殻獣や砕甲殻獣の混ざった集団が走るゼルクス機を追いかける。
「くそっ! しつこい!」
ゼルクスは殻獣を思うように振り切れず、殻獣もまたゼルクスに追いつけないという『生死を賭けた追いかけっこ』の様子を繰り広げていたが、その追いかけっこは先ほど見えた人馬型幻晶騎士──ツェンドリンブルからの法撃で中断された。
ツェンドリンブルの持つ単発の火の玉を射出する魔導兵装『炎の槍』が進行ルートの兵士殻獣を一掃し、その隙間に入り込もうとする兵士殻獣を今度はナンブを両手に持ったツェンドリンブル達が炎系統の法弾を連続で叩き込む。すると、まるで殻獣の死骸で形成された血生臭い花道が出来上がったので、荷馬車を曳いたツェンドリンブル達は陣形を変更しながらそこに飛び込んでいった。
「そこのカルディアリアさん。乗っていきます?」
横を通っていくツェンドリンブルの群れについ走るのを止めてしまったゼルクス機の横から声がかかる。ゼルクスが声の主を確認すると、全身を追加装甲でゴテゴテに盛った幻晶騎士が手を差し出していた。その忘れもしない出で立ちにゼルクスは少し笑うと手を差し出してきた幻晶騎士の手を掴んで荷台に乗せてもらう。
「すまないな。アルフォンス」
「おや、その声はゼルクスさんでしたか。お久しぶりです」
再び走り出す荷台の上で手を差し出してきた幻晶騎士──パッチワークの操縦席に座っているアルは懐かしそうに声を上げる。彼のフォートレスは現在ツェンドリンブル達の一番後ろを走行しており、進行方向の反対を向けば兵士殻獣が我先に突撃してくる様子が幻像投影機に映る。だが両者の速度は雲泥の差があり、このまま行けば振り切ることも容易なのだが、アルはあえてダメ押しの一手を実行する。
「このまま後ろの集団を蹴散らします。進路はそのままで」
「了解!」
アルが前方のキャリーに声をかけながら荷台に被せているカバーを取り去ると、とても幻晶騎士の手に収まらないほどの長大な魔導兵装が姿を現す。アルはその魔導兵装に備え付けられた取っ手にパッチワークの手をしっかりと握らせて引き金を引くと、フォートレスに組み込まれた魔力転換炉に繋がっている銀線神経が魔導兵装の基盤に触れた。すると、先ほどツェンドリンブルが放った炎の槍よりも大きい火の玉が連続で放たれ、追いかけてくる兵士殻獣の群れに着弾した。
「敵の大群目掛けてふふふーん」
「副団長君、そろそろ到着するよ」
本来の使い方ができてご満悦のアルが順調に兵士殻獣を消し飛ばしていると前方のキャリーから声がかかる。しかし、手を抜くと瞬く間に殻獣が進んでくるので、同乗しているゼルクスに『損傷が少ない味方も連れてきてください』と伝えてアルは前線を構築するまでの暇を作る作業に戻る。なにしろこれから行われるのは防衛戦である。動員できる人は全て出してほしいというアルの頼みに、ゼルクスのカルディアリアは荷台から飛び降りると門に向かうジルバティーガと共に要塞の中へ入っていった。
「それでは皆さん、打ち合わせどおりお願いします! こちらからも指示を出します」
「応! 第2中隊、前進!」
切り離された荷馬車から銀鳳騎士団のカルディトーレが固定用の鋼線を跳ね飛ばす独特の音を立てながら続々と立ち上がる。
当初の予定通り、白の十字が描かれている第1中隊のカルディトーレが2手に分かれて陣形を整えている間にディートリヒは第2中隊に指示を出すとグゥエラリンデに備え付けられた肩の魔導噴流推進器を動かす。魔導噴流推進器の反動を受けて尋常じゃない加速によってグゥエラリンデと殻獣の距離がぐんぐんと縮まる中、ディートリヒは冷静に操縦桿を動かすと真紅の騎士は装備している肉厚の剣を軽々と振り回して通りすがりの兵士殻獣を甲殻ごと断ち切っていった。
「ディータイチョに続けー!」
そんなディートリヒの通り過ぎた小さい穴を赤い十字が描かれた第2中隊のカルディトーレが盾といった防御装備を一切していない、ある意味男らしい装備で押し広げていく。そんな彼らのさらに後ろをエドガー率いる第1中隊のカルディトーレが第2中隊を援護するべく追いかけた。
「ディー! いくら性能が高くとも遠距離攻撃する敵への注意を疎かにするのは迂闊だぞ」
「あ、ああ。ぬぅっ……すまない、助かった」
砕甲殻獣を篭手に搭載しているライトニングフレイルで仕留めたグゥエラリンデをアルディラットカンバーが唐突に押しのけた。装備しているフレキシブルコートを巧みに操作して、他の上位個体の『撃刺殻獣』が大気圧縮の魔法を用いて自身の棘を飛ばす遠距離攻撃からグゥエラリンデを守るとディートリヒに指摘しながら未だに棘弾を放っている撃刺殻獣を見つめた。
「アルディラットカンバーの盾! たやすく破れると思うな!」
アルディラットカンバーは撃刺殻獣の群れを屠るべく、フレキシブルコートを細かに動かしながら迫り来る棘弾の嵐に真っ向から立ち向かう。鋭角に配置された装甲に棘弾が命中した甲高い音を響かせながら、アルディラットカンバーが突き進む。やがて、撃刺殻獣に格闘戦ができる間合いまでたどり着きそうになるが、その前に兵士殻獣が撃刺殻獣の前に立ちふさがった。
「ずいぶんと頭が良いな」
エドガーはその行動に殻獣の知能の高さを感じたが、そのままフレキシブルコートの裏側に仕込まれた魔導兵装で兵士殻獣を焼き尽くし、護衛の居なくなった撃刺殻獣に盾でぶちかまして粉砕する。
こうして第1、第2の混成部隊は殻獣の群れを前に怯みもせずに打ち破っていった。
***
「左右から大きいのが近づいています! 左は3機程で囲んでください! 右側はディーさんとエドガーさんで対処を」
そんな部隊の様子をフォートレスの偵察機器『リーコン・アシブル』が捉えながらアルは砕甲殻獣や対処法を自らも法弾を撃ちながら伝える。フォートレスの側には要塞から出てきた損傷が少ないアルヴァンズ所属のカルディアリアも合流しており、前衛の銀鳳騎士団が取りこぼした殻獣を屠りつつ、いつでも前衛を入れ替われるように待機してもらっている。
「おい、アルフォンス。そろそろあれを撃ちたいんだが?」
そんな時、アルヴァンズと共に殻獣を屠っていたゴルドリーオから不満げな声が漏れた。エムリスの言っている『あれ』とはゴルドリーオとジルバティーガに備え付けられた連結式の魔導兵装のことだが、こんな所で放つと前方で戦っている銀鳳騎士団にも被害が出ると考えたアルは、前線から下がるように伝声管で指示を送る。
すると、アルディラットカンバーとグゥエラリンデを後ろに第1、第2中隊が殻獣の群れを突破して戻ってくる。全員細かな傷ついているが、装甲が取れているといった大きな損傷がないことに一安心したアルは一旦アルヴァンズに待機してもらうと、傍でうずうずしているゴルドリーオに『ぶっ放してください』と許可を出した。
「おっしゃぁ! 咆えろ、ゴルドリーオ!」
咆えながらエムリスが操縦桿のボタンを押し込む。ゴルドリーオの背部にある魔導兵装が展開し、内部に紋章術式がびっしりと書き込まれた肩と連結する。ゴルドリーオの前に圧縮された大気が集まっていくという実験を行った際に発現した魔法現象を確認したアルは無事に合流した騎士団員やアルヴァンズに絶対にゴルドリーオの前に出ないように念を押した。
実際に実験を行ったエドガーとディートリヒは再度自分の中隊に『振りじゃないからな!』と念を押し、その念の入れようと魔法現象にアルヴァンズ達のカルディアリアは首を上下に振った。
「いくぜ! 『獣王轟咆』!」
エムリスが咆えた瞬間、圧縮された大気は指向性を持って解き放たれた。威力を極限まで求めた設計思想に基づいて作られた獅子の咆哮のごとき暴風に曝された殻獣の集団は、身体を分解させながら周囲に飛び散っていく。どこからどうみても生きている可能性は皆無だろう戦果と獣王轟咆の威力にエムリスは高笑いを上げた。
「ハッハッハッ! いいじゃねぇか、この威力ってうぉい! マナ・プール消し飛んでるぞ!」
「あ、その点に関しては問題ないです」
魔力貯蓄量が半分ほど消し飛んでいる事態にエムリスが咆えるが、それをアルはこともなさげにフォートレスに備え付けている充填装置から板状結晶筋肉を数個ほど抜き取る。ゴルドリーオの腰にあるポーチに先ほどの板状結晶筋肉を差し込み、エムリスの『魔力が回復したぞ!』という声を合図にパッチワークの腰に4つほど差し込んでいるマガジン用の板状結晶筋肉もゴルドリーオの魔力回復に使用した。
「……とまぁこんな感じで回復できるのでもう1~2発撃って下さい。その間に拠点化しちゃいますので」
「おう! 任せろ」
ゴルドリーオがサムズアップしながらフォートレスの前で仁王立ちをする。その間にアルはフォートレスの荷台を覆っていた装甲板を分解し、半円状の壁にするように装甲板内部にくっついているスパイクを地面に突き刺して固定していった。
「皆さん、今の内に魔力の補給をお願いします。使ったらすぐにプレートを抜いて充填装置に置いてください」
「分かった。魔力が少ないものから補給を開始しろ! 他の者は周囲を警戒! 殿下が周囲を根絶やしにしたとはいえ油断するなよ!」
エドガーの指示に魔力貯蓄量が少ないカルディトーレから順番に板状結晶筋肉をポーチに差し込んでは充填装置に戻すといった魔力の補充を行っていく。しかし、フォートレスに設置された設備で充填できる板状結晶筋肉の数が少ないせいか、魔力を求めるカルディトーレが列を作っている姿にアルは次なる改造案を頭に張り巡らせていた。
「では、アル。僕達もそろそろ行ってきます」
「はい、気をつけて」
補給地点の設営が完了すると同時に戦馬車に乗ったトイボックスがフォートレスの近くで停止して挨拶をしてくる。トイボックスは予定通りそのまま群れを一直線に突き進み、群れを率いている個体を撃破が目的で動いてもらうのだ。
アルは片手を上げながら前方で本日3発目の獣王轟咆を放ち終わったエムリスに後退してもらうと、大声でアルヴァンズに前線を維持するように指示を送った。
「銀鳳騎士団の諸君、感謝する! 皆、行くぞ!」
「アルヴァンズに栄光を!」
戦馬車が轟炎の槍を撃ち込んで殻獣の群れを消し飛ばしながら巨樹庭園の奥深くに駆けていくはるか後方、いまだ兵士殻獣が犇く地点にアルヴァンズは飛び込んでいった。
しかし、カルディトーレよりも性能が劣るカルディアリアが砕甲殻獣や兵士殻獣の群れを相手取るにはいささか力不足なので、アルはフォートレスの荷台から先ほどゼルクスが追いかけられている際に使用した長距離狙撃用の魔導兵装と銀製の筒を取り出し、魔力が充填されていない板状結晶筋肉を数個ほどポーチに差し込みながら装甲板の裏に隠れる。
「これ、まだ名前ついてないんですよね」
基本設計は変わっていないがはじめに作った学生の時から暇を見ては紋章術式に改修を加えているので、未だに正式な命名をしていない魔導兵装を前にアルは独り言を呟き、魔導兵装に取り付けられているスコープに接続されている銀線神経をパッチワークの頭部にある隙間にねじ込む。
銀線神経で経路が繋がったことを直接制御越しに確認したアルは、次に専用のコマンド自らの魔術演算領域で演算して流し込む。
すると、幻像投影機の中心にスコープが見ている映像と共にレティクルが表示された。
「周囲よし。動きよし。今っ!」
兵士殻獣に混じる砕甲殻獣を見つけたアルは静かに魔導兵装の穂先を獲物に向ける。誤射をしないように周囲のアルヴァンズの位置や動きを観察し、アルヴァンズに当たらないタイミングでアルは操縦桿のボタンを押し込んだ。
板状結晶筋肉1つ分という膨大な魔力を受け取った紋章術式は轟炎の槍より一回り小さい馬上槍のような形の炎弾を形成する。その槍は砕甲殻獣に向かってすさまじい速度で飛んでいき、進行上に居た兵士殻獣も巻き込みながら砕甲殻獣の腹部に深く突き刺さると、大きな爆発と共に凄まじい熱量を帯びた炎交じりの肉片を辺りに飛び散らせた。
「……彼があの時の演習に参加してなくて良かった」
「同感だ」
その威力を間近で見たユンフやツーヴァがカルダトア・ダーシュの演習でアルが出てこなくて良かったと頬をひくつかせていたが、そんな会話があったことなぞ知らずにアルはパッチワークの身体を素早く立てかけたフォートレスの装甲板の後ろに隠れる。
たった1発で充填していた魔力が全て使用された板状結晶筋肉を魔導兵装から取り外し、パッチワークの腰に差し込んでいる板状結晶筋肉を引き抜いて交換する。
このポーチは魔力の補給にも使えるが、板状結晶筋肉を差し込んでいる間は魔力転換炉の余剰魔力によって板状結晶筋肉内に魔力が貯蓄される。もちろん、魔力転換炉が1基しかないカルディトーレでは貯蓄する魔力は生み出せないが、魔力転換炉を2基積んでいるパッチワークは伊達ではない。
板状結晶筋肉の交換が済むと、パッチワークは再び装甲板の隙間から魔導兵装の穂先を最優先で排除しなければならない対象である砕甲殻獣に向けて法撃を続けた。
「あ、そろそろ耐久限界だ」
だが、そんな行動を数度もすると操縦席にアラームのような音が鳴り響いた。それに気づいたアルは再び装甲板の後ろに隠れると魔導兵装のカバーを外し、中から少し煙を吹いている銀製の筒棒を取り出すと近くに置いている銀製の筒棒に交換してカバーを閉じる。板状結晶筋肉も新しいのに変え、いざ法撃しようとしたパッチワークの目の前を装甲板の隙間を潜り抜けた棘弾が通り過ぎた。
「あっぶな!」
その光景にパッチワークを再び装甲板に退避させたが、棘弾がガンガンと装甲板を叩く音がアルの耳に届く。様子を探ろうとアルが幻像投影機の表示させていたスコープからの映像を直接制御でリーコン・アシブルから届く映像に切り替えた。
「うわ、こっちに気づいてる。ヘルヴィさん、横っ面ひっぱたいてください」
撃刺殻獣の群れがこちらに向けて棘弾を大量に飛ばしている様子に、『ヘイト稼ぎ過ぎた』と歯噛みしながらヘルヴィに遊撃指示を送る。
すると、1分もしない内にカウンターウェイトで備え付けていた可動式の盾を前面に押し出したツェンドリンブルの集団が殻獣の密集地帯に突撃。ツェンドリンブルの進路上に居る殻獣のことごとくを蹂躙していった。
さらに、ヘルヴィをはじめツェンドリンブルの操縦が上手い数人がアディやキッドがツェンドルグで行ったように牽引用装備を用いて数匹の砕甲殻獣を曳きまわしながら戦場から離脱していく。
「そろそろアルヴァンズは下がってください! 第1、第2中隊は突入して撤退支援の後、戦闘開始!」
砕甲殻獣という目に見える脅威が減った今が撤退時だとアルが伝声管でアルヴァンズの撤退を指示し、機体性能も鑑みてエドガー達にも突入させる。銀鳳騎士団とアルヴァンズを交互に運用することでなんとか戦線の崩壊を食い止めたアルは息を深く吐きながら地図と現在の防衛線の具合を確認していたが、唐突に硬質な何かが地面に落ちる音が聞こえた。
「あれ、なんで映像が」
「副団長君、これ! いきなり法弾みたいなのが飛んできてこれが!」
突然パッチワークの幻像投影機の映像が途絶えたことに不思議に思ったアルに、キャリーがツェンドリンブルの手に何かを持って叫ぶ。
それは、アルが今まで空高くに伸ばしていたリーコン・アシブルだった。銀製の棒が熱で溶断されており、地面に落ちた拍子に外部へ指示を送るために必要な機材や眼球水晶がボロボロになっている偵察機器に、アルは『偵察してることが分かったんですか!?』と声を荒げる。
魔獣は昆虫型や獣型と様々な姿をしているが、例外を除けば野生動物である。群れを作ることはあってもそれは餌を効率よく取るためや種を繁栄させるのに必要なことであって、そこに人間のような戦略や戦術を看破する思考は一切持たない。
予想外の事態に声を荒げながらも、野生の勘で潰されたのかもしれないと『敵が考える頭を持っている』という疑惑を頭の隅に追いやっているアルへ追い打ちをかける報告がアルヴァンズによってもたらされた。
「アルフォンス殿! やつらの勢いが!」
アルヴァンズのカルディアリアが指を指している方向を見ると、巨樹庭園の奥から無数の殻獣がこちらに進行してくる風景が映った。偵察機器の破壊とそれを見計らったタイミングでの突撃、アルの脳裏にはそれが偶然とは到底思えなかった。
「すみません。アルヴァンズの皆さんと…………殿下も増援お願いします」
「おぉう! お前ら行くぞ!」
「固まって動いてください! いいですか? 振りじゃないですよ!」
しかし、このまま手をこまねいていると戦線が崩壊するのは火を見るより明らかだ。アルは待機しているアルヴァンズと十数秒にも及ぶ長考の末に、エムリスを前線に上がらせる指示を出しながらフォートレスの荷台に着く。
正直言ってエムリスは最重要人物なので、危ない時のマップ兵器という役割をしてもらおうと思っていたのだが、乱戦時にもろともマップ兵器を使うほどアルの頭はバーサークしていない。素の防御能力もアルディラットカンバーよりもあるので滅多なことにはならないだろうし、なにより勝手に前線に行ってしまうよりはましだろうと考えながら、アルは巨樹庭園から湧いてくる殻獣を1匹でも多く葬ろうとフォートレスから法弾の雨をまき散らす。
しかし軽快にまき散らしたのはほんの1分程で、その後はうんともすんとも言わなくなってしまった。
「くそっ、こんな時に!」
フォートレスに固定されている魔導兵装は揺れる車上で使うことを念頭に入れて設計されているため、長距離狙撃用の物と違って安易に交換や点検が出来ないようになっている。そのため、今回の戦いではもう車上の魔導兵装が使用できないことを察したアルは舌打ちをしながらフォートレスの荷台のナンブを4丁ほど取り出し、パッチワークのサブアームと両腕に装備する。そして、荷台の充填装置から魔力補給をしすぎて所々が欠けている板状結晶筋肉をポーチの空いている溝に差し込むと、キャリーの乗っているツェンドリンブルに近づいた。
「キャリーさんは第3中隊に合流してください。僕は前線に行ってきます」
「危険じゃない?」
キャリーの言葉はもっともである。
騎士団長が一番危険な個体に突撃をかまし、副団長がこれから敵の集団に飛び込む。最悪を考えるならばなるべく控えるべき行動なのだが、今は1機でも多くの戦力が必要な事態である。準備を終えたアルはキャリーが第3中隊へ合流するのを見送ってから魔導大気推進器を起動して前線へ飛び込んでいった。
***
アルが味方と連携しながら群れを掃除しはじめてしばらく経ち、既に時刻は昼を過ぎた頃合。こころなしか殻獣の勢いが弱まりつつあった。
「全員、固まってますか?」
「第1中隊、ここに飛び込んだ小隊は全員居る」
「第2中隊、全員居るよ」
「アルヴァンズも全員居ます」
両手のナンブの板状結晶筋肉を交換しながらサブアームのナンブで法撃を続けるという器用なことをしながらアルは周辺に声をかけると未だ死者は出ていないらしく、そろそろ交代して要塞の設備と連携しながら戦おうと思案していたアルは、ふととある人物の返事が聞こえてこないことに気付いた。
「あれ、殿下は?」
ただでさえ突撃思考のエムリスが居ないことにアルは内心、『やっぱり置いてきた方が良かったぁ!』と心の底から後悔する。しかし、『やっちゃったものは仕方ねぇよ』とアルの頭に生息する謎の飲み屋の親父が言っているので、気を取り直してやたら目立つゴルドリーオを探すとすぐに見つかった。──アル達の居る少し前の文字通り最前線で。
「なにやってんのあの人ぉぉ!」
「うぉ!? いきなりどうしたん……はぁぁ!?」
「で、殿下ぁぁ!」
叫ぶアルの声に驚いたエドガーとディートリヒはパッチワークの向いた先に居る金色の幻晶騎士の姿にエドガー達も釣られて叫ぶ。ゴルドリーオには目立った傷もなく、持ち味である膂力を存分に振るって砕甲殻獣を両断するといった大暴れを続けていた。
「エドガーさん、ディーさん。救出するのに人数は割けないので、3人でこの中を突破……できます?」
「やってみる他ないだろ」
「エドガーに同意するよ」
アルの意見に、エドガー達は周辺に居る味方にエムリスの救援のためにこの場を離れることを伝えると自身の装備の調子を点検しはじめた。
「陣形は槌型。アルフォンスは俺達が空けた穴の周辺を掃除してくれ」
「了解」
アルの返事の直後、エドガー達は前進を開始する。兵士殻獣を剣や盾で圧倒しながら金色に輝く目印まで直進する白と紅の幻晶騎士の後ろをパッチワークが駆ける。当然、兵士殻獣が彼らの横から飛び掛かってくるが、後ろに居るアルがばらまく法弾にそのことごとく撃ち落とされる。
「エドガー! 棘持ちが来たぞ」
「任せろ!」
ゴルドリーオまでの距離はあと半分といったところでディートリヒの声に反応したエドガーがフレキシブルコートを動かしながらディートリヒとアルをアルディラットカンバーの後方に隠す。その瞬間、騎士団が乱入してからアルがやってきた法撃の意趣返しのような物量の棘弾がアルディラットカンバーに殺到した。
カンカンと棘弾がフレキシブルコートを防ぐ音が絶え間なく聞こえるが、それでもなお綱型結晶筋肉によって生み出される莫大な膂力を持ってアルディラットカンバーは楽々と発射地点である撃刺殻獣の群れの前に到達した。
「今だ!」
エドガーの声に反応し、紅と緑の幻晶騎士がアルディラットカンバーの真上から撃刺殻獣にグゥエラリンデは両手の剣や背面武装に装備してある風系統魔法が刻まれている魔導兵装『風の刃』を用いて撃刺殻獣をいち早く倒しつくすように奮戦し、パッチワークは両手とサブアームに装備している4丁のナンブを用いながらグゥエラリンデが殻獣に囲まれ過ぎないように魔導大気推進器で円を描く様に旋回し、周囲の殻獣を駆逐する。
「ふぅ、やっと終わったね」
「うおぉーい! なんだ、迎えに来てくれたのか!」
やがて、全ての撃刺殻獣を倒し終えたディートリヒやアル。棘弾によって表面がぼこぼこになっているフレキシブルコートに未練がましく刺さっている棘弾を抜こうと躍起になっているエドガーの耳に豪快な笑い声が聞こえる。その方向を見るとこちらに手を振りながら片手で横から爪を立てようとしてくる砕甲殻獣を一撃で切り伏せながら向かってくるゴルドリーオの姿が見えた。
かなり博打に近いような突入をしたエドガー達は割と余裕そうなエムリスの態度を見て、『やっぱり、助けに来なくても良かったんじゃないか?』や『勝手に帰ってきそうだね』と割と薄情なことを言っている中、巨樹庭園の奥から1発の法弾がゴルドリーオに着弾した。
「うおっつっ! な、なんだ!?」
「全機、ギガントガーデンに向かって防御陣形!」
アルの言葉に従ってアールカンバーを正面に3機はゴルドリーオを守るように陣形を変える。そのままじりじりと要塞側に撤退するために後退しようとした矢先、なにかがパッチワークの真正面に飛び掛ってきた。
「アルフォンス、大丈夫か!」
「とにかく要塞に撤退します! 全力で!」
パッチワークに装備された追加装甲によって軽く突き飛ばされるだけで済んだアルは、飛び掛ってきた殻獣やこちらに向かってくる殻獣の群れから全力で逃げるように指示を出した。
(デカいのでも棘を飛ばしてくるのでもない……新種?)
アルはパッチワークの足を速めながら先ほど向かってきた何か──1体の殻獣について考える。
大きさは砕甲殻獣よりも小さいが、それでも幻晶騎士と同じような大きさで、その中で特徴的なのが前腕部の関節部にある結晶体だ。今も要塞側に逃げるこちらに向かって火の玉のような魔法を放っていることから魔力触媒の類であることが推測される。
リーコン・アシブルもあの火の玉によって破壊されたと仮定すると、これまでの戦いで見かけなかったことから砕甲殻獣や撃刺殻獣のようなある程度生み出される上位種とは違ってかなり希少で戦闘──この場合は戦術に特化した存在であるのではないかと考えていたアルの横を先ほどの殻獣が回り込むように飛んでくる。
「なんだあいつ! エルネスティのように飛んでくるぞ!」
「なんだい? エルネスティが虫に?」
「大変だ! 銀の長が虫の長になっちまった!」
「兄さん、そいつはオーラ力の方じゃありませんよっと!」
予想外の出来事が続いている状況をなんとか呑み込んで平静を保とうと、現在この場に居ないことを良いことに散々なことを言う一同。その中でアルはナンブで飛んでくる殻獣の進行先に牽制の法弾を放つが、殻獣は背中から翼らしき物を大きく広げながら大きく仰け反るような体勢を取って速度を殺すと放たれた法弾を容易く回避した。
「飛び慣れてますね……まずっ!」
回避行動が手慣れていることからエルのように常日頃飛んでいるのだろうと舌打ちをするアルだったが、パッチワークの握っているナンブに向けて数発の炎弾が飛んできた。
1発目はかろうじて腕の追加装甲に当たり、もともと取れやすく設計していた装甲の破片が自らを犠牲にパッチワークの装甲を守る。しかし、2発目の炎弾がナンブの銃身部分に当たると爆発と共に内部の機構ごとナンブを木っ端微塵にした。
武器の喪失にアルが意識を持っていかれたのも束の間、先ほどの殻獣が前腕を振りかざしながらアルに肉薄する。その先は──操縦席だった。
「野郎っ!」
幻像投影機一杯に近づいてくる鋭利な前腕に、アルは鐙と操縦桿を動かして何とかパッチワークの身を捻らせると次の瞬間に生じた衝撃に恨み言を呟く。殻獣の前腕がパッチワークの肩装甲に突き刺さり、そのまま機体から肩装甲を引きはがしたのだ。
パッチワークを助けようとアルディラットカンバー達がパッチワークの前に立ちはだかるが、殻獣は障害にならないとばかりに煽るように左右にふらふらと飛んでいる。
当初は優勢を保っていた戦場がわずかに暗雲が立ち込めようとしていた。