アルチュセール山峡関要塞から少し離れた平野では、銀鳳騎士団第1中隊の隊長機であるアルディラットカンバーと第2中隊の隊長機であるグゥエラリンデが前方で煽るように左右にバランスを取りながら滞空する新種と思われる殻獣の動きに注視していた。しかし、その殻獣の奥からこちらを狙って兵士殻獣を筆頭に様々な種類の殻獣が足音を轟かせながら突進してくるのが見え、ディートリヒは後ろに居るアルに向かって叫び声を上げる。
「どうするんだい副団長! さすがのグゥエラリンデもあの数は相手に出来ないよ」
「そうだな。そもそもこの新種が厄介だ。……ちょっと待て。シェルケース達の後ろから何かが来るぞ」
ディートリヒの言葉に同意するエドガーは群れを成す殻獣の後ろからなにかが土煙を上げながら追って来るのが見えた。新種の殻獣に気を張っていたので、状況がよく分からなかったが、突如数発の法弾が土煙を掻き分けながら殻獣の群れに飛来し、群れの無防備な背後から次々と殻獣を消し飛ばしていった。
その爆風で土煙が完全に取り払われ、殻獣を追っていたものの正体──荷馬車を接続したツェンドリンブルの集団がはっきりとエドガー達の目に映る。
「ヘルヴィ達か!」
「どうやら、やつ等は戦線をこちらに移したみたいだね。このエルネスティもどきの仕業かい?」
エドガー達の方向に突き進む殻獣の群れに併走する形で速度を合わせたツェンドリンブルの荷馬車からカルディトーレが背面武装を起動して法弾を殻獣浴びせかけている様子を見たアルは、援軍によって好転しつつある現在の状況を維持するためにとある判断を下した。
「僕がこいつの相手をします。エドガーさん達は中隊と合流して群れを抑えてください。殿下は要塞に入って先王陛下と合流してください」
「アルフォンス、こんな時に何を言ってるんだ」
「そうだ! 4人がかりでやればこんなやつすぐに片付くだろう」
それはアルが単独で新種と戦うことを意味していた。当然、騎士団長のエルと副団長のアルを守るために組織された側面が強い銀鳳騎士団としてとても承服できない命令に、エドガーとディートリヒが意見を言う。
彼らの言うこともアルは理解しているし、途中まではそう考えていた。しかし、この殻獣が『自身を囮にした時間稼ぎ』や、『別働隊を用意してアルチュセール山峡関要塞に総攻撃』をしている可能性がアルの頭をよぎり、どうにも捨てきれなかったのだ。
アルにはそこらへんの戦術の知識は皆無である。それこそ、今の状況にあった戦術を構築できるような『魔術師』や『奇術師』といった力を夢見たことはあったが、当然現在のアルは『戦術? なにそれ美味しいの?』という状態だ。
しかし、プログラムのテストや重要なデータの移動、作った物をお客様に納品するというミスが極力許されない環境で培った『最悪の最悪を想定すること』と『リカバリー方法を考える』いうマイナス思考からまろび出た産物によって、アルはこの戦いの最悪を回避するために今すべき事柄をエドガー達に伝達する。
「まずは殿下を逃がすのが最優先です! 次にこいつを時間稼ぎにした増援が考えられるので、今向かっているシェルケースの群れを即座に駆逐。その後は要塞の入り口に戦力を集結させてください」
「時間稼ぎ? そんなことがありえるのか?」
「考えすぎかもしれませんが、可能性があるだけです。殿下はすぐに退避を! 万が一のことがあったら責任問題になりかねません」
エドガーとの会話を無理やり途切れさせながらアルはエムリスにアルチュセール山峡関要塞に入るように指示し、いつでも自分がエムリスの盾になれるように魔導大気推進器の準備を始める。このような状況になった責任を感じているのか、エムリスは即座に『気をつけろよ』と声をかけながら素直に撤退しようとする。
──そのときだった。
「待て!」
新種の殻獣が空中で助走をつけるように後退すると、一気にゴルドリーオに向けて加速した。その行動に気づいたエドガーやディートリヒが声を上げながら背面武装を起動させるが、その頃にはゴルドリーオの頭部に向けて殻獣が前腕部を大きく振り上げている最中だった。
エムリスも殻獣を迎え撃とうと剣を振り上げるが、いきなり殻獣の姿が消失した。
「むぉ!? 消えやがった!」
「殿下はこのまま走って!」
アルの声にゴルドリーオが下を向くと殻獣の6脚ある歩行足を膝で押さえて馬乗りになりながら、前腕部を自らの手で押さえつけているパッチワークの姿があった。
アルが声を上げながら撤退するように叫ぶが、その殻獣の無防備さに『このまま敵の息の根をとめることが出来たら戦いが楽になる』という考えが湧いたエムリスが剣を掲げながら殻獣に突き刺そうと近づいた。
「アルフォンス! そのまま離すなよ!」
押さえつけられて動きが鈍い殻獣に向かってエムリスが剣を突き刺そうとした矢先、パッチワークの右手が幻晶騎士の魔導演算機に登録された外装硬化の許容以上の負荷に耐え切れずに圧壊。殻獣が自由になった右前腕部の魔力触媒のような物から火の玉を飛ばすと、ゴルドリーオの持っていた剣を弾き飛ばした。
「このっ……早く撤退を! エドガー! ディートリヒ! なにをしてる! さっさと命令に従え! 邪魔だ!」
アルはもげた右手の接合部に殻獣の前腕部を突き刺しながら叫ぶ。初めて呼び捨てにされ、さらにアルが普段は言わないような荒っぽい喋りにそれぞれが殻獣とパッチワークを置き去りに荷馬車から降りて群れを押さえ込んでいる部隊へ向かって走り始めた。
(エドガーさん、ディーさん。ごめんなさい)
操縦席の横に空いているわずかな隙間から遠ざかるアルディラットカンバーとグゥエラリンデを見ながらアルは心の底で懺悔した。
邪魔なわけがない。むしろ、このまま共闘すれば倒せる敵なのだが、偵察機器の破壊やその後の群れの運用から考えると、誰かがここでこいつを釘付けにしないといけないのだ。
しかし、騎操士の技量的にも各部隊の連携的にもエドガーやディートリヒの方を群れに対応させるのが適切だとアルが考えた結果、『自分がこいつを引きとめよう』と考えたのである。
アルもヨアキムやクヌートから言われた『自身の重要性』は重々承知しているが、この土地の重要性とエルという上位互換の存在が彼の自己犠牲とも取れる決断を押し固めた。
「というわけで付き合ってもらいますよ。……自爆は搭載してませんが、楽しいショーにしましょう」
そう言いながらアルはパッチワークの両腕に力を込める。さらにパッチワークの腕部に搭載されている追加装備である折りたたまれたカギ爪を展開し、殻獣を切り裂こうとするが、突然込められた力に拮抗しようと殻獣も力を加えて力の均衡は再び拮抗する。
「ならば!」
機体がギチギチと悲鳴のような音を上げている中、アルはパッチワークの頭部を殻獣の左腕に向けるとボタンを押し込んだ。すると、パッチワークの頭部にくっついている外付けの頭部兵装から法弾が射出され、頭部を向けていた殻獣の左腕の根元に着弾する。
頭部兵装から射出される法弾はその小ささから決闘級魔獣以上には目眩しにしかならないが、続けて何十発も当てる内に殻獣が苦しそうな声を上げる。アルはその声を聞きながら油断なく殻獣への拘束と法撃を強めていき、やがて法撃によって殻獣の左腕が千切れ飛んだ。その勢いでカギ爪を殻獣の首元に叩き込み、深い傷を与えることに成功する。
「よしっ! このまま」
次の一撃で首を断てそうだとアルがもう一度カギ爪を見舞おうとするが、突如殻獣の腹部から生じた突風が数トンもある魔導兵器であるパッチワークを吹き飛ばした。受身が取れずに転がり続けたが、なんとか体勢を立て直したパッチワークは先ほど殻獣からエムリスを守るために放り投げたナンブを左手で掴んだ。
しかし、転がった拍子に装甲が剥がれた左肩に異物が入り込んだのか理由は定かではないが、とにかく左腕の挙動が重い様子にアルは間が悪いと歯噛みするが、パッチワークとの距離が離れたためか殻獣がエドガー達の方向を向いて翼を広げた。
それを見たアルは、群れと新種を合流させまいと魔導大気推進器で殻獣の正面に素早く回り込む。
「行かせませんよ!」
アルがそう叫ぶと、パッチワークを瞬時に動かせるように腰を深く落としてから背面武装を起動する。ナンブの3つの穂先を全て殻獣に向けて一斉に法撃を放つが、殻獣は砂煙を腹部付近から撒き散らすと一目散にパッチワークとは逆の方向──アルチュセール山峡関要塞から離れる形で飛翔した。
「逃がすか!」
アルは魔導大気推進器を再び起動させて殻獣を追う。足元の地形を見て転ばないように気をつけながら、パッチワークに装備している3丁のナンブで殻獣に法撃を仕掛ける。橙色の軌跡が入り乱れる法弾の雨が殻獣に襲い掛かり、数十を超える法弾が甲殻に着弾した。流石の殻獣も着弾した法弾の数に耐え切れなかったのか、悲鳴のような声を上げながら爆炎の中に姿を消していった。
「や……、フラグはやめときましょう」
死体を確認するまで安心できないアルは煙が晴れるまでナンブを前に突き出しながら待機する。だが、当たった法弾の数や威力に気が緩んだアルはうっかり『お約束の言葉』を言いかけ、慌ててなかったことにしようとするが、運命の神はアルの言いかけたお約束にも『有効判定』を与えてしまった。
「フラグぅ!」
未だ漂う煙を切り裂き、所々から青い体液を撒き散らしているが未だに元気な殻獣がパッチワークに向けて飛び込んできた。無事な右側の腕を振り上げてギチギチと泣き声を上げながら突進してくる様子に、アルは先ほど言いかけた言葉を後悔しながらまだ十分に動かせる右腕の追加装備のカギ爪を展開し、殻獣の攻撃を受け止めた。
一撃を止められた殻獣は再度パッチワークから距離を取ると、パッチワークを中心に円を描くように飛び回り、動かしづらい左腕やアルが見えない背中側といった反撃しづらい所から攻撃を加える。
「やっぱりこの新種。分かってる!」
攻撃の方向や機体の状況から自分の嫌がる部分を積極的に攻撃してくる殻獣に、アルはもはや『野生の勘』という曖昧かつ甘い考えは捨てた。この魔獣は間違いなく配下に指示を出し、状況を把握して攻撃してくる頭を持ったタイプだと判断したアルは一先ず殻獣から距離を取るために魔導大気推進器を起動した。
「しかもあれは……兄さんというより僕かもしれませんね」
狙いを絞られないようにランダムのタイミングで蛇行しながらアルはあの殻獣が使う空を飛ぶ手段や攻撃方法から『自分との類似性』を見出した。
まず、あの空を飛ぶ手段。あれはまさしくパッチワークに搭載された魔導大気推進器のように、大気を圧縮して放出する系統の魔法だった。出会った当初はエルのトイボックスに搭載された魔導噴流推進器のような物を想像していたが、特徴的な炎の尾も曳いてなかったし、もしそうならパッチワークの組付きから逃れるための行動でパッチワークの装甲の隙間から爆炎が操縦席に入り込んで最悪、アルは『機体はそのまま! パイロットは死んでいる』という状況になっていただろう。
「僕の想定した最悪も結構甘かったんですね」
今改めて考えるとちょっとした博打だったことにアルは冷や汗を垂らしながら殻獣の法撃を避け続けながら背面武装を後ろ向きに動かして牽制射撃を行う。
次に殻獣の攻撃方法に関してだが、法撃を主体とした中・遠距離戦闘を好む戦法はモロにアルの好みだ。ちなみにアルもたまに近接格闘も行うが、アルの近接格闘能力は中隊長達からすると『高等部1年レベル』や『そもそもそんな重い機体で格闘とか正気を疑う』という評価を下されている。
閑話休題。
つまり、この殻獣は鋭い前腕部でガンガン近接戦闘を行ってきていることを除けば『ほぼパッチワークに乗ったアル』なのだ。その考えに思い至ったが、凄まじい爆発音と共に揺れがアルの身体を襲う。
直接制御で素早くパッチワークの状況を見ると、どうやら背面武装の片方と無事だった右腕のカギ爪が殻獣からの法弾で根元から抉れたらしく、なにも反応を返さず、ぎこちない動きしか返さなくなった左手に持っていたナンブも蛇行中の遠心力ですっぽ抜けたのか、左手はいつの間にか空を握っていた。
「ふふ……ははは……」
パッチワークが観念したかのように魔導大気推進器を止めて殻獣を見据える。それに気づいた殻獣もパッチワークの正面に回り込んで舌なめずりをするかのように出方を窺う中、パッチワークの操縦席からアルの笑い声が聞こえる。それは諦めの笑いのようにも聞こえる声だったが、パッチワークの無事なサブアームが僅かに動いた。
「君のなんとかは僕に似ている。すなわち! 君の弱点は僕の弱点です!」
何かをしてくる気配を感じたのか殻獣が距離を取るために跳躍しながら大きく腹部をパッチワークに晒す。その瞬間、パッチワークはあろうことかサブアームをしならせながら最後のナンブを殻獣に向かって投擲した。そのままパッチワークの頭部越しにナンブを見たアルは操縦桿のボタンを押し込んで頭部兵装から数発の法弾を発射する。
「行け、ナンブ! 派手にすっ転んだ忌まわしき記憶と共に!」
数発の法弾によってナンブが粉々に砕け散り、大小の破片が多量の空気と共に殻獣の腹部に吸い込まれた。すると、跳躍して魔法で飛び回る準備をしていた殻獣は魔法を発動せずにそのまま地面に墜落し、腹からおびただしい量の体液を撒き散らしながらのたうち回る。
アルが行ったことは魔導大気推進器の稼働実験の際に自身が失敗したことの再現である。あの時は小石などによって紋章術式が損傷して機能不全に陥ったのだが、それによってダメージを負ったのは幻晶騎士という痛みのない金属の巨人の話である。
生身の魔獣である殻獣が同じような事態──というか、それよりも若干悪質な金属片を吸い込んでしまえば大気圧縮の際に内臓器官が傷つけてしまうのは明らかだ。
仮にこれが内部にも甲殻がびっしりだった場合、『武器を壊した挙句にノーダメージで終わる可能性』からアルの敗北が決定するのだが、そのことについてアルは必死に考えないようにした。
「なんで僕の戦いってこんなにギリギリなんでしょうかね」
追加装甲もほとんどが剥がれ落ち、パッチワークにもともと塗装されていた緑色の装甲は、跳ね返った泥や法弾で生じた煤で見事に塗り潰されている。直接制御で機体の状況をチェックしても正常な反応を返したのは両足とナンブを投げたサブアームぐらいで、頭部も先ほどのナンブの金属片がかすったのか幻像投影機の半分ぐらいが死んでいた。
武装も追加装備である展開式のカギ爪が片方損失、ナンブは全て投棄か爆散し、控えめに言ってダーヴィドに『お話』される未来しか見えない有様であった。
「でも、まぁ……生きてる」
深く息を吐いたアルはそう結論付けると、未だに幻像投影機の先でのたうち回っている殻獣にトドメを刺すために用心深く近づくと幻晶騎士という質量武器を用いるために殻獣の千切れかけている首に向けてパッチワークの足を上げる。
ドスンという足で地面を踏み鳴らす音と共に水気のあるものが飛び出すような音がアルの耳に聞こえ、それと同じタイミングで巨樹庭園の奥から巨大な紫電が見えた。
「あっちも片付いたみたいですね」
パッチワークの足をどけて殻獣が完全に事切れたことを確認したアルはゆっくりとアルチュセール山峡関要塞に向かって歩いていく。その後、ふらふらと戻ってきたパッチワークが同じく損傷を折ったトイボックスと共に要塞内に収容され、意識が不明瞭なアルをそのまま要塞の医務室に寝かせて慌ただしい防衛戦の1日目が終了した。
「中核を倒してもまだわんさか居るな。気を引き締めねば」
「部隊行動してくるのは厄介だね」
アルチュセール山峡関要塞の門の前で不寝番をしていたエドガーとディートリヒが殻獣の死骸が散乱している平野を見ながら先ほどまでの戦いの様子を思い返す。数が多い上にあんな戦略めいた行動をしてくる群れとは極力当たりたくないというのが本心だが、騎士の矜持からか2人はそれをぐっと心の内に秘めた。
だが次の日。そんな2人の思惑とは異なる方向に事態が転がる。中核である女皇殻獣か前線指揮官である新種の損失のどちらか、はたまた両者の損失によってなのか知らないが、群れはまるで統率を失った雑兵のように好き勝手に動き回っていた。
単独でアルチュセール山峡関要塞の近くまで走るが、あっけなく法弾に潰される兵士殻獣。遠くから棘弾を撃つが飛距離が足りなかったり、射線を確保していないせいで味方の砕甲殻獣の頭部に当ててしまう撃刺殻獣。挙句の果てには早朝まで居た巨樹庭園に突進しようとする砕甲殻獣まで居る事態に、銀鳳騎士団員やアルヴァンズは開いた口が塞がらなかった。
「とにかく……やるか」
「そうだな」
そんなこんなで『統率が取れた決闘級の群れとの戦』から『統率の取れていない決闘級を撫で切りにする作業』になった2日目からは殻獣の群れの総数が日を追うごとに少なくなっていく。
その途中、要塞内での話し合いに飽きたアンブロシウスがエムリスを伴ってゴルドリーオとジルバティーガを背中合わせにしながら獣王轟咆を放つという合体技を披露してエルを興奮させ、別の日にはエルが荷馬車で笑いながら殻獣を狩っていくという若干気が触れている様な行為をした甲斐もあってか、1週間後には巨樹庭園から侵攻してくる全ての殻獣が完全に駆逐された。
***
「一先ず、僕達で要塞周囲の警護を行うのでアルヴァンズの皆さんは新型を取ってきてください」
「そうはいうが、物資の運搬やらで人手が欲しい状況なのだよ。とても新型の配備に手が回らん」
ある意味では一番の山場であった1日目でパッチワークを大破よりの中破させたアルはというと、深い外傷が無かったおかげか2日目に目覚めて早々に使える機体がないか工房の物色し、あろうことかトイボックスの胸部装甲に手をかけたところで良い笑顔のエルから『それを取ったら戦争ですよ?』と止められて捕縛される。
麻縄でぐるぐる巻きになったまま『火力を撃たせろ!』と半ば巡査化していたアルに、エルは『残務処理の方向性』を決めるという大役をアルに押し付け──もとい、強要させた。
「物資の運搬はツェンドリンブルが行います。あれは1機でシルエットナイトが2機運べ、夜間行軍を含めばライヒアラからここまで1日でつける足を持ってます。現に今も、現状の報告と銀鳳騎士団のナイトスミスを運ぶために1機カンカネン側に戻らせていますし」
「うむ、2日かかったのは他の魔獣を誘引させないためでもあったからな。本来ならば1日で到着できる」
アルの力強い発言に先王陛下であるアンブロシウスの援護射撃も入り、アルチュセール山峡関要塞の責任者である伯爵はとうとう折れた。新型機であるカルディトーレの初期生産型をアルヴァンズも手にするはずだったが、アルヴァンズは他の騎士団と比べて員数も少なく、任務も特殊なためにあまり大掛かりな移動は異例らしい。
それこそ、カルダトア・ダーシュのような中隊を組んでの外出は協議に協議を重ねた結果出来たことだと聞いたアルが『もう罠とか魔力駆動式の砲台置きましょ』と漏らしたが、背筋に氷を入れられたような感覚に陥ったのでそれ以上何も言わなかった。
「ならばアルヴァンズの全員はラボに向かうようにしよう。デュフォールまではもちろん送ってもらえるという認識だが合っているかな?」
「はい。デュフォールは要塞と近いので、少し遠回りになりますが経由するようなルートで報告も密に出来るかと」
アルヴァンズからの報告を視野に入れた物資の補給ルートを構築していたアルと伯爵だったが、横からアンブロシウスの含み声が聞こえる。何事かと2人はアンブロシウスの方を向くと、『アルフォンスが昔しでかしたことを思い出してな』と空気を換えるために1回咳払いする。
「あー、懐かしいですね」
「ただでは転ばんのぉ。あの馬型と荷車なら早馬よりも頑強かつ、運べる物も多い。なにより戦闘もできるというおまけつきじゃ。……いかん、近衛用に数機欲しくなってきたわい」
テレスターレの進捗を短い間隔で行ってセラーティ家の早馬を酷使し過ぎた事件に、アルは懐かしい目で思い返す。確かに早馬と違ってツェンドリンブルなら騎操士はともかく、馬の疲労はあまり考慮に入れなくても良い。移動距離も早馬と比べ物にならないので、アンブロシウスはツェンドリンブルの導入と大臣を説得する案を必死に考えていた。
「陛下も運用なさるなら国が主導してツェンドリンブル専用の道を作るのはいかがですか? 物流がかなり早くなるかと」
「ほう? ……いや、それは後で聞こう。今は残務処理じゃ」
「御意。では次に、シェルケースの死骸の処理ですが──」
さらっと『国道』の提案をしかけたアルはその後、皆が殻獣を1週間ずっと残務処理の流れについて伯爵やアンブロシウス、たまにエムリスと話し合った末、『アルヴァンズは全員ラボに行ってカルディトーレを受け取りに行くこと』や『アルが遭遇した過去の文献に記述されていた希少種は一旦国の研究機関に送ること』といった諸々の手筈が決まった。
***
そして現在。
アルチュセール山峡関要塞の城門の前ではツェンドリンブルがほとんどの中身がガランドウの荷馬車を曳きながら列を成していた。周囲には最近ここに来たダーヴィドと選別した熟練の騎操鍛冶師達と共にツェンドリンブルを眺めていた。
「ではヘルヴィさん。昨日伝達した通り、アルヴァンズの皆さんを送った後に砦で物資を持ってきてください」
ヘルヴィは昨日伝えた命令を思い出して頷く。
当初、異なるルートを輸送経路として使おうとしていたアンブロシウス達だったが、報告や騎操鍛冶師輸送のためにカンカネン方面へと帰還させていたキャリーがリオタムスより預かってきた密書によって再度検討する形になった。
要約すると、『アルチュセール山峡関要塞まで遠いため、オルヴェシウス砦を一時的な物資集積場にする』という内容から、アルは『騎操鍛冶師に物資の管理を任せないといけない』とダーヴィド達にペコペコ頭を下げながら部隊を半分に分けた。
そんな様子を見たエルが、『どこかの玩具で見たことあるなぁ』と思っていたりしたのだが、それはそっとエルの心の内に秘められたのは余談である。
「ヘルヴィ・オーバーリ。デュフォールでラボの所長にこれを渡してほしい」
「はっ!」
エルの隣に居たアンブロシウスが何やら羊皮紙を丸めて蜜蝋で封をした密書をヘルヴィに渡す。恭しく受け取ったヘルヴィはツェンドリンブルに乗り込むと、王家直属の命令に若干興奮しているのか少し上ずった声で出発を宣言する。
「上ずってるな」
「上ずってるね」
その声を聴いていたエドガーとディートリヒは、かるく先日のことを思い出してポツリとヘルヴィを野次る。というのも先日、エムリスを窮地から救ったという理由からアンブロシウスから礼を言われ、ディートリヒに至っては『アルフォンスの見立ては正しかった』と自身の再評価をされたので、号泣しながら礼をする姿をヘルヴィに見られていた。
もちろん、かなりからかわれた挙句に『私はちゃんと答えるわよ!』と豪語され、それを聞かされたエドガー達は懐疑的な目をヘルヴィに向けていたのだが、その結果がこれである。
2人は心の中で『お前もじゃないか』と思いを一つにしながらツェンドリンブルが走り去る様子をじっと見つめた。
ツェンドリンブルが輸送任務に出かけた際、アルはダーヴィドと要塞内に建てられた工房に居た。
2人が揃って元々は幻晶騎士だった物体──パッチワークを見上げる。取り付けた装備もほとんどが消失し、装甲の欠落や凹みなどといったダメージが目立つパッチワークに、ダーヴィドは怒ることもなく『修理よりも解体して組立てした方が早い』と結論付けた。
そして、怒るよりも逆に『ここまでなってなんでこいつ生きてるんだ?』という疑問が強くなったらしく、感心するような口ぶりでアルに問いかけた。
「しかし、こんな状態でよく生きてたなおめぇ」
「追加装甲とかで固めてましたからねぇ。操縦席内で暴れていた破片もこいつが肩代わりしてくれましたし」
アルは『黒鱗獣革鎧』の生地をダーヴィドに見せながら答える。他にも厚手の服を着ていたので操縦席に座っていたアル自身はダメージらしいダメージを負わなかった。
パッチワークの方も、わざと壊しやすく作られた追加装甲は上手い具合に殻獣の攻撃を受け止めることに成功した。他にもパッチワークの素体だったのが元教導機のラーパラドスなので、操縦席のある胸部装甲はカルディトーレよりも厚めな造りである。それもアルがこの場に居ることができる要因だろう。
話を聞きながらもしっかりとパッチワークの検分をしたダーヴィドは『なにはともあれ、作り直しだな』と言うと、次の作業に取り掛かるためにやたらとゴツい騎操鍛冶師隊長専用幻晶甲冑『重機動工房』に乗り込んだ。
「魔力の停止確認するぞ! 物が物だから全員協力しろ」
ダーヴィドが重機動工房の背部に備えている大型クレーンアームを操作し、長大な物体、フォートレスの荷台に設置されていた魔導兵装をむんずと掴んで工房中に散った騎操鍛冶師達を呼び集める。
呼び出された騎操鍛冶師はそれぞれ魔力の測定器具やグラインダーのような道具を取り付けた幻晶甲冑を持ち出して魔導兵装に魔力がないことを調べたり、銃身の先に取り付けてある触媒結晶の周辺をグラインダーで削り取り、『魔力停止ヨシッ!』や『触媒結晶取り外しヨシッ!』と声出し確認を行った。
「皆がヨシッて言ったから……冗談ですよ?」
アルがおふざけで言った瞬間、魔導兵装の調査をしていた騎操鍛冶師達がものすごい形相でアルを睨んだ。アルがいつも言っている『注意一瞬ケガ一生』を忠実に守っていることに、アルは内心心強く思ったが、あまりの威圧感にちょっと涙目になりながら1人1人が確認したことを丁寧に復唱していき、最後にダーヴィドに向かって全て確認が終わったことを伝える。
「よし、分かった。開けるぞ」
それを聞いたダーヴィドは大型クレーンを器用に扱い、先ほど魔力が通っていないことを確認した魔導兵装をむんずと掴むと外装を剥がそうと力を込めた。しかし、普段なら簡単に剥がれるはずの魔導兵装の外装がどんなに引っ張っても外れなかった。
「ぐぅおぉぉ!? なんだこりゃかってぇ!」
あれこれ試してみても外装が完全に剥がれない魔導兵装にダーヴィドが悲鳴を上げる中、アルは外装がわずかに開いた隙間から魔導ランプの明かりを頼りに中を探る。すると、紋章術式が書かれていた銀の筒棒がすっかり黒ずみ、一部の銀が溶けて外装を形成している金属に張り付いているのが見えた。
「あー、これ中の筒棒が溶けてくっついてます」
「んだとぉ!? ……それじゃあこれは砦に戻ってから対処するしかねぇか」
中身が張り付いているのでどうあがいても鋳潰して新しく生まれ変わらせるしか用途が見つからない魔導兵装にダーヴィドはこの場での対処を諦め、パッチワークの装備の破片を次々と検分してはその見事ともいえる壊れように、次第に投げやりになっていく。
「やっぱり再建造が安定だわ。後は砦に帰った俺に任せるか」
「この際だから新しい装備でも考えますかね」
最終的には問題の先送りをしたダーヴィドの横で騎操鍛冶師達を死の旅路を歩かせる悪魔の言葉を放ったアルに、ダーヴィドが『おい馬鹿止めろ』と小突く。しかし、小突かれようがお構いなしにアルは脳内で設計図を描いていた。
(車上のシルエットアームズも銃身交換できるようにしないとだめですね。偵察機器も分かりづらく墨とかで光らないようにしちゃいましょうか。……その点パッチワークは完璧な仕事をしてくれたので、早めに再建してもらいたいですねぇ。うーん、銀鳳騎士団の手が足りなそうならラボに受注……いや、いっそラボとの合作という手も)
設計図を書き出しながらも騎操鍛冶師達の手の空き具合を計算に入れ、ラボとのコネ的な物を利用できないか思案していく内にあっという間に2日が過ぎた。城壁や予備機代わりで使用するアルヴァンズのカルディアリアを修繕するための資材を満載したツェンドリンブルの部隊がアルチュセール山峡関要塞に帰還した。
「この馬型はなんというか……すごいですね」
「であろう?」
荷馬車から降りてきた人物はそのまま城門の側で待機していたアンブロシウスの側まで近づくとツェンドリンブルについての感想を言いながら片膝を折って礼をする。
「お待たせいたししました、先王陛下。まずは我々の郷をお救いいただいたこと、お礼申し上げます」
「よい。この地は我らにとっても重要な場所だからな。……それに、あやつらがおらねば万が一ということがあったやもしれぬ」
そういったアンブロシウスの視線の先には、出撃予定に入っていないのに警護に出ようとするトイボックスの近くを圧縮大気推進で飛び回りながら『トイボックス貸ーしーてー』と玩具を貸してもらう時の子供のように駄々をこねるアルの姿と、『また今度ー』と言いながらその要求を無視するエルの姿があった。
「……やつは確かにわしを満足させる物を作りおおせた。かねてよりの約定を果たすのにちょうどよかろう」
エルの放った空気弾丸によって『何をするだァーッ!』という声を上げながら地面に落とされるアルを極力見ないようにしながらアンブロシウスは『エルとの約束』を果たすため、アルにエルと共に執務室に来るように指示してから礼をしていた人物──国立機操開発研究工房の所長であるオルヴァー・ブロムダールを伴ってアルチュセール山峡関要塞の中に入っていった。