銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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明けましておめでとうございます。
今年も銀鳳の副団長をよろしくお願いします。


64話

 アルはアンブロシウスの指示に従い、エルをトイボックスから引き摺り下ろすとそのままアルチュセール山峡関要塞の応接室に向かった。応接室の扉の前でノックをすると、自分たちが来たと告げる前に『入れ』とアンブロシウスから入室の許可が出る。

 

「先王陛下、一応でも良いので僕達って確認してください」

 

「たわけ。この距離で誰が来たかも分からぬと思ったか?」

 

 あの馬鹿でかい謁見の間が主戦場だった元王の説得力のありすぎる言葉に、アルは『さいですかー』と思考を放棄する。そんな会話の後、ひとつ咳払いをしたアンブロシウスは応接室の窓から見える未だに死骸の回収が終わっていない平野と城門を守る白と紅の中隊長機を眺めて口を開く。

 

「此度の働き、見事だった。おぬしらが手がけた新型機量産機の性能と馬型の輸送力、どちらかが欠けておったならここもどうなっていたか分からぬ」

 

「ありがとうございます」

 

「感謝の極みでございます。しかしながら、カルディトーレの調整を行ったのはラボの力でございます。私はそれをお手伝いしたに過ぎません」

 

 素直に賞賛を受け取るエルとは対照的に、『自分はそんなにやってない』と返事をするアル。想定はしていたが、アルのあまり良くない傾向にアンブロシウスはため息を漏らした。

 オルヴァーやガイスカから送られてきた報告書には揃って、『アルが居なければもう少し配備が遅れていた』と記載されるほど尽力しているのにも関わらず、このような謙遜しまくる言い方は逆に相手を怒らせる可能性が高い。それを案じたアンブロシウスは『医務室でのことを忘れたか?』と不満げな空気を出す。

 

「申し訳ありません。自分の作業量的にもラボの皆さんを補佐した程度なので……」

 

「いや、方針とか情報の連携とか色々してくれたじゃないですか。もうちょっと自信を持ってください」

 

 アルからしてみれば『適度に口出ししただけでそんなこと言われても困る』と脳内に飼っている『日本人』が騒いだ結果の返事だったが、どうやら不評だったことに『異世界って難しいな』とどうしようもないことを考えながら『申し訳ありません』と再び謝罪した。

 

「まぁ、それはさておき……エルネスティよ。わしがおぬしと交わした約定は覚えておるな?」

 

 アルの自信のなさが露呈した会話に一区切りがついたアンブロシウスはエルを見ながら本題を話す。『約定』という言葉を耳にしたエルは、即座に目を輝かせながら首を何度も縦に振る。その様子に笑みをこぼしたアンブロシウスは、悪戯心からか少しだけ遠回り気味の説明に入った。

 

「此度の銀鳳騎士団の活躍におぬし達が作ったシルエットナイトの数々、わしを十分に満足させる物だった。さらに、今回の件と合わせておぬし達が屠った大型魔獣は2匹。オルヴァー、功績を鑑みてエーテルリアクタの製法を教えるのに不足はないと思うが?」

 

「先王陛下、私も同意見です。……あの方は分かりませんがね」

 

 アンブロシウスは、エルとアルが行ったことをつらつらといった後にオルヴァーに同意を求める。しかし、最初は諸手を上げるように賛成していたオルヴァーが急に表情を曇らせるので、それを見たエルやアルにわずかな緊張感が走る。

 

 しかし、魔力転換炉(エーテルリアクタ)というエルやアルがどんなに求めても、調べても情報の欠片すら出てこず、挙句の果てには大型魔獣1匹を代償にこの国の王へ直談判してようやく指先に感じることが出来た夢を叶える最後の部品がすぐそばまで近づいていることにエルは足踏みをしながら『いつ出発します? 私も同行します』とすぐに飛び出しそうな様子を見せた。

 

「えぇい、ひとまず落ち着け! ……アルフォンスは妙に静かじゃな?」

 

「え? エーテルリアクタは兄さんの褒章なので、僕はお留守番かなと思いまして」

 

『……え?』

 

 遠くで『槍の穂先が緩んで取れた!』と叫ぶ団員の声と『ちゃんと交換しとくように!』と叫ぶディートリヒの声が聞こえる中、アル以外は『何を言ってるんだこいつ』という目でアルを見る。そんな視線にアルも『何言ってるんだ。この人達』といったような視線を返し、たっぷり数分という間を取った後にアンブロシウスは心底呆れるように本日2度目のため息をこぼす。

 

「おぬしも……堅物じゃのぅ。こんな時ぐらい相伴に預からんか」

 

「あー……申し訳ございません」

 

 暗に『せっかくだからアルフォンスにも教える』というアンブロシウスからの好意を無にしてしまったアルは頭を下げる。だが、アルが既に『報酬は既にもらっている』と言葉を発してしまったので誰が聞いているかもわからないこの場からアルも連れていくことは出来ない。アンブロシウスは少し考えると、途端に手をポンと叩くと『エルネスティ、可能であればアルフォンスにも作ってやれ』と声を発した。

 

「作る……とは?」

 

「文字通りエーテルリアクタをじゃ。何が材料かは分からぬが、もしおぬしの手で作りおおせるのならまたなにかの褒章としてアルフォンスが製法を学びにここに訪れることもなかろう」

 

 原材料については未だ未知数だが、もし製法が学べ、材料が調達できるのであればアルが製法を学びに来るよりもエルが作ってあげる方が魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法を聞きに来る手間が省けると説明するアンブロシウスに、エルは納得するように頷いた。

 

「そうですね。ならば僕が製法を学ぶ間、アルには代わりに僕の専用機のスクリプトの頭出しをしてもらいましょう」

 

 突然の方針の変更にアルは軽く戸惑う。元々なんらかの命令でもされるのだろうと向かえば、『魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法教えちゃる』と気楽に言われ、報酬の二重取りは嫌だと言ったら呆れられた挙句、『じゃあ兄貴に作ってもらえ』と変わる。

 最後に、横にいる兄からは『自分の専用機を動かすための魔法術式(スクリプト)にとっかかりだけ作ってくれ』と言われるという二転も三転もしすぎて吐きそうなぐらいの場面転換を前に、アルは『アイ ワカリマシタ』と顔文字で表現できそうな覇気が感じられない返事をする。

 

「エルネスティ、あやつどうした?」

 

「おそらく処理しきれない情報に知恵熱でもでてるんでしょ。感情を処理できな……なんでもありません」

 

「あ、すみません。私がここに来た理由は先ほどのこと以外に、アルフォンス君に依頼したいことがあるんです」

 

 手を上げたオルヴァーが応接室のテーブルに置いていた紙束をアルに差し出す。その依頼に少しだけ正気に戻ったアルは紙束をぺらぺらとめくると、次第に驚きの表情を浮かべた。

 

「あれ、これアルがデュフォールに行く前に書いていたオプションワークスじゃないですか」

 

「ええ、作られていたなんて知りませんでした」

 

 横で紙束を見ていたエルもそこに書かれている設計図に思わず声を上げる。

 アルがデュフォールに単身赴任した折に、自身の欲望を燃料に生み出した作業用の追加装備(オプションワークス)の設計図は第1工房長のガイスカによって『後回し』にされたはずである。それが進捗には『アルフォンス・エチェバルリアによる魔法術式(スクリプト)の再構築』と記載されている状況。つまり、既に現物も完成させていることを察したアルはラボの手の速さに感嘆しながら依頼内容を復唱する。

 

「現物を組み込んでスクリプトを構築すれば良いんですね。すぐに取り掛かりましょう」

 

「話が早くて助かります。期限は正直いつでもかまいません。現物も私と共にここに搬入されているので、自由にお使いください」

 

「アルフォンス。おぬし、先ほどエルネスティからスクリプトを頼まれておったじゃろ?」

 

「陛下、この子なら大丈夫ですよ。仕様と流れさえ把握できていればもう1~2個別のプロジェクト噛ませても平気でしたし」

 

 さらっと『もっといける』と進言したエルに、アンブロシウスは『弟に無茶をさせるな』と注意する。だが、肝心のアルは『昔の炎上プロジェクト掛け持ちと比べれば平気平気』とエルの言っていたことを全く気にせずに今回の仕事を行うための魔導演算機(マギウスエンジン)をどうするべきか悩んだ。

 

 エルの専用機は間違いなく専用の魔法術式(スクリプト)が必要である。同じく、追加装備(オプションワークス)の動きを制御するのも専用の魔法術式(スクリプト)が必要だ。出来ればカルディアリアを2機用意してもらってそれぞれの作業を進めるのが良いのだが、予備機とはいえ幻晶騎士(シルエットナイト)を無駄に2機占有するのはまずいとアルは判断した。

 

 どうしようかと思案した矢先、アルに電流走る。

 

(あれ、魔法現象のスクリプトならともかく……マギウスエンジンってOSっていうかマイコン寄りだから積み替えいけるのでは?)

 

 唐突な閃きを基にアルは再び思考する。

 魔導演算機(マギウスエンジン)とは幻晶騎士(シルエットナイト)の維持や操縦に必要な魔法術式(スクリプト)を保存する部品である。さらに言うと、結晶筋肉(クリスタルティシュー)や眼球水晶といった部品には魔法術式(スクリプト)を保存したり、引き出したりする機能は存在しない。ただ、魔導演算機(マギウスエンジン)から送られてくる命令に部品が各々の反応を起こすのみである。

 

 そこから魔導演算機(マギウスエンジン)は、『魔法を使用する際に組み上げる基礎術式のような、前世でOSと呼ばれているパソコンや携帯のような様々な処理を動かすことができる汎用的な基盤システム』より、『マイクロコンピュータと呼ばれる炊飯器や洗濯機といった家電に組み込まれている、特定の機能しか持たない制御用の装置』の特性の方が近いのではないかと考えたアルは、魔導演算機(マギウスエンジン)を2つほど用意して欲しいとアンブロシウスに頼み込んだ。

 

「それなら大破したカルディアリアから抜き取ればよかろう。だが、なにをするつもりだ?」

 

「片方のマギウスエンジンで兄さんが作る専用機のスクリプトを作って、もう片方で今回テストを頼まれた土木用オプションワークスのスクリプトを作ります」

 

 突拍子のないことを言うアルにエル以外の2人は少し黙ったが、やがて2人とも声を揃えて笑い出した。いきなり笑われたことにアルは不思議に思いながら、提案したことに可笑しな点がなかったかエルに確認するが、『理論的にはいけますよ』とエルはサムズアップしながら答える。

 

「すまん。おぬし達は本当にシルエットナイトを騎士とは思っておらんな。マギウスエンジンを逐次入れ替えるなぞあまり考えんぞ」

 

「そうですね。ラボの方でも基本的にはマギウスエンジンへの書き換えは行っても別の物に入れ替えるのは稀ですよ。……しかし、その運用は面白いですね」

 

「オルヴァー所長、マギウスエンジンを複数積み込み、起動時に異なったスクリプトを飛ばすことで使用するマギウスエンジンを変えることも可能かと思います」

 

 複数搭載したOSから使用する物を変更したり、炊飯器の仕上がり変更機能から着想を得たアルは、オルヴァーに使用する魔導演算機(マギウスエンジン)を変更する技術を提案する。しかし、その話をすると長くなると判断したアンブロシウスは『道路と一緒に聞くから後にせい』と話を中断させられた。

 その後はエルとアンブロシウス、オルヴァーは魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法をエルに伝えるために馬車に乗ってアルチュセール山峡関要塞の奥にある扉を通って行った。その間にアルはやることを行うために一旦工房に足を延ばし、ダーヴィドに今回受けた以来とエルからのお願いを伝達する。

 

「あのみょうちくりんなオプションワークスはラボのか」

 

「見覚えなかったッスもんね」

 

「ええ、動作の調整を任されました」

 

「ひとまず、マギウスエンジンは大破状態の物を取り出すのはやっておくか。おい!」

 

 ダーヴィドは隣で話を聞いていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)に声をかけると、すぐさま『へいっ』と返事をして魔導演算機(マギウスエンジン)を取り出す作業を行う班員を編成しだした。

 

「解体はあいつらに任せるが、オプションワークスの取り付けはどうする? カルディトーレは戦力の要だからだせねぇぞ?」

 

「カルディアリアを借りましょう。多分許可が下りると思うので、親方はカルディトーレを1機作製する具合で換装作業を行ってください」

 

「あっ! まっ……くっそ! おめぇら、副団長様からの仕事だ!」

 

 アルが脱兎のごとく駆けだし、種族的な足の遅さから引き留めようとしたダーヴィドの手は空を切る。豆粒ほど小さくなったアルの影を見ながらダーヴィドは忌々しげに見るが、やがて仕事優先と気持ちの整理を行うと先ほどアルが言っていた換装作業を行うために騎操鍛冶師(ナイトスミス)達を集めた。

 

 ***

 

「先王陛下から既に話は通ってるから別にこちらに許可はいらないよ」

 

「いいえ、ここら辺の指揮伝達はしっかりしないといけないので参りました。あ、あとお手伝いすることとかあります?」

 

「いや、君も結構仕事あるだろう? ……まぁ、ここの防備について良い案はないかね?」

 

 アルチュセール山峡関要塞の執務室で伯爵がアルの無能な働き者ムーブに嫌気がさしていた。『上で話が通っているのに現場に許可を仰ぐという無駄行動』に加え、『仕事があるのにさらに仕事を増やす』といった、能力がなければすべての仕事が中途半端になる恐れがあることを平然とする目の前の少年に本当に騎士団の副団長を任せても良いのかと多少愚痴を頭の中で零した伯爵は、とりあえず今回の騒動で露呈したアルチュセール山峡関要塞の防備についての相談をアルにしてみることにした。

 すると、アルは『城壁に魔導兵装(シルエットアームズ)を設置するのはどうですか?』と告げる。

 

「僕達の拠点では騎士団長の邪魔が入りましたが、ちょうど大破したカルディアリアがあるのでそのエーテルリアクタを要塞内部に納めるんです」

 

「なるほど。その魔力で拠点から法弾を撃つんだな」

 

「ええ、ミソなのがエンブレム・グラフを書き込んだ筒棒と触媒結晶を用意するだけという低コストな所と、魔力切れを起こしても法弾が撃てなくなるだけなのでシルエットナイトに比べて安全な所ですね」

 

 『よろしければ連射できる魔導兵装(シルエットアームズ)紋章術式(エンブレム・グラフ)の写しをお譲りしますよ?』とセールストークをするアルに伯爵は頷きかけたが、そう簡単に決めたらまずい案件に即座に首を振ると『先王陛下が帰ってきてからにしよう』と話を切った。

 その時、扉が開く音が聞こえたのでアルが執務室の窓から外を見ると1台の馬車がアルチュセール山峡関要塞の奥から戻ってきたのが見えた。

 

「承知しました。では、後でそこらへんも纏めてお話しさせていただきます」

 

 そういったアルが礼をしながら退出し、圧縮大気推進(エアロスラスト)で要塞各地に散らばった中隊長達やキッド、アディといった銀鳳騎士団の主要メンバーを集める。

 全員揃ったところでアル達は応接室に突撃し、応接室の扉から伝令らしい兵が出てきた瞬間に出くわしたアルはニュッと扉から顔を覗かせた。『伝令を向かわせようとした瞬間、当の本人が情報を伝えたい面々を連れて入ってくる』という不思議を通り越してもはやホラーの類に、アンブロシウスとオルヴァーは飲んでいた紅茶を吹きだした。

 

「おぬしは……どこから嗅ぎ付けてきた? まだ伝令をやってないぞ?」

 

「いいえ、先ほどカルディアリアの使用許可と要塞の改修案を伯爵と話していた時に門が開く音が聞こえたので」

 

 ごく平然と理由を言ったアルにこれ以上の問答は頭が痛くなってきそうな予感がしたアンブロシウスは、先ほどから当の本人が来たことにどうすればいいのか分からない伝令に伯爵を連れてくるように頼む。

 扉が閉じられた後、アンブロシウスは騎士団員達やオルヴァーしか居ないことを確認してから『理由は言えぬが、しばらくエルネスティは帰らぬ』と告げた。

 その言葉を聞いて最初に異議を申し立てたのがアディだ。

 

「理由を……」

 

「はい、アディストップ」

 

 理由を聞く口をアルが無理やり手で押さえて物理的に黙らせる。こんなに人が多い所で『魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法を知りに行った』と言ったが最後、かなりまずいことになりかねないのでアルは全員を見渡しながら『I Need To Know』という謎の言葉を呟いてから話し始めた。

 

「僕達が知る必要のない情報です。兄さんのことが大事ならこれ以上は先王陛下の口から言わせないでください」

 

「アルフォンスは……知っているのか?」

 

「ええ、ですがこれを皆に教えるつもりはありません。キッドにもアディにもです」

 

 いつものほんわかした間抜け面はそこにはなく、あったのはフレメヴィーラ王国所属である騎士団のトップ2としての顔だった。その顔の冷たさに少し怯えたアディだったが、すぐにアルを強く見据えながら『分かった』と告げた。そのままアディは周囲を見渡し、その視線に気づいたキッドや中隊長は深く頷くのを確認すると深く息を吸ってから『エル君が戻ってこないなら私達も残ります!』と告げた。

 

「おや? おやおやおや、副団長である僕からの指示は無視ですか?」

 

「えっ!? あっ……忘れてた」

 

 啖呵を切ったは良いが、アルというエルが欠けた状態での最上級役職が居ることをすっかり忘れていたアディは、現在進行形で冷たく彼女を見据えるアルの姿に狼狽えながら口をもごもご動かすが、その前に中隊長達が1歩前に出た。

 

「先王陛下。副団長閣下。なにとぞ騎士団長の帰還を待つ許可をいただきたい」

 

 命令に忠実かつ信念を曲げない騎士であるエドガーの率直な意見に、次第にどこか冷たい印象を受けるアルの顔が徐々にいつもの表情に戻っていく。やがて、口から空気を拭きだしたアルが堤が切れたかのように笑いだし、騎士団員が呆気にとられた表情を後ろに感じながらアンブロシウスに『そういうわけで』と告げる。

 

「僕達は騎士団長の帰還までここに駐屯させていただきます」

 

「うむ、そもそもアルヴァンズが新型機を受け取るまではここに居てもらう手筈だったからな。やれやれ、いったい何を勘違いしたんじゃろうな」

 

 アンブロシウスのしたり顔でさらに笑うアルに緊張感がすっかり抜けた団員達が一斉にアルに飛び掛かった。『なにが副団長だ!』や『ヘタレの癖に!』と散々な罵詈雑言と髪をぐしゃぐしゃに撫でつけたり頬を引っ張られる様子に、近くに居たオルヴァーも笑い声を上げる。

 

「ほれ、じゃれるのならさっさと解散せんか……っと、アルフォンス。おぬしに色々聞きたいんじゃった。残れ」

 

「御意」

 

 髪やら衣服が乱れに乱れていたアルがさっさと騎士団員達に退室願うと誰も来ないように扉を閉める。衣服の乱れを正してソファに座り込むと、携帯していたペンとインク壺を机の上に置いてオルヴァーから渡された真っ白い紙に『道路』、『魔導演算機(マギウスエンジン)』、『要塞の防備』といった文字を書いた。

 

「知らぬ内に仕事を増やすな」

 

「提案するだけですよ。実施するかは先王陛下や上の方々にお任せします」

 

 アンブロシウスからの注意を聞き流したアルはさっそく『道路』についての概要を説明する。

 ──とはいうものの簡単に言えば『ツェンドリンブル専用の道』である。ただ、今回のようなツェンドリンブルを用いた行軍や、今後出て来るであろう荷物や人の運搬、情報の伝達にはこれの存在があるのとないのとではかなり違ってくる。

 

「物資の流通がスムーズになればそれと同時に情報もスムーズに取得できます。それらを用いて経済も回すのがこの道路の根幹です。ですが実現するためには魔獣の駆除は当然として、莫大なコストや維持費、法の整備が必要です。簡単にはいかないでしょうが、リターンは大きいはずです」

 

「ふむ、ツェンドリンブルを用いた輸送路の確立か。たしかに実現すれば面白そうじゃ。維持費に関してもカルディトーレの登場で魔物の巣を潰せたりと成果が上がっておるから、折を見てリオに言っておこう」

 

「お願いします。では、次にマギウスエンジンを使い分ける案ですが……よく考えたら実用性が皆無ですね」

 

 使用するOSを変えて様々なソフトを使い分けるならまだしも、肘の旋回範囲や肩の上がり具合の数値を保存し、操縦するたびに保存した数値を基に魔力と命令を送る部品を使い分けても意味がないと説明を切り上げようとするアルにオルヴァーは『待った』をかける。その必死なまでの懇願に、アルは『減るもんじゃないし良いか』と先ほど切り上げようとした説明をするために新しい紙に図を描いた。

 

「えーっと、1機のシルエットナイトに3人のナイトランナーに合ったセッティングをすると仮定します」

 

 アルは紙に幻晶騎士(シルエットナイト)を1機、その横に人型を3人書いてそれぞれに『A君』、『B君』、『C君』と記載する。通常、1機の幻晶騎士(シルエットナイト)には1人の騎操士(ナイトランナー)の設定を書くのが精いっぱいである。それこそ、アルが少し前に話した『魔導演算機(マギウスエンジン)を取り換え』か『時間をかけて再設定』しない限り、A君の設定でB君とC君が乗ることになったりする。

 自身が慣れ親しんだ物から急に別の人物が使っていた物を扱うのは、騎操鍛冶師(ナイトスミス)騎操士(ナイトランナー)に関係なくストレスを感じる物だ。そこをオルヴァーが指摘するが、アルは幻晶騎士(シルエットナイト)の絵の上に『Aエンジン』、『Bエンジン』、『Cエンジン』と書いてそれぞれの文字と幻晶騎士(シルエットナイト)を矢印で繋げた。

 

「起動時にAというコードでAエンジン、BというコードでBエンジンが起動できるようにすれば、複数のマギウスエンジンを搭載しただけの1機の機体で使いまわすことが可能です。……ですが、実用性がないんですよね」

 

「そうじゃなぁ。騎士1人に1機のシルエットナイトが基本じゃからなぁ。マギウスエンジンの大きさも無視はできんしな」

 

 先ほどの焼き直しのように『実用性がない』とエルは呟き、アンブロシウスも『ままならぬなぁ』と残念そうな声を上げる。しかし、技術は技術なのでオルヴァーはそのことをメモすると共に『帰ったらガイスカ君に話してあげよう』と頭のメモにもしっかりと記録した。

 

「おぉ、忘れるところだった。アルフォンス、話は変わるがエルネスティに触媒結晶を譲ってもらえぬか?」

 

 アンブロシウスの直角を描くような話題変換に不審に思ったアルは考える。目の前には『何かを言おうとするが、言えない仕草』をするアンブロシウスと『それを見て呆れる』オルヴァーの姿がある。それを見てふと何かを察したアルだが、アンブロシウス達の様子から断定はできないので、さらにヒントをもらおうと口を開いた。

 

「触媒結晶ですか。さぞ、良い()になるんでしょうね」

 

「……そうじゃな。なんせ、おさがりではなく()()()()()を左右の腰に2()()()ほど欲しいとのことじゃからな」

 

(エーテルリアクタだ!)

 

 ニヤリと笑うアンブロシウスに、アルはそう結論付けると頷きながら『なんの触媒結晶』か考える。アルにも所有権がある魔力転換炉(エーテルリアクタ)に使うような高品質な物と考えると、行き着く先は1つしかなかった。

 

(ベヘモスの触媒結晶?)

 

 ベヘモスは便宜上は騎士団が倒したとあるが、実際はアルが援護してエルが止めを刺したので所有権的にはエルとアルになる。だが、そんな物が必要になるなんて到底信じられないアルは悩むが、突然応接室の扉がノックされる。

 

「少し待って欲しい! ……アルフォンス。これを」

 

 アンブロシウスが慌てた様子で道路や魔導演算機(マギウスエンジン)についての情報を書いていた紙を千切り、そこにペンで何かを書いてからアルに手渡す。そこには、『魔力転換炉(エーテルリアクタ)の委細を知ることを許す』と書かれており、アンブロシウスは口を開いて指で『呑み込め』とジャスチャーをしてくる。

 

(焼けば……においが残りますね。暗○パンじゃないんですよ!)

 

 ヤケになりながらもアルは一息にメモを飲み込んで証拠隠滅を図る。

 舌にインクの嫌な風味が残っているが、気合でやり過ごしている間にアンブロシウスが入室の許可を出すと、伯爵が扉を開けて入ってきた。手元には丸めた紙や紐で綴じられた資料があり、それらを机の上に一旦置くと礼をしながら『ここの防備についてアルフォンス殿に聞きに来ました』と告げた。

 

「ふむ。では、始めるか。アルフォンス、要塞の防備というがどのようなことを計画しておる?」

 

「はっ! まずはエーテルリアクタを最低1基、ここの内部に設置します。次にエーテルリアクタにシルバーナーヴを接続し、城壁に設置予定のシルエットアームズに接続します。あとは引き金を引くだけでこのようにシルバーナーヴとエンブレム・グラフが接触して法撃を放つ仕組みです」

 

「伯爵。どう考える? わしとしては此度の騒動を踏まえて実行するべきだと思うが」

 

「私も実行すべきだと思いますが、実際に見ないとどうにも納得がいきませぬ」

 

 机上の空論という言葉もある通り、実際に動かして効果を確かめないと納得できないという伯爵に、アンブロシウスは『当然じゃな』と頷くと、大破しているカルディアリアから1基魔力転換炉(エーテルリアクタ)を借り受けて実際に試験を行うようにアルに指示する。

 

 だが、その指示に異議を唱えたのがまさかの伯爵だった。曰く、『作業量的にも厳しいのではないか?』という意見にオルヴァーは『土木用の追加装備(オプションワークス)は後にしましょう』と提案した。元々期限は決められていないので、これによりエル専用機の魔法術式(スクリプト)開発と要塞の防備という二足の草鞋になったアルは『任せてください』と言いながら即座に行動に移すことにした。──具体的にはアルチュセール山峡関要塞の2階にある応接室の窓から身を乗り出してそのまま飛び降りたのだ。アガートラームをつけているので平然と地面に着地したアルだったが、初見でそんな光景を見た伯爵は冷や汗を大量に流しながらアンブロシウスに問いかけた。

 

「あの子は何者なんでしょうか?」

 

「あの数奇者が信頼する者であり、数奇者を除けばわしが特に成長を楽しみにしとる者じゃな。……もう少し融通が利いて、物事の機微に聡くなればのぅ」

 

「しかし、教え込むのもまた楽しい……ではありませんか?」

 

「オルヴァー、わしの台詞を取るな。ふふっ、ラウリの悔しがる顔が目に浮かぶわ」

 

 アルが飛び降りた応接室の窓から空を見ていたアンブロシウスは、ライヒアラの方角に『陛下! その子わしの! わしの孫!』と拳を振りながら抗議するラウリの顔を幻視したが、それを一笑に付した。

 

 ***

 

「──と、いうわけで兄さんが帰ってくるまでにやることはこれらです」

 

「余計な仕事増やしやがって……でもまぁ、大事な拠点っつーことだから防備は大事だな」

 

 騎士団員が全員そろった工房の中央でチョークを鳴らしながらこれからの方針を話すアルにダーヴィドは突っ込む。時間は夕方を少し過ぎており、今日の不寝番以外は作業を切り上げて要塞内に戻ろうかというところでこのような召集がかかったので全員心なしか目つきが鋭い。

 

「方針だけ言ったら解散するんでそれまでお付き合いください。まず、実働部隊はそのまま警護や物資の輸送を行ってください。実働部隊は解散!」

 

「ちょっと待て! 早すぎるだろ!」

 

 あまりにもおざなりな指示にエドガーは突っ込むが、今回の方針で大きく動くのはダーヴィド達騎操鍛冶師(ナイトスミス)である。そのことを伝えたアルに、実働部隊の団員達は釈然としない表情を浮かべながらも話は済んだので大人しく要塞の部屋に引き上げていく。やがて実働部隊が全員工房から消えると、アルは『悪魔のような笑み』を浮かべながらダーヴィド達を相手に騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊の方針を伝える。

 

「まずはエルネスティ・エチェバルリア専用のスクリプトの開発。機体の方もものすごいピーキーな物を要求されると予想されるので、覚悟はしておいてください」

 

 やたらと脅してくるアルに騎操鍛冶師(ナイトスミス)全員が震え上がるが、どんなに震えても絶望は刻一刻と迫って来るので無駄な足掻きだと悟ったダーヴィドは『なにを準備すれば良い?』とアルに聞く。

 エルの専用機の仕様はシェルケースがアルチュセール山峡関要塞に侵攻してくると聞かされる直前に概ね聞いている。なので、それに沿う形で考えると『追加装備(オプションワークス)を動かす雛型のスクリプト』と『直接制御(フルコントロール)で機敏に動かせるよう、現在の幻晶騎士(シルエットナイト)が運用している操縦系の魔法術式(スクリプト)を解析し、どこがまとめられるか検討』の2つが主な内容になってくる。

 

「雛型のスクリプトはカルディトーレ開発時に概ね出来ているので問題はありません。後はスクリプト解析ですが、これもカルディトーレの時に嫌というほどやっているので、後は確認しながらまとめるのみです」

 

 アルの言う作業予定にダーヴィドは毒気を抜かれる。しかし、先ほども言ったように『機体の方がヤバい代物になる』ことが十分にあり得ると考えたアルは『忠告はしましたよ』と言うと、次の説明に移るために黒板にアルチュセール山峡関要塞の城壁を書き出した。

 

「次にこの要塞の防備についてですが、騎士団長……鬼の居ぬ間に改修を済ませてしまおうと思います。主な改修は、要塞の指令所に大破したカルディアリアから抜き取ったエーテルリアクタを置きます。あとは城壁の各ポイントにシルエットギアでも動かせるサイズのシルエットアームズを設置してエーテルリアクタと繋ぐ。これにより、要塞の城壁からの支援法撃が可能になるので防衛力は格段に上がります」

 

「ちょっと待て。そのアイデアって……ああ、オルヴェシウス砦が出来る前に銀色坊主が愚痴ってたあれか」

 

 ダーヴィドの問いにアルは頷いて返す。オルヴェシウス砦に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を置くオール魔力化案はオルヴェシウス砦でやろうとして騎士団長のエルが激怒したのは記憶に新しい。だが、ここは必ず守らなければならない拠点である。幻晶騎士(シルエットナイト)数機の戦闘力と引き換えに要塞に防衛能力や支援能力が得られるのならやすい物だとアルは考えた。

 

 ただ、さすがにアルも2度目の逆鱗と途中までやって解体は怖いらしく、エルが居ない間に改修を行い、仮にバレても簡単になかったことに出来ないところまで進める腹積もりらしい。その予定を聞いたダーヴィドは『姑息だな』と呟いた。

 

「姑息で結構です。エーテルリアクタは飾って嬉しいコレクションじゃあないんですよ! 移し替える筐体がないのならこういう使い方もあるんです!」

 

「お、おう。とにかく落ち着け。要塞の改修は分かったが、スクリプト関係はどうする? 言われた通り、カルディアリアにアタッチメントを付けてラボのオプションワークスをくっつけといたぞ。マギウスエンジンもこの通りだ」

 

 アルの剣幕に押されたダーヴィドが親指を指した先には掌部分をクローアームに変えたマッシヴなサブアームを背負い、大型ペンチのような見た目の追加装備(オプションワークス)が左右の腕の肘部分に接続されているカルディアリアが立っていた。そのすぐ横には魔導演算機(マギウスエンジン)が2つ置かれており、明日にでも作業が開始できそうな環境にアルは満足げに頷く。

 

「それでは要塞の改修は城壁の修理を行っている班で行ってください。仕事は増えますが、大事な仕事なのでよろしくお願いします」

 

「分かった。じゃあ俺達は戻る。お前ら、解散するぞー!」

 

 ダーヴィドの号令に次々と帰り支度を済ました騎操鍛冶師(ナイトスミス)が部屋に戻るために要塞に足を向け、不寝番の騎操士(ナイトランナー)幻晶騎士(シルエットナイト)に乗り込むために戻ってくる。カルディトーレの魔力転換炉(エーテルリアクタ)の音が鳴り響く中、アルは部屋に戻る前に空を見上げる。

 

「ワンオフのエーテルリアクタねぇ。兄さんが頼み込んで来たら考えようかな」

 

 アルの胸中に、アンブロシウスから伝えられた触媒結晶についての処遇についての考えが悶々と渦巻いていた。




次回は幕間です。
文字のフォントとか調べてたら面白そうなものがあったのでホラーっぽいものでも書こうかと
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