銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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今回はエル君が外部研修している間のアルチュセール山峡関要塞を舞台にしています。
※今回はホラー? たぶんホラー描写もあるので苦手な方はご注意ください。


鬼神誕生編
幕間(ディートリヒの決意/人食い幻晶騎士)


 エルがアルチュセール山峡関要塞の奥で魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製法を学びに行って今日で1月が経過した。

 

「アルヴァンズも帰ってきましたし、スクリプトもアルチュセール山峡関要塞全体の改修も終わりましたね。帰る準備をしてもらってますから、親方達には明日の輸送便で帰ってもらって実働部隊は兄さんが帰ってから一緒に撤収しましょうかね」

 

 日報を書いていたアルはふと窓から要塞の城壁を見ると、銀鳳騎士団の第2中隊が巨樹庭園(ギガントガーデン)から出てきた魔獣を屠り、アルヴァンズの紋章が肩に塗装されたカルディトーレ達が残りの敵がいないか巨樹庭園(ギガントガーデン)に侵攻していく姿が見えた。

 さらに城壁から魔導兵装(シルエットアームズ)付きのトロッコに乗った幻晶甲冑(シルエットギア)から絶え間なく法弾が飛んで魔獣をけん制している様子にアルは自分の仕事がうまくいったことに満足げに頷いた。アルと愉快な騎士団員は今日も元気に通常営業である。

 

**ディートリヒの章**

 

「あいつも変わったな」

 

「あいつってディーのこと?」

 

 帰還したばかりのツェンドリンブルの横で仁王立ちしているアルディラットカンバーが、巨樹庭園(ギガントガーデン)に近い場所で『撃刺巻貝(デッドリーコンク)』と呼ばれる毒棘を飛ばす巻貝のような魔獣を細切れにしている様子を見てぽつりと呟く。本来ならばエドガーも加勢に行くべきなのだが、ディートリヒは『茶でも飲みながら休んでいてくれ』と2番中隊を率いて吶喊していったのだ。

 昔のディートリヒなら『面倒だからエドガー頼む』と丸投げしていたところだが、いつしかそんな面倒くさがりな性格はずいぶん大人しくなり、中隊で真っ先に突撃を行うといった自信と度胸が噛み合っているようにエドガーは感じた。

 

「先王陛下からお褒めの言葉をいただいて泣いちゃうくらいだもの。そりゃ変わるわよ」

 

「ヘルヴィ、あいつの最初の印象は知ってるだろ。あまり茶化してやるな。俺だって同じ立場なら泣くぞ」

 

 厳しめに言うエドガーにツェンドリンブルから反省したようなしょげたような声が聞こえ、予想外の反応に狼狽えるエドガーとすぐに笑いだすヘルヴィ。

 そんなエドガー達のすぐ後ろでカルディトーレの騎操士(ナイトランナー)達が、『副団長に報告だな』や『口の中がじゃりじゃりする』と言ったすぐ正面で戦っているという雰囲気を感じさせない空気を作っているのだが、彼らは知らなかった。

 

 そんなストロベリー空間をよそに、巨樹庭園(ギガントガーデン)から出てきた撃刺巻貝(デッドリーコンク)をグゥエラリンデの風の刃(カマサ)が切り刻む。すぐさま第2中隊を集合させながら周囲に生きている魔獣が居ないか確認していると、巨樹庭園(ギガントガーデン)の奥からアルヴァンズの紋章を肩に塗ったカルディトーレが片手を上げながら出てきた。

 

「数匹ほど居たがすべて駆除が終わった。感謝する」

 

「いいえ、こちらこそ確認いただきありがとうございます」

 

 年上かつ、栄えある精鋭部隊ということもあってか、返事をしたディートリヒの口調は堅い。その様子に第2中隊の団員は茶化すが、さっさと戻るように命令すると、ディートリヒ自身も鐙を動かしてグゥエラリンデを歩かせる。

 

(まだだ。まだあの背中に追いつくには遅すぎる)

 

 ディートリヒはグゥエラリンデに増設された魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を起動するボタンを撫でながら、現在居ない小さい背中と留守中の銀鳳騎士団を切り盛りしている小さい背中を思い出した。彼らの背中を見て、模倣して、訓練を重ねた日々は決して楽な道ではなかったが、今回の出動でその結果を披露することが出来てディートリヒ自身は満足していた。

 だが、ディートリヒが掴もうとした背中はまたもや遠くへ行ってしまい、それに気づいたディートリヒが少し落ち込んだのも満足したのと同タイミングであった。

 

(思えば遠くに来てしまったものだね)

 

 ディートリヒは先日の不寝番時にエドガーに投げかけた言葉を再度思う。アルが言っていた『事実は小説より奇なり』という言葉がしっくりくるほどの波乱ぶりにディートリヒは心の中で笑った。

 

(私はあの時、エルネスティが見つけてくれて幸運だったかもしれない)

 

 あの時、エルネスティが居なければディートリヒは恐らく後ろ指を指されながらライヒアラを去っていただろう。もしかしたら、逃げた後に沸いてきたほんの小さな良心に苛まれて精神を病んでしまっていたかもしれない。そんな『たられば』がグゥエラリンデが歩いた時に生じる衝撃と共に浮かんでは消えていった。

 

 しかし、エルがグゥエールに乗ったことでそのあったかもしれない未来は潰えた。騎士として敵に立ち向かう姿を知り、アルによって初心を立ち直る機会をもらったディートリヒも、今では専用機を自在に操る騎操士(ナイトランナー)に成長した。

 なお、当の本人たちは別にそんな意図はなく、『ロボットで戦いたかった』や『結果的に兄さん守ってくれたし御礼しないと』と割と適当な理由なのだが、それは本人等だけの秘密である。

 

(先王陛下にも認めていただいたが、私はまだ満足していない)

 

 門で後詰として待機していたエドガー達に迎え入れられたディートリヒはそのまま工房に移動しながら次の出撃に備えてグゥエラリンデの操縦席で待機する。その時、アルディラットカンバーの隣に居た角が生えたツェンドリンブルからヘルヴィのニヤついた顔を思い出したディートリヒは、つい先日に先王であるアンブロシウスから評価を改められたことを思い出した。

 

 あれは、先ほど言った『遠くへ来てしまった』という会話のすぐ直後のことだった。『精が出るな』という言葉に振り替えるとアンブロシウスが立っていたので、それに気づいたエドガーとディートリヒは膝を折ろうとし、アンブロシウスに止められた。

 

「あの軍勢を相手によく戦ってくれた。フレメヴィーラに住む者として礼を言う」

 

「光栄の至りです」

 

「光栄です」

 

 王は退位したとはいえ、王族からの礼にエドガー達も返礼をする。だが、アンブロシウスは誰も居ないことを確認し、あろうことが頭を下げた。一介の騎士に元とはいえ、王が頭を下げるのはあってはならないことなのでエドガーが再度周囲を確認し、ディートリヒが慌てて頭を上げさせる。

 

「すまぬ。これは王としてではなく1人の孫を思う祖父として言いたい。孫を救出してくれて礼を言う」

 

「いえ、我らは副団長の指示に従っただけです」

 

「右に同じです」

 

 銀鳳騎士団1の堅物と陰ながらに称されているエドガーの返答にアンブロシウスは『アルフォンスはおぬしに似たな』と笑うと、真面目な顔でディートリヒを見る。そのすべてを見透かしてそうな目にディートリヒは必死に耐えていると、不意に名前を聞かれたのでディートリヒはすぐに反応した。

 

「はっ! 銀鳳騎士団第2中隊長、ディートリヒ・クーニッツです」

 

「ほう、おぬしがか。……ベヘモスの際に逃げ出した騎士の」

 

「……はいっ! ベヘモスの圧力に屈し、逃げ出してしまいました!」

 

 アンブロシウスの問いにディートリヒは相手の目を見ながら正直に回答する。ディートリヒはやろうと思えば取り繕うこともできたが、彼は取り繕う素振りも見せなかった。それは、『アンブロシウスが内容を知っているのでウソがばれる』というちっぽけな理由では断じてなく、『もう2度と逃げ出したりしない』というたった1つの固い誓いによるものだった。

 徐々に圧力を強めながらディートリヒを見るアンブロシウスはやがて口を開くと、『正直だな』と言うと、それを聞いたディートリヒは特に考えることもせずにまたもやアンブロシウスの目を見ながら返答する。

 

「あれはたしかに私の汚点です。しかし、その汚点……いや、初心を大切にするように言った副団長の温かさに、そして困難があれば打ち砕き、ただひたすらに道を求める騎士団長の姿に私は惹かれました! だから私は銀鳳騎士団(ここ)に居ます!」

 

「ほう? では、奴らが窮地にあった時はどうする? 奴らが救援はいらぬと手をはねのけたら?」

 

「だとしても! 私は諦めずに死地へ飛び込みます! 今度手をはねのけられたら、その手ごと引き上げます!」

 

 ディートリヒの強い意志が籠った言葉にエドガーも同意する。新種の殻獣(シェルケース)の際にまごついた経験から2人は『今度は頼られるようにする』と固く誓ったのである。

 やがて、ディートリヒの眼差しにアンブロシウスはふっと笑みをこぼすと、『アルフォンスの見立ては正しかった』と呟いた。その言葉を聞いた途端、ディートリヒは呆気にとられた表情のまま目からは涙を流し、鼻から水のような鼻水が流れ出た。続いて鼻をツンッとする感覚に従い、鼻をすすっては声を詰まらせながら泣いた。

 

「これからもあの趣味人と融通の利かん頑固者を頼むぞ」

 

『御意!』

 

 エドガー達の返事に言いたいことを言い終えたのかアンブロシウスはそそくさと戻っていき、その後は涙が思ったよりも止まらず、その光景をヘルヴィに見られてかなり恥ずかしい思いをしたのは記憶に新しい。だが、なかなか良い思いをしたものだと先日のことを思い出したディートリヒは口をニヤつかせる。

 

「お、皆ー! ディータイチョがなんか変なこと考えてニヤついてるぞー!」

 

「なんだってー! ディータイチョが変なことをー!?」

 

 そして、いつの間にかグゥエラリンデの胸部装甲が開かれていたらしく、中の様子を見られたディートリヒは現在進行形で恥ずかしい思いをしているのだが、この空気もディートリヒは居心地よく思っていた。

 

***

 

 本日の業務が終了し、不寝番以外が寝静まった夜。1つの影がアルチュセール山峡関要塞の城壁に取り付くと外壁の僅かな凹みを頼りにするすると移動し、やがてとある部屋の窓を叩く。その音に気付いたのか魔導ランプが点けた何者かが窓を開けると、影は窓から一気に部屋に侵入する。

 

「ありがとうございます……随分着衣が乱れてますが、何かありましたか?」

 

「いえ、アディがエルネスティ欠乏症を訴えまして」

 

 やたら髪や服が乱れているアルの解答に、影──シャドウラートに搭乗しているノーラはさもありなんという表情を浮かべる。

 エルがこのアルチュセール山峡関要塞から姿を消して1月。その思いの対象が居なくなり、いつも摂取していた『エルニウム(命名:アデルトルート)』が枯渇したアディの次の行動は──代替品(アル)をエルの代わりにすることだった。

 

「虚空に居る兄さんに声をかけたり、僕を兄さんと見間違えたりしてたんですが……1週間は我慢できてたんですけどねぇ」

 

「後者の方は仕方ないのでは?」

 

「まぁ、それは良いんですよ。僕の許可が取れた瞬間、1日に何回も抱きつかれるのはどうにもね。ほら、お年頃ですし」

 

 共感してもらえない話題を変えようとアルは困った表情をしながらノーラから渡された報告書に目を通す。中等部の2年ぐらいからアディの目標がエルに固定され、1年と数ヶ月ぐらい平穏無事に済んでいた。

 しかし、最近エルの代替品として抱きつかれると改めて分かるアディの女性らしさに、アルは内心『こんな子相手に平常心な兄さんパネェ』と謎の尊敬をエルに向けていた。

 

「エルネスティ様もシルエットナイトに御執心ですからね」

 

「たぶん騎士団長機ができた暁には新婚旅行と称して魔獣の巣に行きますよ。……あ、陛下に都合の良い魔獣の巣がないか聞いてもらってもかまいません?」

 

 魔力転換炉(エーテルリアクタ)のことなど、アルが積極的に秘密にしている情報以外は共有しているので、『ようやく騎士団長機ができるかもしれない』という爆弾情報をノーラはスルーしながら頷く。

 そうしていると、アルがふと気づいた報告書の一部──『西方諸国のいずれかが大きく動く可能性あり』と書かれた内容にアンブロシウスからの忠告を思い出した。

 

「国の断定は難しいですか?」

 

「申し訳ありません。この前は西方諸国全土の流通が活性化したので発覚しましたが、各国に紛れ込ませている者が少なく、情報の伝達にムラが有るのでどの国かの断定は難しいです」

 

 ノーラの申し訳なさそうな顔を見ながらアルは時間がない事を悟る。フレメヴィーラが攻め込まれるのか、はたまた攻めるのか。どちらにしても、この大きな動きが一度始まってしまえばもう後戻りはできない。今まで魔獣という害獣を狩っていたアルだが、この大きな動きの中で人を殺めてしまう可能性があるという心構えは、今のアルには到底持つことができなかった。

 

「それともう1つ報告を 増員してこの周囲を何度も調べましたが、やはり例のシルエットナイトは見つかりませんでした」

 

 ノーラの報告にアルはブルリと身震いしながら『居ないとすれば、あれは一体なんだったのか』と自問自答するが答えは出てこない。──話は2週間ほど前に遡る。

 

**怪談の章**

 

 その日はバケツどころか、風呂桶をひっくり返したような土砂降りの雨だった。

 大破して横たわったカルディアリアの肩部をサブアームに装備しているクローアームで挟み、そのままアルチュセール山峡関要塞の門の前に持っていこうとしていたアルに、盾の先端をスコップ代わりに地面を均していたディートリヒは声をかける。

 

「アルフォンス。人食いシルエットナイトって知ってるかい?」

 

「なんですか? 怖いの苦手なんですからやめてくださいよ」

 

 土砂降りの日に話す怪談なぞ怖さが倍になるに決まっているとアルはぬかるみに気をつけながら足を進ませるが、その矢先にエドガーが『俺の故郷にもあったな』と会話に参加する。

 

「放置されたシルエットナイトがナイトランナーも居ないのに動き回って、興味本位に操縦席に乗った子供を衰弱死させるまで連れ回すんだろ?」

 

「そんな話だったっけ? 血で真っ赤な操縦席に閉じ込めて死んだ騎士の死に様を見せて開放するんじゃなかったっけ?」

 

 知らぬ間にヘルヴィも参加しだし、『同じ話なのに故郷によって違う』というあるある話を繰り広げている中、その会話が聞こえていたアルは耳を塞いでいた。

 アルは前世の年齢的に『最強でナンバー1』世代に引っかかっているので、そういう怖い話は苦手だ。特に怖い話の中でよくある『聞くと現れる系』の物は前世の社会人になった時でも『じゃあなんで言うんだよ!』と猛烈にキレるほどである。

 

「そういえば、この話もやってると近くに出るって話もあったね。こことかカルディトーレだらけだから、副団長は無闇に乗らないようにするんだよ」

 

「じゃあなんで言うんですか!」

 

 どうやらこの話もよくある『聞くと現れる系』らしく、アルは前世と同様にキレる。その反応から怖い話が苦手だと悟ったエドガーとヘルヴィが弱点を発見したとばかりにからかってきたので、アルは怒りながら両腕に接続した土木作業に使用するペンチ型の追加装備(オプションワークス)でカルディアリアの腕や足の残骸を挟んでいた。

 

「あれ、あんな所にシルエットナイトってありましたっけ?」

 

 作業も山場を越えたが、未だに土砂降りの様子に辟易していたアルはふと森の奥で1機の幻晶騎士(シルエットナイト)が木にもたれかかっているのを確認した。アルが回収しようとサブアームを動かしながら近づくと、それは錆止めがすっかり剥がれ、錆が浮き上がったスクラップ一歩手前の幻晶騎士(シルエットナイト)で、片方の足が欠損していた。

 アルがその機体を注意深く検分し、教導機の基であるサロドレアと類似点が多いことからサロドレアのバリエーションと推測するが、そんな骨董品が博物館ではなくこんな所にあるのも妙な話である。

 

「動かすのはまずそうですから、伯爵とかに聞きましょうかね。……あ、もし好きにして良いのならコレクションにするのも」

 

「おーい、アルフォンス! アデルトルートがまたエルネスティ欠乏症になってるぞー!」

 

 勝手に手を出すと後がめんどくさそうな雰囲気だったので、アルはバトソンに言われるがまま、作業を中断して要塞の中へ入っていった。その後、エルの声色を真似たアルがアディのケアに奮闘したが、急に真顔になったアディに駄目だしされてしばらく落ち込むのだが、それ以外は何事もなく本日の業務が終わった。

 

「ちくせう。『エル君より常識人っぽい声色だからエル君っぽくない』ってなんですかー。ふわっとした駄目だしが困るんですよ! こうなったらもう目隠れ後輩系キャラになグゥゥー」

 

 ベッドの上でアルはアディに言われた細かすぎる注文にじたばたと暴れながら不満をぶつけていたが、唐突にいびきをかきながら就寝する。要塞内に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を敷設したり、騎士団長機に使用する魔法術式(スクリプト)をまとめる傍らで土木用追加装備(オプションワークス)魔法術式(スクリプト)を動かしながら修正する作業は思ったよりも堪えたらしく、アルは夕食の時間になっても起きずにそのまま眠りこけていた。

 

 しかし、数時間後。盛大な腹の虫を撒き散らしながらアルは目を覚ます。

 

「腹が……減った」

 

 どこかの貿易商のような台詞を吐きながらアルがベッドから身を起こす。未だ部屋は暗いことから深夜帯に起きたことを知ったアルはもう一度寝ようとするが、夕飯も食べていない腹が『メシをよこせ』と猛獣のような唸り声を発している。

 

「仕方ない。厨房でなにか摘みましょうかね」

 

 ベッドから身を起こしたアルは靴も履かずに扉を開け、ペタペタという小さい足音を立てながら厨房を目指す。『ヘルヴィさん達が帰ってきたから新鮮なパンとかないかな』と期待しながら歩いていると突然、窓からまばゆい光と共に雷鳴が轟いた。っその音と光にアルは『フヒィッ』という小さい叫び声を上げながら廊下の隅に寄る。

 

「また雨降ってきたし。やだな~怖いな~……なんか嫌だなあ~」

 

 怪談で有名な俳優の口調の独り言を発しながら先ほど歩いていた速度よりも遅い足取りでアルは廊下を歩くが、突然『ガシャン』という金属質な音がアルの耳に届いた。その音は迷いがないように廊下を歩き、あるが先ほどまで居たところ──アルの部屋の前で止まった。

 

「不寝番……いや、ガシャンとか有り得ませんよ」

 

 不寝番が異常を伝えに来たという推測は真っ先に除外する。カンカネンならいざ知らず、ここの不寝番は主に騎操士(ナイトランナー)がやっているので革鎧を使っている。先ほどのどう聞いても金属鎧を着込んでいるような音は出ない。

 正体が気になったアルはもと来た道をゆっくりと戻っていくが、同タイミングで部屋に居ないことに気づいたのか、こちらに向けて足音が近づいてくる。ガシャガシャと金属が石畳を踏む音が大きくなり、ついにアルの正面に『所々が凹み、長大な剣を背負っている全身鎧』が現れた。

 

「──────────!」

 

 アルは絹が引き裂かれるような悲鳴を上げながら一目散に鎧から走り去る。後ろで『アルフォンス様』と言っていた全身鎧が居たのだが、そんな些細な事はアルには聞こえておらず、ひたすら走ったアルは銀鳳騎士団で頼れるお兄さんことエドガーの部屋に急行する。

 

「エドガーさん! おばばば! おばぁ……」

 

 アルは扉を開けた先を見て言葉を失う。

 ここで諸兄に問題である。『時間は深夜×久しぶりの酒を呑んだ若い男女』、良い雰囲気か否かを答えよ。──答えは当然YESである。

 頬を朱色に染めながらトロンとした目でエドガーを見ていたヘルヴィと少しばかり気分がよさそうなエドガーが一斉にこちらを向き、数秒後に正気に戻った。

 

「失礼しました!」

 

 アルはとんでもない所に出くわしたと扉を閉めて即座に転進。消去法でディートリヒの部屋まで走るが、彼が走り出したのもつかの間、後ろの方からエドガーがアルを呼びながら走ってくる。

 

「待て! 誤解だ!」

 

「大丈夫です! 誰にも言いませんから! 誰にも言いませんから!」

 

 大事な事なので2回言いながらディートリヒの部屋に突撃したアルは、第2中隊の団員たちが集まっているという『修学旅行中の男部屋』のようなイメージを放つディートリヒの部屋の奥にあるベッドの下に隠れる。

 当然、いきなり入ってきて奇妙な行動をしようとするアルをディートリヒは止めるが、アルはそのままベッドの下に隠れてしまう。ベッドの下の男ならぬ、ベッドの下の小動物が安全地帯を確保して落ち着くと、ディートリヒの部屋の扉をノックしてエドガーが入ってきた。

 

「アルフォンスはここに来なかったか?」

 

「副団長ならあそこから顔を出してるよ」

 

 ベッドから顔を出すアルにエドガーは怒ることなくそばに近寄って事情を聞く。『剣を背負った全身鎧』というバリバリの不審者との遭遇に、ディートリヒと第2中隊は即座に装備を改めるために各自の部屋に向かおうとするが、開けたままの扉の前に件の全身鎧が姿を現した。

 

「だれか!」

 

 無手の得意な団員を前に出しながら机から剣を取ったディートリヒが尋ねる。もしアルを狙った刺客なら中隊には悪いが、自分と中隊員を盾にしながらエドガーに後を託さなければならないとディートリヒは覚悟を決める。

 しかし、鎧から『ノーラです』という言葉が届いたことで、不審者だと思っていた鎧がシャドウラートだったことに気づいたアルは『あ、よく見たら』と言いながら警戒心がほんの少し薄れる。

 

「銀の鳳」

 

「……鷹と共に飛ぶ」

 

 デュフォールで決めた合言葉を答えたことで警戒心を解いたアルは、『皇族御用達の連絡係の人です』と言いつつ念のためにディートリヒの陰に隠れながら気になったことをノーラに問いかけた。

 

「なんでまだそれに乗ってるんですか?」

 

「すみません。先ほどの雷鳴に操縦を誤って木にぶつかってしまって降りることができないんです」

 

 申し訳なさそうな声でノーラが後ろを振り返る。シャドウラートの背中には先ほどいわれた木にぶつかった跡だと思われるかなり深い凹みがあり、アルは注意深く観察すると内部のシルバーナーブも切れていることが分かった。

 

「あー、断線してますね。よっこいっしょっと」

 

 アルが掛け声と共に魔法術式(スクリプト)を流すと開閉用の魔法術式(スクリプト)が反応してシャドウラートの装甲が開いた。そのままシャドウラートに吐き出されるように排出されたノーラは地面に着地するとアルへの礼と共に騒がせた謝罪をする。

 

「気にしなくて良いよ。副団長の早合点が原因だし。それにしてもお化けって……お化けって」

 

「聞いたら出る系怪談を無理やり聞かせた罰で減俸にしても良いんですよ。エドガーさんも何笑ってるんですか? さっきは言わないと言いましたが、あなたも社会的な生殺与奪の権を僕に与えてしまってるんですよ?」

 

「すまない! 本当にすまないから止めてくれ!」

 

 エドガーが土下座する勢いで頼み込む様子にディートリヒはどんな弱みを握られたのか気になったが、減俸が怖いので平謝りをする。そんな愉快な様子にノーラは修繕箇所を的確に直してアルにライヒアラの近況や先ほど遭遇した密偵らしき男の情報を話し、『始末してきます』と雷も雨音も聞こえなくなった窓を開けて外に出て行った。

 

 その後は騒ぎを聞きつけた伯爵やアルヴァンズから軽い事情聴取を受けた後、念のためにディートリヒや第2中隊員と共に朝まで『くっつけたい追加装備(オプションワークス)選手権』に花を咲かせ、『棘がついたナックルダスター』や『大型の魔導トーチで甲殻を焼き切る物』といった珍装備がアルの手によって作り出されるのだが、それはまた別のお話である。

 

***

 

 未だぬかるみが目立つ夜の森を1人の男が走っていた。肩や腕には裂傷や矢傷があり、傷から流れた血がぬかるみに落ちては泥と混ざるが、男はそのようなことに森の中を走っていた。

 彼はフレメヴィーラ出身ではない。もっと正確に言えば『クシェぺルカよりさらに奥にあるパーヴェルツィーク王国の密偵』だった。

 とある不祥事から西方諸国では伝説上の存在といわれる魔獣が跋扈する田舎国家に左遷させられた彼は、このまま農村で一生を終える事を覚悟していたが、ある種の転機が訪れた。田舎国家の誇る最新鋭機の一団が彼の住む農村の近くを良く通り過ぎていくのだ。

 そのことに気づいた彼は仮病で数日の暇を作り出し、その間に最新鋭機の向かう先を調査した結果、かなり堅牢な要塞を発見する。重要機密、もしなければこの国の最新鋭機を奪取すれば国許へ帰れるのではないかと一縷の望みをかけた彼は、夜中を待ってから行動に移した。

 

 しかし、事態はそう上手くはいかなかった。

 

「逃げねば……あの死神から逃げねばっ!」

 

 彼は息を切らせながら森の中を走るが、彼の耳にはガサガサと何かが追ってくる音が常に聞こえてくる。その音に先ほど相対した『鎧を着込んでいるのに、猿のように機敏に動く怪人』を思い出した男は、恐怖しながら何とか村まで逃げようと方角も分からずにひたすら走るが、唐突に彼の腕に激痛が走った。

 

「クソッ……タレェ!」

 

 腕に新しく生えた黒塗りのボルトを忌々しげに見た男は持ってきたブロードソードを持って錯乱したようにあたりに振るうが、草を刈り取るばかりでしだいの彼の体力も底を尽きかける。

 頭の中で捕まった後のことが鮮明に浮かび上がるが、それを振り切るように男は走る。すると、目の前に大きな金属の物体が姿を現した。

 

「シルエットナイト……ひとまずここに隠れよう」

 

 腕には騎操士(ナイトランナー)が倒した魔獣をカウントしていたのか引っかいたような傷が数十個程規則的に並んでおり、片方の足が根元からもげてもはや自由に動くことすら叶わない幻晶騎士(シルエットナイト)の残骸。しかし、男には目の前に垂らされた1本の蜘蛛の糸だった。追っ手から隠れるために深く考えることなく男は大きく開いたハッチから操縦席に飛び込み、手探りで操縦席に座ると一安心とばかりに深く息をついた。

 

ミツケタ

 

 突然彼の頭に声が響いてくる。彼は当然何も声を発していないので周囲を見るが、突然彼が入っていた外へと繋がるハッチが閉じられた。

 

「な、なんだ! どうなっている!」

 

 男は動揺しながらも手を前に出して操縦桿やボタンを探り当てた端から手当たり次第に動かすが、魔力転換炉(エーテルリアクタ)の反応すらないので反応が帰ってくる事はなかった。だが、このままじっとしているわけにもいかないので男は再び外を出ようとハッチを力強く押していると、さらに頭の中に声が響いてきた。

 

カエロウ オウチヘ カエロウ

 

「誰だ!」

 

 身の毛をよだつような感覚を振り払おうと男が謎の言葉に強く返答しながら腰の杖を引き抜いて何かないかと火炎弾丸(ファイアトーチ)をつける。その瞬間、彼の目玉には赤色が映った。

 

赤 アカ あか AKA aka

 

 操縦席の周囲には血を用いて塗装したばかりかのような鮮やかな赤色で染まっていた。その異常なまでの生々しい色に男は後ずさると、足元で『パキリ』という小気味の良い音が聞こえた。

 恐る恐る彼は足元を確認すると、そこには夥しい量の白骨が転がっており、それを見た男は思わず叫びながら杖を取り落としそうになる。

 

「なんだ……ここは……なんだ!」

 

カエロウ カエロウ

 

 先ほどの声に聞くように男が声を荒げるが、謎の声は同じことを繰り返すのみだった。やがて、男は決心した様子で杖を正面に構えた。男は集中して魔法術式(スクリプト)を編み、数分後には一つの炎の玉を生み出した。

 

「この距離では危険だが……止むをえまい!」

 

 『爆炎砲撃(フレイムストライク)』、男が使える中級魔法の中で最大の威力を放つ魔法を前に男は操縦席の後ろに隠れながら法弾を放った。爆炎の熱が男の頬を撫で上げながら肉体を焦がし、圧倒的熱量に操縦席内部の温度も空気も灼熱に変わる。熱風を吸い込むことで男の肺をジワリと焦がすが、その威力に脱出を確信した男の目が恐怖に染まる。目の前には傷一つない真っ赤な壁があったのだ。

 

「ふっ……ヒヒヒ」

 

 魔力切れ特有の頭痛とぼやける視界の中で薄気味悪く笑った男は手に持った杖を取り落とす。そのまま操縦席に足をかけて何度も何度も強く叩く。

 

「出して……ここから出してくれ!」

 

 男はやや錯乱気味にハッチを叩いていたが、ふと操縦席にかけていた足首に違和感を感じた。

 

ネェ ボクタチト カエロウ

 

 謎の声に従うように恐る恐る下を向くと、そこには『子供の顔』があった。全員抜け殻のような表情で男を見つめながら、まるですがりつくように細い腕が男の足首に纏わりついてくる。そのような様子に少しだけ残っていた男の精神力はついに音を上げた。

 

あ”あ"あ''あア"ア''Aa! 

 

 足首の手を振り払うように操縦席から飛び降りた男は、パキパキと足元の骨が砕ける音も気にせずに真っ赤な壁を叩く。だが、何度叩いても効果がないので男は壁を削り取ろうとがりがりと引っかく。

 

出して! ふぃひ! フィーヒヒヒ! ケヒャヒャヒャ! ここから出して! アヒャヒャヒャ

 

 錯乱しながら何度も何度も壁を引っかき続け、途中で爪が剥がれようとも男はかまわず引っかき続ける。男の指先から出た血が赤い壁に重ね塗りされる中、操縦席が何度も揺れる。

 

カエロウ カエロウ カエロウ イッショニ カエロウ

 

だしてダシてタ"してdaして$#Sh&'──

 

 まるで残った足で飛び跳ねているかのように断続的に響く揺れと未だに続く声に男はついに身体や頭で体当たりを繰り返す。壁にぶつける回数が増えるごとに『水音が聞こえだし』、『男の口や身体の節々から白い物が飛び出る』中、男は夢中で体当たりを続けていき、やがて糸が切れた人形のように倒れこんだ。

 

***

 

 次の日の朝、アルは伯爵や護衛を伴って昨日に見つけた骨董品レベルの幻晶騎士(シルエットナイト)があった場所に赴いた。しかし、気にもたれかかる形だった機体はどこにも見つからず、伯爵は『本当に見たのか?』とアルを訝しげに見つめる。

 

「アルフォンス様。これを」

 

 深手を与えたのに未だに密偵の死体が見つからないことから本部に増援を手配したノーラが何かを見つけて指で指し示す。そこには幻晶騎士(シルエットナイト)らしき1対ではなく、1つの足跡が転々を森の奥まで続いていた。1つしかない足跡のすぐそばにはオイルのような液体が地面を赤黒く染め、奥に進むにつれて欠けた歯のような物まで見つかる。

 

「え、じゃあ僕が見つけた物ってなんなんですか?」

 

 アルの脳内には昨日ディートリヒが話し出した『例の怪談』がよぎるが、あえて口に出さずにその場は撤収する事にした。

 

***

 

 そして話は今に戻る。

 恐怖体験を思い出したアルはぶつぶつと『たしかに居た』と自身の記憶をすり合わせる。しかし、熟練の密偵の集団でも見つからないのはやはり見間違いか、はたまた──。アルは身震いをしていると、ノーラが平然と『私が居た村にもありましたよ。ちなみに中隊長の皆さんが暮らしておられた村は結構離れてます』と知りたくもない情報を知らされたアルは『お化け怖い』と連呼しながらベッドに潜り込むとそのまま就寝した。

 

 次の日、アルは遠くから聞こえるアディの声に目を覚ます。なにごとかと窓から外の様子を見ると見覚えのある騎士団長が魔力転換炉(エーテルリアクタ)の外部研修から帰ってきていた。

 

「やっと帰れますね」

 

 呟きながら身支度を整えたアルは工房へ赴いてエルの帰還を報告していると、当の本人が歩いてきた。そのままアルの肩をポンと叩きながら『進捗どうですか?』とプログラマーにとって悪魔の言葉を囁くが、既にノルマを達成したアルはそのような言葉に臆することなく『全部終わりましたよ』と報告する。

 

「そちらも学んできたんですか?」

 

「抜かりなしです。それでは皆さん、僕とアルは伯爵へ挨拶しに行くので帰る準備をお願いします。……親方達ってもう帰還するんですか?」

 

 既に帰還準備が終わっている騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊を前にエルは思わず『判断が早すぎるのでは?』とアルに聞くが、エルが帰ったら早々に引継ぎをして帰るのでタイミング的には今がちょうど良い事を説明すると、エルは工房の隅で何かの作業をし始めた。

 しばしエルが何かごそごそとしていたが、密書のような形式の紙をヘルヴィに手渡すと『アンブロシウス先王陛下かリオタムス陛下へ』とあて先を告げた。

 

 その後、無事に騎操鍛冶師(ナイトスミス)の移動と引継ぎ作業が終わった銀鳳騎士団は数日後にオルヴェシウス砦に帰還するためにアルチュセール山峡関要塞を後にした。その道中でアルが幻晶騎士(シルエットナイト)を見つけたところに差し掛かり、エルに不思議なこととして雑談のネタで報告すると、『無整備なのに動いたサロドレアのバリエーション!? 捕まえましょう! 解析しましょう!』とかなり乗り気だったのでアルは頑なに拒んだ。

 

「ほんとアルは怖い話苦手ですよね。夢で道順覚えてないとタタられるあれとか」

 

「だから止めろぉ!」

 

 戦馬車(チャリオット)の上でアルの叫びが木霊する。今日も銀鳳騎士団は元気に平常運転であった。

 

***

 

 森の奥では1機の幻晶騎士(シルエットナイト)が片足を器用に用いて飛び跳ねている。それはズシンズシンと着地ごとに重い足音と共に地面に足跡を作りながらもたしかな足取りで木々の間を進んでいた。

 腕に数十あった引っかいたような傷の最後尾には真新しい傷が1つ増えており、幻晶騎士(シルエットナイト)の装甲の隙間から赤黒いオイルがどろりと地面に流れていく。すると、進路上の地面から青白い光を漏らしながら1匹のミミズが姿を現す。

 

タダイマ

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は全身を青白く発光させると森のさらに深遠、光が届かない場所に消えていった。




魔獣については空の固有種じゃなくて生息域が別だが、類似種がいるのではないかという考察から生まれた変なのです。
次回からいよいよ鬼神製作編です。プラモとかもろもろ片手に頑張ります。
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