銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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66話

 エル達銀鳳騎士団がこの騎士団の顔になる予定の騎士団長機を作り始めてもう既に数日が過ぎた。通常業務を数班の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に任せ、その他全員で機体の設計図を修正するというかなりアンバランスな体制を取っているが、今の所は『ブラック絶対許さない系副団長』ことアルが、残業時間や不寝番のローテーションに気を配った時間管理のおかげでなんとかなっている。

 

 しかし、そんなアルはというと。案の定ミスリルの量が足りなくなったので、藍鷹騎士団の力を借りてアンブロシウスに追加発注の依頼をしたり、本日から行われる『とある催し』について準備をしたり、洗濯物といった最低限の家事をしたり、その合間を縫ってエルから頼まれた資料を作ってはエルに駄目出しされて『ウギィィ!』となっていたりとなかなか忙しい数日間を送っていたりする。

 

***

 

 未だ周囲が暗く、時刻的には朝なのかすら怪しい時間帯。間仕切りで区切られた部屋の机でアルの身体がいきなりビクンッと跳ねた。アルは何かを確認するように左右を見渡し、何も異常がないと分かると机から立ち上がって無理な姿勢で固定された身体をほぐすと、身体の節々から小気味の良い音が響く。

 

「ヴァー……朝ですか」

 

「アルー、目覚めのストレートティーとか諸々を所望します」

 

 入念なストレッチを終えたアルがちらりと昨日エルから太鼓判が押されたばかりの、騎士団長機に使用する各操作系魔法術式(スクリプト)を纏めた紙を横目に見ながら次の作業に入ろうと木箱に近づいた時、間仕切りの奥からやけに元気なエルの声が聞こえてくる。

 その声に間仕切りを叩いて入室を示すと、程なくして向こう側から返事が返ってきたのでアルは入室する。周囲には幻晶騎士(シルエットナイト)に関する本が散らばり、その中心にはエルとアルが並んでも足りないほどの巨大な物体が鎮座していた。

 

「今日も徹夜ですか」

 

「ええ、ちょっと集中力を乱すと作業のテンポが狂うので。それにアルも寝てからそんなに時間経ってませんよ」

 

 エルが窓の外を指差すと未だ月が山に隠れておらず、オルヴェシウス砦の監視塔では大きなかがり火が煌々と周囲を照らしていた。

 ここ数日のエルの睡眠状態はすこぶる良くない。本人もそれは重々承知なのだが、それでもエルは作業をする手を緩めない。『作業を止めることが出来ない』のだ。

 

 誰しも経験があるだろうが、調子が良くて作業に没頭するといったスポーツでいう所の『ゾーン』に入ることがある。今のエルはそれだ。このゾーンの厄介な所は外的環境が崩れるといともたやすく疲労感がやって来るので、エルは今の作業を持続させようと必死に抗っている。

 だが、エルがやっていることは端的にいうと『大好きな俺ロボを作る作業』であるため、回復しながらダメージを負っているという奇妙な状態。むしろ回復量の方が大きいので『まだまだ行けますよ』と本人は豪語している。

 

 それに比べ、アルの場合は大学生が常日頃から徹夜マージャンやもろもろをしているのと同じように若さという手綱で無理やり欲求を抑え込んでいる状態なので、エルと比べて危ないのは覚醒と就寝を短い周期で行っているアルの方であったりする。

 

「とりあえずブレックファーストをいただけますかね。執事さん」

 

「誰が執事だこの野郎。目玉に紋章入れ……まぁ良いか。承ったのである。ご主人」

 

 眠気がまだ残っているふわふわとした気分で『フゥーハハハァー』という声で部屋から飛び出していったアルが数十分後、サンドイッチと紅茶、最後に蜂蜜をたっぷりかけたフレンチトーストのような物を持って飛び込んでくる。フレンチトーストは日持ちの堅パンを使用しているが、卵と牛乳の液にしっかり浸漬されており、フォークで軽く押すと何時も食べている多少の歯ごたえを感じるほど堅いパンには押されたフォークの跡が付いていた。

 

「なんてことだ。パンとパンでパンがダブってしまったぞ。……ていうかなんでこんな浸漬してるフレンチトースト出て来るんですか」

 

「クククッ、ご主人。メイド○イに不可能はないのだ。ゲェッホッ、少し時を弄ってしまえばこのようなことは容易い。ゴッホッ!」

 

 無理に渋めの声を出しているのか咳き込みながらサンドイッチをぱくつくアルに、『色んな執事とメイドごっちゃになってる』というツッコミを放棄したエルが朝食にありつく。

 

 当たり前だが、『時を操作する』といった万物びっくり人間のような能力なぞ、もちろんアルには搭載されていない。部屋に引きこもっているエルとは違い、アルは結構工房や他の部屋などで回る頻度が多いので、そういった『下準備』を行う機会はかなりあったりする。

 先ほどのフレンチトーストもどきも前日に仕込んでおいた物で、片面約半日寝かせたパンを多量のバターで香ばしく焼き上げた一品である。

 その結果、かなりアルの好みの軟らかさと味に仕上がったと1人で満足していた。ようするに『趣味』である。

 

「日持ち用の堅いパンでも十分美味しかったですね」

 

「フハハ! ではご主人、本日の業務の説明である!」

 

 未だに謎キャラを演じるアルに『徹夜テンション怖いなぁ』と思いながらエルは手帳を確認する。

 数日に及ぶ設計の見直しや外装デザインの修正が終わり、本日から本格的に騎士団長機の製造が開始される。また同時に、今日から数日ほどライヒアラ騎操士学園の鍛冶科や騎士科の生徒がオルヴェシウス砦に泊まり込みで研修が行われる予定だ。

 この企画については、ラウリの言っていた要求が許可されたことを伝えに学園に行こうとした矢先、エルが突然『いっそ泊まり込みで良いじゃないですか』と提案したのが発端で、それを学園側に伝えると『え、マジでそんなことまでしてくれるの?』と予想外の反応が返ってきた。

 そのままアルが基礎を作り、後は流れに任せたらいつの間にか実行できる状態になったのがこの企画である。

 

「あー、各自の進行は中隊長達に任せましたが大丈夫ですかね?」

 

「大丈夫じゃないですか? ……そもそもそこらへんの調整したの僕ですからね? 急な思いつきが許されるのはへんな鳴き声をする犬飼ってる学園長だけですよ」

 

「便利な部下を持つと趣味に没頭出来て良いですね」

 

 悪びれもせずに笑ったエルの頬を引っ張りながらアルは頭の中でもう一度手筈を確認する。受け入れた後のスケジュールについては全て隊長達に丸投げしたが、学生の中に間者がいる可能性もあるので藍鷹騎士団との連携は不可欠となる。

 もちろん交渉はアルが担当し、ノーラに少しだけ冷ややかな目で見られたりもしたが『最重要物の警護と防諜』という言葉で何とか押し切ったのはアルの記憶に新しい。

 数度に及ぶ脳内の確認作業を終え、アルの脳内に居る謎の猫が片足を上げながら『ヨシッ』と言ったので、アルはこれ以上の確認をせずに朝食兼朝会を終えた。

 

***

 

「おう! じゃあ鍛冶科はこっちに来い! 騎士科はあっちに集合しろ!」

 

 朝日がオルヴェシウス砦を明るく照らし、城壁を形成している石材が温まる頃。工房の中でダーヴィドの声が反響する。

 最新鋭の機体に曳かれた荷馬車(キャリッジ)からこれから体験することに胸を膨らませた学生達が砦の入り口に設置された机の上から『誓約書』と書かれている紙を1枚手に取る。その内容をざっと読み飛ばした学生達は、誓約書の一番下の空欄にサインをすると、工房の扉で待機している銀鳳騎士団員に手渡して工房内に入っていく。

 その一部始終を監視塔や城壁から数人の人影が怪しい人物が居ないか見張り、鏡を使った光信号やハンドサインで逐次情報を連携していた。

 

「それじゃあ我らが銀鳳騎士団の騎士団長……と言いてぇが、多忙のために副団長に挨拶してもらう。……って銀色小僧はどこだ?」

 

「あっちです」

 

 近くに居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)は工房の片隅に積まれている藁山を指差す。それを見たダーヴィドは明らかに場違いなそれに不用心に近づくとその中に手を突っ込んで中から小さい子供を引きづり出した。

 

「あー、皆さんお揃いですね」

 

「だから早めに寝ろって何度も言っただろ」

 

「寝ましたよ……多分1時間ぐらい」

 

 中々不穏な会話をしながらダーヴィドは藁が身体中にくっついたアルを雛段の上に置く。その異様な出で立ちに鍛冶科や高等部低学年の学生は『大丈夫かこの騎士団』という疑惑の目を向け、エルと同年代の高学年は『あー、また無茶してるな』とどこか同情するような目を向けるという異なった反応を見せた。

 

「それでは注意事項です。各隊長達の指示には基本従ってください。身体的な理由やその他宗教上の理由で指示に従えない場合はそのことを連携すること。後、ここで得た情報をみだりに公開しないでください。一応この見学は次も見据えているので、次出来ないとなったら君達が恨まれることを自覚するように」

 

 アルは当たり障りのない注意事項を述べていく。中でも『次を見据えている』という言葉に自分達の結果が次に繋がると考えた学生達は一層目に力を入れる。そんな学生達に、アルはのほほんとしながら入ってはいけない部屋などといった注意事項を述べていき、最後に『また、これが破られた場合は命はないと思ってください』と締めくくった。

 

「アル……じゃなかった。副団長閣下、命がないとは?」

 

「文字通りですよ。この場だから言いますが、今回鍛冶科の皆さんは我が銀鳳騎士団の騎士団長機を組み立てる見学です。スケジュールを見ましたが、どうやら内部骨格を弄らせてもらえるみたいですし。そんな機密をホイホイと外部に流出されたらたまりませんからね。ダメですよ。誓約書はちゃんと見なきゃ」

 

 アルの言葉を聞いた学生達が一斉に先ほど書いた誓約書を読む。そこには、『情報漏えいを行わないという宣誓』と『もし銀鳳騎士団側の極秘情報を知ってしまい、そのことを漏洩してしまった場合はいかなる処罰も受け入れます』と小さく記載されていた。

 つまり、『機密事項を言い触らした場合、困ったことになるゾ☆』ということである。

 ちなみにこの誓約書の案はアルが即興で思いついた物をそのまま使用しており、今回の企画で借り出されたデュフォールの宿屋を経営している某人物が『内容は荒いが、やっぱあいつその手の人間じゃね?』とこぼしていた。──言い訳になるが、アル的には社内規則が厳しい環境で仕事をしてきたので、そこらへんは仕方ないのだ。

 

「余計なことを聞かない、覗かない。余計なことは言わないを徹底していただければ問題ありません。この見学は皆さんを怖がらせる物ではなく、皆さんの今後の将来を数段上にするために企画されたものです。遠慮せじゅに体験していってくだしゃい」

 

 寝起きだからか若干呂律の回っていない挨拶をし、それに気づいたアルは顔を赤くしながら足早に工房を後にする。その後は各自の学科に分かれ、騎士科はさらに各中隊に分かれて各自の考えた進行内容に沿って色々進めていったのだが……。

 

「それじゃあ、早速内部骨格を組んでもらうか。安心しな、ちゃんとチェックしてやっから」

 

 ダーヴィドは各班に数人の学生を混ぜた状態で機密物である騎士団長機の内部骨格を製造させるという荒業を見せつけ。

 

「じゃあまずはシルエットギアでランニングだな。もし遅れても引きずっていくから安心してくれ。……特に今こちらではなくヘルヴィの方を見ていた諸君。覚悟しておくように」

 

 エドガーは話している自分ではなくヘルヴィの方を見ていた学生達にドスの利いた声で死の宣告をし、その声に周囲に居た団員達に生暖かい視線が向けられ。

 

「ヒャッハー、実践訓練の時間だぁ! カルディトーレに乗れやおらぁ!」

 

「君、良いガタイしてるね。ハンマーは好きかい?」

 

「はぁ? こいつには斧だろ!」

 

「えぇい! やめないか君達!」

 

 銀鳳騎士団の実働部隊の中で一番血の気が多いと噂の第2中隊が学生達を取り囲みながら謎のポーズで威嚇する中をディートリヒがなんとか諌める。そんなカオスな内容を受けた学生達は昼休みの頃にはすっかり元気を失くし、身を寄せ合うように円陣を組みながら『予想以上だった』と支給された昼食を口に運びつつ午前中の感想を話し合っていた。

 

「皆さん、楽しそうで良かったです」

 

「副団長閣下、目玉の交換をした方が良いと思いますよ。ていうかなんで居るんですか」

 

 そんな円陣の中に小柄な子供、アルがちゃっかり混じっていた。昼食を口に含みつつ周囲の様子を見ては『勉強になっていますか?』と聞いて回っている。

 しかし、先ほどの多少過激な脅しもあってかアルの行為は会社の怖い次長クラスの人物が平社員の集団に混ざるような物となんら変わりはない。彼と馴染みのある高学年はともかく、はっきり言って高等部低学年の居心地は最悪だった。

 

「ほ、ほら。副団長、スクリプト焼き! スクリプト焼きあげるから向こう行ってて欲しいな」

 

「わーい」

 

 そんな様子を見かねた高学年の女学生がおやつ代わりに持参したライヒアラで話題の魔法術式(スクリプト)焼きを犠牲にし、なんとか彼らの平穏は取り返されたが、高学年の学生は『アイツが副団長で良いのか?』や『お菓子片手に誘拐されそう』と不安の声を発していた。

 

***

 

「うちの弟が子犬のような扱いを受けている件について」

 

「甘味は良い。人間が生み出した文化の極みです。で、僕に司会任せた結果はどうなんです?」

 

 とろけそうな表情で魔法術式(スクリプト)焼きを頬張るアルを見ながら、エルは夜明け前から目の前に鎮座している大きな塊を真剣な表情で見つめながら銀線神経(シルバーナーヴ)を握り、先にある幻晶甲冑(シルエットギア)の手を動かしていた。

 幻晶甲冑(シルエットギア)を介してミスリルを変化させる方法は、アルが幻晶甲冑(シルエットギア)幻晶騎士(シルエットナイト)銀線神経(シルバーナーヴ)とアガートラームを介して操作していたことからヒントを得ている。

 ミスリルの加工についても幻晶甲冑(シルエットギア)に使われている綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)は元々触媒結晶を変質させた物なのでそれ単体でも1本の杖として機能し、幻晶甲冑(シルエットギア)に備え付けられた五指によって杖よりも細かい調整が可能なことから杖よりも安定した操作で魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製作に励む事ができるのである。

 

「へー、これがエーテルリアクタのスクリプトですか」

 

「ライフソングっていうみたいですけどね。まぁ、どんな術式かは教えませんよ」

 

 あくまで魔力転換炉(エーテルリアクタ)の概要のみ伝えるというエルの意思にアルはやや不満げな声をあげるが、『守秘義務だから仕方ないですね』と早々に諦めると間仕切りをまたいで自分の作業の準備を始める。

 まず、幻晶甲冑(シルエットギア)用の小型魔導演算機(マギウスエンジン)を数個机に並べ、それぞれに銀線神経(シルバーナーヴ)を接続する。次に数字が書かれた付箋を小型魔導演算機(マギウスエンジン)に張り付け、最後に昨夜やっと完成した各操作系魔法術式(スクリプト)についてまとめた資料を立て掛けた。

 

「まずは上半身の統括スクリプト……1番」

 

 資料の一番上に書かれた魔法術式(スクリプト)をあらかじめ割り振った番号の魔導演算機(マギウスエンジン)に保存させていく。魔法術式(スクリプト)は既にできているし、後は番号に従って魔導演算機(マギウスエンジン)に保存していく単調な作業だが、番号を割り振る作業を後回しにしていたためにどうしても番号の確認作業に時間が取られてしまう。

 

(あー、フィルター使いたい)

 

 表計算ソフトでおなじみの条件で内容を抽出する機能を懐かしみながらアルはちまちまと魔法術式(スクリプト)を保存し、時には保存する内容を間違えてイライラしながら魔法術式(スクリプト)を消していく作業を続け、夕方頃には全ての魔法術式(スクリプト)魔導演算機(マギウスエンジン)に保存することが出来た。

 

「出来たぁ!」

 

 声を上げながらアルは床に倒れ込み、全身で喜びを表現するかのように奇妙な笑い声を上げながら部屋中を転がる。その間にドアがノックされる音とエルが入室を促す返事が部屋に響くのだが、頭の中まで喜の感情と達成感で塗り潰されたアルには聞こえていなかった。

 

 次にアルが見た物は、道端で戯れる生き物を見たかのような表情をしたノーラの顔と可哀想な物を見る表情をしたエルの顔だった。それらを見たアルは全身の熱が急激に冷めていくような感覚を覚えながらすっくと立ち上がると、『工房行ってきます』と告げて外に出ていった。後ろから『逃げた』という声が聞こえたが、アルは『未来へ向かって前進してるだけ』と自分の恥から必死に背を向けて工房へ走っていくと、内部骨格のチェックをしていたダーヴィドに話しかけた。

 

「親方ー、ちょっと頼みたいことが」

 

「おう、なんだ?」

 

 ダーヴィドが返事をしながらアルの方へ向かうと、アルがダーヴィドにごにょごにょと耳打ちをする。数分にも及ぶ長い耳打ちの後、ひとしきり悩んだダーヴィドは『機体は準備しておく。あれに関しては好きにしろ』と工房の奥を指差すと足早にアルから離れていった。

 許可が出たアルは早速とばかりに工房の奥へ進むと資材置き場の中からとある部品を工房から持ち出した。銀製の筒棒なのだが、魔導兵装(シルエットアームズ)で使うものにしては短いそれを自らの服の下に隠しながら間仕切りで区切られた部屋の前まで持ち運んでいると、前方でノーラとアディが耳打ちしている現場に出くわす。

 

「あっ! アル君はこの人知ってるの!?」

 

「知ってますよ」

 

「じゃあこの人はエル君のなんなの!」

 

「……What?」

 

 話が見えないのでつい英語で聞き返したアルに、ノーラはそっと『騎士団長と私が密会していると誤解しているようです』と耳打ちする。その内容にアルは心の底から『ねぇわ』と笑い飛ばしそうになるが、目の前に居るのは花も恥じらう乙女である。もちろんそんなことを言えば常日頃から『ヘタレ』と言われている立場がもっと落ちることになると危惧したアルは必死に打開策をひねり出す。

 

「あー……、仕事上の同僚ですね。先王陛下からのメッセンジャーとかしてもらっているので直接来てもらってるんです。アディに詳しく紹介しなくてすみません」

 

「そっか、じゃあ仕方ないね。誤解してごめんなさい」

 

 どうやら点数をもらえるぐらいの回答だったらしく、アディは素直にノーラに謝ると、ノーラは『大丈夫ですよ』と答えながら廊下を歩いていった。恐らく監視に戻るのだろうと察したアルは、エルに用事でもあるのだろうと一旦部屋の間仕切りが閉じられていることを確認してからアディを部屋の中へ招き入れた。

 

「兄さん、アディが来ましたよ」

 

「はーい」

 

 返事をしながらのっそりと間仕切りから出てきたエルにアディは体当たりを仕掛ける。正面から抱き着かれる形で受け止めたエルは気にせずにアディの肩辺りをポンポン叩くという紳士的な光景に、アルは『今のうちに賃貸住居探そうかなぁ』と別のことを考えていた。

 

「エル君! 今日も頑張っててかわいい! あ、ティナさんがお仕事が一段落したら洗濯物交換に帰ってきてだってさ!」

 

「そうですか。いい加減アルの洗濯も限界が近いですからこれが終わったら一旦帰りましょうかね」

 

「そうしてください。忙しい時に家事頼まれるの軽く殺意が芽生えるんですから」

 

 機体を作り始めた頃から一定周期でやられていることを思い出しながら怒気を強めているアルをアディが宥めながら間仕切りを見つめる。間仕切りはぴったりと閉じられて奥側を見ることが出来ないが、その先にある物についてアディは口を開いた。

 

「エーテルリアクタはどんな感じなの?」

 

「中型の炉のほとんどが出来てますね。今は目玉の大型炉がもうすぐで完成します」

 

 うっとりと呟くエルに、アルは頭の中でこれらの魔力転換炉(エーテルリアクタ)の出力を換算する。師団級が幻晶騎士(シルエットナイト)300機、旅団級が幻晶騎士(シルエットナイト)100機換算なので、単純計算だけでも師団級魔獣以上の化け物が生まれるのではないかとアルは戦慄する。

 そんなアルの感想をよそにアディはいつものように作業の関係上動けないエルを抱きしめながら頬ずりしていた。

 

「あ、そうだ。エル君、この子が完成したらまた一緒に遊びに行きましょ。アル君も良いでしょ? 私がツェンちゃんとチャリオット出すから!」

 

「いいですね。慣らし運転も必要ですから、陛下あたりに厄介な魔獣の生息域とか巣とか教えてもらいましょうか」

 

「そう言うと思って既に打診してますよ。ていうか普通に遊べんのか愚兄!」

 

 この場に居ないキッドの代わりにツッコミを入れるアルだったが、当然エルもアディも聞いていなかった。楽しそうな表情で『遊び』を企画する彼らを止める術は今のアルには持ち合わせていなかった。

 そこから数十分ほど休憩がてらアディと話し、アディが名残惜しそうに部屋を退室する。エルも魔力転換炉(エーテルリアクタ)を完成させるために間仕切りに手をかけるが、その前にアルは銀製の筒棒を服の下から差し出した。

 

「兄さん、これが必要では?」

 

「あ、ちょうど親方に頼もうとしてたんです」

 

 アルが持ってきた筒棒を持ちながらエルは魔力転換炉(エーテルリアクタ)の前に立つ。魔力転換炉(エーテルリアクタ)に新たに取り付けられた銀製の部品にエルは先ほど渡された筒棒を差し込むと、アルは魔力転換炉(エーテルリアクタ)が置かれている土台を小刻みに揺らして筒棒と魔力転換炉(エーテルリアクタ)がしっかり接続されていることを確認した。

 

「エーテルリアクタの魔力端子、確認完了。これで中型炉は完成ですね」

 

「そうですね。後はこのまま大型炉を完成させたいところですが、その前にアルのやってくれたマギウスエンジンの方を確認しましょう」

 

 エルは中型の魔力転換炉(エーテルリアクタ)から先ほどの筒棒──魔力転換炉(エーテルリアクタ)と機体を繋ぐパイプの端子を引き抜く。大きさがちぐはぐだったり、振動で端子がすっぽ抜ける心配が限りなく0に近いことに安堵しながらエルは次の作業である『騎士団長機の動かし方に酷似した状態での稼動試験』の準備をするため、アルの机から複数の魔導演算機(マギウスエンジン)を台車に載せ帰ると工房へ足を運ぶ。

 

「銀色坊主、久しぶりだな。で、それが銀色小僧が言ってた例の物か」

 

「ああ、話が通っていたんですね。それでは、よろしくお願いします」

 

 エルがそう言うと、ダーヴィドはトイボックスの前まで進んで研修中の学生達を集める。なにやら作業を行っているが、この様子から明日には確認できそうと考えた2人は手伝えることもないので、本日はかなり早めに就寝することにした。──しかし、途中で寝付けなかったエルがこっそりベッドから抜け出して大型炉の製造をしていたのだが、部屋の隣で腹に生き物を飼っているような寝息をたてるアルの知ることではなかった。

 

***

 

 次の日、オルヴェシウス砦の演習場では銀鳳騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)や鍛冶科の学生が1機の幻晶騎士(シルエットナイト)を見守っていた。その幻晶騎士(シルエットナイト)の腰には刃が潰された模擬戦用の剣が1振り装備され、機体の各所には小型の魔導演算機(マギウスエンジン)がかなり雑に接続されている。見たところがっちりと溶接されているのだが、接続した当人である鍛冶科の学生達が『本当にあんなので良かったのかな』という考えを頭によぎらせていると、エルと紙束を持ったアルが件の幻晶騎士(シルエットナイト)──トイボックスに乗り込んだ。

 

「マギウスエンジン全ての稼働を確認。まずは少し動かしてみましょうか」

 

「はい、ではまず左手から」

 

 胸部装甲を開けながらエルが操縦桿を動かさずに魔導演算機(マギウスエンジン)を介してトイボックスの左手を開閉させる。次の右手を太陽にかざし、トイボックスに真っ赤な血潮が流れていないことを確認する。

 確認が完了したエルが1回首を上下に動かすと、アルはトイボックスから降りて腕に装備しているアガートラームから炎弾を待機させながら『よーい』と宣言する。その宣言と共にトイボックスは、両手を地面について前足側の膝を立てるというクラウチングスタートの構えを取りながら胸部装甲を閉めた。

 

「なぁ、エドガー。シルエットナイトってあんなこと出来たかい?」

 

「多分……頑張ればいけると思うぞ」

 

 ディートリヒ達がトイボックスのやっていることを議論する中、『スタート!』という声と共に空に炎弾が上がった。それと同時にものすごい勢いでトイボックスが走り出し、あっと言う間に演習場の端へたどり着いた。しかし、トイボックスは止まらずに綺麗に弧を描く様に演習場の外周を爆進。まるで陸上の選手のような綺麗なフォームで走るトイボックスに学生達は唖然とした。

 

「なんだあれ。走り方が滑らか過ぎるだろ」

 

 主に騎士科の学生達から声が上がる。学園のカルディトーレ・トレーナーはもちろん、最新機種であるカルディトーレの操縦を現在進行形で体験している騎士科の学生達にとって目の前のトイボックスの足運びは異常なほど滑らかだった。

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)には挙動ごとに動作の余韻と言う物が存在する。なので熟練の騎操士(ナイトランナー)と呼ばれる者達はその機体の癖ともいうべき余韻を飼いならし、できる限り動きを止めないように機体を動かす術を持っている。

 だが、トイボックスの走りはその癖なぞ無いかのように走り続ける。地面に足を踏みしめ、次の足を前に出す間に先ほど踏みしめた足に力を貯めて前へ進む推進力に変えるといった、まるで生身の人間が走っていると錯覚するほどの走り方に騎士科の学生達は自身の常識が壊れる音が聞こえた。

 

「アルー、次お願いします」

 

「ういっす」

 

 伝声管から聞こえてくる声に、アルは素早くアガートラームの触媒結晶を用いて火炎弾丸(ファイアトーチ)を数個ほど周囲に待機させる。それを地面を削りながら静止途中のトイボックスに向けて放つと、トイボックスは腰に佩いている剣を引き抜いて火炎弾丸(ファイアトーチ)を迎撃し始めた。

 

 1つ、2つ、3つと滑らかな剣捌きで火炎弾丸(ファイアトーチ)を迎撃していってはアルが追加の火炎弾丸(ファイアトーチ)を放つという謎の耐久試験を続ける。そんな火炎弾丸(ファイアトーチ)の群れを時には切り裂き、時には剣の腹で受けるといった様々なパターンの動きを試し続け、合計20発を超える火炎弾丸(ファイアトーチ)がトイボックスによって防がれた辺りで、『ラストー』とアルが火炎弾丸(ファイアトーチ)を何倍にも大きくした中級魔法である爆炎砲撃(フレイムストライク)を1発、トイボックスに向けて放った。

 

「……っ! 異常発見!」

 

 トイボックスが爆炎砲撃(フレイムストライク)を横薙ぎで消滅させた瞬間、メキリという破壊音の後に剣を握っている方の腕が肘からもげた。予め誰もいない所で剣を振り回していたので怪我人は居ないが、予想外の事態にダーヴィドとアルは慌ててトイボックスに近づく。

 

「こいつは魔力不足じゃねぇな。内部骨格の強度不足、それも強い力で無理やりもぎ取られたような感じだな」

 

「となるとエラーですか」

 

 外装の破損具合から原因を調査するダーヴィドの声を聞きながら、アルは操縦席でじっと魔導演算機(マギウスエンジン)に異常がないかを確認しているエルの傍に近寄る。するとアルの存在に気づいたエルは、アルが抱えている紙束の中から数個の項目に印をつけて『エラーですね』と断定付けた。

 

「稼動域の上限が取得されてなかったのでもげた感じです。初歩的なミスですね」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)には動くごとに稼動域の上限が設定されている。そうしなければ今回のように剣を振りぬいた場合、慣性と綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の膂力によってその部分の外装硬化(ハードスキン)の術式に想定以上の負荷がかかって自壊してしまう。今まで数多くのミスをしてきたアルだったが、今回のミスは初歩の初歩過ぎてアルは心の中で『やっちまったぁ』と何度も呟いていた。

 

「他は……異常なさそうですね。僕はテストの続きをしているので、アルは問題が起きた左腕のスクリプトの修正を戻ってやってください」

 

「了解」

 

 げんなりした様子でトイボックスの操縦席から出たアルはそのまま作業部屋に直行する。机について問題の魔法術式(スクリプト)を見直すと、エルが言っていたように左腕を動かす魔法術式(スクリプト)の中に稼動域の上限を決める部分がすっぽり抜けていることに気づいた。幸いなことに右腕の方は異常はなかったので、ただの記入ミスだと分かると、アルは手早く修正を加えて机にうつ伏せになると安堵の声を出した。

 

「ただいま帰りました」

 

「お帰りなさい。他に異常はありませんでした?」

 

 アルの問いにエルは人差し指と親指で丸を作って返す。その反応によってアルのテンションが一気にプラス側へ振りぬけた。だが、アルの様子に申し訳なさそうな顔をしながらエルが『さっそく次の作業があるんですが』と続けた。

 

「マギウスジェットスラスタの量産とスクリプトの見直しをお願いしたいのですが」

 

「……や、ヤダァァァァ!」

 

 頭を振り回し、挙句の果てにはブレイクダンスのヘッドスピンのように床に頭を擦り付けながら駄々をこねるアルに、エルは『明日からにしましょう』となんとか宥めようとする。

 トイボックスはいくらか改造を施してはいるのだが、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)はその複雑さからトイボックス開発当時からあまり変更は加えられていない。なので、改めて見ると切り詰めれる部分が残っているかもしれないし、何か加えられる新要素もあるかもしれないと考えたエルは他人かつ、自分と同じ考えを持つアルに改修を頼んだつもりだったのだが、大掛かりな一仕事を終えた後に話すことではなかったとエルは反省する。

 

「そ、そうです。良ければ新しいパッチワークの構想を教えてくださいよ」

 

「ぐすっ……パッチワークですか?」

 

 泣き声のアルの背中を押して間仕切りの奥、魔力転換炉(エーテルリアクタ)を製造している部屋に連行して近くの木箱に座らせる。間仕切りの上は空いているので人が来ても気付くだろうと考えたエルは、アルの精神安定を計ろうと今日の魔力転換炉(エーテルリアクタ)作りは中止し、アルの気が紛れるような話題を提供する。

 

「そうですね。まずはカギ爪のオプションワークスを外して腕部から法撃出来るような物に換装したいです。後は増加装甲をもうちょっと盛って、脚部を本格的にふくらはぎ部分を膨らませたド○足にしたいですね」

 

 幻晶甲冑(シルエットギア)の点検をしながらエルは、アルの言葉に沿ったイメージを反映したパッチワークの姿を思い浮かべる。ただ、アルの言葉の中には動力の話はなかったので、エルはそれとなく『動力はやっぱりメイドインエルネスティですか?』と尋ねてみた。

 

「まだ触媒結晶受け取ってませんからね。なので、コンテナを背負う形にして、トイボックスのエーテルリアクタを2つもらって4つで行こうかと」

 

「4つとは強気ですねぇ。何か積み込むんですか?」

 

 今までの最大搭載数が2基に対し、いきなりの倍である。何かとんでもない物を組み込むのかとエルがわくわくしながら続きを促すが、アルが答えた装置は『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』だった。今まで頑なに空を飛ぼうとしなかったのにどんな心境の変化があったのか気になったので、エルがそこらへんを詳しく所望すると、アルは『結果はどうあれ、蟲に引き分けたから』とか細く答えた。

 

「あー、確か空中を自由に飛べる魔獣でしたっけ」

 

「自由に飛べるまではいきませんが、数秒間飛べるだけでも違うと思うので。後、もうああいう手合いに対処するにはアウトレンジから狙撃するしか……いや、でも誤射が怖いですね」

 

「狙撃に関してはもうあれで良さげじゃないです? それに一般の炉を2基積んでいるトイボックスでも数秒間は跳躍できますし、何か別の改造とかはいかがでしょう」

 

 どうやら空を飛ぶ以外にも魔力転換炉(エーテルリアクタ)の魔力を直接魔導兵装(シルエットアームズ)に流し込み、その膨大な魔力で威力と射程をマシマシにしようとアルは考えたらしい。しかし、誤射の心配を考え出したアルは表情を曇らせながらぶつぶつと打開策を呟き始めたので、エルは魔力転換炉(エーテルリアクタ)は今までどおりにして別の改造がないかと尋ねた。

 

「そうですか……じゃあこれは予備プランにしましょうかね。別のプランはこの前言ったミスリルを板状にして新しい盾が欲しいです」

 

 一難去ってまた一難とはこのことだろうか。次なる無理難題にエルは思わず頭を抱えた。

 ミスリルを加工できる技術は極秘である。なのでそうほいほいと外装や装備に付け加えれるわけにはいかないので、エルは却下しようとする。だが、話した後に失言だったと察したアルは慌てて近くの紙を取って図を書き出した。

 

「こうやって、ミスリルの板を別の金属で囲って偽装して……出来た金属板を別の金属板で重ねて一つの盾にすればバレなくないですか?」

 

 アルが提案したのはミスリルを別の金属に偽装し、それをさらに複数の金属板で挟むことだった。たしかにこれなら分解されない限りミスリルだとは気付けないし、そもそもミスリル──精霊銀と呼称される金属は流通数が極端に少ない。バレても『陛下からもらった特殊な金属』と言い張ればなんとかなるだろうというアルの考えに、エルは少し長考した末にGOサインを出した。

 

 こうしてアルのパッチワークに新たな装備が追加された。この大型盾は外装硬化(ハードスキン)紋章術式(エンブレム・グラフ)がびっしりと書き込まれた銀板──のように加工されたミスリルをカルディトーレに使用される装甲板で挟み込んだ特別製で、持ち手を担っている土台を加えると4層構造になっている。

 

 この特徴と『ドワーフすら槌を投げるほど頑丈な金属』であるミスリルを使用していることから、アルはこの盾は『デュランダル』と呼称されることにした。

 

「伝説の武器の名前とか割と厨二ですね」

 

「別に金属板1つ1つに聖人の名前つけるほどじゃないからセーフでしょ」

 

「む、今天啓が……防御しながら法撃を撃てる盾にしましょうよ」

 

ふとエルがデュランダルの前面に連射式の魔導兵装(シルエットアームズ)をつけようと提案する。だが、簡単にシミュレートしてみた結果、使用する魔力が馬鹿にならないので『防御しながら法撃が出来る盾』の案はお蔵入りとなった。

 

「改めて考えれば、僕のもマギウスジェットスラスタ使いますから今のうちに改修しといた方が良いですね。あ、粉塵防止で金属の覆いもやります? 魔法で粉塵吹き飛ばすのも魔力使いますし」

 

「お任せします。そもそも空で粉塵ってないでしょ。生き物ならありそうですけど」

 

「僕が欲しいんですー」

 

 空と地上の仕様のずれでひとしきり笑った2人は休憩は終わりとばかりに、アルは早速魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)職人になるべく工房に素材を取りに行った。その表情から何時ものアルに戻ったと確信したエルは、魔力転換炉(エーテルリアクタ)の製造を再開せずにとある魔法術式(スクリプト)の走り書きを見つめながら『対策は大事ですね』と独り言を呟いた。

 

***

 

 この日を境に、エルとアルは最後の仕上げとばかりに作業に没頭し、気づけば1280年から1281年と年が変わっていた。

 

 後の歴史学者はこの年を『動乱期』や『戦乱期』と呼ぶ者が多いが、フレメヴィーラ王国のとある幻晶騎士(シルエットナイト)史の学者はこう言った。

 『鬼神の誕生年』と。




パッチワーク2世ですが、某ブレイカーで組み上げて活動報告にイメージだけおいておきました。※イメージなのでころころ変わります。

資料用に買ったから!ほんとだから!
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