話の流れをぶち切り、そしてかなり短めで申し訳ありません。
2019年に始まったアルフォンスを加えた物語。そろそろ原作に追いつきそうですが、皆様のおかげで走って来れました。
引き続き、応援よろしくお願いします。
※1週間後、本投稿は幕間の方に移動させます。
クシェペルカ王国のミシリエ。他の領土よりも発展が一足どころか十足ぐらい飛ぶほど著しいこの街を治める領主夫婦には、とある問題があった。
『あの夫婦は舞踏会には出席したがらない』
兵や騎士の仕事が訓練や戦うことが仕事であるように、貴族は舞踏会に出席しては周囲の貴族との関係を深めるのも仕事の一部だ。特に上級貴族や王族が主催する会となると参加者も一様にグレードが高く、貴族で纏まっての話し合いや仕事に対しての報連相もしやすい最適な場となっている。
しかし、そんな大切な舞踏会に対してミシリエの領主である『イサドラ・アダリナ・クシェペルカ』とその夫である『アルフォンス・クシェペルカ』は結婚式以降の舞踏会には出席せずにいた。
ただ、仕事の一切を放棄しているわけではない。出席しない代わりに、各貴族が治めている領地に
ただ、パーティに出席すればその全員に1度の労力で会えるという観点から、傍目から見て『非効率』な仕事の仕方をしていると話の種になっていた。
そこまで有名になってしまうと、当然ながら貴族から王族に話が上がってくる。話を聞いてすぐにイサドラの親類である『マルティナ・オルト・クシェペルカ』や従姉妹でありながらクシェペルカ王国の女王である『エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ』、彼女の夫でありアルの友人でもある『アーキッド・クシェペルカ』は即座に彼らを王城に召喚。『なぜそんな回りくどいやり方をするのか』と問い詰めた。
「それはですね」
別段秘密にしていたわけではないのだろう。代表してアルがその質問に答える。そんな彼らが考えていた計画にある者は呆れ、ある者はそんな呆れた表情の伴侶に熱視線を送り、ある者は『5年後には出てきなさい。それまで持たせるから』と納得しつつも生暖かい目で愛娘と義息子を見るという様々な反応を示し、いつの間にか『あの夫婦はもう少しでパーティに参加するから静かにしているように』という暗黙の了解がクシェペルカ王国の貴族間で交わされた。
***
そんなこんなで4年目、とある人物と約束した『Xデー』の1年前。そんなとある日の晩、ミシリエの住宅街に建てられた一軒家から話は始まる。
『これ以上立派な家は僕の小市民が悲鳴を上げる』ということで、イサドラ視点では少々手狭な我が家のダイニングでとある事情から少々豪勢な食事をとった彼女達はそのまま寝室へと向かう。
使用人には入って来ないように念を推し、さらには鍵もしっかりかけた上で2人は向かう合うとタイミングを見計らいながら一斉に両手に収まるぐらいの箱を差し出した。
「中身は?」
「今までの流れから、多分一緒かと」
それぞれ笑顔で箱を交換し、そのまま丁寧に包装を解いて開封。それぞれ箱の中には綺麗な装飾が施されたダンスシューズと上質な革靴が箱の中に納まっていた。
イサドラの髪色に合わせた朱色のダンスシューズは疲れないようにヒールがかなり短めに調整されており、ダンス中の怪我を防ぐために魔獣の革を内に張って補強してある作りになっている。
対して革靴はエナメル質のように光沢を帯びた黒い革靴で、こちらは全体的に大きめ──有体に言えばシークレットブーツのような『嵩増し』が施されていた。
それぞれが靴を箱から出すとさっそく履き始める。右足、左足と手ずから靴を履いたイサドラは軽快なリズムで足を一通り動かすと、満足げに頷いた。
「うん、ぴったり」
「なんでシークレットブーツなんですか」
「私とアルの身長差のせいよ。……ほら、ぴったり」
逆にシークレットブーツの上げ底部分を叩きながら不満げな表情を浮かべるアルだが、イサドラが彼に舞踏会で踊るようなホールドを組むとたしかに身長差が埋まってぴったりといった具合となった。ただ、『シークレットブーツまで履いてそれをしたいか』と言われたら履いた本人としては微妙な気持ちとなってしまう。
「1年で買い換えますよ」
「4年もその状態だから諦めなさい」
「うぬぅ」
事実陳列罪があるとすれば、この瞬間にしょっ引かれそうなことをイサドラに言われてしまったアルはまさにぐぅの音も出ないほど落ち込んだ。ただ、イサドラも伊達にマイナス思考によく傾いてしまう男の妻になっているわけではないので、無理やり話を変えようとそのまま舞踏会で踊るステップの練習に入る。
ゆったりとしたステップを何度か。その後に少々激しめのステップを挟み込みつつ、再び緩やかなステップといった具合にスロースロー、クィッククィック、スローな緩急の練習を何度も行う内にアルの機嫌もいつも通りに戻っていく。それがなんともちょろくて、愛おしいと思いながらもイサドラは寝室のクローゼットを視界に納めたかと思うと一旦ステップを止める。
「1年早いけど……」
そう言いながらクローゼットを開いたイサドラは、奥の方から様々な物品を取り出していく。
真っ白な手袋に朱色の宝石をあしらったブローチ、下品になりすぎないように金や小さな宝石で装飾された蝶のような意匠の髪飾り。どれもアルが毎年のこの日──イサドラの誕生日に渡した物だ。
髪を纏めてから髪飾りで留め、舞踏会ほど上等ではないがドレスの胸元にブローチをつける。仕上げに手触りの良い手袋を嵌めれば……そこにはどこかの中流貴族の主催するような舞踏会から抜け出したような淑女が立っていた。
「うーん、後はドレスね」
「流石にドレスは直近かつ、実際に測ってもらってになりますね」
「そうねー。それは来年のお楽しみってことで、アルもやってみて」
一頻り満足そうに回っていたイサドラはアルに声を掛けつつ、再びクローゼットの中から物を取り出していく。
真っ白ではあるが刺繍が入った飾り付きのハンカチに懐中時計、そして真っ白い蝶ネクタイ。それらはイサドラからアルへの誕生日プレゼントとして贈られた品々であった。
騎士服ながらも胸ポケットにはハンカチを入れ、懐中時計をベストのポケットに入れて鎖で固定する。騎士服という燕尾服と比べてもっさりとした服には絶望的に合わないが、一応蝶ネクタイを付けると──下級騎士の倅が何とか背伸びしたような何とも微妙な姿が出来上がった。
「後は服ねー。それさえしっかりしてれば似合うのに。……ねぇ、私のも含めてもう頼んじゃいましょう?」
「体型のことを考えると、もう少し待ってからのが良さそうだと思いますが」
「怒るわよ?」
「僕のですよ。背とか、身長とか、縦に伸びる計画とか」
提案に対して拒否を示したアルに口を尖らせながら不満を言うイサドラ。それほどまでに現在のアルの格好は残念なのだが、頑なにアルは『来年』と言って彼女を宥めながらこの交換会が行われた始まりを思い出していた。
この催しの発端は、やはりイサドラであった。今ではアルよりも先に誕生日を迎えるイサドラの誕生日に合わせているが、最初の1~2年はアルの誕生日にプレゼントとして彼女が率先して贈ってはそのお返しを行っていた。
最初は飾り付きのハンカチ、次には蝶ネクタイ、そして懐中時計と自分が選んだコーディネートの小物の数々。ただ、送られた本人も最低限の貴族の振る舞いは学習しているゆえに最初の段階でイサドラの意図にピンときていた。
ならば、こちらもと手袋や装飾品を選んでは1年毎に送っていき、いつしか夫婦共通の認識となったプレゼント交換会はこうして自分コーデの舞踏会フルセットまでもう少しというところまで漕ぎつけたのだ。
ただ、何度もイサドラが言っているように残る問題は服である。お互いのサイズは『色々』あって誤差を見逃せば把握はしているが、1年という短くも長い月日で体形が変わることもあるために全て内緒に事を済ませることは不可能だ。
「服はさすがに一緒に注文よね?」
「そうですね。良い職人も知ってますし」
「クシェペルカ?」
「いいえ、うちの実家近くです」
思い出すのは銀鳳大騎士団やその傘下にある両騎士団の制服を手掛け、今ではフレメヴィーラ王国の服飾ギルドで高い地位についているらしい先輩の姿。彼女であれば良い服を作ってもらえるはずである。
いや、クシェペルカ王国の職人とのコラボレーションもありかもしれない。なんにせよ、夢が広がる話だ。
「そう。じゃあ、数か月は我慢するわ」
「えぇ、理解してもらえてよかったです。では、その綺麗な物は仕舞っておきましょうか」
「……んっ」
テキパキと身に着けた物を外してはクローゼットに仕舞っていくアルが振り向くと、ベッドに座って両手足を前に出しながら甘えた声を出すイサドラの姿。『脱がせろ』ということだ。
ここで『自分でしなさい』と言うのもありだが、最近はミシリエ関係で色々立て込んでいることをアルは知っている。彼女の仕事を尊敬しているし、彼女の身近でいつも仕事に邁進しているのをよく分かっている彼は労いとしてこの程度の甘えは許されても良いだろうと彼女の前で膝をつく。
靴と手袋を脱がせ、ブローチを取り、髪飾りを取って手櫛で整える。後はそれらをクローゼットに仕舞い込めば終了だが──。
「アル、まだ残ってる」
「もう全部仕舞いましたよ?」
「まだよ。ほら」
そう言ってアルに手を向けたままイサドラは笑う。彼女が言うぐらいだから『まだ』なのだろう。仕方のないお姫様だと彼は寝室のドアに『緊急以外の入室禁止』のプレートを掛けると、そのまま静かにドアを閉めて施錠した。
***
こうして忙しくも充実な日々の合間でアルはフレメヴィーラ側の伝手で、イサドラは王族の伝手で依頼の概要と共に職人をミシリエに招集する。最初は意見の衝突で無理かと思われていたが、ひょんな意見の合致で仕立て案的には何とかなり、続けて資金的なことは公爵位のマネーパワーという力業で解消。期日については最終的に目を血走らせた職人達が目にもとまらぬ速さで縫っては合わせて微調整をかけてくれたため、イブニングドレスと燕尾服が1年の歳月を経て完成した。
そして約束の5年後。彼らはまるで堤を切った水流のように王族やそれに近しい貴族が主催する舞踏会に出席することとなる。
彼らは今までの非効率的な仕事の仕方を過去の物にするかのように舞踏会に出席しては各貴族に挨拶をしたりといった貴族の責務を効率的に行っていくため、かなりの頻度で『どちらかが病を患っていた説』や『参加できない程領地の安定が難しかった説』の2つが貴族間で囁かれた。
しかし、そんな噂話が囁かれると噂の真実を確かめようとするお調子者が各舞踏会で現れるのも真理である。多少のゴシップに期待しながらお調子者達が噂の当人に尋ねると、彼らは決まってこう言った。
『夫/妻を飾り立てるのに忙しかった』
一言のみの回答ならば何の面白みもない理由。だが、詳しい話を聞いていく内にその話は深みを増していく。自分の感性で伴侶を飾り立てるなんて、なんとも趣深い趣向ではないか。
かくして大きな舞踏会が開催されるごとに話が広まり、それがきっかけでクシェペルカ王国中で『配偶者を自分コーデで飾り立てて舞踏会に出席する』という一大ブームが巻き起こった。
中には舞踏会を数年休止してまで飾り立てる剛の者さえ現れたり、アルとイサドラの服を仕立てたという実績からとある学生街の服飾店の主が度々クシェペルカ王国に赴いて王室御用達の職人と顔を合わせていたとか。合わせていないとか。
また、そんな従姉妹の素敵エピソードを自分も体験したかったのだろうか。とある国の女王が夫に色々強請った結果、とある国の騎士団長の妻が夫である騎士団長を引き連れながら鼻息荒くクシェペルカ王国に入国したとか、しなかったとか。
全ては『かもしれない』のお話である。