銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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68話

 ジャロウデク王国がクシェペルカ王国の領土に向けて侵攻しているという報告を聞いて1か月が経過した。

 

 ダーヴィドを含めた銀鳳騎士団に所属する騎操鍛冶師(ナイトスミス)のほとんどと第3中隊は作業場をカンカネンの近衛騎士団が使用していた工房に移し、来るべき『長旅』に向けて調整を行っている。──そう、クシェペルカ王国の領土を侵犯しつつあるという情報を掴んだエムリスがついに、『クシェペルカ王国への救援』という名目で少数にして精鋭の銀鳳騎士団に派兵を要請したのだ。

 

 予定されている出立の日が近づくにつれ、元々そういうお国柄ゆえのことなのか団員全ての意識が戦場へ向かう空気に順応していく。だが、そのようなカンカネンの空気とは裏腹にライヒアラではかなり穏やかな空気が漂っていた。遠い西方では戦が始まっているという噂がぽろぽろと市井には流れているが、今日も学生達は学び舎で『アルフォンス・エチェバルリア教官』の聞いたこともないような幻晶騎士(シルエットナイト)運用法や整備法について聞き入っていた。

 

「エチェバルリア教官、小隊で法撃を撃つ時の陣形はどのようにすれば良いのでしょうか?」

 

「はい、このように整列する陣形や左右を敵の方向にせり出すような陣形で撃ちます。この場合、相手との距離を考えたり……おや、もう時間ですか。しばらく僕は留守にしますので、あとは主担任の教官に聞くようお願いします」

 

 スキンヘッドの大男が聞いてきた質問に答えていたアルの耳に終業を告げる鐘が聞こえた。『しばらく休みをもらう』という連絡と共に授業の終了を呼びかけると、学生達は礼をしながら教室を後にする。その風景もまるで『見納め』というような表情で見物していたアルは、学生が全員居なくなった教室を去る。その足でラウリの居る学長室のドアをノックしながら開けると、そこにはラウリやマティアスを含めた教官達の中でも上位の存在の人物が勢ぞろいしていた。

 

「すみません。遅れました」

 

「いえ、大丈夫です。……それでは学長」

 

「うむ。アルフォンス・エチェバルリア教官、本日をもってライヒアラ騎操士学園の教官の任を一時解任する」

 

 ラウリの言葉にアルは任命時に学園側からもらったバッジや礼服といった支給物を近くの教官に手渡すと、集まった教官それぞれと固く握手を交わした。

 学生や街の人達とは違い、現在学長室に居る教官達は銀鳳騎士団が隣国に向かうことを知っている。恐らく1年──もしかするともう会えないということもあり得るので、今後の混乱を未然に防ぐためにアルを騎士団の都合により一時的に解任することに決定した。

 

「一時的ですからね? 絶対帰ってきてください」

 

「頑張ります。授業内容はメモしているのでお願いします」

 

 そう、この『一時的』は教官達の願いである。アルはその願いを無碍にしないように幻晶騎士(シルエットナイト)応用学の教授に向かって礼をすると扉を開けてくれたマティアスと共に学長室から退出した。

 

「そろそろ出立予定と記憶しているが、ティナにはもう言ってあるのか?」

 

「今夜、食事後にでも話そうかと。……母様には泣いて欲しくないんですがね」

 

「それは俺にも分からんな。ティナは芯が強そうに見えて内面で泣いていることが多いからな」

 

 廊下を歩きながら親子は会話を続ける。今回の派兵について、エルとアーキッド兄妹は両親に話していない。アルは業務上でマティアスとラウリに話したが、これも『家の中やセレスティナにはまだ話さないでほしい』と念押ししてから持ちかけたので、業務の引継ぎによるあれこれはエチェバルリア邸に持ち込まなかった。

 これには『絶対心配させるし、喋り辛いからお前が喋れよ』的な兄弟/妹間のやり取りももちろんあったが、自分達がギリギリまで平穏の中で暮らしたいという我儘でもあった。それらを踏まえて4人は喧々諤々と話し合い、今夜はエチェバルリア家とオルター家が食事を共にする予定なのでそこで話すことに決定した。

 

「それで……ですね。父様にも相談してほしいことが」

 

「ああ、もちろんだ。今日はもう職務はないし、そこの教室で聞こう」

 

 マティアスは指で教室を指し示し、アルと共に教室に入ると彼は鍵を閉めて周囲に人が居ないかなどを確認する。アルの話の切り出し方から、今回の派兵関係だろうと察したマティアスは教室の中央の机に腰を落ち着けると、比較的柔らかい口調でアルに相談したいことを話すように促した。

 

「実は、今回の派兵については昨年から先王陛下に聞かされてたんです。僕の性格的には戦争……命のやり取りについて悩むだろうから悩んでおけと」

 

「そうだな。アルは昔から頭で考える癖があったからな」

 

 マティアスはアルの幼少期について思い返す。戦いの最中でも次の一手について迷い、攻撃も迷いがあるせいで上手く力が伝わらない。今ではその癖も解消され、銀鳳騎士団で行われる模擬戦でも大盾を両手にエドガーやディートリヒを相手に雪をかき分けるラッセル車のようなぶちかましをしているが、根本的に身体より先に考えるのがアルであった。

 

「でも……いくら悩んでも答えが出ないんです。相手にも家族が居る。かといって自分が死んだら兄さんや父様だけではない。銀鳳騎士団全体が危険に晒されるんです」

 

 アルの苦しそうな独白にマティアスは考え込む。たしかに副団長のアルが討取られた場合、銀鳳騎士団の士気は低下するだろう。それによって味方が何人か討取られる場合もあることにはある。しかし、生粋のフレメヴィーラ人であるマティアスには『その時はその時』という至極単純な解答しか持ち合わせがなかった。

 

「僕は兄さんほどシルエットナイトに陶酔していませんが、この世界の生活……フレメヴィーラには陶酔してるんです。父様や母様、お祖父様。他の騎士団の皆さんやナイトスミスの方々、陛下達にも無事でいて欲しい。だからこそ、僕らの後ろのざわめきを鎮めたい! ……お願いします。発破をかけてください」

 

 少しだけ変な言葉が聞こえた気がしたが、アルの真剣な表情にマティアスもまた真剣な表情で『分かった』と答えると、頭に手を置きながら考え始めた。数分の沈黙が続き、終業時間の後ということも相まって学園内から学生の元気な声が消えた。そんな時、マティアスは意を決したようにアルの方を向くと口を開いて『また、こうして話したい』と告げた。

 

「俺は、アルとこうして話したい。また一緒に教官をしてほしい。……それでは駄目か?」

 

 格好をつけたような飾った言葉ではなく、真っ向から放たれた言葉。その『生きてほしい』という言霊は、はっきりとアルの胸を射抜き、アルに巣食っていた悩みに大きく穴を空けた。

 

「そして……それでもダメになった場合は一度振り返ってみろ。次の瞬間に目に入った物を守るために力を尽くしなさい」

 

「はい!」

 

 再び空いた穴に侵食しようとした黒い悩みに次々とマティアスの言葉が突き刺さる。その発破もあってか、次第にアルは元気を取り戻したかのように力強く返事をすると、マティアスは『帰ろうか』と立ち上がりながらアルと共に家路につく。

 

***

 

「僕とアル、それとキッドとアディはリオタムス陛下の命でクシェペルカ王国に赴くことになりました」

 

 食後、紅茶を飲んでいた面々にエルの口から問題発言が放たれた。事情を知っているラウリやマティアスとは裏腹にセレスティナとイルマタルは突然のことに呆けた顔で『何の冗談?』と聞き返した。

 だが、残念なことにアルやキッドの口から嘘ではないことを伝えられ、さらに大きな商会に所属している馴染みの行商人や井戸端会議などで聞いた『西で戦争が起こっている』という噂が彼女達の頭をよぎったが、2人はそれぞれ対照的な返答をした。

 

「怪我の無いようによく努めるんですよ」

 

「駄目! ……いえ、絶対無事に帰ってきなさい」

 

 セレスティナの寛容的な言葉と同時にに否定的な言葉を叫んだイルマタルは、少しだけ葛藤すると絞り出すような声でキッド達に話す。

 これは貴族階級のエチェバルリア家と一般階級のオルター家の『ずれ』だった。陛下の命令というのは貴族の間では『絶対』と意味する。それに口をはさめる余地がないのでセレスティナは素直に承諾した。だが、一般家庭のオルター家にとって陛下は雲の上の存在なので一瞬だけ迷いが生じたが、オルター兄妹が所属している組織的にも撤回できないと悟ったのである。

 少しだけ空気の重くなった食後の団欒が終わり、オルター一家がエチェバルリア邸から出た後にエルとアルは自室に戻る。

 

「魔獣と戦うだけだと思ったのにまさか戦争なんて何が起こるか分からないものですね」

 

「ほんとそうですよ。戦争吹っかけた国の上層部に小一時間問い詰めたい気分です」

 

 『そんなことより聞いてくれよ エルよ』と言いながらぶつくさとジャロウデク王国に対する愚痴をいうアルの態度に、ここ最近エルが感じていたアルの後ろ暗い雰囲気は多少薄まったのだと悟ったエルは一安心する。だが、大一番の時によくポカをやらかして悶々と悩み込むのはアルの専売特許なので、『また面倒くさいこと起こるんだろうな』と変な予想をしながら、アルの話すジャロウデク王国への恨み節をBGMにエルは床に就いた。

 

 その次の日から派兵に関しての細々した買い出しや、保存の利く食料品を大量に安く発注してもらったり、近衛騎士団の駐屯所に赴いて巡回ルートを変更してもらうなど珍しくエルやアディも飛び回るほどの忙しい日々を過ごしていたが、出立日まで残り数日といったところでとある事件が起こった。

 

「副団長、こちらに大量の馬車が向かってきます」

 

「え? なぜに」

 

 エルはカンカネンでエムリスを交えての方針の確認や銀鳳騎士団が留守中のライヒアラ周辺の警邏内容を確認するために外出している最中、オルヴェシウス砦に向かって大勢の馬車がやってきた。

 大量の馬車という単語にアルは面会のスケジュールを思い返したが、そろそろフレメヴィーラから出立することもあって該当する人物は居なかった。しかし、何かしらの要件があるのだろうと歩哨と共に見張り台へ赴き、単眼鏡で馬車をつぶさに観察すると全馬車に『セラーティ家の家紋』と『ケルヴィネン家の家紋』が描かれた旗がひらめいていた。

 

「開門! かいもーん!」

 

 旗を確認した瞬間、アルは全ての疑問を一旦横に押しやってオルヴェシウス砦の城門を開けさせる。既に砦の正面まで来ていた馬車は、扉が開け放たれると同時に進行を再開して砦の中へ続々と入っていき、やがて全ての馬車が中に入るのを見届けたアルは扉を閉めるように命じると馬車の先頭に居る見慣れた2人に声をかけた。

 

「バルトサールさん、リデアさん。お久しぶりです」

 

「ああ、ヨアキム・セラーティ侯爵の代理人として食料の受け渡しに来た」

 

「こちらはレンナルト氏の代理人としてシルエットナイトの補修資材を受け渡しに」

 

 リデアと握手をしていたアルに見せ付けるように、どこか自慢げな表情をしながらバルトサールは馬車の方へ合図を送ると一斉に馬車の覆いが取り払われた。すると、馬車の中から瓶に詰められた食料品や小麦粉といった行軍で必要な食料ときちんと綱状に織られた結晶筋肉(クリスタルティシュー)銀線神経(シルバーナーヴ)といった幻晶騎士(シルエットナイト)を補修するのに必要な資材が顕になる。

 これが1台や2台の馬車ならアルもきちんとしたお礼を言えたのだが、十数台の馬車の内の大半に物資が詰め込まれていたためにアルの脳内でソロバンが高速で弾かれることになった。

 

「うひぃー。こんな量、運営費じゃ払えませんよ」

 

「その点についてはセラーティ侯爵やケルヴィネン氏からツェンドリンブルの代金と思ってほしいと言伝をもらっているから安心して良いよ」

 

「あー、大切に使わせていただきます」

 

 『破産』という結果がアルの脳内に組み込まれているソロバンによって導かれるが、リデアはアルの頭を軽く叩きながら笑う。リデアとの会話に『そういえばそんなことあったなぁ』と懐かしそうにセラーティ領の方角を見たアルはこの支援の経緯を想像する。おそらくヨアキムが今回の派兵についての情報を知り、レンナルトと結託して物資を送ろうとしたのだろう。

 この物資に込められた期待とわざわざここまで運んできてくれたバルトサールとリデアの働きに見合う働きをしようと今一度奮起したアルは、バルトサール達に向かい合うように立つと腰を折って礼をする。

 

「わざわざ運んで下さりありがとうございます」

 

「別に構わないさ。さて、じゃあそろそろ帰るか」

 

 そう言ったリデアはバルトサールを引きずりながら余分に持って来た空の馬車に人足を詰め込み、セラーティ領の方角へ帰っていく。アルは馬車がオルヴェシウス砦から見えなくなるまで腰を折って礼を続けていた。

 

 そんな出来事もあってか通常行われる行軍と比べて物資も食料も十全に準備が出来た銀鳳騎士団は、いよいよフレメヴィーラから出立する日を迎えた。ライヒアラにあるエチェバルリア邸の前では大きなトランクを地面に置いたエルとアルがセレスティナやマティアスと別れの挨拶をしていた。端から見たら家族との別れの光景に見えるが、その置いたトランクに幻晶騎士(シルエットナイト)関係の物品や教科書の類という、いつもの『エチェバルリアセット』を詰め込んでいる光景を見ていたキッドはエルのいつも通りの行動に軽く呆れる。

 

「単純な旅行じゃねーよな? この遠出って」

 

「エル君がのほほんとして、アル君がおっかなびっくりしてるっていつものことじゃない。騎士団長補佐として私達が支えてあげれば良いのよ」

 

 自身の腰に手をあてながら、ふんすと胸を張るアディにキッドは『お前もエルと暴走するけどな』と口には出さないが、心の底で毒を吐く。そんなこんなで割とあっさり家族と別れた4人は予定通りにツェンドリンブルで王都カンカネンに向かうと、あらかじめカンカネンで作業をしていた銀鳳騎士団員やエムリスと共に友国であるクシェペルカを救援するためにカンカネンから飛び出した。

 

「エムリス……それと銀鳳騎士団。頼むぞ」

 

 その光景と騒々しい物音をシュレベール城の窓から見たリオタムスの独り言が誰もいない部屋の中に響くが、それを受け取って投げ返してくれる者は居なかった。

 

***

 

 銀鳳騎士団とエムリスがカンカネンを発って半日以上が経過した。

 東西街道(オクシデントロード)と呼ばれるクシェペルカ王国と繋がる唯一の国際街道をツェンドリンブルの群れがひた走るが、この道はルート的にオービニエ山脈を越えて行くので慣れない山間部を走る訓練をしていない第3中隊はかなり苦戦を強いられた。また、騎操士(ナイトランナー)やツェンドリンブルの脚部の損耗を抑えたい銀鳳騎士団は適度に休息を取りながら進み、関所までツェンドリンブル換算で数時間といった場所にたどり着いた。

 

「さて、そろそろご飯の時間ですね」

 

「お? アルフォンスが作るのか?」

 

 既に夕日が沈みかけている頃合。本日はここらへんで野営をするべく、各中隊にはトイレの設営や薪の調達など雑用を頼んだアルは腕まくりをしながら荷馬車(キャリッジ)の中を漁る。その様子を物珍しそうな表情のエムリスが冷やかすが、アルはそれを無視して白っぽい何かがびっしり詰まった瓶とカンカネンで大量に購入した塩漬けの肉を取り出した。

 

「生鮮食品は使える内に使っておかないとですね」

 

 そう言ったアルは大鍋に水を大量に入れて湯を沸かし、その中に先ほど取り出した瓶の中から大匙で数杯ほどのネットリとした白っぽい何かと何かの切れ端が混ざり合った物を入れる。その後は調味料は入れずに塩漬けの肉を一口大に切ってから鍋に投入し、出てきた灰汁を取りながらぐるこんぐるこんとアルが絶え間なくかき混ぜていると、鍋の周囲から良い匂いが立ち上ってくる。

 

「ほう、こいつぁ脂に乾燥した食べ物を突っ込んでるんだな」

 

「セラーティ領の伝統的な保存食らしいですよ」

 

 完成したスープを椀に入れながらアルは瓶に貼ってあったメモの通りに説明する。ボキューズ大森海が近くに存在するセラーティ領の各村は、何時村から焼け出されても良いようにこのような保存食を作っているのだとか。

 前世で言う『ペミカン』のような保存食を中の脂が溶けださないように荷馬車(キャリッジ)に戻したアルは、既に椀が全体に行き渡っているか確認してから食膳の挨拶をして猛然と食べ始める。

 

「アルフォンス様」

 

 団員達が肉の取り合いに躍起になっている様子を見ていたアルに後ろから声がかかる。その声を聞いたアルは、声がかかった方を見ずに『お疲れ様です』と言いながらスープを手早く掻き込む。舌から感じるひりひりとした感覚に顔をしかめたアルは、椀を腰掛けていた岩の上に置くと先ほど声をかけてきた存在であるノーラと共に暗がりに歩いていった。ガサガサと草を掻き分けながらひたすらノーラについていくと、やがて巨大な物体とその周囲を取り囲む人影が見えた。

 

「完成させてたんですね」

 

「ええ、後はリーコンの挙動なのですが、いただいたメモを見てもスクリプトについて分かる者が居なくて……」

 

 アルはその巨大な物体、木の枝を張り付けた網で偽装したカルディトーレを品定めするように近づく。

 だが、このカルディトーレにはカルディトーレの代名詞でもあるサブアームは搭載されていない。代わりにカルディトーレの全身をほぼ覆い隠すほどの巨大なコンテナを背負っていた。

 これは藍鷹騎士団が専用に誂えた装備で、コンテナの中には幻晶甲冑(シルエットギア)と密偵達の休憩施設が組み込まれており、このカルディトーレを中心に幻晶甲冑(シルエットギア)で索敵、諜報と所謂プラットホームのような立ち位置での運用が期待されている。

 欠点としてはそれ以外はただのカルディトーレ、いやサブアームがない分性能が落ちたカルディトーレなので戦闘には不向きな点である。

 

「偵察する向きはどっちですか?」

 

「あちらですね」

 

 上部のハッチを開けたアルがカルディトーレに乗り込みながら偵察する方角をノーラに確認すると、ノーラはシャドウラートに乗っている団員の話を聞きながら指で方角を指し示した。その指の方角を見たアルは、操縦桿を握りながら直接制御(フルコントロール)でカルディトーレ内に納められている魔導演算機(マギウスエンジン)のスクリプトを掌握し、その中の1つのコマンドを実施した。

 

「リーコン展開」

 

 アルの言葉と共にコンテナの上部から脂と炭を混ぜた物を塗りたくられて黒くなった筒棒がにょきにょきと天に向かって伸びていき、やがてノーラが指示した方向に天辺の偵察機器のレンズ部分が向けられる。幻像投影機(ホロモニター)にはそのレンズが見た景色が浮かび上がり、アルはそのまま魔導演算機(マギウスエンジン)で設定している規定値以上の倍率でズームをしていくと、リーコンは堅牢な関所を小さく捉えた。

 関所の兵も食事をとっているのか煮炊きの煙が細く上がっているが、旗が学園で学んだクシェペルカの物とは異なる気がするので、アルは小さい物を見過ぎて疲れた顔面を揉み解しながらハッチから身を乗り出すとノーラに『画面共有したいです』と告げた。

 

「分かりました。ではコンテナの方を操作するので少々お待ちください」

 

 アルの声を聞いたノーラと周辺の藍鷹騎士団員は周囲に伏せているであろう団員を呼び集めるためか一瞬で姿が掻き消え、数分後には口元に布を巻いた黒い服の人間が数十人現れる。彼らは迷わずコンテナの中に入り、コンテナの中で物音を少し立ててから伝声管越しに『映像が来た』とアルに告げた。

 

「まず、この旗ですが見覚えある方は?」

 

「小さくてよく見えませんが、クシェペルカはもっと色が明るかった記憶が」

 

「小さいが……あー、これはジャロウデク王国ですね。ですが、門の前に立っているシルエットナイトはジャロウデクが前に使っていた物と大きく異なりますね」

 

 各所をズームしながら情報を共有していくたびにアルは『かなりやばい状況』だと警鐘を鳴らす。

 ここはフレメヴィーラとクシェペルカ王国の関所である。つまりクシェペルカ側にしては辺境も辺境なので、ここまでジャロウデク王国の支配が及んでいることを考えると既にクシェペルカは『滅んでいる』可能性の方が高い。そうなると、むざむざ相手に開戦の理由を与えてしまう物なのでこのまま引き返すべきかとアルは考えた。

 しかし、ふとアルは今まで行軍してきた道──山間部から見えるフレメヴィーラ王国へリーコンを向けると、一息深いため息をついて弱気を外へ逃がしながら口を開いた。

 

「ですが、このまま逃げ帰ってもここまで電撃的に制圧できた謎を知らないとクシェペルカの二の舞になりますね。……なんとかシルエットナイトを鹵獲できませんかね?」

 

「騒ぎがあればナイトランナーを引き摺り下ろすのは可能ですが、操作をするとなると厳しいですね」

 

 コンテナの方から藍鷹騎士団員の意見を聞きながらなんとか幻晶騎士(シルエットナイト)を奪えないかとアルは思考を巡らせる。このまま関所に突っ込んで戦闘状態になると、十中八九我慢できなくなったエルがイカルガと共に幻晶騎士(シルエットナイト)に突撃をかますだろう。

 いわば、人型師団級魔獣を幻晶騎士(シルエットナイト)にけしかけるような物なので、当然完全品は期待できない。そんな思考を巡らせていたアルがふとカルディトーレの操縦席を見渡し、側に刺さっている銀の短剣をぼうっと見つめていると途端に『あっ!』という声を上げた。

 

「じゃあ僕がシルエットナイトに乗るので、数人は警護お願いします」

 

 その無茶な提案に藍鷹騎士団員達は『またこの人の無茶振り始まった』と聞こえない所でぼそぼそと言い合うが、貴重な情報が得られるチャンスをふいにしたくないのでその方向性で作戦を決める。そんな提案もあり、アルは幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす騎士団の副団長ではなく、偵察と機体の強奪という密偵の1人のような認識を藍鷹騎士団員達に持たれたのだが、アルは気にせずに関所の観察を続けた。

 

(新型……良い響きですね。強奪したいですね)

 

 アルの頭の中はすっかり星の屑の記録一色に塗り替えられ、心なしか顔が劇画タッチになっていく。

 新型。特に異国の物だから自分達がまだ知らない技術や内容がふんだんに使用されているのではないかと若干わくわくテカテカしながら偵察を続け、十分な下見と関所を占拠した際に藍鷹騎士団が行う次の動きについて共有が出来たアルは藍鷹騎士団と別れると銀鳳騎士団の居る場所まで戻っていく。

 

「お、副団長。トイレか?」

 

「下見をしてました。さて! 皆さん注目!」

 

 森から戻ってきたアルが第3中隊の団員が話しかけられながら野営の中心地に移動し、大声で全員を呼ぶ。少しの時を経て全団員とエムリスがアルの元へ集合すると、アルは先ほど偵察した結果を全体に報告した。すると、てっきりアルが説明中にもかかわらず飛び出していくと思っていたエムリスが、地面にどっかりと座りこんで『やはりか』と納得が言ったかのような言葉を発する。

 

「ロカールが1か月未満で墜ちたことを考えるとなにも不思議には思わん。だが、解せんのは西の端のここまでシルエットナイトを配置できる機動力だ。奴ら、何をした?」

 

 エムリスが言うことももっともである。シルエットナイトはツェンドルグやツェンドリンブルといった『馬型』を除けば基本的に鈍足である。全力で走らせれば速度も上がるが、その代償として高い頻度でのメンテナンスも必要になってくる。大国の端から端を戦いつつメンテナンスもするといった行動はエムリスの頭ではどうやっても可能だとは思えなかった。

 

「殿下が仰っているシルエットナイトも今までのジャロウデク製の物と異なる物だそうなので、鹵獲という提案をしたいです」

 

「面倒くさいですし、僕のイカルガで『観光ですか? いいえ、戦うためです!』方式で突破するのは……駄目ですよね」

 

 念願の機体を手に入れてから割かし頭がイカルガになりかけてるエルを叩きながらアルは関所攻略はエムリスやエル達に任せ、ジャロウデク王国の幻晶騎士(シルエットナイト)鹵獲に向けて案を練ろうとするが、その前にツェンドリンブルが曳いている荷馬車(キャリッジ)の1つを見やる。

 イカルガの製造が予想以上にかかったため、パッチワークは組み立て半ばの状態で荷馬車(キャリッジ)に積み込まれている。なので、今のアルは幻晶騎士(シルエットナイト)がない騎士だ。幻晶騎士(シルエットナイト)の奪取をするにはどうしても力不足なので、アルは中等部の頃に起こった事件になぞらえて作戦を練る。

 

(兵士を装うのは無理ですね。近所の子供を装って遊びに……いや、普通は遊びには来ないか)

 

「アルー、殿下がブラストハウリングで門をぶち破る案を推してるんですが」

 

「だからレ○バーじゃないんですから入国拒否されるような……待てよ?」

 

 アルが考え込んでいる間にずいぶん脳筋な案が出たものだと落胆するが、同時に『関所を混乱させればよくね』という考えに至った。すぐさまアルは全員と合流し、『獣王轟咆(ブラストハウリング)で門か関所の壁をぶち破り、その間にイカルガを投入して場を混乱させよう』といったエムリスの提案を推す。その際にアルは『鹵獲するためにわざと1機逃がすように』とエルに何度も念を押すと、『保障は出来ません』というなんとも頼りない返事が聞こえた。しかし、手を抜いて逆にやられるということも十分にありえるので、アルは計画の是非をイカルガが実際に戦ってから決めることにした。

 だが、銀鳳騎士団製というフレメヴィーラ随一の性能を誇るアルディラット達でもイカルガを止めることが出来ないので、十中八九機体が手に入るだろうと確信したアルは『相手の技術を丸裸にしてやりましょう』と意気込む。

 

「アルフォンス。この非常時ぐらいはシルエットナイトのことを忘れてほしいんだが」

 

「えー! なんでですか! ちゃんとエサもやりますし、手入れもちゃんとします! ほら、兄さんも頼んで!」

 

「そうですよ! 躾も散歩も欠かしませんから!」

 

 エドガーの真面目なツッコミにエルとアルは動物を飼ってもらう時の子供のようなことを言いながら反論する。念押ししておきたいが、幻晶騎士(シルエットナイト)は動物でも何でもない。それに餌は周囲の大気から魔力を取得しているので必要がなく、手入れも動かさない限りはせいぜい錆止めを塗り直すぐらいだ。躾と散歩に至っては別に無くても幻晶騎士(シルエットナイト)が壊れるわけではないので言わずもがなである。

 その反論を聞いたキッドが『ペットじゃねぇよ』というツッコミを入れるが、それを耳を塞ぎながら突っぱねたエル達は『鹵獲作戦で行きましょう』と早々に作戦会議を切り上げる。作戦会議が終わった団員達は歩哨を残して早々に各自のテントに潜り込むとそのまま寝息を立て始める。

 

「ジャロウデク王国の新型、楽しみですね」

 

「楽しみな分、分捕るのも難易度上がってますけどね。今ふと思いましたが、スクリプトの解析で時間がかかりそうですし」

 

 周囲と比べて少しだけ生地の質が良いテントの中でエルとアルが明日の鹵獲作戦についてぼそぼそと話し合う。エルは言わずもがな、アルもフレメヴィーラ製の幻晶騎士(シルエットナイト)ならばそんなに時間をかけずにマギウスエンジンを掌握することができるが、国が違うと細かい差異があるのでそれによって解析に時間がかかりそうだとアルは危惧する。

 

「もしもなにかあればすぐに撤退すれば良いですよ。残骸だけでもなにか分かりそうですし」

 

「そうですね。では、いのちをだいじにで行きましょう。兄さんがこの騎士団の旗印なんですから」

 

 アルの『さくせん』にエルは笑いながら『関所にアバ○ム使って開けてもらいましょうか』と言うと、明日に備えて就寝した。

 

***

 

 翌朝。フレメヴィーラ王国とクシェペルカ王国──現在は偵察通りジャロウデク王国の物となっている関所の門が圧縮した高密度に編まれた大気の塊によって吹き飛んだ。幻晶騎士(シルエットナイト)の体当たりでもびくともしない金属製の門が突如破壊されたことにより、ジャロウデク王国の騎操士(ナイトランナー)は先ほどの法撃を放った金色の幻晶騎士(シルエットナイト)と破壊されたばかりの扉の残骸を動揺した様子で見比べている。

 そんな一部始終を関所から少し離れた森の中から窺っている人影が数人居た。全員、フレメヴィーラ王国の密偵が愛用している幻晶甲冑(シルエットギア)であるシャドウラートに搭乗しており、その視線はさきほど荷馬車(キャリッジ)から飛び出し、爆音を轟かせながら空中に浮いているイカルガの方に向いていた。

 

「この爆音で周囲警戒が疎かになってます。このまま近づいて様子を見ましょう」

 

 そう言いながらシャドウラートの集団から現れたのは、背が低い搭乗者の儚い自尊心なのか他の幻晶甲冑(シルエットギア)より少しだけ大きい図体に様々な武装や装甲をくっつけたアル専用の幻晶甲冑(シルエットギア)、ストライカーだった。初めの獲物を見定めたイカルガが手に持った不思議な形の剣を両手に獲物に飛び掛かった瞬間、アル達はその爆音に乗じて戦場へ足を踏み入れた。




はい、いよいよ大西域戦争編が始まります。ぶっちゃけ長くなると思います。

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