藍鷹騎士団からエムリスの叔母であるマルティナとクシェペルカの王族がフォンタニエと呼ばれる街に存在するラスペード城に囚われている情報を得、無事なことに喜んでいた銀鳳商騎士団。しかし、何事も上手い話には裏がある。先ほどの情報と共に聞かされた追加情報により、エムリスや銀鳳商騎士団の女性陣の反応が一瞬で怒りに呑まれた。
なんでもクシェペルカの国王であった『アウクスティ・ヴァリオ・クシェペルカ』が一騎打ちの末に討取られ、王位継承権第1位である娘の『エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ』がジャロウデク王国の第2王子である『クリストバル・ハスロ・ジャロウデク』が娶るという噂をジャロウデク軍が積極的に広めているらしく、『無理やり国土を侵略しておいて結婚を強要とはゆるざん!』と青筋を何個も額に浮かべたエムリスや、クリストバルのことを『馬鹿王子』と呼んだヘルヴィやアディがイカルガも
「いえいえ、流石の僕達でもフォンタニエ……元クシェペルカ東領の要を落とすのは無理ですよ。それにあちらに人質が居るので、もしそれを盾に降伏を迫られたら終わりますよ」
「むぅ、たしかにそうだな。なんだ、案外銀の長もアルフォンスと同じように物事を考えれているじゃないか」
「僕のことを狂人だとお思いで? そのために藍鷹騎士団やアルに色々準備をしてもらって……あれ、アルはどこに居るんでしょう」
心外とばかりに頬を膨らませるエルだったが、いつもは我先に団員を諌めるアルが居ないことが気になって行き先をエドガー達に聞く。しかし、誰も行き先を知らないと首を振ったので拠点のどこかに居るのかと周囲を見渡していると、白い外套に赤い腰布を纏った威容に背の高いアルがフードを被りながらエルのすぐ横を通り過ぎようとしていた。
「ああ、アル。どこ行ってたんですか」
「救出作戦に使う物資をキャリッジに積んでたところです。説明は任せました」
大きめの木箱を片手に持ち直しながら白い外装をずらしてストライカーをエルに見せるとさっさと荷物を運んでいこうとするアル。しかし、いつの間にか
「そんな外套着てどこに行くんですか?」
「エルサレムに巡礼……じゃない。今回の潜入工作のために特注で縫ってもらいまsアダダッ! びりって!」
アルの返答の直後にエルは掴んだ腕から弱めの
「とまぁ、シルエットナイトは使わずにシルエットギアを用いるので編成は最低限にします。藍鷹騎士団の皆さんと僕とアル。救出後は素早く護送するためにツェンドリンブルを使用するのでキッドとアディもついてきてください」
「おい! 俺を忘れるなよ! 何としてでもついて行くからな!」
「アー、ワスレテマシター」
救出作戦の編成を発表し、キッドとアディがやる気を見せた声を上げる中で自らが呼ばれていないことに気付いたエムリスはエルの首根っこを持って揺さぶりながら自身をアピールする。やる気に満ち溢れるのは良いのだが、仮に捕まることになったら『フレメヴィーラが関与していることがバレる』ので、エルは内心『居残っててほしかったなぁ』と毒を吐いた。
「で、僕達以外の中隊を銀鳳商騎士団の本隊とするので、これらを持ってクシェペルカの貴族を口説いてください。あれ、アル? 僕とアルでまとめたアレを渡してほしいんですが?」
「ツーン」
先ほどのことがあってか未だに不貞腐れながらテントに首を向けるアルに、エルは『これだから雑食性オタクは』とぶつぶつ文句を言いつつ、クシェペルカ王国の制式
この紙束が意味すること。それは王女の奪還後に行われるこの国を取り戻す戦いへ身を投じる覚悟があるかの確認である。
現在の銀鳳商騎士団はジャロウデク王国や彼らの母国であるフレメヴィーラ王国からしてみればゲリラや野盗と同等の立ち位置だ。それは無論、捕虜に取られた場合はまともな扱いを受けないし、仮に捕虜を取ってもお荷物が増えるだけでなんのアドバンテージも得られない。そんな状況を打開するため、早急に旗印である王女を取り戻して彼女達と契約しようと方針を固めたエムリスの指示で2人はいつもやるネタによって比較的多く取られるディスカッションを極力行わずに設計図の作製を間に合わせることに成功した。
「王女が戻ってきても戦力差が縮まることはありません。皆さんには渡した設計図を武器に根回しをお願いします」
「これはこの地に反抗の芽を育てる極めて重要な任務です。それでは──」
「お姫様奪還その他色々大作戦開始ー!」
ひとしきり落ち込んでメンタルも回復したアルが中隊長達に作戦概要の説明を行い、真剣な口調で説明を纏めようとしたエルに抱きつきながらアディが気の抜けるネーミングセンスで作戦開始を宣言する。そんな『いつもの調子』を横目に見ながら銀鳳商騎士団はそれぞれに与えられた任務を全うするために持ち場に着いて準備を始めようとするが、藍鷹騎士団のノーラによって待ったがかけられた。
***
フォンタニエから王族を救出するに至り、
ゆえに急遽、銀鳳商会の若旦那をエムリスにしてエルとアルがその小姓という身分にしようと提案したアルだったが、それだと重要人物が纏まって行動するので危険だという指摘からアルはキッド達と共に銀鳳商会に勤める親に同行する子供達という役割に納まった。
「なんか……違いますよね」
「だからお前みたいなちんちくりんは希少って言ってるだろうが。こうなったらもう女装しちまえ」
それぞれの役割が決まったのでエル達も藍鷹騎士団の面々に倣って街でよく見かける服装に着替えていくのだが、アルの服装がそこら辺の男の子の服装にすると丈が合っていなかったり、着こなし的に周囲と上手く溶け込むことが出来なかったりと散々な結果になった。
小姓役のエルはといえば、基本的に外套で身を隠すしちょっと丈が合わなくても『それだけ有望視している』と口八丁でなんとかなるのだが、そこら辺の子供として潜入予定のアルにとっては周囲と溶け込むことが最重要になるので、さんざん考えた末にアルと比較的仲が良いデュフォールの宿屋を経営している団員──通称『親父』は、顎鬚を撫でながらニヤついた笑みで現在女性陣が着替えている
その親父の仕草に誰かあの親指をへし折ってほしいとアルは思ったが、しばらく考えた末にアルが絞り出すような声で最後の希望に縋ろうと親父に向かって口を開く。
「それをしなきゃ藍鷹騎士団の皆さんが困ります?」
「ああ、困るな。下手すりゃ作戦自体がおじゃんになる」
親父は即答で返事を返した。さらに作戦自体も台無しになると言われたのでアルも軽くシミュレートをしてみたが、門で騒動を起こした場合それ以降の潜入も警備のレベルも引き上げられるし、騒動で別の場所に王族を移動させられる可能性もあるので一通り納得したアルは決心が付いたのか勢い良く頷いた。
「やりましょう。こうなったらコルセットでも染髪でもなんでも来いです。一番いいのを頼みます」
「承知しました」
アルがそういうが否や、いきなり背後に現れたノーラがアルを担いで
「ぐぬぉぉ! 出る! やばいモツが出る!」
「アル君、頑張れ 頑張れ」
「アディ、すみませんが黙ってく"ぇがぁぁぁ! ホルモン出るぅ! 酒で臭み抜かれちゃうぅ!」
慣れない圧迫感と大事な物が出そうな感覚に、アルはひたすら『コルセットは悪い文明!』と唱え続け、やっと結び終えたコルセット姿を確認するべくアルは姿見の前に立った。
「……あんまり変わらないわね」
「コルセットやめときましょうか」
どうやら女性陣の間では不評のためにコルセット案は廃案、胴衣やブラウスなどといったドイツの民族衣装である『ディアンドル』と似たような農民風の服装に言われるがままに着替えていくアルだったが、最後のスカートで難色を示した。パンツ1枚の状態でエドガー達を緊急招集し、本当にスカートしかないのかと再三確認を取った後、『俺たちの地元ではみんなスカートだったぞ?』という宣告をエドガーやディートリヒの言葉を受け取ったアルは渋々スカートを身に着けることになった。
「アル……アル……ブドウ踏みします? それともビール配り回ります?」
枝毛やアホ毛が混在する伸ばしっぱなしだったアルの髪の毛も特製の墨を用いた染髪を行ってから櫛を入れたおかげで腰まで伸びる黒髪ストレートになり、頬紅を薄く塗ってどこからどう見ても農民の娘になったアルの姿を見たエルは吹き出しながらネットで見たドイツの祭りやワインの製造過程の話を持ち出す。自分だけ安全位置に居てこちらを馬鹿にする兄にアルはちょっとイラッとしたが、もう自身で決めたことなのでどうせならと意地の悪い顔を曝しながらノーラやアディを伴って
「兄様、そんな風に笑われると恥ずかしいですわ」
「ふひぃっ! やめっ……それはなしです! なしで!」
「アルやべぇ! どこからどう見ても女じゃん!」
突然のボイスチェンジ。まるで男の子役の女性声優が女性キャラを演じたような声にエルは腹がよじれるぐらいに笑い転げた。その無様な姿にアルは割かしすっきりしたが、まだ足りないと次なる獲物を見据えるとまたもや意地の悪い顔を浮かべながらもその様子を大笑いながら見ていたキッドの方に小走りで近づいた。
「騎士様。騎士様もどうか兄様に言ってくださいまし」
「うぇ!? 騎士様ってやめてくれよアル!」
いきなり『騎士様』と言われてキッドはぎょっとする。身長が低いせいで自然と上目遣いになっている様子やいつもとは違って高音になっている声に、目の前に居るのがアルという認識がブレてしまったキッドは少しだけドキッとした。しかし、キッドが頬を少しだけ赤くしたのも束の間。吹き出しそうになるのを必死にこらえていたアルが大笑いをしながらにやけているアディの横に立つと、『ドッキリ大成功』とハイタッチを交わす。
「すみません。うちの副団長にこれ以上そちらのことを教えるのやめてもらっても?」
「すまん……。だが、教えたのは声を少し変える手品みたいな技術だけだからな? あの演技力はあいつ自身の才能だからな?」
そんなどこか学生感のある騒動を傍から見ていたエドガーは藍鷹騎士団の側に近づいて『これ以上変なことを教えないでください』と言うが、親父は冷や汗をかいて謝罪しながら弁解する。確かにかなり物覚えが良い子供なのでつい稽古をつけた記憶があるが、あそこまで化けるとは親父も思わなかったのである。
「ねぇ、さっきの声でお姉ちゃんって言って?」
「アデルトルート・オルターさん、仕事してください」
「フルネーム!?」
当の本人は
***
「止まれ」
フォンタニエを守る城門の前で待機していたジャロウデク軍の兵士は気だるげに数台の馬車の前をさえぎる。馬車の先頭で御者をしている人の良さそうな笑みを浮かべている男に、兵士は『規則ゆえに馬車の中を改めさせてもらう』と一声かけてから馬車の中を見ると、麦といった食料品や鎧といった防具の影から黒い髪をした成人したての男女と一回りほどの少女が目を細めながらこちらを見ていた。
「全員、馬車の外へ……彼らは?」
「私の息子と娘です。世話になっている銀鳳商会という所で働かせてもらおうと連れてきました」
「商人? ははっ、ガタイも良いから商人じゃなくてジャロウデク軍に入るのはどうだ? 坊主、もし入れば栄えあるクシェペルカ方面軍の1期生だぜ?」
馬車の外に出たことから顕になった男の頑強そうな身体と高い身長に、商人にしておくには惜しいと兵士は黒髪の男の肩を叩きながら軽口を叩く。しかし、男は『考えときます』と引きつった愛想笑いを浮かべ、その一連の動きを見た女は顔を真っ青にしていた。しかし、女の袖を掴みながら不安そうな顔でやり取りを聞いていた少女は、心の中で『あかん』と叫びながらもフォローに入るべく小さな口を開いた。
「兄様、軍に入るの?」
「こら、アーネ! 兵隊さんの仕事の邪魔をするんじゃない! 申し訳ございません!」
今にも消え入りそうな声で声をかけられた男や兵士の顔を見る少女に御者の男は強く叱りつけ、即座に兵士に向かって謝罪する。思わぬインターセプトに少しだけほっこりした兵士は『冗談だよ』と笑い飛ばしながら特に怪しむ様子もなく、馬車の中を軽く見ただけで通してしまった。馬車の列が城門を通った少し後、兵士達は先ほどの馬車の集団から降りてきた人物の中で誰が好みの女かなどを雑談の種にしながらいつもの業務に戻っていく。こうしてフォンタニエに不穏分子が入り込んだのであった。
「ごめん、アル。下手うった」
「ええ、まさかキッドに矛先向くとは思いませんでしたよ。7割ぐらいの確率でアディの方に来るって思ったから対策してたのに」
馬車の中に再び引き籠った男女──アル達は安堵したように息を大きく吐いた。幼い見た目のアルは御目溢しされるだろうが、成人直後と背格好で分かってしまうキッドには受け答え、アディにはそれに加えて簡単なセクハラ程度をいなせるように対策を講じてきた。
しかし、まさかジャロウデク軍の勧誘を受けるとは思ってなかったアルはそんなことを兵士が話してきた理由を模索する。ジャロウデク軍の人員不足という言葉が頭をよぎったが、馬車に掛けられている幌の隙間からフォンタニエの住民を威圧するかのように警備するティラントーの数を数えるが、意味のないことだと1人で結論付けるとキッド達に今後のことを話した。
「一先ず、現地に居る方々と合流しましょう。下の荷物も置かなければいけませんし。予定通りキッドとアディには銀鳳商会の事務仕事や配達仕事をやってもらいますので研修をしてください」
「うん、任せて」
「そうだよな。軍の勧誘蹴ったぐらいだから冷やかしに見に来るよな」
アルはそう言いながら馬車の床部分を叩く。この馬車は2重底で出来ていて、その隙間にシャドウラートをパーツ単位で細かく分けて格納されている。しかし、これは潜入が多い藍鷹騎士団のオリジナルの設計で、当然エル達の
「親父も薄情ですね。こういう設計とかがあるなら教えてくれてもいいのに」
「一応所属してる騎士団違うだろうが」
『なんでも知れると思うなよ?』と親父は文句を言いながら馬車を進め、予め銀鳳商会名義で購入していた倉庫に到着した一行は倉庫の中に馬車を入れると同時に馬車を解体し、中からシャドウラートのパーツを取り出した。あらかじめマーキングがされていたのか淀みなくシャドウラートを組み立てていき、数十分後には12機のシャドウラートがずらりと倉庫に正座した状態で並んだ。
「流石……早いですね」
「訓練は裏切りませんから」
シャドウラートに実際に乗り込んで動作を確認しているノーラの横で感嘆の言葉を漏らすアルに、ノーラは少し誇らしげに笑うとシャドウラートごと倉庫の隅に山盛りになった藁の中に入ってシャドウラートを外から見えないように隠蔽する。アル達もそれに倣って各自の
『白いやつ着たかった』と残念そうに言うアルの声を無視しながら大通りを極力通らず、時には屋根を小走りで駆け抜けながら2人はラスペード城から近い建物の屋根でかがむ。出来れば一番近い所で警備状況を見てみたかったのだが、現在2人が居る所から先の屋根には数人の弓兵が居るので安易に近づける様子ではなかった。
「城壁に2人組が2……3……3セットか。場内にある建物の屋根に兵は居ないな」
「重装備ではありませんね。多分ナイトランナーかと」
単眼鏡を片手にアルと親父は巡回ルートや人数を確認していくが、10分もするとさっさと屋根から降りて帰路についた。『偵察という物は相手のことを知ることと同時に相手にも偵察していることを知られるリスクがある。最低限知ったらとっととズラかるのが鉄則だ』と言う親父に、アルは『なるほどなぁ』とまた騎士の道から少し足を踏み外す音を鳴らしながら心のメモに記帳する。
こうして朝はキッドとアルは銀鳳商会の手伝いをしながらジャロウデク軍の兵士の愚痴などを聞いたり、アルが近所を遊ぶ子供のように外出しながら周囲を偵察し、夜は藍鷹騎士団の面々とアルがラスペード城までの道のりや撤退ルートを構築、数時間に1回の頻度で
「キッド、アディ。地図は頭の中に入れましたか?」
『もちろん』
数日かけて出来上がった城までのルートと王族奪還後のルート、そしてツェンドリンブルで脱出する大まかなルートを記載した地図を片手に2人はやる気の声を上げる。ツェンドリンブルは大型なので、身を隠しながらの撤退は難しい。なので、この際だから街道を一気に駆け抜けるのが得策という藍鷹騎士団の案を採用することになった。
作戦の開始時間が近づくにつれてアルの心臓の鼓動は早くなり、何か見落としがないかや事前にフォンタニエ郊外に隠しておいたツェンドリンブルは無事なのかと不安事項が頭から噴き出す中、扉を3回ノックする音が聞こえた。
「銀の鳳は」
「今宵羽ばたく」
事前に決められた暗号が返ってきたので喜びながら扉を開けようとするアディだったが、それを手で制したアルは本当にエル本人なのかを確かめるために扉に口を近づけた。
「V2?」
「っ!! アサル○バスター」
「大丈夫です。本人です」
改めて扉を開け、エルに抱き着きながら家の中に招き入れるアディを横目にエムリスは『事前情報にないことを言うのは止めろ』とアルを小突きながらのっしのっしと家の中に入っていく。先ほどのやり取りを見ていた藍鷹騎士団員達からも『いくらはっきり分かるからと段取りを変えるのやめてください』とネチリと言われ、アルは自身の心配性に若干凹みながらエムリス一行の後を追いかけると懐に忍ばせた地図をエムリスに差し出した。
「一先ず王城までの道のりを地図に記したので確認をお願いします」
フォンタニエはエムリスの留学先なので地理に詳しいエムリスに地図の出来栄えを確認してもらうと、『筆を借りるぞ』と商会の机から筆を手に取って地図に印をつけ始めた。それによりいくつかあった侵入ルートと撤退ルートが消え、新たに数個のルートが出来上がった。
「さっき見てきたが、こことここは遮蔽物がないから見つかる可能性がある。逆にここは地元の奴しか知らない抜け道だ。1人ずつという制限はあるが、留学時代に重装歩兵がよく巡回ルートをショートカットするのに使っていたと聞いたことがある。まぁ、いざとなったら任せろ」
「では、覚え直すのにしばらく時間をいただきます」
新しい情報が書かれた地図を持った藍鷹騎士団員が集まって地図を読み込む間にエムリスは裏手にある商会の所有する倉庫に赴くと、既に準備を終えていたシャドウラートに列を見ながら『そろそろ動けるか?』と尋ねた。その声を聞いた藍鷹騎士団員の中からノーラが姿を現し、『何時でも動かせる状態です』と準備が完了したことを伝える。
「最新の地図を記憶しました。先導は任せてください」
「それでは皆さん、今のうちに作戦内容をおさらいしましょう」
地図を見ていた藍鷹騎士団員達が倉庫に集まった頃合にエルは改めて作戦の動きを説明する。
ラスペード城の四方には尖塔が存在し、そこの最上階を牢に改装したジャロウデク軍はそこにクシェペルカの王族を収監したらしい。だが、捕えられた王族はエムリスの叔母のマルティナとその娘であるイサドラ、そしてクシェペルカ国王の娘であるエレオノーラと3人である。奪還し忘れが無いようにエル、エムリス、キッド、アディがそれぞれの塔に行く予定で話を進めていたのだが、アルは自分の名前が呼ばれないことに質問した。
「アルは若旦那と行動してください。編成上、一番まずい組み合わせはエムリス殿下の行先にエレオノーラ様が居る場合です。その場合も考えてアルにはサポートを行ってほしいんです」
フレメヴィーラ王国の王族とクシェペルカの王族、カモがネギと鍋を背負って松明を持つ人間から逃げる様子が思い浮かんだアルは納得した表情で首を上下に素早く振る。話が纏まったとばかりに肩を組みながら『頼むぞ』とさわやかな笑みを浮かべるエムリスを見ながら『極力何事もありませんように』とアルは倉庫の天井を眺めながら天に祈る。
「では、本日の日没と共に奪還作戦を開始します」
エルの宣言が倉庫内を静かに駆け抜け、それぞれが最終確認のために静かに商会の建物に入って行った。
***
父さんが亡くなったという話を盗み聞いた時、私は崩れ落ちそうなった。でもジャロウデク王国は私に悲しませる暇など与えてくれなかった。避難先と決めていた東領の要地、フォンタニエから来たジャロウデク軍に捕えられた私達はそのまま私達の家であるラスペード城まで連行され、母さんやエレオノーラとは別の尖塔に私を閉じ込めた。
最初は脱出してやろうと仮病を使って兵を騙したり扉を強く叩いたりしていたけど、塔での生活を続けていく内に心の中に『無駄』という諦めの感情が強くなっていき、いつしか1日中何もせずにベッドに横たわることが多くなった。春の暖かな時期にはずっと寝ていたいと夢見たことは何度もあるけれど、今の状況で夢が叶ってもちっとも嬉しくない。
「……助けて」
エレオノーラの前では気丈に振る舞っていたけど、1人で何もせずじっとしている時間が増えたからか私はつい弱音を吐いてしまった。
厳しかったけど私が剣術の稽古をしても優しく見守ってくれていた父さんや留学に来たけどちっとも勉強しないで街をほっつき歩いては母さんに怒られているリース兄の顔を思い出すけど、リース兄は留学を終えて山の向こうに帰って行き、父さんは既にこの世にはいない。そんな現実が私の尽き掛けていた気力をさらに奪い取る。
「グスッ……助けて……誰か助けて」
陛下の捨て身を前に決意に強くあろうと奮い立たせた心はとうに冷えきり、孤独と1歩先が真っ暗な未来をあれこれと考えるだけで憂鬱になっていく。これからどうなるのだろうとぼんやり考えていると、コツンという壁を叩くような音が私の耳に入ってきた。
「ウヒィッ!?」
ここはラスペード城で最も高い尖塔の最上階である。そんな所の外壁から音が聞こえたのでつい悲鳴を上げてしまった私は恐る恐るその音の出所を見てみると小さな穴が開いていた。ここに閉じ込められてからというもの何度も部屋を見渡したけど、こんな穴があったかしら。そんなことを考えていると、続けてコツン、コツンという音と共に壁から指先ほどの杭が飛び出してきた。
「え? え? 何?」
「その声はイサドラか!? イサドラだな!」
「若旦那うるさいです」
理解が追い付かずにベッドに身を隠そうとしたけど、先ほど開けられた小さな穴からリース兄と誰かの声が聞こえた。それを聞いた私は穴に縋りつく様に身を寄せて本当にリース兄か確かめようとしたけど、先ほどリース兄に話しかけていた声が『離れてください』って言ってきたから素直に指示に従う。
その後、城を揺らすほどの地響きが私を浮き上がらせたからつい目を閉じてしまった。そして恐る恐る目を開けると、私の目の前にはリース兄──ではなく、大きな鎧を着た集団がこちらをじっと見ていた。
どう見ても異常な光景に、私はこの場で卒倒しなかった自分を褒めたかった。
ナイツマのマンガが100話ですってよ奥さん! 先生もがんばってるし、俺もがんばらないと!(詠唱開始)