銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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私事などの都合で2週間開けてしまい申し訳ありません。
これからも度々お休みを頂くことになると思いますが、ご了承ください。


72話

 フォンタニエが暗闇に染まった頃。エルを先頭に救出部隊が闇夜を駆けた。

 その途中でエムリスがシャドウラートの操作を誤ってバレかけるというアクシデントもあったが、エル達はラスペード城の城壁で見張っていた歩哨を()()()()し、ラスペード城の内部に潜入する。

 落伍した者が居ないことを確認したエルは、『では手筈通りに』という言葉と共にあらかじめ割り振られた尖塔に向けて走っていき、全員がそれに倣って尖塔に取り付いた。

 エムリスも例外なくアルを伴って尖塔を登りつつシャドウラートの指を展開しながら石壁を苛立たしげに引っかいた。

 

「アルフォンス。早くしろ」

 

「分かってます」

 

 急かすように話すエムリスを他所に、アルは楔のような物を取り出すと壁に当てがって勢いよく楔の頭を叩いた。これは藍鷹騎士団から借りた堅牢な石壁に小さく穴を空ける道具で、アルは中に人がいるかの確認や場合によっては指示を送るつもりで使用した……のだが。

 

「ウヒィッ!」

 

「アルフォンス、バレてるぞ」

 

 力加減を誤ったのか部屋の中に音が漏れてしまい、それによって部屋の中に居た女性らしき声がエムリスやアルの耳に届く。シャドウラートにはワイヤーアンカーの機能がないので穴を空ける役目をアルが請け負ったのだが、『藍鷹騎士団に任せれば良かった』とアルは自身の不手際に凹んだ。

 だが、ここで見つかるわけにはいかないとアルは中の様子が見えやすくなるように楔を高速で打ち込んでいく。

 

「え? え? 何?」

 

「その声はイサドラか!? イサドラだな!」

 

 楔が打ち込まれるにつれ、中の人物がにわかに騒ぎ始めた。すぐに増援を呼ばないことから『当たり』だと察したアル。しかし、このまま騒がれて見張りに気付かれたくないので静かにしてほしいと言おうとするが、その前にアルの横でエムリスが咆えた。

 どうやらエムリスと親しい間柄らしく、エムリスの嬉しそうな声がアルの耳にガンガン響いてくるが、バレる心配をしたアルは『静かにしてください』とエムリスに注意すると、そのまま部屋の中の人物に向かって部屋の隅に寄るように指示を送った。

 

 その瞬間、別の尖塔から凄まじい破壊音が聞こえ、城内がにわかに騒々しくなった。ここから先は時間との勝負になるので、早急にアルはストライカーの腕を円状に開けた穴達の中心に向けて叩き込む。

 幻晶甲冑(シルエットギア)の膂力によって壁は破壊音を撒き散らしながらたやすく崩れ、その勢いに乗ったアルが中に転がり込むと1人の女の子がこちらを不安そうに見ていた。

 

「エムリス殿下、後はお願いします。他の方はトラップの準備を」

 

 大まかな事情説明はエムリスに任せ、アルは陶器で作られた壺を扉の近くに固定する。壺の中には限界まで細かく砕いたセラーティ領産の胡椒が入っており、壺の底には拡大術式(エンチャント)で規模を大きくした空気弾丸(エア・バレット)紋章術式(エンブレム・グラフ)銀線神経(シルバーナーヴ)に繋がれている。

 これはフォンタニエでの生活で暇になったアルが、少なくとも多少の足止めが出来るという理由で銀鳳商会のフォンタニエ支店の在庫からちょろまかして作った即興トラップだ。しかし、作戦開始日まで待機というフォンタニエでの生活は藍鷹騎士団からしても暇だったらしく、トラップを作ってる風景から使用用途を察した藍鷹騎士団員が『今回の作戦でこの店のことが露呈するし、お高い香辛料を敵に渡すぐらいなら在庫処分しよう』と大人数で量産した結果、過剰に作ってしまったトラップを今回の作戦で使用することになった。

 

「アルフォンス様。設置完了です」

 

「了解。そろそろ撤退しましょう」

 

 扉付近に設置された壺は合計で5つ。部屋1つに対して過剰すぎる量にやりすぎ感が否めなかったアルだが、犠牲になるのはジャロウデク軍なので大して気にせずにエムリスに縋り付くような姿勢で再会を分かち合っている女の子の傍に歩み寄った。アルの気配に気付いた女の子は現在自分が人目も気にせずにエムリスに縋り付いているという状況が恥ずかしかったのか、あたふたと場を取り繕おうとする。

 

「どうぞ。・・・殿下、彼女は?」

 

「俺の従姉妹のイサドラだ。イサドラ、こいつは俺の部下のアルフォンス。俺達が来たからにはジャロウデクの馬鹿王子の好きにはさせんぞ! 既に伯母上達も別の者が救出に向かっているしな!」

 

 その時、女の子──イサドラの目元に溜まった涙の粒が月の光に照らされてキラリと光る。それに気付いたアルはストライカーの前面装甲を開けると懐からハンカチを取り出してイサドラの顔の前に持っていく。イサドラにハンカチを持たせたアルは、先ほど開けた穴から他の尖塔の様子を観察し、別の尖塔から黒い点が複数出て行く様子を確認してからエムリスに声をかけた。

 

「若旦那、馬鹿の種類が異なるので馬鹿談義はそのぐらいにしてください。他の方の救助も終わってるので急いで脱出を」

 

「な! どういう意味だってイデデデ!」

 

 脱出し損ねるのはまずいとアルは急いでエムリスをシャドウラートに押し込む。馬鹿と言われて言い返そうとしたエムリスだが、無理な体勢でシャドウラートに押し込められたために痛みを訴えながら大人しくシャドウラートに乗り込む。そんな光景に何が可笑しかったのかイサドラの口から小さな笑いが漏れた。2人がイサドラのほうに顔を向けると、小さく謝罪しながらも笑い続ける。

 

「ごめんなさい。あなた、随分リース兄と仲が良いのね」

 

「リース兄……? ああ、今は商会の若旦那なので立場に見合った扱いをしてます」

 

「お前、フレメヴィーラへ帰ってから覚悟しろよ。とりあえず今はイサドラを抱えてついてこい。お前の側が一番安全だ」

 

 せめてもの仕返しにストライカーの兜をゴツリと叩きながらエムリスは藍鷹騎士団員と共に尖塔から飛び降り、アルもイサドラを抱えて逃げようとするが、ふと『ヘルヴィさんに文句言われたっけ』と思い出したアルはイサドラを横抱き──俗に言う『お姫様抱っこ』で抱き上げる。

 

「怖かったら目を瞑ってくださいね」

 

 腰のワイヤーアンカーを近くの石壁に固定したアルが先に脱出した藍鷹騎士団員に合図を送りながら後ろ歩きの要領で徐々に下降していく。たっぷり数分かけて降下したアルは先ほど合図を送った藍鷹騎士団員に頷くと、アルやイサドラが居た部屋から数人のクシャミやら怒号が聞こえてきた。どうやら王族の様子を確認するために室内に入った兵士が空気弾丸(エア・バレット)によって充満した胡椒を吸い込んだらしく、成果は見えないが無事に引っかかったようでアルは兜の中でニヤリと笑った。

 

「急げ、俺達が一番最後だ」

 

「物見より連絡。既に屋根には弓兵が上がっているようです」

 

 どうやらアル以外の部隊は既にラスペード城から姿を消したらしく、エムリスは早くこの場を離れるように命令するが、藍鷹騎士団員から既に弓兵が配置についていることを知らされる。その報告を聞いたエムリスは、予想以上に早い兵の配置に『優秀な将が居るな』と溢すと指を城下の方に向ける。それを見たアル達は静かに頷きながら素早く城下に下り、建物の影に紛れながら走っていく。

 

「イサドラ様、差し支えなければこの中に。外より安全ですので」

 

 建物の隙間を移動中、アルはストライカーの前面装甲を開きながらイサドラに中に入るように提案する。

 相手は女性と言うことも考慮してアルは提案という形で話してはいるが、幻晶甲冑(シルエットギア)が走ることで生じる風圧や速度に慣れる訓練を一切受けていない生身の人間であるイサドラに耐えてもらおうとするほどアルは鬼ではない。そこには下心と言うよこしまな気持ちは一切なく、ひたすらに『安全のため』と何度かのやり取りを交わし、イサドラはようやくアルの足を止めてからストライカーの腕から一旦降りた。

 

「お願いします」

 

「了解しました」

 

 アルの方もストライカーの銀線神経(シルバーナーヴ)をアガートラームに巻きつけ、操縦を直接制御(フルコントロール)にすることで両手をフリーにしてからイサドラをアル自身の腕でしっかりと抱き込む。イサドラの方も照れで若干アルと密着しないように身体を離してはいるが、両手でアルの服をしっかりと掴んだ。

 

「それでは行きます!」

 

 数度の安全確認を行ってからエムリス達に追いつくためにアルはストライカーの性能を発揮する。みるみるうちに入り組んだ路地を抜けていく様にイサドラが目を見開くが、フォンタニエと外部を隔てる城壁が見える所で足を止めたエムリスが居たためにアルは急停止する。

 何事かと思ったアルの目の前でエムリスが静かにするようにジェスチャーをすると、フォンタニエに出入りするために必ず通らなければならない場所である『城門』を指し示した。そこには既に片手に松明を掲げている兵が巡回し、ネズミ1匹通さないような警備が敷かれていた。

 

「城壁にも弓兵が多数居るので壁から脱出は厳しいかと」

 

「予想より早いですね」

 

 悠長に壁を登る間に弓兵からの攻撃が来ると藍鷹騎士団員から告げられたアルは、なるべく安全なルートを検討しようと考え込む。しかし、幻晶騎士(シルエットナイト)特有の吸気音がフォンタニエ中に響き、それを聞いたエムリスや藍鷹騎士団員はタイムリミット--つまり、ジャロウデクにこちらの姿が捕捉される時間が早まったことを察した。

 

「我らが陽動を行います。その隙に城門からお逃げください」

 

「了解。若旦那。フォンタニエを最速で脱出します。ストライカーの肩にしがみついてください」

 

 藍鷹騎士団のシャドウラートが一気にその場から飛び出すと陽動の為か屋根伝いに弓兵を片付けながらバラバラの方向に走り去っていく。これは所謂『プランB』というやつで、仮に逃走が困難だった場合は藍鷹騎士団がフォローするという作戦である。ただし、これは『決死』というわけではなく元々フォンタニエを中心に活動していた密偵が用いていた脱出路や警備が薄い城壁から騒動を起こしながら脱出するだけなので仲間の犠牲に小うるさいアルも納得した様子で脱出に必要な魔法術式(スクリプト)を頭の魔術演算領域(マギウス・サーキット)で演算していた。

 

「若旦那!」

 

「ああ、後は頼むぞ。イサドラもアルフォンスにしっかり掴まってろ」

 

 シャドウラートの鋭利な指先がストライカーの肩装甲をしっかりと捕まえ、そのまま装甲に強く食い込んだ。イサドラの方もエムリスの声にアルの衣服をより強く掴んで身体を密着させる。第3者の目線から役得の状態のアルだが、少しの操作ミスが命取りになるので思考を研ぎ澄ませつつストライカー内の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を触媒に魔法を発現させた。

 

「マギウスエアスラスタ()()()、スタート!」

 

 アルが宣言した瞬間、ストライカーの脚部から吸気音が轟いてエムリスのシャドウラートごとストライカーを宙に浮かび上がらせる。本来はストライカーに仕込まれた魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)紋章術式(エンブレム・グラフ)を用いてホバー状態にするのだが、今回はエムリスも同時に運ぶために出力が自在に調整できるようアルが自前で演算している。

 見慣れない魔法現象ゆえにエムリスやイサドラが戸惑いの声を上げるが、アルはそのままパッチワークで慣れ親しんだ魔法術式(スクリプト)によって滑るようにフォンタニエの大通りに躍り出た。

 

「このまま一気に行きます」

 

「うおぉ! すげぇぞ」

 

「ひぃ~~!」

 

 陽動に成功したおかげか兵がまばらな状態の大通りを一気に突き進むストライカーにエムリスは上機嫌に、対するイサドラは慣れない速度で悲鳴を上げていた。そんな異様な集団をジャロウデク軍の兵士は対処しようと試みるが、ストライカーの濃い緑色を基調とした塗装とシャドウラートの基本黒い塗装により、アル達を視認しづらく、いざ近づいて接近戦で取り押さえようにも兵士が2歩ほど近づいた瞬間にすでにアル達は兵士達の剣や槍の間合いから離れているという状態に手も足も出なかった。

 

「放て!」

 

 しかし、近接攻撃だけが兵士の攻撃ではない。突然襲い来る弓矢による面制圧にアルは即座に魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)もどきの演算を終了し、ストライカーの拳を前に出しながら大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)を発現させて矢の雨から全員を守った。もし、これがエルだったら両方を器用に演算しながら城門を強行突破できるほどの演算能力があるのだが、生まれてこの方魔法の引き出しについてはともかく、魔力総量や演算処理の分野ではエルに負け越しているアルではそのような真似が出来なかった。

 

「イサドラ様。失礼します」

 

「え? きゃっ!」

 

 矢の雨に晒されないように悲鳴を上げるイサドラを無視し、アルはより一層イサドラを強く抱きしめながら城門に向かって移動を再開する。狙いを絞らせないためにジグザクに動き、城門に突っ込もうとしたアルは目を疑った。

 弓の斉射に寄ってその場に立ち止っていた僅かな時間。兵士達はその時間によって剣から槍に持ち替えて槍衾を形成していた。アルが潜入した時のやる気のない兵士では身につくはずのない練度に振り落とされないように掴まっていたエムリスの口から『嘘だろ!?』という驚愕の声が漏れる。城門に至るまでわずか数十メートル。このまま行くと槍衾の餌食になるが、アルは少なくなった魔力と全身全霊を込めた演算能力によってストライカーを大きく跳躍させた。

 

「行けっ!」

 

 跳躍後に腰のワイヤーアンカーを射出し、城門の天井に固定させたアルは振り子運動で槍衾の上を綺麗に飛び越えた。鉄壁の防御体制が呆気なく飛び越えられたことで呆然と重装甲の騎士が槍衾を飛び越える様を目で追っていた兵士達の後ろに着地したストライカーはそのまま森の中へ走り去っていく。その後、ようやく正気を取り戻した兵士達の怒号がフォンタニエを揺るがせたのだが、王族達はツェンドリンブルによって既にフォンタニエから脱していた。

 

***

 

 救出作戦から一夜明けた頃。王族を乗せた荷馬車(キャリッジ)は既に中央領と東領の境目のあたりまで差し掛かっていた。救出されたことで寝入ってしまったエレオノーラが、起きた頃にはフォンタニエから決して近くない辺りを走行していることに目を丸くさせ、それを見たエムリスは自慢げにツェンドリンブルの秘密をボロボロと喋っていく。

 騎操士(ナイトランナー)の待機室として備え付けられた部屋からツェンドリンブルについての情報が垂れ流される中、アディが操るツェンドリンブルが曳いている荷馬車(キャリッジ)の上ではアルが手に持った荷物を片手に呑気に話をしていた。

 

「ほう、キッドがいつになくやる気ねぇ」

 

「そーなの。まぁお姫様可愛いから仕方ないわよねー」

 

 最初はアディの担当していた尖塔には誰も居なかったという愚痴から始まり、エル君に抱きかかえられて羨ましいというちょっぴり嫉妬が混ざった愚痴を経由し、現在はアルが到着する前にキッドがエレオノーラと交わした会話を中心にトークが展開されていく。ちなみにツェンドリンブルは十分なスペースを空けて走行しているため、この会話はキッドの耳には入らず、エルもそういう浮付いた話よりイカルガが大事なのか操縦席に座ったままじっとしているため、この会話はアルとアディしか聞いていなかった。

 

「そういえばアル君も大変だったみたいね。弓矢に槍でしょ? 私達、脱出にそんな苦労しなかったけどなぁ。時間かけすぎたとか?」

 

「多分時間かけすぎだと思いますが、相手は女の子ですよ? 尖塔から飛び降りればたしかに時間は短縮できますが、王族の方にそんな危険行為出来るわけがないでしょ。ヘルヴィさんに文句言われたくないですし」

 

「お、アル君が昔のこと覚えてた! 偉い!」

 

 アディが笑いながらアルのことを褒めるが、アルは『騎士ではない一般人を抱きかかえるのはどうなん?』とエルやキッドの行った対応について疑問を持ち、さらに自分達が苦労して抜けてきたフォンタニエをアディ達は楽々と突破していたことに何とも言えない気持ちになった。

 

 そのまま会話を続けようとしたが、ツェンドリンブル操縦中に邪魔するのは悪いと会話を切り上げたアルはキッドのツェンドリンブルが曳いている荷馬車(キャリッジ)圧縮大気推進(エアロスラスト)を使いながら飛び移る。突如として待機室に姿を現したアルにその場にいたエムリス以外の王族は驚きの声を上げる。

 

「アルフォンス。お前、ちゃんと登場できないのか?」

 

「あ、それセラーティ侯爵にも言われました。でも、若旦那? 暇だったら手ぬぐいの1つでも渡してあげたらどうなんです?」

 

 そう言いながらアルは先ほどイカルガが乗っている荷馬車(キャリッジ)から持って来た手ぬぐいを数枚取り出し、アガートラームを装着しながら飲料水を銅製のカップに入れる。不思議そうに見つめるエムリス達をよそに、そのままカップの下に火炎弾丸(ファイアトーチ)を浮かべるとカップの中の水はみるみるうちに沸騰していく。

 

「あちち……。はい、皆さん。あったかい物どうぞ」

 

 温度加減を間違えたのかさらに水を足したアルは用意した手拭い全てに湯をかけ、程よく暖かくなった濡れ手ぬぐいを作るとエレオノーラ達に手渡した。突然手渡された手ぬぐいにエレオノーラ達は礼を言いながら受け取ると手ぬぐいを頬に当ててゆっくりと息を吐き、明らかに落ち着いた表情を浮かべていた。

 

 彼女達は長い軟禁生活で心身ともに疲弊している。本当なら精神安定剤代わりに紅茶の1つでも出してあげたかったが、荷馬車(キャリッジ)はそんな優雅なお茶会が出来るほどの設備はない。なので、アルが考えた結果、『濡れタオルで顔拭くとすっきりするよね』というおっさんのような思考に行き着いた。──アルは前世から換算すると立派なおっさんなので別に間違いではないのだが、咄嗟に考えた代案がおっさん臭かったので『歳を取りましたねぇ』と溢した。

 

「……良かった。フレメヴィーラにもこの子のようなまともな騎士が居るようね」

 

 そんなアルの呟きの外ではマルティナが安心したように声を漏らした。

 脱出の際、奇怪な鎧を身に纏った目の前の騎士見習いと似たような顔の騎士が生身の人間を抱えながら尖塔から自由落下するという非常識な行動が母国であるフレメヴィーラの一般だと聞かされ、自分が居ない間にどんな魔窟になったのかと恐ろしい想像をしていたマルティナ。

 だが、目の前の騎士見習いはイサドラから聞くに生身の人間を労わるような動きでフォンタニエから脱出し、こうして疲れている相手が安らげる物を差し入れている。顔を綻ばせたマルティナは『立派な騎士になるのですよ』とアルに激励を送った。

 

「伯母上。こいつもう騎士だぞ? しかも、一番性質悪い騎s」

 

 そんなマルティナの横からエムリスが口を挟もうとする。

 目の前の子供は既に騎士。それも銀鳳騎士団の副団長で、藍鷹騎士団との技術交流の末にエムリスも軽く引くぐらいにえげつない戦法を思いつく騎士という文字の後ろに疑問符が付くこともある騎士だと伝えようとするが、待機室に鳴り響く鐘の音によって掻き消えた。

 

「異常、警戒……。ツェンドリンブルの速度に追いつくとはロカールやクシェペルカが圧倒的な速度で侵略されたのも納得できるな」

 

 鐘の音によって弾かれたように待機室の備品である単眼鏡を持ち出したエムリスがとある一点を見つめ、忌々しげに吐き捨てる。その後、単眼鏡をアルに放り投げてから待機室から退出していく様子にただ事ではないと感じたアルが放り投げられた単眼鏡で先ほどよりも少し大きくなった黒い点を見ると、海に浮かぶ船をそのまま空に浮かべたような物がものすごい勢いでこちらに向かってくるのが映っていた。

 

「あれは……なんですか?」

 

 アルはその異様な造形にまず、『使用されている魔力転換炉(エーテルリアクタ)の総数』を算出しようとした。

 幻晶騎士(シルエットナイト)はロボットアニメや前世での車のように推進剤やガソリンといった燃料は必要ない。これはフレメヴィーラで随一の俊足とも言われるツェンドリンブルも例外ではなく、騎操士(ナイトランナー)や部品の消耗さえ考慮しなければ無補給でセッテルンド大陸を駆けられる。

 だが、それは魔力転換炉(エーテルリアクタ)を2基積んでいるからと『機体の大きさ』による物が大きく、現在空に浮かんでいる船ほどの大きさを浮かせ、さらに前方に動かすとなるとそれ相応の魔力転換炉(エーテルリアクタ)を揃えなければならないことにアルは気づく。

 

「あれは……ジャロウデクの!」

 

「あれについて何かご存知で?」

 

 アルが船についての考察を立てている中、横でマルティナの声が耳に届く。何はともあれ情報が必要だと考えたアルはマルティナに船についての情報を求めると、マルティナは『兵からの又聞き』という前提を言ってからアルに空飛ぶ船についての情報を話し出した。

 曰く、こちらの法弾や投石器の射程よりも上空を悠々を進み、城壁を超えた辺りで船底から幻晶騎士(シルエットナイト)を降下させ、橋頭堡を制圧、構築する戦法で王都は壊滅的な被害を被ったらしい。それを聞いたアルは内心動揺していたが、それでもこちらへ向かってくる船の全容を掴もうと相手の出方を窺っていた。

 

(気球……いえ、あの挙動は飛行船に近いですね。ですが、あれは小さすぎる)

 

 船の左右から飛び出た帆がパンパンに膨らんでいることから推進装置は帆だと分かるが、前世で似たような技術を見つけ出そうにもマルティナから話された『幻晶騎士(シルエットナイト)を運搬できる』という前提条件のせいで確証が持てなかった。

 数トンもある幻晶騎士(シルエットナイト)を王都を制圧させるために降下。つまりあの船の中には幻晶騎士(シルエットナイト)が少なくとも1個小隊分は詰まっていることになる。

 しかし、現在目視で確認できるだけの距離まで近づいてきた船には、気球や飛行船で用いられる気嚢──空気より比重の軽い気体を満たして船体を浮かび上がらせる装置がどこにもないのだ。これでは幻晶騎士(シルエットナイト)ほどの重量物を浮かび上がらせるなど到底できない。

 そのような考察を頭の中で組み立てていたが、突然船が何かを高速で射出してきた。

 

「攻撃してきやがった!」

 

 キッドが声を張り上げた後に荷馬車(キャリッジ)は大きく揺れ、地面に大きな岩が土煙を上げながら着弾する。その後はまるで雨の様に岩が降り注ぎ、そこらに植わっている木々や大地を荒らしながら足を鈍らせたツェンドリンブルに詰め寄って来る。

 

「すみません。もっと奥の方に避難を」

 

 このまま指をくわえてみているわけにはいかないと、アルはエレオノーラの盾になろうとしているマルティナやイサドラを待機室の奥に避難させ、アガートラームを纏った腕を前に突き出して大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)を発現させる。正直、早い速度で移動する荷馬車(キャリッジ)の中で魔法を張り続けるのは手間だが、それでも狭い荷馬車(キャリッジ)の中で護衛できるほどのスペースがあるのは待機室だけである。

 さらに岩や破片によって王族が怪我でもしたら一大事なので、アルは未だ魔力が心もとない身体を推して魔法を発現し続けた。

 

 そんな救出部隊にとって都合が悪い事態が立て続けに転がり込んで来る中、ただ1人──見慣れない技術に胸を高鳴らせているものが居た。投石によって砂煙が荷馬車(キャリッジ)を覆い隠す中、彼は楽しげな声を上げながらイカルガの魔力転換炉(エーテルリアクタ)に灯を入れ、獣の唸り声のような音をBGMに拡声器に口を近づけた。

 

「アディとキッドはこのまま走り続けてください。アルも護衛をお願いします。僕は、あの船をいただきます」

 

 もはや決定事項の様に『いただく』と宣言したエルが鐙を強く踏み込むと、イカルガは土煙を切り裂きながら大空へ飛翔した。爆炎を纏ったイカルガがツェンドリンブルの真上を取るために進む空飛ぶ船に向かって一直線に突き進み、船体に取りついた。

 『爆炎を纏いながらこちらに飛んでくる幻晶騎士(シルエットナイト)』という今までの幻晶騎士(シルエットナイト)史すら覆す存在に、船に乗っているジャロウデク軍は蜂の巣を突いたような騒ぎがあちこちで起こったことは言うまでもない。

 

 そんな騒動が起こっていることなど知らず、ツェンドリンブルの荷馬車(キャリッジ)ではアルはエレオノーラ達の正面に立ってひたすら魔法を発現し続けていた。正直あまり魔力が回復していないのでこの瞬間にも寝落ちしそうなアルだが、そんな場合ではないとひたすら魔法を発現し続ける。

 

「よぉーし、ツェンちゃんの本気を王女様に見せてあげないとね!」

 

「アディッ! 離れろ!」

 

 投石による攻撃がやんだからか気分良さげにアディがツェンドリンブルの腕を振り回しながら加速するが、何かに気付いたキッドがツェンドリンブルの手に持たせてある槍をアディの乗っているツェンドリンブルのすぐ横目掛けて振りぬいた。直後、硬質な音と共に小さな──と言っても幻晶騎士(シルエットナイト)にとっては小さい投げナイフのような物が地面に落ち、突然の攻撃にアディは真っ青になりながらツェンドリンブルを臨戦態勢に移行させる。

 

「アーキッド! アデルトルート! お客さんが来たぞ!」

 

 荷馬車(キャリッジ)から立ち上がったゴルドリーオの眼球水晶が森の奥から出てきた物体を幻像投影機(ホロモニター)に映し、エムリスが敵の襲来を叫ぶ。森の奥から姿を現したそれは、一見幻晶騎士(シルエットナイト)のような外見だったが所々が通常の幻晶騎士(シルエットナイト)とは大きく異なっていた。

 

 それはカルディトーレの倍の速度でツェンドリンブルを追い縋ってくるのだが、まったく音がしないのである。戦闘音や荷馬車(キャリッジ)が石畳を走る音で掻き消えているのか分からないが、魔力転換炉(エーテルリアクタ)による爆音は幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす関係上、切っても切れない課題である。さらに全体は細身なのに両肩が膨らみ、鋭い五指が備え付けられていることからエムリスの頭に『シャドウラートの幻晶騎士(シルエットナイト)版』という推測が導き出された。

 

「地面があれば鉄くずにするのは容易いが……足を止めたら相手の思う壺だな。キッド! 分かってるな?」

 

「分かってるよ若旦那! ここが正念場だろ!?」

 

 敵が予想以上の数をもって追ってきたので弱気になりかけていたキッドにエムリスの檄が飛ぶ。しかし、キッド達は夜通し操縦していたこともあってか動きが鈍くなり、ゴルドリーオは安定しない荷馬車(キャリッジ)の上で防戦を強いられ、慣れない戦闘スタイルに大振りの攻撃が増えていった。

 そんな彼らを決して油断せずに追いつけようと敵の幻晶騎士(シルエットナイト)は2人1組になりながら牽制と先ほどツェンドリンブルを狙った投げナイフを投擲する。そんないつ終わるかもわからない攻撃を神経をすり減らしながら躱していく彼らだが、ついに致命的な失敗(ファンブル)をしてしまう。

 

「しまっ!」

 

 峡谷地帯に入る直前、2機の幻晶騎士(シルエットナイト)が崖の上からツェンドリンブル目掛けて飛び込んできた。明らかな待ち伏せの状態で繰り出される必殺の指がツェンドリンブルの無防備な腹に突き刺さろうとしていた。

 しかし、1機の幻晶騎士(シルエットナイト)がいきなり戦闘状態を解くともう1機を突き飛ばした。それを見たエムリスが『仲間割れか?』と疑問の声を口にした直後、突き飛ばした幻晶騎士(シルエットナイト)は横から飛んできた轟炎の槍(ファルコネット)に貫かれて爆散した。

 

「あなた達はよくも……。よくも空飛ぶ船との一時をっ!?」

 

 先ほどの法撃を放ったイカルガが荷馬車(キャリッジ)の上に立とうとした瞬間、破砕音と共に荷馬車(キャリッジ)が跳ねた。せっかく空飛ぶ船を我が物……もとい、解析できた機会を台無しにした下手人にエルは怒り心頭だったが、破砕音の出所である荷馬車(キャリッジ)の待機室辺りに腕が異様に伸びた幻晶騎士(シルエットナイト)が取り付いているのを見つけ、咄嗟にフルコントロールを行った。

 

「あなたが触れて良い方々ではありませんよ!」

 

 荷馬車(キャリッジ)から飛び降りたイカルガがパッチワークの様にホバー移動を行いながら荷馬車(キャリッジ)に取り付いている幻晶騎士(シルエットナイト)に近づき、その勢いでなぜか頭部が少し焦げている幻晶騎士(シルエットナイト)に鋭いヤクザキックをお見舞いした。

 

「皆さん! お怪我はありませんか!」

 

 瞬く間に2機がやられたからか、幻晶騎士(シルエットナイト)がイカルガを遠巻きに観察しているわずかな合間。エルは荷馬車(キャリッジ)の後部にイカルガを近づけると、幻晶騎士(シルエットナイト)によって破壊された大穴から中の様子を窺った。

 

 そこにはイサドラの側で糸が切れた人形のように倒れ込むアルの姿があった。

 その光景を見た瞬間、エルの記憶が『何かが引きちぎれる音』と共に途切れ、いつの間にかどこかの村に立ち寄っていることに不思議に思ったエルが事の顛末を聞くために奔走した。だが、『応急処置のために村に立ち寄った』こと以外のことを誰も話してくれず、親友であるキッドやアディでさえも『怖かった』という一言しか言わなかったので、どうやって追手から切り抜けたのかエルは首を傾げていた。

 

***

 

 事態はイカルガによって奇襲が失敗した辺りまで巻き戻る。

 空から追って来る船とは別の敵がツェンドリンブルを追ってくるという事態に、王族が乗車している荷馬車(キャリッジ)で待機していた藍鷹騎士団は待機室からエレオノーラ達を避難させようとするが、跳ねまわる荷馬車(キャリッジ)の中という避難するには最悪の環境により、扉近くに居たエレオノーラとマルティナを保護するだけでもかなりの時間を要した。

 

「イサドラ様。お早く!」

 

「わ、分かりました」

 

 アルの背後で藍鷹騎士団の親父とイサドラの声、さらに荷馬車(キャリッジ)の外からイカルガの発する爆音が聞こえ、自分も撤退しようと大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)を解除しよう魔力を切ろうとした。

 その瞬間、目の前に『手を前に突き出した幻晶騎士(シルエットナイト)』が横合いから吹き飛ばされたような体勢で姿を現す。幻晶騎士(シルエットナイト)が腕を伸ばそうとしても荷馬車(キャリッジ)には到底届かない距離なのだが、なぜかアルの背筋が氷柱が入り込んだかのような悪寒を感じた。

 

 危険が迫っているからか全ての光景がスローモーションに見える中、アルは余力を残していた魔術演算領域(マギウス・サーキット)を全て大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)の演算に費やした。現在アルが出来る最大限の魔力と演算により、薄い大気の壁が厚くなっていく。その壁に厚さに比例し、ただでさえ少ない魔力がさらに削れて頭痛や軽い呼吸困難の症状がアルを襲うが、未だに汗が止まらないアルはイサドラを押し倒した。

 

「え、ちょっ!」

 

 いきなり覆い被さられたイサドラは、当然驚いて抵抗する。しかし、火事場の馬鹿力か身体強化を一切使っていないはずのアルはその抵抗さえも無いようにイサドラの身体を強く抱きしめる。

 荒い呼吸をしながら婦女子を押し倒す男──とはいっても体系が子供なので男の子になるのだが、後で裁判を起こされたら満場一致で有罪判決を下される状況が出来上がった直後。自動車が衝突したかのような破壊音と共に荷馬車(キャリッジ)が揺れた。

 

「グゥッ!」

 

「え、ちょっと! あなたなにしてるの! 離して!」

 

 突然苦悶の声を漏らしながら痙攣したかのように身体が震わせるアルに、イサドラが持てる力を全て出してアルを押しのける。すると、今までがっちりと抱きしめられていたアルの身体は容易くイサドラの身体から離れ、そのまま荷馬車(キャリッジ)に力なく倒れ伏す。

 そんなアルからの拘束を逃れたイサドラが正面を向くと幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部が眼前に迫っていた。

 

「き、来てみなさい!」

 

 視界を確保する最低限の穴しか存在しないどこか虚ろな死者を思わせる頭部の眼球水晶とイサドラの視線が合うが、それでもイサドラは幻晶騎士(シルエットナイト)相手に気丈な口ぶりで叫ぶ。すると、その声に反応したのか隣で動かなくなっていたアルがいきなり起き上がると自身の背中にイサドラを隠しながら幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部に火炎弾丸(ファイアトーチ)を叩きこんだ。

 

「ファイアートーチ……リロード……ファイアトーチ……リロード」

 

 意識がもうろうとしているのかアルはひたすら火炎弾丸(ファイアトーチ)幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部に放つ。火炎弾丸(ファイアトーチ)のような魔法では幻晶騎士(シルエットナイト)の装甲をわずかに焦がす程度の威力しかないのだが、それでもアルは機械の様に火炎弾丸(ファイアトーチ)幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部に命中させ続ける。

 通算何発目か分からないが、幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部が火炎弾丸(ファイアトーチ)による煤で少し黒くなった頃。ふと幻晶騎士(シルエットナイト)の姿が掻き消え、代わりにイカルガの物と思われる蒼い装甲が目に映った。

 

「兄さん……」

 

 兄の乗る機体の装甲を見たアルは心底安心しきったような声を出すと、荷馬車(キャリッジ)の床に受け身も取らずにバタンと倒れ込む。その音に驚いたイサドラが慌ててアルの方に近づくと、アルの背中には大小の金属片が突き刺さり、頭から血を流していた。猟奇的なシーンに出くわしたイサドラが叫ぶと藍鷹騎士団員達が待機室に入って来る。

 

「アルフォンス殿と騎士団員数人が負傷! 現在、予定を少し変更していますのでお待ちを!」

 

「分かりました。ではその間に後ろのを『掃除』しておきます」

 

 片方の団員がアルを担ぎ上げながらイサドラを誘導し、もう片方がイカルガへ報告を行う。藍鷹騎士団員からの報告にイカルガから平坦な口調で返ってきた瞬間、1機の幻晶騎士(シルエットナイト)がイカルガによって『解体』された。

 四肢と頭部が胴体から千切れ、胸部が真っ二つになった僚機に、獲物を前に出して警戒を取る幻晶騎士(シルエットナイト)の集団だったが、それらが全滅するのに数分もかからなかった。

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