銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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73話

 救出部隊が無事にラスペード城から王族を奪還。しかし、ジャロウデク軍の最新兵器である空飛ぶ船や『密偵仕様の幻晶騎士(シルエットナイト)』に追われるといった予想外のトラブルにアルを含めた数人の負傷者が出てしまう。

 特にアルは荷馬車(キャリッジ)の破片からイサドラをかばったことにより大小の金属片や木片が背中に突き刺さり、倒れた拍子に床に落ちていた金属片で額を浅く切るといった控えめに言って大怪我を負っていた。

 

「銀鳳商会の方々ですかな? こちらの家をお使いください。既に湯と布はかき集めています」

 

「助かる! 怪我人を家の中へ運べ!」

 

 ツェンドリンブルによるフォンタニエからミシリエへの長距離移動の終盤。規模が大きい村で一旦応急処置を目的とした大休止を挟もうと藍鷹騎士団側から提案され、エムリスはそれに乗った。

 既に先触れとして接触した藍鷹騎士団員が話を通したらしく、村長に案内された家の中には大鍋一杯の湯や布が用意されている。それを見たエムリスが指示を飛ばしながら怪我人を家の中に運び入れ、医術の心得がある藍鷹騎士団員を主体に治療が行われた。

 

 数十分後、巻かれた包帯が緩んでいないか確認した藍鷹騎士団員──アルから(宿屋の)親父と呼ばれている人物──が周囲を見渡す。既に負傷者は約1人を除いた全員の治療が完了し、予想外の足止めを挽回するために周囲の警戒に出ている。

 

「あの魔法が無ければ危なかったな」

 

親父は先ほど治療された腕を見ながら状況を振り返る。あの時、アルが大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)で守っていなければ親父はもっと重体の怪我を負っていた。さらに言えばイサドラは襲い掛かる破片によって全身を切り裂かれてこの世を去っていた可能性もある。それを自らを盾にして守ったアルに対し、親父からは小さく『なんだかんだ言っても騎士様じゃねぇか』と藍鷹騎士団とは名ばかりの密偵である我が身を自虐するような言葉を漏らし──。

 

「あいつがシルエットナイトに乗れなくなっちまったら……恨まれるか?」

 

「恨まれるんじゃないですかね。特にあっちに居る騎士団長に」

 

 『緊急治療中』と刻まれたプレートが掛けられた扉を隔てた先でフォンタニエに潜入する前、コルセットを付けている時の絶叫とは比べものにならない声が止まない現状に親父は今後のことが気になって仕方がなかった。

 また、この叫び声は家の外にも漏れており、声を気にした住民を藍鷹騎士団が必死で宥め、叫び声で血の気が引いたエレオノーラをキッドが支え、それをアディが耳に聞こえてくる叫び声から現実逃避したくて凝視するといったことがあったのだが、当の本人は引き続き死にそうな絶叫をあげていた。

 

「ア”ァ! あ”あ''ぁぁ!」

 

「湯と布をありったけもってこい! ……よし! 破片はほとんど摘出した!」

 

 手やピンセットのような器具を用いて体表から飛び出た破片を全て引き抜いた藍鷹騎士団員が長い一息をつきながら強い度数の酒をアルの背中に回しかける。それによってアルがさらに強く喚くが、藍鷹騎士団員は次の作業をするためにアルの手を握っているエルに1本のナイフを見せた。

 

「騎士団長閣下、これを炙ってください。これより身体に食い込んだ破片を摘出します」

 

「先生! アルは大丈夫なんですか!」

 

 不安そうなエルに藍鷹騎士団員は『命に別条はない』と自身の見解を告げる。アルに刺さった破片は魔法によって威力が大幅に減衰し、刺さった所も肩や浅い所と致命傷になりえない部分に集中していた。

 それらも既に取り除かれ、後は微小な破片が埋まっているだけだ。ただ、これもかなり痛みを伴う処置なので出来ればやりたくはないのだが、金属が身体に埋め込まれた状態はお世辞にも良い状態とは言えないので至急取り除くことが決定した。

 

 エルが火炎弾丸(ファイアトーチ)でナイフを熱してから藍鷹騎士団員に手渡す。その後、少しだけエレオノーラと良い雰囲気だったキッドを引き連れ、暴れないようにアルの身体を押さえつけた。その間に食い込んだ破片を視認しやすいように墨で目印を書いた藍鷹騎士団員は、アルが舌を噛まないように布を噛ませるとすかさずナイフをアルに突き立てた。

 そのくぐもった叫びはジャロウデクに捕まってもなお毅然とあり続けたマルティナでさえも思わず目を伏せるほど痛々しいものだった。

 

***

 

「おお、これが知らない天井」

 

 目を開けたアルは真っ先にネットで使い古された天井の描写を体験できていることに感動した。枕のすぐ横に置いていたアガートラームを手に取り、杖の要領で自身の身体に身体強化をかけたアルはゆっくりと上体を起こす。

 窓から見える篝火やそれに照らされるエル達の姿に治療が終わったことを悟ったアルだったが、視線をベッドに映すと赤髪の女の子が自身の足を枕にすやすやと眠りこんでいる姿が映った。

 

「よし、多分これは夢ですね。女の子の看病イベントなんてエドガーさんじゃあるまいし」

 

 何気ない言いがかりがエドガーを襲うが、今までアルを名指しで見舞いに来たのはエルや幼馴染ーズ、それと変わり玉でアンブロシウスという幼馴染枠のアディを除けば女っ気のない構成だ。対してエドガーにはヘルヴィが見舞いに来ていた。アルの頭にマスクをつけた筋骨隆々の男がポージングを決めながら出現するのは致し方ないことであった。

 もちろん担ぎ込まれた場所的に両方に見舞いに来てくれたっぽいが、目が覚めた瞬間に目の前でストロベリっている状況をアルは未だに忘れてはいない。なんなら『祝ってやる』と思うほどであった。

 

閑話休題

 赤髪の女の子、イサドラは尖塔から救助したり破壊された荷馬車(キャリッジ)の破片から自分が助けた人物なので知らない間柄ではない。だが、どこにフラグを立てる要素があったのか皆目見当もつかないアルは『え、起こした方が良いの?』やら『いや、変に勘ぐったりするのは気持ち悪いだろうし……』と、この眠っているイサドラをどうしようかと恋愛経験がナメクジクラスのアルは首を右往左往させる。

 そんな時、ドアがノックされてエムリスとマルティナが部屋に入って来る。まさか治療が終わってすぐ目が覚めるとは思っていなかったエムリスは少しだけ驚いた顔をしながらも身体に異常がないかアルに聞いた。

 

「まだ皮が突っ張って痛いですが移動には耐えれるかと。すみません、予定を乱してしまって」

 

 相変わらずのマイナス思考が混じった謝罪にエムリスはため息をつきながら横に立っているマルティナに『こういうやつなんだ』と至らない部下を紹介するように話しながらアルを小さく小突く。

 

「お前が踏ん張らなきゃイサドラは死んでたかもしれん。褒めはすれど責めるような教育をじいちゃんや伯母上にはされてないさ」

 

「エチェバルリア卿、娘を助けていただきありがとうございます。危うく夫と共に娘まで失うところでした」

 

 マルティナの『夫を失う』という言葉にアルは頭の中で『クシェペルカの実権を握れる旗印の有力候補はエレオノーラ』という方程式が出来上がり、さらに『王は仕方ないにせよ、大公まで亡き者にするのはやりすぎじゃね?』という印象を持った。

 エレオノーラを娶った王子がクシェペルカの実権を握ると仮定すると、周囲からの反感はかなり強いものになると予想される。せめてエレオノーラやイサドラを妻を兼用した人質としてジャロウデクに置いておき、統治を大公に任せて裏側から操った方がクシェペルカの貴族も不穏な空気は出さないと思うのだが、『そこらへんは政治的ななんやかんやがあるんだろうな』とアルは余計なことを頭の中で考える。

 

「アルフォンス、なんか小難しいこと考えてるだろ? 今、お前が銀の腕で撫でてるのイサドラの頭だぞ?」

 

 心ここにあらずといった様子で思案していたアルが正気に戻ると、眠っているイサドラの頭にアガートラームを付けた状態の手が乗っていた。

 

 ここでエチェバルリア兄弟が思案する時に行う、それぞれ決まった癖があることを紹介しておく。

 確認者であるA氏曰く、『エル君は悩む時、指先で顎を突っつく癖があるの! それでアル君は頭を掻く癖があってどっちも可愛(以下、原稿用紙数十枚に及ぶエチェバルリア愛のため割愛)』という報告がある通り、アルは頭を掻く癖がある。しかし、治療を行った後にこれを行うと縫ったばかりの皮が突っ張って非常に痛い思いをするので、生物としての本能が『近場にある物体を弄る』という癖を勝手に生み出した。

 

「え? ……ほぎゃ! す、すみません」

 

 徐々にしでかしたことの大きさに気付いたアルが大声を上げながら手を離すと、すやすやと眠っていたイサドラがいきなり目覚め、『父さん! 行かないで!』と言いながらアルのアガートラームを掴む。突然のことでぽかんとした一同をイサドラが状況を確認するように左右に首を振り、首が1往復するごとに段々イサドラの頬が朱に染まっていく。

 

「あー、先生をお母さんとかお父さんっていう時ありますよね」

 

「アルフォンス、それは今の状態とは微妙に違うんじゃねぇか?」

 

 その様子を間近で見ていたアルが精一杯のフォローを行うが、エムリスにフォローの方向性が違うとツッコミを入れられる。そんな彼らの漫才を見てイサドラも落ち着いたのかマルティナと部屋から退室していき、部屋にはアルとエムリスのみが残された。

 

「エレオノーラ様は分かりやすいですが、イサドラ様も精神的にキてそうですね」

 

「むぅ、気が強いから今回のことも呑み込めると思ったのだが……」

 

「いや、若旦那。フレメヴィーラの人じゃないんですから」

 

 顎鬚を撫でながらイサドラの精神状態について納得がいかないエムリス。確かに彼女はフレメヴィーラの人間であるマルティナの娘だが、フレメヴィーラで育ったわけではない。『考えるより行動』や『仲間が死んだ? 敵討ちじゃぁ!』といった熱いフレメヴィーラ魂がインストールされていない彼女に肉親が自分の見ていない所で亡くなった事実をすぐに呑み込むのは酷だろうと、フレメヴィーラ人でありながらそこまでガンギマっていないアルが文句を言う。

 

「それはそうと、今すぐ出発できるか?」

 

「いけまぐえぇっ!」

 

 エムリスの問いかけにアルはベッドから転げ落ちることで答える。いかに身体強化が優れていても、今のアルは痛みで演算が満足にできない状態だ。そんな戦闘力がその辺の子供以下になっているアルをエムリスがひょいと担ぐと家の外に出て出立するように指示を出し、それを聞いたエル達や藍鷹騎士団員は村から離れる準備を大急ぎで行う。

 本来ならもう少し休ませるべきだとここに居る全員思っているのだが、今は1分1秒でさえも惜しい。仮に即断即決でジャロウデク王国が軍を動かすと考え、『王族が連れ去られた』という情報が伝わるまでに最低限の防備や元クシェペルカ貴族を団結させねば待っているのはクシェペルカの第2の滅びとフレメヴィーラへの侵攻である。

 

「あの空飛ぶ船……。あれを撃ち落としても待っているのは地上による総力戦。どうするべきか」

 

 揺れる荷馬車(キャリッジ)に身体を固定されたアルは、ただひたすらにこの戦争に勝利する方法を模索していた。

 

***

 

 曳航されている空飛ぶ船、『飛空船(レビテートシップ)』の艦橋でドロテオ・マルドネスは椅子に腰を落ち着けながら頭を抱えていた。頭からしきりに出てくる『不甲斐無い』という言葉の奔流を掻き分け、何が起こったのかを正確に主であるクリストバルに伝えるために状況を振り返る。

 事が起きたのは夜中のことだった。ラスペード城に居たドロテオは城全体が揺れるほどの衝撃から直ちに正気を取り戻すと、フォンタニエの城門の近くにある兵士の待機場所にも早馬を飛ばして防御陣形で城門を守護するように指示を送ってから騎士達を伴ってクシェペルカの王族を閉じ込めている尖塔へ乗り込んだ。王族は無事か扉を開けた途端、ドロテオの目には誰も居ない部屋と共に部屋中に撒き散らされた粉が入る。

 

「ぶぁっくしょい!」

 

 当時の様子を思い出したドロテオの鼻がむず痒くなり、飛空船(レビテートシップ)の艦橋にクシャミが反響する。突然のクシャミに驚いた兵士の視線に、『すまない』と一言謝罪しながら心の内では卑劣な罠を仕掛けた敵に対して憎悪を燃やし、ドロテオは王族を奪われた後のことを思い返した。

 フォンタニエは入ってくる者には寛容に接し、逆に出て行く者の審査を厳格にする方式をドロテオは常々指示していた。仮に密偵によって工作を仕掛けられてもフォンタニエを出る際に網を広げやすく、またフォンタニエを守る城門のすぐ近くには兵士の待機場所を作っているので、異常事態が発生した場合の展開能力も申し分ない。そう思っていた。

 なのに結果は惨敗。賊の大部分は行方をくらまし、唯一賊の姿を見た騎士は『大鎧がものすごいスピードで大通りを駆け回り、自分達を飛び越えていった』と俄かに信じられないことを証言した。そんな証言を信じられなかったドロテオは腰の剣を取りかけたが、王族を取り返すことが先決と賊が逃げた方角とされる東に飛空船(レビテートシップ)を動かした。

 

「その結果がこれか」

 

 艦橋から煙を吐く飛空船(レビテートシップ)の様子を見たドロテオは気を重くした。

 外壁の多くは焼け、鉄骨も所々が歪んでいる悲惨な状況。今曳航してもらっている銅牙騎士団の飛空船(レビテートシップ)がなかったら自沈処理をしてからティラントーで帰還するという最悪の展開になる所だった。その原因が『爆炎で空を翔る異形の幻晶騎士(シルエットナイト)』という気が狂ったかのような産物というのがさらにドロテオの頭を悩ませる。

 

「しかし、あのシルエットナイトが強大な敵であることは変わりはない。必ずや殿下に進言せねば!」

 

 撤退する際に単眼鏡で見た2個小隊ほどの幻晶騎士(シルエットナイト)をものの数分で細切れにした異形の存在を思い返したドロテオは、この報告に己の命を懸ける覚悟を強く持った。

 

***

 

 エル達が村を出て数時間後。ミシリエの門を2機のツェンドリンブルが通ったという連絡が銀鳳商騎士団に届いた。予定よりも少し遅れた到着になにかしらの事情があったと察した一行だが、荷馬車(キャリッジ)から引っ張り出されたアルの姿に団員達は狼狽えた。

 

「落ち着け! 俺とディーは副団長を安静にさせた後に商談に向かう! お前達は機材の準備をしててくれ!」

 

「渡す資料は5人ずつで分けておいてくれると嬉しいよ」

 

 そんな騒がしい空気を取り払うべく、エドガーとディートリヒは大声で指示を出しながら数日前からミシリエ入りしていたレトンマキ男爵といった元クシェペルカ貴族達のもとへ走る。彼らの先には箱入りで育てられたゆえに臣下の礼を取った貴族達に戸惑っているエレオノーラやイサドラの横に居るエムリスにお米様抱っこされているアルの姿があった。

 

「若旦那。腹に来るのでやめてください」

 

「ん? 騎士科の教練ではこれが一番効率が良い担ぎ方と学んだが?」

 

「若旦那。それ、俺やアルフォンスもやってたのですがうちでは禁止になりました」

 

 エムリスが動くごとにその逞しい肩に腹パンをキメられたアルがこの運び方の欠点について我が身を持って感じていると、エドガーがアルを受け取りに来た。エドガーがアルを背負う傍らで馬車に乗り込んだエレオノーラやイサドラがその様子を心配そうに見つめるが、アルは片手を力なく上げて答える。

 

「アルがこの状態だと説明の補足は無理そうですね。エドガーさん、ディーさん。質問が来るであろう項目をアルが洗い出してくれたので、2人でこれに答えれるようにしてください」

 

 アルの様子を見に来たエルが少し考え込んだ末に軽く見て小指の第1関節ほどある厚さの紙束をディートリヒに手渡した。その中には費用やら原材料の調達方法といったエドガー達が貴族たちに手渡した『設計図』に出て来る幻晶騎士(シルエットナイト)を製造する上での重要事項が事細かに書かれており、その物量にディートリヒは眩暈を起こす。

 

「え、この量を? 冗談……ではないか」

 

「そもそもこれ全部アルは答えることが出来るのか?」

 

「アルならやりますよ。むしろこういうことは僕よりアル向きですから」

 

 そう言いながらエドガーの背中で余計な体力を使わずにじっとしているアルに声をかけると、『この幻晶騎士(シルエットナイト)を作る材料とテスト人員をどうする予定ですか?』と重要事項を複数纏めた質問をした。その質問に少しアルが考え、エルが聞いてからものの30秒ほどで解答した。

 

「まず、材料はティラントー。ジャロウデク軍のシルエットナイトの装甲などを再利用します。ですが、クリスタルティシューといった消耗品は転用すると粗悪品が出来上がるので、既にミシリエの工房で銀鳳商騎士団が量産中です。次にテストですが、性別や年齢、身長といった別のタイプの人間を5人ほどご用意いただけると助かります。シルエットナイトが量産された暁にはそのナイトランナーの方々に教導を手伝ってもらうのでそのつもりで」

 

 矢継ぎ早に話される解答にエドガーやディートリヒは『やっぱこの騎士団の騎士団長達はおかしい』という認識を植え付けられるが、アルの状態から立ち話は出来ないとエル達も屋敷に足を向けた。屋敷に着くや否や近くの空き部屋のベッドにアルを寝かせ、エル達はさっさと会議に参加するべく部屋から退出した。

 

「……行きましたね」

 

 エル達が出て行ってからたっぷり数十分が経過した頃合でアルはベッドから這い出した。少しだけ身体が痛いが、アルには会議よりも優先すべきことを実行するべく服装を整え、アガートラームを腕に装着しながら部屋を出た。十分に休んだからか演算を阻害するほど傷まない身体に対し、身体強化を使うことで表向きは元気に廊下を歩いていると廊下の向こう側からイサドラが歩いてきた。

 

「あれ、イサドラ様。なにしてるんですか?」

 

「こちらの台詞なんだけど……かなり怪我してたはずなのになんでここに居るの?」

 

 ちょっとトゲのある返答をもらったアルは、これ以上何か言われるのも面倒だと『治った』と適当な言い訳をしてそそくさと廊下を歩いていくが、その後ろをぴったりとイサドラがついてくる。

 

 背中に突き刺さる視線に『居心地悪いな』と感じたアルはそのまま屋敷を出てすぐにあるティラントー専用の駐機場にたどり着いた。駐機場にはボロボロだったり完品の状態といったティラントーが並び、母国を滅ぼした尖兵が大量に並んでいる光景を目の当たりにしたイサドラがアルの後ろで息を呑む声が聞こえる。

 

「なんで僕を追いかけてるんです?」

 

「えーっと……そう! 倒れられたら人を呼ばなきゃいけないじゃない!」

 

 しどろもどろになるイサドラの様子に『ひょっとして幻晶騎士(シルエットナイト)に興味があるけど恥ずかしくて言えないのかな?』と考えたアルはとりあえず近くのティラントーの中にイサドラを招き入れる。ちなみにこれは機嫌が悪いエルに対してよく使われる手法で、いくら機嫌が悪くなろうとも幻晶騎士(シルエットナイト)──特にイカルガに乗せておけばエルは常時上機嫌になる。

 

(我が兄ながらちょろ過ぎませんかね)

 

 自分のことを棚に上げた心配事を思い浮かべながらイサドラの顔を見ると、一心不乱にこちらを見つめている。どう見ても『幻晶騎士(シルエットナイト)だ! わーい!』といったエルやアルがよくしている『メカの顔』をしていないので、アルは恐る恐るイサドラに質問した。

 

「えっと、本当に僕の監視を?」

 

「そうだけど? それよりなにしてるの?」

 

 言葉の裏を呼んだつもりがまさかの言葉通りの内容にアルは項垂れながら現在している作業。ティラントーを動かす魔法術式(スクリプト)の解析作業を説明するが、イサドラは1mmも理解していない表情をして聞いている。

 大した関心も得られないまま居心地の悪い空気が操縦席に充満し、流石のアルもこの空気を何とかしようと思い至った結果、『ご趣味は何ですか?』というエルが聞いたら『お見合いか!』とツッコまれるような言葉が口から出てきた。

 

「笑わない?」

 

「まぁ、男女問わず可愛い子を愛でるとか変な趣味でなければ」

 

 フレメヴィーラの方角からクシャミのような幻聴が聞こえたが、アルは気にせずにイサドラに話を促す。正直、現状を打破できるなら何でも良いと解析を続けながら耳を傾けていると、イサドラが『剣術を少々』と呟いた。

 

「剣術? 良い趣味じゃないですか」

 

「軽蔑しないの?」

 

「あー。女のくせにーとか、もっと女性らしい振る舞いをってやつです? フレメヴィーラでは小型魔獣を相手取るのに男女共に剣や槍は必須ですよ?」

 

 イサドラにとって予想外の答えがアルの口から紡がれる。フレメヴィーラは魔獣と切った張ったのどったんばったん大騒ぎなちほーである。それこそ『ふぇーん、ナイフとフォークより重い物持ったことないですぅ』という淑女が居たら、次の日には淑女が存在ごと消えていそうなぐらい危険な土地もあるので、フレメヴィーラの住民は全て何かしら自衛の手段を持っている。

 

 しかし、これは異国の地であるフレメヴィーラでの認識なのだが、マルティナなどから小言を言われるイサドラにとっては久々に自身の趣味を肯定してくれる人物と出会えたことで胸を躍らせた。

 

「君の趣味は?」

 

「シルエットナイトですよー。動かすのも作るのも好きです。でも礼儀作法は苦手なので、気になっても聞かなかったことにしてください」

 

 そこから先は早いものである。アルが『礼儀作法が苦手』という言葉にイサドラが同調し、フレメヴィーラが公式に用いる礼の種類の少なさにイサドラが驚き、対するクシェペルカの礼やマナーの種類の多さにアルが驚きながらこの先の生活に苦労しそうだと嘆く。

 そんな先ほどまでの気まずい空気が嘘のように和気藹藹とする中、アルはとある魔法術式(スクリプト)を見つけた。それに気づいたイサドラがアルを気遣うが、それに答える暇はないと真剣な面持ちでアルは魔法術式(スクリプト)の奥の方へ潜り込む。

 

(操作を経由してこっちにいって……魔力関係のON/OFFだからエーテルリアクタ?)

 

 魔法術式(スクリプト)は『操縦桿の操作で機能をON/OFF』という単純な魔法術式(スクリプト)だったが、出て来る断片から魔力転換炉(エーテルリアクタ)関係のことだと判断したアルは、イサドラを一旦ティラントーから降ろすとダーヴィド達に見つからないように工具箱を拝借する。

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

「新しい技術の匂いがしました」

 

 工具箱からレンチを取り出しながらアルはティラントーの腹の辺りを弄繰り回す。幻晶騎士(シルエットナイト)の腹部はイカルガやトイボックスのような2基を想定していない場合、十中八九魔力転換炉(エーテルリアクタ)の格納場所になっている。慣れた手つきで装甲版を引っぺがし、中身を取り出していくアルの表情にイサドラは、アルが本当に楽しそうに作業していることに気付いた。

 

「本当にシルエットナイトが好きなのね」

 

「まぁ、これが僕の生きる道っていうか。長年の夢ですからね。よく騎士っぽくないって言われるんですが」

 

 アルの言葉にイサドラは激しく同意する。本来、騎士とは『幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす人物』のことを指す。アルの言葉を信じるならどこの世界に『幻晶騎士(シルエットナイト)を製造や解体できるほど構造に熟知し、動かすのを生業にしている騎士が居るのか』という言葉がイサドラの口から出かけたが、流石にそれは失礼だろうと口を閉じてアルの手つきを見守る。

 

 ちなみに、騎士っぽくないと言われる所以は『人間相手に罠や諸々といったかなり黒い戦術を使用しようとしている』のがほとんどの理由なのだが、その点についてアルは『ロボット満喫生活してたのに邪魔をしたジャロウデクが悪い』とよくエルに愚痴を零していた。

 

閑話休題

 ティラントーの腹部からアルの読み通り魔力転換炉(エーテルリアクタ)が露出し、炉に繋がっている銀線神経(シルバーナーヴ)をアルが1本1本丁寧に追いかけながらどこに繋がっているか確認する。上半身や下半身といった幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす部材に直結していることを確認してはメモを取りながら次の銀線神経(シルバーナーヴ)を追いかけていたが、ふと数本の銀線神経(シルバーナーヴ)の行先に奇妙な装置が繋がっていることに気付いた。

 

「なんだろこれ」

 

「あれ、シルエットナイトについて知ってるんじゃないの?」

 

「全ては知りませんよ。知ってることだけ……ってこれは知らないですね」

 

 長年幻晶騎士(シルエットナイト)に携わってきたアルから見ても何をしているのか分からない部品に好奇心ゲージが徐々に上がっていく。しかし、ここはぐっと我慢してエルと協力して調べた方が楽しそうだと判断したアルは、『とりあえず後で兄さんと解析だな』と奇妙な部品を片手に独り言を呟いていると、手に持っていた部品の感触が消える。

 驚いたアルが後ろを振り返ると、能面のような無表情でこちらを見ているエルの姿があった。その無表情ぶりにイサドラが驚きの声を上げるが、エルは気にせずにアルの胸ぐらを掴んだ。

 

「なぜここに居るんです?」

 

 その声の迫力にアルは思わず唾を飲み込んだ。幻晶騎士(シルエットナイト)を蔑ろにされたり、拠点に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を設置しようとした際に発していた声とは違う。心の底から怒っているような声に、アルは申し訳なさそうに会議を欠席しようとまだ満足に動けない風を装っていたことを話す。

 

「では、今は動けるんですね?」

 

「動けてるわよ。屋敷からここまで一切手を貸していないし。……まぁ、あんなことがあったんだからもうちょっと大人しくしてて欲しかったんだけどね」

 

 念押ししてくるエルにイサドラの援護射撃が入るが、少しだけ冷たい瞳がアルを突き刺す。その萎縮しきった様子にイサドラは『もう少し苦しそうにしてたら人を呼ぶところだったから』と言いながらさっさと屋敷に入ろうと歩を進めた。

 

「あ、忘れてた!」

 

 しかし、屋敷まであと数歩といったところで唐突に大きな声を上げたイサドラは一目散にアルの方に走ってくると、息を荒げながら『助けてくれてありがとう』と感謝の言葉をアルに放った。

 

「ええ、無事でよかったです……っとぉ!?」

 

 少し拍子抜けした表情のアルだったが、ふと『ここまで着いてきた意味』をなんとなく理解し、無意識にアガートラームをイサドラの頭に乗せようとした。──が、寸での所でエムリスの言葉が脳内に木霊したことで思いとどまった。

 

「……んっ!」

 

 だが、思いとどまったアルの手をイサドラが引っ張って無理やり自らの頭に乗せた。その後、しばらく動かなくなったイサドラに不思議な顔をしながらエルとアルは互いの顔を見ていた。その眼には『アルが聞いてくださいよ』や、『兄さんが聞いてよ! 騎士団長でしょ!』と言った無言の攻防があったのだが、それが決着しない内にイサドラはアルの手を手で弾いて屋敷まで駆け出してしまった。

 

「ステファニア様の次は彼女ですか?」

 

 先ほどの光景を見てニチャァという粘性を帯びたゲスい笑みをするエルを見ながら『この顔アディに見せたらどう思うだろう』というこれまたゲスいことを心に秘めたアル。だが、その表情は真剣そのものでそのまま東の方向──正確にはジャロウデク軍に占拠された東領の要、フォンタニエを見つめていた。

 

「あれは僕を見てるわけじゃないですよ。仲良くはなりましたけど」

 

 生身の手ではなく『アガートラームを纏った手』に自分の頭を触れさせる。恐らく、彼女の父親であるフェルナンド大公はガントレット越しによくイサドラを撫でていたのだろうとアルは推測する。

 

「これは旗印が出来るまで長くなりそうですね」

 

 片や箱入りの環境で育ったためか自分の意見を持たない。否、心に秘めやすい性質の少女。

 片や強気で何の問題もなさそうに見えるが、心の一部に割れやすいガラスの急所がある少女。

 アル自身もメンタルが頑強なわけではないから強く言えないが、クシェペルカ復興の旗印が決まるのは長くなるだろうと遠い目で空を仰いでいたアルの視界に、先ほどエルに奪われた部品が映る。

 

「一先ずこれを解析……と行きたいですが、それはまた今度にしましょう。今は時間を稼ぐことが先決です」

 

「ということは、商談が決まったんですか?」

 

 アルの疑問にエルは先ほどの笑みからゲスさを抜いた笑みで答える。『反抗の芽を芽吹かせるまでの時間と世話』の対価に『ジャロウデク軍のティラントーを鹵獲した場合の一切の権限』を欲した商談は、クシェペルカ側の貴族達や王族の代表としてマルティナに認めさせることが成功した。

 ただエムリスは対価の有無に少しだけ文句を言ったが、100%慈善事業の商会とか怪しさが半端ないことに加え、エルとアルは銀鳳商会の大旦那──フレメヴィーラ王国の国王であるリオタムスから『カルディトーレに使用された技術の諸々を2人の裁量に任せる』とお墨付きを貰っている。

 

「ということは?」

 

「ええ、全てのティラントーは僕達の物です」

 

 この戦の発端の一部として2人の作った『テレスターレ』だと、特にアルは責任を感じている。しかし、それとは別にそれらの技術料を無償で渡すなどあり得ないとエル達の『クリエイター魂』が異議を唱えた。しかし、その報酬をティラントーにしたのは間違いなく2人の欲望の結果だった。

 ただ、これだと『ティラントーの外装を材料にしているのでクシェペルカ製の幻晶騎士(シルエットナイト)ももらっていきますね』というかなり非道なことになってしまうので、そこだけは契約を変更したらしく、それを聞いたアルは『またエドガーさん達に騎士についての説教を受けなくて済む』と胸を撫で下ろした。

 

「ということはエーテルリアクタを使っても良いんです?」

 

 アルが満面の笑みでかなり前に問題になったことを蒸し返す。

 その瞬間、エルはティラントーを好きに出来る権利を貰ったので仕入れを頑張ればその分ロボットが手に入るという期待と、ロボットは動いてこそなので人手が足りないという理性、最後にロボットの一番大事な部品だけ抜き取って利用するという、言うならば『スイカの一番甘いとされる真ん中だけ食べる』といった不作法を許せない気持ちがごちゃまぜになり、エルの顔が苦虫を数匹か噛み潰したような顔になったが、同時に『アルなら面白そうな物を作れる』という確信じみた期待をアルに寄せた。

 

「まー、個人的にはエーテルリアクタはロボットに使いたいんですが……。作る人手が足りないですし、なにより仕入れ作業で増えますから数個なら良いんじゃないですかね。ただし、何に使うかは厳密に話し合いさせていただくとして」

 

「うぃっす。で、仕事は何やれば良いんですか?」

 

 やる気に満ち溢れるアルに対し、エルは静かにアルの腕──正確にはアガートラームを指差す。当然、そんな指差しだけでは何を指しているのか見当もつかないアルが首を傾げるが、次にエルが喋った『身体強化使ってるでしょ?』という言葉にウソがばれた子供のように目を丸くさせた。

 

「なんでバレ……」

 

「はぁ、お互い父様や母様よりも長く付き合ってきた間柄じゃないですか。バレますよ当然。最優先タスクは少なくとも魔法なしで動き回れるほど回復してください。……と言っても暇だから動き回りそうなので、その間に空飛ぶ船の対策とかを纏めといてください。夜中にでもディスカッションしましょう」

 

 ため息交じりでアルのことを100%理解した指示がエルの口から飛び出て来た。皆が忙しそうにしている中で休めと言う指示はアルにとって拷問に近いので、出来る限り負担が小さいが最大限の成果が見込める『検討と対応策』にアルはやる気を見せる。

 

「それじゃあ、僕はヘルヴィさんにツェンドリンブルについて聞き取りを行います」

 

「はいはい。あ、その前に藍鷹騎士団の人が話があるって」

 

 エルの話が終わったタイミングでヘルヴィがいつものようにアルの脇から手を突っ込んでアルを宙吊りにする。手持ち無沙汰になったヘルヴィがよくする行動に『にゃーん』というお決まりのやる気のない声を出しながらアルが横を向くと、ノーラと親父が形容しづらい表情でこちらを見ていた。そんな顔を前にしながらアルは取り繕うこともなく、宙吊りの状態で藍鷹騎士団の話を聞くことにした。

 

「お前んとこの騎士団はなんというか……普通と違うな。まぁいいや、これから藍鷹騎士団はミシリエの防諜とやっこさんの進軍を遅らせることに注力することになった。で、なんだが……」

 

「シルエットナイトの行動を遅らせる知恵とか思いつきませんか?」

 

 歯に何か挟まったような言い方をする親父の横でノーラから要点と藍鷹騎士団がこれから行う作戦をズバリと伝えられた。

 軍が動く時、一番足が遅いのは輜重部隊と呼ばれる食料や修理部品を運ぶ部隊である。なので、藍鷹騎士団は移動中の輜重隊を襲うことで部品を破壊し、相手が野営している際には野営陣地に魔獣油と呼ばれる可燃性と粘着性が高い油を用いて物資を焼却するなど満足に整備できない状況を作り上げ、こちらを捕捉したティラントーに対してトラップで打撃を与えて進軍速度を遅くさせようとしているらしい。ただ、それだけではティラントーの数が減らないという懸念点からこうして駄目元で知恵を借りに来たのだというノーラの言葉に、アルは『そんな都合の良いもの』と考え込む。

 

「つまり、早く設置できて修理に時間が掛かる。そこからさらに修理しなければ操縦に支障が出るような案ですよね?」

 

「有体に言えばそうですね。出来れば修理は数日かかれば望ましいです」

 

 続け様に言うノーラからのオーダーにエルとアルは頭を悩ませ、珍しく彼らが悩んでいる姿に親父は『無理も承知だから気楽にやってくれ』と言うとアル達の前から一瞬で姿を消した。『言いたいことだけ言って消えた』とちょっと毒を吐いたアルは宙吊りになりながらも意識を記憶の底まで潜り込んだ。『動力炉を抜く』や『操縦席を潰す』といったロボットが動かなくなる案をピックアップしていき、そこから実現可能な案だけを絞り込む。

 

「ねぇ、アル君動かなくなったんだけど」

 

「そのままの体勢で居てあげて下さい。こういう時のアルは信用できますから」

 

 人形のように動かなくなったアルにヘルヴィが心配していた瞬間、アルは『ウィルス!』と叫びながら再起動を果たす。当然アルの単語を理解していないヘルヴィは目を丸くしながら驚くが、単語を知っているエルはその単語だけでは何をすれば良いのか分からずにさらにアルから情報を聞こうとアルに近づいた。

 

「落ち着いてください。ウィルスといってもシルエットナイトは回線で繋がってませんよ? それにウィルスの定義は増殖と自己複製だったような」

 

 コンピュータウィルス。感染したコンピュータに悪さを働き、自身を複製しながら回線で繋がっている他のパソコンにまで増殖していくという昔のエルとアルが目の敵にしていたプログラムである。しかし、幻晶騎士(シルエットナイト)はコンピュータのように回線で繋がっていないので感染させたとしても被害は1機である。そんなエルの疑問に、アルは『悪さをするプログラムです』と答えた。

 

「例えば銀板などにスクリプトを刻んで操作した内容を改ざんし、意図しない挙動をさせるような。……説明面倒くさいので、実物作ってきます」

 

(それはマルウェア……まぁ大まかに言えばコンピュータウィルスか。そういえばアルって仕事が忙しくて資格取ってませんでしたっけ)

 

 『アルにもう少し資格取らせてあげれば良かった』と反省しているエルを他所に、ヘルヴィの手から抜け出したアルが屋敷に向かって猛ダッシュする。その光景に『幻晶騎士(シルエットナイト)のことが絡むと元気になりますねぇ』と他人事のように言うエルだったが、それを横で聞いていたヘルヴィは『君もね』とエルに向かって同類判定を下すと言い忘れていたツェンドリンブルのことを話すべく、エルと共に工房へ歩いていった。




最近はエル(コン○ルパサー)を育ててます。
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